1 家族の始まり 前編
◇ハロルド・ラ・ラドランシュ公爵
リーン ゴーン
教会の入口の前で私は緊張をして待っていた。隣には美しく着飾った娘が私の腕に手をかけている。
リーン ゴーン
目の前で扉が開き、私は娘と共に一歩中に入り、お辞儀をしてから歩き出した。娘に腕を貸し、一歩一歩祭壇へと向かって歩きながら、これまでのことを思い返していた。
この十七年、愛情を注いで育てた娘ミランジェが、今日我が手を離れて愛しい男の元に嫁ぐことになった。少し寂しいが、その愛しい男というのも、我が息子ヴェインであるのだから、これほど嬉しいことはない。
そう、寂しいのはヴェインに続きミランジェまで、我が屋敷からいなくなってしまうことなのだ。
もう十七年前になるのだな。先ほど我が息子、我が娘と言ったがヴェインとミランジェは、私達夫婦の本当の子供ではなかった。
ヴェインは我が従兄弟アソシメイア公爵の忘れ形見だ。ミランジェは妻シェイラの兄、今はなきコチュリヌイの国王の娘、亡国の王女になる。
妻と共に幼子のヴェインと赤子のミランジェを連れて、アングローシアに帰りつけたのは、奇跡のようなものだった。あの惨状の中、よく命が助かったと思ったものだ。
だが、今となってはあの時に何が起こっていたのかは、分からない。あの地に調査に向かって見てきた者も、何もなかったと言っていたのだ。廃墟どころか草木でさえ生えていない不毛の土地となり果てているらしい。
あの時……。今でも忘れたくても忘れられないあの光景。
シェイラと共に帰国の準備をしていた私のところに、ヴェインを抱いたアソシメイア公爵が馬で来た。ヴェインを私に預けると、夫人を迎えに行くと言って馬で戻って行った。そのすぐ後に、馬車に乗ったコチュリヌイ国王が来た。中にはミランジェを抱いた王妃がいた。なのに、ミランジェをシェイラに預けると、すぐに馬車に戻ってしまった。
王たちは私達に馬車に乗り込むように言った。すぐにこの国から離れてくれと言われたのだ。乗り込んだ私達に、ミランジェを頼むと言って馬の尻を叩いた。馬車は国境に向けて走っていった。
何が何だか分からない私達はとりあえず国境へと向かった。そこでアソシメイア公爵夫妻を待つつもりだった。
御者は国境のところで降りた。国境のところにはたくさんの人がいた。だけど、その人々はそこから動くことが出来ないようだった。急かされるままに私は御者台に上り、国境を超えた。それを見ていた人々は安堵したように涙を流していたのを覚えている。
そのあと、早く離れろという人々の言葉を聞かずに私達はそこにとどまり続けた。コチュリヌイ国に戻りたくても、人々は私達を遮るように動かずに、国境からコチュリヌイ国側に入れてくれなかったのだ。
その時、王都の方からまばゆい光が発せられるのが見えた。その光はだんだんと広がっているのがわかった。その光を見た人々は諦めた様にただ立ち尽くしていた。その光を背に男女が乗った騎馬が一騎近づいてくるのが見えた。アソシメイア公爵夫妻だとわかった。人々は道をあけて早く早くと急かすようにしていた。あと少しで国境を超えるという時に、光が国境へと到達した。
今でも、あのことが夢だったのならばと思う。
光は……光に取り込まれた者の姿が消えていくのを、なすすべもなく見つめていることしかできなかった、私達。コチュリヌイ国の人々が光の中に消え、アソシメイア公爵夫妻も光に飲み込まれた。
光は国境を超える事はなく消滅した。だけど、その後は霧のようなものが発生して、コチュリヌイ国の様子を伺うことは出来なかった。私は原因を調べたかったが、幼い子供がいることもあり、その場から離れる事しかできなかったのだ。
今となって思うには、光の発生源は王都のそばにあった遺跡だったと思う。あそこで何か魔術的なことが行われたのだろう。それが何かはわからないが、禁忌にあたることを犯して、報いを受けたのではないかということだ。だから、コチュリヌイ国の人たちは国から出ることは叶わなかったのではないか。
だが、それだと説明がつかないことがある。コチュリヌイ国の、それも一番国と根強く結びついているはずの王族である、シェイラとミランジェが国境を超える事が出来たことだ。
わからないままに、アングローシアに帰り着いた我々は、国王(前王)に事の次第を報告したのだ。王と国の首脳陣は私の報告に頭を抱えることになった。調査に向かった者たちからの報告を聞き、尚更混迷をしたことを覚えている。
それからミランジェの素性を隠し、守り育てる事も決まった。ヴェインも私のところで育てることが決定した。いつか真実を明かし、アソシメイア公爵位をヴェインに継がせるということまでも。
それから、もう一つ。秘密裏にヴェインとミランジェの婚約が決定した。
ヴェインとミランジェの婚約は国王陛下と法王が言い出した。この国の者でも本当に限られた一部の者しか知らないことなのだが、国王には先見の力がある。不確かな場合が多いそうだが、ヴェインとミランジェのことに関しては、確定していると言っていた。
二人が大人になった時、大いなる恩恵に与かれるだろうと言ったのだ。
私に課せられた使命は、二人を守り育て、その変化・兆候を見逃さないこと、だった。