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アヴィスフィア リメイク前  作者: 無色。
二章 新たな時代
52/55

女騎士様の戦いに集中出来ないのですが!

 実に高レベルな大会だ。それが私、オリヴィエ・ジャスティラスの率直な感想である。


 エルディン・マーク・フィンネル。我がジャスティラス王国が誇る上級騎士が一人。


 その彼が、一回戦で敗退したのだ。あろうことか一撃で、である。


 確かに相手が悪かったといえばそれまでなのだが、エルディンは我が国で五本の指に入る猛者だったのだ。


 そして今、一つの試合が終わろうとしている。


 私の腹心であり、良き友、良きライバルたるトモエ・スティルス。彼女の戦いだ。


 相手はかつてのブラックボックスであるサンタイールの神殿騎士だ。滅多に国外では見かけず、それでいて大陸最高の戦力と名高かった相手だ。


 今でこそそのお株を全てアヴィスフィア同盟に奪われたが、かといって別段弱体化したわけでも無い。いや、無かったのだ。


 舐めていたわけでは無い。ただ同盟に圧倒されて霞んでいただけで、その実力は本物だという事実を見落としていた。


 要するに今、トモエは窮地に立っているのだ。


 彼女の本領は小柄故の敏捷さと、非情なまでの冷静さである。手数で翻弄し、相手の精神を徐々に削り取るような慎重な戦いをする。


 時には苦無を投擲し、時にはその苦無で刺す。煙幕やそれに偽装した催涙玉。試合故に殺傷性のあるものは使用してないが、戦闘不能にする程度の神経毒も相手の視覚外から吹き矢にて飛ばしている。


 しかし相手は、その苛烈なほどの攻撃のその悉くを回避している。……それも、開始地点から殆ど動くことなく、だ。


 はっきりいって、異常事態である。確かに彼女の戦闘スタイルは絡め手なので、このような大会では不利といえる。


 だがそれでも、いやだからこそおかしいのだ。普通に考えれば闘技大会の対戦相手にとって、トモエは異質。有利とはいえ、一度も被弾しないなどありえないのである。


 その点からも、対戦相手である神殿騎士、タバサは暗部に精通していると断言できる。


 きな臭い国だとは思っていたが、この事実からもその予想が真実であると裏付けられた。


「これが神殿騎士か。トモエは良く戦っているが、如何せん相手が強すぎる。これは、勝てないな」


 そうあって欲しくないと願いながらも、冷静な自分が嫌になる。だが、それほどまでに両者の実力差は開いているのだ。


 あ、それは悪手だぞトモエ。……破れかぶれに突っ込むなんて、彼女らしくない。一体どうしたと――えっ!?


「――そこまで! 勝者、トモエ・スティルス!!」


 ――なっ!? なん、ですって? あ、あの女! わざと今の攻撃を受けたの? ば、ばばば、馬鹿にしてっ!


 ああ。トモエ、放心してる。……悔しいよね、苦しいよね。真剣勝負で、手を抜かれるなんて。


 許さない、絶対に。私の親友の覚悟、一体何だと思っているのっ!? 神殿騎士タバサ、その名は覚えておきましょう。


「おおっと、決まったー! 勝負あり。怒涛の攻撃を繰り広げたトモエ選手、相手を完膚なきまでに叩きのめしましたーっ!」

「いやぁ。逃げて逃げて、最後は捕まってしまいましたね~。名高い神殿騎士とはいえ、あのような絡め手は初体験だったのでしょう。最後の突進は無謀にも見えますが、敢えて懐に飛び込むという正道を交えたことで逆に捕えきれなかったようですね」

「なるほど、流石は解説歴十年のベテラン解説者っ! 闘技場が出来たその時から実践を見ているだけはありますね!」

「はっはっは。それほどでもあるのだよキミ~。しかしトモエ選手も次はこう上手くはいかないでしょう。搦め手は一度しか効果が無いのが定石。これほどまでに衆目に晒された時点で、次の戦いが厳しいものとなるのは間違いありません」

「初見故に必殺。手の内を知られたトモエ選手の次戦、一体どのように戦うのかが気になるところです! それでは――」


 無能な解説者め。今の侮辱が分からないのか? いや、これはただ盛り上げるために言っているのだろうか。


 どちらでも良い。ただ、許せない。彼女は既に、父と姉をこの国に奪われている。


 その上で彼女の矜持まで傷つけようなど、許されて良い筈が無い。見世物とはいえ、勝負は真剣にしてこそなのだ。


 私の次の相手――ジャンと言ったか。彼には悪いが、圧倒させて貰おう。あの程度なら苦戦はおろか、手加減すら出来る。


 ……一蹴させて頂こう。勝負事だ、許せとは言わない。私とて国を背負う身。舐められたままで引き下がるなど、出来るわけが無いのだっ!



「お、良いぞジャン君。頑張れ、そこだっ! ……えっ、嘘? あ、あぁ。そ、それは駄目だって。――あぁぁぁっ!」

「……負けて、しまいましたね」

「惜しかったよ! 良いのも一発入ってたし!」


 二回戦目が終わった。今回のカードはウチのジャン君VS女騎士オリヴィエだ。結果は見ての通りの敗北である。


 一言で言うなら惜しかった。小手に良いのが入ったのだけど、相手に頭を打ち抜かれてしまったのだ。


 ちなみに後ろで話すのはハルカさんとカレンちゃんだ。興奮したのか前のめりになっている。俺としても二人が触れる肩が暖かく、そして柔らかいので別の興奮が下半身を刺激している。いや、息子は不在なんだけども。


「しかし鬼気迫る表情でしたね。女性騎士とは皆あのような気迫を持ち合わせているのでしょうか?」

「んー、どうなんだろ? ラヴちゃんを見る限り、皆が皆そういう訳では無さそうだけど……」

「あの、ご主人様? ラヴィニス様もご主人様が関わるとあのような表情をされてますよ? 騎士とは即ち護る者。彼女はその何かを護るために戦ったのかも知れませんね」


 え、俺のラヴちゃんはあんな怖い顔しないよ? ……あ。でもそういえば、ヨタカさんとフクロウさんと戦ったときはそんな感じの表情だったかも。当時は凛々しいと感じてしまったから全く怖くは無かったけども。


 ふむ、なるほどな。オリヴィエさんも何かを護ろうとしてたのか。ジャン君は残念だったけど、勝った時より良い表情してたから問題無いよね?


 あれ? ということはつまり彼は女騎士が好きなのか。……これは、仲良くなれそうだな。折を見て是非にとも女騎士談義に花を咲かせようじゃあないか。


「まるで弔い合戦だな。余も同様に挑んできたものを何度も打ち伏せたわ。大方先程のトモエとやらの為だろう」

「え? 何言ってるのパンちゃん、試合見てた? トモエさんは勝ってるじゃんか」

「はぁ。貴様こそあれ程食い入るように見てたのに何で分からんのだ。あの試合、タバサとやらが放棄したのだよ」


 え? 何言ってるのこの魔王様は本当に。自分より弱いものに興味無さ過ぎて、訳の分からんことを言い始めちゃったよ?


 はぁ。全く、これだから強い人は駄目なのさ。勝負はね、勝ったものが強いんだよ? 小学生でも分かることなの。


 仮にあのルーク大好き神殿騎士様が手を抜いていたとしても勝ちは勝ち。大衆がそう認めているんだから、間違いは無いのさ。


 ていうか、当たり前のように俺の両足の間に座るのはやめて? 股間が無防備になって落ち着かないんだが。


 いや、後ろから見える双丘はとても素敵なんだけどね? ラヴちゃんとイサギさんのジト目と、アリスとシャルルの冷たい視線が両側から挿むように押し寄せて来てるから。


 ね、分かるでしょ? パンちゃん意外に空気読めるみたいだし。


「アイ君。貴様は大概失礼なヤツだな。それに余は空気など読めん。ただ余より劣る者の感情が読めるだけだ」

「え、てことは私の考えが筒抜けってこと? いやん、恥ずかしい。パンちゃんのえっち」

「……やはり貴様は大物のようだ。言外に余の方が強いと言っているのだが、気にすらかけていないのだな」


 そうは言われても、感情が読めるなら隠し事しても意味が無いでしょ? 心理内で虚実を交えるなんて無理だし、そもそも難しい駆け引きが苦手だから許して欲しい。


 それに自分より弱いもの感情が読めるということは逆にラヴちゃんとイサギさんのは読めない訳で、つまりは俺の身の安全は約束されたも同然なのだ。


 最悪の場合はイサギさんにお願いして、奴隷契約を強制的に結ばせれば良い。俺としては無理やりは趣味じゃないのでしたくは無いが、いざというときは仕方ないよね。


 今更一つくらい業が増えたところで大差も無いし、最終奥義『先送り』も順次兼ね備えているからな。


 考えてみれば最初に下僕になれって言ったのパンちゃんだし、俺が意趣返しで命令しても問題無いよね? 優位だし。


 良し、パンちゃん。俺の愛玩動物(ペット)になりなさい。一生に一度くらい魔王って生き物を飼ってみたかったんだ。


 大丈夫っ! 安心して? 魔王相手なら心も痛まないし、最後まできちんと面倒みるからさ! ね? 良いでしょ?


「だが断る。余にアイ君を襲う意思は無いし、敵対するつもりも無い。故に愛玩動物(ペット)になどなってやらん!」

「げげっ! じょ、冗談だってば。声に出したら皆に私が下種だってバレちゃうから止めてよ! 謝るからっ!」


 やばっ、こんな意趣返しが出来たのか。くっ。パンちゃんったら頭が緩そうな見た目してるのに、実は優等生だったのね。


 あ、ナチュラルに失礼な事考えちゃった。これは違うから。その、遊んで――いや、交友関係が広そうだなぁと思っただけで。その、他意は無いから。


 流石は魔王の娘! うんうん。やっぱ肩書から違うよね! カッコいいし、強そう。一度で良いからなってみたいねっ!


「はぁ。別に気になどしなくて良い。むしろ貴様ほど素直な者は珍しいくらいだからな」

「怒ってないの? 魔王様って、実は寛大なんだね。意外だなぁ」

「それに余はまだ生娘だ。遊んでなどおらぬ。だいたい魔王など、別段良いものでも無いのだぞ?」

「ほほぅ? パンちゃんは処女なのか。――良し、イサギさん。ヤっておしまいなさいっ!」


 なんてな。いやはやパンちゃんはノリも良いし、冗談も通じるしで話していて楽しいわ。


 ラヴちゃんやイサギさんと話すのも当然面白いんだけど、何かと俺を立ててくれるからな。ありがたいし嬉しいけど、歯に衣着せぬ相手というのも新鮮で良いね。


 ていうかこの世界の男は不能しかいないのか? 今までも思っていたが、美人が放置され過ぎじゃない? もしかしてアヴィスフィアの貞操観念って、現代日本よりも清廉潔白なのかな。


 そうなるとイサギさんや俺の立場って……いや、皆まで言うまい。良いんだよ、下事情なんて個人の自由なのだから。


「承知した。『深淵核(アビスコア)』」

「「――えっ?」」

「直ぐに済む。アイは引き続き大会を楽しんでいてくれ」

「ちょっ!? え、えぇぇぇっ!? イサギさん、待――っ! …………行っちゃった」


 ど、どどど、どうしよう? お、俺が不用意な発言をしたばかりにパンちゃんがっ! な、なんで? 冗談だったのに!


 いつものイサギさんなら分かってくれるはずでしょ? む、無理矢理なんて駄目だよっ!


 お、俺のせいだよね? ど、どどど、どうしたら良いんだ? そもそもパンちゃんは何処に行っちゃったの? イサギさんは?


「アイヴィス様、落ち着いて下さい。イサギ様なら魔王になど負けませんよ?」

「え、ええっ!? い、いやイサギさんというか、パンちゃんが心配なんだけども」

「えっ? 何でですか? 相手は魔王です。遠慮など、一切合切無用だと思いますが」

「で、でも魔王だからと言って何をしても良いわけじゃないよね?」

「だとしても、アイヴィス様の事情を知ったものを野放しになど出来ません。理不尽といえばそうなのかも知れませんが、私達が居なければアイヴィス様は下僕にされてしまっていたでしょうからお互い様だと言えるでしょう」


 え、嘘。俺今密かにピンチだったの? ま、まさかパンちゃんだって本気で下僕にしようなんて思って無かったよね? ね?


 もっと言えば彼女は魔王じゃなくてその娘なんだから関係ないよね? 親は親、子は子なのだから。かといって、全く責任が無いわけでは無いと思うけども。


 ラヴちゃんの説明によれば、魔王とは”挑まれる者”であるとのことだ。


 誰よりも強いことが前提条件で、勇者以外に負けることは許されない孤高の存在。というのは建前で、魔王を倒した者を勇者と認定する一種の職業のようなものなのだという。


 勝てば全てを手に入れ、負ければ全てを失う。弱肉強食の頂点に立つ、それ即ち”魔王”なのである。


「アイちゃんが気にすることは無いと思うよぉ。パンデュラちゃんってぇ、それは有名だからね~」

「そうですわね。サンタイール教団の象徴たる女神像を全て破壊して”神敵”認定されてますし、気まぐれに傭兵業をやったときには街を丸々一つ破壊して国を一つ滅ぼしてますわ」

「あー、そうみたいだねぇ。昔、お義父さんが言ってたよ。あれは”天災”だってぇ。巻き込まれるのほうはたまったもんじゃないぃって、顔を真っ赤にして怒ってたよ~」

「以前の帝国も幾度となく被害を受けてますし、同様の認識をしていたみたいですわ。先程の態度を見る限り、本人は全く悪びれてない様子ですわね」


 あれ? 思ったより悪いことしてらっしゃいますねパンちゃんさん。これは親である魔王様には責任を取って貰わないと。って、これも程度によるな。そう、ケースバイケースなのさ。


 うーん。でもなんか彼女に対しての申し訳なさが薄れてきたな。むしろ手綱を付けて管理した方が世の為人の為なんじゃなかろうか。まぁ俺には扱いきれ無さそうだし、イサギさんに全てお任せしようか。


 世間の評価が全てだとは言わないが、火のない所に煙は立たぬというしな。神敵として殺されるよりかは幾分かマシだろう。


 良し! この話は終わりにしよう。何度目か分からない先送りをして、闘技大会を最後まで楽しませて貰おうかな。



 閑話休題。



 パンちゃんの脱落で不戦勝で勝利した者も居たが、大会はいよいよ大詰めとなってきた。


 勝ち残ったのは以下の四名である。


 一人はジャスティラス王国上級騎士、オリヴィエ・ジャスティラス。騎士の模範というのが彼女を表す上で一番適切な言葉だろう。女性騎士とは角たるべき。その言葉を体現している唯一無二の存在だろう。


 同じくジャスティラス王国からトモエ・スティルスだ。彼女は騎士とは打って変わり、どちらかと言えば現代日本でいう”忍者”に近い。多種多様な戦術で相手を翻弄し、針の穴を通すかの如く緻密な攻防を行っているのが印象的だ。


 そして三人目だが、端的に言えば地味な青年である。名は何といったか、それほどまでに印象に残っていない。なぜそんな彼がここまで来れているのか、正直俺視点では理解が及ばなかった。


 もしかしたら影が薄いタイプの実力者なのかも知れない。黙して語らず、ただ結果のみでその立場を示す猛者。だったら面白いかも知れないけど、現実はそう物語みたいにはいかないだろうな。


 最後はシードである闘技場の主だ。見た感じ小柄な少女のように見えるのだが、本当にあの華奢な身体で九十九回も勝ち残った猛者を屠って優勝しているのだろうか? 正直言って、信じろという方が難しい。


 ほんのりと薄紅に染まった白い耳、そして尻尾。身長は低く手足も短いが、胸はそれなりにあるように見える。うっすらとシックスパックとなっている腹筋や、しなやかな筋肉の太腿。……ふむ、まるでJCくらいの年代のモデルさんのようなスタイルだな。


「四人中三人が女性か。もしかしてこの世界は、女性の方が男性よりも強いのかねぇ?」

「いえ。現代日本と同様に、闘技大会などの身体能力を競う催しは男性の方が有利です。今回は実に珍しいケースと言えるでしょう」

「言われてみれば屈強な男性が多かった気がする。皆が皆鳴かず飛ばずで、あんまり印象に残って無いのが残念だが」


 男女差別だというなかれ。どうしたって力を競う大会は、その身体に依存することになる。故に男性が有利なのは仕方ないのだ。


 いくら魔力で身体強化しようとも、最終的には肉体に依存する。魔法という形で出力して他の現象を起こすなら兎も角、シンプルな膂力はどうしたって性差が生まれてしまうのである。


 そう考えると闘技場の主は相当の実力を持つことが分かる。男性はおろか、同じ女性の中でも小柄な彼女が勝ち残る。それだけでも相当に難易度が高いのだろうということが伺える。


「準決勝の初戦はジャスティラス王国のお二人が競われるようですわ。騎士様と忍者様、どちらが勝つのか楽しみですわね」

「シャルルはどっちが勝つと思うー? 私はトモエちゃんかなぁ。オリヴィエさんって搦め手に弱そうだしぃ~」

「私は断然オリヴィエ様ですわ。無駄のない完成された騎士剣。あの境地に至るまで、相当の努力をされてきたのだと思いますわ」


 えー、そうかもだけどぉ。と反論するアリスに、決闘という有利条件もありますわ。と理詰めをするシャルル。


 正反対な二人だが、相性はとても良いらしい。これは一緒に生活してきて改めて感じることでもあるので、まず間違いないだろう。


 ちなみに忍者とはトモエ嬢のことで、俺が便宜的にそう話していたらいつの間にか定着していたという余談がある。


「アイちゃんはどう思う~?」

「そうですね。私もアイちゃん様のご意見がお聞きしたいですわ」


 おっと不味い。仲の良い二人を眺めてほっこりしてたから、全然何も考えていなかった。


 ん-。心情的には女騎士様に勝って欲しい気もするけども、くのいちも捨てがたいなぁ。


 今までの戦いを鑑みるに、戦闘力だけで見れば五分五分に見える。そうなれば有利な方が勝つのが定石だろう。


「女騎士さんの方かな。騎士を決める大会だし、個人的に彼女はその理想形だと思うしね」

「あぁー、そっか。そうだよねぇ。アイちゃんはらぶちぃのことを溺愛してるし、そう言うよね~」

「そうですわね。寝ても覚めてもらぶちぃ様と一緒に居られますし、そう言いますわね」


 な、何だよ良いじゃんか別に。ラヴちゃんと一緒だとどんな場所でも居心地が良いんだからさ。離れるなんて、もう無理だよ。


 あれ? そう言えば今まで不思議に思わなかったけど、ラヴちゃんってトイレとかどうしてるんだ?


 俺のには着いて来てるけど、彼女がしてるのは見たことないぞ? や、別に見たいとかじゃないんだけども。


 仮にイヴなら俺と入れ替わるタイミングで行けば違和感なく済ますことは出来るが、流石にこんなにもずっと一緒に居てその所作の片鱗すら感じさせないなんて可能なのか?


《通告。個体名ラヴィニスは、人体から排出される汗や匂い、糞便などの老廃物などの無駄なものを電子分解して魔力(エネルギー)に変換する『魔成電解』という個別(ユニーク)特性を所有しています。本来であれば排便はおろか、入浴の必要性すらありません》


 な、何その便利すぎる特性。美少女はトイレに行かないという伝説を地で熟すなんて凄すぎじゃないですか俺の嫁は……っ!


 お風呂も洗いっこもわざわざ付き合ってくれていたのか。まぁ身体が必要が無いと言っても、精神はまた別だろうしね。


 楽しそうにしてたし、全く意味が無いなんて言うことは無いだろう。スキンシップって思いのほか重要だからね。


《追伸。生み出した魔力を常時展開している方位魔障壁に供給することで、半永久的に防壁が機能します。最近ではその他に皮膜ほどの薄い魔障壁を自身とマスターに張る技術も身に着けたようですよ》


 な、何て健気なんだラヴちゃん。惚れなおしたぜ。勝負に勝って試合に負けたイサギさん達との初戦の反省を活かし、自身の成長に繋げていたんだね。


 俺もそれなりに頑張ってきたという自負があるけど、費用対効果で言えば全然及ばないな。もっと精進しなければならんな。


《蛇足。余談になりますが、マスターとラヴィニスの睡眠時の守護はイヴの使命です。頑張って守ってますので、褒めて頂いても宜しいのですよ?》


 イヴちゃん偉いっ! 愛してるよ!! 不甲斐ないマスターで恐縮だけど、死ぬまで一緒に生きようぜっっ!


《羞恥。自分で煽ってみたものの、思っていたよりも恥ずかしいですマスター》


 珍しいな。イヴがそんな前面に感情を出すなんて。俺としても嬉しいし、そういうお願いは何時でも聞くからなっ!


「そう言えばアイヴィス様は昔から女騎士がお好きでしたよね? ……私よりも、あの者の方が良いのですか?」

「え、ラヴちゃんの方が断然好きだよ? 女騎士が好みなのは否定しないけどね」

「……アイヴィス様は、本当に口がお上手ですね」

「本当だってば。ラヴちゃんみたいに、ちょぉぉぉっとばかし癖がある女騎士様の方が魅力的だと思うんだ。彼女はなんというか、お堅すぎるよね」


 上手も何も、ただの本音でしかないんだが。女騎士への理想は確かにあったけど、それとこれとは別問題だからね。


 俺自身を棚に上げてまで言うことでも無いんだが、ラヴちゃんのように依存癖があるとかの欠点がある方が愛せると思う。


 それら全てをひっくるめて彼女の魅力だと思うし、少なくとも俺はそんな彼女が大好きだ。


 俺嫁誓約を躱した当初よりももっとずっと好きになっていると思うし、俺自身も彼女に依存している自覚がある。


 それそのものを悪という人も世の中には居るだろうけども、恋や愛など所詮は時間の問題だ。ともすれば依存でも、細く長く続くものの方が俺は良い。それこそ出来うるなら永遠に、である。


 誰が何と言おうと、好きの一言だけで真っ赤に染まるチョロ甘なラヴィニスは俺の嫁だ。絶対に誰にもあげないし、渡さない。


「あのぉ、二人の世界に入っている所悪いんですけどぉ~。試合、始まってますよぉ」

「アイちゃん様。私達をお忘れになられてはいけませんわ。……えぇい、ですわ!」

「あ、シャルルったらずるっこなんだぁ。私も忘れちゃだめだよー? ぎゅ~」


 ちょ、魔乳で前が見えなくなった。あれ? もしかしてまた成長していませんかシャルルさん。


 アリスも太腿にお尻を押し付けないの! 全くもう。はしたないよ、嫌いじゃないけど。


 くぅ。しかし二人して俺の性癖にピンポイントで刺さるクリティカルな攻撃をしおってからに。


 それに目立ってるって! 各国の重鎮達が、何やら柔らかな視線でこっちを見てるから!


 流石に会話の内容までは聞こえてないとは思うけど、メイド長を中心に百合の花が咲き誇っているのは色んな意味で不味い気がする。


 とりあえず、試合に集中しようか。同郷の二人がどう戦うのか興味あるし。なので、えいっ! そして、やあっ!


「ふぁぁぁっ!? あ、アイちゃん。こ、こここ、こんな人前で。前は、駄目だよぉ~」

「ふぅぅぅん!? あ、アイちゃん様。そ、その。先端は敏感なので、優しく触って下さいまし」


 知ったことでは無ぁい! 今は好カードの二人を観戦する方が大事なのだよ! ていうかシャルル、触るのは良いのね……。


 ともあれ。もじもじしながらも二人とも自身の席に着いたし、これで漸く試合に集中できそうだ。


 ふむ。しかし流石に同郷だけあって、互いの動きを熟知してるな。……いや。流石に読みが良すぎるし、元々彼女達は近しい存在なのかも知れない。


「いつの間にやら慣れてしまって、このくらいのセクハラなら嫉妬もしなくなってしまいました」

「それは嬉しいやら逆に勿体ないやら、だね。でも、ラヴちゃんのそういうチョロいとこも好きだよ。……あとセクハラじゃなくてスキンシップだからね? 嫌がるどころか喜んでるでしょ?」

「はぁ。……アイヴィス様? チョロいと言われて喜ぶ女性なんて居ませんからね? 全くもうっ」


 ふむ、台詞の割には棘が無い。これは怒ってませんね。むしろ、好きと言われて喜んでるまであるな。うーん、可愛いすぎるだろ俺の嫁さんは本当にもう。


 俺としても、アリスとシャルルを蔑ろにはしたくない程度には好きになってしまっているので有難い。


 そもそも好意を向けてくれてる美少女をぞんざいに扱うなんて俺には無理です。引けないとこまで来ちゃってるしね。


 ラヴィニスが許してくれるなら。俺の判断基準はその一点に限るのだ。そして、ヒトの欲望は果てしない。


 いや本当に我ながら、何でこんな俺なんかのことを皆愛してくれてるんだろうね? もし反対の立場だったら絶対に無理だわ。


「…………良いなぁ」

「はぁ。……お母さん。本来なら羨ましがるんじゃなくて、止めなきゃなんだからね?」


 ふむ。何やらハルカさんがじーっとこちらを見つめているのだが。……ホントに、セクハラはしてないですからね?


 カレンちゃんも溜息ついてるし、うん。これは藪蛇になりそうだし、聞こえなかったことにしようか。


 ん-。しかし当初の予想通り、女騎士さんの方が優勢みたいだね。忍者さんは少し動きが鈍い気もする。


 何となくだけど、自分の行動に自信を持ててなさそうな動きをしてるっていうのかな? ワンテンポ遅れている気がするんだよね。


 どうしたのだろう? もしかしたらルークスキー娘との試合をまだ引きづってるのかな? そうなると試合を放棄したっていうパンちゃんの断言にも真実味が出てくるな。


 そういえば、パンちゃんは大丈夫かしら。……いや、皆まで言うまい。


「ふむ。どうにか試合が終わる前に戻ってこれたみたいだね」

「あ、おかえりなさい。噂をすれば、というか。ちょうど今考えてたところなんだ」

「ほほう? 居ないときまでアイの心を惑わしてしまうとは。我ながら、罪な女だよ」

「あ、うん。確かにイサギさんには毎回驚かされてるけど、基本的に感謝しかないから問題ないです」


 今のこの幸せはイサギさんが居なければありません。本当に感謝しています。


 なので、ちょっとくらいの俺の顔でのドヤァにはイラつかないから。以前より自然体なのが鼻にはつくけども。


 しかしいずれ戻れると信じているが、どうやれば良いのだろうね? 全然想像がつかないよ。


「ふふっ。どういたしまして。それと魔王だが、今回は躾をアイに一任しようと思っているんだ」

「えっ!? それってもしかして”調教”しろってこと? わ、私に出来るかなぁ」

「ふむ。方法は任せるよ。相手が魔王なら心境的にも問題無いだろうし、相手としても申し分ない」


 うぅ。確かは奴隷ギルドに所属してるわけだし、いつかはお手伝いしないといけないとは思ってもいたけど。やっぱり抵抗あるなぁ。痛くするのもエッチなのも、同意無しでやるのは気が引けちゃうんだよね。


 でも、いつまでも甘えたことも言ってられないか。俺達は国家、そして同盟としても奴隷を専門に扱っていくんだから。


 それに、正直負い目も感じてはいたんだよね。イサギさんばかりに手を汚させている形だったしな。


 ……試練、か。確かいつの日かつぐみんが言ってたな。覚悟を決める日が絶対にくるって。


 そしてまさに今、一つのターニングポイントを迎えているわけだ。と言っても、答えは既に決まっているんだけどね。


「……分かった、任せてよ。出来るかは分からないけど、やる限りは全力で頑張ってみる」

「む? 意外だな。正直、断られると思っていたよ」

「夫を支えるのは妻の努め。これでも私、イサギさんの正妻だからね。毒を食らわば皿まで、覚悟は出来てるよ」


 既にイサギさんと奴隷ギルドの恩恵を受け過ぎている。今更知らぬ存ぜぬという訳にはいかないだろう。


 受けた恩は返す。全部完済するには借りを作り過ぎたが、せめて業ぐらいは一緒に背負いたいからね。


 偽善と言えばそれまでなのだが、仮にも夫婦となったのだ。少しでも負担を軽減してあげたいのである。


「ぐ、ぅ。……困ったな。アイが愛おしすぎて、どうにかなってしまいそうだ」

「あははっ。嬉しいけど、襲うのは元の身体に戻ってからにして下さいね」

「……そうだね。私の我慢も限界に近いし、そろそろ次の段階へと移る時期かも知れないね」


 おお、いよいよ元に戻れるのかな? はぁ~、良かった。や、この身体も素晴らしいんだが。もうね、限界なの。


 それに今後調教に携わるなら余計に早く戻らないと。フラストレーションが溜まり過ぎて、色々とやり過ぎてしまうかも知れないからね。


 従順な奴隷にするというのは非常に重要だ。ギルドの信用に直結するし、何より奴隷自身の身の安全のためにもなる。


 反抗的な態度を取れば、当然雇い主から信頼も得辛い。体罰などの要因のひとつにも十分なりえるのだ。


 ともあれ。詳しい話はまた後日で良い。今は大詰めとなった試合に集中しよう。と言っても既に趨勢は決しているが。


「ふむ。どうやら決着が付いたようだ」

「ん-。試合前の予想に反して一方的に優勢のまま終わっちゃいましたね」


 結果は大方の予想通り、女騎士さんが勝利した。膝を付き、肩で息をする忍者さんに対し、額に一筋の汗を掻く程度で圧倒している。


 身体のキレも良さそうだったし、頬が紅潮する程度には興奮もしている。顰め面をしている以外のコンディションは最高に見える。


 試合展開的には一方的で見世物としては面白みに欠けていたが、二人の間ではまた違う掛け合いがあったのだろう。


 これは、決勝が楽しみになってきたな。その前に一戦地味な青年の試合もあるが、流石に闘技場の主が負けることは無いと思う。


 この時俺の予想は良い意味で裏切られるのだが、当然今の俺に知る由は無いのだった。

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