春の聖女が幸せな理由
「今日も美しい月ですね」
皆さま、ご機嫌麗よう。スプリング伯爵の次女、ナタリーと申します。明日の卒業パーティーを楽しみにし、サングリアを頂きながら月を眺めています。
堅苦しい挨拶は置いといて。私が、あの有名な『春の聖女』です。
えっ?知らない?なら私の生い立ちを話しましょう!
私が生まれたのは、穏やかな気候で知られるスプリング伯爵領。春には美しい花々が咲き誇り、王族の方も内密にいらっしゃるほど美しい土地なのです!
次女というからには、兄姉がいますよー?長男長女という双子が。二人が大人ぶりたくなった時に生まれたのが私なんです。
だから、私は親よりも兄達に育てられました。貴族の常識を男女両方とも教えられたり、送るプレゼントの意味など、知っていたら得することなど。それだけではなく、一般常識などもキチンと教えられました。
その御蔭で、両親達が家庭教師を雇った頃には、私は教わるべきことを学んだ後でした。一つだけ、勘違いなさらぬように言っておきますが、両親は決して育児をサボっていたわけではありませんよ?領主としての仕事がありますから、社交デビュー前の兄達より私と接する時間が短かっただけなのです。怒ることは怒られ、それ以上に甘やかされながら育ちました。
そんな私が『春の聖女』と呼ばれるようになったのは五歳のころです。領地を歩き回ろうっという話になり、兄達を手を繋いで商店街を歩いていたときです。
デコボコの石畳は歩きにくく、私は兄達に支えられていましたが、一人で歩いていた女の子が転んでしまいました。石畳でころんだため肘や膝、それどこか顔にまで擦り傷を負い、女の子は泣き出してしまいます。兄達は私を連れて大急ぎで女の子の方に走りました。
周りの大人がオロオロするなか、兄は女の子についた石を丁寧に手で払い、姉は血をハンカチで拭い始めました。大人が悲鳴を飲み込み止めようとするのを姉が手で止め、兄は石を払うその手を休めることなく告げます。
「ノブレス・オブリージュは大事なのかもしれないが、そんなものより人の命のほうが大事だろう?」
それに、私達は護衛を引き連れていないんだ。
そう呟いた兄の言葉に、大人は止めようとした手を止めました。いくら領地であるものの、護衛を引き連れていないとは、そんなにも私達を信じてくれているのかっと、感動してしまったからです。
少女を助ける兄達、涙ぐむ大人たち。その両者を見て、私は混乱しました。兄達の助けになりたいが、わたしに何ができるのかわからない。大人たちはどうして泣いているのかわからない。
そんな私でも、一つだけ理解していることがありました。自分より年下の女の子が血を出している。泣くほど痛いに違いがないと。
私は、震える足を女の子の方に向けた。ヨロヨロしながら、どうにか女の子に近づき後ろから抱きしめます。
「大丈夫。痛くないから大丈夫。痛いのはどこかに飛んでいくよ?」
そう言って女の子を抱きしめると、急に女の子と私が光りだしました。どことなく暖かい光に包まれ、気づいたときには光が消えていました。
私が女の子を見ると、傷跡が薄くなっています。もう二、三日ほどすれば何事もなかったかのように、傷跡が消え去るような薄さでした。
そして、その大人たちから話は広がります。その時の私は、聖女のようだったと。兄達もその言葉に同意してしまいました。
しかし、『聖女』なんて教会がほうっておくはずありません。私は、司教様に拉致されるように王都の教会に連れて行かれました。そこで、最高司教様に土下座されてしまったのです。
「神への信仰心が薄れ、神の加護が弱まりつつある今、あなたに神の代弁者として『聖女』として祀り上げさせてください!」
それはもう、心の底からの叫びでした。今この国では、神を軽視する貴族が多いのです。その影響により、神からの加護が消えつつありました。教会としては、治癒などという奇跡の力の持ち主にすがりたくてしょうがなかったのでしょう。
私は、引き受けました。それは、私の何処かで『聖女』なんかではない!と私が叫んでいたからです。その理由が知りたくて、私は『聖女』の任務を任されました。
その後から、私は教会に一日一回は訪れるようにしました。膝をつき、両手を胸の前で組んで賛美歌を歌い上げる。そうすることで、私が『聖女』を名乗ることが許されている気分になったからです。
ですが、治癒能力を使うことはやめさせられました。むしろ、やめなければいけませんでした。最高司教様が古い文献を見つけてくださったのです。そこには、昔存在したと言われている神の愛し子の事が書かれていました。
『癒すものがいれば、その力を使わせてはならない。もし、使い続ければそのものは直ぐに神に呼ばれるだろう』
神に呼ばれる、つまりは直ぐに死んでしまうという事。
その事実に驚いた教会は、私に癒す力を使うことを禁じました。癒しを一度でも使ってしまえば、皆が癒されたいと願うからです。もし、拒否したら暴動が起き使わなければならない状況になってしまい、私の死が近づくからです。神への信仰心を取り戻すためには、私という存在は必要不可欠ですので。まぁ、私も死にたくないので嬉しかったです。
ですが、『聖女』を名乗るには癒しを求める人もいるわけで。私は、誘拐されるようになります。伯爵の中でも辺境伯なので、侯爵と爵位の力は一緒になるわけです。ですので、養子にとろうともできないので誘拐という手段をとられるようになりました。
でも、誘拐されたことはありませんよ?家族や領民の皆さんが守ってくれたのです。兄達は、『聖女』の称号を頂いた私に過保護になりました。領民の皆さんは私に癒しを求めないように、そして私を誘拐させられないよう団結してくれました。癒しの力で私の命が減るなら、そんな力必要ないと。狙われる私を守ることで、私が癒しの力を使わないのを悔やまないようにさせると。
その言葉を聞き泣き出した私を見て、より一層その気持ちを高めましたと報告され、その笑みを浮かべた頰を引っ張った私は悪くないと思います。
両親は、いつも以上に厳しくなりました。一通りの護身術を、それでいて必要以上の教養とマナーを教えられました。しかし、決して両親を恨むことはありませんでした。全ての教師の皆様が言っていたのです。
「あなたは『聖女』の名を頂きました。ご両親はあなたを守るために、隙を作らせないように厳しくさせているんです」
それ以上に兄達は私達を守るために頑張りました。学校に入学し社交界デビューして、社交界の話題を全て持っていったはずです。美形と言われる顔の持ち主なので、話題になっていたのを覚えています。兄達は私の事を『大切な妹』と言い、私を狙うなら容赦しないと宣言しました。
それ以降でしょうか?私の誘拐が鳴りを潜めたのは。兄は魔法騎士として名を売っていましたし、姉は社交界の華として様々な人から求婚されていました。そんな兄と姉を敵に回すとややこしいでしょうからね。
けれども、私の名は知られていきました。最高司教様に、王都の教会に一ヶ月に一回は連れていかれてましたからね。そのために、家には教会と繋がった転移魔法陣が敷かれていました。禁忌と呼ばれるものですが、私を強制連行するためにはしょうがないとおっしゃっていました。…強制連行って自覚はあるもんなんですね!そう思うのならやめません?!
とりあえず、そんなわけで私の事は王都に知られていました。その原因の一つは最高司教様がいつも、私を連行するときにドレスを持ってきていたからです。なんでも、奥方様が私の姿をご覧になったことがあり、私を着飾りたいと懇願したそうなんです。産んだ子供が男のだったのと、私がそれなりに美形だと言われていますからだとおもいます。兄達は父譲りの美形ですが、私は妖精姫と称された母似なのです。奥方様は母を知っていたようで、妖精と見間違うような衣装を選んでいました。
オーガンジーと言うのですか?透ける生地のドレスやワンピースを選んでいました。ひどい時は、オーガンジーとレースのドレスで背中部分には半透明の羽がついてましたよ。死んだ目をする私に、最高司教様はアハハっと目を合わせず笑っておられました。
そんな衣装ですが、周りからの評判は良かったですよ?家族からは、可愛いともて囃され絵を描かれました。王都の皆様からは、それこそ『聖女』と言われました。私がスプリング領の娘だと知られると、春の自然の素晴らしさからか『春の聖女』と言われ始めたのだと思います。
問題は、私が学校に入学して社交界デビューした時から始まります。私達貴族は、フリューリンク学校に通うことが強制されています。この学校の入学式の後に行われる、入学祝いのパーティーが社交界デビューの場とされているからです。
私は婚約者が居なかった為、兄をエスコート相手にしてパーティーに出席しました。その結果、その場は荒れに荒れていました。『春の聖女』はスプリングの女性だと言われており、領主の娘だと知られていなかったのです。
兄達と私は似ていませんから、『聖女』を養子にしていると考えられていたようです。着飾った時の雰囲気は似ていますので、私が兄達と血の繋がった妹だと納得してくれたようです。
しかし、その後が大変でした。兄達に近づこうとする人、『聖女』の恩恵を欲しがる人、私の化けの皮を剥がそうとしてくる人など、様々な悪意を向けられます。兄達に近づこうとする人は兄達への報告でどうにかなるものですが、他の特に『聖女』に対する悪意はそうもいきません。
私が聖女だと言われた原因、治癒の力を見せろといってくるのです。教会から禁止されていると言っても納得してくれません。神の愛し子の文献は、禁書に値するものなので、存在を口にすることもできません。命の危機に迫られても、私は力を使いませんでした。そこまでしても使わなければ、疑惑の種はすぐに生まれます。結果的に、私は『聖女』を名乗る愚か者になっていました。
教会の皆様が否定しても、その話が聞き入れられる事はありません。私は図々しい女狐として蔑まれてすごすこととなりました。
私が、皆に蔑まれたまま過ごすのかと絶望したとき、一筋の光が見えました。
あれは、階段から突き落とされかけて急いでバランスを立て直そうときの事です。なんとかバランスは立て直せましたが、降りる階段を踏み外してしまいました。
「何をしているの」
地面に触れるの待つ私の耳に、柔らかな声が聞こえ暖かい感触に包まれました。
見上げると、澄み切った空が見えました。思わずその青に見ほれているとその瞳が揺れます。
「もしかして、頭を打った?」
柔らかな声が、今度は心配そうな声で聞こえてきました。
「大丈夫です」
出た声は震えていたので説得力が無いとは思いますが、その男性は納得したようでした。
よくよく見てみると、その男性は兄に負けない程の美形でした。金の髪は美しく広がり、澄み切った空のような瞳は美しい。長身で細身だけど、感触では筋肉が程よくついていました。
私が見惚れていると、男性も私を見ていました。もしかして、『聖女』を名乗る愚か者だと気づかれたのでしょうか?今の優しさも、全て無かったことにされるのですね。
「君は、綺麗な雰囲気をしているね。君は本当に聖女なんだろう?」
真っ直ぐな瞳で見つめられ、私は動けなくなりました。悪意に晒されていた私に対する、優しい気持ち。それは、私が長年向けられてなかった気持ちでした。信じてもらえることが嬉しくて、私は泣き出してしまいました。男性はオロオロして、私を抱っこして医務室に運びました。医務室の先生は教会関係者なので、私を快く迎え入れてくれました。
ベットの上に座らされた私を、先生は優しく抱きしめます。
「どうしたの?貴方が泣くなんて珍しい」
「うぅ…。久しぶりに、人の優しさに触れました」
先生は今の状況をよくご存知なので、うなずいて男性に私の事を任せて何処かに行きました。
「申し訳ありません。ここまで運んでいただいて」
「大丈夫、君の身のこなしを見ていたらわかるよ。突き落とされそうになったんだろう?」
その推測は事実ですが、簡単にうなずけるものではありませんでした。私は、一応辺境伯の娘です。私の同級生の中で爵位が同等か上なのは、王子殿下と公爵令嬢と侯爵令嬢が一人侯爵令息が二人です。今、この目の前にいる男性は、その侯爵令息の一人なので四人だけなのです。私に悪意を向けても許される権力者は。しかし、その方々は取り巻きを引き連れているので、私に悪意を向ける事はありません。取り巻きがしているからと、自分のせいにされたくないからです。
「そう、伯爵が潰そうと動くかもしれないと考えられる家か」
「…はい」
「そして、君の兄や姉も潰すかもしれないと考えているんだね?今年卒業だろ?」
「はい!」
そうです。私が恐れているのは、両親と兄達の怒りなんです。辺境伯ですから、それなりの軍事力はありますし、両親は剣の扱いにも長けています。兄はまだいいとして姉も、現役の騎士を倒せてしまうほど剣の扱いが上手いのです。それでいて魔法も使えるのですから、本気で命を奪いそうで不安なのです。
「…ならいい方法があるよ」
「なんですか?」
その方法を答えず、侯爵子息様は黙ってしまいます。顔を覗き込もうとしても、顔をそらされてしまいます。まさか、私が退学すれば良いとかですか?確かにそうすれば、私は悪意に晒されることもなくなりますもの。
「そんな暗い顔をしないで!僕と結婚を前提に付き合ってください!!」
「…はい?」
この人は、何を言っているんでしょうか?私は、学校中の嫌われ者になっています。兄達が居る事でマシになっていますが、卒業したらこれ以上に酷くなるのですよ?
「冗談じゃないから、本気だから。君の容姿に一目惚れして、その清らかな雰囲気を気に入った。今も、君の事が気になって仕方がない。恋に恋しているのかもしれない。だけど、君を守りたいという気持ちは嘘じゃないんだ!」
「…」
そう叫んで、ベットに突っ伏す彼の耳は真っ赤に染まっていました。あんな聞いてても恥ずかしいセリフを、恥ずかしがらずに言いきっただけでも素晴らしいですよ。今、恥ずかしがっているからこそ、信じられるのですけどね。
「私も貴方のその瞳が好きなってしまったのです」
「じゃあ…」
「ですから、信じさせてくださいませ」
「どうやって?」
「簡単な話です。貴方が私を好きなのか、一年かけて証明してください」
「そんなもの、証明してみせるに決まっているでしょ」
その後、彼、エスターテ侯爵の長男イヴェールは、クラスが違う私となるべく一緒にいてくれました。そして、大好きな兄達のいびりからも耐えました。もう凄かったですよ。毎休み時間、兄達と魔法合戦していました。様々な色の閃光などそれはそれは素晴らしかったです。
そんな兄達とやりあってもイヴェールは私と一緒にいてくれました。家族が、どんだけイヴェールの裏を探っても彼には裏が見つかりませんでした。それどころか、彼の実家エスターテ侯爵家はイヴェールの恋を応援していたらしいのです。エスターテ侯爵は、両親をご存知だったので私が『聖女』である事を疑っていなかったそうです。その証拠に、長期休みの度に侯爵家に呼ばれ可愛がられました。
そこまでされたら、信じるしかありません。私は彼と付き合い、婚約を結びました。兄達が卒業しても、イヴェールは私の側から離れていきませんでした。
そして、一緒にいるに連れて、私達はいつのまにかお互いの事をハニー・ダーリンと呼び合うようになっていました。これを世では『バカップル』と言うそうですね。ダーリンがいるおかげで、長いはずの学生生活はあっという間でした。
いよいよ、明日は学生生活最後なのです。私は、ダーリンと卒業パーティーを出れる事を楽しみにしていました。このパーティーが終われば、私はダーリンと結婚することになります。夜も眠れず、サングリアを飲みながら月を眺めていたわけですが…。
卒業パーティーの日は、私の誕生日でもあったわけです。いつのまにか、次の日へとなっていたらしく、私は全ての事を思い出してしまいました。
「てなわけで、夜中にお邪魔してごめんね?ダーリン」
「いや、それは良いんだけど。何を思い出したの?マイハニー」
急に部屋に現れた私を、快く迎えてくれるマイダーリン。相変わらず、かっこいいわ〜。グッスリ寝ていたのに、気配で飛び起きた辺り流石。
「そこまで驚く事じゃないのよ?私が大地の女神だっただけ」
「それ、結構な大問題だよね!…そうなると、一緒に居られないのかい?」
「んなわけないじゃない!私は、伴侶を探すために来たのよ!ダーリンが拒否をしても、私は貴方の伴侶よ!」
「それは良かった、我らが神プリマヴェーラ」
膝をついて、私に最高礼をするダーリン。大地の女神プリマヴェーラは、最高神である天空の女神の娘。神への信仰心は薄れつつあるけれど、大地と天空と海の神への信仰心は今も健在なの。だから私だと知っていても、プリマヴェーラだからって礼をするダーリンは間違っていないわけ。でも。
「悲しいわぁ、マイダーリン。そうやって離れていくの?」
「離れるわけないじゃないか!僕は、ハニーがどんなに悪意を向けられていても愛し続けた!ハニーのお兄さん達に命を狙われたことに比べたら、ハニーがプリマヴェーラ様だったなんて離れていく原因にならないじゃないか!」
「それもそうね」
兄達は、俺たちに勝てなきゃ認めないとダーリンに攻撃を仕掛けていた。あれだけしぶとく狙い続ける兄達も兄達だけど、それを全て避けて一本を取れたダーリンも凄いのよね〜。そりゃ『毎日が死』に比べたら、私の正体が女神の方がマシだわ。
「ハニー、喋り方はそっちが本当なのかい?」
「えぇ、そうよ?嫌なの?」
「まさか!ハニーはどんな喋り方して似合うよ!」
ニコニコしながら抱きしめてくるダーリンはカッコいい!そうそう、ダーリンと話し合わなければならない事があったのよね。
「ねぇ?ダーリン。私ってば『春の聖女』と言われていたじゃない?」
「…なるほど。治癒の力ってプリマヴェーラ様の力って事なのかい?」
「そうみたい。全ての生命は大地から生まれたから、大地である私が触れると癒されるようだわ」
「…卒業パーティーは荒れそうだね」
そう呟いたダーリンは、私を強く抱きしめてくれる。確実に荒れるから、心配してくれてるの?
「今日の卒業式も荒れていたものね?」
「卒業生代表として挨拶してたからね?みんながハニーの愛らしさに、気づいたのを見て気が気じゃなかったよ」
「両陛下に睨まれて、それどころじゃなかったわ」
「王子より上だったものね」
はぁ〜とダーリンと一緒にため息をついてしまう。この学校は、卒業式と卒業パーティーが別々に行われる。卒業式を先に終わらせる事で、卒業パーティーは社交界のマナーを守って出席しなさいという戒めらしい。
卒業式の卒業生代表は、毎年首席が選ばれる。そんなわけで、私がサラッと奪っていったのだけど、両陛下は息子が選ばれなかったのがおきに召さないようだ。王子は、生徒会長として喋ったから良いと思うのよ。ダーリンなんて副会長なのに喋らせてもらえなかったのに!
「両陛下は、それだけじゃないと思うよ」
「どうしたの、マイダーリン?」
「ハニーは、神に選ばれた『聖女』と言われているでしょ?」
「…っ!?私にはダーリンが居るのよ!?」
「上層部は、特別な力の持ち主のハニーの血を、王家に混ぜたいだけなんだよ」
「そう。上の人達は私が『本物』である事を知っているのね」
ダーリンの考えは、その通りだとしか言いようがなかった。私が『聖女』である事は最高司教様より、聞いているはず。旦那より聖なる力が強い奥方様が、私を自分の子供以上に可愛がってくれていたから、私が『聖女』である事は真実だったとなっているはず。となると、王家は私の力を取り込みたい。それには、ダーリンと私の家名が邪魔になる。そうなってくると、私が学校でイジメられてきたのは、私の地位を落とすためだと考えれば…。
「ダーリン。私がこの学校で味わってきた苦痛は、全て国に私の血を混ぜるためだったの?」
「憶測かもしれないけど、そう思えてくるよね」
アハハッと笑うダーリンの目は笑っていない。ダーリンは、私から離されようとしたら本気で殺しにかかる。そんな気分にさせるほどダーリンは怒り狂ってる。
「なら、ダーリン。今日のパーティーでどう転ぶか賭けましょう?私達を引き裂いたら国の滅亡。私達を引き裂かなくても子供達を道具として扱えば、神罰」
「素晴らしいよ!マイハニー!」
「でしょう?私は死んでも、輪廻の輪に戻らず神として生き続けることになる。ダーリン、私と一緒に子孫の行く末を見守りましょう?」
「喜んで!マイハニー、朝が近くなってきたから部屋にお戻り?君のメイド達が心配するよ?」
「そうね…」
「ハニーのために母さん達と考えたドレスを持って行かせるから、パーティーで僕に見せてくれないか?装飾品は、ハニーのために作らせた全種類を持って行かせるよ」
「ありがとう!ダーリン、また後でね」
と、ここまでの話は六割ほど冗談だったのよ。部屋に戻ったらメイド達に磨き上げられ、エスターテ家のメイドがやってきて色々飾り立てられたりしていたら、そんなこと簡単に忘れていたのよ。
ダーリンがやってきて、褒められたから余計そんなこと飛んじゃって、頭の片隅にすら残っていなかったの。
いつもは少しだけ憂鬱なパーティー会場に入るのも怖くなかったわ。私はダーリンがデザインしてくれた服を身につけていたもの。
「僕のデザインは気に入りましたか?『春の女神様』?」
「素晴らしいわダーリン!どう見ても、『女神』にしか見えないもの!」
私は『春の聖女』名の通り、美しく仕上げられていた。生花と宝石を散りばめた衣装は美しく、見るものを見惚れさせている。ダーリンも漆黒のフロックコート身を包み、女性からの視線を集めている。
「女性をほれさせるなんて、ダーリンもいけない人ね」
「なら、性別関係なしに注目させるハニーは罪な人だ」
ウフフッと微笑みあう私達の周りは、人が誰もいなくなる。愚か者の『聖女』と愚かな『次期侯爵』近寄りたくないのと、美しさには勝てない気づいているから。ほら妖精姫の母の娘だから、何回も言うけど神聖な雰囲気の『聖女』にしか見えないわけ。
その視線は、公爵令嬢のファーストダンスが始まっても続いた。あら、おかしいわね?
「ダーリン?王子はどうしたの?ファーストダンスは王子の役目でしょ?」
「遅れると連絡があったらしいよ?なんでも、運命の伴侶を着飾るとかなんとか」
「そう…」
「王子なんかより、次のことだよハニー。次は私達が入らなければいけないよ?」
「そうね!」
ダーリンの言葉にダンスのことを考え始める。ダーリンはダンスが上手いから踊りやすいのよね。
「ほら行くよ?」
「喜んで」
一曲終わって、ダーリンにダンスに誘われる。踊っているのは四組だけど、誰もがその視線を私達に向けている。
「ほらみんな見てるわ」
「ハニーが綺麗だからだよ」
そう囁き合っていたらいつかダンスは終わりそうになっていた。あぁ、まだ踊り足りないわ。ダーリンともう一度踊ろうと、曲を待っても曲が流れない。どういうことかしら?
皆が不思議そうに周りを見ていると、ドアが荒々しく開かれた。
「皆のもの!本物の『聖女』連れてきたぞ!」
そう自信満々に言い放つのは、私と同級生の第一王子。それにしても、『本物』とはどういうことかしら?思いもよらない言葉に、ダーリンの手を強く握りしめてしまった。ダーリン、ごめんなさいね?
「そこにいたか!偽物の『聖女』め!偽物の癖に俺と結婚しようとした不敬なやつだ!それどころか、俺が居ないからと別の男のエスコートさせるとは化けの皮が剥がれたな!女狐!!」
馬鹿様…失礼、王子殿下の言葉は理解出来ない。確かに、私は聖女ではないけど女神だし、あんたとなんて結婚しないし、ダーリンは婚約者だし何言ってんの?
「ハニー?君は二つの選択肢を迫られているんだよ」
「なにそれ、ダーリン?」
「一つ目、治癒の力を使って本物の『聖女』だと証明する。そうすれば、王子殿下は本物の『聖女』である君と結婚しなければならない。
二つ目、偽物の聖女として罰を受ける。こうなると君は、王城に幽閉され子供を作らされるのだと思う。どちらにしたって、王の血に君の血を混ぜる気だね。僕の親は止めたのにねぇ?」
アハハッと嘲るように笑うダーリン。決して私に向けた笑みじゃなくて、上層部に向けたもの。僕の親って侯爵様ってば、両陛下に意見なさったの?まさか最近体調を崩しているのって、陛下たちから何かをされたとか…?
「ハニー?どうしたんだい?そんなに美しい笑みを浮かべて」
「ダーリン、私がとるのは第三の選択肢よ『私達は一緒になって、この国は滅亡』するの」
「流石だ、マイハニー」
「おい!俺を無視するな!」
ニッコリと微笑みあう私達の邪魔をしやがった、お馬鹿様。お馬鹿様を喋らせて、失言をさせてしまいましょう。
「お前は俺の婚約者でありながら、本物の『聖女』であるリューゲを傷つけた!陰口や嘲笑は当たり前!ドレスを傷つけたりなどの卑劣な手段を行い、女の尊厳まで無くそうとしたらしいではないか!お前なんかとは婚約破棄してやる」
王子の言葉に、周りから批判するような目で見られる。そんな目で見られても私はなにもしてないし、私はコイツの婚約者でもないの!
「お言葉ですが殿下、私が行った証拠でもあるのですか?」
「リューゲがそう言ったし、見たと言ったものもいる」
「そ、そうです。私は、ナリー様から虐められました。会えば陰口を叩かれたり、階段から突き落とされそうになったり…うぅ」
そう王子が自信満々に言い放ち、初めて女が口を開いた。一つだけいい?ナリーって誰だよ!私は、ナタリーだっての!後、泣き真似が下手だなぁ?女に尊厳を散らされるほど卑劣な目にあったのなら、心の底から人に怯えなさいよ。
「見ました!その女が、リューゲ様を突き落とすのを!」
「私は、教科書を破っているのを見ました!」
「怪しい男達と一緒にいるのを見ました!」
そう、証言する私を虐めてきた奴ら。その口元が弧を描いているから、買収されたんでしょうね。相変わらずのクズっぷりだわ!
「殿下!これ以上、私の婚約者の名誉を汚すのはやめてください!」
「誰だお前は!そいつは、俺の婚約者だろ!?」
「なにを言っているのです!この大馬鹿殿下!私のハニーは、私だけのものです!」
ダーリンは耐えきれなくなったのか、王子に抗議してるけど。王子様ってば、側近候補でもあったダーリンを忘れるとか本当に馬鹿じゃない?もしかして、第一王子なのに王太子じゃないのって、馬鹿だから?
「そこのお前ら!一年の時はせっかく見逃してやったのに、今になってハニーの敵になるとは。…潰すよ?」
「申し訳ありませんでした!」
「嘘です!そんなもの見ていません!」
「だから、どうか!」
「「「潰さないでください!」」」
潰すって呟いたダーリンに土下座するクズども。ダーリンってば一回脅してたの?だからあの時からイジメが少しマシになってたの?
「わかりました!マイケル殿とミシェル殿に報告します!」
「「ひぃ!」」
ありゃ?ダーリンってば余計酷くなってるし、兄達の名前が出て卒業生の半分が土下座してる。その何人かは失神しちゃってるし、どんだけ怯えられてるのよ。
「さて、殿下?あなたの言う証言は嘘だったようですが?」
「リューゲがそう言ったんだ!お前は、リューゲの言うことを嘘だと申すのか!」
「えぇ、嘘です」
「どうしてですか!」
ダーリンと馬鹿王子の会話に入り込んだ、嘘つき女。なに?私のダーリンに色目使おうっていうの?
「なんで私のことを信じてくれないんですか!?」
「何故って、ハニーの事を信じているから」
「でも!私はされたし、王子だって言ってるじゃないですか!?」
「…僕は、ハニーの兄姉であるマイケル殿とミシェル殿に約束したんだよ。ハニーを裏切らず、信じ続けると」
「それがなんだって言うんです!?私が本物の『聖女』でそっちは偽物なんです!神様だって、許しはしませんよ!?」
「神?」
「黙りなさいな、小娘」
ダーリンを魅了するのは良いわ、ダーリンは靡かないもの。私を貶すのはいいわ、傷つかないもの。
けどね?自分を正当化するために神の名を出すのは許せない。あなたみたいなお馬鹿に、私達が加護やらなんやら授けてるなんて勘違いされたくないわ!
穏便に済ませてあげようと思ったけど、もう手加減なんてしてあげないわよ。覚悟しなさい!!
「小娘って!」
「あんたなんか小娘で十分でしょ!そんなことよりも、今すぐ神への誓いを立てなさい!」
「はぁ?」
化けの皮が剥がれてきたのか、可愛げなどどこかに飛んでいった嘘つき女。王子が驚きすぎて固まっているわよ?ダーリンに後ろから羽交い締めにされて口を塞がれているけど。とりあえず、誰にも悟られずにやってのけたダーリンは偉大だわ。
「知っているでしょ?結婚式の誓い。神へと永遠の愛を誓うのよ?『聖女』(嘲笑)ですもの知っているわよねぇ?」
「え、えぇ!それぐらい知っているわよ!」
「なら私とダーリンがお手本を見せるから、やってみせなさいよ。『聖女』(嘲笑)ですもの、私より豪華になるわよねぇ?」
「そ、そうよ!」
馬鹿なのかしら?それとも自分が本当に聖女だと信じているのかしら?どう足掻いても、あなたは神に祝福されるはずがないのに。偉大なる天空神と海神は私達のことは祝福してくれるだろうけど、おバカさん達にはどんな反応するのかしら?笑みが堪えきれない。
「可愛いマイハニー?準備はよろしいですか?」
「えぇ。ダーリンも馬鹿な王子をはなして準備はいいわね?母なる天空神、父なる海神、親愛なるプリマヴェーラ!我が名はナタリー・スプリング」
「我が名はイヴェール・エスターテ」
「「我らは、神へと永遠の愛を誓うものなり!!」」
その瞬間、奇跡が起きた。花が舞い、伝説と謳われた神獣が飛び回る。それこそは、私が神であった時に見てきた光景であって、この世では奇跡と言われる光景。誰もが見惚れてしまっている。お馬鹿二人なんて、口を開いて固まってるわ!
「何よ!私だってできるわ!」
「そうだなリューゲ!」
「母なるてんく」
ピッシャーン!
馬鹿女の声を遮るように、光が女の足元に突き刺さる。あらあら、天空神ってば想像以上に怒っていらっしゃったのね?
「な、なに?」
「あらあら?天空神様ってば、あなたに名前を呼ばれるのも嫌なのかしら?代わりに王子が言ったらどうです?」
「お前に言われるまでもないわ!偉大なるかいじ」
ダァーン!
さっきより凄まじい光線が、王子足元スレスレに突き刺さる。まさかの、海神の方が怒り狂ってた?
「何故だ!?」
「しんあ」
ガンッ!
今度は、地面で揺れるほど強く光が突き刺さった。そうでよね、親愛じゃねぇ〜みたいな感じですわよね?
「あらあら、神にきらわれているようですわね?本当に『聖女』ですか?」
「なにを分かりきった事を聞いているの?マイハニー」
「そうでしたわね?マイダーリン」
「「クスクス」」
「それ以上、息子をいびるのはやめてもらおうか」
クスクス笑い会う私達に、怒りに満ちた声がかかる。うふふ、やっと元凶の登場ですか?遅すぎるますよ?まさか、あなたの息子が私に勝てるなんて思ってたのかしら?
「我が王家を愚弄して許されると思うなよ?」
「そちらこそ、私に行ってきた事を忘れたのですか?」
「なんのことだ」
あくまで自分は知らないとしらを切る陛下。そして、私を睨みつける皇后陛下。そんなに自分が優勢だと勘違いしてるわけ?
「なにを言っているのだか?『春の聖女』を任命したのは、王都の大神殿の最高司教殿ですよ?それにも関わらず、ハニーが偽物と嘘を流されても、放って置いたのはあなた方じゃないですか?そんなにも、ハニーの血を取り込みたいわけですか?そうやって、王子の婚約者なんて嘘を流してでも」
「何を言う?その女とお前が婚約したと言う証明は無い!」
「「何ですって!?」」
私達は確かに、婚約式を行った。そして、婚約の証明書は陛下に届けられる証明印が…。
…やっぱり最低ね。
「そう…。あなたは婚姻証明書に証明印を押さなかったのね?」
「理解しているのなら早い!今すぐその男から離れて、我が王家にその稀有な血を混ぜさせてもらおうか!」
高笑いしそうなほど上機嫌な国王と、我が子が可愛いのか睨みつけてくる皇后。本当に最低だわ。普通の人間ならあなたに従うほかないじゃ無いの!人質も取られているのだから。
だけど、残念ながら。
「お断りするわ!」
私は普通じゃ無いもの!
「何を言うのだ!こちらには人質が」
「そちらこそ何を言っているの?ダーリンの家族も、私の家族も元気だわ?ダーリンの家族に至っては解毒済みよ!」
「なっ!?そんなわけ…」
「影で探ろうにも、あなたの息がかかった人達は領地から追い出させてもらったわ!」
オッホホホ〜と笑う私に微笑むのは、ダーリン。固まるお馬鹿さん。どこかに急いで指示を出す両陛下。
「そんな心配より、国の心配をしなさいな?」
「何を言う!?」
「だって私に対する態度で、この国が滅びることは確定したのだもの」
ウフフッと微笑む私に、ダーリン以外の全員が固まる。が、次の瞬間、蜂の巣をつついた騒ぎになった。
「出して!」
「帰らせて!」
「死にたく無いわ!」
急いで出ようとする彼らの意思に反して、ドアは固く閉ざされたまま開かない。滑稽で馬鹿らしいわぁ。
「マイハニー?詳しい説明をしてあげたらどうだい?」
「そうね?マイダーリン。みなさま、御機嫌よう。私が大地の神プリマヴェーラです」
そう言って、元の姿に戻った私に皆が固まった。大地のような髪は美しく腰まで伸び、野原のような瞳はキラキラと輝いている。出るところは出て引っ込むところは引っ込む。見るものを惚れさせると称された美神、それがプリマヴェーラである私。
「わたしはね?信仰心が薄れているからと最高司教に協力したわ?でもね?偽物だと罵倒され国に囚われないと生かしてくれないなんて、こんな国滅びてもいいわね?」
「それはっ!」
「ダーメ!あなたの意見なんて聞かないわ?私の意見を聞いてくれなかったもの」
何か言おうとした国王の口を、無理やりでも閉じさせる。私の意見を聞いてくれなかった人の言う事を聞く必要はないと思うのよ。
「私はね?少しぐらいの信仰心を忘れたくらいなら、気にしなかったわ?なのに、貴方達ときたら神の力を道具として扱おうとしたじゃない?だから私は許さない。この国を滅ぼしてあげる」
「そうだね?マイハニー。さぁ、後のことは隣国に任せて行こう?」
「そうね?マイダーリン」
元の姿に戻り、ダーリンと一緒に手を繋ぐ。この場所にいる貴族は、みんなこの場から動けなくした。うちの家族は来ていないし、ダーリンの家族は絶対安静だもの。ここの貴族は私に好き放題悪意を向けてきたから、滅亡の恐怖を味わえばいいのよ。
「なぜ隣国が!」
去ろうとした私達に、今まで口を開かなかった皇后が叫んできた。この人ってばしゃべれたのね?それにしても、この王族は馬鹿ばっかりなのかしら?
「知らないの?妖精姫と言われた私の母は隣国の姫だったのよ?姪に対する卑劣な行いで王様が怒っちゃってるの。だから、私は伯父様に頼んでこの国を滅ぼしてもらうわ。貴方みたいな王家は、神の加護を受けるのも許されないし、国を治めるなんてあり得ないもの」
ふっと笑ってその場を後にする。もう、私にはこの国にいる理由なんてないもの。隣国の王様には伝言を頼んであるし。
「ハニー?君は幸せ?」
私の機嫌がいいからか、ダーリンがそう尋ねてきた。私が幸せか?
「もちろん!私は幸せよ!」
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ある国が隣国に攻め込んだ。その国が簡単に攻め込めたのは、隣国が神の怒りに触れたかららしい。なんでも大地の神プリマヴェーラを怒らせて、大地が育たなくなったようだ。
隣国の王は、その国の王城を無血開城させた日に、甥と姪を呼んだ。そして、二人にこう告げたそうだ。
「『春の聖女』からの伝言だ。『私は、好きな人と一緒になることができて幸せです。だから、私の大好きなお兄ちゃんもお姉ちゃんも幸せになってね』」
『春の聖女』からの伝言を聞き、二人は泣き叫んだそうだ。冷血と言われ表情を変えないことで有名な二人が泣いたことは、天変地異とも言われ恐れられた。
その話から伝説のように伝えられた話があった。
『春の聖女』として称えられた少女。彼女がどのような人物だったか伝えられていない。しかし、王族にはその少女のことが伝え続けられているそうだ。なんでも、その少女が幸せである限りこの国は栄え続けると言ったものだ。どうやれば、少女が幸せになるのかは確かではない。
だが、珍しいものだからと言って捕らえるのは間違いである。
そんな話だけは、唯一伝えられているらしい。
その証拠に、収集癖がある王族が神罰によって殺されると言う話はよく聞くらしい。
長文お読みいただき、誠にありがとうございました。