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蟲の王  作者: 食蟻獣
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4.結論、文字は覚える

「はい、それでは登録は完了致しました」


 ファスタブルは冒険者ギルドに来ていた。

 盗賊との戦闘後、カスミラにこっぴどく叱られたのち、すんなり街に入れた2人は二手に別れた。


 カスミラは私腹を肥やしていた領主の娘とは思えないほどの逞しさを見せ、自宅から持ち出した高級品を換金し、質素な自宅を購入。培った知識と傷を癒す魔具で、病院に中々行けない人のための街の診療所を開くと言いい、その車椅子を巧みに捌き、準備をしている。

 魔具とは魔力を使う事で効果を発揮する便利な道具で、市民では手の届かない高級品だ。ファスタブルはその話をカスミラから聞いた時は、自身の魔力が無いことをこの上なく恨んだ。


 特に力仕事も無く、街中では比較的安全で仕事の無くなったファスタブルは、カスミラから、登録金を払えば誰でもなれる冒険者なる職業を聞き、その登録に来ていた。


「冒険者の概要の説明は必要ですか?」

「頼む」


 実を言うとファスタブルは冒険者というものがよく分からずに冒険者になった。一度カスミラに説明を受けているが、用語が理解出来ずになんとなくでしか理解していない。それでも遠出をし、様々な人との交流がある事だけは分かったので、冒険者になろうとしたのだ。


 受付の話は分かりやすく、ファスタブルの疑問にも丁寧に対応し、とても助かった。要約すると依頼者の要望に応えれば金が貰える。他にもランクや規則の話もあったが、ファスタブルはその程度の認識しか無かった。

 周りからはファスタブルの服装や無知さ故に田舎者と馬鹿にする声も聞こえるが、今は気にしない。それよりも早く依頼を受け、少しでもラスバミアの情報が欲しいのだ。


 依頼の貼られる掲示板にファスタブルは向かい、今の自身で受けられる依頼を探す。

 しかし、ここで問題が起きる。字が読めないのだ。

 首を傾げてみる。急に文字が読めるわけない。

 紙を持って逆さにしてみる。文字が変わるわけない。


 10000年以上も世俗に触れなければ文字も読めないのは当然のこと。確かに変わらないものもあったが、昔とは文化も文字も何もかも違うのだ。

 せめて文字も昔のままなら、とファスタブルは考えるが、たとえ文字が昔のままでも学の無いファスタブルでは読む事は出来ない。

 色々思い出して落胆するが、言葉は通じる。今はそれだけでも良かろう、と自分の気持ちにケリをつけた。


 しかし、そこには筋骨隆々な男が仁王立ちで固まるという奇怪な光景が繰り広げられているのに変わりはなく注目を集めているのは確か。

 騒ぎを起こしてはカスミラに迷惑が掛かる。雇い主を困らせないように今日は帰ろうとした時、声がかかった。


「なあ、アンタさっきから見てたけど困ってるなら俺のパーティに入らないか?」


 話しかけて来たのは比較的新しい革の装備に長剣を腰に携えた金髪の青年。年齢も若く、冒険者になって日が浅いことが伺える。


「丁度、前衛が1人欲しかったんだ。冒険者になりたてで困ってるだろうから先輩として助けようと思ってね」


 いくらファスタブルでも金を払うだけでなれる冒険者がならず者の集まりだということは分かる。それなのにこんな優男が冒険者になるのは世も末なのか、はたまた英雄願望か。安物の新しい装備で先輩面するあたり後者だろう。正直に言えばあまり関わりたくない人種だ。しかし、文字の読めないファスタブルは依頼を受けることすら出来ない。カスミラに読んでもらうなり、教えてもらう選択肢もあるが、忙しなく動き回るカスミラに頼むのは憚る。


「…………話を聞こう」


 故に自分でなんとかするしかなかった。

 青年に手招きされて3人の女性が座るテーブルに案内される。ファスタブルは差し出された椅子に座り腕を組みながら、青年の仲間だと語る2人を眺めながら青年らの自己紹介に耳を傾ける。


 青年の名はラメス。冒険者になりたくて農村から街に出てきた彼は、自己紹介と共に自身の夢を語っている。どうやら伝説に語られる勇者を夢見ているらしい。全く聞いた事の無い話だ。我が封印された以降の話だろう。

 そしてそれを熱心に聞くのは漆黒のローブを纏った術師の少女で、名はミザリー。どんな魔法を使うのかとても気になるが、ラメスの英雄譚に対する熱烈な思いを熱心に聞いているため口を挟むのは野暮だろう。どうやら2人は幼馴染で同じ頃に村を出て恋仲にまで発展しているとのこと。

 幼馴染と聞いてファスタブルは自身の幼馴染を思い出す。とは言っても人と対して関わらなかったファスタブルの幼馴染など2人しかいない。初恋の上司と捻くれた占い師の少年。どちらも大切な人物で会いたい人物でもあった。しかし今は関係のないこと。思考を切り替える。

 神官服に身を包んだ少女、エリーリは熱心にラメスの話を聞くミザリーとは反面、呆れた様子で溜息をつき、ギルドに併設されている酒場の店員に追加で飲み物を注文する。エリーリは1つ前の街から共に行動しているようで、ラメスの夢の話が長いことを知っていてウンザリといった様子。軽い自己紹介をしたのち、店員から受け取った飲み物をちびちびと口にする。

 最後に他の3人と少し離れた位置に座って黙々と食事をする白雲トモエ。彼女も先程ラメスの誘いを受けたらしく、刀と呼ばれる剣を腰に携え一言で自己紹介を終わらせた。


「我の名はファスタブル。訳あって顔は見せることは出来ない。少々世俗には疎いが、よろしく頼む」


 ラメスとミザリーが聞いているかは分からないが自分の番になったためファスタブルは自己紹介をする。

 しかし、全員の自己紹介を終え、1つの疑問が浮かぶ。さっきから横で煩いラメス自身をモデルにした妄想英雄譚もいよいよクライマックスだが、血と糞尿が飛び交う戦場を知らないラメスが考えた幼稚なそれは、過去の戦を知るファスタブルの癇に障る。疑問に答えて貰うべくラメスの話を打ち切る。


「ラメスよ。前衛2人に後衛2人、随分バランスの良いパーティではないか」

「いや〜、確かにそうなんだけど。男ならわかるだろ?女の子を前に出すのは気が引けてね」


 ラメスはファスタブルの近くに寄り、小声で語りかける。ラメスは英雄願望が強いのに対して武人の事は何一つ知らないらしい。女という理由で後ろに下げられる剣士のトモエは、よく見れば足が小刻みに震えており、手を血が滲み出るほど握りしめている。内心は怒り心頭。ファスタブルがパーティに参加するのも納得いかないといった様子だ。


「そんなことより自己紹介の続きは?」


 やはりラメスはファスタブル自己紹介を聞いておらず、とぼけた顔をしている。仕方なくファスタブルは先程と寸分違わない自己紹介をする。


「え〜、俺たちの仲だろ?チラッとでいいからその骨外してよ〜」


 ラメスはファスタブルの肩に手を回しそんなことをほざく。流石に好奇心が過ぎる。一度本気で地獄を見せようと床下にに潜む虫に指示を出そうとしたその時────


「いい加減にしろ!私は依頼の話をしにきたのだ!貴様の妄言を聞いている暇など無い!!」


 トモエが遂に限界に達した。おそらくファスタブルが来る前の自己紹介で一度ラメスの妄言譚を最後まで聞いたのだろう。血が出るほど耐えていたトモエだったが、席を立ち上がりラメスを叱る。

 その剣幕にヘラヘラしていたラメスも気持ちを入れ替えて依頼の話をしようとしたが、牙を出したのはもう1人の方。


「何よアンタ!このパーティのリーダーはラメスなのよ!リーダーには大人しく従いなさい!」


 ミザリーは彼氏が叱られたのがそんなに琴線に触れたのかトモエに敵意を丸出しにしながら胸ぐらを摑みかかる。既にパーティ内の空気は最悪。この仕事が終わったらカスミラに文字を習うとしよう。


「お、落ち着いて下さい。え、えーと。ファスタブルさんから神性を感じます!ファスタブルさんは神に仕える神官だったりしますか!?」


 一発即発の2人の剣幕に押されて強く出れないラメスに代わり、場を鎮めようと話題を切り出したのは神官のエリーリ。ラメスは助かったと言わんばかりにエリーリの側により、一息つく。


「昔、幼馴染と共に力を求めて神の試練を受けた。神性はそこで得た力のことだろう」

「私利私欲のために神の試練を……なんと傲慢な……」


 ファスタブルはエリーリから侮蔑の目を向けられたのを敏感に感じ取った。ゴミを喰らい、育った自分は薄汚いと知覚しているため、どれだけ罵られようと構わない。しかし、彼女の言い分では幼馴染の2人のことも罵倒している。ファスタブルにはそれが許せなかった。ファスタブルはエリーリに強烈な殺意を送る。


「ひっ……!」


 エリーリは小さな悲鳴を上げ、すぐ近くにいたラメスに抱きつく。エリーリの女性としての部位を押し付けられる形となったラメスは強気になり、殺気を送るファスタブルの前に立ちはだかる。

 周辺ではトモエとミザリーの罵り合いが続いており、酔っ払った冒険者共が賭け事を始める始末。

 ファスタブルとラメスの睨み合いにも即座にオッズが貼られ投げ銭まで行われる。


 結局この事態はギルドの職員が数人がかりで止めるまで続いた。

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