懐かしすぎて涙が出そうです!
約一か月ぶりの投稿です。親子の愛情、そしてそれに絆される主人公。流されやすい彼にも譲れない一つの芯があること。それを表現していきたいと思っています。
部屋は俺とラヴィニス、つぐみんとクジャクさんの四人と、ちよさんとセバスちゃんの二人の二部屋用意されていた。
室内は畳ではないのだが、何処か和の匂いを感じさせる木造建築となっている。ベットがない上に一部藁束を敷き詰めたようなふかふかな区画があるので、恐らくはそこで敷布団を使用するのだろう。……ふむ。あの木製の引き戸の奥に収納されていると見たね。
アヴィスフィアは中世ヨーロッパに近い文明レベルなので当然と言えば当然なのかもしれないが、トイレと水浴び場は共同らしい。男女こそ分かれてはいるが、現代日本人の感覚からすると正直受け入れがたいものがある。
何せトイレットペーパーなどもないので、便器の脇に添えつけられた木箱内の柔らかい藁草のようなものでお尻等を拭く仕様なのだ。早速利用してみた感想を一言でいうなら”くすぐったい”である。
身体を洗う場合も井戸の水を汲んで利用することになるらしい。昼夜問わず気温がほぼ一定なこの国では然程問題はないのだろうが、正直言って覚悟がいる。取り敢えず夕食後に気が向いたら利用することにしよう。
ちなみに烏丸にある自室にはトイレ付きのシャワールームがあり、どんな仕掛けなのかウォシュレットも完備されている。同様に源泉かけ流しの温泉もあることを思い出すと、俺がどれだけ恵まれていたのかが理解出来る。
ともあれ初めてのクエストかつ初めての外泊だ。多少の不便はむしろスパイスで、俺のテンションは今やうなぎ上りである。
コンコンと部屋のドアをノックする音が聞こえる。どうやらお迎えが来たようだ。
「食事の準備が出来ました。ご都合がよろしければご案内申し上げたいのですが」
「はいはーい。大丈夫ですよ、是非お願いします~」
扉越しに響く声から察するに、先程部屋まで案内してくれた仲居さんだろう。なんなら既に出ようと思ってたくらいなので、実に素晴らしいタイミングである。
俺以外の三人も同様に準備万端だ。所持品は必要最低限にとどめ、盗難被害などの万が一に備えてルーアも召還済みだ。
彼、いや彼女にはいつもお世話になっている。いつかきちんとしたお礼をしなければと考えているのだが、今のところ頼りっきりである。
当人は寧ろ進んで対応してくれているのだが、感謝を形にすることは重要だ。遠くない未来に何かプレゼント出来るように善処しよう。
仲居さんに従いその後に次ぐ。案内を任せたのは正解だった。何せ似たような廊下が続き、既に自分の部屋へ戻れるかすら危ういからだ。
正直自信を失ったが、決して一人で行動してはならぬと実感出来たため、結果として良かったのだと受け止めておこう。
しばらくすると何やら美味しそうな、しかし嗅いだことのないスパイスの香りが廊下を満たし始めた。
現代日本におけるカレーの香りを嗅いだ時のような、思わずよだれが垂れてしまいそうになる甘美な誘惑である。
目的地が近い。おそらくはあの扉の先が食事の会場だろう。扉の前で仲居さんがどうぞと控えたのを良しとし、少し早足になるのを感じながらその扉を押し開けた。
「いらっしゃいませお客様。この度は当宿をご利用いただき、誠にありがとうございます」
「……ふわぁ。凄い、めちゃくちゃ美味そう」
扉の先はまさに豪華絢爛。色とりどりの料理が所狭しと並んでいる。どのような仕掛けなのかどれもみな湯気が立ち、冷めた様子は一切感じられない。
中央には今日のメインであろう巨大な肉塊が、芳醇なソースのベールに包まれ”我を見よ”とばかりにアピールをしている。
廊下に漂っていたのはスープの香りだろう。数ある料理の中でもその存在が一瞬で判別できるほどの豊かな風味に、思わず立ち眩みがするほどである。
「……クスクス。そのように前屈みにならずとも、好きなタイミングで頂いてもらって結構ですよ」
「はっ! いや、失礼しました。つい挨拶も忘れ夢中に――」
「? どうされました? ――あぁ、此方こそ失礼を。……申し遅れました。私はカレンの母、ハルカと申します」
余りの衝撃で挨拶も忘れ、つい料理を眺めるのに夢中になってしまった。恥ずかしい。
顔が紅潮するのを感じながらも声の方向に振り替えると、ビシリと身体が硬直するのを感じた。
それも致し方あるまい。何せ視界に飛び込んだのは、目が覚めるほどに麗しい日本人女性だったのだ。
お団子頭と和服の様な織物を着込んでいるため少々時代錯誤だが、まさに絵に描いたような美女である。
そういえば確かに名前も娘のカレンちゃんも、どことなく日本人の特徴をしている。
もしかしなくても彼らは日本出身なのではないだろうか。そう考えるだけで何故か涙が出そうになってしまう。
「いえ。あまりにも女将さんが綺麗だったので、つい見惚れてしまいました」
「あら、あらあらもうっ! お客様は、お世辞がお上手ですね」
「決してお世辞などでは。それに、どこか懐かしい感覚を覚えます。まるで故郷に帰ってきたかのような、そんな不思議な気持ちです」
「――ッ! ……ふふっ。そう言って下さると私も嬉しいです。私共が目指す当宿の理想こそ、まさにそこで在りますので」
ふむ。やはり何処からどう見ても日本人だ。落ち着いた物腰といい、柔らかな笑顔といい、まさに日本人女性の理想形と言っても過言ではないだろう。
思わず嬉しくて女将さんを褒めちぎってしまったが仕方がない。いわゆる望郷の念というやつだろう。
確かに実家の両親は心配だし出来うるなら帰って安心させたいが、まさか思考より先に感覚で覚えるとは思わなかった。
……ふむ、勝手に第二の故郷認定させて頂こうか。
「あ、あのぅお客様。そのように見つめられるとその、年甲斐も無く恥ずかしいのですが……」
「…………おいしそう」
「――へっ!? それは、その……えぇっ!?」
それにしても、ふむ。控えめな胸に、子供を産んだとは思えないほどに遠慮がちなお尻。和服に近い服装をしているので実際は分からないが、そこからもまさに日本人っぽいと言えるだろう。
お団子から垣間見えるうなじなんか……じゅるり。いかん、思わず涎が垂れてしまう!
年齢はそうだな、ふむ。察するに二十の後半と見た。娘さんが十二才くらいだとして、ずばり二十八才!
俺もアヴィスフィアに来て夜烏で生活することで女性を見る目は鍛えられているからね。誤差はあれども、限りなく近いはずだ。
「「――アイヴィス様っ!」」
「――――うひゃいっ!! な、なんでしょう?」
振り返ると大小二種類の夜叉が腕を腰に当て睨んでいた。あって間もないはずなのに見事にリンクしたその姿は、見ようによっては姉妹に見えなくもない。
そして、言っている場合でもない。先程の望郷の念など既に忘却され、今は背筋に幼虫が張っているかのような悪寒が全身を巡っている。
早くしないと料理が冷めてしまいますとラヴィニスが言うと、丹精込めて作りましたので残さず最後まで食べてくださいねとカレンちゃん。
有無を言わさないその様子もそっくり以外の何物でもなく、俺はこのテーブルを制覇しないと生きて帰れないのだと悟った。
あれ、そういえば女の子だったんだ。でも、お母さんをえっちな目で見てたし、うぅん。とカレンちゃんは呟いているのが聞こえたが、ラヴちゃんの手により口の中に次々と食材を詰め込まれている俺には返答することが出来ない。
おいしいはずの料理なのにほとんど味わうことも出来ず、全ての皿が空になるまでただひたすらに咀嚼する羽目になったのは言うまでもない不変の定理なのだった。
「ハッ! ここは何処? 私は誰!? アイヴィスフィア生誕何周年!?!?」
「……落ち着いて下さい。貴方はアイヴィス様で、此処はカレンダールの宿の一室です。アヴィスフィア歴は――」
「――おーけーラヴちゃん、全てを察した。……ありがとう」
そう。俺はあの後そこから一歩も動けないほどに満腹となり、比喩じゃなく全ての日常動作をラヴィニスに任せて就寝したのだ。
食べ過ぎて死ぬ。実際にそのような事実はない。しかしそんな初めての感覚に他の思考をすべて奪われ、気が付けば意識を失っていた。そう表現するのが適切だろう。
腹八分目という言葉の大切さ、尊さの意味を今日を持って完全に理解した。恐らく今この瞬間、俺がこの言葉の一番の理解者である自負がある。
ラヴィニスがやきもちを焼いてくれるのは正直ご褒美以外の何物でもないのだが、最近日に日に過激になっている気がしないでもない。
身を滅ぼさないうちに自重するのが吉、そう理解はしているつもりなのだ。しかし気が付けば美人に目を奪われている。男とは、なんとどうしようもない生き物なのだろうか。
さて、今日はクエストを実際に熟す日だ。少々緊張しているが、昨日のちょっとした騒動のおかげか気負い過ぎている感じはしない。実に日和な、ちょうど良い感覚である。
なんならお腹も空いている。昨日あれほど胃袋に詰め込まれた物量は、一体どこに消え去ったのだろう。
一番ファンタジーなのは俺、もとい鈴音さんの身体なのではなかろうか。彼女ではないが、俺も少々この身体について詳しく知りたくなってくる。
《羞恥。マスターが私に興味を持たれるのは嬉しい限りですが、その疑問に対する解答は恥ずかしいので”ひ・み・つ♡”です》
ふむ、なんだろう少し腹が立つ。……でもまぁ、うん。可愛いから許そうではないか。
確信をぼやかされ多少なり不満もあるが、確かに女性に対する問答としては失礼に当たると思い直すことにした。
……「女の子には秘密が多いのですよ?」と言わんばかりの無言の圧力も、あったにはあったのだが。
ともあれまずは朝食だ。腹が空いては戦は出来ぬ。何より昨日はゆっくりと味わえなかったからな、大事に食べないと。
「そんなっ! 期限はもう少し待って頂ける予定だったではありませんかっっ!!」
「――――っ!」
「奥さん。その点は申し訳ありませんが、状況は刻一刻と変わるのです。そもそもきちんと返済して頂ければ、この様に強要する形にならずとも済んだのですよ?」
そう考え食事処に向かっていたのだが、複数名の黒服の男を従えた執事風の男性と女将さんであるハルカさんが、何やら言い争いをしている場面に遭遇してしまった。
唇を噛みしめて耐えるカレンちゃんが何とも痛々しい胸糞な光景に、揚々としていた気分が落ち込むのを感じる。
ふむ。何やら緊迫した雰囲気の中に飛び込んでしまったようだ。察するに、借金取りか何かなのだろう。
絵に描いたようなと言っては何だが、何時か体験した三文芝居劇場の二幕目を眺めているかのような謎のデジャブ感がある。
「おや、この様な情勢下でお客様がいらっしゃったのか。……どこぞの冒険者かは知らないが、余程命が要らんと見えますね」
「? 私の事? いや、寧ろ大事にされすぎてオーバーキルならぬ、オーバーサバイブ状態だと思うのだが……」
「む、もしや知らなんだか。見たところ外国から参られたご様子。知らずとも、さもあらんといった所ですね」
なんだこいつ、鼻につくな。気取った言い方しなくていいから意味が分かるように簡潔に説明してくれよ。むずむずするわ!
丁寧な言葉遣いの割には不快そうな声と表情でこちらを窺ってくる。どうやら俺達に宿泊されると都合がよくないらしい。
どのような事情かは分からないが腹が立つ。何より人間性が正直気にくわないが、部外者が口を出すような案件ではないだろう。
「……ほう。その方ら、中々整った顔立ちをしてるではないか。冒険者などという野蛮な職など辞め、我らが家の従者にならないかね?」
「はぁっ!? あんたいきなり何言ってんだっ! 失礼にも程があるだろーが、良い加減にしろっっ!」
「全く、口の悪いお嬢さんですね。……それに、君じゃない。君と君、それとそうだな、君もギリギリ範疇に入るでしょう」
俺の背後に佇む美女達をその目に収めた瞬間、男の態度が急変した。
思わず素が出た。そう表現するのが正しいだろうその様子は、そのまま彼の本性を体現していると言える。
一階の執事とは思えないその高慢な態度は、自分が絶対的優位な立場であるという自信の裏返しなのだろう。
ラヴィニスやクジャクさん、そしてちよさんを選んだのは良い。だがしかし、俺とセバスちゃんを外すとは存外見る目がない。
何より、盛大に地雷を踏み抜いたことを自覚していない。俺の背後で迸る無数の殺気、それこそ飛ぶ鳥を落とすどころかその生命すら奪いかねない脅威が自身を捕らえているというのに、である。
「「――あ?」」
中でもラヴィニスとちよさんがやばい。そのあまりの迫力に気圧されたのか、殺気が具現化して凶悪な鬼のような様相をしているように見える。悪鬼羅刹……うん、きっと気のせいだ。そうに違いない。
「ギリギリ? ギリギリって何よ、どういう意味?」とギリギリ歯軋りをするちよさんの据わった目を見て、思わず粗相しそうになったのはここだけの内緒である。
ちなみにペストマスクで顔を隠すつぐみんが選択肢に入らないのは仕方がないとして、何故かイヴがムッとしている気配がする。
イヴさんや、君の価値は俺が分かってれば良いじゃないか。そもそも彼には君を知り様が無いだろうし、知る必要も無い。
《羞恥。いきなりの独占欲に塗れた告白に、イヴは少々照れてしまいます。マスターの……すけこまし》
――は? いや違っ――くは無いけど、そういう話じゃなくてだな? ……まぁ、機嫌が治ったようだし、良しとしようか。
「――良い加減になさって下さいっ! お客様が困っていらっしゃるのが分からないのですかっっ!?」
「――――っ!? ……貴女こそ。私に向かってそのような口を聞いて、ただで済むとお思いですか?」
「……借金なら明日の晩までには必ずお返し致します。なので今日はどうか、お引き取り下さい……っ!」
ハルカさんが怒声を上げた。恐らくは相当に珍しいことなのだろう。当人である執事風の男はおろか、カレンちゃんまで驚いた表情を浮かべている。……ふむ、大丈夫。ギリギリショーツは濡れてない。
いつになく強気な彼女に思わず怯んでしまったのを隠すように、努めて冷静を装い誰何する男。
先程までの態度然り、今更取り繕うことに意味があるのかは分からない。想像するに、彼なりの矜持なのだろう。
様々な感情を込めたハルカさんの言葉は、心なしか少し震えていた。それでも前を見据え、男に向かいそう言い切ったのだ。
そんな母を見て、遂にはカレンちゃんが泣き出してしまう。芯の強い娘だというのはこの短い期間でも理解が出来た。そんな彼女が宿の本懐を守らんとする母の言葉を聞き、ついには涙を流したのである。
思わず後ずさりする男。今度こそ言い訳のしようのないほど狼狽してしまう。このように強気な態度を取られるのは初めてことだったに違いない。
「……仕方がありません、今は退きましょう。しかし明日の晩までに納められなかったその時は、分かっていますね?」
「…………はい、承知しております」
「宜しい。ではお客様、心より良い旅路をお祈りしておりますね」
分が悪いと判断したのだろう。言葉の通り、今は一度引き下がるらしい。それこそ心から思ってないだろう捨て台詞を吐き、さっさと消えてしまった。
しかし明日の夜とはまた無茶を言う。勢い任せにも思えるが、おそらく女将さんには何か考えがあるのだろう。だが正直彼女には悪いが、今まで払えなかったものを一般的な手段で返せるとは思えない。
さて、どうしたものか。そもそも完全な部外者である俺が口を出すなど、お節介が過ぎるだろう。
何とかしてあげたい気もするが、出来ることは限られている。そもそも俺は、現状イサギさんの紐同然だ。助けたくとも、頂いたお小遣いの範疇でしか行動することは出来ないのである。
「……お見苦しい場面をお見せしてしまい、大変申し訳ございませんでした」
「い、いえ。何というかその、”大丈夫”。――”大丈夫”です!」
「――――っ! ……ふふっ。あ、いえ。そうですね、”大丈夫”。良い言葉です」
ビシッと四十五度の最敬礼で陳謝する女将さん。
先程の感情の波が嘘のように穏やかに引いている。公私混同をしない、まさしくプロの所業である。
逆に俺の方が狼狽してしまい、正直自分でも何を言ってるのか分からない。
しかしそれが功を奏したのか、女将さんはふと笑みをこぼした。噛みしめるように呟くその姿は儚くとも美しく、思わず見惚れてしまうほどである。
なるほど、これが諸行無常。”わびさび”って奴の正体か。くぅ、乙だねぇ。言ってる場合じゃないけれど。
そんなこんなで女将さんの案内に従い、ようやっと朝食に有りつくことが出来た。
昨日は味わえなかった美味しい料理の数々を口にすることで、気分が高揚するのを感じる。どうやら自分で思ってた以上に落ち込んでいたようだ。
今朝の事から察するに、この宿はおそらく長くは無い。そして、それをどうにか延命させるために女将さんがしなければならないこと、それはつまり……。
なまじ年を重ねたせいか今所属しているギルドの影響か、彼女の取りうる手段がある程度想像出来てしまう。何よりあの時見せた女将さんの決意の瞳が、否が応でもそれを肯定している。
「お客様! 失礼を承知で、お願いがあるのですがっ!」
「ん? 私? ……どうしたの?」
用意されていた全ての食事を残さず平らげ、クジャクさんと女将さんが料理談義に勤しんでいるのを眺めていると、何やら思いつめたような表情でカレンちゃんが俺に話しかけてきた。
先程の黒服の執事たちが去った後も、何処か元気のない愛想笑いを浮かべていたので少々気になってはいたのだが、どうも話しかけるタイミングを伺っていたようだ。
ふむ、何だろう。何となく想像がつく気がしないでもないが、まずは話を聞いてみようではないか。
「あの、そのっ! もし良かったら、滞在期間中も当宿をご利用しては頂けませんか!?」
「え? うん、良いよ? なんなら最初からそのつもりだったし」
「ほ、本当ですかっ! ありがとうございますっっ!! お母さんっ!」
彼女の様子から少々身構えていたのだが、正直言って拍子抜けだった。でも確かに他人な上に客である俺に、いきなり”お金を貸してほしい”などと言えるわけがないか。
言葉通り最初からそのつもりだったので何も問題は無い。……いや? もしかして貸し切らないと駄目な感じ? そうなると懐のお金で足りるのか心配なのだがっ!
あぁ、そんな満開に咲く桜の様な笑顔で喜ばれると言いづらい! そしてすぐお母さんに報告ってなんだそれ尊い! 可愛すぎるだろっ!!
ぐぬぬ……。どうしよう。いや、仮にどうにか出来たとして急場しのぎでしかないことは分かっているんだが。
あれ? そもそも宿賃いくらなんだ? 手持ちが金貨百枚に銀貨四十七枚、銅貨十数枚か。貨幣の価値がいまいち分かってない身としては多いのか少ないのかも判断できん。
待てよ? 確か”ている♡いやーず”で販売しているシフォンケーキが銀貨二枚で、女の子の基本指名料が銀貨十枚だということを鑑みると、銀貨一枚百円くらいか?
確か現代日本だと金は銀の約百倍の値で取引されているから……。――えぇっ!? もしかして百万円くらい持ってるってことか? ……イサギさん、気前良すぎるだろ。感謝を超えて、若干呆れすら感じるよ。
「ち、ちなみに宿代っていくらくらいなのかな? あ、貸し切りじゃない場合でね」
「はい、当宿は一泊二食付きでお客様一人に付き、銀貨三枚頂いております。……ちなみに貸し切りの場合は、一律金貨二枚になりますよ」
「へっ……?」
「こらっ、カレン! 貴女って娘は、全くもう。……誠に申し訳ございません、お客様」
あ、あれ? シフォンケーキとあまり変わらない。え、えぇっ!? もしかして貨幣価値、間違えてる?
一泊二食付きで流石に三百円はありえない。最低でも十倍の三千円だろう。……それでも破格すぎるぐらいなのだが。
え、逆にウチってかなりアコギな商売しちゃってるっ!? でも毎日満員御礼だし、なんなら烏丸のメンバーなんか金貨を山のように積み重ねて……。よし、気が付かなかったということにしよう。精神衛生的に。
要するに銀貨は約千円で、金貨は約十万円ってことになるのか? ……え、じゃあ俺今一千万円くらい持ってるってことなのぉぉ!?!? ……イサギさんともう少し真剣に話をせねばなるまいな、これは。
「あの、大変失礼な話なのですが。……女将さんの現在の借入金額っていくらくらいになるのですか?」
「はっ……? ……ふふっ、お客様にまで気を使われてしまうとは。私は女将、失格ですね……」
――しまった、流石に踏み込み過ぎたか。女将さん誠実そうだし、こういうの嫌がりそうなのは分かってはいたのだけどな。
日本人っぽい容姿と日本家屋に近い宿。この世界で初めて感じた懐かしい感覚を失いたくない。
しかし借金というセンシティブな内容に踏み込んでまで自身の回帰欲を満たそうなど、実に不合理だろう。
「今月の支払いの残りは五日っ! 皆さん揃っての五日分で御座います、お客様っ!」
「――――っ!? カレン、貴女何故知って――はっ! いえ、何を言ってるのっ! すいませんお客様重ね重ね――」
カレンちゃんが何処からか借用書のようなものを取り出してドヤ顔している。
女将さんからすれば隠していたつもりだったのだろうが、娘である彼女にはお見通しだったようだ。……何とも微笑ましいではないか。
成程、金貨十枚ってところか。残り枚数にも余裕あるし、このくらいなら我が儘を通しても大丈夫かな? ま、後でイサギさんに報告するか。多分、許してくれるでしょ。
ラヴィニスとルーアは何やら目を輝かせているし、つぐみんとクジャクさんも文句は無さそう。……ちよさんが呆れた顔をしているのが目に入ったが、まぁされるだけのことをしようとしている自覚はあるし仕方がない。
「――クエスト自体は三日。帰路に一日。……予備日として、もう一日くらい取っても問題はないと思われます」
「――セバスちゃん!?」
何やら思案顔していると思ったら、日程の確認をしてくれていたのか。……流石セバスちゃん、執事の真名を冠するもの。超人的に優秀だな。
彼女の後押しがあるなら、イサギさんへの説明も問題はないだろう。よし。では今から五日、貸し切ろうか!
「ふむ。そんなわけで女将さん。今日から五日、貸し切りで予約させて頂きたいのですが。……それと、道中何があるか分からないので先払いでお願いします」
「――ふぇぇっ!? か、貸し切り? 先払い……え、えぇ。わ、わわわ、私共としては有り難い限りなのですが――」
「ありがとうございますお客様っ! 私カレンと母はもちろん。従業員一同心を込めて、誠心誠意奉仕させて頂きますね!」
なんて可愛らしい笑顔なんだカレンちゃん……。これはずるい、男ではかなわない。完全にTKO、審議の必要は一切合切ないな。
女将さんがずっとオロオロしてるのも庇護欲に駆られるし、この母娘に出会った時点で俺に勝ち目などなかったのかも知れん。
まぁ、我らとしても道中の地盤固めが出来るのは有り難い。最悪失敗したとしても、同盟に帰るまでの導線の確保が約束されたということになる。
……ふむ。結果として、何も問題は無いだろう。いわゆる”WINWINの関係”って奴だ。
「さて。では話も纏まったことだし、早速クエストに行ってきますね。しゅっぱーつ!」
「え、えぇ? もう、出られるのですか? ……あの、お客様。ありがとうございま――」
「「「――いってらっしゃいませ! お帰りを、心よりお待ちしておりますね!!」」」
何とも気持ちの良い出発だ。……行ってらっしゃい、か。久しぶりに聞いたな、懐かしい。本当に俺の琴線に触れるのが得意のようだなこの宿は……。
「ちょっ、もうカレン! 皆さんも少し待――」と女将さんが皆に振り回されているのは悶絶ものだった。ふむ、実に尊い。
少し前の鬱屈した気持ちなど何処へやら。今は前だけを見て、突き進むのみ!
何よりクエストという非日常に、俺の好奇心は最高潮だ。どんな景色が待ち受けて、どんな生き物がいるのだろう。……考えただけでドキドキしてきた!
さぁて、待ってろチョコルドン。お前のその魅惑の甘味をまるっと全部、俺の懐に入れたるからなーっ!!
次回はいよいよクエストです。どのような魔物や動植物を登場させるか、そしてそれをどう物語と関連づけるか。難しいけど、考えるのが楽しくなりそうです。