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アヴィスフィア リメイク前  作者: 無色。
二章 新たな時代
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神話の目撃者ってこんな感じなんだと思う!

 凄い、凄すぎる。月並みだが、そんな感想が俺の脳内を支配する。


 闘技大会決勝。闘技場の主シュア・カラサギVS女騎士オリヴィエ・ジャスティラス。


 その試合は、沈黙から始まった。おそらくは互いの間合いを計っているのだろう。


 半年ほどとはいえ、ラヴィニスと剣の稽古をしてきた俺には、それが如何に重要なことなのかが理解出来る。


 準決勝から打って変わって静かな開幕に、俺を含めた観客全てが固唾を飲んで見守っていた。


 二人の間合いが近づき、混ざり合う。しかし二人は未だ動かず、さらに深くへとにじり寄っていく。


 そのまま半身ほど歩を進めた後、満を持してオリヴィエが機先を制した。


 正眼に構えた直剣をくんっと引いて、その反動を利用してシュアの右手首へと斬りかかったのだ。


 対する彼女はその剣戟を直剣の右の腹を滑らすことでいなし、そのまま半円状に切り上げた。


 一方オリヴィエは、いなされたことに驚きつつも右足を下げ、半身になることで回避をした。重心が安定しているのか、踏み込んだというのに体勢は崩れていない。


 その証拠に彼女は下段から逆袈裟斬りを繰り出した。鋭い一撃ではあるが、シュアは切り上げの勢いを以てくるりと跳躍して避けてみせた。


 まさに猫の柔軟さ。正確には彼女は白虎の尾耳族なのだが、科目としては同一なので問題は無いと思う。


 驚くべきはその回転すらも利用し、上段からオリヴィエの頭上に振り下ろしたことだ。


 何という人間離れした体幹だろう。これが彼女特有なのか獣人族の特性なのかは分からない。


 だが、この一点だけでも彼女が剣士としても優れているという証明になる。……少なくとも、俺には出来ない。


 オリヴィエも負けていない。手で直剣の腹を抑えて頭上に構え、その衝撃を受け止めている。


 浮かぶ冷汗から、彼女にとっても想定外の手だったのだろう。少なくとも型があるようには見えないしね。


 受けきれず、後ろへと流されるオリヴィエ。対するシュアも体勢を立て直すためにバク転をしながら引いている。


 堅実な剣技とアクロバティックな剣舞。相反する二つの剣は、だがしかしここに共鳴している。全く違う剣筋なのに、一つの演目を共演するかの如く自然体なのである。


 次の瞬間、猛獣がオリヴィエに襲い掛かる。正確にはカモシカのように乱雑に飛び跳ねたシュアが、左片手一本付きの要領で刺突を繰り出したのだ。


 正眼に構える彼女。まさかあの縮地からの一閃を受け止める気なのだろうか? ……否、返す気なのだ。


 オリヴィエは気勢を上げ、正面から突進するかのように踏み込んだ。狙いは一つ、伸びきる前。つまりは、刺突をするために引いているその懐に潜り込むつもりなのである。


 正直に言って無謀だ。何より、よくもそんな怖ろしいことが出来る。そう俺は考えた。


 だが、それは間違っていた。……そう、彼女にはその選択肢しか無かったのだ。


 先程の上段を受けたときに悟ったのだろう。この刺突を繰り出されたら防ぎきることは出来ない、と。


 故に、完全に技を出し切られる前に前方へと詰めたのだ。正解はそれしかないとはいえ、何とも剛毅な精神の持ち主である。


 そして、その目論見は成功した。


 見事、シュアの恐るべき速さの刺突を剣先で受け止めたのだ。大事なことなので二回言おう。刺突を、剣先で受け止めたのである。


 正直に言って、有り得ないことだ。威力や角度、そしてタイミングが合わなければまず成功しない奇跡の鍔迫り合いと言える。


 何せ極小の表面積しかない剣先通しで打ち合い、その衝撃を相殺したのだ。


 これを奇跡と呼ばず、何を奇跡と呼ぶのだろうか。二度やれと言われて、まず出来ることでは無いだろう。


 だがその日。奇跡は必然となった。度重なる攻防の、その一つ一つが有り得ないとされていた相殺だったのだ。


「これがシュア・カラサギ。俺の愛犬――小太郎の、大切な忘れ形見なのか」


 彼の事だ。愚直に、そして真摯に向き合い育てたのだろう。彼女には、あのときに感じた小太郎の”熱”のようなものを犇々(ひしひし)と感じる。


 俺を守ってくれたときと同様に、小太郎はシュアのことをこの世の理不尽から守ろうとしていたのだ。


 ふと目頭が熱くなる。感情が抑えきれない。たとえ俺がその場にいたとしても、何か出来る道理も無いのに。


 だがただその瞬間にその場に居れなかったこと。その不条理をこれほどに恨んだことは、無い。


 それが、どうしようもなく悔しい。得も言われぬ苦しみもある。だから、せめて見届けよう。


 彼が残し、紡いできたその精神に敬意を称して。俺は、そう。俺だけは、絶対にこの戦いを見逃してはいけないのである。



 あぁ、情けない。私はなんと情けないのだ。


 一族の失態を挽回する機会を与えて下さったせっかくの王のご厚意を活かせないばかりか、友であり主でありライバルでもあるそのご子息――オリヴィエとの勝負で接戦を演ずることも出来ないとは。


 騎士の国。その名に相応しく騎士道精神に溢れた若者が、日々切磋琢磨をしてその生き様を貫かんとする我が誇らしき母国。


 他国のような腐敗した貴族社会は既に淘汰され、皆の代表を国の長とする民主制という形を取った新たな国家。


 それこそがジャスティラス王国だ。弱気を護り、悪しきを挫く。少数の意見が篩い落とされぬよう、言論の自由も認めている。


 王国とは名ばかりで、王家という者は存在しない。正確にはその血筋は象徴として守られているが、必ずしも王の血統が玉座に繋がるとは限らないのだ。


 我が国において国王とは民意そのものだ。国民の投票によって家各が指名され、その代の当主が国王を名乗るのである。


 しいて言うならばひとつ。騎士国という国柄上、どうしても上にたつ性差が男性有利となってしまう点だ。


 当家のオリヴィエの件を例として挙げるなら、剣技や頭脳、そしてその精神は騎士の鑑と言っても過言ではない器だ。


 だが、彼女は当家の筆頭ではない。それは何故か、理由は簡単である。


 そう、オリヴィエが女性だからだ。能力は多少劣るが、男性(イケメン)のエルディンの方が王国民に”人気”があるのである。


 何を馬鹿なと言うなかれ。民主制の国家にとって人気とはそれ即ち力であり、全てを踏まえた総合力でオリヴィエは彼に敵わなかったのだ。


 此度の大会は、彼女を王とするために特に重要な機会。その上で、次期国王候補筆頭であるエルディンがまさかの一回戦で敗北するという好機が訪れた。


 順当に行けば、私とオリヴィエが戦うこととなる。そこで私が彼女にも気づかれないように惜敗すれば、我が国の民意を覆せるのではないか。そう、思ったのだ。


 しかしふたを開けてみれば、私は神殿騎士のタバサとやらに弄ばれただけでなく勝ちを譲られ、エルディンは魔王に敗れたものの棄権へと追いやったと、まるで英雄のように賞賛される結果となってしまった。


 このままではいけないとオリヴィエとの闘いで挽回しようとしたのだが、思うように身体が動かなかった。


 自覚は無い、だからこれは推測なのだけど。おそらく私は、戦闘への自信を失ってしまったのだろう。それほどまでに、あの神殿騎士(タバサ)との間に確かな実力差があった。


 ただ一方的にこちらの戦闘情報を与えただけで、一切合切何も、何も……出来なかったのだ。


 上には上がいる。そんなことは百も承知だ。それでもさして年齢も変わらない女性に、あれ程まで及ばないなんて正直考えたことも無かった。


 言いたくはないが、彼女は我が国のどの騎士よりも強い。その上で怖ろしいまでに冷静で、冷血だ。


 タバサ一人を取ってもあの実力となると、サンタイール教国を仮想敵国とした際、我が国は瞬く間に侵略されてしまうだろう。


 流石にあのレベルの使い手が数多くいるとは思えないが、居ないと想定するには早計過ぎる。


 私個人の感情は兎も角としても、アヴィスフィア同盟とは良い関係を築かねばなるまい。間違っても敵対、また二方面作戦になどにならないようにしなければならない。


 そうならないためには是非にでも騎士として同盟に参加したい。まさか国王は、これを見越していたのだろうか。


 ともあれ。全てはオリヴィエに掛かっている。


 私も結果だけ見ればベスト4の仲間入りをしているし、可能性が無いとも言い切れないだろう。


 ……負担を掛けてしまってごめんなさいオリヴィエ。でも、貴女なら出来る。


 確かに相手は強力な戦士よ。このレベルの闘技を百戦近く勝ち抜いているのだから、まず間違いはないわ。


 それでも貴女なら何とかしてくれる。……私は、そう信じているの。だから、応援してる。頑張って、オリヴィエ。



「飛び散る火花! 響く剣戟! 奏でる音頭はまるで祭囃子! 華やかに踊り狂う彼女達はもしかしたら天女なのでしょうか!?」

「いやぁ、素晴らしいですね。まさに決勝。実況さんのいう通り、少年に返ったかのような胸の高鳴りを感じますね~」

「互角の者通しが戦うと、稀にこういった剣舞のような美しき攻防になると聞いたことがあります。まさに今回の決勝は、その奇跡的な競合となったのでしょう!」

「互いに互いの動きを読み切っているのでしょうな。いやぁ、実に素晴らしい。この言葉以外が出て来ませんね」


 音を反響させる魔石でも使用しているのだろうか。私の耳に、何とも見当違いの解説が滑り込んでくる。


 周りの声が聞こえる。これは悪い傾向ではない。だが、今ばかりはその限りでは無く、純粋に集中力が切れ掛かっていた。


 ……隙が、無い。完全に呼吸を合わせられている。……参った、これは敵わない。本当に彼女はヒトなのだろうか。それこそ神や、悪魔だと言って貰えた方が信憑性がある。


 それでも、負けるわけにはいかないのだ。今の私は国を、戦友の期待を、何より親友の思いを背負っている。


 下手な小細工は意味をなさないだろう。ここは単純に素早く踏み込み、振り抜くしかない。


 そもそも私は、搦め手が得意では無い。戦法としては理解しているが気持ちが乗らず、上手くいった試しがないのである。


 覚悟を決めろ。これは闘技、大会だ。刃を潰してある以上、急所さえ守れば致命傷にはならない。


 隙が無いなら作ればいい。剣が我が身に触れた際に必ず発生するだろう硬直を見切り、反撃をすれば良いのだ。


 話は簡単だ。来ると分かっていれば、一度くらいの剣戟は耐えられる。故に、覚悟を決めるのである。


 私は王の器ではない。しかし父も、そしてトモエも私になって欲しいと望んでいることを知っている。


 ならば、その期待に応えてみせよう。私にとって一番大切なのは国民ではなく、身近な父と気心知れた親友なのだから。


 彼らが望むなら、私はそれに準じよう。エルディンには悪いがここで勝ち、私が次代の王となる。


「闘技場の主よ、見るが良い。これが我が最強、そして最後の剣だ!」

「面白い、受けて立つ」


 ライオネルの件から察するに、今から行う私の行為はルール上恐らくは問題はない。


 騎士としては失格なのかも知れないが、負けるくらいなら実利を選ぶ。


 皆私のことを騎士の鑑だと賞賛するが、私自身はそうは思わない。


 私が剣を奮うのは確かにヒトの為だが、最終的には自己に完結する。先程言った通り、国民の為などでは断じて無い。


 私、オリヴィエ・ジャスティラスは、自分が守りたいものだけを守るために戦う。辛く厳しい修行の故に磨いた剣技は、ただそれだけの為にあるのだ。


「はぁぁっ。我が研鑽、その全てをこの一振りに。顕現せよ――『神々の運命(ラグナロク)』!」

「なっ!? ただの闘技剣に、”聖剣”を降ろしたのっ!?」

「ふふっ、初めて驚いた顔を見たわ。さぁ、これでおしまいよっ! はぁぁぁぁっ!!」



 あぁ、とても良い。実に良いの。今までで、一番闘技し易いわ。……オリヴィエ・ジャスティラス。貴女のお陰で、だいぶ魅せることが出来たわ。


 終わってしまうのが惜しい。このままずっと、この娘と剣舞を踊りたい。そして私の全てをあの方に見て貰い、たくさんたくさん褒めて頂くのだ。


 しかしながら、楽しい時間はあっという間だ。どうやらオリヴィエは、全身全霊を以て最後の一撃を繰り出してくるらしい。


 聖剣ラグナロク。神々に死と滅亡を与えると言われている、神殺しの一振りだ。


 実際の現物は太古の大戦で焼失しているが、一部魔力適性の高い剣士によってその模造品(レプリカ)が召喚されることがある。


 その再現度は剣士の実力と使用した武器の魔力親和性によって変わるが、ただの闘技剣にこれほどの逸品を降ろすなど聞いたことが無い。


 これは、相応の対応を以て返礼しなければならない。私としても、これほど盛り上げてくれた彼女には感謝と尊敬の念を抱いているのだから。


 目には目を、歯には歯を。そして、聖剣には聖剣を。その中でも最高と言われた、かの剣にて相対しようではないか。


 剣の名は『聖王の象徴(エクスカリバー)』。頂点であり、至高。彼女同様闘技剣なので出力は落ちるが、私の闘技人生の締めくくりには丁度良い。


 私の剣は、そんじょそこらの聖剣(鈍ら)とは出来が違う。……さぁ。全霊を以て、抗うが良い。


「お父さま、お母さま。私は今日を以て、何よりも代え難い(あるじ)を得ます。なのでどうか、天からその幸せを見守っていて下さいませ」


 既に我が忠誠を受け取って頂けたと確信している。そう感じるほどに、あの方の視線を一身に受けている自覚がある。


 この名誉はどう表してよいか分からない。……嬉しい、そう。嬉しいのだ。父の求めた唯一の主君に対して忠誠を誓えることが、そしてその主が自身のことを瞬きもせずに見ていてくれていることが。


 この時点で、既に負けるはずが無い。……なぜなら、オリヴィエには主君が居ないからだ。


 騎士とは即ち仕える者。仕える相手が居ない時点で、勝負の趨勢は既に決まっていたのである。


 魔力が存在するこの世界。そういった精神論は実際に馬鹿にならない。


 火事場の馬鹿力で、一国を滅ぼすほどの出力を出すことも可能性としてはゼロじゃないのだ。


「アイヴィス様、見ていて下さい。これが我が忠誠、そしてわが父が最後まで望み続け育んだ、未来の結晶です!」

「……そんな、まさか……」

「さぁ、チェックメイトです。……はぁぁぁあああっ!」

「くっ。……うあぁぁ、ああああっ!!」



 交差する淡青と純白の光。鍔迫り合いとなったその二つの聖剣はまるで恒星のように発光し、その光量も拮抗している。


 どのくらいの時間がたったのだろう。一瞬な気もするし、永劫にも思える。それほどまでに目を奪われ、魅了された。


 だがその奇跡もここまでのようだ。……そう。徐々に純白がその全てを飲み込まんと、浸食を開始したのだ。


 瞬く間に広がる聖光。それは闘技盤だけに納まらず、闘技場の全てを包み込んでゆく。そして世界が、純白に染まった。


 暫くの後、世界に色が戻った。最後まで立っていたのはシュア。狂乱の犬公方、コタロウの一人娘だ。


 対するオリヴィエは場外で突っ伏している。光の奔流に飲み込まれ、弾き出されて壁面にでも衝突したのだろう。


 神話の再現のような戦いをした割にはその身体に傷は無く、ただただ眠っているようにも見える。


 だが、起き上がることは終ぞ無かった。既に空気となっていた審判が、その姿を確認して腕をクロスさせた。


 一拍の後、爆発したかと錯覚するほどに湧き上がる場内。この奇跡を見た全ての観客が、内から湧き上がる衝動を外聞も無く曝け出したのだ。


 まるで局地的な地震でも来たのかと錯覚するほどの割れんばかりの声援は場内に留まらず、闘技場外周で売り切りセールに目を輝かせていた奥様方や観光客の目をも何事かと引き寄せる。


 オリヴィエの搬送も終わり、シュアが一礼をして退場する。しかし、喧騒が収まったのはそれから数刻経った後だった。


 かくゆう俺も、イサギさんに話しかけられるまで放心していた。


 現代日本でいつの日にか見た超大作映画を実体験してしまったかのような、そんな不可思議な充足感で満たされたのである。


「凄かった。まさかこの年でこれほど興奮することがあるなんて。未だに感動で、少し身体が震えているよ」

「ふふっ。キラキラと少年のような瞳で食い入るように応援するアイヴィス様、とても可愛かったですよ」

「――ちょっ、ラヴちゃん! 全く。私じゃなくて戦いに集中しないと駄目だよ、もう。……めっ!」

「ごめんなさい、無意識でした。それに、誤魔化そうとしてことさら女の子っぽく振舞おうとする姿もまた、いじらしくてどうにかなってしまいそうです」

「ぐ、ぅ。俺の最愛がここぞとばかりに苛めるんだが? ちょっと我に返ったせいで、余計に恥ずかしくなってきたよ」


 でもでも許しちゃう。だってラヴちゃんったら、可愛いのだもの。無理だって、理想(二次元)の嫁の見た目でそんなクスクス笑われたら、感情が飽和しちゃうよ。


 心臓がドクドクと煩い。ともすれば、さっきの戦闘を見てた時以上に鳴ってるな。……あー、我ながら完全にほの字ですわ。いや、流石に死語だけども。


 おかしいな、俺はどちらかと言えばS気質があると自覚していたのだが。……まぁ、SとMって表裏一体ともいうしな。きっとそうことなのだろう。


 元々好意しか無かったが、最近は特にヤバい。基本的に俺の傍に居るから俺意外と話すことなんてほとんど無いのだけど、最近は他の人に意識が向いているなって感じただけで独占欲が顔を出しやがる。


 まさか俺嫁(相互)誓約って、口づけをするごとに上書きされているのではあるまいな? 仮にそうだとして、あの誓約の肝が感情の固定――つまりは好感度の最低値を決めるということだから、必然と最終的には最大値が最低値になるということになるよね?


 あくまでも最大が存在すると仮定した上での持論でしかないが、もし今が最大でないなら俺は一体どうなってしまうのだろう。


 やめておこう。何か滅茶苦茶ラヴィニスに依存した自己中な未来を幻視したわ。困るのが、そうすることでより幸せそうに笑う彼女の姿が浮かんでしまうってことなのだが、ふむ。既に済んだことだし、成り行きに任せるのが一番だな。


「あー、また二人だけの空気を作ってる~! アイちゃんったら、私達も混ぜてくれないとダメなんだからねぇ?」

「可愛いお顔でキョトンとしてる、らぶちぃ様もですよ? 全く、油断も隙もありませんね」


 そういえばこの二人もラヴィニスに絡む姿見なくなったな。むしろ最近は、三人で仲良くガールズトークに花を咲かせている気がするしね。


 ……大抵俺の話題だから、なるべく聞かないようにしてるけども。その影響か、『無心』とかいう特性も習得したけどもっ!


 学園に居た時は何かと対抗していたのに、女の子って本当に良く分からん。今の俺は何処に出しても恥ずかしくない美少女ではあるが、やはり精神的には男の子なので彼女達の機微を察するのは難度が高いのだ。


 そもそも二人は俺が男だって既に聞き及んでいるはずなんだけどな。それでも着替えとかお風呂とか、恥ずかしながらも隙あらば何かと一緒にしたがるんだよね。


 俺もそこまで鈍感ではないと自負しているから二人の好意にも気が付いているけど、何でそこまで好かれているのかが分からない。


 だってそうでしょ? 俺、二人にセクハラ紛いなことしかしてないんだよ? や、本人達が喜んでくれてるから正確にはセクハラでは無くスキンシップだとは思うんだけど。


 気になって前にアリスに聞いたら、「え~? それはアイちゃんが一番良く知ってるでしょ~?」とか、「あんなに激しくお尻叩いたんだから、責任は取って貰わないとねぇ」とか言って揶揄われたんだよね。


 俺がムッとしたら少し真面目な顔して、「打算もあるよぉ? だってイサギさんってお金持ちなんでしょ~? 私は立場的にかなり微妙だしぃ、甲斐性の有る男性に保護して貰えると助かるからねぇ~?」などと、本音とも冗談とも取れる言葉で誤魔化されてしまう始末だった。


 額面だけ受け取るならば確かに一理あるのだが、どうにも様子がおかしいんだよね。


 何ていうか、仲良くないとまではいかないんだけど、うーん。そう、距離があるって感じかな。


 俺との距離がこんなにも近いのに、イサギさんとは一線を画しているというか。感謝はしているけど、俺に向ける好きとは少し違う気がするというか。何かそんな、曖昧な関係なんだよね。


 うん、まぁ。アリスは良いんだ。良く分からないけど、自分の意志で選択して今を生きているからね。


 ……ふむ。問題はね、シャルルなのだよ。


 この子はね、一言で言うと”世間知らず”なのよ。以前に聞いた通り、帝国ではかなり名の通った貴族だったらしく、縁切りされたとはいえ、それ相応の教育を受けてきたはずなのだ。


 事実。武芸も魔法も教養も学園では抜きん出ていたし、実際に結果も残してきている。


 では何が問題なのか。……言うまでも無く、ヒトとの距離感である。


 どうやらこの年になるまで家の意向で同年代の他者はおろか、一部の使用人としか話したことが無いらしく、その使用人も距離を取るように命じられていたので一定以上は踏み込んでこなかったらしい。


 学園に来ても大貴族のご令嬢という事実は変わらず、皆も遠慮して声を掛けなかったようなのだ。


 そこにアリスという良い意味でも悪い意味でも無遠慮な物言いをする少女の登場と来たわけだ。


 シャルルにとって、その距離感は衝撃だったのだろう。事実、その出会い以降シャルルはアリスを構い倒していたそうだ。


 意外なことにアリスもそれがそこまで嫌では無かったらしく、言葉では辛辣だったが、決して突き放したりはしなかったのだという。


 今考えれば、アリスもシャルルも人や友、そして愛に飢えていたのである。


 だから身体的に衝撃を与えた相手にすら執着するのだ。決して目覚めたわけでは無い。そう、きっとそうなのだ。


 ……シャルル。まさか俺が胸を鷲掴みにして揉みくちゃにしたせいで今ここに居る訳じゃないよね? ちゃ、ちゃんと考えがあっての事だよね? シャルルは優秀だもんね? 新世界にただ飛び込んだだけじゃないんだよね?


「……あ、あの、アイちゃん様? そ、そんなに見つめられては照れてしまいますわ。はぁはぁっ」

「…………」


 良し、考えることをやめよう。好んでくれてるのは嫌では無いし、今は闘技大会の真っ最中だからね。……閉会式だけども。


 コンセプトを忘れがちだが、今回の大会の目的は”騎士となる人材の確保”である。


 そして、その中でも分かり易く重要な”戦闘力”の優れたものを我が同盟に迎え入れようとしているのだ。


 その判断基準は順位が主だったものだが、中にはその意志の強さや将来性、秘められた実力なども含まれている。


 当人の性格や特性、立場などは二の次で、最悪調教という名の教育を行えば良いであろうというイサギの意向である。


 ちなみにそんな名誉? ある騎士に選ばれたのは次の六人だ。


 まずはオリヴィエ。順位実力共に十分な結果を示し、闘技場の主にすら気に入られたというのが理由だ。


 そもそもシュアに勝てるものなど最初から居ないとイサギは想定しており、故にあそこまで彼女を楽しませてくれた存在を逃すなどまずありえない。


 そして彼女の友であり配下であるトモエも選ばれた。当人は実力不足だと卑下しているが、大衆から見れば十全に資格有と判断されるだろう。彼女の試合はオリヴィエほどではないが、それでも次点で沸いていたのである。


 さらにはライオネルだ。どうやら観客は既に誰のことだが忘れて疑問符を浮かべていたが、俺は忘れることはもう無い。


 彼はエンターテイナーかつ、実力者だ。このまま腐っていては勿体ない。俺が唯一イサギさんに進言した相手でもある。


 打診した当初は渋っていたみたいだが、呪いの解呪を条件に引き受けてくれたらしい。


 これからもあの素晴らしい活躍を観れると思うと、今から胸がわくわくさんに埋め尽くされそうになる。


 ちなみに彼のことはラヴちゃんだけでなく、アリスやシャルル、ハルカさん達まで優しい目で俺を見始めたので、被りを振って頭から追い出しておいた。


 もしかしたら未だ呪いの渦中である彼のことを覚えているのも、忘れようとして考えてしまうからこそなのかも知れない。


 エルディンさんやジャン君も騎士に選ばれた一人だ。結果だけ見れば残念だったが、エルディンさんは名声から、ジャン君は将来性から採用となったらしい。


 この時点でジャン君は奴隷という立場から解放され、同盟の騎士として新しく歩みを進めていくことになる。


 どうやらイサギさんは遠征などの外交目的で編成する部隊は、奴隷を使用しないと決めているらしい。


 同盟内ならいざ知らず、諸外国では立場上奴隷では問題があるのだろう。


 待遇面では騎士よりも良い奴隷も複数いることからも一概にどちらとも言えないが、少なくとも一般的には奴隷()()()()方が外聞が良いのだ。


 ちなみにドルマス達三人は奴隷という立場ではあるが、それぞれが軍事、内外性に従事している例外の一つだ。


 意外なことに、タバサも騎士として認められた。当の本人が乗り気でないため見送りになったが、どうやらイサギさんは彼女に可能性を感じているらしい。


 個人的には苦手な相手ではあるので遠慮したいが、有用な人材であるなら説得して採用した方が良いとは思う。


 ま、本人が嫌ならしょうがないよね? 安心なんかしてないよ? ちく――ルキアちゃんなら大歓迎とかも考えてないし。


 ともあれ。これで色々と盛り上がった闘技大会は終了だ。何か忘れている気がしないでも無いけど、ま。忘れてるくらいだから問題無いよね?


 学園も再開されるみたいだし、今回の経験を活かせると良いな。とりあえず今日は疲れたし、帰って寝ることにしようか。

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