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◇ミランジェ・リ・ラドランシュ
「はあ~」
ついため息を吐き出してしまったのよね。そうしたら隣からクスクスという笑い声が聞こえてきた。
「相変わらず大変そうね」
笑いながら言われた言葉に、私は眉をしかめた。でも何も言う気も起きないわ。そして友人は私の様子を見て、もっとクスクスと笑うのだ。
私、ミランジェ・リ・ラドランシュは只今十五歳です。王都にある学園に通っています。この学園は貴族の子弟が通う学校です。
この七年、私と兄は家族の協力により、順調に痩せることが出来ました。それだけではなく、護身術を習ったおかげか筋肉も程よくついて、いいスタイルになったのよね。もちろん兄も引き締まったいい体をしています。
痩せたら恰好よくなるだろうと思っていた兄は、本当にすごく恰好よくなったの。おかげで兄の周りには目障りな女達が寄ってくるようになったのよ。それどころか兄に少しでも近づくために、私におべっかを使ってくる人ばかりがそばに来るの。いい加減してほしいわ。
そうそう。この世界がゲームの世界なのかどうかは、まだわからない。主人公であるライナーは、兄の従僕にも私の下僕にもならなかったわ。でも、まだあとゲームの始まりまで二年ある。そしてゲーム期間の一年が過ぎるまで、つまり三年後までゲームの世界ではないと言い切れない状態ね。
一応私は王太子の婚約者になってはいない。けど、王太子には婚約者自体がいない状態だ。だから、まだ油断はできないのよ。
ゲームのとおりに私が十歳になった時に、王家から婚約の打診が来たのよ。でも、断れない話だと思っていたのに、お父様がどうやってか断ってしまったの。
これで、大丈夫かと思っていたのに、何故か社交界デビューで王太子の目に留まってしまったわ。それから、事あるごとに迫られているの。断ってもめげないのよね。
私には想う人がいるというのに。それを言っても『まだ婚約をしていないだろう』と言って、引いてくれないのよ。あまりしつこいとお兄様に鉄拳をお見舞いされているのだけど……。それでも、兄の目を盗んでは私に接触してこようとするのよ。
それに私のそばに来ようとするのは王太子だけじゃないのよ。あのゲームの攻略対象者である人たちが、何故か私の周りに来るのよね。騎士団長の息子だとか、宰相の息子だとか、魔術師長の息子だとか。おかしいわ。なんで普通に女の私に興味を示すのかしら。
この人たちを撃退してくれるのは、先ほどからクスクスと笑っている友人のアゼンタ・リ・クールニッシュ侯爵令嬢とその婚約者のセルジャン・ラ・マホガイア公爵令息。どちらも高位貴族なうえに王家ともかなり近い縁戚関係にある人達。
マホガイア公爵は現国王の弟で、セルジャンは王太子の従弟になる。クールニッシュ侯爵は王妃様の父親だ。アゼンタはクールニッシュ侯爵の孫で王妃様の姪であって、もちろん王太子とも従妹という関係になるのよ。そういえばうちは、父の母親が王家から嫁いできていたわね。
ああ、そうそう。王太子は兄と同い年だから私の一つ上なの。アゼンタとセルジャンは私と同い年よ。私達三人は一緒にいることが多いわね。
そう、ここまで言えばお分かりのように、先ほどのため息は例のごとく王太子が私に接触してきたことによるのよ。先ほどは移動教室だったの。廊下を歩いている私を見つけた王太子が、近づいてきたのよ。それを素早くお兄様が捕獲して連行していったのだけど、その数分で疲れてしまったのよね。
大体王太子をはじめとした攻略対象者たちはひどいのよ。前世の記憶を思い出して、しばらくした頃に開かれた王家主催のお茶会。これは王家の子供たちと歳が近い貴族の子供が招待されたものだったの。もちろん公爵家の子供である兄と私も招待されたのよ。まだまだぽっちゃりしていた時のことだったわ。この時に彼らは、陰で私たち兄妹のことを笑っていたのを、私と兄は聞いていたのよ。
そんな人たちが痩せたからといって、言い寄ってくるなんてむしが良すぎると思いませんこと?
言った方は忘れているかもしれないけど、言われた方は覚えているものなのよ。
そんな中でアゼンタは違ったのよ。他の子供たちとは違い、私達兄妹のことを笑ったりしなかったわ。それどころか、わざと私に紅茶をかけてきた(伯爵家)令嬢に、身分の差というものをはっきりと言ってくれたの。この事を知った王妃様が後からその令嬢の家に苦言を呈したことと、うちの父もかなりきつい対応をしたと聞いたわ。その伯爵家は令嬢の教育も出来ないと、不名誉なレッテルを張られてしまったわね。まあ、身分というものをちゃんと理解していないほうが悪いのだと思うけどね。
このことでセルジャンがアゼンタのことを気に入って、婚約できるように奔走したというのは、また別の話よね。
そんな感じで私は学園生活を楽しんで? いたのよ。
でも、不安は拭えなかったわ。二年後のゲームが開始される時、兄は同じ学び舎にはいない。隣の大学院の建物に通うことになるの。ゲームの舞台は学園だけど……。近いところに通っては、いるのだけど……。
学園を卒業する兄と離れることが不安で仕方がなかったのよ。