3.我、足止めを食らう
荒々しい風が吹き荒ぶ草原。風は草木を揺らし音を奏でる。春の陽気に近いその気温は昼寝をするのにピッタリで、争いごとなんて無視して虫たちと戯れていたいそんな昼。邪魔者が現れた。
「そこのお二人さん。金目の物を置いてきな」
「荷物を全て差し出すのなら男の命は取らないでおいてやる」
「女の方は気の毒だが俺たちと楽しい食事をしてもらうけどな」
2人を取り囲んだ男どもは俗に言う盗賊。数は両手で数えれる程度だが、馬に乗っており武器を携えている。森を出た瞬間に襲われたことから前々から目をつけられていたのだろう。盗賊は下衆びた嗤いを浮かべながら舌なめずりをする。
遠目には目的地の街が見えているが、この距離ではこちらの姿が見えるかどうか。距離の問題もあり助けは見込めない。
「この時代の賊は随分と優しいものだな」
「虫!虫だけは止めなさいよ!!」
ファスタブルは少々面倒な雇い主に了承の意を伝え、一歩前に出る。
「へへ、武器も持ってな────」
その男には喋る時間、考える時間、痛みを感じる時間。その3つを与えられなかった。一陣の風と共に起きた出来事はその場にいた者の動きを止める。既に男の胴体と首は懸け離れた位置にあり、その男が死んだと理解するのに時間は必要ない。それでも周りが行動を起こすのには時間を要した。
「────こ、殺せぇ!!」
怒り。それは人間が持つ1種の感情。怒りは行動源となり、時に異常な強さを発揮する。逆境にある立場ならそれは絶大な効果をもたらしただろう。しかし、悲しいかな。怒りはその強い感情から人間の生物特有の本能を薄れさせる。
故に怒った盗賊は判別出来なかった。手を出すことを許されない相手を。
ファスタブルに真っ先に飛びかかった勇気ある者は一瞬で腹を裂かれた。それに臆さずに馬ごと突撃してきた2人目の勇気ある者は、馬から引き摺り下ろされ、ファスタブルの蹴りによって頭が爆ぜた。
この時点で賊は悟る。自分たちは逃げるべきだったと。けれど時既に遅し、既に賊の命はファスタブルの手の上。蟲の王は自分から仕掛け、逃げる者は許さない。もはや盗賊に助かる手段は皆無だ。
ファスタブルの意思によって選出された1人目の無謀な挑戦者は、馬で既に逃げている者。鋭く前に跳躍したファスタブルによって襟首を捕らえられ、馬から転倒する。落とされた男は股座を濡らし手元にあった石を投げるが意味が無い。男の四肢が引き千切られ、鮮血が青々と生い茂る草を紅葉させる。
次にファスタブルはバラバラの方向に逃げ出した3人の賊に、先程手に入れた肉塊を投げつける。鍛え上げられたその肉体から放たれる手足と頭は弾丸となり馬の脚をへし折る。地に倒れ伏しても、それでもなお逃げ続ける3人をファスタブルは放置する。
「動くな!この女を死なせたくなければ、ゆっくり地面に伏せろ」
残った1人は行動力があった。カスミラの喉元にナイフをチラつかせ、ファスタブルを脅迫する。怯えたカスミラの目はファスタブルに選択の余地を与えない。
ファスタブルは両手を上げ、ゆっくり膝を地に降ろす。
「そうだ。そのまま──いっ!」
盗賊の足には数匹の蟻が噛み付いていた。しかし男はその痛みに耐える。少しでも気を逸らせば目の前の死はすぐに襲って来るからだ。幸い大量に分泌されたアドレナリンによりそこまで痛くない。だから男は耐える。震える手を押さえつけて、明確に形となった死の恐怖から目を逸らさずに。必死に全神経を耐える事だけ考える。
だから直前まで気が付かなかった。自身の視界が黒く染まるまで。既に男の身体全身は蟻に侵食されており、無数の蟻によって肌の色が消えていた。
「あ、あ、ガアアアアアア!は、離れろ!離れろ!
──痛っ!痛い、痛いぃ!!死ね!この虫如きが!!」
一度知覚してしまえば痛みを忘れることは出来ない。1匹足りとも蟻が付着してないのにもかかわらず、金切り声を上げて気絶したカスミラとは対照的に男は痛みで気絶することを許されず全身を覆う蟻によってミイラと化した。
男を襲った蟻はヒルカアリ。他の蟻と比べ、顎が発達してない代わりに鋭い牙が付いており、生物の血を主食とするこの蟻は、その牙を獲物に刺して血を吸う。
ファスタブルは立ち上がり、車椅子の上で気絶したカスミラを眺めて後で謝らなくてはと少し反省する。
遠くで聞こえる3人分の悲鳴をBGMに蟲達は7人分の死体の食事でパーティーを開催する。ファスタブルはその様子を微笑ましく眺めながらカスミラの目覚めを待った。
後書きでは登場した実在しない虫の紹介でもしていきます。
1、ヒルカアリ
生物の血を主食とする蟻。他の蟻と比べ、顎が発達してない代わりに鋭い牙が付いており、その牙を獲物に刺して血を吸う。
まあ、簡易なものですが種類が増えれば共存や天敵も書けたらいいなと思ってます。
次回は書く内容は決まっているので割と早く投稿出来ます。