2.我の目的
異臭の漂う暗き底のゴミ溜め。少年はそこにいた。
いや、そこに捨てられた。
親からは気味が悪いと言われ、周辺の者からは暴行の日々。虫の言葉がわかるだけで少年は不幸の道を歩んだ。
けれど捨てられた少年は1人ではなかった。少年のいたゴミ溜めには虫がいたからだ。虫の言葉がわかる少年は虫と友になり、食べれる物を探す毎日。少年はそんな日々に苦しくとも虫たちと共に生きていた。
だが限界は来る。土を食い、苔を食い、腐った何かすら食べたが、口に入れられる物が無くなった。最初の頃に会った虫達は死に絶え少年は孤独。人は食い物があれば生きられる。人は1人じゃなければ耐えられる。少年はその2つを失ったのだ。
少年は最後の足掻きに歩いた。食べ物を探して。歩いて、歩いて、歩いて、歩いて、歩いて、歩いて、歩いて、歩いて、歩いて、歩いて、歩いて、歩いて、歩いて────
そして倒れた。身体は言うことを聞かず、地に倒れ伏すのみ。もう終わりだ、少年がそう思った時
「おい、貴様。大丈夫か?」
1つの声と手が差し伸べられた。
歩き続けた結果、ゴミ溜めの出口付近に来たのだろう。そこには1人の少女がいた。
少女は少年と同じぐらいの歳頃で、如何にも高級な服を凛々しく身にまとっていた。それでも少女は衣服が汚れるのを気にせず、その美しい手を少年に差し伸べる。
少年にはそれが雲の上の存在に感じ、眩しくて見れなかった。それでも生きる為に差し伸べられた少女の手を弱々しく汚れた手で掴み取る。
これが少年の初恋と呼ばれるものだった。
「む、夢……か」
ファスタブルは木に預けていた体を起こし、背骨を鳴らす。封印されていた時とは違い、朝日を全身に浴びることに慣れていないため少し不思議な感覚に戸惑う。
しかしこれまた懐かしい夢を見たものだ。ラスバミアが死んだと聞いて少々気が滅入ったか。
「起きたのなら身体を起こすのを手伝ってもらえるかしら」
ファスタブルは不意に聞こえた聞き覚えのない声に驚く。しかしすぐに前日のことを思い出し、自分と対等の契約をした雇い主の元に向かう。
「許せカスミラ。少々長く浸っていたい夢を見ていてな」
「あら、もしかして想い人の夢?」
「…………」
沈黙は肯定だが、ファスタブルは気恥ずかしくて黙り込むしかなかった。ファスタブルは横になっていたカスミラの身体を横抱きにし、馬車の車輪と木製の椅子で作った簡易的な車椅子に乗せる。
その後、荷物から食料を取り出して食事の準備をしたのち、カスミラの元まで運ぶ。
「それで目的にはあとどれぐらいで着く」
「それならあと1日もあれば着くわ」
既に2人はラサグアの街を出ており、人のいる隣町に向かっていた。本来ならばファスタブルの操る巨大な蟲に乗れば短い道のりなのだが、魔物と間違えられては大変な上、カスミラが悲鳴を上げて嫌がったので却下となった。
「またアレを見せてはくれぬか」
「また魔法?無限に使えるわけじゃないんだけど」
カスミラは文句を言いつつも短い単語と共に手のひらに水の槍を作る。それをファスタブルは新しいオモチャを貰った子供のように目を輝かせながら眺める。
この魔法というもの。我の時代には無かった代物。カスミラが言うにはこの水を操る魔法の他に火や風を操るものまであると言う。どうやら我が封印されてから2000年後辺りから発達した技術で人間に存在する魔力と呼ばれるエネルギーを消費して使用するらしい。呪い師や占い師なんかは見て来たが、この魔法という技術は素晴らしく見てて飽きない。
「……やはり我も魔法を使いたいな」
「昨日の晩にも言ったけどそれは無理。だって貴方の魔力少な過ぎるもの。魔法を使うよりもその自慢の筋肉を使った方が強いわよ」
やはり希望は無かった。しかも筋肉を使えと言っているあたり意地でも虫は見たくないらしい。虫が嫌いだと知ってはいるが、蟲の王からすれば少し悲しいものがある。
「それよりも貴方はこの旅の目的は決まったかしら?」
旅の目的。それはカスミラが街を出て行くときに決めたこと。カスミラは親と同じ過ちを犯したくないため、まずは1人でも生活できるようになり、民衆の生活を経験してこれまでの考えを改めたいと語った。ただ自分だけ宣言するのは不公平だから我にも強要してきたのだ。その場では考えておくと答えたが我の答えは既に決まっている。
「我はラスバミアを探す。アイツを知る我からすれば、やはり死んだとは思えん。アイツの生きた痕跡を探そうと思う。後世に男として伝わっている理由も知りたいしな」
「そう、なら道すがら情報も集めましょ。私が1人で生活できるようになるまでだけど探すのを手伝ってあげるわ」
「そうか!それは有難い。だが当分はこの時代に慣れることが先決だ!」
我は目覚めてから人に恵まれた。我に知識を与え、共にラスバミアを捜してくれるというこの心優しい少女は誠に好感が持てる。雇われている以上絶対に護衛は果たすが、その仕事にも一層気合が入る。
食事を終えた2人はファスタブルがカスミラの乗る車椅子を押す形で目的の隣町に向かった。
□
昼間の酒場。まだ陽の高い時間なのに酒を飲む輩がそれなりに多い中、そこには1人の美しい女性がいた。店の角で静かに食事をする女性は、酔っ払いの怒号が響く店内では異質でとても目立っていた。その容姿も相まって酔った荒くれどもに声を掛けられてもおかしくは無いが、誰もそれをしようとしない。この街にいる者は知っているのだこの女性に手を出してはいけないことを。
そこに髪をかきあげたチンピラのような男が入ってくる。
「姉御!姉御〜!!」
男はそう叫びながら酒場の角の席に座る1人の女性の元へと駆け寄る。
「姉御!!大変です!非常に不味いです!!」
「そう叫ぶな。ここまで近くなら聞こえている」
それは失礼しました、男はそう言い口元に手を添えて小声で喋り出す。
「実は先程街に戻ってきた商人から聞いたのですが隣町から人が全員忽然と消えたらしいんです」
「それはラサグアの街か?」
「はい、よくわかりましたね。隣町なら北にも東にもあるのに……」
女性は食事の手を止めないまま少し考える。そして言っていいと判断したのか質問に答えた。
「なに、少し心当たりがあるだけだ」
「ああ、道理で。いつもならオイラの情報は疑いますもんね」
「それはお前が何の裏付けも無いのに毎回情報を持ってくるからだ。わざわざ振り回される私の気にもなれ」
溜息を着く女性に反して頭を下げながらすみませんと男は謝る。
「それでは私はもう行く。会いたい人が居るからな」
「へい、了解しました」
女性は店主に代金を払い、その場を後にした。