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この世界のトイレ事情 その2

◇ヴェイン・ラ・ラドランシュ


紅茶を一口飲んで、ミランジェはハア~と、息を吐き出した。また泣いたから、先ほどよりも瞼が腫れあがって痛々しく見える。


こんなに泣くなんて、それほどまでにトイレのことがショックだったのだろうか? 


でもこの十五日間は……じゃなくて、お互いに前世の記憶持ちだと話してからの五日間は、嫌そうな素振りを見せなかった。この世界のトイレ事情に納得していたんだと思う。それじゃあ、何が嫌なのだろうか。


もう一口紅茶を飲んだのを見て、気持ちが落ち着いたようだと思い、俺はミランジェに話しかけた。


「ミランジェ、用を足すのが壷だったのはショックだったとは思うけど、それで社交をしたくないというのは違うだろう。社交をすることは貴族の義務だ。それをおろそかにするわけにはいかないと、わかるだろう」


そう言ったら、ミランジェは頬を赤く染めて、ふいっと横を向いた。


「わかっていますわ。でも……でも、どうしても納得できませんの!」


そう言って、俺の目を真直ぐに見てきたミランジェ。泣いたせいでうさぎのように白目が赤くなっているけど、アメジストの瞳がキラキラと輝いている。


一瞬見惚れてしまった俺は、ミランジェが眉を寄せたことでハッとした。


「えーと、何が納得できないんだい」


そう聞いたら、先ほどより赤い頬をして、また横を向いたミランジェ。


「……の……に………………ですの」

「はあ? よく聞こえなかったんだけど?」


小さな声で言われて、言葉が聞き取れなかったんだ。ちらりと俺をみたミランジェが、もう一度口を開いた。


「だから、ドレスの……に、し……をつ……んですの!」


語尾を強く言っても、ところどころ、聞き取れないのは変わらない。


「えーと、ミランジェ、聞こえないよ」

「もう! ですから、ドレスの下には、下着をつけないと、言っていますのよ。何度も言わせないでくださいまし!」


ミランジェに怒鳴られてしまった。


けど、俺の反応は「はあ~?」だ。


そうしたら、ミランジェに凄い顔で睨まれた。

いや、けどさ、待ってくれよ。じゃあ、何か、ミランジェは今。


「ノーパンなのか?」


これでもかというくらいに顔を真っ赤にしたミランジェは、「そうよ!」と、叫ぶと、また、涙を溢れさせた。


「えっ? えっ? 下着って、女性用の下着ってないのか? ええっ! この世界の女性ってノーパンで過ごしてんのー! うっそだろー!!」

「そんなわけないでしょう! 普段はちゃんと身に着けています! ドレスの時にはつけないのですわ! もう、お兄様のバカ~!」


いかん。ミランジェにまた泣かれてしまった。


とりあえずミランジェのそばに移動して、倒れ伏すミランジェの頭を撫でてみた。しばらくすると、また泣き声は小さくなってきた。体を起こしたミランジェの隣に座り、今度は抱きしめるようにして頭を撫でた。


「お兄様」


小さく呟くようなミランジェの声が聞こえてきた。ミランジェのほうを見ると、涙に濡れた目で見上げている。一瞬心臓がドキリと音を立てた気がした。


「どうにか……できないでしょうか」


桜色の唇が言葉を紡ぐ。ミランジェの顔をじっと見ていた俺は、一瞬何のことを言われたのかわからなかった。「へっ?」と、間の抜けた声が出た。


「で、ですから、トイレのことをどうにかできないかと、相談しているのです」

「トイレ? どうしてトイレを?」

「だって、社交用ドレスはそのために膨らんだドレスになっているのですもの」


ミランジェは言葉で言うよりも見たほうが早いといって、今日着ていくはずだったドレスを持ってきた。


そのドレス自体は普通のものだと思う。可愛らしい刺繍や、レースがふんだんに使われているものだ。だけど、そのあとミランジェが持ってきたものを見て、俺は絶句した。


パニエとよばれるそれは、布地に木や藤の蔓を入れた円形の枠を縫い込んであるものだった。それも綺麗に円形を出すために何段も。確かにこれでは用を足しにくいだろうと思った。


それから、ミランジェは普段身に着けるドレスと下着を持ってきた。こちらのドレスはところどころにリボンやレース、ワンポイトくらいの刺繍が施されたもの。布地も余計なものがない分、重くはなさそうだ。下着はドロワーズといわれるもので、いわゆるかぼちゃパンツとよばれるものだった。丈は太ももの半ばくらいまであった。


これを見せながら、真っ赤な顔でミランジェが説明してくれたのは、用の足し方。子供のミランジェは、用を足すときに介助の人がつくそうだ。そうでないと、壷にすっぽりとはまり込んでしまうらしい。


で、お茶会の時にはパニエの関係でいちいち下着を下ろすのは大変だからと、つけないそうだ。この膨らんだ中に壷を被せるように入れて、いい位置になるように介助の人が二人つくんだそうだ。これは母上みたいな大人の女性も同じ。


あと、この膨らんだドレスというのは正式なものらしい。だから、今回みたいに正式なお茶会ではパニエを着用しないとならないそうなんだ。あと、パニエを着てお茶会に参加するのが、大人の仲間入りということだとなっているそうだ。


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