8 無礼者には鉄拳を! 前編
おかげさまで『日間異世界転生/転移ランキング』に2018/12/28朝に3位になりました。
本当にありがとうございます。
こちらの作品は、そのお礼というわけではございませんが、本編に入らなった話を番外編として書かせていただきました。
長くなったので、前後編といたしました。
後編は明日の1月1日に投稿いたします。
どうぞ、お楽しみください。
1位になったお礼の作品は新年の4日以降に投稿いたします。
◇ヴェイン・ラ・ラドランシュ
今日はすごく気が進まない日だ。できる事なら屋敷に取って返したい。まあ、そんなことが出来るわけがないんだがな。
「ヴェイン、お兄様。行かないわけにはまいりませんわよ」
隣に座ったミランジェがそっと腕に手をかけてそう諭してきた。
「わかっているよ。だけど気が進まないんだよ。絶対あいつはミランジェにダンスを申し込むに決まっているんだからよ」
「ヴェイン」
「ヴェイン、口調」
むくれて答えたら父と母にまで声をかけられた。でも、からかうようなしょうもないな、という感じの口調だった。現に二人とも向かい側から微笑ましそうに俺のことを見つめていた。
「わかっていますよ。あの場では気をつけますから、今くらいぼやかせてくださいよ」
俺の言葉に仕方がないというように笑う両親。俺の腕に手をかけているミランジェが、不意に力を入れて握ってきた。
「私だって嫌です。でも、今日は王太子殿下の誕生日を祝うパーティーですから、一度くらい踊って差し上げますわ」
ツンと顎をあげていうミランジェ。そう言いながらも俺の腕を掴む手は、微かに震えていた。
前回のどこぞの侯爵家のパーティーで、王太子殿下とダンスを踊った時に、必要以上に密着されて嫌だったと、ミランジェが言ったのは記憶に新しい。あの時は、続けてもう一曲踊ろうと誘う王太子を振り切って、俺のところまで戻ってきた。目じりに涙が見えて、もう少しで王太子を殴り倒しそうになった。王太子のお付きの三バカと、マホガイア公爵令息が止めなかったら、本気で殴り掛かっていたことだろう。
「大丈夫だよ、ミランジェ。もし、次に我がラドランシュ公爵家を侮る様な真似をすればどうなるか、国王陛下も重々ご承知だ」
父の言葉にミランジェは微笑んで頷いた。それでも、不安は拭えないようだ。俺だってこんなに可憐でかわいいミランジェを、あの王太子に渡す……いや、渡すんじゃない。貸してやるんだ!
だけど、王太子がミランジェの前に立って、ダンスの申し込みをする場面を思うと、はらわたが煮えくり返りそうで、腹立たしくて仕方がなかったのだった。
俺たちが今いるのは王宮へと向かう馬車の中。今日は王太子の十七歳の誕生日なのだ。あの馬鹿が自分の誕生日にかこつけて、ミランジェをダンスに誘うことは目に見えている。さすがに自国の王族から誘われて、断るわけにいかないだろう。
それに公式にはミランジェに、婚約者はいない。それがダンスを断れない理由にもなっていた。
身分的にも王太子と釣り合っているし、何度も王太子から婚約の打診が来ていた。それを父は断固として、断り続けている。何度断られてもめげない、その根性には感服するものがあるけど、あいつは根本的なところを間違えていると思うんだ。
まず、婚約したい相手のミランジェ。どう見てもあいつのことを嫌がっているのに、そのことに気がつかないのだ。ポジティブなのか、ただのバカなのか、判断に迷うところだ。
それから婚約の打診だけど、王家からだったらわかるんだよ。王太子からって可笑しくないか? あいつが父に……ラドランシュ公爵に願うのは、求婚の許可だろう。それでミランジェから色よい返事をもらって、婚約となるのだろう。
あいつもなー、最初に王家からきた婚約を、断った時点で察しろよな。うちと王家との政略結婚はありえないってことをさ。
そのことを鬱屈しながら考える俺に、両親は生暖かい目を、ミランジェは気遣わし気な目を向けていた。
憂鬱な気分のまま王宮へと着いた。馬車から降りる前にミランジェは「義務を果たしたら、私と踊ってくださいね、ヴェイン様」と、言っていた。くっそ~。両親がいなきゃキスの一つも送ってやるのにー。
会場である大広間に入った。もちろん俺はミランジェをエスコートしている。今日のミランジェは青い色のドレスを纏っていた。
王家の方々が入場してきて、王様の言葉、王太子の挨拶と続いた。そして王太子が段を降りてきてミランジェの前に立った。
「ミランジェ・リ・ラドランシュ公爵令嬢、私と一曲踊っていただけますか?」
ミランジェは一瞬、手を出すのをためらったが、そっと手を乗せた。なんせ、王太子が踊らないことには、ダンスが始まらないからな。それに王太子に婚約者がいないことも、ミランジェに懸想してしていることも知れ渡っている。ついでにいうとミランジェに相手にされていないこともだ。
他にも数組の男女がフロアにでていった。その中には、マホガイア公爵令息とクールニッシュ侯爵令嬢もいた。演奏に合わせて優雅に踊りだすミランジェたち。
曲が終わり、パートナーと向かいあって軽くお辞儀をすれば、終わりのはずだった。顔をあげたミランジェに王太子が一歩近づいたと思ったら、ミランジェの腰に手を回し、顔を寄せていくのが見えた。何をしようとしているのか見当がついた俺は、ミランジェのところに駆けつけようとした。だけど、どうあっても間に合わないことはわかっていた。
そこからはまるでスローモーションを見るようだった。
王太子の左手がミランジェの顎にかかり、顔を寄せた王太子とミランジェの唇が重なった。
と、思ったら勢いよく、顔が右へと向く王太子。それだけでなく、見事に投げ飛ばされ、その胸には足が乗せられたのだ。
それをしたのはもちろんミランジェだ。怒りに目が吊り上がり、冷ややかな視線を王太子へと向けている。
ミランジェを助けようと動こうとした、マホガイア公爵令息とクールニッシュ侯爵令嬢も唖然と見つめていたのだった。




