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ファンタジー物が書きたくなったのさ。
本当は短編にするはずが、思ったよりも文字数が多くなったので、連載にしました。
◇ミランジェ・リ・ラドランシュ
「「痛った~い!」」
二人同時に声をあげた。
それはそうだろう。たった今、兄妹喧嘩をしていて、勢い余ってお互いの額をごっつんこさせたのだ。
額をさすりながら、痛みの原因の兄のことを睨みつけようとした私は、突然頭の中に流れてきた映像に体を硬直させた。
「「えっ?」」
ここではないどこかで、四角い箱に映る映像を、手元にあるコントローラーなるもので、操作をしている私。いや、私ではない誰か。
膨大な情報量に耐えきれなくなった私は、意識を手放したのだった。
あれから十日後。私は優雅に紅茶が入ったカップを持ちながら、向かいに座る兄の様子を伺っていた。
十日前に兄と衝突した時に思いだしたあれ! なんと、前世の記憶というやつだった。
ここではない世界の日本という国の二十代の女性。それが前世の私だ。
今の私は前世の世界でいうところの、中世ヨーロッパ風のアングローシアという名前の国の公爵令嬢。ミランジェ・リ・ラドランシュだ。この世界では貴族籍の男性は名前に「ラ」女性には「リ」が入る。セカンドネームというものはないのよね。無駄に長い名前でなくて良かったと思ったのは内緒よ。
私はまた、チラリと兄のことを見た。そして同じように私の様子を伺っていた兄と目が合い、お互いに逆方向へ顔を向けた。
さっきからこれの繰り返しだ。
私は前世の記憶を思い出したことにより、兄に話さなければいけないものがあると気がついた。だけど、どう話したものかと、困っているのよ。
大体前世の記憶があると言って、素直に信じてくれる人がいると思う?
それも『ここがゲームの世界であなたは悪役なのだ』なんて言われたら?
普通に考えれば怒りだすだろう。いや、怒りださないまでも、正気を疑われるに決まっている。変な人扱いはまだいいとしても、狂人扱いは勘弁願いたい。
そう思って黙っていようと思っていたのよ。
だけど、あの衝突のあと、私と兄は三日間寝込んだの。もちろん私は前世の記憶を思い出したことによる知恵熱が出たからだったのだけど、兄も同じように高熱を出したと聞いたわ。そして熱が下がってから、時折何か言いたげにしている兄の視線を感じたのよ。
それから兄に対する違和感もね、感じているの。
えーと、その、私と兄はこのアングローシア国の基準から、外れた体型をしているのよ。この国は細い体型の人が持て囃されるの。美男美女というのは、細い腰薄い体をした人のことなのよね。
それに対して私と兄はどちらかというとぽっちゃりとしている。
……いえ、はっきりいってかなりぽっちゃりとしているのよ。
まだ九歳と八歳だけど……えーと、どこぞのお腹がポッコリとした天使人形に近い体型と言えばわかるかしら。
原因は両親が私達に甘い事だろう。年頃になれば標準的な体型になると言って、普段から食事は好きなものを食べさせてくれるし、甘いデザートは欠かさないのよ。デザートはね、甘いものはまだ貴重なはずなのに、さすが公爵家よね。いろいろ工夫をして毎日違うものが出てくるのよ。これがまた美味しくて、つい食べ過ぎてしまうのよ。料理人の腕がいいからなのよね。
もちろん私だけでなくて兄も同じだったのよ。それがこの七日、兄の食事の量が減ったのよ。……普通に考えれば平均の食事量になったと思うのよ。お代わりをしなくなっただけだから。でも、それが家族や使用人たちに心配をかけることになってしまっているのよね。
まあ、私も同じようにお代わりをしなくなったのだけど……。
でも、高熱が出たからにしてはおかしいと思うのよ。
私はため息を吐きかけて息を飲みこんで思う。
あの時……そう十日前に今の状態だったら、兄と衝突することもなかったのにと。
兄妹喧嘩の原因はお菓子の取り合いだった。それも私が大好きなポルンのジャムが乗ったクッキーの、最後の一個を兄が取ってしまったから。また作ってもらえばという考えは浮かばずに、兄に掴みかかったのよ。公爵令嬢として礼儀作法を叩き込まれている私が、そんなことをすると思っていなかった兄は、よけ損ねたのよね。
「えーと、ミラ」
そんなことを考えていたら、兄が声をかけてきた。しばらく待ったけど、続く言葉が聞こえてこない。
「なんですの、お兄様」
私が返事をしたら、兄の表情がフッと緩んだ。その表情に、また違和感を感じる。
「あのさ、ミラ。これから変なことを言うけど、もしも心当たりがなくても、僕が狂ったなんて思わないでほしいんだ」
「内容にもよりますわね」
ツンと澄まして言えば、兄の顔に苦笑が浮かんだ。
「僕は十日前にミラとぶつかったことで、前世の記憶を思い出したんだ。もしかしてだけど、ミラも同じなんじゃないかって僕は思うんだよ」
私は目を見開いて兄のことを見つめた。兄は得心したように笑った。
「やっぱりそうか。それならミラ、よく聞いてほしい。このままではミラはまずいことになるんだ。ミラはあるゲームの悪役令嬢で、どのルートでも最後には断罪されてしまうんだよ」