第131話 地下大空間 (桐花杯決勝トーナメント編Ⅰ)
緊張と興奮が豪奢な大ホールを満たしている。その場に集まっている予選を勝ち抜いた魔法士とその取り巻きの誰もが時間を気にしながらチラチラとホールの前方にある巨大スクリーンに目をやっていた。
特務高等警察本部。
地下大空間。
予選を突破した魔法士たちが進んだ決勝トーナメント。その組み合わせの発表予定時間まではあと10分もない。
周囲の人間と同じように悠貴もまた手元のスマホの画面と巨大スクリーンの間で目を行ったり来たりさせている。
(あと8分……。まあ対戦相手の名前見てもどんな奴かはたぶん分かんないだろうけど……。ん、でもいきなり好雄とか優依と当たったり……、まさかな……)
苦笑する悠貴。予選では自分が参加したブロックで戦った魔法士ぐらいしか情報が得られず、近くの会場で行われていた他の予選ブロックをほんの少し眺めることが出来たくらいだった。
(出来れば他のグループの試合も見て目ぼしい魔法士のチェックしておきたかったんだけどな……)
他の魔法士の魔法の属性や戦い方を見て対策を立てられるなら立てておきたかった。好雄たちとの特訓、そして何より短期間とは言え、しぶしぶなつみが引き受けてくれた稽古では色々と教えてもらった。魔力の効率的な使い方、武器を併用しての戦い方……、戦闘スキルの底上げは出来たと正直自分では思っていた。
それでも予選ブロックで戦った何人かの魔法士には苦戦した。新人研修での想定外の実戦経験は役に立ったが過信にも繋がった。
(確かに同期の中では戦える方かもしれないけど……、最大五年先輩の魔法士ともなるとやっぱり手強い……)
予選で特に苦戦したのは同じ大学生だった。キャリアは四年で火の属性の魔法の使い手として有名な魔法士だと好雄が教えてくれた。
(四年であんなに差がつくのか……。好雄、優依は難なく予選突破したみたいだし……、俺もまだまだだな……。それでも……)
北関東州都市圏。その下層で見たこの国の姿。特務高等警察に、可能であれば高官として入り込めたら一体過去に何があったのか、今、この国で何が行われているか知ることが出来るかもしれない。その為にも負けるわけにはいかない。
(ベスト8入り……。実際に特高に入るかどうかは良く考えなきゃいけないけど、その権利だけはどうしても手にいれておきたい……)
悠貴が拳を強く握ったとき、少し離れた所から声が上がる。
「おっ、いたいた! おーい、悠貴見つけたぞ!」
人垣を割って近づいてきた好雄が手を上げて後ろの優依や俊輔に知らせる。
悠貴の目の前まで来た好雄は腰に手を当てて軽くため息をついた。
「お前さぁ、皆で一緒にホールに移動しようなって話してたのに勝手に一人で来やがって……」
「あれっ、そうだったっけ……?」
言われてみれば好雄、優依、そして俊輔と決勝トーナメントへ揃って進めたのを喜びあった時にそんな約束をした気がしないでもない。はは、と頬を掻く悠貴に優依は膨れた顔をした。
「あ、あのね、悠貴君……、決勝のトーナメントに進んで組み合わせ気になるのは分かるけど、ここ、どこだか分かってる? 特高の人たちと問題起こしちゃうの心配だし……、わ、私や好雄君からあんまり離れないでね?」
「お、おう……」
特務高等警察の本部に入ってから優依はこんな感じで妙に過保護だった。
「悠貴、お前さ、あんまり優依を不安がらせるなよ? 場所が場所って上にお前はこんなデカイ組織とやらかしたんだからよ」
言って笑った好雄に悠貴は声をあげる。
「だからあれは仕方なく……!」
その声に周囲の魔法士や特高の隊員たちが反応する。特高の隊員たちが悠貴に向ける視線は厳しい。
その視線に悠貴たちが黙ったところで俊輔が悠貴の肩にぽんと手を置いた。
「よ、有名人っ」
「俊輔……。はぁ、何で俺だけ悪者になってるんだよ。お前だって同じGで特高と戦っただろうが……」
「まあそこはほら、なんつうか、お前がリーダーだったわけだしよ」
「そ、それはそうだけどさ……」
理不尽過ぎる、と悠貴は溜め息をつく。研修の一貫だと言って冬の山に自分たちを放り出し、挙げ句に魔獣をけしかけてきた。その特務高等警察と戦った研修生たちの中心となったのは確かに自分だ。
(ここ来てからホント突き刺さる視線が痛いんだよな……。まあ仕方ないとは思ってるけどさ……)
悠貴が肩を落としたところで周囲にどよめきが起こった。
「おっ、いよいよだな……」
そう好雄が言って見た先に悠貴たちの視線も集中する。それまでずっと消えたままだった巨大スクリーンの画面には特務高等警察の制服を着た女性が映し出されていて下には「特務高等警察広報部」の文字が並んでいた。
「うぉっ! あの女、メチャクチャ綺麗だな……。すげぇ俺のタイプ……。流石は天下の特務高等警察……」
「もう……、好雄君ったら……」
優依が呆れた声で言った直後、画面の中の特高隊員の女が一礼する。
「まあ……、でも確かに好雄が言うように綺麗な女だな……」
「えっ!! ゆ、悠貴君!? あ、ふぇ……。へ、へぇ……、悠貴君、ああいう人がタイプなんだね……。お、大人っぽい人が、その、す、好きなの……?」
「いや、別にそう言う訳じゃないけど……」
「じゃあどういう人が好きなの!?」
何故かやけに突っ掛かってくる優依に気圧される悠貴。
「何そんな必死になってるんだよ!? そ、それよりも、これからトーナメント表発表されるんだぞ! どうでもいいだろ、そんなこと……」
「そ、そんなことなんかじゃないよ! 大事なことだよ!?」
グイグイと悠貴の魔法士のローブを引っ張る優依。
「ちょっ……、ゆ、優依! 落ち着けって!」
「私は十分落ち着いてるよ! はっきり話さない悠貴君が悪いんだよ!?」
悪目立ちする悠貴と優依。二人は周囲からの冷たい視線に気付かない。
好雄と俊輔が優依を悠貴から引き剥がす。
「優依、ほら、イチャイチャするのは後にして……」
「ふぇっ……、よ、好雄君!? イチャイチャ……。そ、そんなこと……」
紅くなってそれっきり黙る優依。
俊輔が感心したように口を開く。
「いやぁ、悠貴。お前、ホント勇気あるな……。ただでさえお前のこと良く思ってない奴らの本拠地で良くもまあギャアギャアと奴らを逆撫でするようなことを……」
「お、俺は何もしてないだろ……。もう、何なんだよ……」
悠貴が項垂れた所で画面の中の女が口を開く。
『皆様! 大変長らくお待たせ致しました! ではこれから決勝トーナメントの対戦表を発表致します! 既にご存じかとは思いますが、この決勝トーナメントには各予選ブロックを勝ち抜いた64人の魔法士の方々が参加なさいます。AからHの……』
決勝トーナメントの仕組みを説明していく広報部の隊員。一頻り説明が終わったところで、では……、と一段と高い声を出して、続ける。
「厳正なる抽選の結果、このような組み合わせとなりました! どうぞご覧ください!」
巨大スクリーンに映し出される対戦表。ホールのどよめきが最高潮に達する。そこかしこで歓声や落胆するような声が上がっている。
そんな喧騒をうるさく思いながらも悠貴は自分の名前を探す。
(羽田悠貴……、羽田悠貴……。あった!)
一回戦。最初の対戦相手は柴関海斗、聞いたことがない名前だった。次いで、自分と同じゾーンで知っている名前がないかと探していく。
(ええと、二回戦で当たるのが小村葉月と田安幸生の勝者か……。ん……? 小村葉月……。うーん……。どっかで聞いたことがあるような……)
聞き覚えがある名前だったが思い出せない。諦めて悠貴は三回戦で当たりそうな出場者の名前を追っていく。そしてある人物の名前を目にした悠貴が思わず声を漏らす。
「「えっ!?」」
二人の声が重なる。声の主の二人が顔を見合わせる。
「優依……」
「悠貴君……」
悠貴と優依が互いの名前を口にしながら何とも言えない顔をするが、好雄と俊輔は盛り上がっている。
「おっと……、これはこれは……。こいつは今大会一番の見せ場だな!」
互いに三回戦まで勝ち上がれば悠貴と優依が対戦する可能性があることに好雄と俊輔が興奮する。その二人を他所に悠貴は静かにトーナメント表を見詰める。
(まさか優依と戦うことになるとはな……。まあ三回戦まで勝ち上がれたらって話だけど……)
でもよ、と俊輔が悠貴に声を掛ける。
「悠貴と優依が対戦するのも見せ場だけどよ、俺の初戦も相当熱いぜ。見てみろよ……、因縁の対決ってやつだな」
俊輔に言われ悠貴は俊輔の名前をトーナメント表から探す。そして、その対戦相手の名前を悠貴は思わず口にした。
「三條陽菜乃……」
この名前は悠貴ははっきりと覚えていた。自分や俊輔が参加していた魔法士の新人研修。その研修で真実たちG3を裏切って避難場所を横取りしたG4の一人。しかも……。
(あの人……ただ者じゃない……。新人魔法士ってのも恐らく嘘だ……。なつと互角に戦っていた……。)
研修施設に戻った悠貴たちは特務高等警察の部隊、そして特高側に付いた研修生たちと交戦した。悠貴たちG1の教官でもあり、紅夜の魔女の二つ名を持つ新島なつみ。そのなつみと戦って三條陽菜乃は一歩も譲らない戦いぶりを見せた。
「お前……、あんな人と戦って大丈夫なのか?」
「ああん? ふざけたこと抜かすなよ、悠貴。確かに三條陽菜乃は研修ん時、あのなつみと互角にやりあってた……、どう考えてもヤベェ相手だよ。それに、俺はそのなつみに惨敗した訳だしな。でもよ……、俺だって研修が終わってから知り合いの魔法士に稽古つけてもらったり、この間までだってお前たちと特訓で合宿行ってたろ? 研修ん時よりは間違いなくレベルアップしてる……。今だったらなつみにもやすやすとは負けねぇ。もちろん三條陽菜乃にも遅れはとらねえよ」
気合いが入る俊輔だったがやはり相手は相当の実力者だ。心配が顔に出た悠貴に俊輔はイタズラっぽく笑う。
「へへ。まあ、万が一だけどよ、俺が三條陽菜乃に負けたら、そんときはお前が四回戦で敵をとってくれよな!」
ニヤリと笑った俊輔に肩に手を置かれ悠貴はハッとする。
(そうか……、俺もあの人と戦う可能性があるんだな……)
巨大スクリーンに映し出されたトーナメントの対戦表。会場は異様な雰囲気に包まれていった。
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