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蟲の王  作者: 食蟻獣
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7.ラスバミアの王子

 西の空の茜色に東の空の黒が侵食し、空の境界線が消えた頃、目的の野営地に到着する。側には川が流れており、近くの山から流れているようだ。ゴブリンと呼ばれる魔物の巣は川を挟んだ反対側の林を抜けた遺跡にあり、ここからでは様子を見る事が出来ない。

 移動を急かした割りに、予定の時間よりも早く到着した一行は野営の準備を兼ねて夕食の用意をする。

 しかし、ファスタブルは川のすぐ側にテントを張るラメスとミザリーに声を掛ける。


「そんなに川の近くに寄っていいのか?」

「ああ、もちろんだよ。水場がすぐ近くにあった方が便利だからね」

「そうよ、何か文句あんの?」


 それが正しいと考えるラメスが答え、ミザリーが罵るように牙を剥く。

 確かに水場が近くにあれば便利だろう。しかし、川に馴染みの薄いファスタブルでさえ、雨が降れば川の側がいかに危険か分かる。空を見ても雨雲は見当たらないが、川の源流がある山間部の気候は変わりやすい。たとえそうでなくとも川の側に寝床は作らないし、火は焚かない。2人のこれからの冒険者生活を考えれば指摘する方が正しいだろう。けれども指摘すればまた揉め事が起きるのも必然。流石にそれは憚られるので、ファスタブルは黙って川から離れた木下に陣取る。

 エリーリとトモエもそれは理解してるようで、川と自分達のテントでラメスとミザリーのテントを挟むように寝床を作る。同じく指摘しない所を見ると、ファスタブルと同じ理由か、はたまた既に諦めているのか。


 日も落ちきり、あたりが静寂に包まれた頃。ミザリーが火を炊き、スープを作る横でラメスがまたもや語り出した。

 それは14000年もの前存在した国の話。他の3人は武器の手入れや料理などで忙しく、聞き流す。しかし、ファスタブルは違った。あまりにも身近な話題を切り出したラメスの話を、離れた木の下で比較的真面目に聞き入る。




 ──暑い日差しと砂に囲まれた土地、周りは敵国に囲まれた小さな小さな小国。王子ラスバミアはそこで生まれた。


 ──ラスバミアの元には3柱の守護神がいた。

 1柱は蛇を象った美と技術の神、リセビムイ。

 もう1柱は鳥を象った知識と探究心の神、ハンーナ。

 最後は黒山羊を象った破壊と蟲の神、ヘイセチベレ。


 ──王子ラスバミアは類稀なる武術の才を有しており、己に仕えた3柱の守護神と共に周辺国を討ち、国をどんどん開拓していった。


 ──しかし悲劇は起きてしまう。成果を上げ続ける兄ラスバミアを疎ましく思った妹ヌセキナルは、守護神の1柱ヘイセチベレをその毒牙にかける。狂ってしまったヘイセチベレは悪神に成り果ててしまった。


 ──ラスバミア王子は敵となったヘイセチベレを死闘の果て、何とか封印することに成功する。けれど悲劇は終わらない。もう1柱の守護神、リセビムイが謀殺されたのだ。


 ──犯人は守護神の1柱、ハンーナ。ヘイセチベレがヌセキナルによって狂ってしまった事から、疑心暗鬼となり、殺したのだ。これに深い怒りを覚えたラスバミア王子はハンーナを死者の国、ユザニに追放する。




 ラメスは守護神を失った王子がどうなるか語り続けるが、ファスタブルにはここまで充分だった。これ以上聞きたくなかった。

 ファスタブルは封じられる前の記憶と今の話を照らし合わせて全て理解してしまう。ノワード程の知略や知識が無くとも、あの場に居た者なら分かる。我々3人は嵌められたのだ。本物のラスバミアの兄、ニスカトリによって。


 別に我が悪神と罵られる事は構わない。武神として崇められていた我が、平時では疎まれるのは当然のこと。しかし内政に力を尽くしていたノワードと土地の開拓を行った本物のラスバミアの実績を奪う事は許されない。

 ファスタブルは腹わたが煮えたぎる程の怒りに、全身に力が入り震える。しかし、それを発散する相手は14000年ほど前に死んでいる。今ここで怒っても無駄な事は、冷静ではない頭でも理解出来た。

 それでもファスタブルには、この止まる事を知らない負の感情を抑える方法は知らない。

 ファスタブルは自分の他の4人に席を外す旨を伝える。隠し切れない程の異常をきたした殺気により、場の空気は沈黙するどころか、むしろ生命の危機を感じ取った、人間の早まる鼓動が響いていた。


 その強靭な足をフル活用してファスタブルは大きく距離を取る。辺りは月明かりだけが光源のだだっ広い草原。魔物と思われる生命の息吹が聴こえる。おそらく寝ているのだろう。

 ファスタブルは大きく右足を振り上げ、踵落としという形で己の怒りをぶちまけた。鳴るは轟音、落とされたファスタブルの踵を中心に大地にヒビが広がる。寝ていた魔物は叩き起こされ、愚かなことに安眠を妨害された怒りからか震源地に向かう。反面に強者の魔物はいち早くドス黒い気配に気が付き、震源地とは真逆の方向に逃げた。

 ファスタブルの前に現れた魔物の数は想定していたより少ない。一部の者が逃げたことが伺える。

 そこからはただの八つ当たりだった。


 ファスタブルはまず真っ先に飛び掛かってきたゲル状の魔物を全力で蹴った。ゲル状の魔物は破裂し、辺りに水溜りを残す。

 次に黒い狼の喉を掴み、握り潰す。最初は吠えていたが、空気が足りず声を窄める結果となった。最終的に狼の喉は細く、ひん曲がったものとなる。

 迫り来る魔物供を千切っては投げ、千切っては投げを繰り返す。ひとしきり終わっり、辺りを静寂が包む頃には、到底人の手でやったものとは思えない死体が積み上がっていた。


「心配してくれるのか?」


 ファスタブルの周囲には寄り添うように虫たちが飛んでいた。カスミラの状況報告もあるが、慰めてくれているのも確かだ。


「なに?カスミラにバレて気絶してしまったか。ハハ、一体何をやっている」


 ファスタブルは力無く笑い、気持ちを切り替える。

 虫に戻るように伝え、4人の元への帰路についた。

 気持ちが晴れたわけではない。納得したわけでもない。それでも今と昔は違う。過去の事をいつまでも言っていてはラスバミアに笑われる。少しは前に進まねばならない。


 野営地に戻ったファスタブルを迎えたのは、先程の轟音と殺気に当てられ、2人身を寄り添いながら震えるラメスとミザリー。そして血塗れのファスタブルをジッと見つめるエリーリ。

 そこには轟音でも起きる事が無かった、トモエの寝息がやけに響いた。

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