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アヴィスフィア リメイク前  作者: 無色。
二章 新たな時代
35/55

俺の嫁がカッコ良すぎてつらい!

この章から二章となります。シリアスと日常。そんな書き分けで進めた一章とは少し展開を変えてみようかと考えております。

 そして祭典が開かれる。開国を祝う戴冠式であり、開催場所は首都リオーネの元帝国城周辺となっている。城下町から場内にある広間にかけて出店や行商人、観光客なども大勢集まり、まさに新時代の幕開けに相応しい盛り上がりを見せている。


 盟主が既に既婚者であることは本人の意向で情報開示されている。しかし夫人の名や姿は誰も知らず、本当に存在するかすら定かではないそうだ。


 そんな中、盟主は今回の祭りにおいてさらに二人の婚約者を発表するらしい。


 一人は前アインズ皇国の事実上の(おさ)であったドルマスの娘、アリスだ。属国という形で新設された”隷属国家アインズ”。彼女はその国の皇女として盟主を支えることになったようだ。


 見た目麗しい彼女を神輿の如く一段高く掲げ、屈強な男たちがそれを支えている。その周囲をおめかししたドレイレブンを含む尾耳の美女達が歌い、踊りながら城下街を練り歩く。まるで、少しばかり大掛かりな花魁道中のようである。


 戦力の誇示や以前の鬱屈した国柄を少しでも華やかにしようという狙いもあるのだろう。行進には各属性様々な色の魔法が飛び交い、ネズミのマスコットが歌って踊る某夢の国にも負けずとも劣らないほどに内外民を魅了している。


 憂いを帯びた表情で眼下を望むアリスは実に神秘的で、天から堕ちてヒトに捕らわれた天使のようだ。


 敗戦国の(さが)を一身に背負った皇女。憐れみと侘しさが人々の関心と同情を呼び、またドルマスに収集された養女(貢物)であるとの情報もあり、誰もがアリスのことを被害者であると信じて疑わない。


 今宵の祭典の主演女優賞は、間違いなく彼女だ。おそらく後世では、イサギ主体の英雄譚における亡国の皇女という立ち位置にて、銀幕の一幕に取り入れられることになるだろう。


 華やかな集団が向かう先は場内にある開けた大広間だ。普段からここまでは一般開放されており、有事の際はこの場にて皇帝が演説を行っていたのだ。


 そこでは既に銀色に包まれた騎士と思しき集団が、一糸乱れることなく羅列されている。まるで置物のようだと言っても過言ではないほど微動だにしていない。まこと、見事である。


 屈強な男たちが、アリスが乗っている台座を音を立てずにふわりと下す。気配なく、しかし威圧するわけでもなく近づき控えた一番豪奢な白銀の鎧を着た人物が、鎮座する彼女にそっと自身の手を差し出した。


 紳士ここに極まれりと言わんばかりの無駄のない動きに、思わず双眸を細めるアリス。観客と化している国民また観客達はその騎士然とした人物に歓声をあげ、口々にその魅力を語っている。


 皇帝が演説を行う場は広間より二階層分高く設けられており、場内からのルートの他に広間から階段を用いて向かう二つの手段がある。


 階段はその場を中心とし、広間内の円周上を沿うように設置されている。左右どちらからも上れるように対称となっているが、此度の演説では一方が封鎖されている為片側だけ通行可能のようだ。


 その周囲に不自然な間隔が空けられていることからも、何かしらの催しでも企画しているのだろう。


 ちなみに一般席は演説の場の対面の二階に設けられており、事前に参加を義務付けられた者だけが参列している。


 なお、貴賓席はその上階に設けられている。当代における友人通し、目線を同じくするという配慮である。


 アリスは広間からの進入なので階段を用いる手筈だ。そして彼女が歩く半歩後ろ、国民や諸外国民との間に立つように白銀の騎士が位置取っている。


 儀礼の場であることも然り、己が身を大衆と護衛対象の間に置くことにより不埒な考えを持つものを牽制しているのだろう。


 そのまま彼女の付き従うように演説の場へと歩を進め、所定の位置に到着するや否や、まるで背景に溶け込むかのように姿を消した。


 一際歓声が大きくなる。入れ替わりに出てきた人物のせいだろう。この者こそが此度の主役である盟主、クロウである。


 左側に位置取る美女はシャルルだろうか。象徴ともいえる花緑青の縦巻きツインテールを揺らし、柔和な雰囲気で傅くように控えている。


 魔乳を包むロイヤルブルーのシックなドレスとアイラインが深めの化粧によって、実際の年齢よりも大人びた印象を与えている。


 後方に侍女を携え佇むその泰然とした姿からも既に少女のあどけなさは消え、何処に出しても恥ずかしくない立派な婦人(レディ)である。


「さて諸君。まずは私の二人の新たな妻、アリスとシャルロットの戴冠式に出席頂き感謝する」


 アリスとシャルルの腰を両手で支え、(おもむろ)に開口するクロウことイサギ。


 ざわついていた大広間も即座に静まり、朗々たる声によって放たれた言葉を一言一句逃すまいと皆目線を上げて盟主を見つめる。


 見た目は精悍な若者だ。飛び抜けてイケメンというほどではないが各パーツは整っていて、親しみやすい顔立ちをしている。


 しかし、鋭い眼光を眼下に向け睥睨する存在感たるやまさに王――いや、盟主である。


 当人にしてみればただ周りを見渡しただけなのだろう。だが皆その姿に畏怖を抱き、中には何やら拝み始める者までいる始末だ。


「表を上げよ。君達は今まさに新しき時代への旅路に出立する、云わば同士だ。地盤を固めることが非とは言わぬが、顔を上げ、前を向かねば進歩はない」

「これからの同盟は激動となろう。形骸化された貴族位も白紙となり、民も総じて奴隷と転じた。能力に応じ再分配されたその資産が、そのまま自身の価値だと知れ」

「私が求めるのは“結果”の二文字。我が奴隷である以上生きる最低限は保障するが、地位と自由が欲しければ己が全力を絞り出せ。さすればこの盟主たるこの私が、相応の褒美を授けようではないか」


 魔法によって上げられた声量は須らく眼下の民に響き渡る。帝国内の各所に元々存在した演説用の魔法の反響装置を通し拡声されるのだ。


 広いとはいえ数千人が限度であろうこの広場に在っても、首都であるリオーネ全てに声が届くのだ。


 まるで神から齎された福音を聞くかのようにその言葉を甘受する民の姿は、見ようによっては異様に映る。特にこの戴冠式という祭りに訪れた観光客の反応は顕著である。


 おそらくはそれが狂気に映ったのだろう。中には動揺して周りをキョロキョロと見渡すものや、口元を覆う仕草をする者達がちらほらと見受けられる。


 貴賓席で談笑する周辺各国の重鎮も、皆一様に動揺しているようだ。同じく民を統治する立場にある彼らから見て、その妄信とも呼べる求心力には一目置かざる負えないのやも知れない。


「ふむ。挨拶が遅れてしまったが、新たなる近隣の友人らよ。此度は私の妻達の戴冠式に参列頂き感謝する」


 貴賓席に目を留めたクロウが、未だ狼狽する諸国の重鎮に向かい声を掛ける。


「若輩の為、失礼があったら申し訳ない。しかし、これだけは宣言しておこう。私は貴殿らと良き友人になれると信じている。故に侵略等の攻撃行動は()()()()()一切合切行わない。そうこの良き日に誓おうではないか!」


 宣言は一国の、いや二国の民を皆奴隷と化した怖ろしき盟主であるとは思えない何とも甘い内容だった。白紙の切符を切るという、どう見ても愚策としか考えられない幼稚な手段である。


 しかし彼は止まらない。一方的で、かつクリーンなイメージでも皆に植え付けようとでもいうのであろうか。


「とは言っても言葉だけでは足らないだろう。――銃撃部隊と戦車を此処に」


 クロウの言葉を聞き、アサルトライフル(AR)を携えた集団が戦車を連れて場内の一角より現れた。現代日本では聞きなれた軍歌を軍属の合唱団が奏で、一糸乱れることなく行軍するその姿は荘厳の一言に尽きる。


 先頭を歩くのはフルマン。そのすぐ後方に副官として翔雲が続いている。だが、そこにクラシャンとサーニャの姿は見受けられない。前回の戦闘が響いているのか、或いは既に死亡してしまったのか――。


 所定の位置に集団が整列し、銃口を一点に集中する。その先には前皇帝が生活していた離宮が佇んでいる。


 離宮の周りには複数の石像が並んでおり、見ようによっては歩兵などの兵種を想定しているかのようにも見える。


 この場において、帝国が完全に消滅するという証明をかの建物の崩壊を持って行おうというのである。要するに各国にアピールするデモンストレーションだ。


「全体、構えっ! ――てぇぇぇぇっ!」


 気勢を上げるフルマンと、全身を持って支持を出す翔雲。彼らの命令を聞き、一斉にアサルト部隊が銃撃を開始した。


 鳴り響く銃声。石像を貫通する威力を誇る銃。それらを見て驚愕する民と諸外国。崩れ落ちる石像。一部が壊れ、零れ落ちた破片に着弾しさらに粉砕している。


 粉塵が舞い散り、石像は皆半壊あるいは全損している。しかし、離宮はいまだ健在だ。外壁には無数を穴を開けたとはいえ、未だ崩れる気配は無い。


「撃ち方ぁ、止めっ!」


 再び気勢を上げるフルマン。翔雲は何やら細かな支持を部隊に命令している。その指示を受け、部隊は戦車を中心に置いた鶴翼の陣と思しき型へと様相を変えた。


「砲撃ぃ、構えっ! ――てぇぇぇぇっ!」


 三度気勢を上げるフルマン。翔雲は静観している。もはや、支持を送る必要もないのだろう。


 それもそのはずだ。なにせ戦車から発射された弾丸は見事に離宮の中心点を捕らえ、一撃でもって倒壊させたからである。


 ARではビクリともしなかった建物が、見るも無残に破壊された。もし中に誰かがいようものなら、まず助かることはないだろう。そう思えるほどには崩れ落ちたのだ。


 観衆は声にもならないようだ。皆一様に口をポカンとあけ、塞がらなくなってしまっている。諸国の重鎮も例外ではない。中には真っ青になり、今にも倒れそうになっているものまでいる始末だ。


「ふむ。初めて実物を見させて貰ったが、実に凄まじき威力を持っているな。どうやら()()は友人である貴殿らに内緒で、このような兵器を作っていたらしい。或いは皇国を足掛かりに、このアヴィスフィアの統一なども目論んでいたのやも知れぬ」


 まるで他人事のように悪びれもなく語りかけるクロウ。アヴィスフィアにおいて、パラダイムシフトといっても過言ではないこのオーパーツを初めて目の前にしても全くの動揺を見せる気配がない。


 クロウの正体はイサギ。つまりは鈴音であるからして何ら不思議なことではないのだが、アリスやシャルルの驚いた表情も相まってか他の者には何とも図太く映っているだろう。


 その言葉を嘘だと勘繰るものもいるが、確かめようも無い。実際に数国は間者を放っていたのだが、その全てが二度と母国へ戻らなかったのだ。


「突然だが、私はこのような鉄の塊が嫌いでね。正確には兵種のバランスを大幅に崩すもの、といった方が正しいのだが」

「個体数が少なく、使用できる者が限られてるからこそ今は現実的な脅威とは言えない。だが、今後ともにこれを開発することにより他の技術が廃れるなんてことは、許容せざるべき由々しき事態だ」

「故に今回、私は帝国を下した。元々は皇国内の一角で細々と暮らすつもりだったのだがね。こればかりは運命の悪戯と言うしかあるまいよ」


 何とも自分本位な身勝手を赤裸々に独白するクロウ。どうやら帝国はこのような理由で滅亡することになったらしい。


 それを聞いた諸国の重鎮や観光客らは皆一様に、ポカンと口を開いてしまっている。早くも慣れたか慣らされたのか、同盟国民はその我が儘を聞いても全くの動揺を見せていないのがまたシュールである。


 おそらくはクロウによって自由を許されているであろうフルマンと翔雲はその独白を聞き、何とも言えない表情を浮かべている。


「ふむ。まぁ愚痴を言っても始まらないな。――フルマン! その戦車とやらを私に向け、発砲してみせよっ!」

「――はっ! …………はぁ!?」


 命令を受け即座に実行に移そうとするフルマンだったが、その余りにもな内容に軍人としてはあるまじき疑問符を浮かべてしまう。


 珍しい上司の姿に驚く翔雲だったが、確かに乱心したのかと思われても不思議ではないかと頷いている。……大概、大物である。


 既に重鎮らや観光客は展開についていけていない。ただそっと成り行きを見守るだけの群衆(モブ)と化している。


「もう一度だけ言う。その戦車を持って、私を狙え! 建物に損壊を与えぬようにきちんと正確に狙うのだ」

「は、ははっ! ()()! 戦車内にいる貴様の部下にその旨を伝えろっ! ……くれぐれも外すなよ」

「――っ! …………了解」


 上司が本名ではなくニックネームで呼んだことに少しの感慨を覚えたのか、口元に笑みを浮かべ部下であり友でもある仲間に無線で命令を下す。


「なんとっ! 我らが帝国の象徴を破壊せしめるだけでは飽き足らず、自身にもこの砲弾を望むというのか。誠天晴れ、我らが盟主は拙者などでは計り知れぬ。まさに天下の傾奇者でござるな!」


 無線の先で驚きながらも興奮を隠せていない部下、クラシャンに呆れながらも笑みが深まる翔雲。煩く厄介な人物だが、本当の意味で仲間なのだろう。


「ふははははっ! ならば消し飛ぶがよいっ! 今宵の拙者の砲弾はぁ、えぇ! 月夜も砕く凶弾でぇ、ござるっ!」


 今は真昼間な上に、月ではなく月夜を破壊するつもりらしいが、そんなことはどうでもよい。大事なのは発射された砲弾が、真っ直ぐクロウに向かって射出されたということだ。


 発射音と、その異常事態に各所で声にならない叫びが起こっている。真っ青になっていたものは一度目で既に気を失い、近くのものに開放されている始末である。……圧倒的なまでのカオス、まさにその言葉に尽きる。


「……はぁ。今回だけ、ですよ? ――纏衣」


 ギィィン! まるで金属通しがぶつかり合う様な金切り音が辺りに響く。見ると砲弾は中空で静止しているではないか。――正確には、クロウの前へと踊り出た人物の正面上方二メートル程で座標を固定し、その場で回転運動を行っている。


 当人は白いワンピースを部分的に鎧で覆っただけの軽装な上、本人は砲弾など目にもくれず抜刀した刀を正眼に構えて何やら祈りを捧げている。


 およそ砲弾など受け止めるなど想像もつかないスマートな(出るとこは出ている)女性騎士。白鳥の羽をモチーフにしたと思われる目元だけ隠す仮面をしているため素顔は分からない。だが艶のある白金髪ポニテ然り、長い睫毛が特徴的な碧眼も然り、絶世と言っても過言ではない美女であることが分かる。


「たとえ盟主の命令とは言え、我が(マスター)にこのような無粋な鉄の塊を向けたことを、後悔しなさいっ!」


 ズガシャァァン! 祈りを終えた女性騎士が天に向け剣をかざした瞬間に、砲撃を終え銃口から煙を上げる戦車に白き雷が落ちた。凄まじい威力だったのだろう。各所から黒煙が上がり、次々に火の手が上がっている。今にも爆発するのではないと思えるほど軋む車体が、そう長くはない寿命を告げている。


 キューポラと呼ばれる上部の半球形の設備の開口部から、慌てて飛び出る人物が一人。……瀕死の重傷を負ったと思われたクラシャンだ。そして今まさに二度目の死を迎えるカウントダウンの真っ只中である。


 轟く爆音。地が脈動しているのかと錯覚するほどの破砕音と衝撃が広場に届く。視界の端ではまるで紙切れの如く吹き飛ばされる白人男性が映っている。直撃ではないとはいえ、生死にかかわるほどには良い飛距離だ。


 ク、クラシャァァァンと叫び近寄る翔雲と、頭を抱えるフルマンがその哀愁を更に高めるのに一役買っている。


 ちなみに砲弾はかの座標から自由落下し、地に落ちている。爆発しないことからも、既に運動エネルギーはゼロとなっているのだろう。


「ふむ、流石だ。これ以上ない手加減と言えよう。……何せ、一人も死んでいない」


 鉄くずとなった戦車を見据え、クロウが仮面の騎士に賛辞を贈る。未だ広場がざわついているというのに、全く意に返していないようだ。


 仮面の騎士――ラヴィニスはペコリとお辞儀をすると、再び後方へと下がっていった。目端の利くものは、彼女こそが先程の白銀の騎士であると気が付いたであろう。


 つまり先程の茶番は、最愛の妹であるラヴィニスの鮮烈なデビューと戦車など無意味だという政治戦略を兼ねたプロパガンダだったのだ。


「さて、ご覧になっても分かる通り、そのガラクタは決め手に欠ける。精々()()()退()()程度が関の山といった所だろうか」


 早い話、私を殺すには不十分であるということだ。と悪い笑みを浮かべ、貴賓席を流し見るクロウ。その先には驚き腰を抜かしているもの以外に、下を向き歯噛みするものと青ざめ俯いてしまっているものも交じっている。


 中には帝国から一部輸入していたものや、間者を放って様子を伺おうと思ったものがいたのだろう。……あるいは既に送り込んでいた間者がどのような末路を辿ったのか、全て悟ったのだ。


「冒頭で言った通り、私としては近隣諸国と積極的に争うつもりはない。しかし、もし我が同盟に銃口を突きつけようものなら、自身の喪失と自国の滅亡を覚悟して頂きたい。……私からは、以上だ」


 そう言い残したクロウは新たな妻となったアリスとシャルルを従え、城内に姿を消した。広場では、進行役のドルマスの手により支持を得た音楽隊による壮大なファンファーレが鳴り響いている。


 戴冠式という割には彼女達が民に向かい挨拶をすることはなく、次いで出たアルマスが皇女補佐を名乗りその後を引き継いでいる。


 その事実から、あくまで二人は妻であり、実権はクロウ主体で行うのだろうことが分かる。そして、アルマスとドルマスは盟主の意向を内外国に伝える代理者という位置付けとなる。


 アルマス曰く、近日中にアインズ内における闘技場にて闘技大会を開催するそうだ。身分や出生は問わぬ故、腕に自信のあるものは奮って参加して欲しいとのことだ。


 見事優勝した暁にはその雄を讃え金貨百枚――日本円にして一千万円――を進呈すると共に、我らが盟主が直接指揮を執る騎士団への入団権利を与えるとのことである。


 団の名は仮面騎士団(マスクドシュヴァリエ)。その名を表すように、団長は先程戦車を破壊した仮面の騎士(ラヴィニス)が務めている。


 団員やその数は今のところ詳細に語られてはいないが、彼女がいるというだけでも入団希望は後に絶たないだろう。そしてその誉ある第一号がその大会の優勝者という訳だ。


 爆発するような大歓声に包まれる広間。俺こそがその座に相応しいと名乗りを上げて豪語するものや、何やら激しく口論を始めるものが出ている。中には声には出さずとも、滾る野心に瞳をギラつかせるものもいる。


 燻る熱気が冷めやらぬままに、戴冠式(祭り)は無事終了した。多少のトラブルや予定外――主にクロウの思い付きのせい――はあったが、概ね成功だと言えるだろう。


「ふぅ。ラヴちゃん、かっこよかったなぁ……はぁ、もう。好き」


 そんな中、ある意味一番の大物である正妻(アイヴィス)はシャルルの侍女に扮しながらも、自身の最愛の嫁の雄姿に思いを馳せてこっそりと破顔するのであった。



 ――なんてことだ。まさか、あのような化け物がこの世に存在しようとは……。それが同大陸における列強諸国の共通認識だった。


 同盟と称された新勢力の戴冠式には、三国間で小競り合いが止まない一部の国々を除いた全てが参列した。


「――事実なのか!? 我が国の間者が全て石化し、あろうことかまるでショーでもするかのように砕かれたというのは!」


 その中でもアヴィスフィア同盟と直接の国境沿いにある国、ジャスティラス王国は他人事ではない未曽有の危機だ。


 元帝国領の南に位置するこの国は王政で、現在は古くからの名家であるジャスティス家当主が国王を務めている。


 王国とはいうが実のところ、アヴィスフィアにおける唯一の民主制の国家である。


 国名からも察することが出来るが、初代国王はこの家の初代当主が務めていた。しかし二代目のときの内乱以降、様々な家が取り替わり立ち代わり王となり何度となく体制が変わってきた。


 その都度コロコロと方針が変わる内政に気を取られ、国の防衛などの外政を疎かになってしまっていた。そして遂には当時の帝国に為政者交代の隙に侵略され、為すすべもなく手痛い敗北を喫してしまったのだ。


 滅亡こそ免れたが戦犯として各名家の当主の首を取られ、また国の領土の半分をも明け渡すという類まれない歴史的大敗となってしまった。


 最悪このままでは国が亡びると腹を割って話し合った次代の当主達が、”愛すべき民の声を真摯に聴き、一番有用であると評価をもらった家の当主が次代に代わるまで、誉ある国王の座を務めることとする”と定めたのだ。


 選ばれなかった家は国王を支えることにより民の信頼を勝ち得、次代へ向け余念なく準備を行うという訳である。


「事実です。我が家の当主、また姉もその場にて()()されました。……死亡した、と見做して良いと思われます」

「……なんてことだ。まさか”諜報の怪異”と称された貴家のお父上程の人物が、敢え無く捕縛され殺されるとは――」

「私も未だ、信じられません。まさか、君の姉の色香に惑わされない男が存在しようとは……」


 スティルス家の次女が見聞きしたことの顛末をジャスティス家の当主と長女へと報告を上げる。


 身内、しかも親兄弟が亡くなったというのに務めて冷静に事の顛末を報告する次女。おそらくは幼き頃からの教育あってのことなのだろう。


 彼女の先祖は今は滅びたと言われている忍びの一族で、元々は倭国の中でも特に有力の家系の分家だった。


 一族の宗家は天より与えられた独自の忍術を守るため近親交配を繰り返し、血を濃く純粋なものへと高めるのを主としていた。そして分家もそんな彼らを護るために能力の高いもの同士を婚姻させ、その子供を産ませてきたのだ。


 教育方針も徹底され、親子や兄弟の情など微塵もない。成果を出さねばその日の食卓にすらありつけないのである。


 彼女自身それが当たり前であるし、兄弟なら既に一番上の兄と三番目の弟も既に他界している。つまりスティルス家は母と次男、そして今この場にいる次女しか残っていない。親戚を除けば、だが。


「どうやらかの盟主は、想定以上に恐ろしい存在やも知れません」

「ふむ。トモエ、なぜそう思うのだ?」


 神妙な顔つきで語る次女(トモエ)。誰何するのはジャスティス家長女オリヴィエだ。二人は主従関係にあり、彼女付きの忍びが彼女なのだ。


 ちなみにジャスティス家は騎士の家系で、オリヴィエも例外では無い。女傑と呼ばれた母を持つ彼女も、トモエと足を並べるほど位は実力がある。そういう意味では護衛というよりは、戦友と言った方が近い。


「はい。実は姉による最後の定期連絡の中に、戦車と呼ばれた兵器が砲撃した棟の中に元帝国の皇帝一族が収監されていたとの情報が有りまして――」

「――――ッ!? つまり、帝国軍に自身の将官であり皇帝をその象徴たる建物ごと破壊させたというのか!? ……しかも、あのようなセレモニーの一環として、か」

「我らへの牽制にしては、少々過激だな。彼の者が演説で言った通り、恐らくこれは警告だ。もし牙を剥こうものなら生きたまま生皮を剥ぎ取り、その醜悪な姿を皆の前にて晒したままに苦しみ死ぬまで演武を躍らせる。そのようなこともあるやも知れぬぞ」


 実に恐ろしきは能力ではなく、底知れぬ知恵と容赦のなさなのかも知れないな。そう考えたオリヴィエは彼女らしからぬ身震いをしている。恐らくは、彼女の父が冗談めかして危惧した悍ましい光景を想像したのだろう。


 口調の割には仕草は女性らしく、普段は意図して雄々しく有ろうしているのが見え隠れしている。このような状況下でなければ、トモエと父親はその光景を眺めて見悶えていたに違いない。


 そして、この認識は間違っていない。クロウ――つまり鈴音にとって最優先はアイヴィス、つまり朱羽夜だ。


 彼が安全かつ自由にこのアヴィスフィアの世界を心行くまで満喫すること。そして最愛の妹であるラヴィニス、つまりは椿沙と共に、そんな彼と寄り添い永久を往くことこそが行動の原理なのだ。


 これは願いではなく決定事項であり必定。その道を邪魔しようものが居ようものなら、情け容赦なく滅殺する。


 何が彼女をそこまで駆り立てるのかは現状では不明だ。しかし既に彼女は覚悟を決め、順次実現に向けて邁進しているのだ。


 確固たる決意、故に止まらない。時には愛しきアイヴィスすらも巻き込むことを厭わない。まさに全身全霊である。


「これ以上踏み込むのは危険だが、完全に放逐することなど出来るはずもない。……ならば、正攻法で行くしかあるまいな」

「……父上、何かお考えがあるのですか?」


 しばらく黙考したのち、国王が口を開く。今にも溜息を吐きそうな声と表情で、シンと静まり返った周囲を見渡した。


 普段は喧噪のように意見の飛び交うこの作戦会議室も、かの国の熱烈な歓迎により轟沈している。


 皆が皆、現国王であるオリヴィエの父の言葉を待っている。それも仕方のないと思えるほどの衝撃だったのだ。


「我が娘、オリヴィエよ。その類まれなる剣術の才を生かし、かの国で開催される闘技大会にて見事優勝してみせるのだ」

「……なるほど、委細承知致しました。必ずや勝利をつかみ取ってみせましょう!」


 あれだけ大々的に宣伝したのだ。よもや出身国が理由で入団拒否は出来まい。結果さえ示せば、身分や出生は問わない。それが盟主が定めたルールだからだ。


 同盟の戦力も把握できるうえ、あわよくば彼個人とも直接パイプを繋ぐことが出来るやも知れない。


 何も最初から対立を前提するのではなく、何らかの形で友誼を結ぶという選択肢も増やせる良い機会でもあるということだ。


「ふむ、期待している。我が娘のみで十分かとも思うが、顔役のエルクド殿から後二枠ほど推薦枠を頂いている。せっかくの機会だ。トモエ、貴殿も参加すると良い」

「――――ッ! お心遣い、感謝致します」


 言外に無念を晴らせということだろう。トモエは国王のその粋な計らいに、驚きつつも感謝を告げている。


 元々表情が希薄な娘だが、このときばかりは少し綻んだようにも見える。見た目からは想像がつかないが、内に秘める心の炎は人一倍燃え盛っているのやも知れない。


「国王! 是非とも私にも参加させて下さい! 実力は確かとはいえ、女性だけを他国へ出立させるわけには行きません!」

「エルディンか、良いだろう。我が国からの参加はオリヴィエ、トモエ。そして彼で決定した。急ぎ詳細を纏め、同盟へと通達するのだ!」


 甘いマスクの二枚目騎士。そう形容するのがしっくりくる男性の騎士が、闘技大会への参加を希望した。


 国内の中でも特に女性人気が高く、ジャスティス家が内政を務めることが出来た理由でもある。不躾な言い方だが彼が味方にいたからこそ、民の票数を稼げたという訳だ。


 上記二人ほどではないが武芸に優れ、何より彼の技能は”決闘(デュエル)”といい一対一に特化している。


 文字通り相手が一人のときに名乗りを上げることで己を鼓舞し、身体能力や魔法の威力を向上させるスキルだ。華やかな闘技の場において、まさにうってつけという訳だ。


 此度の闘技大会のルールは完結明快。使用するのは木剣で、身体強化(バフ)以外の魔法は使用禁止。相手が降参するか、気絶等の戦闘不能になるまで行われる。ちなみに相手を死亡させてしまった場合は直ちに失格となる。以上の点である。


 他の列強諸国より一早く参加を表明したジャスティラス王国。国柄からも他国からは騎士の国と呼ばれ、武芸に優れたものが多く暮らしている。


 民主制を保っていられるのも、体制が変わっても変わらず在り続ける騎士の生き様――時の主君を全力で守る――あってのことなのだろう。


 かの国の参加表明の波は他の列強諸国にも伝播する。常に三つ巴で争っていた国が一時同盟という名の休戦となるまでの大事になったのもある意味で必定だ。


 他国の情報を掴むことがまず戦略上の絶対条件である以上、全くの干渉を寄せ付けない新興国の存在など了承できるわけがないのである。


 ちなみにこの三国は戴冠式に未出席だったため、本大会の参加権は用意されていない。参加希望の場合は一般公募からの事前試合で、闘技大会への参加権を勝ち取る必要があるという訳だ。


 意外なのは聖サンタイール教国の参加表明だ。かの国のテンプル騎士団は儀礼的な会合や、神罰と評する聖戦以外では滅多に他国へと赴くことが無い。


 故に世俗的な闘技大会などには参加しないだろう。そう思われていたのだ。


「…………漸く、なのね」


 それぞれの思惑が渦巻く中、闘技場の主は静かに牙を磨く。来たるべき約束の日に向け、そして自身の真の自由を勝ち取るために。


 春雷落ちる同盟に、来たる運命道すがら、巡り巡りて巻き込まれるのは、やはりアイヴィス君しかいない。のだ(字余り)!

気が向いたときに執筆いているため、更新頻度は遅いです。体調等の問題がない限りは完結まで続けるつもりですので、気長にお付き合いいただけたら幸いです。

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