第118話 桐花杯特訓合宿Ⅱ
カレンダーの並びで例年よりも長くなったGW。
その最初の3日間、サークルの新歓合宿に参加した悠貴。新入生勧誘の時期にほとんどサークル活動に参加できなかった悠貴は合宿で新入生たちと初めて顔を合わせた。
合宿自体は凄く楽しかったし、新入生たちとも仲良くなれた。
しかし、やはり悠貴の気持ちは合宿明けに直ぐに行くことになっている桐花杯対策の特訓に向いていた。魔法士専用の演習場には宿泊施設もついていて、GW最終日まで俊輔が予約を入れた。
サークルの合宿から戻った悠貴。
フラフラとベッドに倒れ込む。
サークル内でも悠貴が魔法士になったこと、魔法士の新人研修に参加して事件を解決したことは表立ってではないが噂になっていた。そのせいで先輩、同期、後輩を問わずあちこちから引っ張り凧になった悠貴には休む時間が無かった。
(桐花杯の特訓があるから……、サークルの合宿は体力温存する予定で……こんなつもりじゃなかったんだけどな……)
眠り落ちかけた悠貴が頭を振る。
必死に眠気と戦いながら今さっきまで行ってきた合宿の荷物の片付けと、翌日からの行く特訓合宿の用意をする。ようやくベッドに横になったときには日付は変わっていた。
早朝。
GWの半ばで人気の疎らな駅のホームに響く声があった。
「はあはあ……。し、しんど……。って……、あれだ! あれ! あれに乗らなきゃ昼までには演習施設に着けねぇぞ! 急げ!」
ホームに続く階段を駆け上がった好雄。乗ろうとしていた電車を目にして、後ろから階段を駆けてくる悠貴たちにそう声を上げた。
「ま、まじか!? サークルの合宿の疲れだって抜けてないのに……何で朝から階段を走らなきゃ……」
発車を告げるアナウンスが流れ始めた。
青ざめる悠貴。疲れを忘れて階段を駆け上がる。
何とか全員が電車に乗り込んだところでドアが閉まった。ゆっくりと電車が動き始める。
ホームの端に止まっていた車両に滑り込んだ悠貴たちは床にへたりこむ。
息を切らしながら好雄は笑う。
「ハアハアッ……。いやぁ、何とか間に合ったな! これも、うん、俺の普段からの行いの良さが……」
明るく言った好雄を悠貴と優依が睨む。
「お前なぁ……。ホント懲りないよな。去年からずっとこればっかりじゃないか……」
弾む息を整えながら言った悠貴に優依が続く。
「そ、そうだよ、好雄君……。春合宿だって新歓合宿だって遅刻……。今日も……。もしかして、狙ってるの……?」
優依に非難めいた視線を向けられた好雄だったが、悪い、の一言で一蹴した。
「結局こうやって乗ろうとしてた電車には乗れたんだから良いじゃん、な? ふぅ、それにしても……、わざわざ桐花杯対策の特訓合宿だなんてなぁ」
優依も意外そうな顔をして見せる。
「ホント……。私も2人が参加するだなんて言わなければ絶対桐花杯には出なかっただろうから、こうやって特訓するなんてこともなかったと思うし。うーん、もしかして悠貴君、桐花杯で上位入賞とか狙っちゃってるの?」
俊輔から都市圏の外にあるという魔法士専用演習場で泊まり掛けの特訓を持ち掛けられた悠貴。直ぐに好雄と優依に声を掛けた。
駅で集合をして始発で演習施設がある方面へ向かう約束だった。余裕をもった集合時間だったはずだが遅刻した好雄のせいで全力疾走する羽目になった。
「いや、そういう訳じゃないんだけどさ……。俺は2人と違って普段から魔法使う機会なんて無いからさ。それで少しでも本番までに魔法使って戦うって感覚取り戻しておきたくてな」
「ま、悠貴からすればそうなるだろうな。俺とか優依は魔法士の仕事とか通常の研修とかで魔法使ったり戦ったりするけど新人の悠貴だと中々な……」
そこまで言って好雄は悪戯っぽい視線を優依に向けた。
「と言うわけだ、優依っ。魔法士の先輩としてここは見本を見せてやらないとな! どうだ、久しぶりに本気で戦ってみるか?」
「わ、わたし!? 無理無理無理無理!!」
と、縮こまる優依。
「好雄……。お前ならまだ分かるけど、優依が戦ってるとこ見せられても見本って感じには……」
「ゆ、悠貴君! それは酷いよ!? 私だって魔法士としてはれっきとした先輩なんだからね!」
抗議する優依。
好雄は悠貴に「まあ、お前が言うことも分かるけどさ」と言って優依を見て続ける。
「こうやって一応謙遜はしてるけどな、優依、この間の巡回の時に、高校生の女の子追い回してた変質者を病院送りにしたんだぜ。アイツまだ精神病棟で唸り続けてるみたいなんだけど、お前、一体どんな悪夢を見せたんだよ……」
「あ、あの場合は仕方なかったでしょ!? わ、私だって……」
そのときのことを思い出して盛り上がる好雄と優依。
あのさ、と悠貴は切り出す。3人の視線が悠貴に集まる。大きく溜め息をつく悠貴。ここまで強引に無視して無かったことにしていたが、やはり触れざるを得ない。
「何だよ、悠貴。あ、今さら怖じ気づいたんじゃないだろうな? まあ、この好雄様と訓練とは言え対戦するってんだからビビってもそりゃ仕方ない……」
「いや、そうじゃなくてさ……」
息を整える悠貴。
「何で莉々がここにいるんだよ!?」
悠貴が車両の座席に座って窓から外を眺める莉々を指差す。その悠貴に、えっ、と心外そうな顔をする莉々。
「な、何でって言われてもなぁ……、さっきも駅で言ったでしょ? 私も特訓とやらに一緒について行くって……、ほら、準備は万全よっ」
ニコッと笑って旅行用のバッグを抱えてみせる莉々。
「そうだぞぉ、悠貴。莉々にはこの特訓合宿中、色々とサポートしてもらうんだから、感謝しろよな」
「いやいや、いいのかよ!? 魔法士の秘密とか、守秘義務とか!?」
「うーん、まあよ、本来はそうなんだけど、莉々の場合去年の合宿とかで色々と知っちまってるからなぁ……。今更だよな?」
と、同意を求める目を優依に向ける好雄。
「そ、そうだね。あっ、でもね……、好雄君。元はと言えば特訓の事とかを莉々ちゃんの前で口を滑らせた好雄君が悪いんだよ? それ聞いた莉々ちゃんが、私も絶対に行く、って言って聞かなくなっちゃったんだし……」
「だってさ、魔法士の訓練って言っても合宿は合宿じゃん! だったら、ほら、合宿係の私も行かなきゃってさっ」
冗談っぽく言う莉々。
「それはサークルの合宿の話だろう!? ああ、もう……。なあ、好雄、良いのかホントに? 莉々魔法士じゃないんだぞ……」
まだ心配そうにする悠貴を、まあまあ、と宥める好雄。
「安心しろ、そこはちゃんと手は打ってある。莉々……、ちゃんとアレ、持ってきたか?」
好雄にそう言われた莉々が、ああ、と手を叩いて荷物の中から一枚の紙を取り出した。
「はい、よっしー、これでしょ? 誓約書。ちゃんと読んだし、名前も書いてきたよっ」
莉々から紙を受け取った好雄。
「魔法士と一般人が特別に関わるときの誓約書だ。莉々はこの合宿中に知ったこと、見たことを許可無しには話せない……。もしそれで魔法士に関する重大な秘密が外部に漏れれば莉々は処罰の対象になる。そこは分かってるよな、莉々?」
急に真顔になった好雄に、もちろん、と頷く莉々。よし、と直ぐに好雄の顔が緩む。
「なんてな。まあそもそも『重大な秘密』とかを俺や優依が口にしなきゃ良いだけの話だし、あくまで形式的なもんなんだけどさっ。いやー、手間かけて悪かったな、莉々!」
「これくらい全然っ。さ、これで何も問題無いわよね、悠貴?」
絶句した悠貴はもう頷くしかなかった。
「ふぇぇ、随分遠くまで来たね。全然建物が見えなくなっちゃった……」
窓の外を見た優依が呟くように言った。川を越える度にみるみる内に建造物が減っていった。
「ここら辺までが今の都市圏との境目っぽいな。他の州の都市圏程じゃないけど、最近になってようやく南関東州も他の州の都市圏っぽく居住地が纏められてきてるみたいだな。それでも隔壁で囲まれてはいないし、はっきりと境界があるって訳ではないけどな」
好雄の言葉に悠貴は教科書で習ってきた知識を思い浮かべる。
始まりの山の出現による未曾有の混乱。国が進めた強制移住で作られた各州に一つずつの都市圏。国民は全て巨大な隔壁に囲まれた都市圏に住み、その外には人はいない。
旧東京、千葉、埼玉、神奈川から成る南関東州だけが例外だった。あまりにも人口が多く、他の州のように都市圏を作ってそこに全人口を収容することは出来なかった。
「居住区域の集約により社会の混乱をおさめ、AIや科学技術により効率的で快適な生活を確立、か……。実際はどうなんだ、莉々?」
一瞬びくっとした莉々。
一拍置いて口を開いた。
「あー、うん。そうだね……。やっぱり地元の都市圏その方がだいぶ生活するのは楽だったかな? こっちに来てから『あ、こんなことも自分たちでやんなきゃいけないんだ』なんて思ったこともあったし……」
莉々の言葉にやはり地方の都市圏の方が進んでいるのだと思う悠貴。自分が魔法を使えることが急に不思議な感じがした。
(科学技術と魔法が混在する世界……。考えてみれば考えてみるほど不思議だよな……)
思い浮かんだ魔法という言葉に悠貴は、あ、と声を出す。
「そう言えばさ、好雄、優依。魔法士に登録して大量に資料送られてきたんだけどさ……」
「あれホントかさばるよね。これからもね、色んな資料とか書類送られてくると思うよ、悠貴君。はぁ、何でデータで送ってくれないんだろう……。せっかく魔法士専用の端末配ってるのにね……。」
「そんなのがあるのか?」
「あ、うん。魔法士にしか配られなくて、守秘回線で繋がれてるの。法務省とか内務省、あとは所属してれば特高からの連絡もこれで見れるんだよ」
言って魔法士専用端末を取り出した優依。
「へぇ、これが……。資料には書いてあったけど、実際に俺たち新人に配られるのはまだ少し先みたいだったから気にしてなかった。これもだけど、ホント国って魔法士をこれでもかってくらい優遇してるよな……」
魔法士に与えられた特権を幾つか口にする悠貴。その気になれば魔法士のIDカードを使って買い物、食事、旅行などもタダですることが出来る。
頭を掻きながら好雄が言葉を挟む。
「まあな……。でもさ、少なくとも俺は人前で表だって使うことはあんまりないな。優依はどうだ?」
「うん、私も。さすがに気が引けちゃって……」
2人の言葉を聞いた悠貴は高校の時のことを思い出した。2年生の頃、休学したクラスメートが魔法士になって復学してきた。
魔法士になるまでは目立たない男子だったが本人の態度も周囲の態度も一変した。取り巻きは彼をおだてることに一生懸命だったが、それ以外の生徒の間では陰口が絶えなかった。それでも本人の前でそれを口にすることは決して無かった。相手が魔法士だったからだ。
「悠貴も気を付けろよ? 俺たちが持ってるのは魔法の力だけじゃないんだ……。そしてそれのせいで人から恨みを買うこともある。覚えておいた方がいい」
今話もお読み頂き本当にありがとうございます!
次回の更新は8月13日(金)の夜を予定しています。
少し期間が空いてしまいますが気長にお待ち頂けるとありがたいです。
どうぞ宜しくお願い致します!




