武器の名は・・・三節棍! その4
◇ヴェイン・ラ・ラドランシュ
邸に戻る馬車の中で思案を続けていたミランジェが言った。
「お兄様、少し気がかりがありますの」
「それは子爵令嬢をいじめていた彼女たちのことかい?」
ミランジェは俺にパア~と笑顔を向けてきた。
「さすがお兄様ですわ。お兄様も気づいていらっしゃったのね」
「えっと、まあな」
まさか、ミランジェが気にしていたから、その視線を追って気がついたなんて言えないよな。
「では、彼女たちのことを調べるにはどうしたらよろしいかしら」
小首をかしげて聞いてきたミランジェ。……かわいい。天使がいる。……じゃない。
「ミランジェ、そう言うということはラドランシュ公爵家が動くことになるんだよ」
「いけないかしら?」
尚更首を傾げてみてくるミランジェ。……う~ん、本当は面倒だから動かしたくないんだけどなー。でも、ミランジェは私利私欲のために言い出したわけではないし。それがわかるから……。
「いけなくはないよ。帰ったらすぐに手配するよ」
「それでしたら子爵令嬢の動向にも、気を配っていただけるかしら」
思いがけない言葉に目を見開いてしまった。
「子爵令嬢の動向? 彼女にも何かあるのかい」
侯爵令息を狙う彼女たちのように、猛禽類の目をしていなかったと思うなと、考えながら答えたら、ミランジェに厳しい目で見られてしまった。
「何を言っていますの、お兄様。彼女の身の安全を図るためではありませんか」
「それなら子爵家に言って、彼女の護衛を増やせばいいんじゃないのかい」
「ですから、何を言っていますの、お兄様は。子爵家はうちとは違いますのよ。変にご負担をおかけすることになったら、どうしますの!」
ミランジェに怒られた。これは確かに俺が悪い。……いや、常識的には俺のほうが正しいんだけど、これは言えない……よな。
「えーと、それじゃあ、どうするつもりなんだ、ミラは」
「もちろん、影からお守りするのよ!」
……やばい。なんかのスイッチが入ったみたいだ。このあと、どうあっても子爵令嬢を守ると言ってきかないミランジェに俺は折れて、子爵令嬢が出掛ける時にのみ、見守ることを許可したのだった。
周りに倒れ伏す暴漢たち。それを見つめながらやっちまったと思った。
数日後、ミランジェが危惧したように、街に用事で出掛けた子爵令嬢が襲われた。そこに躊躇いも見せずに駆け寄ったミランジェは、子爵令嬢と暴漢の間に入り、啖呵を切っていた。それに対し暴漢たちは、獲物が増えたと卑下た笑いを漏らしていた。手を伸ばしてきた暴漢の腕を、転移で引き寄せた三節棍で払いのけるミランジェ。今日は動きやすいように、平民が着るような装飾が少ない服を身に着けていた。
ミランジェは、子爵令嬢に下がるように言いながら、三節棍を一振りした。間合いを詰めようとした暴漢の肩に当たり……。
あれ? ゴッて、聞きなれない音がしたんだけど? その暴漢は肩を押さえて呻いている。
ミランジェはもう一振りした後、カチッ カチッ と、繋ぎ目を合わせて、一本の棒へと変えた。長さは約八十センチ。それをくるくると回してから、ピタッと暴漢の鼻先へと向けた。
そこまでを俺は遅れて駆け寄りながら見ていた。もちろん、俺の手にも三節棍がある。
俺たちが練習していたのは、転移の魔法。今では大人数を転移するのは難しい魔法らしいけど、小さなもの、それも無機物なら申し分なくできる。というか、人間などの生きているものの転移は、魔法陣でないと成功はしていなかったそうなんだ。なんか、魔法を教えてくれる家庭教師が言うには、昔より魔法が使えなくなっているんだって。魔法陣というのは、先人の知恵みたいなものらしく、今では新たに構築することは出来なくなっているんだと。
そんなことを言われても、俺はそんな昔のことは知らないんだから、今できることをできるようになればいいと思ったんだ。
まあ、とにかく、それでも、魔法は使わないで済むなら使いたくないと思うけど。なんでかというと、魔法を使った後って疲れんだよ。だから大掛かりになりそうな魔法陣なんて、疲労困憊になるのがわかっているもんには、手を出したくないと思ったんだ。
それなのに転移の魔法を練習したのは……一つはミランジェのため。ドレスのどこに隠すにしても、硬い木を身に着けさせるんだぞ。それでミランジェの肌に傷がついたら嫌じゃないか。二つ目は、襲ってきた奴らを油断させることができるから。一見丸腰の俺たちが、どこからか武器を取り出す。そうしたらさ、もっと隠し武器があるんじゃないかと思わせられるかもしれないだろ。
あと、転移の魔法のおかげで、無理に小さく作る必要もなくなったのも、よかったことだろう。
暴漢たちをやっつけた俺たちは、また周りから叱られた。心配させたのは悪かったと思うけどさ。そんな中、母だけは褒めてくれた。
……そのせいかどうか知らないが、味を占めたミランジェが、今日も街へ行こうと俺を誘う。そろそろ町でも噂が広まっている……という。
金色の男と銀色の女が悪行を働くやつを、懲らしめに来る、と!
いいのか? これは……。
まあ、ミランジェが楽しそうだし、ストレス発散にもなるし、町の人たちは助かるのだから、良いとしよう。
……えーと、護衛の皆さん、ごめんなさい。
さて、これで武器が三節棍になった理由&どこに隠しているのか、のなぞは解明されたことでしょう。
ついでになぜ魔法がある世界なのに、ヴェインが魔法に頼った生活をしようとしなかったのかも。
この時にはいつか魔法が使えなくなるとは知りませんが、彼は一般の人々が魔法をほとんど使えないと知っています。
だから、魔法に頼らないものを作ろうと考えるようになっていったのでしょう。




