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アヴィスフィア リメイク前  作者: 無色。
一章 皇女の軌跡
9/55

俺、団長の妻になりました!

 木漏れ日が差し込む部屋の中、一人の美女が愁いを帯びた表情で未だ眠りこける美少女を眺めている。


 とても絵になる幻想的な光景なのだが、その美女の表情が冴えないのが少々気になる。


 彼女の名はラヴィニス。金髪碧眼のクールビューティで、凹凸のはっきりとした肢体を持つ女性だ。


 そして、未だ眠りこけている美少女こそが彼女の主、アイヴィスである。


 幸せそうにスヤスヤと眠る彼の世話を焼くうちに、どうやらラヴィニス自身も隣で眠ってしまったらしい。


 そのせいか、彼女は先程まで不思議な夢を見ていたのだ。


 そしてそこで見た夢こそが、その端正な顔を曇らせている原因なのである。


 とても暖かくて心地の良い夢。そこでラヴィニスは”イサギに酷似した男性”をアイヴィスと呼び、甲斐甲斐しく彼の世話をしていたのだ。


(見たこともない人だった。それなのに、頭から離れない。昔から知っているような気もするし、全然知らない気もする)

(何故だろう、何故私はイサギ(あの人)の事をアイヴィス様と呼び、お世話をしていたのだろう) 


 それだけではない。さらにその場には何故か”大人になったアイヴィス”のような美女が居て、自身はその女性を”すず姉”と呼んでいたのである。


(それに――)


 先程の記憶がよみがえり、ラヴィニスの顔は徐々に朱く染まっていく。


 ――裸だった。それは見事なまでに生まれたままの姿だったのだ。


 彼女の朱に染まった顔は、今や熟れた林檎のようになってしまっている。


(あ、あああ、あんな卑猥な……。わっ、私はなんてことを……!)


 その後の()()()を思い出したのだろう。ポンッという爆発音しそうなほど顔を紅潮させたラヴィニスは、その赤ら顔を両手で隠し、首を大きく左右に揺すりながら身悶えている。


「ん、んぅ……ラヴィニス? ど、どうしたのっ!? か、顔が真っ赤じゃないか! もしかして体調が悪いんじゃ――」

「ふぁぁっ!? あ、あああ、アイヴィス様! だ、大丈夫です! 大丈夫なので、その。お、お顔を放して頂けるとありがたいのですが……」

「むむ? あ、あぁ。ごめんね、急に。でも大事が無いのなら良かったよ」

「……は、はい。ありがとうございますぅ」


 目を覚ましたアイヴィスこと朱羽夜が起き抜けに最初に目にしたのは、顔を真っ赤にして両手で抱える理想の嫁の姿だった。


 当然彼はその様子を訝しみ、焦り、すぐさま声を掛けた。それと同時に心配をして、彼女の上気した額に自身のものを押し付けたのだ。


 突然のスキンシップに気の抜けた奇声を放つラヴィニス。


 その声がそのまま行動に現れ、あたふたと両手をばたつかせている。早口に捲りたてるが後半は先細りし、しまいには霞むような声になってしまっている。


 ラヴィニスが狼狽している姿をみて、初めて自分が何をしてしまったのかを自覚し謝罪する朱羽夜。


 そんな彼の対応に対し少し残念そうに、それでいて安心したような表情を浮かべるラヴィニス。


 複雑な乙女心など男である朱羽夜には分からなかったのか、キョトンとしているのが印象的だ。


「そっ、それでアイヴィス様。ご気分は如何ですか?」

「んー、問題ないかな。ちょっと、変な夢を見てただけだよ」

「アイヴィス様もですか? 私も実は、変わった夢を見たのですよ」

「あれ? そうなの? 偶然だねぇ」

「本当ですね。ちなみにアイヴィス様は、どのような夢を見られたのですか?」

「いやそれが変な夢だなと思っただけで、その内容まではよく覚えてないんだよね。所長とラヴィニスが居て、なんか心地よい夢だったようなー?」

「……そうなのですか」


 ホッとため息を吐くラヴィニス。しかし朱羽夜はそんな彼女に、巨大な爆弾を放り投げる。


「あ! そういえば、すごく気持ちよかったよ。すっきり? ていう爽快感を味わったというのかな? そうだね、何やら溜まっていたものが一気に解放されたって感じだよ!」

「ぶふぅっ! ……ゴホッ、ケホッ」

「ちょっ! だ、大丈夫、ラヴィニス?」

「だ、だだだ、大丈夫ですから! ホント、本当に大丈夫ですから。近くに、来ないでぇ……」


 爆弾が直撃したラヴィニスは、肺に残った空気を盛大に全て吐き出したせいで、咽てしまったらしい。


 慌てて朱羽夜が近寄ったのだが、彼女は顔をグルリと後ろに向け手をバタつかせながら抵抗している。


 よく見れば、目端にうっすらと涙を貯めているのが分かる。


 その上狼狽し過ぎているせいで敬語が崩壊しているのだが、彼女に気付く余裕は無さそうである。


 当然言った朱羽夜は首をコテンと横に曲げている。今はアイヴィスの姿なので、とても愛らしい。


「我があるじよ、目覚めましたか」

「ん? おお、キミは――。……えーと、何て呼べば良いかな?」


 話の区切りが付いたと判断したのだろう。部屋の扉の前に佇んでいた、一体の人形が朱羽夜に声を掛けた。


 彼は突然知らぬ声に主と呼ばれキョトンとしたが、すぐさまその正体に気が付いたらしい。


 自身を助けてくれたその存在に感謝を述べようとしたのだが、そもそもその名すら知らなかったのだ。


「私に名はありません。故に、主の好きな名で呼んで下されば幸いです」

「むむ? ……うーん。キミは以前の記憶ってあるの? なんて言えば良いのか分からないけど、樹木の記憶っていうのかな? 昔、樹木には魂が宿るとか聞いたことあるんだよね」

「そうですね。千年を超える大樹の中には、精霊が生まれることで稀に意思を持つ者も現れます。ですが私の素体はまだ若木だったので、そのようなものはないようですよ」

「となると、キミを”加藤”と呼ぶのは何か違う気がするな……」


 好きな名で呼べと言われ困惑する朱羽夜。主と言われても実感がないし、勝手に名前を付けるのも如何なものかという躊躇もある。


 物にも意志は宿る。そしてこのアヴィスフィアでは、”付喪神”ではなく”精霊”がその席に着くのだ。


 今回の件においては木から生まれたわけでは無く、木に交霊した形となるため、本体はあくまでも精霊側となるという訳である。


「あれ? そういえば、キミって一体何なの?」

「えっ!? な、何なの、ですか……?」

「あ、いや。どういう存在なのかと思ってね。キミときちんと話したのは、今が初めてだろ?」

「なるほど。確かにその通りです」


 暫し思考の渦に飲み込まれていた朱羽夜ではあるが、「……あれ? でも、そもそも目の前の存在って何?」という根本的な問題に辿り着いたのだ。


 戦闘中と話し方が幾分か違う加藤(仮)に違和感を感じつつも、興味本位で色々根掘り葉掘り聞くことにしたらしい。


「私はいわゆる、精霊スピリッツと呼ばれる存在です。肉体を持たない精神生命体と言えばよいでしょうか」

「……精霊、だとっ!?」


 うおおっ! なんかファンタジーっぽい! いいね、そういうの大事、すごく大事! と内心でかなりテンションが上がる朱羽夜。


 まるでカブトムシを見つけた少年の様に、目をキラキラとさせている。


 実際は戦闘中に何度かイヴがその言葉を口にしていたのだが、緊急時ということもあり理解するまでには及んでいなかったのだ。


「はい。先日主に”精霊誓約スピリッツオース”を結んでいただいたおかげで、この樹木の宿り木に有機生命体として現出させて頂けることになりました」

「ん? 精霊誓約?」

「はい。召喚魔法で現出した精霊は本来、指示された役目を終えると自然に霧散します。消えるわけではなく、存在が元の精神生命体に戻ってしまうのです」

「むむ。つまり精霊誓約とは、召喚された精霊を指定した媒体に定着させるって理解でいいのかな?」

「そうですね。本来召喚とは、その際に一定量の”魔力”と媒体となる”素体”を精神生命体に捧げ、その力の一端を借り受けることを意味します。精霊にも個性があるので一概には言えませんが、これは”契約”に該当します」

「ふむふむ。それと誓約は何が違うの?」

「はい。誓約とは”契約”を結んだ精霊、あるいは召喚者がそれに対する者に誓いを立て、了承してもらうこと成立することを指します」

「つまり? キミが召喚した私のことが気に入ったから、これからも一緒に居ましょうってことで良いのかな?」

「端的に言えば、そうなりますね。……直に表現されると何と言いますかその、気恥ずかしいですが」


 要するに、「○○は仲間になりたそうにこちらを見ている。仲間にしますか? Yes or No?」ってことか! とか「あれ? でも俺、いつの間に了承したんだ?」とか独り言ちる朱羽夜。


 相変わらず空気を読まないというか遠慮がないというか、直球を投げかけてくる彼に加藤に宿った精霊の方がたじろいでいる。


「そういうことなら、よろしく頼むよ。この世界の情勢は良く分からないんだ。色々、頼らせてほしい」

「勿論です。是非とも頼りにして下さい」

「うん、そうさせて貰うね。よし! じゃあ、そうだね。まずはキミ、どの属性になるの?」

「私は『風』を司る精霊です。樹木と特に相性がいいので、この身体はすぐ馴染みました。細部まで繊細に創られていて、正直驚愕しました。とても、気に入ってます!」


 加藤に宿った精霊が、鼻を鳴らして興奮しているようなそんな様子を幻視する朱羽夜。


 自身の創造――想像物をこんなにも喜んでくれるとは。と胸が熱くなるのを感じ、気を良くした彼はさらに質問を重ねる。


「それは重畳。では次だけど、キミの性別は? そもそも性別ってあるの?」

「私達は精神生命体なので交配しないため、基本的には性別というのはありませんね。ただ男性型、女性型という括りはあります。それで言えば、私は女性型になりますね」

「むむ! そうなの? ジーーーッ」

「あ、あの。そんなに見つめられると、気恥ずかしいのですが……。それに今は主の創作物ですので、本来の姿とは違いますよ?」

「! そうなのか、それは残念」

「ふふ。いつか機会があったら、お見せしますね」

「おお! 楽しみにしてるっ!」


 朱羽夜の瞳はまるで夜闇に瞬く星々のように輝いている。完全に少年モードである。


 そんな彼を加藤に宿った精霊は、まるで母親のような慈愛に満ちた表情で見守っている。


「あ、そうだ。名前だったね。……”ルーア”なんてどうかな? コーヒーを加工して出来るお酒の名前から取ったんだけど」

「ルーア、ルーア。良いですね。素敵な響きです。これから私のことはこれからルーアと呼んで下さい」

「うん、ルーア。よろしくね」

「はい。よろしくお願いします!」


 こうして朱羽夜一行に新しい仲間、『風の大精霊』ルーアが加わった。


 その風は何を運ぶのか、はたまたどんな表情を見せるのか、揺られ揺れゆく旅路の一ページが今捲られたのである。



「おい、聞いたか? どうやらイサギ殿が、新しい仲間を連れて来られたそうだ」

「あぁ、聞いたッス聞いたッス。それも物凄い別嬪さんらしいッスね。テンション上がるぅー!」

「……はぁ。全くあんたはいつもそれだね。綺麗所なら此処にも居るじゃないか」

「いやあ、はは。それはそうなんスけど、なんかあのジャンすら見惚れて声も出せなかったらしいんスよね」

「なんだって? ……いよいよあいつにも、春が来たのかねぇ」


 武骨な声の壮年の男性と軽薄な声の青年、そして姐さん口調の女性がギルド内の一室でそれぞれが思うままに話をしていた。


 彼らが話す個室には、冷暖用の魔法が付与された円柱型の空調システムがあり、季節関係なく最適な温度で保たれている。


 また、格納ストレージと呼ばれる魔法を、”古風な鍵の付いたアンティーク調の木箱”に付与した倉庫も設けられている。


 この木箱は魔法の効果により、ほぼ無限に物が収容出来るためとても利便性に富んでいるのだ。


 ちなみに個別に登録することも可能なので、団共有と個別の二種類を団の幹部、また各人が管理する仕組みになっている。


 個別のものは個体番号パーソナルナンバーと生体情報で管理されている。その為、他の人の者は使用出来なくなっているのである。


 団保有のものは、「ギルドカード」を木箱の側面にある感知版に翳すことで各所属用の木箱にアクセスできる。


 ちなみにそれ以外の方法では鍵は開錠せず、無理にこじ開けようとするとトラップが発動する仕組みとなっている。


「難儀であるな、それは」

「ん? どうしてだい?」

「どうにもイサギ殿のお気に入りのようなのだ。それも”烏丸からすま”に通すほどには、な」

「烏丸だって!? ……それはまた、難儀だねぇ」

「あーあ。そりゃそうっすよねー。おいらもイサギさんみたいに、美女を侍らせたいぜぇ」

「こら馬鹿! 滅多なことを言うんじゃないよ! フクロウにでも聞かれたら事さね」


 それぞれが、目下の噂の的となっているイサギの招いた客について語っている。


 ちなみに『烏丸』というのは、このギルド内におけるギルドマスター専用部屋のひとつである。


 ギルド内でも特に近しいものや、お気に入りしか入れないという特別な部屋で、幹部でも入室出来るものはごく僅かに限られている。


 扉の先にあるため”部屋”と表現したが、感覚的には”空間”と表した方が適切な広さを有している。


「ホッホ。クジャクさん、私がどうかしましたか?」

「「「――――っ!?」」」


 噂をすればなんとやら、フクロウご本人の登場に三人は身体をビクッと震わせる。


「ホホ。全く貴方達は相変わらず品がありませんね。我らが主君の噂話など、不敬が過ぎますよ?」

「……あんたこそ、相変わらず小姑みたいに小煩いね」


 クジャクと呼ばれた姉御肌の女性の言う通り、ねちっこい感じを隠しもせずにフクロウはそう語った。


 ジト目で彼をにらむ彼女は、見た目二十代半ば程のピーコックブルーを基調としたチャイナドレスのような装いをしている。


 長身のモデル体型の美女。彼女を一言で表すならこれに尽きるだろう。


 赤みのある自然な茶髪を、頭部の両サイド下部でお団子にしているのが特徴的だ。


 ちなみにドレスの柄はご丁寧に、その名を関する”孔雀の羽”のような模様が裾の部分に散りばめられている。


「だって旦那。初めてじゃないッスか? イサギさんが直接連れてくるなんて!」

「モズ。イサギ()です。その軽さ、いい加減にしないと吹いて飛ぶほどに細切れにしますよ?」

「す、すんませんッス旦那。でも――」

「ホホ。しかし私も、確かに気にはなっているのですよ」


 モズと呼ばれた軽い雰囲気の青年は、小姑に物騒な言い回しで釘を刺される。


 フクロウはこのギルド中でも古参であり上司であり、さらにイサギに近しい一人なのでモズとしても頭が上がらないのだ。


 そんな彼はその口調とよく似あう山賊風の恰好をしている。色味は軽薄な口調に反して、全体的に不言いわぬ色をしているのが少しシュールである。

 

「! 珍しいですな、フクロウ殿がイサギ殿の周囲を探るような発言をするとは」

「ホッホッホ。私としたことが口が滑りましたねぇ。忘れてくださいな」


 誤魔化すように、また、バツが悪そうにフクロウはそう訴える。


 意外そうな声で語ったその人物の名はジュウイチ。倭国出身の壮年男性である。


 その特徴とも言える”物干し竿”と呼ばれる巨大な刀を背に背負っているのが印象的だ。


 こちらは臙脂えんじ色の布を基調に、黒い炎をような模様をした和装をしている。


 ちなみに倭国とは、ここアインズ皇国より東方になる島国で、皇国の同盟国でもある。


 侍や忍者と呼ばれる独自の職業クラスがあることが有名で、この「夜烏」のメンバーの中にも一部同職のものも存在する。


 この三人をクラスで分けるとジュウイチは侍でモズは盗賊、クジャクは武闘家となる。


 三人はフクロウの直属の部下であり、また同時に手足でもある。


 彼らが前回同伴しなかったのは、イサギの命により幹部のみの少数精鋭で行動していたからである。


「ホホ。さて、戯れはそのくらいにして準備なさい。イサギ様が”ギルドの皆に伝えることがある”とのことです」

「つまり、皆を集めろって事かい? 場所は酒場で良いね? ――モズっ!」

「へ? 姉御皆ってまさか……ギルド全員ッスか?」

「何を言ってるんだいあんたは。そんなの、当たり前だろう? さっさと呼んで来なぁ!」

「へっ、へい! 分かりましたッス! ……ったく、こういう雑務は毎回おいらじゃ――」

「……何か、言ったかい?」

「行って来まッス! さって、じゃあまずは”目”の兄貴を探すッスよー! あぁ忙しいなぁーちくしょうっ!」

「ホホ。ヨタカさんなら高台の上で黄昏てましたよ。この前の戦闘で二本、逝きましたからねぇ」

「なんと! 二本となると、懐刀の方ですか……。相手は余程の強者だったのでしょうな」

「……うわぁ、行きたくなくなってきまし――うっ、嘘ッスよ姉御。では御免っ!」


 美女の圧に気圧され、モズはバタバタと忙しなく走り出した。彼の言う通り、こういった雑務は大体モズの担当となる。


 ちなみに別にいじめなどではなく、能力により再分配された不文律である。


 ジュウイチは腕を組み、何かを考えている。このギルド屈指の強者であるヨタカを相手取る者に興味でも沸いたのだろう。


 クジャクはモズの行く方向を軽くジト目で睨んでいたが、その姿が見えなくなると調理場の方へ足を運んで何やら指示を飛ばし始めた。


 そしてフクロウはそんな迅速な対応を見て満足そうに頷き、スッと溶けるように影へと消えた。


 『夜烏』は構成員約三百人ほどの大型のギルドである。その中の約一割が幹部、またその候補であり、受付を含むその他が一般構成員となるのだ。


 その中でも特に稀な能力を持つ五人の幹部を、”五感ファイブセンス”に例えて言い表している。


 ”視覚”のヨタカ、”聴覚”のフクロウ、”触覚”のツグミ、”味覚”のクジャク、”嗅覚”は欠番となっている。


 その中でも”触覚”は別格で、イサギ唯一の御傍付きとして常に行動を共にしている。


 イサギの直属はヨタカとフクロウ。それと留守を預かるもう一人のみで、基本的に団員への指示等はヨタカが行っている。


 そもそもイサギは普段人前には出歩かないので、一般の団員は見る機会も少ないのだ。


 仮面を愛用しているのもあり、団員内ではその正体がどこの誰だかも分からないのである。


 もし詮索しようものなら、御目付役のフクロウに何をされるか分かったもんじゃない。それが、彼らの共通の認識である。


 以前正体を探ろうとギルドに忍び込んだ無法者がいたのだが、それはそれは口にするのも恐ろしいほどに凄惨な最期を迎えることとなったらしい。


 ともあれ、イサギの命によりギルド員は全て収集され、そこで語られた内容がまた一つの波紋を立てることになるのだった。



「ふむ、皆集まったようだね。各人忙しいところ済まないが、一つ伝えねばならぬことがある」


 イサギさんがそう断りを入れ、ギルドの集会が開始された。


 先程までガヤついていた酒場内も、その声が発せられた瞬間に一斉に静まり返った。……実によく訓練されている。そう感じるほどである。


 フクロウさんがにらみを利かせている。というのもその大きな理由ではあるが。


 ちなみに今のイサギさんは仮面を付けている。夜烏という団名に相応しい”黒いカラスの様な鳥”をモチーフにしたものだ。


 見るからに厨二感が溢れてはいるのだが、アヴィスフィアの人々にとってはそこまでの違和感はないらしい。


 事実。彼女と共にこの街に訪れた際も、周囲の人々からの奇異な視線を受けることは無かった。


 そして今も、注目を集めているのはイサギさんの後ろに控える俺達だけである。


 そんな視線の中心にいる訳だが、ここ数日間の内に案内された色々な場所――特に、先程まで訪れていた「烏丸」のことで頭がいっぱいでそれどころでは無いので、黙ってイサギさんの後ろに佇んでいようと思う。


 静謐な雰囲気を漂わせ、好機の視線を向けられても動じないその態度はきっと、イサギさんに付き添う”控えめで従順な侍女の姿”のように見えているに違いない。


 ……実際は、先程見たばかりの光景を脳裏に焼き付けようとしているだけだったりするのだが。


《……呆然。そんなに真剣に刻み込もうとしなくても、先程の情報データ記憶ほぞんされてますよ》


 ……な、ななな、何だって? そ、それは本当なのですかイヴ様ぁ!


 そんな不毛なことを脳内でイヴと話している間にも、イサギさんの言葉は続いていく。


「では早速だが、紹介していきたいと思う。皆もまた、気になっているようだからね」


 彼女の一言により、皆が皆にわかにざわつき始めた。誰ともつかないゴクリという生唾を呑むような音が俺の右耳に入り、左耳からそのまま抜けていった。


《肯定。確かに間違いないですが、マスターの思った以上の喰い付きに、少々面を食らっています》


 ふむ。それでイヴ君。そのデータ、俺も見ることは出来るのかい? どうなのかね? ん?


 皆が固唾を呑んでいるそんな状況にも関わらず俺は、この場に全く相応しくない案件の説明をイヴに強要している。


 そう。一身上の都合で、今の俺に空気を読んでいる余裕は無いのである。


 このギルドで扱っている商品は、ヨタカが担当している戦闘奴隷やフクロウの幼子奴隷、ツグミの盗品や財宝などの物品類と多岐に渡る。


 他にも知識や経験等などの付加価値のある者を管理する奴隷商や、珍しい動植物を担当する者も居る。


 ちなみにそこで調達された商品は、人物例外なく全てイサギさんによって選別される。その時の判断如何で、奴隷たちのその後の処遇が決まると言っても過言ではないのだ。


 そもそもこのギルドの構成員になるためには、まず最初に定められた制約を遵守するという”誓約オース”を立てなければならない。


 その制約(ルール)中のひとつに、入手した商品やその候補は全て幹部を通し、イサギさんに一度お目通りを願わなければならない。というものがある。


 誓約による制約は絶対遵守であり、破ることは絶対に許されない。特に幹部などは、破ることが()()()()なることを是とする誓約を立てることとなる。


 要するに、思考回路から”イサギさんを裏切る”また”それに繋がる事柄”が排除されるのだ。


 その強制力の高さから誓約の難度は高く、発足して数年経つというのに成功の件数は少ない。それ故に「夜烏」の幹部は数人しかおらず、そのほとんどは幹部候補止まりなのである。


 俺が出会ったヨタカさんやフクロウさん、ツグミさんなどは数少ない幹部の一人だったのだ。


 ともあれ、イサギさんへのお目通りがどこで行われるか、だが。


 それこそが今まさに俺が訪れていた「烏丸」と隣接するフロアなのである。


 その区画では、日々調達された商品の仕分けが行われている。


 まるで不審物を検知する検問の如く、入出国の際に使われていた”ゲート”が各所に設置されていて、各々がコンベアのような動力装置の上を移動する仕組みのようだ。


 ちなみにそのゲートだが、皇国のものに見た目は似ているものの、付加されている魔法が異なっているらしい。


 ヒトや動植物、物品などの様々なゲートに分かれており、それに対応した相場価格を検出する魔法や、「ステータスカード」を応用したその商品の情報を読み取る魔法など多岐に渡る。


 果てには、俺の好みに合いそうなものを選別する魔法なんてものまで組み込まれているとイサギさんから説明を受けた。


 そして、その搬入先の一つが先程まで俺が居た場所だったのだ。つまりは、俺好みの女性達や動植物、物品などが納められている場所、それこそが「烏丸」なのである。


 ちなみに俺はそこに案内された際に、それまでの不安や不満を忘れてしまうほどのとてつもない興奮を味わうことになった。


 そこに納められているのが奴隷や盗品も含む物品だとしても、目の前に自分の好きなものを好きなだけ並べられていたのなら、きっと誰でもそうなってしまうだろう。


 ……この世界のこの国では”行為そのものが合法”なのだから。


 何より捕らえられ、奴隷にされているはずの女性達が皆、幸せそうに笑っていたというのも大きい。


 そして、そんな彼女達が突如現れた天国に言葉を失っていた俺を、代わる代わる順番に抱きしめてきたのである。それこそ壊れ物を扱うように優しく、丁寧に。


 要するに、脈絡もなく男の夢想が実現したそんな幸せ空間に浸っていたため、半ば放心状態となり記憶がはっきりとしないのだ。


 分かるのは「今夜は寝れないかも」という実感だけであり、だからこそイヴにその時その場の情報公開を懇願しているのである。


《……唖然。本当にマスターはしょうがありませんね。今日の夜にでも見返せるように、記憶じょうほうを整理しておきます》


 マジで!? よっしゃああああ! あぁ、イヴ様愛してるぅ!


《嘆息。……全くもう、調子が良いのですから》


 ん? 何か言ったかい?


《通告。気のせいです》


 ですよね。知ってた。


 いつも通りのやり取りを軽く流し、「うおお、また獣耳(けもみみ)お姉さん達に会えるっ!」とか、「あのオッドアイの少女もお人形さんみたいで可愛かったなぁ」とか、「あの日本刀と拳銃みたいなのって本物なのかな、触ってみてぇ」などと、自身の内から出る欲に塗れる俺ことアイヴィス。


 それを見て、呆れながらも何故だか満足そうな雰囲気を醸し出すイヴ。


 そして、「こんな状況でも堂々としているなんて、流石はアイヴィス様です」と言いたそうな視線を向けるラヴィニスと、「やはり、貴方こそ私の主に相応しい」とばかりに頷くルーア。


 二人の立ち位置は俺の右手にラヴィニス、左手にルーアと両サイドを一歩控えて佇んでいる。


 ふむ。俺の粛々とした態度(見た目だけだが)や、仕える二人の従者によって何とも言い難い”大物感”が出て、中々上手く演出出来ているのではなかろうか。


「――というわけで、これからは我が妻とその従者達がこの『夜烏』の仲間となる。特に妻は”私と同等の存在”として扱って欲しい」


 その発言にざわつくギルド員達。フクロウさんを含め、幹部たちも皆が目を見開いて驚いている。


 彼の部下であるジョンは思わず声を挙げてしまい、その口を慌てて自身の手で塞ぐほどであった。


 そんな騒ぎの中「特に――」の所でイサギに肩を軽く掴まれ、俺の意識はようやく覚醒することになる。その反動か、思わずポツリと口を開いてしまった。


「ツマ? ……あれ? 一体、何が起こってるの?」

「……はぁ。やけに大人しいと思っていたら、この状況に気がついていなかったのか」

「! まっ、まさか! ちょっと考え事してただけで――」

「キミは、相変わらず大物だね」

「む。なんか、馬鹿にされてる気がする」

「ふふ、まさか。本心だよ、”アイ”」

「急に愛称呼びになったな、おい」

「良いじゃないか。私の事も”イサギ”と呼んでくれ」

「勘弁してよ、なんか物凄い目で見られてるじゃんか。”イサギさん”」

「むぅ。”さん”か。少し不満だけど、名前で呼んでくれるだけで良しとしようか」


 見るからに仲の良い会話と普段は見せないイサギの柔和な雰囲気に、ギルド員達の困惑は最高潮になりつつあった。


 好意的な目で見る者、興味深そうに眺める者、中には少し不満そうに俺を睨んでいる者まで様々である。


「静かにしなさい。イサギ様と奥方様が話されているのですよ。誰の許可を得て邪魔をするつもりですか」


 フクロウさんがいつになく怒気を含め、ギルド員達を牽制した。声量こそ小さなものではあったが、ざわついていた酒場内にはすぐさま静寂が訪れた。


「済まない。少し話が逸れてしまったね。ともあれ、これから宜しく頼む。アイもほら挨拶なさい」

「え、オクガタサマ? ……え?」


 置かれている状況を良く理解していない俺の混乱も、実は最高潮を迎えていた。


 え? な、なに? 何でイサギさんに前に出されているの? ちょ、皆見てるから! え、え? 何の罰ゲームっ!?


 優しく声を掛けてくるイサギさんに促され、皆の前に立たされている今もそれは変わっていない。


「アイ。キミはこれから我らがギルドの一員、つまり仲間となる。皆と仲良くなるためにも、挨拶は大事だろう?」

「いつの間にそんな状況に……。――こほん」


 どういった経緯かは分からないが、どうやらこのギルドでお世話になることになったらしい。


 皆の前に立たされているという緊張もあり、状況把握が完全には出来ていないが、ここは一大人としてきっちりとした挨拶をせねばならないだろう。


「えー。今日から皆様にお世話になりますアイヴィスです。至らぬことも多く、何かとご迷惑をお掛けしてしまうかも知れませんが、仲良くさせて頂けたら幸いです。よろしくお願いしますっ!」 


 少し不満そうなラヴィニスを横目に、ぺこりと可愛らしく頭を下げる俺ことアイヴィス。


 ゆっくり顔をあげ、にっこりと笑顔で笑う――実際はよく分かっていないので愛想笑いなのだが――俺にギルド員のほぼ全員が歓声をあげた。


 イサギが許可したのかフクロウの静止の声もなく、皆口々に会話の花を咲かせ、それをつまみに酒を煽り始めた。


 そして夜は更けていく。騒がしい烏達の宴の音色を、静かな夜に響かせて――。



 とある一角で、月を見上げ黄昏ている青年が煙草を燻らせている。その身体は包帯に巻かれ、所々血が滲んでいる。秋の健やかな夜風も傷に触れ、何とも痛々しい様子である。


 青年の名はヨタカ。自身の愛刀は鞘にしまわれ、普段の姦しさは見られない。


「珍しい、あんたでも黄昏ることがあるんだねぇ」


 そんな物憂げなヨタカに、後ろから茶々を入れに来た人物がいる。


「クジャクか。ははっ。まぁ、確かに俺には似合わねぇな」


 苦笑いを浮かべながらクジャクの方に振り返るヨタカ。


 その表情は曇っていて、なにか感情を押し殺しているようなそんな雰囲気である。


「ったく、重傷だね。負けたのがそんなに悔しかったのかい?」

「ちっ、フクロウの旦那から聞いたのか。相変わらずイサギ様以外の事に関しては口が軽すぎまさぁ」

「……しかし、あんたが負けるなんてね。しかも女にだなんて……少し、信じられないよ」

「流石はイサギ様が見込んだ女の従者だけあるっつーことだ。正直、勝てる気がしねぇ」


 そう言うと、ヨタカは懐から二本の折れた短剣を取り出した。それはまるで豆腐を包丁で切ったかのように、見るも見事に真っ二つとなっている。


「……はぁ、こいつはすごいねぇ。そのまま近づければくっつきそうじゃないか」

「ははっ、全くだな。こんな綺麗な切り口はみたことねぇぜ、普通に惚れたわ」

「はい? ……もしかして、あんたが黄昏てたのって」

「ま。それも多分にあるのは確かだねぇ」

「呆れた。てっきり落ち込んでるもんだと思ったよ」

「なんだクジャク、慰めに来てくれたんかぃ?」

「――っそんなんじゃないよ! ……ただモズの野郎がしょぼくれてたもんだから」

「あぁ、あいつには悪いことをした。だいぶ下がってたせいで碌に反応してやれなかったからなぁ」

「後で詫びでもしてやんな。『兄貴、いつも以上に機嫌悪くて怖かったッス……』とか言ってたから」

「おめぇ、意外と苦労性だねぇ」

「うるさいよ。少なくとも、あんたには言われたくないね」

「ははっ、違えねぇ」


 そのまま「ほら、皆の所に戻って一杯やるよ。他の奴らは貧弱でね、ちょっと付き合いなぁ」とクジャクに腕を掴まれ、ヨタカは呑みつぶれた仲間が死屍累々となっている酒場へと半ば強引に連れていかれるのであった。

これでギルドの主要メンバーのほとんどを登場させることが出来ました。

次回からは、いよいよ皇国冒険記に入る予定です。

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