この世界のトイレ事情 その6
◇ヴェイン・ラ・ラドランシュ
執務室にいる他の人たちも同じように俺に一歩近づいた。ソファーに座っている男性なんかは、身を乗り出すようにして俺のことを見ている。
俺は一気にしゃべりたくなるのを、深呼吸をして押さえた。そして俺に声を掛けてきた人に、視線を向けた。
「画期的かどうかはわかりませんけど、考えていることはあります。でも、その前に、現状をどうにかする方が先ではないですか」
俺の言葉に期待に満ちた顔をしていた人は、虚を突かれたような表情を浮かべた。それから、父のほうへと視線を向けた。
「ハロルド、なんで今まで隠していたんだ。ヴェイン君が賢いと聞いていたけど、これほどとは思わなかったぞ」
「私だって驚いているんだぞ、いろいろと。……というか、いいのか。お前」
「仕方がないだろう。子供の遊びかと思ったら、社交の現状にまで関わる話じゃないか。私だって愛する妻を、そんな危ない状態で夜会に連れていっていたとは知らなかったんだ。道理で休憩室を使用する輩が多かったわけだ」
父と男の人が話しているけど、もしかして俺が木を手に入れようとしたことって、すんごく大事になっていたのか?
それで、この見たことがない五人の男の人たちって、木に関する職人とかではなくて、この国のお偉いさんだったりするのか?
そんなことを考えていたら、父が俺に母の横に座るように言った。俺が移動して座ると、俺が座っていたところに話しかけた男の人が座り、さっきソファーから立ち上がった人も元の場所へと座った。それから、隅に置いてあった椅子を移動してきてもう二人が座り、父も椅子を移動させてローテーブルを囲むように座ったのだった。
「さて、ヴェイン君。自己紹介からしようか。私はセドリック・ラ・マホガイア公爵だ」
「マホガイア公爵? 王弟の?」
俺はあんぐりと口を開けた。今の王より王にふさわしいと周りからは見られていたのに、『王になるよりほかの国の大使たちとやりあいたい』と言って、臣籍に下ったという人だよな。そして、有言実行をして、他国から恐れられているという、切れ者の宰相補佐。
なんでそんな人がここにいるんだ?
「君は私の名前を知っていたようだね。それなら話は早い。さあ、君が考えていることを、すべて教えてくれないか。実現させるために必要なことは、すべて手配するからね」
ニコニコと笑いながら、とんでもない事を言いだすマホガイア公爵を、つい胡乱な目で見てしまった。
「セドリック! 我らの紹介をせずに、勝手に話を進めるな!」
マホガイア公爵の隣に椅子を持ってきて座った、筋骨隆々の男の人が、公爵のことを怒鳴りつけた。それに嫌そうな顔を向けながら、公爵は言った。
「それは後でもいいだろう。それよりも」
「馬鹿者! お前は国の重鎮でありながら、形式を無視するつもりか! 先ほどから見ていてもヴェイン君は真面目な子だ。筋をちゃんと通さない奴の話を聞いてくれるとは思えないぞ」
……いや、別に真面目ではないんだけど、俺は。ただ大人の前だから、おとなしくしているんだけど……。
心の中のツッコミなんか知らないだろうから、大人たちの勝手な解釈で話は進んでいった。
「だけど、ニクソンだって奥方が、不快な妄想に晒されていたかもしれないんだぞ。アジャンやモリスン、ケイニーだってそうだろ。いや、ケイニーの奥方は休憩室に連れ込まれそうになっていなかったか? あの時は警備に立っていた者が機転を利かせてくれたから、何事もなくすんだだろう」
「公爵、それをどこで聞いたんですか」
「まあまあ、それは今は置いておいて、とにかくヴェイン君の考えていることを、さっさと実現させよう。そうすれば、奥方だけでなく令嬢たちも安全な社交が出来るようになるんだから。ヴェイン君、そのためには協力してくれるよね」
にこやかに俺のことを見てきた公爵に、俺は冷めた視線を向けた。
「あれ?」
「ほらー、お前のそれは暴論だ。いくら妻たちが安全な社交が出来るようになるためとはいえ、初手を間違えてどうすんだ! だから、お前は馬鹿者だというんだ~!」
うん。先ほどの会話から気づきたくなかったけど、貴族の社交って一部ではかなり乱れているようだな。俺は家庭教師から、婚姻を結ぶまで行為に及ぶのはいけないことだと教えられた。女性だけでなく男もそうなんだと聞いている。
だけど政略結婚が多い貴族の世界では、世継ぎを産んだらお遊びをすることは黙認されているようだ。双方合意でことに及ぶのならいいけど、中には不埒なことをする輩もいるみたいだ。それが休憩室云々なのだろう。
うちは母がそういうところにあまり参加しなかったことと、多分父がそばから離さなかったから、そういう目には合っていなかったと見た。
そういえば、少し前に召使いたちの噂話で、どこそこの伯爵令嬢が男爵家に嫁ぐことになったと言っていた気がする。もしかしてだけど、そういう夜会で休憩室に連れ込まれて、他に嫁ぐことが出来ない状態にされてしまったのではないのだろうか? 男爵には悪い噂があったとも言っていて、伯爵家の令嬢を娶れるような状態ではなかったらしいとも。
それならやはりいろいろ話してしまい、彼らの手を借りて夜会や舞踏会を、健全な方向に変えたほうがいいのだろうか?




