エルフ、エルフ。エロ……いや、エルフ!
約二か月ぶりの投稿です。ゲーム実況や仕事の合間に少しずつ執筆しているため、更新頻度の遅さはご了承くださいませ。
喧騒が広がる午前十時。俺達はイリシアにある国選ギルド『妖精達の住処』へと辿り着いた。
理由は当然、クエストへと参加するためだ。浮島への出立はこのギルド、通称”妖精”にて直接の手続きを行うことになる。
驚くはその壮大さだ。ギルドの建物自体――格納庫は除く――は多数の奴隷を主に取り扱う夜烏の方が大きいのだが、巨大な鯨を彷彿とさせる飛空艇が大空に群を為して飛んでいるのである。
その様子たるや、まるで大海を泳ぐ鯨の群れを直下から眺めることが出来る大規模な水族館のようだ。浮島という目的地に向かい、ふわふわと緩やかに飛行する姿は想像していたより遥かに胸が沸き立つ。
イヴによれば、空力を生み出しているのは気球と同じ熱なのだそうだ。推進力は風の魔法を用いているらしい。
この地には科学という概念は存在していないが、密かに科学と魔法が混在しているのである。もし仮に現代の研究者がこの地にいたのなら、おそらくは俺以上に好奇心を擽られていたに違いない。
「ふぁぁっ! 凄い、凄いねラヴちゃん! アツアツの砂場、オアシスのビーチ。そしてナイスバディなエルフのお姉さん達! あぁ、この地こそが楽園……地上の楽園に違いない!」
「あぁっ! 急に走ると危ないですよアイヴィス様! ……んもう、お召し物が砂に塗れてしまっていますよ」
そう。そして何よりここは楽園なのだ、間違いない。……いや、正確には浮島こそが楽園なのだが。
それでも楽園であると断言したい。何故なら眼前に紛れもない幸福が広がっているからだ。
大小様々なエルフ、エルフ。エロ……いや、エルフ。何処からどう見てもエルフ。長い耳の先がツンッと尖っているし、肌も透き通るような真白だ。……まず、間違いはないだろう。
童話に出てくる姿よりも色々な部分が大きい――個人差はある――が、ゲーマーとしての本能が彼女達はエルフであると決定付けている。
違いを上げるならその恰好だろうか。本来なら若草色の素朴な布地の服を好んで着るイメージがあるが、目の前の彼女たちはそれはそれは色鮮やかなビキニスタイルを披露している。
性に疎く、またその欲も少ないとは思えないほど情欲的なその姿に俺はもちろん、旅行く男どもの視線も釘付けとなっているのが伺える。
「はぁ。全くアイは懲りないねぇ。普段から嫌というほど女に振り回されているはずなのに、ちょっとでも可愛い子を見るたびにコレなんだから」
「あい、学ばない。らぶ、甘やかしすぎ」
いつの間にか背後に控えていたつぐみんとクジャクさんに、チクリとお小言を頂いた。
確かにいつも反省はしているはずなのに、この世界に来てからどうにも抑制が効かなくなっている気がする。
元々思ったことは言ってしまう質だし、遠慮も反省もあまりしない。しかしそれでも自制は出来ていたという自負はあるのだ。
もしかしたら初めての海外に浮かれてしまっているのかも知れない。少し、顧みるとするか。
「アイ様。お楽しみのところ水を差して申し訳ないのですが、彼女達は正確にはエルフではなくハーフエルフと呼称される存在です」
「そうよぉ奥様。純血のエルフはこの大陸ではただ一人、この国の女王様以外は誰一人としていないのよぉ」
ちよさんとセバスちゃんの説明によると、どうやらここにいる彼女たちは人間とエルフ、またドワーフとエルフといった混血種らしい。
ハーフエルフとはいわゆる種族名であり、ハーフといっても半分ではない。特徴的な耳と肌がその判別方法で、大半はエルフの血は薄い場合がほとんどだそうだ。
魔力も純血種とは比べ物にならないほどなのだが、それでも人間やドワーフに比べれば格段に多いとのことである。
稀に隔世遺伝なのか特別魔力の高い個体が誕生することがあり、そういったものは今の女王の護衛としての未来が確約されるのだ。
限りなく義務に近い特権故に半強制的に仕えることとなるのだが、この国では最大の名誉であるとされている。
権力もそんじょそこらの貴族など目にならないほど高位に位置付けられているため、彼らの中には選民思想を持つ者も多い。
そして俺の想像した通り、本来のエルフはこのように開放的な性格ではないそうだ。
今は昔。まだこのイリシアが深い、それは深い木々に囲まれていた豊かな時代。彼らは自然と共に慎ましやかに暮らしていたという。
しかし、かの天変地異である浮島の誕生によって全てが変動し、木々は枯れて湖は蒸発し、草原は更地となってしまった。
わずかに残った自然を守り生きてきたが、世間知らずなエルフ達はその地に訪れた人間に丸め込まれその地を奪われてしまったという過去を持っているのである。
それを開放したのが今の女王である”ラスティア・ララ・ティリル”。最後の純血種と呼ばれるただ一人のエルフだ。
その圧倒的なカリスマ力は瞬く間に人々を惹きつけ、魅了した。現在のこの国は彼女ありきで成り立っていると言っても過言ではないとのことである。
何処かイサギさんに似ているな。一人で国を動かす力があり、そして人々もそれに賛同して付き従う。
それが良いことなのかは俺程度の人間では判断出来ないが、自国の平和を維持できているのであれば間違ってはいないのだろう。
ちなみにこの女王様はギルドの団長も務めているらしい。これもまたイサギさんとの共通点だ。
ふむ。イサギさんっぽい女性か。会う機会など無いかも知れないが、この世界に来て初めて会ってみたいと思える人物ではあるね。
「「…………」」
さっきからつぐみんとクジャクさんが難しそうな顔――つぐみんは雰囲気――で考え込んでいるのが少々気になるところではある。
自身の所有者に近い特徴を持つ相手への純粋な興味からなのだろうか。はたまた得も言われぬ事情があるのか。詳細は分からないが、何となく聞きづらいので保留することにしよう。
つぐみんは兎も角、クジャクさんが料理以外で考え込むのは珍しい。それも相成り、今は質問をするのを宣言通り自重したのである。
空気を読まないことはあっても、読めない訳ではない。そう、俺は大人。やれば出来る子なのだ。
「よし、満足した! ラヴちゃん、皆。クエストが待ってる。いざ、れっつごー!」
「あぁっ! アイヴィス様。ですからそっちはギルドとは逆方向で――」
さて、水着のお姉さんをしか――眺めることで目の保養もたっぷりと出来た。そろそろ件のギルドへと足を運ぼうではないか。
少々方向も間違えたが問題ない。そう、流れを変えたかっただけなのだ。失敗なんて、誰にでもあるものだしね。
そんなわけで俺達は魅惑的なビーチを後にした。今度来たときは、皆の水着をきちんと用意しておこう。
「マスタークラス!? それに、プラチナ二名とゴールド一名ですか!? ……あの、失礼ですがクエストをお間違えなのでは――」
「――いや、問題ないよ。今日はウチの新人達の初クエストでね。早い話、お守りさね」
「了解致しました。確認のため、少々お待ち頂いても宜しいでしょうか?」
件のギルドに付き、足早にクエストを受注しようとしたところでちょっとした喧騒が起きる。
どうやら”ショートチョコルドンの実の採取”に対し、我らのメンツが過剰戦力だったようだ。……まぁ、何となく想像はついてはいたけども。
本来は夜烏で受注したときに既に手続きは完了しているはずなのだが、場所が空の上という立地の関係もあり、他のクエストより一手間多くかかってしまうのは致し方ない。
ちなみに新人達とは俺とつぐみんの事だ。なんとまぁ彼女は”目立ちたくない”というただ一つの理由で、ギルドカードに細工をして銅等級に見えるようにしてあるそうだ。
ふむ。限りなく黒に近い灰色だとは思うのだが、伝説級にまで上がるとその存在を隠蔽することはギルド間における暗黙の了解らしい。
必要な時には名前を出し、普段は隠しておきたいという思惑あってのことなのだろう。
それもあってか、マスタークラスというのは事実上の最高峰となる。つまりは一番目立つ広告塔となりえるのである。ウチのギルドには彼女の他に三人在籍しており、一人はヨタカさん、もう一人はフクロウさん。意外なことにモズ君も達人級だ。
白金級はちよさんとセバスちゃん以外にもシフォンやジャン君にジュウゾウさん、烏丸の娘達の中にも数人と多数居るのだ。
聞いた話でしかないが、これでも白金以上の人数比率が他のギルドに比べて少ないそうだ。奴隷を主流に扱うギルドという側面も大いに影響しているのかも知れない。
――それにしても。
「ちょっとクジャクさん! お守りは失礼だよ、主に私に!」
「ふふ、ごめんよアイ。”お手伝い”だったね」
お手伝い、か。まぁ確かに彼女達からすれば採取クエストなんて朝飯前なんだろうな。
別に思うところがあるわけではないが、一日でも早く肩を並べられるように一層努力しよう。……正確には一歩後ろで戦う姿を眺め――もとい、援護出来るようにだ!
じーっとラヴちゃんとイヴがこちらを見ている気がするが気のせいだろう。そもそも俺の趣向など、既にモロバレしてるし今更なのだ。
なんだかんだ言ってもいつもいつでも味方でいてくれる二人への甘えである。そしてこの居場所を守るためにも彼女達を必ず護り抜けるようにならなければならない。たとえどんな手を使おうとも、だ。
一番大事な根幹を見失わないように常に意識することは重要だ。失ってからでは遅いのである。
「大変お待たせ致しました。アイヴィス様御一行六名様による、クエスト『ちょこっと甘々? 魅惑の珍実』の受注確認が完了しました」
「規定により、我がギルドから楽園管理人を一人同行させることが義務付けられています。詳細は彼女に聞いて下さいませ」
不意に自身の行動心理を思い返していたが、どうやら確認のため一時的に離籍していた受付嬢が戻ってきたようだ。
一組の確認にしては思ったよりも時間がかかった気もするが、何かあったのだろうか?
そう思って受付嬢を伺ってみたが既に動揺の色はない。流石はプロといったところである。
ちなみに楽園管理人とはその名の通り楽園を管理する人物のことで、主にクエストに向かうパーティーに同行しその動向を監視する仕事を担っている。
ガイドとしての役割もあり、指定された魔物や動植物の生息域へ案内してくるそうだ。
彼らは当然冒険者たちが指定された魔物以外を乱獲する兆しがあれば注意勧告をし、最悪実力でねじ伏せなければならない。故に皆、相応の実力を持っていると考えてよいだろう。
「アイヴィス様、そしてパーティの皆様。私は楽園管理人の一人、ララと申します。以後、よろしくお願い致しますわ」
「――エルフ! あ、いえごめんなさい。アイヴィスです。一応パーティリーダーをやらせて頂いてます。こちらこそ、よろしくお願いします!」
「ふふ、気にしないで下さい。もし聞きたいことや分からない点がありましたらお申し付けくださいね」
ツンと尖った耳に金色の髪。素朴な緑の衣服も然り、全体的に小柄な少女に見える。
……ふむ。まさにエルフの鑑といったところか。
オアシス付近で見たエルフとは一線を画す純粋なエルフ。それが彼女の第一印象である。
物腰も穏やかで丁寧だし、肌の露出も少ない。思えば他のエルフ達より耳が短い気がするが、若いエルフはこんな感じなのだろうか? うーん、分からん。
「アイ。そんなにジロジロみたら失礼だろう? ……全く」
「あい。やっぱり、学ばない」
――しまった。気が付いたら舐めるように観察してしまっていた! いや、だってほら。気になるじゃん。エルフだよ?
いつの間にかジト目が二つ追加されていたようだ。言われるまで気がつかないなんて、どれだけ集中してしまっていたのだろう。
呆れるように呟くクジャクさんと、両手を腰に当てて全くもうという仕草をするつぐみん。
「ふむ。やはりアイ様は女性がお好きなようですね」
「……?」
そして何故か納得しているセバスちゃんと、そんな彼女をみてキョトンとするちよさん。ん、可愛い。
ともあれ、ララさんにクエストの概要を聞くことにしよう。
気になるのは当然チョコルドンの住処とその生態だが、その他注意事項も確認しておかねばなるまい。
しーちゃんも言っていたが、特定の魔物や動植物を害してしまうと大問題に発展してしまうことにもなり兼ねないからね。
まず、一番気を付けねばならない”特定保護魔動植物”についてだ。
特定保護魔動植物とはその名の通り、楽園において最も重要かつ絶滅が危惧される魔物や動植物のことを指す。
その中でも一番重要なのが”世界樹”と呼ばれる巨大な樹木だ。
楽園の中心に聳え立つ名に恥じぬ巨木であり、楽園内全ての魔動植物の”母”だ。
世界樹の実りを動物が食べ、その動物を魔物が捕食し、彼らの糞や死骸が植物の栄養となる。そう、食物連鎖の主幹を担っているのだ。
ちなみに現在では浮島となった影響で、植物と魔物の相互関係のみが成立しているのは依然語った通りである。
当然、楽園を所持する三国共通の特定保護植物に指定されている。
学者間では楽園が浮いていることにも直接影響していると考えられており、関係者以外は特定範囲内への侵入は固く禁じられている。
もしかの植物に対し害を与えようものなら即座に逮捕、また実刑となる可能性がある。実刑とはすなわち死罪のことだ。
過去に不法侵入した上に枝葉を持ち帰ろうとした阿呆が、実際に死罪になった例もある。
国ごとに特定保護魔動植物は異なるが、中には重複するものも存在する。違反者を罰するのはそれを指定している国が行うといった仕組みとなる。
重複した場合はどの国が担当するかは議論となることもあるが、基本的にはクエストを発注したギルドが代理人として引き取り先を決定することがほとんどである。
他にも多数存在するが、全てを説明するととても時間が足らない。そのため実際に遭遇、またはその可能性がある区域に近づいたら管理人が注意勧告をするのが基本的なスタンスなのだという。
「ふむふむ、なるほど。特定保護魔動植物以外なら基本的に狩ったり採ったりしても大丈夫なんだね?」
「はい。現地での食事の為に狩る必要もありますし、襲撃に合う可能性もありますから。当然、その素材の処遇も自由ですよ」
楽園の自然再生力は、基本的に人間が少しばかり狩りをしたところで造作もないそうだ。
問題なのは一つの種族を徹底的に狩りつくすことにある。例えば地球において蚊が全滅したら人が生きていけないように、全ての生き物は他の生き物に作用しているといった具合である。
これもしーちゃんに聞いた話だが、楽園にはチョコルドン以外にも沢山の果物やスパイスがあるそうなので、見つけ次第持ち帰ることにしよう。
クジャクさんに聞けば詳細も分かるだろうし、俄然楽しみになってきたな。
「キャー! ルーク様ぁ! 今日もかっこいいですー!」
「はぁ、なんてクールなんでしょう。輝く白金の鎧も素敵。あぁ、ルーク様。……抱いて下さいまし」
――な、なんだなんだ!? 事件か? リア充が吹っ飛んだのか!?
《通告。そのような事実はありません。察するにあの男性が発生源と思われます》
まるで爆発したかのような歓声に、思わず飛び跳ねてしまった。……ふむ。確かにイヴの言う通り、騒ぎの中心はあの騎士様のようだ。
遠くから見てもアイドル顔負けのイケメンのように見える。身に着けている防具もそれは憎たらしいほどに似合っていて、喧噪など何のその、まるで気づいていないかの如く振舞っている。
その姿は俺の目から見ても格好が良い。悔しいが、あれこそ天賦のものだろう。女性が見惚れるのもさもあらんといったところか。
「あぁ、彼はルーク様ですね。聖サンタイール教国の神殿騎士の一人で騎士団長補佐、つまりは副団長を務めていらっしゃる方ですよ」
「……ルーク。光の運ぶ者、か。その名に恥じない華やかさですね」
「そうですね。それに実力も確かです。実は彼、我がギルドの白金級の一人なのですよ」
名をルーク・アルフォンス。年の頃は二十と三歳で、高収入高身長高学歴と三拍子揃っているそうだ。
どうやら騎士団とは別に、プライベートでこのギルドに入団したらしい。今では彼の功績もあり、”妖精”はサンタイールに支部を持つことに成功したそうだ。
華もあり、人気も高い彼はこのギルドの広告塔と言っても過言ではない。伝説級でない理由は単に国民じゃないからという一点に絞られるとのことである。
非の打ち所がない、まさに完璧なイケメンである。
なるほど、周囲の男性が渋い顔するわけだ。……俺も似たような顔してそうだしな。
「ぐぬぬ。羨ま――いや恨めしいぃ。エルフのお姉さん達にワーキャーされるなんてぇ」
「もう、アイヴィス様。そんな般若みたいな顔を為されては駄目ですよ。……それに、貴方様には私が付いているではないですか」
「――っ! ……ふふ。ラヴちゃん、君は本当に健気で可愛いな。ここは呆れても良いところだよ、全くもう」
「――か、かかか、可愛い!? ……う、うぅ。まさかここで私を褒めるなんて、ずるいですぅ」
ついつい言葉に出てしまったが、羨ましいものは仕方ない。今でこそ周りに女の子がいる機会が増えたが、男性だったときには考えられないことなのだ。
そんなどうしようもなく醜い嫉妬丸出しの俺に、ラヴィニスが「私が居るから大丈夫ですよ」と優しい笑顔で微笑んでくる。
目の前に目が覚めるほどのイケメンがいるというのに全くもって見向きもしない。その一途さに思わず綻んでしまい、先程までの負の感情など気が付けば何処かへ消え去ってしまった。
俺の突然の賛辞に不意を突かれたのだろう。彼女はかぁっと顔を真っ赤にして小さくなってしまった。そんな姿もまたどうしようもなく可愛いので、とりあえず頭を撫でまわしておこうか。
「ラヴィニスは本当にブレないね。あたしが言うのもなんだけど、アイは気が多いから大変さねぇ」
「あい、だらしない。らぶ、一途。……でも、だからこそ私達の居場所がある。そこは、大事」
つぐみんとクジャクさんがそれぞれラヴィニスの純朴さを理解し、その上で彼女の心を案じている。
いやいや、俺もどちらかと言えば一途な方だし、責任も取るよ? つぐみんやクジャクさんは大切な友人だし、何ならイヴやラヴちゃんは既に家族同然だと思っているからね。……あ、もちろん鈴音さんも。
それでも可愛い子見たら反応してしまうのよ! 生理現象みたいなものよ! しょうがないだろ、可愛いんだもの!
《家族……。何だか、懐かしい響きです。ラヴィニスが嫁、鈴音が妻だとして、私はマスターの何なのでしょう?》
んー、なんだろ? しっかりした娘? いや、妹か? いずれにせよ、何となく年は下である感覚があるね。
てっきりいつも通り『通告。マスターは最低です』の文言からお説教が始まると思ったのだが、今日のイヴは少しばかり様子がおかしい。
家族、どうにもその言葉が引っかかっているようだ。何か思い当たることでもあるのだろうか?
《……妹。…………》
? イヴ? どうしたの急にだんまりさんになっちゃって。
《通告。何でもありません、大丈夫です》
ふむ。あまり大丈夫そうにも見えないのだが、ま。言いづらいのであれば、気が向いたときにでも教えて頂戴な。
はい。と生返事をした後に無言になるイヴ。基本的に論理的な解答を的確に提示する彼女にしては珍しい。
AIとして、何やら進化の分岐点にでも来ているのだろうか? アヴィスフィアに来てからというもの色々と刺激となるものも多いのだろう。せっかくの機会だ、自身の疑問を心行くまでゆっくりと考えて貰おうじゃあないか。
「あら? どうやら彼も同じクエストを受注するようですよ。……どうやらかの国のお姫様が、チョコルドンの実を求めているようですね」
俺らのいつもの喧噪を穏やかな表情で眺めていたララさんが、区切りが良いと思ったのか口を開いた。
仲間と思しき神殿騎士がチョコルドンの説明を受付嬢に訪ねているので、彼女の言う通りルーク青年が偶然にも同じクエストを受注したようだ。
――って、え? わわっ、凄い人数! えーっと? ひーふーみー、四十八人!?
六人編成の八部隊の神殿騎士達だ。整然と並んでなかったら多すぎて、何人いるかすら分からなかっただろう。
本来はこんな大規模な編成で望むものなのか? 途端に不安になってきたな。……大丈夫なのだろうか?
「あぁ。彼は特別なので大丈夫ですよ。元々このクエストは少人数で行うものですので」
おそらく顔に出ていたのだろう。ララさんはクスクスと笑いながら、このクエストの適性人数を教えてくれた。
見た目はどう見ても少女なのにこの落ち着きよう。もしかしたら童話の通り、エルフは見た目からは分からない長命種なのかもしれない。
それにしても、可愛いな。見た目の幼さとは裏腹なこのお姉さんの様な笑い方。……これは良いものだね。
「こほん。アイ様。またしても、えっちな目になってますよ」
「ねっとりとした視線。奥様、いやらしいわぁ」
――はっ! しまった、またしてもやらかした。 くぅ、つい見惚れてしまう。エルフはずるいよ!
的確なセバスチャンのツッコミと、ちよさんの”うわぁ”という表情が刺さる。これはその、違うんだって。
「し、してないしてない! ただ笑顔が可愛いなって思っただけで、その!」
「あらまぁ。アイヴィス様はお上手ですね。可愛いなんて、久方振りに言われましたわ」
あぁ、また思ったことを口に……! しかし全く微動だにしてないよこのエルフっ娘。絶対に年齢通りの見た目じゃない! 年上という線まであるぞこれ。
ラヴちゃんもそんなどうしようもない人を見る目をしないで! 違うの、いや違くないけど不可抗力なのっ!
くっ、このままじゃ埒が明かない。話題を、話題を転換しなければ……そうだ!
「姫……? もしかしてルーク殿はそのお姫様の為に、このような大人数でこのクエストを受けに来たのですか?」
「そのようですね。というよりは、そもそもそのお姫様に命じられてギルドに入団したと言っても過言ではないでしょう」
なんと。どうやらルーク殿はお姫様にぞっこんらしい。
いや、もしかしたら純粋に命令に従っているだけなのかも知れないが、それにしては人数を用意し過ぎているように感じる。
まぁ俺の妄想に過ぎないのだが、案外良い線いっていたりするんじゃないかな。
って、あれ? 件のルーク殿が、何やら恐ろしい顔でこちらに向かってきているのだが――
「――ティエル殿っ! どうして貴女が担当ではないのですか!?」
「……ルーク君。見てわかるでしょう。申し訳ないけど、私は今日この方たちの担当よ」
目的はララさんのようだ。――ん? ティエル殿? どこかで聞いたような……。
「――そんな。貴女ほどこの楽園を知っている方は、他にはいないというのに! そもそも何故わざわざ貴女が出張る必要があるのですかっ!」
「この方々達は特別なのよ。それに、日々皆も成長している。私一人に頼らずとも、個々で何とでも出来る人材しかギルドには居ないよ。……特に管理人は、ね」
見た目に違わぬ完璧主義なのか、どうやら管理人に不満があるらしい。宥めるように説明するララさんだが、当の本人は納得できないようだ。
ふと、俺と目が合った。睨みつけてきたというよりはじっと値踏みされてる感覚だ。……いずれにせよ、良い気分ではないが。
それはまだ百歩譲って良しとしよう。……問題は、彼の後方の百鬼夜行だ。嫉妬と憤懣に満ち満ちた彼の取り巻きの女性たちがこの世のものとは思えない悍ましい顔をして俺を睨んでらっしゃるのである。
これは怖い、思わず糞尿が垂れそうだ。今まで経験したことのないほどの悪寒をひしひしと感じている。人間ってあんなに迫力出せるものなのだな。
ギルド員やエルフのお姉さん達だけでなく、神殿騎士の中にもファンがいるらしい。視線で殺気を察知できるようになるとは、俺も中々成長したね。
《通告。マスターは”敵感知”のスキルを所持しておりません。恐らくその感覚は”気のせい”でしょう》
分かってるよ! ただ怖いのよ! やだもう、あのお姉さんなんかもう凄い顔面。めっちゃ見てるじゃんかー!
「ルーク君っ! アイヴィス様が怖がってるでしょう! 女の子には優しくしなさいとあれほど――」
「済まなかった。……非礼を詫びようアイヴィス殿。この任務、必ず成功させなければならない。そのせいで、少々ナイーブになっていたようだ」
まるでお姉さんのように叱るララさん。それが功を奏したのか、ルーク殿はハッと我に返ったようだ。
丁寧な物腰で謝罪をするルーク殿。どうにも悪い人ではないようだ。性格も良いイケメンとか、非の打ち所がないなこれ。
うむ。俺としてもちょっとだけ嫌な気持ちになっただけなので許そう。ていうか許して? あの、ホントもう大丈夫だから。
「う、うん。大丈夫だよ? 気にしないで? あの、言いづらいのですが後ろが怖すぎるのであまり話しかけないで頂けると嬉しいというかその――」
まるで姫に非礼を詫びる王子様の様な丁寧な謝罪に、一層色めき立つ周囲の女性達。
片膝をついて頭を下げる人って実在するんだ! いや、待てそれどころじゃない。――この殺気、殺されるっ!?
「……ルークとやら。アイヴィス様が怯えている。詫びなど必要ないから、さっさと失せなさいっ!」
「――ラヴちゃん!? 私は大丈夫だから話を大きくしないで、あぁ!」
俺を心配してか、遂にはラヴィニスが啖呵を切ってしまう。恐らくは自身にヘイトを向けることで守ろうとしてくれているのだろう。
そしてその思惑はバッチリと功を奏している。全ての女性の視線が彼女に突き刺さっていると言っても過言ではない。
いや、本当にこの娘は無茶をする。君が俺を心配するように、俺も心配してるんだからね? まったくもう。
でもでも堂々としてて格好良いよラヴちゃん。あぁ、こんな状況じゃなかったじっくりねっぷりと眺めたいのにっ!
済まない。そう一言添えて立ち去るルーク殿。俺なんかよりよっぽど大人な紳士的な対応である。……正直、男として叶う気がしないな。
強烈な殺気を放つ取り巻きも、彼が振り返る瞬間にはいつもの黄色い声援を放つ群衆と化している。……この変わり身、こいつら訓練されてやがる!
ラヴィニスの恫喝の余波に怯まないその胆力は大したものだと言いたいが、これがいわゆる集団心理という奴なのだろう。
自身が正義だと思った瞬間、またそれに賛同ものする者の比が一定多数を超えると、人というものは何処までも残酷になれるものだと聞いたことがあるしな。
さてさて。少々禍根を残してしまったが、いよいよクエストの開始が近い。
ララさんの配慮で飛行船は俺達パーティが貸し切りなので安心だが、目的が同じ以上向こうで出会う可能性が高い。
現地でラヴちゃんが何らかの嫌がらせを受けないとも限らないな。……守るためにも警戒は解かない方が良さそうだ。
追伸。大空の旅は、先程のつまらん喧噪などどうでも良いと思えるほどにはエキサイティングだったということを此処に記しておこう。
イケメンのイケメンっぷりを発揮させたいのですが、人生経験不足のため幅が広がりません。
次回以降はもう少し詳細にその紳士っぷりを表現出来たらと思っております。
当然エルフの可愛さ素晴らしさ、そしてエロさが最優先なのは言うまでもありません。