この世界のトイレ事情 その5
◇ヴェイン・ラ・ラドランシュ
暫くして気持ちの整理がついたのか、父が顔をあげて俺のことを見てきた。
「それでヴェイン、お前が手に入れようとしているこの木と、正装のドレスとがどう関わるのだ?」
俺は内心『しめた!』と思った。これなら父も俺がやることに反対しないどころか、協力をしてくれることだろう。
だけど俺は、出来る限り真面目な顔をして口を開いた。
「父上、女性がドレスをこのようにしたのは、他の人に用を足している姿を見られたくないという、事情からだそうです。だけどそのせいで一人では用を足すことが出来ないという、矛盾が発生しています。それにミランジェが泣くほど嫌がったのは、我が家の使用人以外に介助されることについてなのです。子供であるミランジェは用を足すための壷にお尻がはまってしまいます。そうならないために介助の人がつくことは、この屋敷内なら納得しています。でも、決められていることとはいえ、用を足す姿をこの家の者以外に見られたくないと羞恥心を感じたようでした。ミランジェのためにも、それを少しでも解消するために、壷に被せる枠を作りたいと思いました」
「壷に被せる枠……。そんなものを作っても一人で用が足せることにはならないのではないのか」
父は考えながら言った。確かにあのパニエの形を見たらそう思うよな。
「父上、僕は今回この屋敷の者に話を聞いて知ったのですが、使用人たちは壷を使用していないのですよ」
「な、なんだと。壷を使用していないのか。ではどうやって用を足しているのだ」
俺は少し口ごもった。これも、衝撃っちゃ衝撃だったんだよな。でも、俺は腹をくくると真実を口にした。
「屋敷の裏に木々がありますよね。その木々はかなりの大木にそだっていますよね。大人でも隠れることができるくらいの」
「ああ、そうだな。それがなんだというんだ」
「その……使用人の方々は、その木の陰で用を足しているそうなんです」
「はっ? 木の陰?」
「それでも悪天候の時にはそこでするわけにはいかないので、やはり屋敷内で桶の中にしていると言っていましたけど」
父はショックを受けた顔をしていた。というかさ、なんで今まで気がつかないんだよ。流石にベルサイユみたいに庭園が糞尿まみれではないけど、裏の木々が良く育ってんのは、そのおかげだと気づけよ。
まあ、流石に出したものをそのままにはしていなかったと言っていたけどさ。魔法で穴を掘り、そこに入れて隠していたんだと。それに使用人同士が鉢合わせして苦い思いをしないように、誰がどの木と決めてそのそばで用を足していたというんだ。
でも、なんでこの事を父が知らないのだろう?
そういや父は公爵で領地のことだけでなく、国のあれこれにも関わっているんだよな。そういうことは家令か執事長にでも任せていたんだろう。それじゃあ仕方がないか。
「えー、あー、ヴェイン、その我々が……用を足した後の……」
父は言いにくそうに聞いてきた。すべて言う前に何が言いたいのか分かったので、父の言葉を引き取る形で口を開いた。
「片付けですか? それは魔法を使って運んで、森の中に土と混ぜるようにして処理をしていると聞いています」
その言葉にホッとした顔をする父。一体何の心配をしているのやら。……と思ったけど、口どころか表情にも出さないように気をつけた。
父は気持ちを切り替えるためなのか、一度大きく息を吐き出してから言った。
「えー、あー、話を戻すが、ミランジェのために壷に被せる枠を作りたいということはわかった。だけどな、ヴェイン。その枠が完成して、それでミランジェが一人でできるようになったからといって、我が家以外では通用しないだろう。それでは結局ミランジェは社交が出来ないままではないのか」
「僕もそこは考えました。でも父上、ミランジェが一人で用を足せるためだけに枠を作ろうと考えたわけではありません」
俺はそう言うと母へと視線を向けた。
「母上、もしなのですけど、大人の女性も枠を使って、座って用が足せるようになるとしたらどう思いますか」
「そうねえ……壷って、大きさがまちまちで、他所の家に行くと苦労するのよ。それが解消されるのなら嬉しいわね。でもね、あのドレスでは難しくないかしら?」
母は考えながら、おっとりと答えた。その答えを待っていた俺は、笑いださないように口元を引き締めた。
「僕もそう思います。僕が最終的に考えている形にするには、あのパニエはネック過ぎます」
「最終的にとはどういうことだ? まだ別の形のものを考えているのか、ヴェイン」
父は俺が何気なく言った言葉を捉えて聞いてきた。
「もちろんです。というか、男性である僕たちも大便をする時には苦労しませんか? 多分なんですけど、使用人が壷を使わないのは、穴の大きさや不安定さにあると思うんです。あと、片付けの手軽さ。それが解消されればいいと思いませんか」
俺の言葉に、父以外の部屋にいる男の一人が、一歩前に出て興味津々の顔で聞いてきた。
「ヴェイン君、是非とも君の考えを聞かせてくれないか。君はいま、座ってできると言ったな。何か画期的な方法を考えているんじゃないのかい」




