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アヴィスフィア リメイク前  作者: 無色。
二章 新たな時代
36/55

今は亡き獣人国には故知らぬ猛者が居たらしい!

明けましておめでとうございます。半ばを過ぎてしまいましたが、新年の挨拶失礼します。

「え? シャルルって帝国の貴族様だったの?」

「元、ですわ。話すと長くなってしまいますのでこの場では控えますが、とうの昔に絶縁状態でしたの」


 それに今回の戦争で一族郎党が粛清されてしまった為、天涯孤独の身という訳だ。クロウことイサギと婚姻を結ばなければ、今も学園にて学校生活を送っていただろう。


 ちなみに学園は、戦後処理において管理体制に大きく変動があったため一時敵に休校扱いだ。その影響もあり、予定されていた対抗戦も実質無期延期となっている。


 せっかく魔法をものにし始めてきたアイヴィスとしては残念でならないが、確かに一年学んだ者に比べて練度は低い。延期になったことにより、その差を少しでも埋める時間を得ることが出来たと肯定的に受け取ることにしたようだ。


「ちっちっちぃ。アイちゃん甘いねぇ。シャルルはただの貴族じゃなくて侯爵家の娘、本来なら会うことすらできない天上の存在なんだよ~?」

「え! 侯爵家ってことは国のトップってこと!? ……なるほど、その素晴らしき魔乳は帝国貴族の粋だったんだね」

「――――ッ!? ……そんなに見つめられると、その、困ってしまいますわ」

「そうと知ってもセクハラをするアイちゃんってぇ、やっぱり誰よりも大物だよね……」

「セクハラとは心外な、スキンシップと呼びなさい。……ふむ、アリスのこの美尻とシャルルの魔乳は同盟の――いや、このアヴィスフィアの財産と言っても過言ではない!」


 指を振り得意げに語るアリスと、それを聞きふんふんと納得するアイヴィス。じっと胸部を見つめられたシャルルは頬を赤らめモジモジしつつも、その粋を隠そうとはしなかった。


 あまりにもな感想に呆れつつも関心するアリスに指摘され、嫌がっていないからセクハラではないと謎の弁明をするアイヴィスさん。スッと手を伸ばすと、目を瞑り手を広げるという如何にもなポーズを取っている彼女のそのお宝にそっと触れた。


「ひぁん! ……もうアイちゃん! 最近ちょっとぉ、調子に乗ってるでしょ~!?」

「ふむふむ、実に素晴らしい。それに、これほどの逸品(モノ)を持つ美少女達に好かれているんだ。少しばかり調子に乗ってしまうのも、仕方のないことなんだよ」


 驚き飛び跳ねるアリス。顔を真っ赤にして抗議しているが、言葉の割には棘がない。まったく、ほんともう。と身体をくねらせる仕草からも、喜んでいるとしか思えない。


 アイヴィスの直球な表現は賞賛というには少々品に欠けるが、その紛れもない褒め言葉にまんざらでもないのだろう。そしてそれはシャルルも同様のようだ。


「ふーん……。仲良さそうで、何よりですねアイヴィス様?」

「ふぁっ!? ラ、ラララ、ラヴちゃん? おかえり! いつ戻ってきたのっ!?」


 はぁ。どうしてこんなことになってしまったのでしょう。とため息を吐くラヴィニス。


 状況だけでいうなら、自分が出張中に妻が浮気しているのに気が付いていて、しかしそれでも気が付かない振りを続ける旦那のようである。


 彼女にしては珍しくアイヴィスと別行動――といっても三十分程だが――だったのには理由がある。


 仮面騎士団(マスクドシュヴァリエ)と称された騎士団の定例軍事会議に出席していたためだ。


 当然最初はアイヴィスも出席するつもりでいた。だが、クロウの意向とそれに同意したラヴィニスとの間で交わされた”安全を期して、公の場で彼の素性を晒さない”という絶対の約束の元に却下されたのである。


 彼としても自分だけそんな特別扱いを受けるのはと抗議したのだが、二人のあまりに真剣な訴えに遂には折れたという経緯がある。


 アイヴィスと離れてしまう機会も少なからず訪れる。嫌ではあるが仕方がない、彼を護るためには必須条件だからだ。


 しかしだからと言って自分のいない間に他の女性と仲良くして欲しい訳がない。するならせめて、目の届く範囲でして欲しい。


 魅力的だと思う。おそらく、誰の目から見ても。故に不安になるのだ。いつか自分から離れ、どこか手の届かない遠くへと知ってしまうのではないか、と。


 アリスやシャルルのことを嫌っている訳ではないし、戦力としても友人としても頼りにしているが、それでもどうしようのないのがヒトの感情なのだ。


「ラヴちゃん……? どうしたの、不安そうな顔して。大丈夫、俺は何処にも行かないよ?」

「――――っ! ……当たり前です。勝手にどっか行ったら、絶対に許しませんっ!」

「ふふっ。もしかして妬いてたの? ホントうちのラヴちゃんは可愛いなぁ、うん。世界一だ」


 まるで心を読んだかのようなアイヴィスの的確な返答に、驚きの表情を浮かべるラヴィニス。見つめられ恥ずかしくなったのか、頬を膨らませプイっとそっぽを向いてしまう。


 そんな彼女の可愛らしい反応に、天使と見まがう柔らか表情を浮かべるアイヴィス。


 アリスとはまた質の違うそっとした手つきで優しくラヴィニスの頭を撫でる彼。その姿にアリスとシャルルは不満を言うことも忘れ、思わず魅入ってしまっている。


「まぁアリス様、あぁシャルロット様も負けないで。……はぁ、これだから天然たらしは質が悪いですね」

「本当ですね。同性とはいえ私達も気をしっかり持たないと、いつの日にか手籠めにされてしまうかも知れません」


 そんな光景を傍から眺めていたステラとエステルは口を揃えて畏怖を抱き、そっとその身を震わせるのだった。



 今は昔。獣人だけが住み、またその気高く雄々しい生き様を存分に奮っていた一つの王国があった。


 国の名は烏鷺カラサギ。ヒト族に比べ部族間の縄張り意識が高い獣人社会において、その大多数を一つに纏め上げた近年類見ることない新興国だった。


 初代皇帝の名は小太郎こたろう。狂乱の犬公方(いぬくぼう)と呼ばれ恐れられたかの王は、迫りくる反抗勢力を己の武のただ一つだけで下し、その全てを調略せしめた恐るべき才覚の持ち主だと言われている。


 生ける伝説。まさにその言葉はこの人物にこそ相応しい。轟く英名は獣人族間だけでは収まりきらず、ヒト族や他の亜人族の間でも噂される程だった。


「お師匠様! どうして毎回そのような無茶ばかりを繰り返すのですかっ!」

「む。ルリアラ、戻ったのか。ご苦労だったな」


 灰色の毛並みが美しい狼の尾耳族、ルリアラは師匠と呼んだ人物に詰問する。しかしながら当人は柳の如くしなやかなスルーを決めこみ、彼女を慰労して茶を啜っている。


 日本家屋と限りなく近いその部屋は畳が基調の座敷になっていて、中央には囲炉裏のようなものも設けられている。扉ではなく襖で仕切られる部屋割りからも、家人が日本文化に精通していることが良く分かる。


 どこにでもいるような茶系の尾耳族ではあるが、よく見ると日本でよく見かける柴犬の毛色に近い。


 何処から見ても普通なので知らぬ人が見たら、まさかこの人物がかの英傑と名高い小太郎その人であるなどと夢にも思わないだろう。


「ご苦労、ではありません! ほら、またこんなに傷ついて! お師匠様はマゾヒストなのですかっ!?」

「相も変わらず心配性な奴だ。これくらい、唾でもつけておけば治るというものよ」

「そんなわけないでしょう! はら、脱いでください! あ、逃げようとしてもダメですからねっ!」


 ルリアラの言う通り全身の所々が朱に染まっていて、よく見なくても傷だらけである。無理を繰り返してきているのだろう。治りかけの傷を何度も痛みつけているせいか、二度と消えぬ痛々しい痕して残ってしまっている。


 不承不承。まさにそんな様子で彼女の看護を受け入れる小太郎。意識せずに背中越しに身体を預けていることからも、かなりの重傷だということがわかる。


 小太郎はルリアラのいうマゾヒストではないが、そうと勘違いされても仕方ないほどに自身を痛みつける傾向にあった。


 元々主君として仕えていた人物がいて、どうやらその命を果たせなかったことが直接的な原因らしいのだが、一切彼の口からは語られたこと一度もない。


 粟や稗などに似た穀物から作る醸造酒を好んで飲み、その席での会話の端から彼女はそう予想しているのだ。


 酒に溺れ我を忘れるという隙を見せることがない彼ではあったが、いつもより少しだけ饒舌になるのである。


「あのリンネと名乗るヒト族の小娘が来てからというもの、特に顕著です。マゾだけではなくロリも入っているのなら、一番弟子として今こそ鉄拳制裁を持って師匠を超えるときかも知れませんっ!」

「…………」

「お師匠様っ! 何か言ってください! ルリは本当に、ほんとーに心配しているのですよっ!」


 背中越しに治療を進めいていたルリアラは、感情を抑えきれずに小太郎にぶつけている。


 しかしながら、彼の反応は鈍い。いよいよ堪えられなくなった彼女がその澄み渡る空のような群青色の瞳に涙を浮かべ、その背にガバッと思い切り抱きついた。


 全身に痛みが走ったのであろう。短く「ぐぅ」と唸る小太郎。その声を聴いたルリアラは「お師匠様!? ごめんなさい!」と慌ててその身を放し謝罪をしている。


「いいか、ルリアラ。聡いお前なら既に気が付いていると思うが、俺には魂を捧げた主君がいた。そして己が未熟故に彼の御方のただ一つの命を、果たすことが出来なかったのだ」

「――――っ!? お師匠様、それは――」

「……彼の御方の役に立つこと。それが俺の全てだった。優しく、聡明な方だ。だからこそたまの折檻が、それはまぁ恐ろしくてな」

「…………」

「俺に何を求めるではなく、ただ生きていれば、それで良い。と。ふふっ……懐古など、俺も老いたものよ」


 酒を煽っている訳でもないのに自分語りをする小太郎。余程に珍しい光景なのだろう、それを聞きルリアラは大きく目を見開いている。


 懐かしむ光景は何処か物悲しく、今でもまだ後悔の念に捕らわれているのだ。小太郎がその人物のことを今でも第一に考え、叶うのであればもう一度仕えたいと願っているであろうことが、彼を一番近くで見てきた彼女には分かるのである。


 相槌を打つこともなく、自身の師の話にそっと聞き入るルリアラ。甲斐甲斐しく面倒を見ることや、柔らかな表情を浮かべ見守るその姿からも、彼女が小太郎を父のように慕っているのはまず間違いない。


「小太郎、ここに居たか。――その傷。済まない。私のせいで、お前には無茶をさせてしまっている」


 そんな親子の会話に割り込む人物が現れた。ルリアラは一瞬で警戒を強めて圧力を放つが、全くもって位に返さずに小太郎に労いの言葉を投げかけた。


「何をおっしゃいますかリンネ殿。荒れに荒れ、自暴自棄になっていた()に生きる意義を再び与えて下さったのは貴女様だ。怪我を負ったのは自分が未熟である故、決して貴女様のせいなどでは御座いませぬ」

「ふふっ。そのようなボロボロな身体で、まるで少年のようにキラキラした目をしおってからに。その天晴れな忠誠心、我が兄に少々嫉妬してしまうではないか」

「ふはは。何をおっしゃいますかリンネ殿。妹君である貴女様の兄弟愛(兄バカ)には遠く、それこそ()()()()ほどには及びませぬぞ」


 同一人物への愛情を謙遜しあう二人。ルリアラからすれば両者ともに大概なのだが、当人達は全くの無自覚のようだ。


 思えばこのリンネなる人物も、師匠(小太郎)が彼女の兄に仕えていたという理由一つでカラサギに単身で訪れている。獣人以外の一切を寄せ付けないこの国にて、迫りくる全てを薙ぎ倒して、だ。


 実力だけなら師匠と同格かそれ以上。ルリアラとしても遺憾なのだが、その身を以て幾度となく分からされている故にどうしようもないのである。


「し、師匠から離れなさ――って下さい! あ、あああ、貴女のような暴力魔人が近寄ったら、師匠が対抗してまた無茶をし兼ねませんっ!」


 震える声で、また腰が引けながら詰問するルリアラ。視線を受けたことで口調が丁寧語になってしまったが負けじと気張り、何とか抗議を口にすることが出来たようだ。


「ほぅ? 獣風情が私に物申すかルリ公よ。汝等(うぬら)の世界は弱肉強食。文句があるのなら、態度にて示すが良い」

「ま、またそうやって馬鹿にして――っ! ……私の名前はルリアラです! いつまでもやられてばかりの私ではないと思い知らせてあげましょう!」


 アォーン! と雄叫びを上げるルリアラ。すると瞬く間に全身の体毛と爪牙が伸び、体躯が一回り大きくなった。


 銀色に靡く荒々しい長髪もその容姿と相成り美しく、また格好が良い。獣頭族と違い、どことなく人間が仮想(コスプレ)したかのような見た目ではあるが、放つプレッシャーは先程までの比ではない。


 金色に光る瞳孔が開く。その瞬間、彼女の姿が消えた。恐るべき踏み込みにより、リンネの懐に飛び込んだのである。


 地を蹴る音が、後から聞こえてくるほどに鋭く早い。瞬華(しゅんか)と呼ばれる彼女の必殺だ。自慢の爪牙を奮い音速で相手の急所を突くため、まるで突然真っ赤な華が咲いたかのような現象が起こるのだ。


 その意の如く、勝負は常に一瞬で決着を迎える。


「――甘い」


 膝を、いや泡を吹いて白目で倒れたのはルリアラだった。全身がビクンビクンと跳ね上がり、どう見ても無事ではない。勇ましく変身した体躯も見る見るうちに元の姿へと戻っていく。


 突進した先で首元にラリアットを食らったのだ。そのような状態になっても致し方ない。だが痙攣し、失禁までするその姿はあまりにも無残で、おおよそ美少女が受けて良い扱いではないのは確かだ。


 まるで、何処ぞのアメリカのお姉さん(サーニャ)のようなやられっぷりである。サーニャがやられる。――サニャれるとでもいった所だろう。


「速度こそ中々のものだが、ただ真っ直ぐ突っ込んでくるだけの技など技とは呼べないな。此方としては、ただそこに腕を置くだけで対処が可能。……三度、修行をやり直してこい」

「……妹君よ。既に我が弟子は意識が無い。というか、余りにも可哀想で見ていられませぬ。――朱愛(しゅあ)! 夜月(よづき)も、ちょっと来てはくれまいか?」


 見せられないよっ! と言わんばかりの状況となっているにも拘らず、助言を送る。今日だけで実は既に二度目のノックダウンを与えているは内緒だが、その負けん気は嫌いではないらしい。


 一方小太郎は、部下であり弟子でもある教え子の惨状に嘆いているようだ。カラサギの中でも一二を争う美少女が見る影もないのだから、それも致し方ないだろう。


 勝敗やその結果に対してリンネに不満があるわけでないという事実からも、彼がこの弱肉強食の社会を当たり前であると認識しているのが分かる。


「お呼びでございますか、お父さ、まぁぁぁっ! ルリリっ!? ちょっ、えぇっ!? 大丈夫なのー!?!?」

「落ち着いてくださいお嬢様。あぁ、そんなに揺さぶらないで。……色々な液体が、飛び散ってしまいます」


 淑やかに一礼し、小太郎のことをお父様と呼び叫んだのが朱愛、その娘をお嬢様と呼ぶのが夜月だ。前者は白虎、後者が紫兎の尾耳族である。


 ルリアラを含めたこの三人がこの国における三大美少女として名高く、可愛いだけでなく力強い。大の大人が束になって掛かろうとも、返り討ちに会うのが関の山だ。


 攻略が困難だが皆に愛されてると言う意を込めてか、三人はそれぞれ地元の名山である赤城(朱愛)榛名(ルリアラ)白根(夜月)に例えられることが多い。


 一角である美少女の余りにものな状況に狼狽し我を忘れてしまった朱愛に、カクカクと身体を揺さぶられるルリアラ。夜月の言うように、口や下腹部辺りから染み出た液体が何とも言えない水音を立て方々に散っている。


 もし当人に意識があったのならば、この場からその自慢の速度を持って全力で逃げ出したことだろう。


「おお、大きくなったな朱愛よ。……益々母に似て、実に愛らしゅうなったな」

「リンネ様!? ご無沙汰しております! 朱愛は再びお会いできるこの日を、今か今かと待ち侘びて居りました……」

「お、お嬢様いきなり離したら――あぁ……お着物に、ついてしまいました」


 小太郎に似ずによかった。そう嘯くリンネの胸に、ガバッと勢いよく飛び込む朱愛。そして半端に持ち上げられたルリアラが、そのまま重力に従い自由落下していく。


 案の定溜まった水場に着水し、またその飛沫全てが夜月に注がれた。能面のように表情がなくなる彼女。


 旦那様、ルリアラを介抱して参ります。と一言添えると、挨拶も早々に急ぎ湯浴みに向かっていった。


 このままでは埒が明かないと判断したのだろう。決してルリアラより着物が大事なのではない。そうだと、信じている。


「あ。ありがとルナ、よろしくねー! ……行っちゃった。ごめんなさいリンネ様、挨拶も碌にしなくて」

「良い。しかしながら、相変わらずの潔癖症だな、彼女は」

「小便を浴びればさもあらん。あれも最近は我らの前では()()を使わなくなった故、以前よりも心は開いてくれているのですよ」


 それもまたリンネ殿のおかげよ。と小太郎が感謝を述べると、何、全ては我が兄の為――延いては私の為にやったことだ。と謙遜するリンネ。


 後方で、まぁお父様! 小便なんてはしたない、おしっことおっしゃってくださいっ! と朱愛が良く分からない持論を述べプンスカしているのだが、気にしないでおこう。


 小太郎の言う通り、夜月は獣人であるにも拘らず魔法の行使が可能な尾耳族だ。他に類を見ない上に、彼女のその魔法は幻術に通じる希少なものとなっている。


 今もその魔法と自身の特性を存分に用い、祖国を脅かす大国ヴェニティアにて内部の潜入捜査を任されている。


 彼女から齎される情報は実に有意義で正確。政権の実態や城の内部構造、軍部の兵種構成や常備兵の巡回路。しまいには大貴族の下事情に至るまで、選り取り見取りである。


 この時点でカラサギは相当に優勢に立つことが出来ていると言えよう。例え、天地ほどの戦力数差があったとしても、だ。


 同盟国であるアインズ皇国を含めてもその半数にも満たない。


「して、小太郎よ。周期としては今宵で間違いないのだな?」

「相違ありません。その場では今日のような満月の日に限って必ず何かに追い立てられるように、生きとし生ける全ての動物が不自然に姿を消してしまう――」

「――場所は”魔女の森”の一角です。そして我らのようにこの地に住む獣人族は、その不思議な場所を古くから”神降地しんこうち”と呼び、祀っているというわけですリンネ様」


 話の転換を試みるリンネ。何を隠そうこの話題こそが此度の訪問の理由で、ここ三年間の集大成なのだ。


 その確認と同義である質問に、小太郎はつらつらと返答する。途中から話を引き継いだ朱愛によって纏め上げられた内容。その地にてとある儀式をすることがリンネの目的であり、使命なのだ。


 ちなみに彼女は転生者である。自我の芽生えと同時に己が置かれた状況を()()()()、その改善の為にこの三年間邁進してきたのだ。


 年齢は十四才。このアヴィスフィアにて成人と見做さられる年齢だ。実年齢に比べ少々見た目は幼いが、戦闘も頭脳も既に彼女に叶うものなど存在しないだろう。そう思えるほどに他の追従を許さないストイックな生き方をしてきている。


 生前――つまり転生する前は十一才。奇しくも自我の芽生えとほぼ同時ということとなる。単純な足し算ならば二十五才だが、幼年期を二度経験していることになるため実質実年齢である十四才と変わらない。


 早い話、彼女は天才なのだ。それも努力を惜しまない。このアヴィスフィアでの二度目の生――特にこの三年間に至っては、彼女ほど死に物狂いで生きているものなどそうはいないであろう。


 彼女には唯一にして最大の目的があった。自身の兄であり、初めて惚れた最愛のヒト。それと同時に小太郎のいう彼の御方(飼い主)でもあるその人物、”朱羽夜”と再び出会うことである。


 一度(ひとたび)界を渡ったものが、もう一度以前の世界に戻るなど何処を探しても前例がない。


 しかし彼女はそれだけで諦められるほど物分かりが良くはなく、そして実際にその全霊を以て奮闘し可能性を見出したという訳だ。


 そうして見つけたのが今回の神降地――世界の架け橋(ワールドドア)である。


 ワールドドア。世界と世界を繋ぐ橋。周期によって満ち引きがあるが、この地は他と比べても特に魔素が多く集まる溜まり場となっている。


 しかし未だにその現象の詳細な原因は分かっておらず、認知されている場所に関してはその場に領土を持つ国家が立ち入りを固く禁じている。


 実際に神隠しのように行方不明者が出たり、アヴィスフィアでは見たことのない建造物や物品などが迷い込んだりもすることもある。


 そして神降地においては満月の度に最大級となり、その中でも今宵――後秋六月の十五日が一年の中で最高濃度となるのだ。


 生命に異常を来たすほどの濃度となるため、変化に敏感な野生の動物たちは皆(こぞ)ってこの地を後にする。故に兆候は分かり易くさらには円状に広がるため、その中心点が自ずと発生源となるわけだ。


 ワールドドアを架け橋と例えたのには理由がある。


 橋とはすなわち離れた二つの地を繋げる道のことで、対になる地は互いに一つのみ。これと同様に一つのワールドドアに対し、一つの世界が存在するということになる。


 あくまでこれは仮説の段階だが、その地における調度品や転移者が共に同じ世界から紛れこんできているという客観的な事実からも可能性は高い。


 中には不明なものも紛れ込むこともあるが、大多数が同一世界出土、また出身とならばそう判断しても良いであろう。


 なにより重要なのは、この神降地こそが現代日本――敷いては地球へと繋がっている橋だということだ。


 確信しているが、当然そこには証拠が存在する。


 まず一つは小太郎の存在だ。朱羽夜の飼い犬であったはずの彼がなぜこのような壮健な茶犬の尾耳族になっているかは謎だ。しかし彼がこの地にて生誕したという事実からも証拠であると言えよう。


 次に調度品だ。リンネが小太郎の存在を知るきっかけとなった彼の首輪が、見世物市にて飾られていたのである。偶然が生んだ出会いだったが、彼女にとってこれが転機となり現在に至るという訳だ。


 最後に一番大事なのが、この先に朱羽夜がいるという直感だ。何を馬鹿なとと思うかも知れないが、勘というのは存外には馬鹿にならない。何よりリンネと小太郎の両者がその存在を認めたのだからまず間違いなどないのである。


 ほかにも多数の理由があるのだが、仮説が正解だと結論付けたのはこの三点だ。


「相分かった。では今宵神降地にて、日本への転移を試みる。幸い()()()()にも協力者がいるようだ。信頼できるかはともかくとして、選択肢は多いほど良いだろう」

「分かり申した。某は手筈通りその儀の護衛をば、努めましょうぞ」

「……済まないな。出来うるならば小太郎、君と共に行きたかったのだが――」

「ふふ、妹君は相も変わらずお優しい。――だがそれは出来ませぬ。このような姿となってしまっては、以前のままとは行きますまい」


 それに不穏な連中も暗躍している様子、予断を許す状況ではありませぬ故。と畏まった言葉で茶を濁す小太郎。


 当人としても帰りたいのは山々なのだろう。しかし彼の言った通り、尾耳族が地球にて受け入れられるとは思えない。それに何より主の大切を護ること、それが一番に優先すべきことだからである。


 リンネにしては珍しく歯切れが悪い。全てを理解しつつも言葉の通り、彼と共に愛しき兄の元へと帰りたかったのだろう。


 互いを惜しむべく見つめあう二人。そこに甘さは存在しない。だが、築かれた確かな信頼と友愛が交差しているが分かる。


 多くは語らない。互いに為すべきことを為すだけだ。故に早々に会話を切り上げ、最終段階へ向けた行動を始めるのである。


「くっ! なんなのでしょうあの空気。お師匠様の浮気者! 奥方様に言いつけてやるぅ」

「はぁ。ようやく起きたと思ったら出歯亀ですか。全く、どうしようもありませんね」


 そう言っている貴女も覗いているじゃない。とルリアラがツッコむと、貴女がまたリンネ様に余計なことをしないか見張っているのですよ。と夜月が返す。


 どうやら湯浴みを終えて戻ってきたようだ。様子を見る限り、入るタイミングを伺っていたのだろう。そこで二人が互いに見つめ合っている現場を目撃したという訳である。


 ぐぬぬ……と唸るルリアラに呆れて溜息を吐く夜月だったが、一緒になって覗いていることからも彼女自身も気になっていることが分かる。


「あら、あらあら二人して、一体何をしているのかしら?」

「「ふぁっ!?」」


 ほんわかな雰囲気で二人に話しかける人物――小太郎の妻である紅姫が現れた。思わぬ伏兵にビクンと同様の反応をしている。それが可笑しかったのか、コロコロと笑う彼女はまるで天女のようだ。


 緋色の瞳が輝く猫の尾耳族で、毛並みは真白。二本に分かれた特徴的な尻尾を持つため、日本でいうところの猫又に類する。


 危うく、ちびるとこでした。とルリアラがいうと、次漏らしたらその緩い尿道に菜箸を突っ込み、二度と決壊しないように塞いであげます。と表情の抜けた顔で宣言する夜月。


 想像したのか身震いする前者に対し、本当に催したのかと警戒する後者。……そして、あらあらまあまあと二人が覗いていた光景を目撃する紅姫。軽い、カオスである。


「――おや小太郎。まだ血が滲んでるではないか。近こう寄れ、私が診てやろう」

「……全く、妹君はお人が悪い」

「ふふっ。遠慮など、今更するような仲でもあるまい?」


 上目遣いでにじり寄るリンネ。およそ少女とは思えない妖艶な笑みを浮かべ、小太郎の首筋を手でなぞっている。


 溜息を吐きつつ、距離を取ろうと試みる小太郎。しかし、ピクリとも動かない。大の大男、中でも随一の力を誇る彼であっても離れることが叶わない。


 段々と距離が縮まる二人。負傷しているというのを考慮しても、嫌ならば拒否できるだろう。そう考えて当然の体躯の差だ。傍から見れば、実は本当にリンネの膂力一つで身動きが取れないとは想像しにくい構図なのである。


「お尻が痛いっ!? いたたたたっ! あの! べ、紅姫様!?」

「――――ッ!」

「あ、ちょっ、奥方様そんな力を入れられては――」


 襖とルリアラの尻に食い込む指。血管が浮き出ていることから、相当の力が入っていることが分かる。


 表情こそ笑顔で固定されているが、放つ殺気で鳥が落とせそうなほどの迫力がある。そしてそれを機敏に感じ取った小太郎はダラダラと冷汗を流しているのだが、リンネの襲撃は止まらない。


 遂には夜月が懸念した通り、ガラガラガッシャ―ン! と耐えられなくなったルリアラが片方の襖を崩れるようにして押し倒し、もう一方は引手の部分がグシャァと握り潰され壊れてしまった。


「おや? 紅姫殿まで出歯亀とは珍しい。小太郎、君は愛されているね?」

「……恐縮です」

「おや、おやおや照れてるのかい? この様な容貌になっても可愛い所もあるではないか! 愛いぞ、小太郎よ」

「――――ッ!? 駄目ですっ!」


 流し目で紅姫を捕らえるリンネ。小太郎に視線を戻すや否や、その人徳をからかい始めた。対する小太郎は言葉少なに返答するが、それをデレと捉えた彼女の悪戯心に更なる種火を追加する結果となってしまう。


 首筋に添えられていた手をそのまま後ろまで回し、ギュッと押さえつけるリンネ。必然的にその慎ましやかな胸の中に小太郎の顔が蹲る格好となっている。


 驚愕の声を挙げた紅姫が、すぐさま二人に詰め寄った。いつものほんわかな雰囲気は何処へやら、まるでボクシングの試合でTKOと判断したレフェリーの如く、迅速かつ確実に間に割って入っている。


「フーーッ!」

「ほほう。中々の殺気、小太郎の妻として申し分ない迫力だな」


 小太郎を背に威嚇する姿は母が子を護るその姿に酷似しており、リンネを以てしてもそれを侵害することは出来ないらしい。


 彼を抱えていた手を後ろに回し、参った参ったとばかりに手を挙げている。相も変わらずコミカルな動きだが、言葉の通りこれ以上何をする気もないらしい。その証拠に二人のパーソナルスペースを侵害しない範囲まで後退しているのが分かる。


「もう、リンネ様! お母様をからかわないで下さい! ……お母様もです。リンネ様なりの激励なのですから、殺気をお納めになって下さいまし!」

「む、済まなかった。私にとって小太郎は姉弟も同義でな、ついつい調子に乗ってしまったよ」

「……申し訳ありませんでした。私としたことが恥ずかしい。思わず当てられ、熱くなってしまいました」


 プンスカと怒る朱愛に大人げなかったと反省する二人。紅姫とて小太郎とリンネの関係を理解はしているのだが、それでも気が気ではないらしい。


 紅姫に向かい頭を下げるリンネ。謝罪を受けたことで少し頭が冷えたのか、頬を朱に染めて恥ずかしそうに俯いてしまった。


 彼女がこのように狼狽するのは珍しく、ルリアラと夜月は目を丸くして驚いている。朱愛だけはうんうんと頷き満足そうにしている所から、彼女だけは紅姫の内なる激情を知っているのだろう。


 お母様はお父様にぞっこんですからね! と胸を張る娘。それを聞きさらに顔を赤くする紅姫。その名の通り、朱を通り越して紅色になってしまっている。


「さて、邪魔者はそろそろ退散しようかの」

「……行かれるのですか?」

「うむ。少々名残惜しいが行かねばならぬ。小太郎に可愛い嫁さんが出来たと、我が兄に報告せねばならないからの」


 カラカラと快活に笑うリンネ。またかと呆れたように溜息を吐く小太郎と、赤くなりつつも彼に寄り添う紅姫。そんな二人の肩を後ろからギュッと掴む朱愛に、微笑ましそうに眺めるルリアラと夜月。


 ちょっとコンビニ行ってくる。そのくらいあっさりした雰囲気で、カラサギを後にするリンネ。どうやらその足で魔女の森、神降地まで訪れるつもりらしい。


「来たか……」

「……そのようですね」


 リンネが去った数刻後、カラサギの一角にて喧噪が始まった。報告を待たずとも、総力戦になろうことはその戦闘音からも計り知れる。


 傷は未だ癒えていないが、それはそれでいつものことだ。主の命と同義の儀のために、彼は何度でも立ち上がる。


 全てが終わった運命の日。入念に準備された盤面で、踊り狂う熱き血潮の獣人達。


 狂乱と呼ばれた犬公方、小太郎の最後が終幕の歌劇。その滅亡への輪舞(ロンド)が今晴天の元、高く遠くへ響き渡るのであった。

リンネと小太郎。朱羽夜と関わる重要人物の過去の一部を描いてみました。

続きに関しては未定ですが、断片的に取り上げようと思っています。……章間のストーリーとかもそのうちに。

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