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そして、いつか、余白な世界へ  作者: 秋真
第四章 クロイキリの行方
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第133話 風使いの男・後半 (桐花杯決勝トーナメント編Ⅲ)

「はぁっ!!」


 再度魔法と武器で攻撃を仕掛ける柴関。試合開始直後からそうしていたように魔装の魔力供給を速度(スピード)に特化して悠貴に近接攻撃を仕掛ける。



(どんなトリックを使ったか知らないが、あんなデタラメな魔力、在るわけがない……。見間違えだ。僕の攻撃をかわしたのだって……、偶然に決まっている!)


 最大速度の柴関。放った風の刃による魔法攻撃で悠貴の逃げ道を防ぐ。かわせるタイミングじゃない。今度こそ()ったと確信した。しかし……。



 柴関が槍を突き出した先にも風の刃が向かった先にも居るはずの対戦相手がいない。



「なっ……」



 対戦相手を必死に探す柴関。しかし、視界に入る範囲のどこにも姿がない。




「なるほどな……。魔装は魔装でも速さに重点を置いて魔力供給をする……。魔装って言っても色々あるんだな。ただ単に平均的に身体能力を向上させる以外にも使い道がある。参考になったぜ、ありがとな」



 その声にばっと振り返る柴関。悠貴は柴関の背後に回っていた。


「な、何……。いつの間に……」


「俺もお前の真似をしてみたんだよ。ただ魔装するってんじゃなくて速度を最大化できるように魔力の供給をちょっと工夫してみる……ってな」


「そんな……、ちょっと見ただけで……。ぼ、僕の必死の修行の成果なのに……。それに……、その速度……。あ、有り得ない……」



 速度強化の魔装状態だったのに、その自分が全く反応できずに姿を消す……、のみならず攻撃をかわして一瞬で背後に回られた。



 おののく柴関は内心を打ち消すよう、そして目の前の事実を否定しようと叫んだ。


「そ、そんな馬鹿な話があるか!」


 そんな柴関に悠貴は笑って頭を掻く。


「必死に、か……。そいつは悪かったな。でもな、こっちだってな、魔装じゃないけど、()()の修行をしてきたんでな!!」


 なつみに頼み込んで桐花杯の直前に特訓をして貰った。なつみは悠貴の特訓を引き受けるのにひとつ条件をつけた。手加減はしない、というものだった。



(あいつ……、こてつまで呼び出して……。マジで死ぬかと思った……。(シールド)も魔装もフルで使ってもあのザマ……。生身だったら即死。チリひとつ残ってなかっただろうな)


 思い出して悠貴は冷や汗をかく。悠貴はなつみと模擬の対戦を繰り返した。なつみが呼び出す炎の竜は意思を持って攻撃してくる、かわすだけではダメで悠貴は全力で暴風魔法を使い竜をかき消さなければならなかった。

 その隙になつみが攻撃を仕掛けてくる。何とかその攻撃をかわしてもなつみの従者のこてつが「ちぇっくめいとぉー」と止めを刺してきた。

 なつみが連れてきた治癒魔法が得意な魔法士がいなければとっくに死んでいただろう、悠貴はトラウマになった記憶を消そうと頭を振る。



 文字通り瀕死の特訓をしてきた悠貴。



「あのなつみ(化け物)と比べるっての何か悪いんだけどさ……、速度(スピード)だけ見ても全然目で追えるレベルだぜ!」



 言って悠貴は柴関がそうしたように速度強化の魔装で柴関に一瞬で迫る。柴関の速度の何倍もの早さで。



「え……」


 柴関の思考が止まる。

 気付けばゼロ距離にいる対戦相手。


「しまっ……」



 あまりに唐突。魔装が遅れる。



「終わりだ!!」


 悠貴の刀の(みね)が柴関の脇腹にめり込む。魔装した悠貴が振り放った刀の威力で柴関は吹き飛ばされて壁際に叩きつけられる。アリーナの壁に大きな亀裂が走った。



「がっ……、は……」



 柴関が力なく崩れ落ちる。アリーナが歓声に包まれた。



「ふぅ。ま、こんなもんか……」



 悠貴は動かなくなった柴関を見て、そして、好雄や優依、眞衣に向かって手を振る。これで二回戦も勝てば三回戦では優依と戦うことになる。他の仲間たちの試合も見に行きたい。悠貴の気持ちはこれからのことに向かっていた。



 しかし……。

 手を振って見せた三人は必死に自分の後ろを指差している。何が……、と思って悠貴は振り向こうとした、その時、右腕に激痛がはしった。



「がぁ……ッ!」



 見るとローブの右腕部分が切り裂かれていて、そこから見える右腕は血塗(ちまみ)れだった。激痛が次第にしびれに変わっていく。苦悶の表情の悠貴は声を漏らす。


「何だよ……、これ……」



 その悠貴が視界に入れたのはさっき倒したはずの対戦相手だった。柴関は倒れたまま悠貴の方に手を(かざ)している。


 満身創痍の柴関が立ち上がる。



「ハアハァ……、ま、未だだ……。未だ……、終わってない……」



 そこまで柴関は口にして魔装したが明らかに魔力は落ちている。足を引きずりながらフラフラと悠貴の方へ向かっていく。槍を杖の代わりにしないと歩けない。



「もう止めろ! 勝負はついただろ!?」


「何を……馬鹿なことを……。ぼ、僕はまだ負けてないし、こうやって動けている……。大会の規定に照らしても……、まだ試合は終わっていない……、ゴホッ……」


 口から血を流す柴関。悠貴は審判役の魔法士をチラリと見る。魔法士はただ頷くだけだった。



「た、確かにそうかもしれないけど、お前、どう見てももう限界だろ……」


「黙れ……、限界だろうが何だろうが……、僕は負けられないんだ……」



 弱々しい魔装のオーラを(まと)った柴関が悠貴に槍を突き出す。しかし槍の穂先はフラフラとしていて、右腕を負傷した悠貴が左腕一本で握る刀でも打ち払える程度の攻撃だった。



「ハァハァ……」


 アリーナは観客の歓声に包まれているが悠貴の耳には柴関の弱々しい息づかいしか聞こえてこない。



「もう……、止めろよ!」


 声を上げた悠貴は柴関の槍の穂先を切り落とす。その衝撃で倒れた柴関だったが、直ぐにフラりと立ち上がった。


 穂先を無くした槍で悠貴に打ちかかる柴関。悠貴がそれを刀で受け止めると、そのままの姿勢で柴関は口を開く。



「お前……、どうせ都市圏(エリア)の……しかも上層の出身だろ? 見れば分かる……。何の苦労も知らないようなその(つら)を見ればな……」


 大きな玉の汗を(したた)らせながら柴関は薄く笑った。


「それが……何だってんだよ……。お前だって特高に入って好き勝手やって……」


 悠貴の言葉を柴関が(さえぎ)る。


「やっぱりそうなんだな……。いいか、俺は残された人々(レフト)だ」


残された人々(レフト)……」


「そう……。お前たちのせいで都市圏(エリア)から追い出され、人として生きていけなくなった人間たち……、お前たちが残された人々(レフト)と呼ぶ存在。元々は僕はそんな人間の一人だった……」


 もはやただの棒となった柴関の槍を払って一歩退いた悠貴に直ぐに柴関は槍を打ち込んできた。



「お前たちのように、ただ運が良くて都市圏(エリア)の中でのうのうと生きている奴らには永遠に分からないだろうさ。残された人々(レフト)がどういう生き方をしているかなんてな……」



 柴関が振り下ろしてきた槍を悠貴がなぎ払う。乾いた音が木霊した。



「でもな、勘違いはするな……。僕は他の残された人々(レフト)の奴らみたいに腰抜けじゃない……。運がなかった、仕方なかった、自分には都市圏(エリア)で生きていけるような資質や才覚がなかった……、そんな言い訳で自分の境遇を努力もしないで、(あらが)うことなく受け入れて人間の脱け殻のように生きているゴミ共と僕は違う……」


「お前……、一体何を言って……」


「僕は這い上がる……、這い上がってみせる……。これまでそうしてきたように……。都市圏(エリア)に入るためには何でもした。下層からひとつ上の層へ上がるためには何でもした。この絶望しかない世界で僕にとってはこの魔法の力が唯一の望み、救い……、存在の意義。僕はこの力を使って、存在する意味すらない残された人々(レフト)、いや、お前たちにとっては存在すらしていない残された人々(レフト)として生きることを課せられた僕の運命を絶対に変えて見せる!!」



 叫ぶと同時に柴関は手を(かざ)して風の刃を放つ。悠貴とは近接した所からの攻撃だったが、膝に力が入らず態勢を崩した柴関が放った魔法は悠貴の頬を(かす)めただけだった。



 倒れる柴関。

 明らかに限界を超えている。また立ち上がろうとする柴関。目だけが異様にぎらついている。



 悠貴はその目に北関東州の都市圏(エリア)下層の光景を思い出す。下層で見た人間たちは幽鬼のようだったが、何人かは今の柴関のようにやたらとぎらついた目をしていた。



 立ち上がる柴関に悠貴はまた一歩退(しりぞ)いた。恐れからではなく、戸惑いからだった。


 都市圏(エリア)の下層でこの国の姿を見て、悠貴は桐花杯で勝ち進もうと思った。勝ち進んで特務高等警察に高官として潜り込めれば、今この国で何が起こっているのか、どうしてそうなったのか知れるかもしれない。



 自分が助けたいと思う人たちの、その中に目の前の男もいた。打ちかかってきた柴関。振り下ろしてきた槍は素手で受け止められるくらい弱々しかった。



「俺だって、都市圏(エリア)の下層を見て……、それで、少しでもああいう人たちのことを何とかしたいって……!」



 悠貴の言葉に柴関は冷えた視線を返す。


「偽善……。なるほど、お前は優しいんだな。そして優しさを施せるほど恵まれた環境で生きてこられたんだな……。本当に、反吐(へど)が出る……」


「そんな……、俺はただ……」


「そうやってお前たちは僕たちを見下すんだ。何て可哀想に……って。そんな可哀想な人間たちを造り出した世界に自分たちが加担しているとも知らずに!」


 柴関の攻撃はもはや(いたずら)に槍を振り回しているだけだった。その槍が悠貴に届くことはない。


「お前も、この国の闇に飲まれるんだ……。その力で不幸な人間を産み出して、不幸な人間により過酷な不幸を施す悪魔になるんだよ……、くく……」



 悠貴はもう柴関の言葉を聞きたくなかった。心が(えぐ)られるようだった。魔装した身体で体当たりして柴関を吹き飛ばす。


「ハッ……、ガァ……ッ」


 地面に伏した柴関の魔装が解ける。それでも柴関は立ち上がろうとした。顔を上げて口を開きかける。


「もう……、立つなよ! 立ち上がるなよ!」



 悠貴は目を見開いて暴風魔法で柴関を吹き飛ばす。舞い上がった柴関の身体が地面に叩きつけられる。その柴関に駆け寄った審判の魔法士が右手を高く掲げた。


「羽田悠貴選手の勝利!!」



 その声に会場が割れんばかりの歓声に包まれる。その歓声は悠貴には届かなかった。


 圧勝だった。好雄たちとの合宿。なつみとの特訓の成果は十分にあった。担架に運ばれていく柴関を見送る悠貴。嵯峨有紗にかけられた言葉をふと思い出した。

今話もお読み頂きまして本当にありがとうございます!


更新予定が変更になり申し訳ありませんでした。次回の更新は1月10日(月)の夜を予定しています。



来年もどうぞ宜しくお願い致します!

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