第106話 正しくて悪いこと
なつみが瑞希を寝室へ連れていき落ち着かせている間に、別の部屋にいて席を外していた俊輔、宗玄、ゆかり、聖奈が戻ってきた。悠貴は瑞希から聞いたG5とG7の話を4人に伝える。
「そんな……、じゃあやっぱり……、結局……10人の内で助かったのは……みずきちゃんだけ……」
ゆかりが口許を手で覆う。
全員の顔は覚えてはいないが、それでも話したことがある研修生は多かったし、中には名前を覚えている人や立ち話をする仲の人もいた。ゆかりは力なくしゃがみ込む。
そんなゆかりを見た悠貴もソファーに座って天井を仰いだ。もちろん、なつみは悪くない。しかし、その一方でなつみであれば、なつみ程の力があればどうにかすることが出来たのではないかとも思う。さっき俊輔がなつみに掴みかかった時の俊輔の気持ちが本当の意味で少し分かるような気がしてきた。
寝室からなつみが戻ってきた。ソファーまで進んで悠貴の横に座ったなつみの顔は憔悴している。
なつみは窓の外に目を向けた。教官室の階は上層で遠くまで見渡せた。どこでも続く白銀の世界。なつみはひとつ息をついて口を開いた。
「あのね、信じてもらえないかもしれないけど、なつたち……、知らなかったの……」
なつみの言葉に、それまで俯き加減だった5人が顔を上げる。
「え……、知らなかったって、その、どういう……。私たちが山小屋で見た動画では、これは研修の一環だって……。だとしたら教官の皆さんだって知ったはずじゃ……」
戸惑いを隠せないゆかり。残る悠貴たち4人もそれは同じくで、目を見合せ、一様になつみに視線を集めた。
なつみは5人の顔を見回す。
「言葉のまま……。今回のことは私たち、新人研修の教官にも知らされていなかったの……。事前にそんなこと聞かされていなかったし、こういう研修が後から加わったっていうのも……。そもそも、こんな馬鹿げた研修、知ってたら最初から止めていたわよ」
なつみの顔に悔しさが浮かぶ。
「でもさ、なつ。研修の責任者は手塚教官なんだろ……。手塚教官がこんな……」
そこまで言ったところで悠貴は気づいた。手塚はいない。何か急用があって暫く不在すると伝えられた。そしてその間、研修の責任者は特高の高官が代わりに務めるとも。悠貴はなつみを見る。なつみは静かに頷いた。
「……そう。手塚教官は知らない。私たちも知らせる手段がないの……。教官がいたら絶対にこんなこと、許さないはずだったのに……。あの……代理で責任者になっている特高の大塚っていう男と、その一派が今回の出来事の首謀者だと思うわ……」
目線を落とすなつみ。
「だとしたらよ……、あの手塚って奴に連絡とって止めさせりゃよかったんじゃねぇのか?」
俊輔の言葉になつみは首を振る。
「それが出来てたら苦労しないわよ……。詳しくは言えないんだけど、手塚教官は今、特殊任務で四国州に行ってて連絡は取れない……。もしかしたら、手塚教官が研修中にも関わらず遠征することになったのも大塚たちの策略だったのかも……」
「ほぅ……、遠征……。四国州で何かあったのですかな?」
宗玄に問われてなつみは困ったような顔をした。
「うーん、ごめんなさい……、住職さん。本当に詳しくは言えないの……。皆が魔法士になってからなら話せることもあるんだけど……」
「ふむ……、道理ですな……。しかし、やはり地方に行けば地方に行くほどキナ臭いことがあるということじゃな……」
この宗玄の言葉にはなつみは何も答えなかった。
「とにかく皆を集めよう。これからのことを話さなきゃいけないしな」
言った悠貴に全員が頷いた。
早速、他の部屋の研修生たちに声を掛けに行こうと俊輔とゆかりが立ち上がった。
……ガチャ。
ドアが開いた。
悠貴たちは誰か、と身構えたが入ってきたのは真美たちG3の5人だった。
「なんだよ、まみ、脅かすなよ……。ちょうど今、呼びに……」
俊輔はそこまでいって言葉をとぎらせる。部屋に入ってきた真美たちの顔が蒼白としている。
悠貴が、どうした、と言おうとする前に武装した特高の隊員たちが真美たちの背後から現れ、部屋に雪崩れ込んできた。
咄嗟になつみが悠貴たちの前に出る。
特高の隊員たちを睨み付ける。
「ちょっと! あんたたち! ここをどこだと思ってるの!? 魔法士……しかも教官であるなつの部屋に断りもなく!」
銃を構える特高の隊員たちはなつみの質問に答えない。微動だにしない隊員たちのその隙間をぬって入ってきた男があった。
「……大塚……」
大塚の姿を見留め、発せられた怒気をはらんだなつみの声。
一方の大塚は余裕を浮かべた表情で室内を見回して口を開いた。
「おやおや、皆さんお揃いで……。ただね、これは一体どうしたことですかねぇ? 私の記憶が確かなら研修中のはずですが……」
言葉の端々から大塚には全て分かっていて、そう聞いてきているように悠貴には思えた。
「その前に答えなさい。自分たちが今、何をしているか、分かっているの? 貴方たちは間違いなく魔法士の領分を犯している……。まさか、法務省と内務省で決められた約定を知らないとは言わせないわよ……。当然、説明があるんでしょうね!?」
隊員たちが怒気をはらんだなつみの声に怯む。
「はは、勿論知っていますよ。魔法士はあくまで法務省の管轄。我々特高、いや、内務省は貸与して頂いているに過ぎない。魔法士の職分には口を挟まず、魔法士はその活動に絶対的な事由が与えられている。ですがねぇ、それは紳士協定ってやつでね……。それに対して我が内務省には法律で全権委任がされていますからね。まあ、それを待たずに超法規的措置を行うことも……。どちらにしてもね、最終的には我々が行うことに圧倒的に分がある訳ですよ……」
言って笑った大塚は、それに、と続けた。
「説明しろ、はこちらの台詞ですよ。なぜ、研修生がここにいるのか……。雪山での訓練に出ているはずでしょう。それがここにいるということはねぇ、あー、研修の放棄ですよ……。これはもう脱走に等しいですよ、脱走……。貴女も教官ならもちろん知ってると思いますがね、研修からの脱走は重罪なんですよねぇ……」
なつみは表情を変えないようにして大塚の、脱走、の言葉をやり過ごした。内心の焦りが表に出ないように大塚に返す。
「はっ……、脱走? 言い掛かりも大概にして欲しいわね。もはや、まともとは言えないような研修から一時的に離脱しただけよ? 流石に雪山に放置して、しかも魔法士の眷属をけしかけるなんて新人の研修にしてはやり過ぎね。第一、研修の内容を変えたり追加したりするなら、まずはなつたち教官に相談するべきでしょ!?」
「おやおや、困りましたね……。いいですか、手塚参謀が不在の間のこの研修の責任者は私なんですよ。私の一存……、それが決定事項であり、確定事項なんですよ。そんなに熱くならないで下さいよ。そんなだから、かつて貴女はあんなことをしでかしたのでは? ──紅夜の魔女。焼いたのが夜だけだったら素敵な二つ名だと思うんですがねぇ……」
大塚の言葉にはにわかに反応するなつみ。
「なんですって……」
静かに怒りに震えるなつみの身体から魔装の光が漏れる。
「おや……。お気に障りましたか……。これは失礼。まあ、貴女なら私を含めてここにいる全ての隊員を黒こげにするなんて造作もないでしょうがね……。でも、そうやって本格的な反乱行為を起こして……、その後大挙してここに押し寄せてくる全国の特高の部隊と、それに協力する魔法士の全てを貴女1人でお相手する気ですか……? その貴女の激情に巻き込まれてしまうそちらの研修生たちは何と哀れな……。まあ、それ以前に……、手塚参謀の顔にどろを塗ってしまうのではないですか?」
ハッとしたなつみは握り締めた拳を下げ、魔装を解く。
それを満足そうに見た大塚は歪んだ笑みを浮かべる。
「お分かり頂けましたか……。では、私たちはこれで。ああ、申し訳ありませんが、皆様方をここと、横の部屋に分けて監禁させて頂きますよ? 厳重に見張りも付けますから変なことはお考えになりませんよう……」
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ガチャ……。
真美はドアを開け、チラリと外を見る。ドアの両脇では完全武装した特高の隊員が警備に当たっていた。
「ん……、何だ?」
「いいえー、なんでもありませんー……。失礼しましたぁ……」
そっとドアを閉じて部屋へ戻る真美。
「ダメ……。部屋の前に2人……、あと廊下にも沢山……」
ため息混じりに真美は確認したドアの外の様子を室内の仲間に伝える。
処分を下すと伝えた大塚が去ってから半日。悠貴たち研修生は2つに分けられ、なつみの部屋とその横の部屋に押し込められていた。
「もういっそのことあいつらブッ飛ばして脱走しちまってもいいんじゃねぇか?」
俊輔の言葉になつみが笑う。
「相変わらず発言が馬鹿を極めてるわね。さっきの大塚の言葉聞いてなかったの? 確かにここにいる連中だけなら倒すのは難しくないわよ。でも……、それをやったら本格的な反乱。しゅん君……、全国から殺到する特高と、あいつらに味方する魔法士の全員の相手をするつもり? もう少しもの考えてから口開いてくれないかな?」
「ぐっ……、じゃあなつはどうすればいいと思ってるんだよ?」
「それについては思案中……。取り敢えず暴発はしちゃダメ。大塚は強気にああ言ってたけど、それでもやっぱり基本的にあいつらは私たち魔法士には手出しできないんだから……」
言ったなつみだったが悠貴には言葉ほどの自信がなつみにあるようには見えなかった。既に特高は研修を名目に研修生のグループを2つ潰している。もう魔法士だから大丈夫だとは言いきれない状況だった。
食事は出されたが部屋から出ることはできず、横の部屋にいる仲間たちとも連絡はとれなかった。食事を運びに来るときに侑太郎が来るときもあったが、直ぐ近くで特高の隊員が見張っているので会話は出来なかった。
そうして2日が経った。
「いつまでこうしてればいいのかなぁ……」
呟くようにゆかりが言った。
「ワシらの処分を決めておるんじゃろうが、それにしても時間がかかり過ぎておるな……」
宗玄の言う通りだと悠貴は思った。
「実際どうなんだ、なつ。俺たちに下る処分ってのは?」
なつみは、うーん、と考えるようにして目を通していた本から顔を上げてさらりと言った。
「銃殺じゃない?」
室内にいた、なつみ以外の全員がなつみを見る。誰もが言葉を発することが出来ない。沈黙を割ってようやく悠貴が口を開く。
「え……、は、え……? じゅ、銃殺……?」
「ええ、銃殺。だって国が定めた研修から脱走したのよ、他でもない魔法士の研修から……。そして、それは皆に手を貸した私も同罪。何か驚くこと? 今までだって研修に耐えきれなくなって逃げ出した研修生はいたわよ? そして、例外なく殺されたわ、秘密裏にだけどね」
悠貴は立ち尽くしながら好雄たちの研修の話を思い出した。研修施設から逃げ出した好雄と優依、そして侑太郎の仲間の男。脱走するように仕向けられた男は森で好雄たちに仕留められた。優依は未だにそのことを引きずっている。
「じゃあ俺たちは……、殺されるために研修に参加したって……、なつは言うのか?」
「そうじゃない? 少なくとも、既にG5とG7は1人を残して全滅っていう事実は変わらない……。でも、私たちはまだ生きている、それも事実よ。ま、少なくとも私はむざむざ殺られたりしないわよ、未だ若いし、やり残したこと、山ほどあるんだから」
明るく言って立ち上がったなつみは部屋を見回す。
「そう、たぶんあいつらは、なつたちのこと、殺そうって考えている。どうせ今頃、殺すか殺さないかじゃなくて、どうやって殺すか話し合ってる。ゴミみたいな連中ね。私は生き残るつもりだけど、みんなは? 大人しく殺されるの?」
俊輔が立ち上がる。
「んなわけねぇだろう! 殺されるためにここに来たってか、ふざけんな! 俺たちは魔法士になるためにここに来たんだ! あいつらが俺を殺すってんなら返り討ちにしてやるぜ!」
なつみがにんまりと笑う。
「上等……。さあ、他の皆は……」
なつみが言い終わる前に真美や聖奈が立ち上がる。ゆかり、宗玄、そして眞衣も続く。ふふっと笑ったなつみが最後に悠貴を見る。
「せんせーはどうする? ここに残って大人しく殺される? せんせーってばホント真面目でお利口さんだから、悪いこと出来なさそうだもんね?」
意地悪そうな目を向けてきたなつみに悠貴は、俺は……、と口にしてその場にいる仲間を見回して、そして続けた。
「ここに来て色んなことを見て、知った……。正直これまでは魔法が使えるようになったってことで浮かれていたよ。魔法が使えるってのがどういうことで、魔法士になるってのがどういうことなのか全然分かってなかった……。まだまだ知らないことばかりだと思う。でも……、そんな俺でも、こんなこと間違っている、正しくないってはっきりと思えることが沢山ある。それをそのままにしてはおけない。それに……、まだ知り合って2ヶ月も経ってないけど、俺は研修生の皆のこと、仲間だって思ってる。大切な仲間だ。その仲間に何かしようっていうんなら、俺は絶対にそれを止めたい、それをしようとする奴らを許さない……。なつ、行こう。俺たちはここじゃ終われない、終わりたくない……!」
悠貴の言葉に研修生たち全員が力強く頷く。
満足そうに頷くなつみ。
「……それじゃあ、皆で悪いこと、しちゃおっか! うーん、悪いこと……とは言いきれないわね。私たちは正しいことしようとしてる訳だし……、でもこれからすること自体は悪いことだし……」
思案するなつみの横で聖奈が声を上げる。
「じゃあ……、正しくて悪いこと、ですね!」
静かになる周囲に聖奈が不安そうにする。
「あ、あれ……、私……、何か変なこと言っちゃいましたか……」
悠貴が吹き出したのに続いて聖奈を除く全員が静かに笑った。不思議そうにする聖奈の頭をなつみが撫でる。
「くく……。そうね、まさにその通り。正しくて悪いことだわ。よしっ、皆聞いて……、策があるわ。策とは言えない代物で、少しばかり危険……、あと、だいぶ他力本願なんだけどね」
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