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アヴィスフィア リメイク前  作者: 無色。
二章 新たな時代
46/55

神殿騎士と共闘して居たらしい!

温泉街の夜の雰囲気ってとても良いですよね。足湯に浸かる浴衣美人に、焼き鳥を売るタオルを巻いたおっちゃん。くぅ、お腹が減ってきた。

 色々と衝撃的だった卵屋を後にし、俺達はすっかりと夜の帳が下りた街へと向かった。


 現代日本とは違い、街灯などは基本的に――繁華街などには魔法石を利用した持続魔法が掛けられている所もある――整備されていない。つまり本来ならば松明(トーチ)の魔法か、それに相当する物品が無ければ月明かりに頼るしかないはずなのだ。


 しかし、今宵の街は少々勝手が違う。所々に光源足り得る炎の揺らめきが、周囲を煌々と照らしているのである。


 まるで踊るかのように燃え盛る炎はパチパチと音を奏で、転んでしまった少年とそれを庇う母親を今まさに包み込もうとしているでは無いか。


「――ラヴィニスっ!」

「はい、任せて下さい」


 俺が名を呼ぶとその意図を瞬時に理解したラヴィニスが、彼女の本領である絶対的な防御壁で炎と瓦礫を受け止めてくれた。


 まさに間一髪。後数秒でも発見が遅れていたら間に合わなかっただろう。


 母親が驚き固まるのに対し、少年はまるでヒーローでも眺めるかのように目をキラキラとさせている。


 少年、気持ちは分かるぞ。ラヴィニスはカッコいいからな。……でも、俺のだからね。あげないよ?


 なんて馬鹿なことを考えながらも、少年の捻挫と母親の逃走時に出来たであろう火傷を治癒魔法で治療した。


 チョコルの実採取クエストの際に何度も行使したせいか、片手間でも簡単な怪我なら治せるようになった。


 やはり経験というのは無駄にはならない。これからも治癒士としてその腕を磨く機会があるならば、積極的に行動するのも今後を考える上で検討すべきだろう。


 そうすることで俺自身は勿論、ラヴィニスや鈴音さん達を護れるようになれるかも知れないからね。


 因みにラヴィニスの防御壁は数種類あり、今回のは彼女を中心とした球形に常時展開される『方位魔障壁・静の型』だ。


 別に球形でなくても発動は可能だが、それが一番耐久力がある上に俺も護れるためそのようにしているらしい。


 そして、息をするように自然に発動を維持出来るまで洗練されたその防壁は、()()()()触れた物質や魔法の運動エネルギーのほぼ全てを反射する。


 それも、ただ反射するだけではない。受けた運動エネルギーと反比例する力をぶつけ、相殺するのである。


 はた目から見れば彼女の目の前で急に止まり、地面へと自由落下するように見える。そう、いつぞやの戴冠式のように。


 何より、彼女の魔力壁はそれだけではない。


 ずばり。()()()()の運動エネルギーは打ち消さずに増幅し、その威力を高めることが出来るのである。


 これはかなり凶悪な仕様だ。なにせ相手からは一切の干渉を受け付けずに、自身や仲間の攻撃は倍にしてしまうのだ。


 ただしこのシールドは俺を守るという特性上、運動エネルギーが一定数以下の肉体と衣服などは透過する。


 因みにここでいう衣服とは着用しているものであり、納められている刀剣や銃なども該当する。


 つまり弱点を挙げるなら、ゆっくりと接近されることで内側に侵入を許し無防備になってしまうことと、そうなった際に相手にも同様の効果を与えてしまうことだろう。


 それを補うために、ヨタカとのファーストコンタクト時はこの防御壁を薄皮一枚まで絞って展開していた。


 味方が完全な無防備となってしまうが、その代わりに一対一が絶対的に有利になる。その名も『方位魔障壁・動の型』である。


 彼女があのとき俺から離れたのは二対一、それも近接と魔法というバランスの取れた相手の一角を瞬時に屠るためだったのだ。


 そうすることで即座に戦闘を終わらせるつもりだったのだが、ヨタカが想像以上に猛者だったため思惑が外れてしまったといった具合だ。


 因みにラヴィニスの防御壁は他にも黒紅竜の狂爪を継続的に受け止めた磁場シールドや、自身の特性を生かした電磁シールドなどがあり、その都度使い分けて使用している。


 聖騎士(パラディン)の本領は防御であり、彼女はその中でも随一の鉄壁を誇る。


 そしてそこに俺の治癒が追加されるのだ。生半可な攻撃など、一切の意味すら与えないだろう。


 ともあれ、今はそのおかげで二人の尊い命が護られた。……流石は俺の嫁、流嫁(さすよめ)である。


「凄い、凄いや騎士のお姉ちゃん! カッコいい、カッコいいよ!!」

「そうだろうそうだろう。君は良く分かっているね、少年。でも危ないから、今はお母さんと逃げるんだよ? じゃあね」


 俺達はありがとうと頭を下げ御礼する母親と、未だ興奮している少年に別れを告げ、再び街に繰り出した。


 宿への道中を行くにつれ、この街の現状が否が応でも理解できた。


 一言で言うなら悲惨、である。この世界に来て初めて見たあの光景よりかは幾分かましではあるが、所々で上がる黒煙と暴徒と化した人々が同じ街の民を襲っているではないか。


 黒煙の原因は恐らく、アルコール濃度の高い酒が入った火炎瓶だろう。先程捕縛した内の一人が懐に忍ばせていたのだ。


 暴徒達が同様の目的でこのような惨事を起こしているのは定かではないが、引火するほど純度の高い酒を一般的な住民が所持しているとも思えない。


 俺が知る限りの話だが、それほどの高濃度のアルコールを飲酒する目的で生産しているのはドワーフの国以外に存在しないからだ。


 その証拠に、放火に使われた瓶に記された意匠がかの国で生産されたものだということを肯定している。


 同盟を結んだとはいえ、最近まで争いが絶えなかった国同士がそう簡単に友好関係になれるとも思えない。


 つまり今回のこの惨状は、ドワーフ達が引き起こしたことになるのだろうか。


 ……ふむ。しかし、何かが引っかかる。


 もし彼らが裏で糸を引いているのだと考えると、住民たちが暴徒となっている現状は少々違和感がある。


 卵屋を襲撃した男達はどこかおかしい、それこそまるで操られているかの如く異常であった。


 あれを純粋に酩酊状態だったからと見ることも可能だ。


 だがしかし、あまりにも欲に忠実過ぎていたのではないか。そう思えてならないのだ。


 現代日本において何度かお酒の席に立つことはあったが、そのどれとも一致しない。


 確かに一人や二人暴れるものやウザ絡みしてくるものもいなくはないが、このように同時多発的に各所で暴れ始めるものなのだろうか。


「――そんなっ! 火が、火が街を覆って……。――お母さんっ!」

「カレンちゃん! 待って、一人で行くのは危ないよっ!」


 街の惨状を見るや、慌てて走り出すカレンちゃん。呼び止めはしたのだが、すぐに喧噪に紛れてしまい見失ってしまった。


 耐火性のある石の建造物だからこそこの被害で済んでいるが、もし仮に彼女達の宿にこの悪意が向けられたらひとたまりもないだろう。


 そう。彼女はそんな最悪の未来を想像し、居てもたっても居られなくなってしまったのだ。


「カレンちゃん! 何処にいるの、カレンちゃんっ! く、俺が宿の方向さえ分かればすぐにでも追えるのに……」


 非常時だというのに、相変わらず俺の脳内地図は当てにならない。


 どうすれば、一体どうすれば良い!? ただでさえ暴徒が猛威を振るっているのだ。もし彼女が襲われでもしたら――。


「落ち着いて下さい、アイヴィス様。ここは一度戻り、卵屋の店主に伺ってみましょう!」

「で、でもそんな悠長なことしてたらカレンちゃんが! それにハルカさんも危ないかも知れないし――」

「――だからこそ、です! どうやらカレンさん達の宿は悪目立ちしていたとのことなので、現地民に聞くのが最適だと思われます」


 半ばパニックになり、何処へとなく走り出しそうになっていた俺をラヴィニスが優しく包み込む。


 彼女が触れたことにより思考が徐々にクリアになっていくのを感じたが、納得が出来ない。


 そんな俺の肩を諭すように力強く握りしめ、真剣な表情で真っ直ぐ見つめるラヴィニス。


 不覚にも、この緊迫した状況下においてときめいてしまった。


 ……我ながら、空気というものを読んで欲しい。


 そうは思ったものの結果として、その衝撃が俺に冷静さを取り戻させてくれたのである。


「ありがとうラヴちゃん。ちょっと冷静じゃ無かったね」

「いえ。私はそんなアイヴィス様のお優しいところが、とても愛しく思います」

「――なっ! も、もうラヴちゃん? 不意打ちは、ずるいや」

「ふふっ。いつものお返し、ですよ?」


 得意げな表情のラヴィニス。どうやらその言葉通り、意趣返しが出来た事が満足なのだろう。


 普段自分の発言内容をあまり意識した事は無かったが、確かにこれは勘違いしても仕方ない。


 それこそ互いが互いの嫁であるという特殊な関係で無いのならば、要らぬ誤解を受けない為にも自重した方が良さそうではある。


 まぁ俺はどうやら思った事を口にしてしまうタチのようなので、正直なところ難しいとは思うのだが。


 ともあれ。こうやっていざ冷静になってみると、自身が思ったよりもカレンちゃんやその宿に傾倒しているのだと自覚した。


 基本的に俺は、取捨選択を迫られた際に優先順位をつけるきらいがある。


 そう常日頃から言い聞かせている、と言った方が正確だが。


 何時よりそのような考えになったかははっきりとは覚えていないが、”もしもの時に迷いたくない”のだ。


 客観的に見て、俺とカレンちゃんは完全なる他人だ。


 確かに知り合いとなりその宿に世話になってはいるが、それだけだ。本来ならそこにしがらみなど有りようも無い。


 そして現状を鑑みるに明らかなる異常事態だ。対処が出来ている今は良いが多勢に無勢、いずれは限界を迎えてしまうだろう。


 要するに今この状況下では、なりふり構わずアヴィスフィア連合まで撤退すべきなのだ。


 いずれにせよ仲間たちとの合流が先決だが、皆がそろった時点で引くべきだ。……それが、この場においての正解である。


「アイヴィス様。貴方が思い、感じるがままに行動して下さい。そして私はそれを隣で支え、いつまでも共に歩むのみです」

「ラヴィニス、君って子は……本当に、もう」

「ふふ。私から離れられると思わないで下さいね、アイヴィス様」


 身体だけでなく、その心までも逃がしませんからね。と言わんばかりの強い愛情を、ここぞとばかりに詰め込むラヴィニス。


 既にその虜となっている俺は、そんな彼女の全肯定な姿勢に心底安心してしまう。


 この場においての正否ではなく、俺が出した答えが全てなのだ。……つまりはそういうことである。


 見ようによっては、相手に判断を委ねる全依存なだけではないかと捉えることも可能だ。


 しかし俺にとってはどちらでも良い。彼女が信じてくれるのならば、それに応えるのが男……いや、”嫁”なのである。


「俺、助けたい。どことなく日本人を想像するあの母娘を、救ってあげたいんだ」

「はい! 必ずや、救い出しましょう!」


 故に、素直な欲求が現れる。俺は、救いたい。故郷の面影を残す彼女達の幸せを守ることで。


 お節介かもしれないし、何なら見当違いで何にも起こっていないかも知れない。


 それでも今彼女達の下に駆け付け、少しでも安心して欲しいのである。


 後のことはその場で考えれば良い。今はまず行動することだ。結果は嫌でも付いてくる。そういうものなのだ。


 そう踏ん切りの着いた俺達の足取りは軽く、一切の迷いもないままに卵屋へと向かうのであった。



「あらあらタバサさん。これは、宜しくありませんわねぇ」

「はいチヨさん。この規模となると、恐らくは外部からの干渉だと思われますね」


 日が陰り、少しばかり休憩でもと入った茶屋の一角で落ち着いた声色で談笑する女性たちが居る。


 一人は千世チヨ。アイヴィス達と共にこのカレンダールに滞在するどう見ても魔女な冒険者だ。薫り高い紅茶の入ったティーカップを優雅に携え、憂うように、また呆れるようにして嘯いている。


 それに応えるのは凛々しい鎧を纏った神殿騎士、タバサだ。真面目な顔をして考察を述べているが、頬っぺたに付いたホイップクリームで相殺されて台無しである。


 余ほど気に入ったのだろう。あたりの喧噪など何のその、本日三つ目となるそのスイーツを頬張るのに夢中になっている。


「ルキアさん。そちらの女性の手当てを頼みます。私は、少しばかり掃除をしてきますので」

「は、はい! 分かりました。せ、セバスさんも、気を付けて下さいね!」


 そしてこちらはセバス。どうみてもメイドにしか見えない冒険者だ。チヨとセバスが座る一角には決して近づけまいと、辺りで騒ぎ散らしている暴徒達を片っ端からちぎっては投げている。


 もう一人はルキア。こちらも神殿騎士の格好をしているが、タバサのものより幾分か軽量化されているのが分かる。


 彼女は自身の本領である治癒魔法を用い、この騒ぎで怪我や火傷をした人を治療している。


 相も変わらず少したどたどしいが、一人一人の症状に向き合い治療をしているのが特徴的だ。


「セバス。あまり遠くへ行かないでね。……黒ちゃん。彼女を援護してあげて」

「ルキアもよ。どうやらこの騒ぎは鳥女共の仕業みたいだから、あまり深追いはしない方が良いわ」


 一見すると空気を読まずにただ寛いでいるようにしか見えない二人だが、その実チヨが戦闘支援、タバサが情報収集と、やることはきちんとやっている。


 女性特有のというべきか、複数のことを同時進行出来るほどの実力を彼女達は兼ね備えているのだ。


 ……ちなみに此処だけの話、アイヴィスさんは一つのこと以外をするのがとても苦手である。


「はい。チセも、無理はしないで下さいね」

「はいっ! この広場に取り残されてしまった人達を治療したら一旦戻ります!」


 チヨとセバス、そしてタバサとルキア。双方の信頼関係を表すのならば、「家族のようだ」という表現がしっくりとくる。


 互いに思いやり尊重し、心配はするが信用して任せる。仮に本当の家族でも、ここまでの関係は簡単には築くことは出来ないだろう。


 ともあれ、どうして彼女達がこのような協力関係になったのかという説明が必要だろう。


 きっかけは何を隠そうこの茶屋だ。最近巷で噂になっているスイーツ界の新興勢力で、そのメインの商品は”パウンドケーキ”である。


 少し前まではしがない食事処だったが、とある国のとあるギルドとの出会いをきっかけに開花した。


 そう。実はこの店、アイヴィス手掛ける”ている☆いやーず”と提携協定を結んでいる姉妹店だったのだ。


 クジャクが以前”砂糖”を仕入れるルートを紹介して貰うために交渉し、協力関係になったのである。


 彼女が代わりに提供したのは技術だ。アイヴィスが作ったシフォンケーキもどきを持参し、その味を持って価値を知らしめた。


 そしてこの茶屋の女将が独自に改良し、現在の形(パウンドケーキ)まで持ってきたといった具合だ。


 因みに、アイヴィスにはその技術提供について事前に了承を得ている。


 ……というかそもそも彼自身も借り物の知識なので、版権なんてものを求める気にはならなかったのだ。


 話は逸れたが要するに、彼女達はそれを食しに来た。そして、その場で意気投合して現在に至るという訳である。


 何故そのように簡単に打ち解けられたのかは定かではないが、甘いものの前では多少の確執など溶けて消えてしまうのだろう。

 

「それにしても貴女、凄いわねぇ。こんな混沌とした状況下で正確に情報を集めることが出来るなんて。……魔法という感じもしないし、そういうスキルなのかしら?」

「――っ! もぐもぐ……ごくん。そ、そういう貴女こそこの黒紅の手は何なの? まるで個々に意思があるように思えるのだけど気のせいかしら?」


 頬一杯にケーキを頬張りながらピクリと反応を示すタバサ。まさかこのタイミングで詮索されるとは思わなかったのだ。


 不意に図星を突かれたせいで過剰に反応してしまったのを恥じるかのように、質問に質問を返し意趣返しをしている。


 そんなタバサを興味深そうに眺めるのチヨ。彼女は元々研究熱心なところがあるため、純粋に興味を持ったのである。


「ああ、この子達は下位の悪魔よ? 知能は低いけど強いものには従うし、結構便利なの」

「へ? 悪魔? これだけ多くの数の悪魔を使役して居るって言うの!?」


 元々隠すつもりも無いのか、あっさりとその答えを語るチヨ。


(下位とはいえ、百近い悪魔を一人の魔法使いが使役するなんてことが可能なの? ……そんなの、聞いたことが無いわ)


 タバサは彼女のそんなあっけからんとした様子に遂にはケーキをも食べるのを忘れ、その返答を意味を吟味している。


「それで? 貴方のその力はやはりスキルなの?」

「……そうよ。条件等は詳しく話せないけど、私には物事を追跡するスキルがあるの」


 タバサも限定的にではあるが、その事実をあっさりと認めた。隠しきれないと踏んだのか、当たり障りのない範疇で答えたのだろう。


 何より彼女は聖職者である以前に騎士だ。ただ一方的に情報を得るだけでは、その精神に反するのである。


「ふふっ。やっぱりそうなのねぇ。……試しに私に使って下さらないかしら?」

「やめておくわ。他の人ならいざ知れず、チヨさん。貴女ほどの聡明な方に行使したら、丸裸にされてしまいそうなので」


 あらあら残念と微笑むチヨ。これ以上の情報は与えまいと、澄ました顔で紅茶を飲むのはタバサだ。


 チヨもそれ以上は詮索することをしない。引き際というものを見極めなくては、過去の二の轍を踏み兼ねないのである。


 そうこうしているうちにセバスとルキアが帰還する。見渡せば十数人程居た怪我人は全て治療され、暴漢も皆捕縛されている。


 少なくともこの一画は、既に鎮圧出来たと言っても過言ではないだろう。


「二人ともお疲れ様。……セバス。早速で悪いけど、そろそろ帰りましょう?」

「ラヴィニス様が居る以上不覚を取ることは無いでしょうが、アイヴィス様はトラブル気質ですからね」


 それではお先に失礼しますね。とチヨが言うと、ペコリと丁寧にお辞儀をしたセバスが後に続いた。


 チヨは兎も角、先程まで戦闘をしていたはずのセバスですら疲弊した様子が一切見受けられない。


「はい、またの機会に」

「……はぁはぁ。し、シフォンケーキを食べに、ふぅ。……必ず、行きますねっ!」


 座ったままの状態で返事をするタバサと、肩で息をしながらも笑顔を浮かべるルキア。


 こちらもタバサは兎も角、ルキアの方は治療で魔力を消費してしまっているので疲れてしまうのは仕方がない。


 一般的には十数人に個別で治療魔法を行うことなど不可能に近い。


 まず魔力が足らなくなる上に、時間的効率が悪いのだ。


 それにこの規模を負傷者の数ならば、彼らを一か所にまとめて行使する集団治療魔法、『エリアヒール』をかけるのが基本だ。


 術者の実力にも左右されるが、完全に治らなかったり、傷跡などが残ってしまう可能性はある。だがしかし、複数人を一辺に治療出来る上に個々に行使するよりも魔力が節約出来るので、効率が良いのである。


「もうルキア、大丈夫? 貴女まだ病み上がりなんだから、無理しちゃダメよ」

「……えへへ。アイヴィスさんみたいに治療出来ないかと思ったけど、やっぱり私まだまだですね!」


 十数人も診れたら十分よ。彼女が規格外なだけ。とタバサは正論を口にするが、意識高い系小動物女子であるルキアは納得出来ないらしい。


 そんな彼女の健気な姿に、タバサはとても優しい表情を浮かべている。


 顔に出る彼女だから故にそこに嘘は無い。……ルークの事が関わらなければ、本当によく出来たお姉さんなのである。


(夜烏、そしてアヴィスフィア連合。実態は定かではないけれど、このレベルの人達が気軽に他国へと訪れるなんて。……より一層あの国を、注視しないと行けませんね)


 彼女にとっての最優先はルークとその栄光だ。そしてそんな彼の障害となる可能性があるものは排除、あるいは無力化しなければならない。


 せめて無力化出来ないのならば、出来うる範囲での情報収集はしておかなければならない。


「ルキア。今度、休暇に私と小旅行しましょうか」

「え、ええ? タバサ姉さまが旅行!? い、一体どうされたのですか!」


 そう考えた彼女は、ルキアに一つ提案する。余ほど珍しいことなのか、それを聞いた彼女は口をあんぐりと開けてしまっている。


 遠征という形で何度かルークの下を離れたことはあるのだが、基本的にタバサはルークの生活圏に滞在している。


 その理由(わけ)は、何かあってもすぐに駆け付けられる距離に居ることで、もしもの可能性を排除することにある。


「シフォンケーキ。貴女も食べたいでしょう? 私も少し、気になるの」

「――た、食べたいです! それに、タバサ姉さまと旅行に行けるなんて感激ですっ!」


 ぱぁぁと明るい笑顔を浮かべるルキア。


 その表情通り、心が高揚しているのだろう。先程までの疑問など何処へやら、どんな服を着ていこうかなどと既に”わくわくさん”になっている。


 そんな彼女を見て微笑むタバサ。しかしその心中が穏やかではないのか、少しばかり陰りが見えている。


「タバサ姉さま? ……どうかしましたか?」

「――っ!? な、何でもないわ。……ちょっとルーク様が心配になっただけで」


 全くもう、タバサ姉さまは心配し過ぎです。と呆れるルキア。


 彼女の言う通り、ルークに危害を加えることの出来る人物など早々に存在しないだろう。


 そうよね。と返事をするタバサもそれは分かっている。


 つまり彼女は純粋に恐れているのだ。アヴィスフィア連合という未知の存在を。そしてその謎に包まれた相手を調べることで藪蛇にならないだろうか、と。


 危険があるのは分かっている。そしてそこにルキアを連れて行っても良いのかという不安もある。


 しかし頭の中で自分個人で行った場合のリスク管理をした結果、自身一人よりも彼女を御礼の為に同行させた方が生存率が高いと判断したのだ。


 嫌われている可能性の高い自分より、実際に治療をしてもらったルキアが居た方がという実に合理的かつ、大胆な判断である。


 そして冷静であるが故に、冷血であるとも言える。


 要はタバサにとって妹同然であるルキアより、自身の主であるルークの身を優先したことになるのだ。


 取捨選択。そう、彼女は限りなくアイヴィスに近い思考の持ち主なのだ。そしてそれ故に馬が合わないのだろう。


 ともあれ彼女達の方針も決まったようだ。このような情勢下ではルークの命令である情報の遅延も意味をなさない。


 と言うよりは、より案件となる事件が発生したために操作する必要が無くなったのだ。


「それじゃ、私達も撤退しましょう。何時までも危険な場所に留まるのは良くないわ」

「はい! 帰りましょう、タバサ姉さまっ!」


 そうして広場に静寂が訪れる。各地の暴動も鎮圧され始めたのか、残る灯火も数少なくなっていくのであった。



「――放して! 放してよっ!」


 煌々と灯るひとつの明かりの前で、一人の女性が毛むくじゃらな男性に羽交い絞めにされ叫び、抵抗している。


 ……一体何が起こったのだろう。少なくとも良いことではない、そう察する程度には緊迫した状況だ。


「――駄目だ! もう火の手が回りきっているだろうがっ! 今飛び込んだら、君も死んじまうんだぞ!」


 叫ぶように訴える声は男性のドワーフ、ボルボのものだ。余程余裕が無いのだろう。何度も何度も同じ言葉を繰り返しているために進展が見られない。


 ズリズリと擦るような痕跡からも、女性が体格差を凌駕した馬鹿力を見せているのが分かる。故に彼も焦っているのだ。


 状況から見るに誰かが燃え盛る火の海の中に取り残されてしまい、それを無謀にも助けようとしている彼女を抑えつけているらしい。


「――お母さんはまだ死んでないっ! 死ぬわけない! だって、約束したものっ!」

「――っ! とにかく駄目だカレンちゃん! 俺の目が黒いうちはここは行かせん! ハルカさんの為にもだっ!」


 泣き叫ぶ女性はカレン。そして取り残されたのは彼女の母であるハルカ。……どうやら、アイヴィスの嫌な予感は的中してしまったらしい。


 逃げ延びた従業員達によると、暴徒の火炎瓶で燃焼した宿は木造なのも相俟って直ぐに火の手が燃え広がったそうだ。


 もしもの時の避難訓練により怪我人こそあれ一時的に皆無事に脱出したのだが、何を思ったかハルカ一人だけ宿に戻ってしまったのだという。


 そこに追加の火炎瓶が投げ込まれて入り口が崩落し、そのまま彼女は戻っていないとのことである。


 そしてそれを聞いたカレンが狼狽し助けに行こうとした所を、火の手の様子を呆然と眺めていたボルボが止めたのだ。


 全身がずぶ濡れなのを見るに、彼はハルカを助けようと思っていたのだろう。


 しかし、予想以上に火の勢いは激しく、突入は不可能だと悟ってしまったのだ。


 そして、その判断は正しい。もし仮に彼が無謀にも助けに行っていたならば、煙による一酸化炭素中毒により二次災害に繋がっていただろう。



「あはははっ! 燃えろ、燃えろぉ! やっぱり木造は脆いね。でもこれで民達も石材を推奨した僕の正しさを思い知れたかな? ……ふふ、ふふふふっ」


 現場から少し離れた小高い丘の上で、楽しそうに笑い声をあげながら眼下を見渡す青年がいる。


 その身なりの良さからも高貴な存在なのが伺えるが、このような緊急時に悪戯を成功させたような無邪気な笑顔を浮かべる様子からも、碌でもない性格をしているのは間違いない。


 頬に張られたような跡が残っていることから察するに、恐らくは対人関係で何かしらのトラブルがあったのだろう。


 眼下の惨状を彼一人でやったとは思えないが、この喜びようからも何らかの形で関わっていると思われる。


「旦那様、大変ですっ! や、宿屋の女将が逃げ遅れてしまい、その。今もまだあの炎の中に……」

「……なんだって? 馬鹿な、確かにあのとき僕は義姉さんが逃げるのを見届けたはずだ……」

「そ、それがどうにも何かを取りに宿に戻ったみたいでして……。運悪く、そのタイミングで入り口が塞がってしまったのです」


 バサバサと大きな羽音を立てて舞い降りる有翼人女性。酒場で踊っていた女性とは一見を隠す地味な服装をしていることからも、恐らくは青年付きの従者の一人なのだろう。


 彼女からの情報を聞き表情を濁す青年。先程までとは打って変わった思案顔が、彼にとっての想定外起こったことを示している。


 その変化に戸惑いながらも最後まで説明をする女性。どうやら青年のこの変化は割と日常茶飯事の範疇に納まるらしい。


「是非もない、か。ここで死ぬようなら、そこまでの人間だった。ある意味、再度確認するいい機会かも知れないね。……ふふ、ふふふふっ」


 嘯く青年の表情はいつの間にか元の笑顔に戻っている。彼が女将であるハルカに何を求め、感じているかは分からないが、少なくとも青年がサイコパスに近い思想であることは間違いなさそうだ。


 再度笑い声をあげる青年。実に楽しそうに笑うその姿からも、既に次の思惑が浮かんでいるに違いない。


 そんな彼の姿を見て身を震わせる有翼人女性。近くに居るからこそ理解出来るものがあるのだろう。


 パチパチと鳴く炎。夜の帳がすっかりと下りた街に則わない喧噪の跡。運命の天秤が傾くのは幸か不幸か。出会いと別れを繰り返す望郷の宿は、果たして朝を迎えることが出来るのだろうか。

約一ヶ月ぶりの投稿です。ペースが若干落ちているのが気になるので、なるべく執筆できる時間を作り熟していきたいと思っております。

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