9 無礼者には鉄拳を! 後編
◇ヴェイン・ラ・ラドランシュ
「いい加減にしてくださいませんこと。私は王太子殿下のことを好きではないと申しあげたはずです。このような公の場での不埒な振る舞い。これはあれですの。公衆の面前で口づけをすれば、私は王太子殿下に嫁ぐしかなくなるとでもお思いになったのかしら。それこそ愚かな考えというものですわ。そんな方と結婚するくらいなら、私は今ここで命を絶ちます。幸いにも触れていませんから、そのようなことは致しませんけど。もう金輪際、私に話しかけないでくださいまし」
声から冷気が出ているのではないかというくらい、冷たい声でミランジェは言い放った。
「ち、違う。決してそのようなことを考えたわけではないんだ。ミランジェ」
「話しかけるなと言いましたわよ、私は」
言い訳をしようとする王太子に、みなまで言わせずに、乗せた足に力をいれるミランジェ。
「うぐっ」
呻く王太子。そこに騎士団長の息子と、宰相の息子と、魔術師長の息子がやってきた。
「ミランジェ嬢、大丈夫ですか」
「殿下、私はあなたを見損ないましたよ」
「これからは殿下が暴走しないように見張りますから」
口々に殿下よりミランジェの方が大切だと、アピールをする三人。その様子を、冷ややかに見つめるミランジェ。
「あなた方は王太子殿下の友人ではないのですか。殿下の剣であり盾である方と、殿下の知恵袋である方と、殿下を魔術でお助けする方であるあなた方が、そのような態度でいらっしゃるから、王太子殿下はこのようになられたのです。王太子の友人というものは、時には諫めることもなさらなければならないものでしょう。殿下の言葉に頷き、唯々諾々と従うものではないはずです。それが出来ていないあなた方は、王太子の友人として失格ですわね」
ミランジェの言葉に顔を青ざめさせ、何も言えなくなった三バカ……三人だった。そこに国王陛下と父が近づいてきた。国王陛下が口を開く前に父が言った。
「これはどういうことでしょうか、国王陛下。いくらミランジェに公的な婚約者がいないからと、このようななさり様は、我がラドランシュ公爵家を軽く見ていらっしゃるのですかな」
「そのようなことは思っていないぞ、ラドランシュ公爵」
「では、どのようにお考えなのでしょうか。我が娘を公衆の面前で傷物にし……」
父と国王のやり取りを見ていたら、腕を引っ張られた。見ると母が私を連れていこうとしていた。そこで、自分が少しの間、自失をしていたことに気がついた。すぐにミランジェのところに駆けつけなかったことが悔やまれる。
歩きながら母が囁いてきた。
「あなたはミランジェを連れて先に帰りなさい。あとのことは私達、親が片をつけます」
母は真直ぐに国王たちのことを見据えていた。
「わかりました。お願いいたします」
母と共に父のそばに行ったら、気がついた父にミランジェを渡された。いつの間にかミランジェは父の後ろに庇われるように立っていたのだ。
「あなた、ミランジェは王太子殿下の心ない行動により、傷ついていますわ。ですから、ヴェインと共に先に帰したいと思いますけど、いかがかしら?」
「ああ、それはいいね。これ以上ここにいるのは苦痛でしかないからな。ヴェイン、ミランジェを頼むぞ」
母のもっともらしい甘言に……いや、換言か? ……いやいや、そうじゃない。母の甘い声音で言われた言葉に、父は国王と王太子に厳しい目を向けていたのを、優しい労わるようなまなざしに変えて、ミランジェのことを見た。
俺には家長らしい目を向けてきたけど……あれはやる気になっているよな。ここで完膚なきまでに叩きのめすから、ミランジェと共に先に帰れということだろう。母も同じにやる気になっていたしな。
「わかった」
俺は父に頷くと一言返して、ミランジェを連れて大広間を後にする。人々は俺たちを通すために、動いて道を作ってくれたのだった。
馬車に乗り、フッと息を吐き出した。本当は俺自身が王太子を叩きのめしたかったけど、俺の場合は物理的になるから、まずいだろう。もう少し父を倣って口撃で済むようにしないと、今日みたいな場じゃあ、俺の方が悪くなりかねないからな。
そんなことを考えていたら、小さなミランジェの声が聞こえてきた。
「ごめんなさい、お兄様。あれだけ家族に言われていたのに、気を許すようなことをしてしまいました」
見ると背中を丸めて縮こまっているミランジェがいた。俺は自分の不甲斐なさに、自分自身を殴りたくなった。だけど、それは家に帰ってからだ。今はミランジェのことだ。
「ミランジェは悪くないよ。あのバカが暴走しやがったのが悪いんだ」
「でも、油断してしまったのは、私です」
魔光石の灯りに照らされて見えたミランジェの顔は、涙を瞳に溜めながら唇を引き結んでいる。怖い思いをさせたと、そっと抱きしめた。腕の中で震える姿に、愛おしさが増していく。
「それを言うなら、俺の方だろう。ミランジェに俺以外の誰とも踊ってほしくなかったのに、それを強く言えなかったんだから。あんなことになるのなら、適当な女性を誘ってフロアに立つんだった」
そうすればすぐに駆け付けつけることが出来たと、暗に匂わせて言ったら、俺の胸に顔を埋めていたミランジェが顔をあげた。
「それは嫌です。ヴェイン様が他の方と踊るだなんて。踊りに誘われた方は、ヴェイン様に恋をするに決まっていますもの」
「そんなことはないぞ。俺は言われるほど、もてねえから」
安心させるように言ったのに、ミランジェはなぜか眉をひそめていた。顔を伏せたミランジェが、もう一度俺の胸に顔を埋めてきた。
「……してください」
くぐもった声が聞こえてきたけど、何を言ったのかよく聞き取れない。ミランジェは伺うように顔をあげた。何を言われたのか分からなかったと言おうとした俺は、首に回された腕に動きを止めた。
近づくミランジェの顔。柔らかい感触が唇に触れたと思ったら、すぐに離れていった。
首に回した腕が離れたと思ったら、上着をぎゅっと掴んでまた俺の胸に顔を埋めてしまった。愛しいミランジェを抱きしめながら、馬車が屋敷に着くまで、今日の俺の不甲斐なさを頭の中で数えながら、反省をしたのだった。
えー、書き損ねた王太子の状況のこと。
ミランジェが可愛らしくて、思わずキスをしようと顔を近づけた王太子。
唇が触れる寸前にミランジェに思いっ切り平手打ちをされました。
そして足を払われてバランスを崩したところを、一本背負いで背中から床に叩きつけられたのです。
止めにハイヒールで胸を踏まれました(笑)
国王とパパ公爵が話している時に、パパに手招きをされてミランジェはパパの後ろに移動。
それによって王太子は立ち上がることが出来たのだけど、心のダメージが大きすぎました。
だけど、これで終わりじゃないですよねぇ。
まだ、いろいろとあるけど、それはまた別の話です。
気になる方はいるかしら?




