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◇ヴェイン・ラ・ラドランシュ
「それで、どんな夢を見たのかしら」
母たちに飲み物が置かれ、僕とミランジェにも新たに紅茶が出された。それを飲みながら、お菓子を食べるシュリナの世話を焼いているミラに、母が話しかけてきた。
「どんなと言われましても……」
口ごもるミラに母はにっこりと笑いかけた。
「そうねえ、泣くくらいなのだから、とても悔しい事かしら」
「えーと……」
なおも口ごもるミラ。母はやさしい眼差しでミラのことを見つめているけど、夢の話を聞くまで放してくれそうになさそうだ。
「母上。ミラは僕のために泣いてくれたのですよ」
「まあ、ヴェインの為なの。ますます、気になるじゃない」
僕は肩をすくめると母に笑顔を向けた。
「夢の中で僕とミラが太っていると笑われたそうなのです。それで、夢の中の僕は、『僕が太っていることは笑ってもいいが、ミラのことを笑うのは許さない』と怒ったそうなのですよ。そのうちに怒った僕の体がどんどん膨らんで大きくなって、最後には浮かび上がって空の彼方に消えてしまったというんです。どうやら僕が居なくなってしまうのが怖かったみたいですね」
僕の答えに母は目を丸くした。こんなこととは思ってもみなかったようだ。
「まあ~。まあまあ~。でもそうね、そう言うことなら二人はこれから、少し食事を我慢してみたらどうかしら」
母がにっこりと笑いながら言った。僕はその案に乗るふりをすることにした。
「それはいいですね。でも、困ったな~。うちの料理は美味しすぎるんですよ」
「確かにそうねぇ。う~ん、そうね。ここはかわいい子供たちのためにも、何か対策を考えましょう。料理長とも相談をすることにするわ」
「お願いします、お母様」
母の言葉にミラもコクコクと頷いてお願いをしていた。
このあと、しばらく家族団らんをして、僕は部屋へと戻った。そして紙に思いだせる限りのゲームの内容を書いていった。
翌日、午後のお茶を家族と楽しんだ後、ミラと僕は図書室で待ち合わせをした。それからわからないことを僕に訊くという体を装って、僕の部屋へと移動をした。
お互いに書きだしたものを読んでゲームの内容を把握した僕たちは、これからの方針を決めた。
母の言葉が渡りに船ではなかったけど、まずは二人して痩せることにしたんだ。さすがにこのぽっちゃり体型はどうにかしたいものな。
次に、今はまだいないゲームのキーマン、ライナーのこと。どちらのゲームの主役でもあるライナーは、半年後にうちにやってくる。そして、僕の従僕になるかミラの下僕になるかで、どちらのシナリオで話が進むのかがわかるだろう。一応ミラと決めたのはライナーが来てもいじめないということだった。
それから念のためにミラも護身術を習うことを決めた。
……まあ、その前に体力をつけないとだけどね。
ああっと、もう一つ肝心なことがあった。ミラが王太子の婚約者にならないことだ。これもほかの令嬢たちの嫉妬心を煽っていたんだ。それに心優しいミラに気がつかず、他の女に色目を使うアホ王子にミラはもったいない。体型のせいで最初からミラのことを見下していたもんな。そうだよ。元凶はアホ王子だ。確か婚約は王家からの打診だったよな。
よし。これは父上を焚きつけて、王家から何を言ってきても断らせるようにしよう。そのためにはミラに泣き落としをさせるとするか。なんといってもうちの両親は子供に甘いからな。泣いて嫌がるものを勧めたりはしないさ。
方針を決めたところでミラはほお~と息を吐き出した。
「お兄様がいてくださってよかったです。私一人だったら、パニくるだけで、どうしたらいいのか困ったと思いますもの」
笑顔を見せるミラはかわいい。母上譲りの銀の髪にアメジストの瞳。父にそっくりな僕とは似ても似つかない。両親を見ていなければ、兄妹とは思われないかもしれない。それくらい似ていない僕たち。
「うん。僕もミラがいてくれてよかったよ」
僕もミラに笑い返した。ミラはなぜか眩しいものを見るように頬を染めながら、僕のことを見つめてきたのだった。
あれから七年。俺は十六歳になり、ミランジェも十五歳になった。家族の協力により、俺とミラは痩せることが出来た。いや、ただ痩せたのではなくて、健康的に痩せたんだ。そう、俺とミラには程よく筋肉がついて、均整の取れたプロポーションってやつになったのさ。
おかげで社交界デビューをしてから、周りがうるさくて仕方がない。誤算だったのは、ミランジェの周りにまとわりつく野郎共。王太子を筆頭にミランジェの気を引こうとしていやがる。
ミラは王太子の婚約者にはなっていない。父に泣き落としをしたからなんだけど、結局俺とミラが抱える秘密に気がついていたようで、婚約の打診が来た時にその秘密を吐かされたんだよ。だけどそのおかげで、父が隠していた秘密を教えてもらうことになったんだ。
そういうわけで、ミラには公的な婚約者はいないんだ。
そうそう、ゲームのキーマンのライナーのことはあっさり片がついた。あの時から半年後に、ライナーは確かにうちに来たんだ。だけど一緒に過ごすうちに、ライナーの優秀さがわかって、うちの執事長が養子にしてしまったのさ。今では執事見習いとして、家での采配の振り方を学んでいるのだ。
おまけの会話
ゲームのための対策を決めて、実行を始めて数日たったある日。
ヴェインとミランジェは体力をつけるための運動後、二人でお茶を楽しんでいた。
そこで、ふとヴェインが思いだしたように、ミランジェに話しかけた。
「そういえばミラ。どうしてBLのゲーム内容だって知っていたの?」
「えっ? え~と、それは~……」(不自然に視線を逸らすミランジェ)
「もしかして前世は腐女子だったとか?」(ジト目になるヴェイン)
「えーと、えーと」(視線を逸らしたまま言いわけを考えているようすのミランジェ)
「マジ? お前もか~」(呆れたよう声をだすヴェイン)
「えーと、お兄様。お兄様もお詳しそうですけど…‥まさか?」(ヴェインの言葉にハッとするミランジェ)
「こら、まて。そんなわけあるか」
「えっ? でも……」(怪しいと目が物語る)
「違うって、前世の彼女がその道の話に詳しかったんだ!」
「……」(疑わしそうに見ている)
「おい、違うって」
「……バイ? もしくは真性」(ボソリと言う)
「そんなわけあるかー!」
(笑)
分かる人には判る会話です。
もしかしたらこんな会話もしたかもしれないよねえ。