2 家族の始まり 後編
◇ハロルド・ラ・ラドランシュ公爵
シェイラはとても二人のことを慈しんでいた。特にミランジェのことは目の中に入れても痛くないというくらいの、可愛がりようだった。同国人がミランジェしかいないということが、過剰なまでの過保護へと発展したのだろう。
そのせいで二人が太め……いや、ぽっちゃりと育ってしまったのは、ご愛敬だろう。いやいや。そのおかげで二人ともによそ見をすることなく、育ってくれた。
それにシェイラの育て方がよかったのか、二人ともとても優しい子に育っている。弟のマリクと妹のシュリナが生まれてから、暇が出来ると可愛がりにそばに来ていると聞いた。
陛下が亡くなられて、王太子だった現王が王位についた。現王は先王陛下の先見の力のことを知らなかった。なのに、中途半端にミランジェのことを知ったようだ。どうやら『大いなる恩恵に与かれるだろう』というのが、ミランジェからだと思ったらしい。内々に王太子との婚姻を匂わせてきた。まだ喪に服する時なので、公式発表はしないそうだ。
この事態に私及び国の主だったものは、頭を抱える羽目になった。先王陛下の先見のことを話せば、この話はなかったことにできるだろう。だけど、異能を持たぬ王がそのことについてどう思うのか。もともとこの王は劣等感の塊だった。偉大な父王に、優秀な弟。弟は王位に見向きもせずに、さっさと公爵位を貰って臣下に下ったというのに、未だに目の敵にしている。
そんな時にヴェインとミランジェに変化が起きた。きっかけは喧嘩だったらしい。その時に何をどうしたのかわからないが、お互いの額を思いっきりぶつけてしまったそうだ。そのあと、二人は倒れ、高熱に三日間苦しんでいた。
目を覚ました二人はそれまでと少し違うようだと、シェイラが言っていた。まず、食事の量が減ったと言った。熱を出した後だからそれもあるかと思ったけれど、数日経ってもそれは変わらなかったという。それから、ミランジェがヴェインに縋りつくようにして泣いていたとも、聞いた。
見守るということがこれほど辛いとは思わなかった。少しずつだったが、二人は変わっていった。食事量は減ったが、それでもちゃんと一人前を食べていた。二人して体を鍛えるようになり、ぽっちゃりとしていた体型もすっきりとしたものになっていった。
二人の体型が変わるにつれ、注目を浴びるようになっていった。慕われるようになりお茶会の招待状も増えたという。
だけど、二人は嬉しそうにしていなかった。それどころか二人で話し込んでいる時、その雰囲気が悲壮感を漂わせているのを、執事など使用人が時々見ていると報告があった。
それでも私たち親に相談しようとはしてくれなかった。
やっと、二人に何があったのか知ることが出来たのは、王家から正式に王太子の婚約者の打診が来たことでだった。それを知ったヴェインが、断るようにと私に直談判をしに来た。先にミランジェに泣き落としをさせていたけれど、それだけだと足りないと思ったのだろう。
いい機会だと思い交換条件的に、二人に起こったことを聞き出した。
驚くべき話だった。前世の記憶がある事もそうだが、この世界が二人に対して悪意をふりまこうとしていることについてもだ。まったくもって信じられないことだ。先王陛下の先見の力による予言では、二人から恩恵に与かれるだろうと言っていたのに。
だけど、この二年、二人は真面目に悩んでいたのだ。現に悪意を向けられるきっかけとなるライナーは、うちで働いている。最初はヴェイン付きの従僕にするつもりだった。この屋敷になじむまで、二人についていた時にその優秀さがわかって、子供がいない執事長が養子にしたいと言ってきた。私はそれもいいかもしれないと考えた。ヴェインが成人してアソシメイア公爵家を再興した時にライナーが執事として助けるのもいいだろうと思ったのだ。結局はアソシメイア公爵家にはいかずに、うちに残ることが決まったのだがな。
私は話を聞いてヴェインのことを子供扱いするのをやめた。前世では二十代後半の男だったという。二人で話し合い今後の対策を練った。そのおかげで、ミランジェは王太子の婚約者にならずにすんだ。
それから、法王にヴェインから聞いた話を伝え、コチュリヌイで起こったことについての、大体の予測は出来た。ただし、いまさら確認のしようがない話ではあるのだがな。
今は行われていないが、この世界には召喚魔法が存在した。異世界から人を呼び出す魔法。その術式は遺跡の床に描かれているそうだ。あの時、コチュリヌイではそれが行われていたのだろう。だけど不備が起こり中途半端に発動してしまった。召喚された人間が二人だったのも、失敗の要素になったのだろう。
中途半端な状態で召喚された二人は肉体を持たなかった。その精神はそばにいた無垢なる者の中に入りこみ、そのまま眠りについた。
シェイラとミランジェがコチュリヌイから出られたのは、異世界人を守るための力が働いたのだろう。そうでなければ国から出ることが出来ずに、暴走した力に飲み込まれていたはずだから。
法王の話ではもう異世界人を召喚できる遺跡は残っていないそうだ。あれが最後の召喚になったのだということだった。
異世界の記憶を持った二人が、これからそれを活用してこの世界を発展させてくれるのかどうかはわからない。
それでも、停滞したこの世界が、躍動する世界に変わることを私は願う。
思い返している間に祭壇の近くまで来た。ミランジェは私の腕から手を離し、ヴェインの腕へと手をかけた。私は自分の席へと行き、二人が夫婦となるのを見守っていた。
どうか、二人に幸あらんことをと、祈るのだった。
思っていたよりも重い話になりました。
これが二人が育てられることになった事情です。
他に何かリクエストがあれば番外編で書きたいと思います。
お読みいただきありがとうございました。