この世界のトイレ事情 その8
◇ヴェイン・ラ・ラドランシュ
とにかく試作品を作ることが決まった。あの大木は途中で板に加工してくれるそうだ。厚みも試行錯誤するということで、五ミリくらいから三センチくらいのものまで五ミリ単位で用意してくれるらしい。
板の作成と同時に、新しいドレスを作ることも決まった。パニエの代わりにペチコートを使うことと、ドロワーズと膝上までの靴下もセットで着用することも提案してみた。
この世界にも靴下はあったけど、冬用に毛糸を使った厚手の物か、足の後ろ側で閉じているものかの、二種類しかなかった。それを足の形に少しでも合わせるように、前と後ろで布を用意して、脇のところを縫い合わせるものを提案したんだ。縫い合わせの部分を隠すために可愛らしい刺繍をしたり、リボンやフリル、レースなどをあしらってみたらどうかと言ったら、母がそれに乗ってきた。このソックスは膝上でリボンで落ちないようにとめることにしたようだ。
ドロワーズもかぼちゃのように膨らませるのではなく、もう少し体に沿ったものにしてレースやリボンで飾ったらと言ったら、母の目の色が変わった。デザイナーと相談するようだ。
で、これに商業組合の二人が食いついた。下着が可愛くなったら、売れると踏んだのだろう。他にアイデアはないかと聞かれたけど、そうすぐに案が出てくるわけがない。
ドレスの形は母の生国のドレスを再現することが決まった。余計なごてごてとした飾りのない、スッキリとしたドレスだ。ポイントで刺繍やレースを配置して、洗練された形にするようだ。これも母が張り切っているから、そんなに経たないうちに出来上がるだろう。
マホガイア公爵夫人用にも、すぐに作ることが決まったようだ。その後にデモワノー伯爵夫人が着て、リション男爵夫人も追随する形で身に着けることが決まった。
なんか、母がとても楽しそうだ。次の夜会でマホガイア公爵夫人と仲良く会話をして、その次でデモワノー伯爵夫人とリション男爵夫人と親しくなるようにしてと、段取りを決めていた。
これが済んだら、次は簡易トイレ……いや簡易便器と言った方がいいかな。これの作成に入ることになる。俺が考えた用を足すための便座の元は、ポータブルトイレだ。手すりもあって背中側が背もたれほどではないけど少し高くなったもの。ここにドレスの後ろ側をかけるようにすれば、裾を気にしなくてすむかなと思ったんだ。
最初は椅子を元にしようかとも思った。けど、俺の説明からこれを制作するための図面を引ける技師を連れてくるそうだ。
それと同時進行で、陶器製の便座の製作に入るらしい。俺の拙い説明に、こんど陶器職人と水洗にするための器具を作成できる職人を連れてくることになるみたいだ。
しばらくは忙しくなりそうだ。
そうこうしているうちに試作品が出来た。これは母だけでなく使用人にも試してもらった。厚み別で、五ミリの物でも数回使う分には差し支えないことが解った。なので、これを他の家に招かれた時に持っていって使用してみようということになった。
それに合わせてドレスの試作品も出来た。ちょうど王宮で開かれるお茶会に間に合ったこともあり、母とミランジェはそのドレスを着て行くことになった。流石にいきなりパニエを使わないドレスにするわけにはいかなかったから、パニエの形を少し変えたものにしたそうだ。
えーと、夜会のパニエみたいに木の蔓などをいれるのを、腰辺りまでにしたんだ。おかげでドレスは足の付け根辺りからストンと落ちた形になった。かなりぽっちゃりしているミランジェだけど、そのドレスのおかげか少しすっきりとして見えた。
というか、出席しているご婦人や令嬢たちを見ると、この人たち大丈夫かっていうくらいに細いんだよ。その体型を誤魔化すためにドレスの裾を膨らませる形が流行ったんじゃないかと、俺は疑った。
家に戻り父やドレスのデザイナーにその話をしたら、有り得ることだと言われた。母も細いけど、この国の人ほどではない。
ああっと、そうそう、この時に付き添った侍女や侍従に、壷に被せる便座を持たせていたんだ。一応通達があったからか、何も言わずに通してくれたけど、見せないように布に包まれた便座は奇異の目で見られた。でも、ミランジェが用足しに行って戻ってきたときに、俺ににっこりと笑って「お兄様、快適に済ますことが出来ましたわ」と言ってくれたから、目的は果たせたようだった。
一つ誤算があったのは、新しい形のドレスということで、ミランジェは注目を浴びることになった。それを面白く思わなかった伯爵家令嬢に紅茶を掛けられてしまったんだ。あとで知ったのだけど、彼女は最近新しくできた『色』を使ったドレスを着てきたそうだ。それが注目をされたのは最初だけで、ミランジェが登場してからは注目はミランジェに移ってしまった。それが面白くなくて、恥をかかそうとわざとぶつかったそうなんだ。
まあ、自業自得っちゃそうなんだけど、おかげでその伯爵家は令嬢の教育も満足にできない家と、不名誉なレッテルを張られることになったのさ。
だけど、おかげでミランジェと気の合いそうなご令嬢と知り合うことが出来た。今度我が家に招待することが決まって、ミランジェがとても嬉しそうで良かったと思う。




