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この世界のトイレ事情 その4

◇ヴェイン・ラ・ラドランシュ


僕の言葉に納得できないのか父の眉間にしわが寄った。


「社交をしたくないとは、どういうことだ。ミランジェは公爵家令嬢という立場を、わかっているのだろう。ただのわがままなのなら」

「わがままじゃありません。ミランジェにとっては死活問題です!」


父の言葉を遮るように僕は立ち上がって言った。部屋にいる大人たちの視線が突き刺さるように感じるけど、ここで僕は一気に勝負に出ることにした。


「父上がそうおっしゃるということは知っているんですよね。女性の正装のことを」

「正装だと……それがなんだというのだ」


父は僕の勢いに少したじろいだようだ。話の方向が見えないからか、眉間にしわを作って怪訝そうに見てくる。なので僕は畳み掛けることにした。


「そうですか。知っていて母上が父上以外の人とダンスをすることを許していたのですね」

「はっ? あっ、いや、立場上他の人と踊らないわけにはいかないだろう。……いや、お前は何が言いたいのだ、ヴェイン」

「だから、女性は正装の時には下着を身につけないんですよ。そんな心許ない状態の母上が、他の男性と踊ることを許したのですよね」

「はあ?」


父は顎をカクンと落とすような感じに口を開いた。というか、他の男性たちも同じように大口を開けている。それに対して母は不思議そうに父のことを見つめていた。


「ちょっと待ちなさい。お前は何を言っているのだ。正装のドレスの下に下着をつけるのは当たり前だろう」

「父上こそ何を言っているのですか。まさか、知らないんですか。正装を身に着ける時には、上半身は肌着とコルセットをつけますが、下半身は何も身につけないんですよ。それを知ったから、ミランジェは貞操の危機を感じて、社交をするのが嫌だといったんじゃないか」


そう、憤りを込めて言ったら、若干顔色を青ざめさせた父は母のことを見つめた。


「シェイラ……今、ヴェインが言ったことは本当か」

「ええ、そうですわ」


その言葉を聞いた父は両手で顔を覆うと、天を振り仰いだ。


「なんということだ」


この部屋にいる男性たちも視線をどこに向けていいのか困っていた。母のことをチラリと見て、すぐに視線を逸らしている。ソファーに座る一人は俯いて、もう一人は立ち上がって背を向けてしまった。


その様子を見て、母は首を傾げながら口を開いた。


「もしかして、知らなかったのですの?」


男達はビクリと体を震わせて、母と視線を合わせないようにしながら、動きを止めてしまった。それから父と母の話し合いが始まった。



俺は心の中でニヤリと笑った。この数日リサーチをしてみて、ある事に気がついたんだ。それは母の育った国にはパニエを使うドレスはなかったということだった。パニエの代わりに身につけたのはペチコートだそうだ。


母の生国は北のほうにあった。なのでこの国より寒かったそうなんだ。パニエなんかでスカートを膨らませると、冬なんて寒すぎてそんな恰好で居られないと言っていた。ドレス一枚だと寒いからペチコートを身に着けていたそうなんだ。もちろんかぼちゃパンツ……じゃなくてドロワーズも穿いていたさ。


それを知った俺は考えた。母を巻き込んでこの国のドレスの常識を変えようと。他国から嫁いできて、それも王族だった母が身に着けるものだ。周りもそれほど奇異の目で見ないのではないかと思った。それどころかこの国に来て十年経つ母は、社交界に受け入れられ、そのたおやかな容姿が密かに人気となっていることを、この前のお茶会で知ったんだ。母はあまり他家のお茶会に出向かないようだ。王家主催のお茶会には出席しているようだけど、それ以外は滅多に参加しないらしい。だから、先日のお茶会を開いたロックウォール伯爵家は、他の貴族から羨望の的だった。


たぶんだけど、今までは俺たちのために社交を控えてくれていたのではないかと思う。それをミランジェがお茶会に参加できる歳になり、おねだりされたから行く気になったんだろう。あと、ロックウォール伯爵家は縁戚にあたる家だから、ミランジェの社交デビューにぴったりだと考えたのじゃないかと思ったんだ。


現に、父と母の話し合いは今までのお茶会に参加したことの話になっている。母はこの国に来た最初の頃は王家主催と公侯爵のお茶会に数回参加したといった。でも、ミランジェと俺が体調を崩して寝込むことが多かったから、王家以外のお茶会は断ることにしたそうだ。


「私はこの国の正装がこのようにするとお聞きしましたから、それを身に着けましたのよ」


そう母に言われて、父は色を失った顔で母のことを見つめていた。父は使用人を呼んで、母の正装のドレスとパニエを持ってこさせた。


実物を見た父は、机に肘をついて頭を抱えだして呻いている。お茶会用のパニエは形を保つためにもかなりな量の木や藤の蔓が使われていた。つまり重いのだ。この状態では用を足すためにスカートを持ち上げるのも一苦労だ。


それよりも問題なのは夜会や舞踏会用のパニエだった。横に出っ張った形なのはいいけど、腰から下には蔓などはいれていない。それからドレスは、後ろはドレープなどで布地がたっぷりあるから、変なことはしにくいだろう。それに対して前側にはリボンやレース、刺繍が施されているけど、それほど布地が多いわけではない。どう見てもめくり上げたら、ことに及びやすいように見えたのだった。


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