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そして、いつか、余白な世界へ  作者: 秋真
第一章 『始まり』への日々
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第10話 学年合宿 ~暮夜~

「むー、男子たち遅いよー」


 頬を膨らませてむっとする莉々。


「わりー、わりー! 風呂から出て着替えてからも、何か妙に話盛り上がっちゃってな……。お、莉々、さっきとは違う服じゃん。優依も琴音も。うんうん、みんな可愛いぞっ。いやー、やっぱ風呂上がりの女の子ってのはいいもんだよなぁ!」


 言い訳をして、話を逸らそうとする好雄に莉々がキツい視線を送る。


「えぇー……、ひくわ……。よっしーに言われても全然嬉しくない……。悠貴はどう? ほらほら、可愛いでしょっ?」


 琴音が悠貴にくるんと回って見せる。


「あ、ああ……。良いんじゃないか」


「何よー、良いんじゃないかって……。ほらっ、優依も可愛いんだから男子たちに見せつけないと!」


 言って琴音は優依を前に押し出す。髪が乾ききらない優依。


(う……。確かにいつもよりなんか大人っぽいな……)


 悠貴にじっと見られ、優依は赤くなって下を向く。




「ていっ」


 莉々が悠貴の頭を小突く。いて、と振り返る悠貴を莉々が睨む。


「こーら、悠貴の変態ー。優依のことジロジロ見ちゃって……。やだやだ。いこっ、優依、琴音」


 言った莉々は優依と琴音の手を引いて先を行く。



「何だよ、減るもんじゃないのによ……、なあ、悠貴……」


 名残惜しそうに莉々たちの背中を見る好雄。悠貴たちも莉々たちを追ってコテージへ向かった。





「よっしー、これ洗って!」

「よっしー、これ運んで!」


 矢継ぎ早に莉々と琴音から好雄に指示が飛ぶ。

 遅刻したんだからこれぐらい当たり前だと莉々と琴音は息を合わせて好雄をこき使う。



 そうして好雄がコテージ中を走り回る中、呼び鈴が鳴った。


 顔を見合わせる悠貴たち5人。莉々と琴音が首を横に振り、悠貴と好雄がそれに頷く。優依だけがおろおろと玄関の方と見比べる。


 莉々が包丁で野菜を切る音、そして鍋から発せられるグツグツという音だけが響く。


「ね、ねぇ……、可哀想だよー?」


 耐えきれなくなった優依が口を開く。


「……優依。ここは心を鬼にしなきゃいけない。それが奴の為だ。時には泣いて切らなきゃいけないこともある」


 そう言って好雄は腕で涙を拭うフリをする。


「え、えーと、でもぉ……」


 と困惑する優依。


 コテージリビングから外を見渡せる大きなガラス戸。その外から声がして、同時に声の主がガラス戸に張り付く。


「優依の言う通りだぞー、可哀想だぞ!」


 外にいる男は顔面をガラス戸に全力で押し付けている。コテージの中にいた全員がため息をつき、琴音はそれに「キモ……」と添えた。



「はぁ……、やっぱり大門かぁ。よっしー、仕方ないから開けてあげて」



 伊藤大門。

 好雄と並ぶサークルの問題児だった。好雄はただの寝坊の遅刻だったが大門は日程を勘違いしていた。悠貴たちからの連絡があってそれに気づき、たった今到着した。




「お前ら! 無視すんな! まあ、そんなことより……、待たせたなー、合宿の主人公のご登場だぞ!」


 コテージリビングで仁王立ちする大門。


 それを親の敵を見るように眺める莉々。包丁を手にしながらワナワナと震えている。


 悠貴は荷物を置いているリビング横の和室へ向かい、合宿のしおりをラケットバックから取り出し、ため息をつきながら大門に渡す。


「取り敢えず無事につけて良かったな。迷わなかったか?」


「駅からタクシー使ったからな。ただすげー料金になったぞ。お陰で財布は空っぽだ。琴音、すまん後で金貸してくれ!」


 琴音に向かって仰々しく立礼する大門。


「何で私なの!? やだよ私!」


「いいか、琴音。冷静に考えろ。優依はこの場で唯一俺の味方だ。天使だ。そして可愛い。優依からは借りられない。それは天が許さない。いや天が許しても俺が許さない。莉々は……、見てみろ、俺が許しても莉々が許さない」


 近寄る大門に一歩下がる琴音。


「ちょ……、こっちこないで! いやよ、大門に貸しても絶対に返ってこないもん! 男子がいるじゃん!」


「いいか、琴音、冷静に考えろ。悠貴はこの合宿の為に散々立て替えている。合宿が終わって精算するまで悠貴は期待できない。好雄もダメだ。魔法士の俸給がある点では一番期待できるが、一昨日一緒に遊び歩いた俺だからこそ知っている。あいつは今月分の俸給はほぼ使い果たしている。最後に残るのは志温だがそれも無理だ。あいつは俺に金を貸すほど俺を信用していない」


 なぜか、真面目な声で冷静に分析し証明終了と言わんばかりに琴音を見据え、


「分かるか、俺にはお前しかいないんだ」



 凛々しく言った大門の後頭部に、我慢を重ね、今まさに限界を迎えた莉々が投じたスリッパがぶち当たる。


「いってぇ、バカか、何すんだよ!」


 批難する大門に莉々は包丁を片手に睨み付ける。


「バカは大門でしょ!? 何もっともらしいこと言ってるのよ……。合宿の日にち勘違いして、それで今頃着いて何様!? 少しは反省しろー!」


「ちょ、莉々、包丁は、まずい……、や、やめろ、近寄るな……、分かった、俺が悪かった……。だ、誰か! 助けてぇー!」



 その後、大門は自分が泊まることになっていたコテージへ向かい、そこでも手荒な歓迎を受けた。






「ほんと信じられない……、最低……」


 怒りが収まらない莉々。


「り、莉々ちゃん! お、落ち着こう、ね? あ、ほら、莉々ちゃんの作った料理、本当に美味しいよ! ね、悠貴君?」


 空気を変えようと悠貴へ水を向ける優依。


「いや、ホント、莉々、これイケるぞ! ほら、お前も食えって!」


 悠貴は目の前の料理を取り分けて莉々に渡す。


「でもさー、ホント莉々って器用だよね。料理も美味しいけど、テニスだって上手いし、それに、勉強も出来るし……。そりゃモテるよねぇ」


 くぅ、と羨ましがる琴音。莉々は目の前の料理を口に運びながら答える。


「そんなことないって……、大学生になったってのに彼氏も出来ないし……。それ言ったら琴音の方がモテるでしょ? あんた大学入ってから何人と付き合ったのよ」


 言って溜め息をつく莉々。


 それから悠貴たちは大学のこと、サークルのこと、それぞれの高校生活のことを語り合った。




 あ、と志温は声を上げる。



「そう言えばさ、悠貴。明日の朝練て6時集合でいいのか?」


 先に食べ終わっていた志温は寝転がってテニス雑誌に目を通していた。志温は悠貴たちの学年では頭ひとつ抜きん出ていた。それに悠貴と好雄、そして大門が続いた。朝練が楽しみで仕方ない様子の志音。ラケットを手にそわそわとしている。


 悠貴はそんな志音を見て笑って答える。


「だなっ。ただ朝練用のコートがコテージから少し離れてるから、集合自体はもうちょい早めの方がいいかもな。どうする莉々?」


「うーん、皆は5時40分……かなぁ。係はボール用意したりカゴ持ってかなきゃだし……、私たちは5時20分、だね」


「まあじゃあ俺たちは5時起きだな。今夜はもう何もないし早く寝れるから大丈夫。キツいのは明日だなー」


 そう言って腕を伸ばす悠貴に莉々は頷く。


「そうなんだよねぇ。明日の夜は皆で集まってBBQだもんね。終わるのも結構遅いし片付けして……、明後日の5時起きはキツそー」


 言って莉々は食器を片付けたテーブルに突っ伏す。


「好雄良かったな。明日は皆がいるから遅刻せずに済みそうだな」


「そうだな、もったいなくもお前たちに起こされてやろう!」


 突っ伏したままの莉々が低い声で「よっしー……」とだけ言うと好雄は、すみませんでした、と頭を下げた。




「あ、あとさ、好雄……。お前、この間みたいにテニスしてるときに魔法使ったりすんなよっ? キレた俺も大人げなかったけど、さすがに魔法なんて使われたら勝負にならないからな」


 志温の言葉に驚く琴音。


「はぁぁ、よっしー、そんなことしたの!? そりゃ志温だってキレて当然だよー!」


「な、何だよ、琴音まで……。分かってるって! ちょっとふざけただけだし、もうしねぇって。 だから志温、安心しろ。明日はガチの勝負するからよ」




 それからも話に花が咲いた悠貴たち。朝練もあるから、と切り上げ、男子は和室に布団を敷き始め、女子は2階へと上がっていった。


「消すぞー」


 悠貴がスイッチを押すと台所とリビングの灯りは落ち、間接照明のオレンジ色の光だけが部屋を薄く照らす。



 布団に入る悠貴。リビングの側を向く。悠貴が見上げた吹き抜けの上、2階の洋室の窓は灯りが漏れている。


(未だ誰か起きてるのか……)


 思った悠貴は寝返りを打つ。目に入ってきた和室は暗く、川の字の真ん中で布団にくるまる志温は既に寝ているようだった。


 一番奥の好雄は悠貴に背を向けて横になってるが、スマホの明かりが和室の奥を僅かに照らしていた。


(あいつ……。早く寝ないと今日みたいに遅刻すんだろうが……)



 悠貴はもう一度寝返りをうち、リビング側を向く。改めて目線を吹き抜けの上に移す。洋室の窓からは灯りが消えていた。


 しばらくそうやって吹き抜けの虚空を眺めていた。


 暗くなった2階洋室の窓の向こうがぼんやりと光ったような気がした。その淡い明滅をなんともなしに見ていた悠貴だったが、次第に意識が遠退いていった。

今回も拙作に貴重なお時間を頂き本当にありがとうございます!今後とも、もし宜しければお付き合い下さい!!

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― 新着の感想 ―
[良い点] >それを親の敵を見るように眺める莉々。 >包丁を手にしていたことも手伝い異様な雰囲気を漂わせる。 あの漫画でよく見るシーンを小説で目にすることができるとは……。 すごい表現力です!
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