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蟲の王  作者: 食蟻獣
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5.故郷

 その後、ギルドの職員によって事態は沈静化したが、全員の仲を取り持った訳では無い。最悪の空気のまま5人は依頼について話し合った。

 依頼はゴブリン退治。南西に歩いて1日の所に巣が確認された。予定としては明日の早朝に街の門に集合し出発。目的地付近の森で一泊し、早朝巣に突入。ゴブリンを掃討しギルドに報告して依頼完了だ。街を1日離れること危惧したファスタブルはカスミラに相談した所。


「そこの木箱を奥の左から3段目の棚に上げて。それから床の雑巾がけ、高い所の掃除。それらが全て終わったらいいわよ」


 と、新しく機動力の上がった車椅子に乗り、膝上に薬の材料をあらかた入れた木箱を抱えながら華麗にドリフトを決めるカスミラから、ありがたい言葉を頂く。

 いつか転倒して大変なことになりそうなので、影から虫に監視させて随時様子を報告して貰うようにしよう。時と場合によってはそのままカスミラの目の前に出て手助けする。虫と共に生活することになるカスミラには少々気の毒だが不祥事が起きては目も当てられん。床下と屋根裏。車椅子の裏側にも数匹待機させる。


 掃除と荷物運びを終わらせたファスタブルは翌朝、必要分の食料等を用意し、門の前で腕を組み、もたれかかる形で他の4人が来るのを待ち構えていた。

 早朝という明確に決まった時間ではないので、早めに来たが、その場には誰もおらず他の者が来るまで多少の時間を要した。


 最初に来たのはエリーリ。神官で生真面目な彼女はファスタブルと同じ考えのようで早くに待ち合わせ場所に来る。前日のこともあり2人は一言の挨拶で済ませて、それから一切の会話無し。

 エリーリは少し離れた位置で自身の杖を弄り、ファスタブルは飛んで来た蝶を肩に乗せ、カスミラの様子の報告を受ける。


 蝶からの報告が終わり、他の虫達も集まって来た頃、トモエが待ち合わせ場所に来る。トモエはエリーリに一言挨拶し、ファスタブルを見るなり二度見をして「樹液でも出ているのか……?」と口から溢し、驚愕を浮かべていた。

 トモエは前日と装いが違っており、その長い黒髪を後ろで縛り、黒いインナーに人体の急所を守った動きやすさを重視した鎧を身に纏っている。

 彼女はエリーリとファスタブルの間に立ち、前日に厳格な雰囲気を漂わせた、ファスタブルが蝶と戯れる摩訶不思議な様子に、チラチラと何度も視線を向ける。

 実を言うとエリーリもチラチラと見ている。ヤギの頭骨を被った筋肉質の男が前日とは打って変わり、優しい気配を漂わせながら蝶を肩に乗せる。気にならない方が無理だ。


 それから3人は残りの2人を待った。一刻、また一刻と時間が過ぎる中、エリーリがトモエに話し掛ける。詳しい内容は聞き取れないが、エリーリが頭を下げていることから昨日の騒ぎについてだろう。女の子同士の会話に混ざることはないと、ファスタブルは虫達の他愛ない世間話に耳を傾けていると横から不意に人の声が掛けられる。


「昨日はすみませんでした!あんな侮辱するようなことを言ってしまい……」

「騒ぎの原因を作ってしまった私にも非がある。申し訳なかった」


 エリーリとトモエはファスタブルに頭を下げて謝る。先程2人で謝罪を済ませ、その流れのままファスタブルに謝ったのだろう。2人が近づいたことによって飛び立ってしまった蝶達を尻目に、ファスタブルは自身の考えを打ち明ける。


「エリーリよ、それに関しては我も済まなかった。少なくとも神官の前で口にする事では無かった、許せ。トモエに関しては謝る必要など無い。我も少々腹を立てていた。あのまま続けばラメスには、ご所望の地獄を見せていたであろう」


 エリーリとトモエはファスタブルの思わぬ返しに顔を見合わせてクスクスと笑い合う。その様子に不安を覚えたファスタブルは慌てる。


「わ、我は何か間違ったことを言ったか?」


 表情が見えずとも、慌てた様子を感じ取った2人はもう一度顔を見合わせて笑う。ひとしきり笑った後、彼女達は謝罪の言葉と共に理由を説明した。


「すみません、ファスタブルさんの事、誤解してました。こう……もっと怖い人かと」

「ああ、私もだ。まさか気遣われるとは思わなかった」


 その後、エリーリとトモエはファスタブルの比較的近くで談笑する。髪の手入れの話から始まり、街のオススメの店、それから故郷の話。

 ファスタブルは故郷の話に思う所があり、細々と語り出す。決して大きな声では無かった。それでもエリーリとトモエの談笑は鳴りを潜め、辺りには低い声が響き渡る。


「我の故郷は少しの草木に少量のオアシス。周りを砂に囲まれた所だった」


 目を閉じれば今でも感じる。砂は暑い日差しに焼け、照り返しにより鉄板と化す。陽炎が揺らめく雄大な砂地が広がるそこで、ちっぽけな存在であった我は生きる為にに戦い、酒を酌み交わしては守る為に戦う。

 共に過ごした蟲達(家族)に、背中を預けれる友。あの場で守っていた民は朽ちども、不老の我は変わらぬ。

 我は忘れないで覚えていられる。


 あの生き辛い土地を


 あの生きることに必死だった日々を


 あの遍く全ての笑顔を


 確かに最後は苦しく、辛いものであったが、それでも幸せだった。あの場所(ゴミ溜め)で生きることを諦めなくて良かった。我はあの国が好きだった。

 だから────


「帰ってきた時、そこに故郷の面影が無かったのは寂しくあった。人が生活しやす────


「おーーい!いや〜ごめん、ごめん。遅れちゃった」


 ファスタブルの語りに突如乱入して来たのはラメスの声。つい聞き入っていた2人の観客は声の主を恨めしそうに見るが、既に口を閉ざして語る気の無いファスタブルを見るや否や、やるせない気持ちになって諦める。

 ミザリーに関してはラメスの陰に隠れ、挨拶も無ければこちらを見もしない。

 既に早朝とは言い難い時間帯に来た2人だが、このままだと遅れると他3人を急かす。先程までの空気とは打って変わり殺意が剥き出しになるほどの険悪な雰囲気。ファスタブルは深い溜息を吐き、小走りの4人の最後尾をついて行く。

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