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そして、いつか、余白な世界へ  作者: 秋真
第三章 白銀世界の卵たち
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第100話 動き出す研修生

 侑太郎を先頭にして一行は雪の森を進む。シャリシャリ、と、一行の進みに合わせて湿気をふくんだ雪が小気味良い音を立てる。



「雪の下が穴になってたり、沢が流れてたりしますから足をとられないよう気を付けて下さいね!」


 進みながらも振り返った侑太郎が後に続く悠貴たちに注意を促す。


 侑太郎が言ったそばから眞衣が雪の下を流れる水の流れに足を突っ込む。


「きゃっ……! つ、冷たーい!」


「たく……、何やって……うぉっ」


 眞衣を助けようと手を伸ばそうとした琥太郎も雪の深みに足をとられた。


 その2人に目をやりつつなつみが口を開く。


「ちょっと……、侑太郎、あんた、どんだけ森の奥にテント張ったのよ!」


「し、仕方なかったんですよ! 特高の人たちに見つからないように……、ってなつみさんが言ったんじゃないですか!? あ……、ほら、見えてきましたよっ」


 侑太郎が指差した先、大きくて白いテントが幾つか見えてきた。


 テントの前まで進んだ悠貴たちは足を止めて一息つく。




「なあ、侑太郎。何で木と木の間のあんな狭そうな所に無理やり大きなテント張ってるんだ?」


「ああ……、それはですね……」


 悠貴に尋ねられた侑太郎は目でテントの上を見る。侑太郎が目をやった辺りを見て悠貴は納得した。木々の間に縄を通し、そこに白い天幕が張られていた。


「これで空からぱっと見ただけでは分かりませんて……。さあ、皆さん、どうぞこちらへ!」


 侑太郎はそう言って一番大きなテントの入り口をめくった。悠貴を先頭にして研修生たちは中へ入る。




 テントの中で、おぉ、と声が上がる。声を上げた主たちに悠貴は見覚えがあった。直接絡んだことはなかったが他のグループの研修生たちだった。


 そのうちの1人が近づいてくる。近づいてきたのは体格の良い、中年の女。G(グループ)2のリーダーの小柴多賀子だった。


「羽田くんじゃないかい! 無事だったんだねぇ……、ああ、良かった!」


 と声を上げて悠貴を抱き締めた。


「ちょっと……小柴さん……、痛いですって!」


 と悠貴は苦しそうに言った。悠貴に小柴と呼ばれた女は、ああ、ごめんよ、と言って悠貴から離れた。離れはしたが、それでもなお悠貴の肩をばしばしと叩いて喜んでいる。


「でもね、あたしは本当に嬉しいんだよ……。私たち、G2以外はもしかしたらもう助からないんじゃないかって話してたんだよ……。それが羽田くんたちG1の5人に……、それに、後ろ子達は……、ああ、真美ちゃんたちかい、G3だね……。グループが2つも、しかも無傷で会えるだなんて……」


 感極まった小柴はおいおいと泣きながら顔を覆った。




 大きいテントだった。骨組みは太く、天井が高い。中にはベッドが並び、煮炊きが出きるようになっている場所もあった。まだ体が治りきらないゆかりや佑佳がベッドへ連れていかれる。




 悠貴はテントを支える柱に寄りかかって座る。辺りを見回す。一緒にここへ来る仲間たちも思い思いに体を休めていた。


 その仲間たちの間を小柴やG2の研修生たちが(せわ)しく行き来している。食事や飲み物を配ったり……、ゆかりと佑佳に治癒魔法をかけたりもしていた。



 一通りの世話が行き届いた辺りで小柴が悠貴の横に腰かけた。


「羽田くんは寝なくて良いのかい? 疲れてるだろう、いつまでこうしていられるか分からないし、休める内にしっかりお休みよ」


「ですね……、もう少ししたら横になります。それにしても小柴さんたちも無事で良かったですね。あの……他のグループの人たちは?」


 悠貴に問われた小柴は一瞬言葉に詰まったようにして、そして、ふう、と大きく息を吐いた。


「あたしたちもね、一昨日ここにつれてこられたばかりなんだよ……。羽田くんたちのグループの教官のお嬢ちゃんたちに助けて貰ってね。お嬢ちゃんの話じゃ他のグループのことはまだ分からないみたいだよ……、あたしたちは運が良かったんだ」


 小柴が言った、運が良かった、の言葉。


 なつみの話では研修生たちがこの雪山の何処にいるのか、全く分からないらしい。なつみや、なつみに協力している教官や施設の関係者が総出で探しているが、なにせこの広さだ。ほとんど手掛かりがない状態で捜索を続けている、見つかるかどうかはひとえに運次第だ。



「小柴さんたちも……、その、起きたら外に?」


「……てことは羽田くんたちもかい?」


 小柴は悠貴に自分たちの経緯を語った。


 朝起きたら見知らぬ場所に寝かされていた。リュックの中に入っていた僅かばかりの食料を小分けにし、隠されたヒントを手懸かりに大きな洞窟に辿り着いた。

 洞窟の中は広く、食料も備えられていた。奥へ進むと広い窪みがあり水がたたえられていた。しかし、その水には毒が含まれていた。運良く最初に水を掬って口にした仲間が『毒』の属性の研修生(まほうつかい)だった。その水は避け、雪を溶かし、沸かして飲み水として使った。

 熊のような化け物に襲われた。洞窟には出入り口は一つしかなく、化け物たちに塞がれ、洞窟の出入り口付近で戦い、退(しりぞ)け、休み……、そして戦う。それを繰り返していた。

 気力と体力が尽きていき、もうダメかと思っていた所を救われた。


「あんたの所の教官のお嬢ちゃんが助けてくれなかったらあたしたちは確実にもうダメだった。感謝してもしきれないよ……」


 そう言って小柴はテントの中を動き回るなつみに目をやる。倣って悠貴もなつみを見た。なつみは他の魔法士たちにあれこれと指図し、自身も怪我人の手当てをしていた。


(なつだって疲れてるだろうな……。あいつ……、研修生たちを探し回って、しかもこうやって見つけた研修生たちの世話までして……)


 なつみを手伝おうと立ち上がる素振りを見せた悠貴の肩を小柴が掴む。


「羽田くんは休んでおいで……。あたしたちはここに来て2日。その間にしっかり休めた。なに、特にあたしなんかは元々は地方の都市圏(エリア)の郊外にあるおんぼろ旅館の女将でさ、こうやって人様の面倒を見るのも慣れてる。任せておきな」


 笑った小柴は立ち上がって歩いていった。



 何気なくテントの光景を眺める悠貴。その視界に木の碗が差し出される。中にはシチューが入っていた。


「はい、悠貴さん。体温めてくださいっ」


 差し出したのは侑太郎だった。


「おう、ありがとな」


 悠貴はスプーンでシチューを口にする。口にしたとたん、空腹が思い出された。


「ああ、そんな急いで食べなくても大丈夫ですよ、お代わりはちゃんとありますから……。味、濃くないですか? ぼく、家でも料理はする方なんですがお姉ちゃ……姉が味が濃いのが好みで、ついつい味付けが濃くなっちゃうんですよ……」


 そう言って侑太郎は笑った。


「いや、全然! めちゃくちゃ美味い……。ふぅ、ごめん、侑太郎、もう一杯いいか?」


 もちろん、と侑太郎は碗を受け取り、立ち上がって歩いていった。侑太郎がよそってきたシチューを平らげた悠貴はそのまま近くのベッドで横になった。少し休んだらなつみたちを手伝おう思った悠貴だったが、意識は深く深く沈んでいった。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 目を(こす)りながら体を起こす悠貴。辺りは暗く、天井から吊るされたランタンがテントの中を薄く照らしていた。身体を伸ばしてベッドから出る。


 テントの中は驚くほど静かだった。寝静まる研修生たちのベッドの間を抜け、悠貴はテントの外へ出る。夜だと思っていたが、どうやらもう夜明け前らしい。



(昨日の昼間からずっと寝てたのか……、疲れてたんだな……)


 思えば何度か目を覚ましたような気もする。しかし、その度に強烈な眠気が襲ってきて眠りに落ちた。


(でも、お陰でもう身体も魔力の方も良さそうだ……)


 悠貴は手を握り小さく風を起こす。




 外ではなつみの仲間の2人の魔法士が火の側で寝ずの番をしていた。そのうちの1人が、もう起きて平気かと聞いてきたので、悠貴は頷き、少し歩いてくる、と返した。



 悠貴が森を進むと開けた場所に出た。雪一面の銀世界。小さな岩に腰かけた悠貴は空を仰ぐ。群青色の空が広がっていた。


(取り敢えず、助かるには助かったんたけど……、これからどうなるんだろう……)


 まだ見つかっていない研修生たちのことも心配だし、そもそも、これから研修はどうなってしまうのか……。


(あの、山小屋(ロッジ)で見た動画やなつの話からして特高の連中の仕業だってのは間違いない……。でも……、何で特高の奴らは俺たちにこんなことを……)


 これがただの研修だとは悠貴にはどうしても思えなかった。雪山に放り出されたこと、避難場所(シェルター)のこと……、そして、実際にG4と戦闘になってしまった真美たちのこと。


(一体……、何がどうなってるんだよ……)


 下を向いて考えていた悠貴は再び天を仰いだ。空は白んできている。考えていても埒があかない、と悠貴は立ち上がってテントへ戻った。




 悠貴がテントへ戻るとなつみや侑太郎、その他の魔法士たちが集まって何かを話している所だった。


「悠貴さんー、こんな朝早くからどこ行ってたんですかっ? 探したんですよー」


 テントへ入ってきた悠貴を見留めた侑太郎がそう行って駆け寄ってきた。


「悪い悪い、ちょっと外の空気を吸いにな……。それより、何かあったのか?」


 悠貴の問いに、侑太郎の横に並んだなつみが答える。


「研修施設に戻るわよ、せんせ」




 朝食の後、なつみと侑太郎は研修生たちを集めた。各グループにこれまで何があったのか、かい摘まんで伝え、なつみが知っているだけの情報も伝えた。


「……、と、こんな所ね……。特高のやつらは研修生たちを競わせ……、いえ、争わせて、それを実践演習だと言っているわ。本当に強い資格者(まほうつかい)だけが、このサバイバルゲームを生き残れるだろう、てね。そうやって生き残った者じゃないと価値がないって……」


 なつみの説明に何人かの研修生が憤りの声を上げる。


「いくら魔法士の研修だって言ったってね……、あたしたちのグループはそれで仲間を1人死なせたんだよ……。そんなこと、許されるのかい……」


 怒りと悲しみに声を震わせて小柴は拳で地面を叩く。悠貴は小柴と小柴の後ろのG2の面々を見回した。確かに5人いるはずのグループに4人しかいなかった……。


 小柴は今の今まで自分からは口にしなかったがここに来るまでのどこかで仲間を失ったらしかった。それに気づいた悠貴は拳を握る。


「何でこんな横暴が許されるんだ! 特高の連中……好き勝手しやがって……、俺たちの命をもてあそびやがって……。責任者は……、あの手塚っていう魔法士の男がそうさせているのか!?」


 小柴の後ろにいた男が叫ぶ。

 なつみは静かに首を横に振った。


「皆が式典の時に紹介された、責任者の手塚教官……、あ、私が勝手に教官って呼んでるけど、ちゃんとした今の立場で呼ぶなら手塚参謀。今は……、いないの。四国州へ行っているわ。だから、今の責任者は手塚教官とは別の大塚っていう特高の将校よ。あいつら、手塚教官が留守にしてるのをいいことにやりたいほう題してるの……。今回の一件だって手塚教官は何も知らないはず……、うんうん、絶対に知らないわ……」



 なつみの言葉に悠貴は大きく息を吸ってゆっくりと吐いた。そうしなければ怒りに任せて外に飛び出しそうになったからだ。

 その大塚という男とその一派のせいで、現に小柴のグループでは1人の研修生が死に、ゆかりや真美たちG3の5人だって負傷した。




「冗談じゃない……、あたしたちを……虫けらみたいに……!」


 言って駆け出そうとする小柴。近くにいたG3の研修生たちも続こうとする。


「待って!」


 なつみが言うと同時に侑太郎が小柴たちの行く手を(さえぎ)った。


「どいておくれ! その大塚って奴に一発喰らわして……」


 なおも進もうとする小柴たち。なつみはその背中に優しく語り掛ける。


「気持ちは分かるわ……。何ならなつだってそうしたいし……。でも……ダメ……、ダメなの……。今は未だこらえてちょうだい? とにかく、手塚教官が戻ってさえ来れば……」


 言ったなつみも小柴たち同様、悔しそうな表情を浮かべる。


「確かにの……。今、あやつらと事を構えるのは得策ではないじゃろう……」


 宗玄が小柴の肩に手を置く。

 気持ちの収まらない様子の小柴たちだったが一先ずなつみの方に向き直る。



「で……、俺たちはこれからどうするんだ?」


 悠貴が口を開く。


「皆に集まって貰ったのはそれを話したかったからよ。ゆたろー」


 なつみに水を向けられた侑太郎が話し始める。


「あ、はい! えーと……、単刀直入に言うとですね、皆で研修施設に戻りたいと思います」


 侑太郎は語る。当面の物資は心配要らないが、これから他のグループも合流してくるかもしれない。そうすると物資も不安になってくるし、何より、いつ特高に見つかるか分からない。


「ふむ。なるほど……。敢えて奴らの目の届く範囲に身を隠す。灯台もと暗しじゃな……。しかし……」


 懸念を声にした宗玄になつみが答える。


「ええ、じゅーしょくさんの思った通りよ。施設は高い塀に囲まれていて警備のロボもいるわ。当然、(ゲート)は一番警備が厳重……」


「なるほどな、よし……、正面突破しかねぇって訳だな。こっちにはこれだけの魔法士とひよっことは言え、俺たち研修生がこれだけいるんだ。警備の連中を蹴散らして中へ……」


 意気揚々と語る俊輔になつみがため息をつく。


「俊君は黙ってて……。てか、バカじゃないの! 確かに警備を倒すくらいは訳ないし、そのくらいだったらなつ1人でだってできるわよ」


「だったらなんでそうしねぇんだよ!?」


「よく考えて……。手塚教官がいないのを良いことに好き勝手してる大塚たちは確かに小悪党風情って感じだけど、代理とは言え今はここの責任者なのよ。その大塚たちと正面からやり合えば、立派な反乱よ? それに向こうについている魔法士だっているわ、こっちだって無傷では済まなくなるわよ。それに……、向こうは応援を呼ぼうと思えばそれこそ無数って位に呼べるわ。足りない頭でもそれくらいは考えてくれる?」


 (あお)られた俊輔がなつみに言い返し口喧嘩になる。侑太郎が仲裁に入る。



 悠貴はそんな2人を尻目に考える。現状を打破するためには施設内には戻りたい。しかし、今の自分たちは研修を無視して離脱している。施設にいる人間たちが自分達をすんなり施設に戻してくれるとは到底思えない。特に特高の連中は絶対に……。必要があれば戦うしかないが、無駄な犠牲は出したくない。


 悠貴は口を開く。


「施設に忍び込む方法はあるのか?」


 なつみが動きを止め、そのなつみから侑太郎が俊輔を引き剥がす。


 悠貴のことを見つめるなつみ。俊輔と取っ組み合いになって乱れた髪を直し、答える。



「あるわ、少し危険だけどね」

明けましておめでとうございますっ。本年も宜しくお願い致します!



今話もお読み頂きありがとうございます!


次回の更新は1月8日(金)の夜を予定していています。また週1の更新になり、お待たせしてしまってすみません。



ついに100話まで到達してしまいました……。

自分独りではここまで来られなかったと思っています。日々の皆さま方からのお声掛けあって、です。本当に感謝です。



新年ということもありますし、100話ということもありますし、近く、三章の見通しや今後などについて活動報告を更新しようと思っていますのでそちらもぜひご覧くださいっ。



宜しくお願い致します!

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