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アヴィスフィア リメイク前  作者: 無色。
二章 新たな時代
51/55

魔王様が闘技大会を楽しんでいるんだが!

 雲一つない晴天。まさに絶好の観戦日和となった今日。俺はイサギさんに連れられてアインズにある闘技場まで足を延ばしていた。


 連れられてとは言ったが、今回の催しは内外含めた公式のものとなるので、俺はあくまでもアリスやシャルルのお付の人という立場である。


 要するにメイド長のようなものだ。当然ステラやエステル、ハルカさんにカレンちゃんも同伴している。……ちなみにたまちゃんは人込みが苦手なので連れてきていない。


 従者としての立場なので本来は座る席などは無く立ち見なのだが、イサギさんの一命によりメイド一同は彼らの直ぐ左側に二列となって観戦することを許可されている。


 その様子を見た他国の王族などの重鎮達は少し不振がっていたが、盟主が沢山の女性を囲っているという事実は既に有名となっているためか、比較的容易に受け入れられたようだ。


 早い話イサギさんのお手付きの者達なのだと認識されたのだが、だからと言って観戦に支障は無いのでどうでも良い。


 彼らの大半はイサギさんより右側の位置に席を設けられている。差し当たって理由などは無いはずなのだが、俺との間に自分を挟むことによって、少しでも俺が目立たないようにしているのかも知れない。


 今回参加を表明した国は全部で三カ国となる。


 一国はジャスティラス王国。騎士主体の民主国家で、我らが同盟の一番の隣国である。当初こそ間者などの様々な方法を用いて同盟の秘密を探っていたらしいのだが、戴冠式を境に方針を変えたようだ。


 今では一番の友好国であると内外に謳っているそうで、故に三カ国中唯一参加枠を三つほど確保出来たのだとしている。


 イサギさんとしても一番身近な国家だけあって、多少の便宜を図ったのだ。そして、彼らの中のいずれかが輝かしい戦績を残したその暁には、奴隷では無く客人として我らが同盟の騎士団に招かれることとなる。


 当然定められた制約に対して誓約にて同意して貰うことになるが、この闘技大会の結果次第では初めて奴隷以外の騎士が生まれるのである。


 新興国とはいえ、あれほどまでに徹底的に国内を変革したイサギことクロウとしては意外と言えるのだろう。だがここだけの話、国民及び同盟に席を置くもの以外は奴隷にする気はないらしい。


 その証拠に魔法大学では他国の留学生が確かに存在しているし、旅行者や一時滞在者なども正式な手続きさえすれば認めている。


 意外なのが聖サンタイール教国の参加だ。彼らの持つ神殿騎士は”神罰”と称される戦い以外で本国から出国することはない。儀礼などの場合ではその限りでは無いが、今回のような言うなれば世俗的な催しに参加するなど考えられないのである。


 それほどまでに我らが同盟の内情が気になっているということなのだろう。逆に言えば、例外的に出国を認めなければならないほどにこの国は情報統制が規制されているということになる。


 国民全員が奴隷だなんて俺も聞いたことないし、そうであるが故に嘘や裏切りというヒューマンエラーが起こりえないのだ。


 命令という名の法律に逆らうものは既に国外に放逐されているし、貴族も撤廃されて横の繋がりも絶たれた完全なる絶対王政なのだからね。


 ちなみに最後の参加国は魔国連邦だ。


 アインズの東方にある巨大な運河の先にあり、皇国であったころからも盛んではないが外交もあった国々だ。


 魔国とはまさに言ったもので、彼らは現代の地球でいうアメリカ合衆国に近い。大陸では既に血統は失われている純血のエルフを始め、ドワーフや魚人、蜥蜴の頭を持つリザードマンに小人族。多種多様な種族が雑多に入り組み生活をしている。


 中でも魔族と呼ばれる種族はその名の通り、ヒトの数倍から数十倍の魔力を内包しており、身体能力や知力も高い。長命種がほとんどを占め、ヒトが住めない場所でも平気で暮らせるほどには生存能力が高い。


 大昔は人族との間でそれは大きな戦争を繰り広げたようなのだが、最終的には運河を挟んだこの境界で二分することで和平協定を結んだらしい。


 勇者、そして魔王。彼らには因果関係があり、どちらかが生まれたら当然の如くもう一方も誕生するのだそうだ。


 争いの種になろうそんな存在ははた迷惑なだけなのだが、彼らが存在するということには何かしらの意味があるのだろう。


 ちなみに魔族の個体数はヒトの千分の一、あるいは万分の一とも言われている。早い話ヒトはその物量を以て彼らの相手をしていたのだ。


 さて、それはさておきその強力な魔族がなぜこのような催しに参加したのか、だが。


 九十九戦無敗の女傑に、純粋に興味があったらしいのだ。なぜ俺が知っているのか、当然イサギさんの紹介からだ。


「どうだいアイ。彼女が魔族だ。どうやらこの娘は、魔王と呼ばれた古の魔族の血縁だそうだ。面白いだろう?」

「面白いかどうかは置いといて、とても素敵だと思います。ええ、ええ。なので私は早く席に着きたいのですが」

「なんだアイ。照れているのかい? ふむ。確かに中々なスタイルだ。良ければキミ、私の奴隷になら――」

「――あぁっ! もう始まっちゃいますよイサ――クロウさん! わ、わぁ。最初はジャン君なんだ。彼が戦うの初めて見るからタノシミダナー」


 そう。とても凄かったのだ。何というか、目が合うだけで死を連想するような、そんな巨大な威圧感を放っていたのだ。


 話によればイサギさんやラヴちゃんの方が戦闘力も魔力量も上なのだそうだが、あのヒトを射殺すようなオーラはやばい。危うく公衆の面前で失禁して気持ちよくなるところだったよ。


 しかしまぁ魔族というのは皆あんなにも恐ろしいものなのかね? いやはや、勇者ってのはその名の通り実に勇ましいね。俺じゃブルッちまって、彼らの対面に立つことすら難しそうだぜ。


 全くイサギさんはこんな怖ろ――素敵な魔族様を自身の奴隷、はたまた俺の生活圏内に入れようなんてそんな恐れ多い。俺はそんなこと全く考えていないのでその、こっち見ないで貰えませんかね?


 な、何で俺見られてるのコレ? 試合、始まるよ? 貴女その為に来たんでしょっ!? ていうか見るなら俺じゃなくイサギさんにして下さいお願いします。俺は何も知らないし、言ってませんから。


「……アイヴィス様。あのような小物、私一人でいつでもどうにでもなります。なんなら今から魔国へと斬り飛ばしてみせましょう」

「――ちょっ!? だ、大丈夫だから煽らないで? ほらみてよあの迫力。あれならチョコルドンの雌すら睨み落とせそうじゃんか。……ラヴちゃん。我々はもう良い大人なんだし、スルーする力も必要だと思うんだ。ね?」

「流石はアイヴィス様です! そのような聡明な考えがあったのですね! 私はなんと浅はかなのでしょう。自分の短慮を恥ずかしく思います」

「うんうん、分かってくれて何よりだよ。気にしない、何も見えてない。だいじょーぶ、だいじょーぶ」


 か、勘弁してくれよ。魔王の血族とか、絶対関わっちゃ駄目なヤツじゃないか。ま、まぁラヴちゃんも分かってくれたみたいだし、試合に集中しよう。何か失礼があったのかも知れないけど、気づいてないから仕方ないよね!


 それにしても、ジャン君意外に強かったんだね。相手の方が二倍近く大きいのに翻弄してるよ。や、見直した。俺ならあんな如何にもな大男に挑むなんて絶対無理だね、うん。


 距離を取らせずに肉薄して、薄皮一枚で回避する。相手は到底剣術とは言えない大振りでお粗末な剣捌きだけど、あれほどの体格差がある相手とゼロ距離で戦えるのは凄い。


 確かに距離を取られると間合いの差で不利なのは理解できる。しかしそれはあくまで観戦してるからこそ言えることで、あの巨体に目の前に立たれたら足が竦んで動けなくなったとしてもおかしくはないはずなのだ。


 少しでも歯車が狂えば一発K.O.も在り得るだろう。……ふむ。もしかしたら勇者とは、ジャン君みたいな子のことを言うのかも知れないね。俺は無理だ。仮に慣れたとしても遠慮させて頂こうじゃあないか。


 しかしながら余裕のない表情が気になるな。被弾もしてないし、相手はもう子供の駄々にしか見えないというのに。


 お、勝った。息も乱れてないし、汗も掻いてない。圧勝といっても過言は無いのだが、うん。全然喜んでないな。


 ん-、分からない。でも、おめでとう! おそらくあの程度の相手じゃ満足出来なかったのだ。次に期待、だね。


 しかしイサギさんの言う通り、知ってる顔がチラホラいるな。初クエストで絡んで来たおっかない女騎士と一生懸命な乳首ちゃ――治癒士の娘さん、か。おそらくだが、彼女達も闘技大会に参加するのだろう。


 あれ? でもあのイケメンさんが見当たらないな。イリシアでは何やら忙しそうだったし、本国であるサンタイールに帰ったのかもね。


 残念。あの騎士様なら実力も十分だし、ジャン君も満足出来たかも知れないのになぁ。ま、無いものねだりしてもしゃーなし。


 って、げげっ!? 見てるのがバレたっ! 嘘。結構な距離あるのに、何で? こっち向いて何やら話し込んでるし、やっぱりこれ、気が付いてるよね?


 あれれー、おかしいなぁ。俺ってそんな目立つのか? 確かに可愛いし、神の創った最上の天使のような見た目はしているけども。


《通告。唐突に褒められて恥ずかしくなって声を掛けてしまいました。マスター、あまり大袈裟に持ち上げないで下さい》


 や、大袈裟も何もただの真実でしかないんだが。イヴのデレが見れたし、グッジョブ俺とだけ言っておこうか。


《嘆息。はぁ。マスターは本当に相変わらずで、イヴとしても安心致しました。ありがとうございます》


 何のこれしき、どういたしましてよ。何ならイヴの良いところ、今からじっくりたっぷりと時間を掛けて説明してあげようじゃあないか。


《通告。間に合ってます、マスター》


 ちぇー、つれないなぁ。ま、確かに今は試合に集中すべきだね。危うく一日が終わってしまうところだったよ。


 次の相手は、お。ジャスティラス王国の騎士様か! イサギさんによると『決闘』っていうまさに闘技大会にうってつけのスキル持ちだったはず。どんな戦いするんだろう、楽しみだな。


 相手は――えぇぇっ!? ま、ままま、魔王様ぁ? あ、あれ? さっきまでここに――いないっ!? い、いつの間に……っ!


 あ、こっちみた。ちらっとだけど。……ふむ。肩を竦めていることから察するに「はぁ、この程度の移動すら目で追えんのか。ヒトとは角も残念なものよ」とでも言いたいのだろうか。


 少し被害妄想も入っているかもしれないけど、ウチのラヴちゃんの方が断然早いんだからね! 負けないよ?


「ふっ。私の相手は貴女なのか、ミスマドモアゼル? 悪いことは言わない。その麗しい肌に傷がつかない内に降参したまえ」

「…………」

「あーはっは。そのような熱烈な視線をありがとう。だが、私も国を背負ってここに来ている。やるのならば、手加減は出来ないのだよ」

「……『魔装』」


 ゆ、勇者は一人じゃなかったのか。あの凄まじい威圧を受け、尚も相手を気遣う様な発言が出来るとは……。


 正直イケメンというだけで俺としては嫉妬からの偏見を持ってしまっていたのだが、これは考えを改めなければなるまいな。


 ふむ。ルーク君はどちらかというとキリっとしたイケメンだったけど、彼は柔らかな甘いマスクの二枚目って感じかな。


 それにしても『魔装』、ね。一瞬にして彼女の装備が変化したことからも『纏衣』に似たスキルなのだと想像がつくが、極端に布面積が少ない以外の違いが分からないな。


 武器は指定された刃の潰された刀剣の中の大剣のままだし、ルール上も問題は無い。というかビキニアーマーなんて初めて見たぞ? あんな装備で一体何が守れるというのだろうか?


 それにしても凄いな。浅黒い肌に豊満な胸、打てば跳ねそうな躍動感のある尻。そのほとんどが衆目に晒されている。


 特に目立つのはやはりあの立派な角だろう。吸い込まれるような漆黒の、羊によく似た丸くカールしたアモン角。


 寝るときとか邪魔じゃないのかなどとしょうもない勘繰りもそこそこに、一目見てカッコいいと思える特徴だ。


 対する勇者は重装備だ。白銀に煌めく騎士鎧は荘厳そのもので、中段に構える姿に隙は無い。魔王と同様刀剣は刃の潰された鈍らだが、それを補って余りあるほどには似合っている。


 どうやら彼は直剣と盾を併用するバランスタイプらしい。俺もどちらかと言えばその型に属しているので、今後の参考に大いに役に立ちそうだ。


 ははっ。何か年甲斐も無くワクワクしてきたな。まさかこの目で勇者と魔王の戦いが見れるとは、いやはや人生というものは分からないものですなぁ。


「我が名はエルディン・マーク・フィンネル。ジャスティラス王国における上級騎士が一人である! いざ尋常に、勝負っ!」


 ――なぁっ!? な、何ていう踏み込みだ。……速い。まるで羽根が生えているかと錯覚するかのようだ。


 間違いなく重いであろう騎士鎧。いくら駆動部分が最適化されて動きやすくなっているとはいえ、彼は本当に人間なのか?


 決闘。名乗りを上げることで己を鼓舞し、その身体能力を向上させる対単体における有効なスキル。なるほど確かにこれは強力である。


 左手に構えた盾を中心に突進するエルディン。そしてその推進力で相手を場外に突き飛ばすつもりなのだ。


 技名はシールドバッシュ。守りながら攻める。至ってシンプルな技だが、場外がある決闘に於いて非常に有効な攻撃方法だ。


 対する魔族は一向に動く気配が無い。未だにだらんと大剣を地につけ、何ともつまらなそうに正面を伺っている。……もしや、エルディンの動きに付いていけていないのか?


 俺のこの身体はどうやら才能に満ち溢れているらしいので彼の動きは見えているが、一般的なヒトがその動きを認識するのは困難なのかも知れないな。


 上から俯瞰してみているのも大きい。実際に相対したら距離感を掴むのに苦労しそうではある。


 ふむ。存外魔王様というのも大したことは無いかもな。大戦とやらは当の昔に終戦しているそうだし、現代日本と同じで平和ボケしているのだろう。


「幻魔流。宵の型……『三日月』」


 エルディンが魔王様に盾を突き出したそのとき、俺の目に彼女が虫でも払うかのように腕を振るう姿が映った。


 え、いつの間に大剣を振り切ったんだ? それに、あれ? 彼は何処にい――っ!?


 ――ビターン! ずるずる、どさっ。


「――うわぁっ!? え、えええ、エル、ディンさん? ……あ、あのー? だ、大丈夫ですか?」


 び、びびび、びっくりした! あ、ああ。端正な顔がラヴちゃんの方位魔障壁に阻まれて何とも残念なお姿に……。


 おお、盾が真一文字に凹んでるよ。俺には見えなかったけど、接敵した瞬間にきちんとガードしていたんだ。流石です。


 しかし何ともはや、魔王様の膂力は一体どうなっているんだろう。闘技場の中心から三階建てくらいの高さにある俺の席までヒトを飛ばすことが出来るなんて。……もしかして、狙って飛ばしたのかな? い、いやぁ。まさか、そんなはずないよね?


 ……ちらっ。――ふぁぁっ! こっち見てるっ! これでもかと言わんばかりのドヤ顔で俺の慌てる姿を伺っていらっしゃる!


 な、何で俺に対抗意識燃やしてるの? 多分これ、そういうことだよね? 心当たり、無いんだけど。


「アイちゃん。びっくりしたのは私も分かるんだけどぉ、その人そのままだと危なくなーい?」

「確かにこのままだと危険ですね。アイちゃん様。私、係りの者に連絡して参りますわ」


 シャルロット様に行かせるわけにはとエステルさんが代わりに向かい、ステラさんは倒れているエルディンさんを仰向けに寝かせている。


 ハルカさんが何処からともなく枕のようなものを取り出して彼の頭を高い位置で固定すると、これまた何処からともなくカレンちゃんが濡らした布を見繕いその額へと乗せている。


 そう。何ともまぁ鮮やかな手つきで、あれよあれよの間に緊急医療体制が整っていったのだ。


 場内もざわめきが収まらず、各所で「一体、どうなっているんだ」というような声が上がっている。


 先程の攻防は実に高度な上に一瞬の出来事だったので、観客の大多数が状況を正確に認識していないのだろう。


 かく言う俺も、未だに心の臓がバクバクと脈打っている。それが果たして興奮なのか恐怖なのか、いまいち判別が付いていない。


 と、とりあえずエルディンさんとやらを治療しておこうか。斬撃自体は防いだみたいだけど、魔障壁に頭から突っ込んじゃったしね。


「……治癒ヒール。――良しっ! 顔色も良くなったし、首も変な方向に向いていない。プライド以外は治った、大丈夫」


 治癒ヒールⅢ。経験を積んだ上に前回のクエストで沢山行使したおかげかJPがたんまりと溜まっていたので、惜しみなく成長させた俺の治癒士としての専売特許である。


 スキルが上がったおかげか、以前よりも治りが早い。それだけでなく、治療部位の固定を多少()()()()にしても問題無く治療出来るようになったのだ。


 修復力が上がった、というのが正しいだろうか。地味なようで、これはかなり大きな進歩である。


 例えば先程の彼、エルディン君。彼は頭部を強く打つ付けて失神し、首も少々捻っていた。これを従来通りに治療するとなると当然、まず首をまっすぐに矯正しなければならなくなる。


 これは治療行為としては致命的だ。俺にはイヴという完璧な司令塔が居るから彼がどのような状態で倒れているのかが分かるが、通常はそうはいかない。要するに、動かして良いかどうかの判断が出来ないのである。


 しかし今回上げた治癒Ⅲは、矯正しなくても()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。


 ついでに上げた解毒Ⅱと併用すれば、以前より早く確実に治療を行うことが出来るだろう。相も変わらず異物はそのまま体内に残ってしまうため、傷口などは綺麗な水で洗う必要はあるけどね。


 ちなみにパワーライズ――STR(物理攻撃力)を高める付与魔法――もⅡに上げ、似たような性質のVIT(生命力)、DEF(物理防御力)、INT(知力)、MGR(魔法抵抗力)、AGE(敏捷)、LUK(運)を上げる魔法――ライズ系もそれぞれⅠに上げてみた。


 その影響なのか、『オールライズⅠ』というのを習得することが出来た。各種上昇スキルの良いとこどりのような性能を持つ付与魔法で、単体である他のライズ系と重複するという素晴らしい魔法だった。


 その代わり消費魔力も相応だ。ライズ系を全て唱える時に消費される魔力のおおよそ半分くらいだろうか。その上各ライズⅠが対応する能力値の五割アップなのに比べ、オースライズⅠは全能力を二割上昇させる程度に留まった。


 しかし、そのデメリットを補って余りある効果である。……魔力は有り余ってるからね、むしろノーリスクハイリターンだってばよ。


 ちなみにライズⅡは十割、つまり二倍となる破格の効果であった。


「ぐぅ。わ、私は、一体……?」

「あ、目が覚めましたかエルディンさん。ああ、まだ動かない方が良いですよ!」

「君は……誰だろうか。それに試合は――っ! ……そうか。私は、負けたのか」


 ショックを受けている。それもそのはずだ。彼自身かなりの実力があるであろうことは先の攻防一つで何となく理解が出来た。


 彼としてもまさかこのような結末になろうなどとは思っていなかったであろう。


 スキルは名を、名は体を表す。決闘というスキル持つ彼がサシの勝負で手を抜くことは無い。たとえ相手が誰であろうと、名乗った以上は全力で勝負に勝とうとするはずなのだ。


「知らぬ私が言うのも何ですが、相手は魔王の血族だそうです。最強と名高い魔族の中でも高位の存在に肉薄しただけでも凄いと思いますよ、本当に」

「ふふっ、君は優しいのだな。しかしながら敗者に情けなど無用。……悔しいが、再戦するためにまた一から鍛え直すとするよ」

「殊勝なお考え、お見事です。非力な女の身とはいえ、同じ剣盾を使う者として、貴方の精進に幸があらんことを願っております」

「ほう。君もなのか。ならば私の国に私以上の実力を持つ女性がいる。彼女もこの闘技大会に出場しているので、観戦してみては如何だろうか」

「! そうなのですか! 貴重な情報、感謝致します。……あ、係りの方がいらっしゃったようですよ」

「分かった、向かおう。ああ、付き添いには及ばない。……治癒魔法、感謝する」

「いえ、大したことでは御座いません。ただ、大事を取ってもう少しお休みした方が良いとお節介を焼かせて頂きますね」


 ふふっ、了解した。とエルディンさんは手を軽く振り、係りの人に連れられて去っていった。


 何というか、心の臓までイケメンさんだったな。あれは女性は放って置かないだろう。ふむぅ。顔も大事だが、内面はさらに重要なんだなぁ。……俺も、精進しようか。


 ん? 何かアリスとシャルルがジト目で俺のことを見ているんだけど、全く。下種な勘繰りはしないでくれよ。TS女子ではあるが、俺は男にはこれえぇぇぽっちも興味が無いのだから。


「アイちゃんって、顔が良ければ何でも良いヒトなのかなぁ? ふーん。へぇ、そうなんだぁ」

「……アイちゃん様。相手の方はとても紳士的だと思いますが、その。手あたり次第は、どうかと思うのです」


 やっぱり。何か勘違いしてるなこの娘達は。はぁ。嫉妬してくれるのは素直に嬉しいんだけど、違うからね?


 相手が紳士なら相応に此方も配慮するし、横暴なら当然言葉も強くなるもんだって。


 ふむ。しかし今の俺は女の子なんだったな。仮に子供が欲しければ、当然男の相手が必要な訳だ。でもなぁ、うーん。男に抱かれるのはちょっと嫌だなぁ。こればかりはイケメンだから、とはいくまいよ。


 ともあれ。


「たしかにアリスとシャルルの顔や身体はこれ以上無いってくらい最高だけど、性格も好きで一緒に居て楽しいから同居してるんだから、勘違いしないでよね?」

「うっ。ご、ごめんなさぁい」

「……すいません、ですわ」

「分かれば宜しい。一時はどうなると思ったけど、私は幸せ者だね。イサギさんには感謝しかないよ」


 照れてる、チョロいな。ラヴちゃんとどっこいどっこいだぞ二人とも。これは俺が注意して見てて上げないと、悪い男にコロッと騙されてしまうかも知れないな。……既に、手遅れなのかも知れないけれども。


 よくよく考えたら俺はいずれイサギさんに身体を返して貰う訳で、そうなると自ずとアリスとシャルルと結婚してることになるのよね。


 うーん、これ。責任重大だぞ? 当初は話の流れが速すぎて理解が及んで無かったが、これって二人の一生を預かるってことだよね?


 ドレイレブンの娘達も愛玩動物として生涯可愛がってくれとかイサギさんに言われてるし、ふむ。一旦、保留しようか。秘儀『先送り』よ! 現代日本の偉い人達も良く使ってたし、俺がそれを参考にしても文句はあるまいて。


「なるほど。やはり私――余の勘は正しかったようだ」

「うひゃぁっ! え、何、誰? ま、魔王様っ!?」

「魔王ではない。その娘、パンデュラ・ジオ・ダークネスである。特別にパンちゃんと呼ぶことを許そうぞ」

「パ、パパパ、パンちゃんぇ」

「何だねアイ君。ふははっ。そんなに身構えずとも、取って食べたりなんてしやしないさ」


 い、いつの間に戻ってきてたの? ていうか何? やけにフレンドリーな上に距離が近いんですが、嫌っていたんじゃないの?


 間近で見ると、色々と大きい! 胸なんて、シャルルと良い勝負なんじゃないか? ビキニアーマーで寄せられてるから余計に目立つのかも知れないけども。


 ふむ。シャルルがGだとして、Eくらいだろうか。小麦色の肌と相まって、けしからん魅力を放ってますね。ぐふふ。


「アイ君は変わった娘だな。余の胸がそんなに気になるのか? ふむ。減るものでもないし、触っても良いぞ?」

「え、良いんですか! うわぁ、モチモチだぁ。魔族の方も他の娘とそうは変わらないんですね。不思議ぃ」

「む、うぅん。アイ君。確かに良いとは言ったが、なんだ。え、遠慮が無いな。さっきまであんなに恐縮していたのが嘘みたいだ」

「あ、ああっ! すいません無意識でした! お気分を害してしまったのなら謝罪します。ごめんなさい」

「いや、良い。悪くは無かったしな。しかし貴様は、他の娘にもこのようなことをしておるのか」


 俺の馬鹿。目の前に美味しい餌をぶら下げられて、見事に食いついてしまった。ああ、ラヴちゃんが呆れている。は、反省せねばなるまいな。多分、無意味だけども。


 魔王様――パンちゃんも軽く溜息を吐いている。あれ? さっきまであんなに怖かったのに、なんか急に大丈夫になったな。何でだろうか。


 決闘とかいうスキルもあるくらいだし、威圧とかもあるのかも知れないな。効果は、そうだな。自分より弱いものをビビらせる。こんなところで如何でしょう? ……誰が雑魚じゃ、事実だけども。


「さてアイ君。話は変わるが、宜しいかな?」

「え、はい。大丈夫ですよ?」

「ふむ。では単刀直入に聞くが……貴様がこの国、乃至同盟の(ボス)で間違いないね?」

「――へっ? い、いやいや。そんなはずが無いでしょう? 私はただの……そう。メイド長ですよ!」


 な、ななな、何を言い出すのかねパンちゃんさん。お、俺がボスな訳が無かろうに! どう考えても下っ端でしょうが。


 え、ええ? なんでラヴちゃんもイサギさんもそんなに目を見開いてるの? イサギさんほら、ここのボスは俺だってこの分からず屋に言ったって下さいよ。


 何この空気、不穏なんだけど。一触即発? 急に二人とも戦闘態勢に入ってない? こ、怖いんだが。


「素晴らしい殺気だ。まさか余よりも強い人間が、二人も居るなどとは思いもしなかった。……気まぐれに魔国を飛び出して正解だったね」

「「…………」」

「ふっ。何を警戒している。余が無謀にも格上二人に喧嘩を売るとでも思うとるのか? ふははっ、余は魔王ぞ。格下を嬲ってこその存在よ。向こう見ずに勝負を仕掛ける、何処かの愚かな勇者などと一緒にするでない!」


 え、あれこの人自分がラヴちゃんとイサギさんよりも弱いと思ってるのか。それにしては尊大な態度だけども。


 ある意味では心地良いくらいの魔王っぷりで、既に俺は敵愾心よりもパンちゃんへの興味の方が大きくなってきちゃったな。


 ふむ。考えてみれば俺と比べたら天と地くらいの実力差があるわけで、つまりは俺がどれだけ警戒しても意味は無いということになる。


 何せ何をしても勝てる気がしないからね、しょうがないねっ!


「ふははっ。やはりアイ君、貴様は面白いな。最弱とまでは言わぬが、ひ弱なその身で強者二人に溺愛されている」

「え、分かるんですか。パンちゃんは洞察力も優れているのですね」

「くっくっく。自分が愛されているという自覚もあるのか。さらに面白い、是非とも余の下僕となるが良い」

「うーん。心情的にはなっても良い気がするんだけど、それはそれで問題になりそうだから遠慮しますね!」


 くくく、ははは。あーっはっは。などと笑いの三段活用をするパンちゃん。そしてそれを刺すように睨みつけるラヴちゃんとイサギさん。……何よりそんなカオスな状態を、少し愉快と感じてしまっている俺がいる。


 どうにも嫌いになれない尊大な魔王様に場をかき乱され、その日は以降の試合を見るのもままならなかったのは言うまでも無かった。

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