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蟲の王  作者: 食蟻獣
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9.命の価値

 遺跡の中は石で出来た冷ややかな空間。時間が経って風化しているのだろう。所々に穴や隙間が空いており、強い衝撃が発生すれば、今すぐにでも崩れてしまいそうだ。

 先頭を歩くのはラメス。続いてラメスに引っ付くようにミザリーが歩く。そしてまるでデートのような2人の空間を壊さないように気を使いながらエリーリが後ろに着く。トモエとファスタブルは最後尾で、背後を警戒しながら進む。先頭の2人以外の3人は声を発することはせず、5人分の足音とラメスの無駄話が反響する。


 5人は遺跡の奥に進む。しかし、いくら進んでも魔物が出ない。階層を1階下がり、かなり奥に進んだ時だった。ラメスは不安に思い、相談しようと立ち止まり──


 カラン、カラン


 音が響いた。

 足元を見るとミザリーの足に細い糸が絡んでいるのが見える。糸の続く先を目で追っていけば乾いた木の小板が確認できた。簡易的な鳴子だ。

 鳴子の音を合図に周囲の穴や隙間から、深緑の肌の色をした醜悪な風貌の小人が溢れんばかり現れる。その手には短剣や棍棒などの武器が握られており、明らかに鳴子が罠だと物語っていた。

 ファスタブルは冷静に大きく後退し、これがゴブリンかと理解する。鳴子が鳴った瞬間に身構えたトモエは囲まれながらも、周囲のゴブリンを苦し紛れながら、処理をしている。


 しかし、不意を突かれる形となった前の3人は違った。

 エリーリはゴブリンの短剣や爪に神官服を裂かれる。必死に杖で抵抗するも、ゴブリンの数による暴力で、その白い肌に傷が付く。

 ミザリーは頭上から棍棒の一撃をもらい、地に倒れふす。ゴブリンはミザリーの元に殺到し、身包みを剥いでゆく。朦朧とする意識の中、ミザリーは必死に抵抗するが、服を全て脱がされ、ゴブリンの汚らしいソレを自身の肉を掻き分けながら突き刺された感覚に、強い脱力感と絶望感を感じ、抵抗を諦めてしまう。

 ラメスはミザリーをなんとしても助けようと、狭い通路の中で、必死に長剣を振るう。自分が傷つくのを顧みず、ミザリーの周囲のゴブリンを1匹、また1匹と息の根を止める。ゴブリンの血により、剣は鈍り手元も滑る。ラメスは剣を投げ捨て、素手でゴブリンをかき分ける。やっとの思いでミザリーの元へ辿り着いたラメスは、抵抗無くゴブリンの抱擁を受け入れるミザリーを見てしまった。目を疑う光景にラメスは膝をつき、ゴブリンの一撃を無抵抗で受け入れてしまう。


「エリーリ!」


 トモエは近くにいたエリーリのフォローに入る。かなりのゴブリンが、ラメスとミザリーの元に行ってるのもあり、エリーリは難を逃れる。それでも数え切れないゴブリンに囲まれているのに変わりはなく、状況を打破したわけではない。


 ファスタブルは周囲の状況を把握し、まだ全員生きていることと、優先順位を理解した上で、比較的戦えているエリーリとトモエを助けに向かった。


 ファスタブルは遺跡が崩れないように手加減しながら、手始めに飛び蹴りで戦場に乱入する。片手で数えれる程度のゴブリンが吹き飛び、肉塊とかした。ゴブリン達は正面に立ちはだかった、ファスタブルに標的を定め、一斉に飛びかかる。

 しかし、敵わない。ファスタブルは飛びかって来たゴブリンの頭を拳1つで吹き飛ばす。足元に迫ったゴブリンは足を振り上げ、天井に赤きシミを作る。振り上げた足はそのままゴブリンを踏み砕き、両手は届く範囲の首を刈り取った。


 ゴブリンが床を埋め、視界が狭まる中。トモエはファスタブルの戦い方を見て戦慄した。この場で唯一武術の心得のある彼女は理解したのだ。

 通常、戦闘において腕の立つものは、何かしらの武術を習得しているか、その人なりの戦い方のクセや技術がある。しかし、ファスタブルにはそれが見当たらないのだ。その拳は雑で、その蹴りは無駄が多い。まるで癇癪を起こした子供の喧嘩だ。近くに敵が来たらその手で叩く、足で蹴る。ただそれだけなのにファスタブルは、この数のゴブリンを手間取ることなく処理し続ける。それを成し得ているのは驚異的な身体能力があってこそだ。

 故にトモエは理解した。それだけの身体能力がありながら、ファスタブルに武術の才能が無いことを。恐らくその肉体は話で聞いた、神の試練で手に入れたものだろう。元々はその非才に戦うことすら出来なかったはずだ。


 どれだけ時間が立ったか分からない。ゴブリンを殺し続けていると数が減っているのが目に見えてわかる。ゴブリン達が撤退しているのだ。

 その場にいるゴブリンを全て殺し尽くした頃には場に静寂が浸透し、ラメスとミザリーの姿が無かった。食料や孕み袋として奥に連れていかれたのだろう。

 死闘の果てに憔悴しきったエリーリとトモエは地べたに座り込み、休息をとる。


「ハァ、ハァ、助けて下さりありがとうございます。けれど何故私たちから助けたんですか?ファスタブルさんの実力なら全員助けれた筈です」


 エリーリが純粋な疑問をファスタブルにぶつける。確かに、エリーリの元にはトモエがフォローに入り、なんとかゴブリン達を凌いでいた。ファスタブルがラメスとミザリーの命を助けてからでも充分間に合った。ファスタブル自身もそれを理解していた。それでも助けなかった。


「それは彼奴らを助けるほどの価値が無かったからだ」

「…………ファスタブルさんは命の価値で優劣をつけるのですか?」


 エリーリの瞳が変わる。彼女は信仰に準ずるもの。一体何の神に仕えているかは知らないが、人の命に優劣をつけることはタブーだったのだろう。


「質問に質問で返すようで悪いが、エリーリよ。貴様は道を歩くとき、いちいち足元の蟻を踏まないように歩くか?」

「?いえ、流石にしませんが」

「それと同じ事だ。貴様はわざわざ蟻を助けるほど、蟻に価値を感じていない。我は”生きることを諦めた”奴らを助けるほど価値を見出せない。それだけだ」


 ファスタブルはエリーリにとっての道端を歩く蟻と、自分にとってのラメスとミザリーは同価値だと語る。正確には”生きることを諦めた”がファスタブルには重要になるが、エリーリには関係なかった。

 けれど命を助けて貰った手前、エリーリは何も言えずに黙り込む。ファスタブルの考えは理解はしたが、納得は出来ない。


「ファスタブル殿。貴方は一般何者なんだ」


 ファスタブルの異質な戦い方と思考を見聞きしたトモエは、自身の思考の内を不意に言葉にしてしまう。自身が言葉を発してしまったと気がついたトモエは口を紡ぐが、既にファスタブルの返答は帰ってきた。


「さてな。我も判らん。悪魔、魔物、ケダモノ、守護神、武神。──最近だと悪神と呼ばれたな。

 好きに捉えろ。我は気にしない」


 そう語ったファスタブルの微かに見える口元は、自傷気味に笑っていた。

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