15 告白 ― コチュリヌイ国消失の真実 その4 ―
◇シェイラ・リ・ラドランシュ
ここまで話したところで、ハロルドは色を失くした顔で口を開いた。
「そ、それでは……コチュリヌイの国王は……いや、国民はすべてを知っていて残ったのか」
「ええ。この世界の神々を騙すのです。そのためにも国が一つになってなさねばならなかったことですから。もちろん先に話をして国民には了承を得ていました」
「なんということだ」
ハロルドは私の手を握っていない方の手を額へと当てて俯いた。
「あなた、悩まないでください。コチュリヌイの人々は納得して覚悟を決めていました。それに他の世界の神々が約束をしてくださったのです。あの時に亡くなった皆は、必ず転生させてくださると」
「転生?」
顔を上げたハロルドは聞いたことがない言葉に、訝しそうな視線を私へと向けてきた。
「はい。彼らは魂ごと消滅させられたのではなくて、新しい命として生まれ変わることが出来ると聞いています。もちろんコチュリヌイの時のような立場の者に生まれることはできませんが、希望すればコチュリヌイでの記憶を持ったまま、そしてコチュリヌイでの家族関係が作れるようなところに、生まれ変わっています」
「で、では、我が従兄弟、アソシメイア公爵……いや、フィリップもか? 彼も生まれ変わっているのか」
「はい。神様からそう聞いております。お二人はヴェインのことを案じており、近しいところに生まれ変わることを希望なさったそうです」
「そうか……」
ハロルドは、今度は額ではなく目元へと手をやった。
あの時、ハロルドは目の前でアソシメイア公爵夫妻が光に飲み込まれるのを見ていた。手を伸ばしたその手は見えない壁があるかのように、国境からコチュリヌイに入ることが出来なかった。
私は馬車の中にいて、その様子は見ることはなかった。座った私からは光が国境に近づいてくるのが、わかっただけ……。
いいえ。本当は何が起こるのかはわかっていた。だから、その姿を見ることが出来なくて、ミランジェを守るということを理由に、私はただ座っていただけだった。本当なら王族として、国の最後に立ち会うべきだった。でも、足は震えて立ち上がることは出来ず、ハロルドに任せてしまった。そして、ハロルドの心に重荷を負わせてしまった。
あの時のことを思い出して気持ちが溢れそうになったのを何とか堪えて、ハロルドは顔をあげて私のほうを見てきた。
「それでシェイラ、先王陛下との密約とはなんだい」
「それは私とミランジェの保護をお願いいたしました」
「保護? 君は私の妻だし、ミランジェは君の姪だろう。君たちを保護するのなら、それは私の役目だろう」
「いいえ、あなただけでは駄目なのです。先王陛下のお言葉でなければ、ミランジェは守れなかった」
「それはあの言葉か。『二人が大人になった時、大いなる恩恵に与かれるだろう』……まさか、これは先王陛下のお言葉ではなく、シェイラの言葉なのか」
「いいえ、違いますわ。これも神々が約束してくれたことなの。異世界から二人の魂を呼ぶから、器となる無垢なる者を用意するようにと言われたの。もうあの時には兄夫婦か私くらいしか子供を産めるものはあの国にはいなかったの。あと、アソシメイア公爵夫妻。あの国に来てすぐにアソシメイア公爵夫妻に子供が出来て、それから程なく王妃が妊娠したことが分かった時には、国中で安堵したのよ。二人はコチュリヌイの人々にとって希望だったから。二人が大人になった時に異世界の知識を伝えて、この世界を魔法が無くても過ごせる世界にしてくれると。そうすれば、私達は滅びずに違う発展をしていけるだろうって。その礎となれるのなら、自分たちの命は惜しくないと……」
私の目から涙がこぼれ落ちた。言葉を続けることが出来なくなった私を、ハロルドはやさしく抱きしめてくれた。それからまるで幼子をあやすように、優しく背中を撫でてくれた。
先王陛下の先見の力は天命の力の劣化版だ。コチュリヌイの血を引く者で、コチュリヌイの王が見た天命を感知したに過ぎない。それでも王の言葉というものは、力を持つものだ。他所の国の王女の言葉より確実に。
神に告げられた言葉とはいえ、それを公にするわけにはいかない。だから先王陛下に先見の力で予知したものとして、あの言葉を言ってもらったのだ。
先王陛下にも包み隠さずに何が起こっていたのか、いいえ、今現在何が起こっているのかを、話をした。陛下は今のハロルドと同じように驚愕に震えていたけど、聞き終わると感謝の言葉を言ってくれた。そして弟王子を呼び出して、彼にも事の次第を話して聞かせた。婚姻したばかりの弟王子は、この話を聞くとすぐに臣下へと下った。
そうしてミランジェとヴェインを守ってきたのだ。
昨日、ミランジェにこの話を全て伝えた。ミランジェは聞いている間、話の所々でいろいろな感情を瞳に見せていた。一番強い感情はやりきれなさだろうか。前世と思っていた女性は、無理やりこの世界に連れてこられた人だったのだから。そして魂だけになった女性を自我の無い赤子に憑依させたという部分では、嫌悪の感情を浮かべていた。
それでも、ミランジェは許してくれたのだった。




