三文芝居に巻き込まれたんだが!
ドラゴンの襲撃があった現場についた。やはりというべきか、凄惨という言葉で済ませてしまって良いのかも定かではないほど荒れ果てている。
昨夜見た人と思しき漆黒のオブジェは、まごうことなき人であったものだった。
無骨なコンクリートの瓦礫の山の端々から見える無数の四肢や、逃げ惑う姿のままその場で命の時を止めたもの。
中には地べたに両の膝をつき頭を抱え、苦悶の表情で天を仰ぐものや、蹲る小さな子供を全身で守るように覆う母親とみられる女性など……。
見ているだけで陰鬱な気分になるが、周囲を散策しなければ探し人など見つかるはずもない。まさにジレンマである。
ふむ。気のせいかも知れないけど、こうして改めて現場を見渡すと所々に僅かな違和感があるように感じるな。
例えるならご飯にジャムをかけ、食パンに納豆を塗るような……。異常という程でもないけど少し何かがずれているような、そんな不思議な感覚である。
「大丈夫ですか、アイヴィス様。少し、お休みになられたほうが……」
ふと、ラヴィニスが心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。
彼女は昨日で出会ってから今この瞬間までずっと、身辺警護と周囲への警戒を請け負ってくれている。
全く、俺よりもずっと疲れているだろうに。……本当に健気な娘だよ。
「ありがとう、でも大丈夫。ただ、少し気になることがあってね。ちょっと考え込んでいたんだ」
俺はいつの間にか俯いていた顔を上げ、彼女に向かって意識的にニッと笑顔を作った。
む、少し気が滅入っていたみたいだな。無理を言って飛び出してきたのになんともまぁ情けない。
ここは一発ピシャリと気合を入れて、もう一度頑張りますか!
あれから約小一時間ほどが経っただろうか。段々と日が傾き、辺りを聞きなれぬ野鳥の声が響き始めた。
――ん? もしかしてアレはっ!
なんにも進展しない状況に嫌気が差し、一度休憩でも挿もうかと思い適切な場所を探していると、以前何処かで見たことのあるとあるものを発見した。
俺は居ても立っても居られずに小走りで駆け寄り、その目標物を手に取ることが出来る位置まで突き進んだ。
……やっぱりそうだ、間違いない。こいつは――。
《マスター、人の気配がします。周囲に警戒して下さい》
やっと手掛かりになりそうなものを発見したところで、イヴが耳元で囁くように話しかけて来た。
後に続いた”警戒”という言葉さえなければ期待するところなのだが。と内心で嘆息し、空を仰ぐふりをしながら周囲を見渡すことにした。
所々に積まれた瓦礫が隠れ蓑となりその姿を伺うことは出来なかったが、確かに誰かに見られているような感覚を覚えた。
先日受けた殺気とはまた別種の、まるで木々の上から川魚を品定めする野鳥の様な質の視線である。
「こそこそと隠れていないで、さっさと姿を現しなさい! さもなくば、此方から行きますよっ!」
ラヴィニスが突如怒号をあげ、見え知らぬ誰かに向かい警告をする。
ちょっ! いやいやちょっと待って? なんで最初からそんな喧嘩腰なの? 相手の姿も見えないし、逃げ遅れた先日の被災者かもしれないのでは……?
「(キョキョキョ!) ありゃま、気づかれてちまってまさぁ。だからあんま近づかないほうが良いって言ったんですぜ? (少し痩せると良いでやんす)」
彼女にその旨を伝えようと思い身構えたのだが、姿を現した謎の不審人物によって遮られてしまう。
な、なんだこいつ。これから映画の撮影でもするのか? それにあの剣、喋ってないか?
現れた謎の人物は、一見ひょろっとした外見の成人男性だった。
茶褐色の地味な綿の生地のシャツに黒色のベストを羽織り、ベージュ色のニッカボッカのようなものを履いている。
また、頭には赤褐色のバンダナを被り、腰にも同色の幅広の帯のようなものを巻きつけている。鞘が固定されていることから察するに、ベルトのような役割を果たしているのだろう。
ちなみに一番目を引く喋る曲剣は、白刃に存在する切れ込み辺り――口だと思われる――から甲高い笑い声を上げている。
その奇妙な剣を肩に乗せ溜息を吐くその様は、まるでミュージカルに登場する山賊の様である。
彼はこちらをチラッと見た後に、呆れるようにして後ろにいる人物に声を掛けた。
「ホーホッホ! 何を言いますか。貴方のその連れが喧しくも笑うから、あちらに聞こえたんですよ。私の魔法で、その鈍らを物言わぬ鉄屑にしてくれましょうかね」
目が隠れるほどの眉毛と胸まで届くほどの立派な髭を生やした壮年の男は、穏やかな笑みを浮かべそのふくよかな体形を揺らしている。
先程の男の所持する曲剣の発言に、物騒な言葉を語尾に添えて返答した。
こちらは某RPGの聖職者の様なものを着用しているが、色は全体的に深緑を基調している。
手には自身の身長ほどの樹木で作られた杖を携えていて、その杖の先端に飾り付けられた木彫りの梟の左目には白濁とした水晶のような石を誂えている。何処かの地域の調度品なのだろうか。
また、指には金銀煌びやかな指輪をはめているため、なんとも胡散臭い教祖のような風貌に見える。
しかし、ここでも魔法だと? 風貌や言動だけでなく、頭の方もやられてるのかこのおっさん。あの山賊風のにいちゃんの剣もあれ、ちゃんと剣として機能するのか?
俺はそんな疑問を抱えつつも、突如現れた不審な人物たちを注視する。
「(キョキョキョ!) 勘弁してやって下さいよ。こいつも悪気があるわけではねぇんでさぁ」
「まっ。それはそれとして……どうしやすか? フクロウの旦那。よく見りゃ相当な上玉ですぜ、さくっと掻っ攫っちまいますかい? (きっと良い金になるでやんす)」
その不審者の片割れが、軽薄なノリで物騒なことを言っている。
言動や服装からして、まさに台本通り。時代錯誤というのかなんというのか、まるで舞台の上での演技のようだ。
いまいち現実感が沸かないな。唯一わかるのはこの突然の喜劇の中に、いきなり放り投げられたという自身の立ち位置くらいか。
「ホーホッホ! 確かにヨタカさんがおっしゃる通り、中々の上物ですね。しかしながら少しばかり態度が気になりますねぇ。きちんと躾をするのが良いと思いますよ」
フクロウと呼ばれたそのおっさんは、まるで商品を品定めするように、俺とラヴィニスをその太い丸毛の持ち上げ、ギョロとした瞳で観察している。
完全に各上だと確信した態度といい、人を人と思わぬような発言といい、どうにも言い難い嫌悪感が沸くのはしょうがないだろう。
なるほどな。ラヴィニスがなんで喧嘩腰なのか、少し分かった気がするよ。
《疑問。マスター、なぜなのですか? 私には分かり兼ねます》
イヴが不思議そうな声色で俺に声を掛けてくる。ヒトの機微が気になるお年頃なのだろう。
しかし前にお怒りになったときも感じたけど、イヴのやつ研究室にいた頃に比べて随分と人間味が増してるよな。……うーん。ま、良いか。今はとにかく疑問に答えてやらんとな。
これは推測なんだが、ラヴィニスはおそらく相手の”敵意”を感じ取ったんじゃないかな?
《疑問。ラヴィニスは、敵感知の技能は無いはずですが?》
なにその戦闘機みたいな技能。あったら便利そうだけど、その能力使って味方だと思ってた周りの人が全員敵だったら……考えただけで恐ろしい。
そんな状況を思い浮かべ、思わず身をブルッとさせる俺。
いやいや、そういうのじゃなくてだな? なんというかその人の視線や言葉、声のトーンなどから”嫌な感じ”を受けたのじゃないかってこと。
《……難問。私には、まだ難しかったようです》
少し残念そうな声色で、イヴはそう呟いた。
研究室にいる頃に比べ随分と感性が豊かになったと思うのだが、本人はまだ満足できていないらしい。
そもそも正確なヒトの機微なんてものは、ヒト自身にだって分からないものだろう。感情とは実にままならないものでもあるからね。
あれ? でもイヴのやつ、俺の時は的確に心境を当ててきたような……?
《解答。マスターは分かりやすいですから》
そんな答えを返してきやがった。……解せぬ。
「……貴様ら。言うに事欠いてアイヴィス様を自分好みに調教し辱め、果てには売り飛ばす……だと!」
先日竜を両断した剣をプルプルと震えながらその両手に携え、その整った尊顔を怒りで真っ赤に染め上げて激高するラヴィニス。
俺を庇うように前に乗り出し、今にも斬りかかりそうな勢いだ。
いやでもちょっと待ってラヴィニスさん。そこまでは、言ってなくない?
「(キョキョキョ!)ちょっとなにいってるか分からないが、後ろのガキにゃぁ用はねぇ。とっとどっかに消えちまいなぁ!(ガキは帰ってママの乳でも吸ってるでやんす)」
ヨタカと呼ばれた男性が、俺の方を始めてちらりと見てそう叫んだ。
なるほど、やはり今のこの身体だと子供に見えるのか。自身の頭部辺りから冷たい視線を感じつつ、俺はこっそりと納得した。
「ホーホッホ。何を勝手なことを言っているのですかねぇ君は! 幼子は一部のマニアな貴族に需要があるのですよ。顔立ちも整ってますし、その慎ましやかな胸に目が行きがちですが、全体的なバランスはとても良い。……うむ。これは、高額が期待出来るかも知れませんね」
打算に目を輝かせたフクロウの瞳が、俺の全身を舐め回すように眺め始める。
背筋がゾゾッとするようなその視線に、思わず腕を前で組み後ずさりしてしまう。
何こいつ、超怖い。それにイヴが冷ややかな雰囲気のまま黙っているのもまた、怖いんですけど。
しかしまぁ美人や美少女もこんな変な奴らに絡まれたりと、色々大変なんだなぁ……。
俺の率直な感想である。可愛いからって特になるとも限らないようだ。
ん? でもなんかこの二人の視線、俺が感じたものとは違うような気が……。
なんとも言えない違和感を感じたが、今は自身とラヴィニスの安全を最優先にすべきだろう。
しかし、今の身体で大人の男から逃げ遂せることが出来るのだろうか。かといって、あんな物騒なものを持ってる奴に戦って勝てるとも思えない。
俺がなんとかこの場をしのげないものかと打開策を考えている途中で、状況に変化が生じた。
「――――っ!」
そう。あまりの勝手な言い分に我慢の限界が来たラヴィニスが、鬼の形相で飛び掛かるようにヨタカに斬りかかったのだ。
後ろに居るフクロウも纏めて、二人同時に屠らんとするほどの激しい勢いである。
「うおっ! なんだいこの鉄砲玉は! とんだじゃじゃ馬娘じゃあねぇか! (キョキョキョ! キョーガクでやんす!)」
「ホッホ! 品がありませんねぇ。ある一定の年齢を超えると劣化が進んでいけません。やはり、調教するなら幼子に限りますねぇ」
ラヴィニスのまるで稲妻のよう斬撃を、ヨタカは驚いた声を上げながらも、そのおしゃべりな曲剣で受け止めてみせたのだ。
先日の黒紅竜は、為す術もなく斬られたというのにである。
後ろのフクロウは更に豪胆で、流れるようにヨタカの後ろに回り込み、なおもラヴィニスへの挑発を続けている。
「ちぃ、なんちゅう怪力だ、ありえねぇ。旦那……! 幼女趣味も大概にして、手ぇ貸して下さいませんかね?」
「ホーホッホ! 何を言いますか、私はロリコンではなく商人です。伸びしろが多い幼子にこそ、商業的な価値があると言っているだけですよ」
ラヴィニスの苛烈な剣戟を弾きつつ、ヨタカは要所要所で軽口を叩いている。
言葉でこそ焦っているようではあるが、実際にはまだまだ余裕がありそうだ。
ヨタカの言葉を受け、フクロウはその手に携えた杖を鷹揚に振る。そのまま「仕方がありませんねぇ」と、なにやら怪しげな言葉を口ずさみ始めた。
「囁け木々の友。飄々たるその現身を、朽ちゆく枯れ木と瓦礫に宿さん。顕現せよっ!」
フクロウの杖の先に深緑の光が集まり、彼を中心に緑色の魔法陣のような紋様が広がる。
直後。枯れ木と瓦礫が舞い上げられ、複数の深緑の渦を作り出した。
そんな局部的な竜巻のような現象を、俺は唖然としながら見上げてしまう。
フクロウがその詠唱――だと思われる――を終えたとき、自身の身に迫る脅威をようやく理解することができた。瓦礫と枯れ木でできた人形が数体、眼前に現れたのだ。
いわゆるゴーレムと呼ぶべきその物体は、俺とラヴィニスの間を阻むように位置取った。大きさといい量といい、とても二人では対処出来そうに無い。
《精霊召喚。これは”風属性”の精霊を媒体としているようです。この大きさでこの数となると、フクロウなるものは相当量の魔力を有しているのでしょう》
俺が思わずその超常現象に目を奪われていると、イヴが冷静に眼前で繰り広げられた召還魔法なるものを説明してくれた。
状況を整理できてないとはいえ、何度も不可思議な現象を目の当たりにしているので、もうそれはそういうものなんだと無理やり納得することにした。
やはり、夢でも見ているのか? まるで、死んだことをきっかけに異世界に転生してしまった転生者みたいじゃないか。
――あるいは、それこそが正解なのだろうか? ……いや、まさかな。
《否定。状況は異なりますが、ここは紛れもなくマスターが存在していた場所です。それに、マスターの死亡は確認できていません》
俺の独り言に近い脳内のぼやきにイヴが返答を返してくれた。
ふむ。では、ここはやはり日本なのか。つまりこれはCGか? いや、画面とかは無さそうだしホログラフィックかも知れないな。
ハハッ、きっとそうさ。俺の知らぬ間にまた技術が発展していたんだろう。全く、そういうことはちゃんと政府がマスコミ使って伝達してくんなきゃ困るよ。……ホントに、もう。
そんな場合ではないし、そもそも流石に無理があるだろうと自覚しているのにも関わらず、内心で悪態をついてしまう。
「ホーホッホ。ここのガラクタは中々良い素材だったようですね。さて、ではレディをお待たせするのもよろしくない。――捕らえなさい!」
フクロウがそう一括すると、複数体のゴーレムが俺に向かって襲い掛かっていた。
ちょっと待ってなんかゴーレムさん、全員こっちに向かって来てるんですけど……。
俺は顔の筋肉がヒクつくのを感じながら、一歩後ろへ後ずさった。
「ちょっ、ちょいと待って下せぇ旦那! こっちの鉄砲玉は、どーするんですかい?」
「ホーホッホ。そんなことは知りませんよ。私は、年増には興味ないのです。そちらはそちらで何とかして下さいな」
「(キョキョキョ! 見捨てられてるでやんす!)……うるせぇ! お前はしゃべってねぇでしっかり気張れや!」
ラヴィニスと刃を合わせていたヨタカは、憮然として抗議する。
しかし当人であるフクロウは、そんなこと知れたことか。とばかりにまるで取り付く島もない。おまけに自身の剣からもからかわれる始末。
あいつ、見かけによらず苦労性なのかもな。……って、そんなこと言ってる場合じゃない!
目の前の物量に絶望し、半ば現実逃避気味の娘とはそう。俺のことである。
「――アイヴィス様っ! ただ今、参りますっ!」
「おっと! そいつは駄目でさぁ! こっちは俺が受け持つらしいんでね。(キョキョキョ! ガキにはキョーミないでやんす!)」
「――くっ! 邪魔を、するなああああっ‼︎」
ラヴィニスがこちらの状況に気づき、鍔迫り合いをしていた状態から即座に支点を逸らしていなし、蹴り上げることでヨタカを後方に置き去りにした。
そして踵を返すように俺が居る場所を目指したのだが、相手も中々に侮れない。
そう。まるで嘲笑うかのように、ヨタカがそのスピードを上回る速度で直線上に回り込んで阻止してきたのだ。
彼の人間離れしたその動きは凄まじく、俺の目にはまるでコマ送りのように見える。
回り込まれたことに驚きながらもラヴィニスは怒号を上げ、その勢いのままにヨタカを斬り付けた。
その攻防を皮切りに、まるで目を見張るような凄まじい力と技が冴え渡る。ときどき甲高い笑い声が聞こえるのがなんともシュールではあるが、それこそ歴史に残りそうなほど熱烈な戦いが始まったのだ。
「ホーホッホ。相も変わらず野蛮ですねぇ。まぁあれはあれで、ある種の美しさがあるとも言えませんがねぇ」
「……さて、お嬢さん。その麗しい肢体に傷がつく前に、私を受け入れてはくれませんかね?」
その厚みのある眉毛を片方上げ、中の瞳でこちらをじーっと伺うように眺めてくる。
俺はというと当然の如く、為す術もなくあっさりと捕まってしまい、両手をゴーレムに捕まれ身動きが取れなくなっている。
そしてそのまま自称商人に、品定めするような目で観察されている最中である。
……ふむ。間違いなく、大ピンチである。
「――あんたたちは一体何者なんだ? この辺じゃ見たこともないような恰好をしているが」
現状を打開すべく、俺はとりあえず疑問に思っていた当たり障りの無さそうな質問をしてみることにした。
原宿や秋葉原などにならば居ても不思議はないのだが、山奥の大学の跡地にはどう見ても相応しくないのである。
「ホッホ。お嬢さんは随分と男勝りなしゃべり方をなさるのですな。まぁそれも趣があってよろしいかと」
おいおい、このおっさんロリ体型なら何でも良いんじゃないか?
《変態。マスターよりどうしようもないですね》
《それと私をロリ体型呼ばわりするのは、断固として抗議を申し上げたいのですが》
イヴが呆れたような声色で、さりげなく俺と比較してそう述べるイヴ。きちんと釘を刺すことも忘れていない。
大丈夫! 俺は、ロリ体型”も”好きだから!
《……軽蔑》
おっと、どうやら選択を間違えたみたいだ。……おかしいな、完璧なフォローだと思ったんだけど。
「しかし中々に鋭いお嬢さんだ。……ふむ、まぁよろしい。お教えして差し上げましょうか」
「先程も言っていた通り、私達は商人だ。紛争地域や災害などで親を亡くした子供などを集め、裕福な豪族貴族に提供する、ね。子供達は飢えることが無くなり幸せ、豪族貴族は新たな家族が出来て幸せ、私はそれに伴う手数料を頂き幸せ。皆幸せとなる。いやはや、なんと素晴らしい商売なのでしょう!」
まるで舞台の上で演技をするように大仰な――その体躯の影響もあるのだが――素振りで語り出した。
メリットと思われるところしかアピールしていないため、深夜の通販番組も真っ青になるくらいには胡散臭い。
「ではなぜラヴィニスまで狙う! あの娘は関係ないだろ!」
先程の説明では、集めているのは子供だけということになる。
つまり、大人の女性(に見える)ラヴィニスは範囲外であるはずなのだ。
既に手遅れかも知れないが、これ以上自分の我儘に巻き込むわけにはいかない。せめて、ラヴィニスだけでも逃がすことは出来ないだろうか。
そう考えた俺であったが、次のフクロウの言葉に愕然とすることとなる。
「ホーホッホ! なんともお優しいお嬢さんだ! 素晴らしい! 実に素晴らしい!」
「……でも残念ですな。私は幼子専門の商人で、泥臭く戦ってるヨタカさんは戦闘奴隷商人。敗走した敵国兵や脱走兵がメインですが、国民以外で戦力になればなんでもいける口なのですよ」
やけに芝居がかった振る舞いで、彼は各々の管轄範囲を語った。
色々情報をしゃべってくれるのは良いのだが、この三文芝居はどうにかならないものだろうか。
「つまり、あんたたちは日本以外から来たってことか? この国の警察が、そんな無法を認めるわけがない!」
現況を鑑みるに自身の”当たり前”が通用するとは思っていないが、本来ならば日本でこのような大それたことをすれば警察が黙ってはいないはずなのだ。
ドラゴンやら、ゴーレムやらを警察で対応できるのかと言われると、正直難しいと言わざる負えないけれども。
「ホホ? ニホン? ケイサツ? お嬢さんがおっしゃってる意味は、少々解りかねますね」
「しかし……ふむ、なるほど。この場所は”二ホン”というのですか。すると”ケイサツ”というのは、衛兵みたいなものなのでしょうかね」
至極当然なことを呟き、一人で勝手に納得するフクロウ。
俺は今まで感じていた漠然とした不安があまり良くない方向で結実したような予感がし、この先を聞くのが少し怖くなってしまった。
「……こ、この場所はだって? 一体なにを言――」
「(キョキョキョ! なんていう破壊力でやんす)」
躊躇して遅れたせいか、最後まで言い切る前に弾き飛ばされてきたであろうその曲剣に質問を遮られてしまう。
ヨタカの手から弾き飛ばされたと思しきその曲剣は、頭から? 地面に突き刺さるように埋もれながら、ブツブツと何かを呟いている。……なんともまぁシュールな光景だ。
飛んできた方向をふと見ると、鬼気迫る表情のラヴィニスが白い稲妻を剣に纏わせ、ヨタカに休む暇を与えぬほど圧倒的な手数で押し込んでいた。
ヨタカは弾かれてしまった曲剣の変わりに、ククリ刀のような短剣を二本駆使して猛攻を凌いでいる。
こちらも先程とは違い荒い吐息を上げ、肩で息をしていた。その特徴的な山賊風の装いも今や、所々焦げ付き破れてしまっているのが傍目で見ても分かるほどだ。
どうやら、間違いなくラヴィニスが優勢らしい。流石は俺の理想のお嫁さんなだけあるな。
「ホッホ。これは、あまり猶予はなさそうですねぇ。もう少しお嬢さんとお喋りをしたかったのですが、致し方ありません」
フクロウは早々に形勢が不利だと判断し、このまま捕縛したまま連行するつもりらしい。
くそっ! どうすればいいんだ。このままではこの気持ち悪い髭達磨にお持ち帰りされてしまう!
《通告。先程のフクロウの召喚魔法の解析が完了しました。その結果、『精霊召還』の行使が可能になりました》
《提案。その一部を改変し、行使することで現状を高確率で打破できます。使用されますか?》
YESだ! よく分からないけどYES!
《承認。では、成功確率を上げるために、どのような姿形にするかを決めて下さい》
姿形? それを決めるにはどうすれば良いんだ?
《通告。想像です。なるべく鮮明に思い描いて下さい。マスターの得意分野なので問題ないでしょうが》
ちょっとその意味について問い詰めたい気がするが、確かに妄想なら大の得意だ。俺に、任せなさい。
《了解。ではまず、対象となる物体を選んで下さい。その後は私に続き、同じ言葉を口ずさんで下さい》
対象になる物体? 何が良いのかよく分からないが、こいつらに絡まれる前に見つけた”アレ”にしようか。
《通告。では、参ります。己が正義を――》
「己が正義を貫かん為に、険しき流浪の道を歩みし者よ。我が元に在りて、その羽根を休めるが良い!」
イヴに言われるがままに、さらに言えば”この状況を打破できれば何でも良いや”と考え、半ば投げやりな心境でその言葉を口にした。
正直にいってこんな厨二臭いセリフ一つでなんとか出来るとは到底思えなかったのだが、その予想に反して事態は思わぬ展開を迎えることになる。
そう。さきほどフクロウが行使した際とよく似た、しかし何処までも朱い魔力の奔流が、俺の額の辺りで渦巻き始めたのである。
直後。俺が指定した物体の周囲に、魔法陣のようなものが浮かび上がった。
その対象となった物体は朱く発光しながら、徐々にヒトによく似た姿に変化していく。
現れたその不思議な存在は先の折れた大きめの羽帽子を被り、上半身を前まで覆う様なマントを羽織っていた。
マントの先はギザギザにカットされているが、全体的にカーキを主とした緑色で統一されているため、落ち着きのある印象を受ける。
膝までかかりそうな薄い茶色のブーツも実におしゃれで、俺が想像したとおりの造形をしている。
ちなみに対象になった物体とはずばりそう! 加藤である!
何を言ってるか分からないかも知れないが、鑑賞してもよし、食用にしてもよし――どちらかと言えば飲用なのだが――の皆大好き、コーヒーノキである。
まぁ、つまりは俺の研究室の仲間だ。
あのような天災と呼ぶべき災害があったというのに、奇跡的に燃えずに残っていたのだ。鉢は割れ、所々枝木は折れてはいたが、なんとも逞しい。
そしてそれが存在するということは、紛れもなくここが慣れ親しんだ世界であるという証明にもなる。
その加藤だが、今俺の目の前で劇的な変化――というよりは変身をしている真っ最中だ。
なんだろう、白いカバの妖精のハーモニカを奏でる友達のような、赤い帽子を被った髭の配管工が冒険したときに連れ歩いた木偶の人形のような、そんな風貌である。
……かっちょええな、おい。この賛辞は、俺の素直な感想である。
「ホッホ! これは驚いた。お嬢さん、センスがありますねぇ。私の魔法を真似ましたか! 小さき人形一体とはいえいやはや、実に素晴らしいっ!」
フクロウは自身の優位性を微塵も疑いもせず、こちらを賞賛する。
まぁ実際、どっちが強そうかと言われれば俺の手を掴んでいるこのデカブツだしな。……加藤の方が百倍は格好良いけど、ね?
「……我が主からその汚らしい手を離さないか、でくの坊」
そんな負け惜しみのようなことを心中で考えていると、突如聞いたことのないハスキーなイケボが俺の耳に飛び込んだ。
同時にバンバンバン! という乾いた発砲音のようなものが聞こえた直後、俺は何か――いや誰かに優しく抱えられていた。
イケボの主である加藤である。華奢に見えたその体躯は、意外にも力があるらしい。
……ふむ。お姫様抱っことか初めてされたな。と自身を抱える加藤を眺めながら、俺は独り言ちる。
「ホホ!? なんと私の精霊人形の腕を撃ち砕くとは! 小さき体躯のくせに、いやはや中々やりますねぇ」
「それに、自らの意思もあるとなると”大精霊”ですか。……なるほど。お嬢さんには精霊召還の才があるようですねぇ」
「しかしながら多勢に無勢、それに素材となるガラクタはたくさんありますよ。いつまで持ちますかねぇ? ……人形達よ! その質量を持って、その木偶を押し潰してしまいなさい!」
使役していた自慢の精霊人形とやらの腕が破壊されたため、フクロウは片方の眉毛を上げ興味深そうにしている。
しかし脅威にはならないと判断したのだろう。すぐさま物量作戦へと切り替え攻勢に転じている。
実際、あの圧倒的な数の暴力を駆使すれば、多少の射撃などハトに豆鉄砲と言わざる負えないだろう。
それを表すかのようにさきほど加藤が撃ち抜いた腕は、周囲のガラクタを取り込んで既に元通りとなっている。
なんか俺と対峙する敵、再生できるヤツ多すぎん? え、たまたまなの?
《理解。マスターは薄幸属性を持っているようですね》
そんな属性いらないんですが、イヴさんや……。
こんな状況にも関わらず、イヴさんは能天気に毒を吐いている。
それほどに余裕があるのか、はたまたこれはチャンスとばかりに言いたくなっちゃったのか。
ふむ。ここは俺がしっかりしないといけないみたいだな。
「ふむ。確かに貴殿の言う通り、このままでは埒が明かないな」
迫りくる無数の人形達を、軽やかに躱しながら関節を狙い撃っていた加藤がそう呟いた。
俺を抱えているせいで思うように攻撃できていないようにも見える。
むぅ。前回の戦闘でもそうだったが、完全に足手まといになってるな。なぜか毎回戦いに発展してしまうのがいけないとはいえ、なんともまぁ情けのない。
……とは言っても、今まで喧嘩の一つもまともにしたことないしな。しゃーないか。
俺がそんな自己嫌悪に浸っている間にも、加藤は迫りくる精霊人形達の膝を撃ち砕いて転倒させている。
不意にひゅうっという飛行機が飛び立つときのような後ろへの重力を感じ、思わず目を瞑ってしまった。
そう。加藤が瞬時に前方へ加速して転倒した人形を駆け上がり、近くの崖上に降り立ったのである。
「我が主よ。しばしの間ここで待っていては貰えないだろうか?」
壊れ物を扱うかのように優しく俺を抱えていた腕を降ろし、加藤が言う。
事実、俺としても足手まといの自覚があったので、言われるままに頷いた。
こうして見上げると、加藤は俺より顔二つ分ほど背が高い。
大きい羽根帽子が邪魔をして、その顔の全容を見ることは叶わない。だが、見えている範囲でもその顔が整っているのだと分かる。その上肌も繊細で、表情もまるでヒトのようである。
美形だな。行動といい言動といい容姿といい……羨ましくなんてないんだからね!
つい誰に言ってるのかも分からないやっかみを漏らしてしまったのだが、大目に見て欲しい。
俺が首肯したのを確認した加藤は、トンッといった軽い踏み込みで迫りくる無数の人形の群れに向かう。
一瞬でその中心に踊り込み、まるでフィギュアスケートのジャンプのように回転し両手に携えた銃状の物を連続して発砲した。
それを眺め、「あれ、残弾とかどうなっているんだろう」とか少し不思議に思ったが、今はそれどころではないので黙殺した。
しかし先程の攻撃も前回と同様、決定的なダメージにはならないのではないか? むしろ依然より威力が弱いような気さえするのだが。
そんな俺の心配を他所に、人形たちは文字通り糸が切れたように動かなくなった。
「な! なにが起こっているのです!? どうしましたか人形達よ、立ち上がりなさいっ!」
今度こそ余裕がなくなったのか、口癖のように言っていたあのうっとうしい笑い声も出さずに、動かぬガラクタに喚き散らした。
しかしながらその叫びは、既に事切れた人形達には届くことはなかった。
《命名。舞踏銃技と名づけましょう。素晴らしい技です。精霊の宿った核となる部位を的確に破壊しています》
なんでイヴが名付けているのか少しツッコミたかった俺だったが、確かにその名称がしっくりする気がするな。と思い直した。
《追伸。それにそれだけではありません。見てくださいマスター》
イヴに言われるままその方向を見てみると、瓦礫に戻った人形達から無数の緑色の新芽のようなものが伸びている。
ん? アレって、もしかして……。
《解答。コーヒーノキの新芽です》
――やっぱりっ! 加藤の撃ってたアレって自分自身の種だったのか! つまりあの人形達は加藤に種づ――いや、皆まで言うまいっ!
《…………》
イヴがジト―っとした視線を自分に向けて来ているような気がしたが、俺は気のせいだと思うので気にしないでおくことにした。
彼女がなぜそうなったのかを分析したところによると、加藤の撒いた種が風の精霊の助けを受けて、急成長したのではないかということだ。どうやら風の精霊と木々は相性が良いらしい。
「――また、くだらぬものを撃ってしまった」
加藤が両手に構えた銃をクルクルと回転させ、フォルスターと思われる腰の装飾具にその銃を納めた。
ちょっと待って加藤さん! かっこいいけどそのセリフは怒られそうだからやめて! どこからとは言わないけども!
ていうかまたって、君さっき生まれたばっかりのはずだよねっ!? 正直戦闘自体も惚れ惚れしたし、そのセリフもとても香ばしくて好きだけども、やめたげてっ!?
「な……、なにをこの程度すぐにでもまた――っ」
明らかに顔色を悪くしたフクロウが焦りも隠さずにそう嘯く。
再び杖を掲げて呪文を唱えようとしたが、それは叶うことがなかった。
「――チェックメイトだ」
透き通るような冷ややかな声が俺の耳に届いた。
聞こえた方向に居たフクロウに視点を戻すと、その首元には白銀の剣先が煌めいていた。いつの間にかやってきたラヴィニスが、彼の後方を陣取っていたのである。
俺はふと視線を外し、ラヴィニスが戦っていたであろう場所を見てみた。するとそこにはヨタカ……いや、ヨタカであったモノが地に伏せている。
イヴが言うには一応生きてはいるようだが、まるでボロボロの雑巾の様になっている。
その周囲には、戦闘で砕けたと思われる短剣の柄が二本転がっている。そして、その様子を見たしゃべる曲剣が、何やら嘆いている様子も伺えた。
……意外にも主人思いな奴だったんだな、曲剣。
なんにせよ今この瞬間を以て、勝負の趨勢は決したのである。
次話で襲撃に関する一連は、一度落ち着かせる予定です。