表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アヴィスフィア リメイク前  作者: 無色。
一章 皇女の軌跡
34/55

有能なスライムを召喚しました!

新時代。不安と期待を持って訪れる新たな旅路の幕開け。進むのを恐れていては乗り遅れてしまう激流に、どう向き合って生きるのが最善なのでしょうね。

 一体誰が創造しただろう。例え魔法が存在するこの世界でも、誰もが一度は考えたことのある漠然とした疑問である。


 偶発的に出来たのか、それとも意思を持って創られたのか。神の奇跡か、現存する何者かによって今もなお維持されているのか。ともすれば、その者こそ神なのか。……疑問は絶えない。


「一体、何がどうなっているのだ……」


 ここにも一人、自身の身に起きたことが信じられないものがいる。


 あり得ない。そんなこと、出来るはずがない。今までにどれだけの人が考え、その壁の大きさの前にひれ伏してきたのか分からない。


義兄上(あにうえ)。調子は如何ですかな?」

「……ドルマスか、久しいな。問題ない、まるで四半世紀ほど若返ったかのようだ」


 兄と誰何された人物は未だ混乱の最中だろう。なにせ細々と痩せ細り今にも朽ちようかと思われた己の身体が、言葉通り明らかに二十年は若返っていたのである。


 それでも瞬時に整然とした態度へと切り替え、自身の身に起きた現象を把握しようと試みている。


 彼こそがアインズ皇国の五代目皇帝として長く研鑽を積んできた雄、アルマスである。明らかに異常な事態が進行しているというのに動揺や違和感を微塵も感じさせないその姿は、まさしく王そのものだ。


 しかし、偉大なる彼の頭脳をもってしても理解が及ばなかったのだろう。して、これ如何に。と近くで様子を伺っているドルマスに聞くことにしたようだ。


「……流石はイサ――いえクロウ様。よもやこれほどの奇跡を起こしてしまうとは、ね」


 思わず、といった様子で呟くドルマス。実際に確認した方が早いと判断したのらしい。質問に答える代わりに、近くにいたメイドに手鏡を取りに行かせるように指示をしている。


 暫くの間、沈黙が寝室を包む。両者ともに神妙な面持ちになっていることからも、今に至るまでこのような機会はあまり無かったのであろう。


 以前フルマンが言っていた通り、この二人はまるで本物の兄弟のように仲が良かったのだ。……とある事件が起こった、あの夜までは。


 こうやって面と向かって話すのはその明くる日以来となる。多少のぎこちなさは仕様がないと言えよう。


「――――っ!? こ、この姿は……。まさか、そんなことが……」

「流石は義兄上、話が早くて助かりますな。……いや、ここは()()と呼んだ方が正しいか」


 目線でドルマスを睨むアルマス。自身の身に起きたこと、そして息子の身に何が起こっているのか、詳細を語れと訴えている。


 深く溜息をつくドルマス。正直彼とて未だに半信半疑なのだ。……まさか心が壊れ空っぽとなった身体(エルクド)に、死の淵にいる精神(アルマス)を代入することが出来る非常識(クロウ)が存在するなどと、一体誰が想像出来るだろうか。


 明らかなる秘儀なのは間違いない。しかし同時に人道において余りに逸脱していた。


 ドルマスとて何も聖者ではない。先日までの策略からもわかるように、寧ろ非道と呼ばれ恐れられてすらいる。しかし、それでも彼の行為は“ヒト”という生物の枠組みから外れてはいなかったのだ。


 クロウが行った制約の名は“心転同血(しんてんどうけつ)”。名が示す通り、同じ血族の二人の人物の精神(こころ)を恒久的に入れ替える呪法だ。


 元々は倭の国の導師が己の精神を後世まで残すために生み出した“血”を媒体にした邪法で、信者との間に生まれた子を神の子として捧げさせ、その身体を乗っ取るために開発したものである。


 ちなみに当人は心半ばで散っている。一部の離反した信者達の『魔の“禁忌”に触れている』との密告により、時の将軍に成敗されたのだ。


 クロウはどのような手段を使ったのか、その当時の邪法を完成させたようなのだ。一部自分なりのアレンジを加えて、である。


「エル、落ち着いて聞くが良い。……我が国は戦争に敗れた。盟主の慈悲により名だけは奪わずに頂けたが、事実上の属国となったのだ」

「…………」


 神妙な面持ちになるエルクドことアルマス。義弟が叔父になってしまった現状にも関わらず、自身の国の喪失を憂いているのだろうか。


 第三勢力の襲撃によりヴェニティアが滅びたこと。新しくアヴィスフィア連合が建国されたこと。彼が知らないであろう最近の情勢について淡々と語るドルマス。


 アルマスも目を瞑り、黙して聞いている。下手な相槌により、話が途切れるのを嫌ったのだろう。一言一句聞き逃さぬようにという姿勢が見て取れる。


 数刻の間、その状態が続いた。言葉に感情が希薄なせいか、企業における業務連絡のように淡白だ。傍から見れば親族であるなどと分からないほどである。


「エル――いや、お父上(アルマス)はまさに昨日、息を引き取った。医師の診断によると、“衰弱死”だそうだ」

「――ッ! ……で、あるか」

「…………。――それだけ、なのか?」


 ドルマスの語調が強まる。目を瞑り深く息をついていることからも、おそらくは湧き上がる激情を抑えているのだろう。


 不穏な空気が辺りを包む。それもそのはずだろう。息子(エルクド)が死んだというのに、父であるはずのアルマスの反応が極めて鈍いのだ。


「属国になってしまったのは誠に遺憾だが、名を残したことは大儀であった。ドルマスよ、褒めて遣わす」

「そういうことを言っているのではないっ! 息子が! エルが死んだのだぞ!」

「ふむ。我が息子もよう頑張った。義父上も“紅炎(こうえん)の美姫”と呼ばれた母もまた、極楽でさぞ褒めておられるだろうよ」

「……アルマス、貴様。それ以上()()()()()()()を言うでないっ! 何時より……何時よりそんな、軟弱になり果てたのだ……」


 ついには抑えられなくなり、感情が爆発するドルマス。エルクドや他の諸貴族とは違い、イサギに自由意志を認められている故の憤りである。


 そんな彼の激情を受けたアルマス。しかし暖簾に何とやら。全くもって意に介していないようだ。


 それどころかまるで心が籠っていない賛辞を亡き息子に捧げている。それを聞いたドルマスは呆れ、遂には自慢の髭を地に向け沈んでしまった。


「ふむ。兄弟喧嘩(ご歓談)の最中に申し訳ないが、戴冠式の日程が決まった。延いては予定通り、祭典の準備に取り掛かって欲しい」

「――クロウ様! ははっ。お見苦しいところを見せてしまい、申し訳ありません。直ちにエルと共に段取りを決めさせて頂きたいのですが……」

「私からの要望は、先日言った通りだ。他は全て任せる。このアヴィスフィアの地全てに轟くほどの(祭り)になることを期待しているよ」

「ハッ! ご期待に沿えるよう、精進いたします!」


 虚空から現れた謎の人物と、以前とはまるで様子の違うドルマスに驚愕するアルマス。逆にドルマスは落ち着いたものだ。当然の訪問だというのに嫌な顔一つせず会話を続けている。


 しかしそんなことは何のその、いきなり現れたクロウことイサギは、要件だけ伝えるや否や直ちにまた姿を消すのだった。



 遂に、遂にこのときがやってきた。アヴィスフィアという異世界に来てから、ずっと夢に見ていた“魔法”という技術がようやっと身になったのである。


 きっかけは先日のイサギの来訪だ。


 色々な感情が渦を巻いていたところに俺の顔でドヤ顔をされ、()()()手が出てしまったのが主な要因だろう。


 結果として軽くあしらわれてしまった訳だが、どうにもその時に“魔力回路”と呼ばれる魔法を用いるために必要な通り道が開通したようなのだ。


 一般的に魔素の大半は身体におけるへそ下三寸にある“丹田(下丹田)”に存在していると言われている。そこから魔力回路を通じて魔素を送り、送る際に魔素を魔力に変換し、最終的にその魔力を用いて各種魔法を発動するのである。


 例えるならば丹田が心臓、魔力回路が血管で、魔素が血液。魔素を魔力に変換するのが各種臓器といったところだろう。


 それ以外の魔素は心臓付近(中丹田)、脳内(上丹田)の二か所に存在し、上に行くにつれて内包する量が減少していく。


 上記の二つの回路を持つ者を一般的に“魔法使い”と分類し、中でも長い修行の末に魔を極め、下丹田の魔力回路まで開放した魔法使いを“賢者”と呼称するそうだ。

 

 イヴの話によると、今回開通したのは“心臓”に位置する部分から派生する回路で、主に“感情”によって左右されるらしい。


 喜怒哀楽どの感情でも魔力練ることが出来るが、激情に駆られる程にその効果と効率はあがる。今回の例でいえば、怒りが魔素を魔力に変換し、その力によって通常よりも膂力のある殴打を放つことが出来たということになる。


 回路を一度開けば次回以降は道筋が出来ているため比較的容易になり、また、練度によって魔力の変換効率や一度に変換する量が増加させることも可能なのだそうだ。


 しかし、魔力の伝達速度や魔力回路の範囲に関しては努力で向上するのは難しく、いわゆる“才能”に分類されるそうだ。


 ちなみにルーアを召還した際に使用したの魔法は上丹田、つまり脳付近に存在する魔素の源泉からイヴが構築した回路を通し、彼女が魔力を練り発動したものだったのだ。


 俺がその後魔法を上手く発動できなかったのは、その源泉がイヴの管轄内にあったことが原因らしい。どうやら効率を求めた結果難解になり過ぎて、彼女しか使用出来ないものとなってしまったらしい。


《通告。マスターの脳の一部は、私が支配下に置きました。……てへっ》


 などとほざきよった彼女の言葉によって、せっかく開いた回路が恐れを成して縮こまり、危うく閉じかけたのはここだけの話である。


 ……てへっ。じゃないんだよ! ほんとにもー!!


《謝罪。すいませんマスター。迫りゆく危機を打破するための最効率を選択したため、今回のような結果になってしまいました》


 謝らなくていい。実際に助かったし、感謝もしてる。……でも、次からは相談してほしい。――俺ら、友達だろ?


《……友達。――はいっ! 次からは相談します、マスター!》


 うん。いい返事だ。取り敢えず、互いの認識の差異から歩み寄ってみよう。そうしないと、何か取り返しがつかない結果に繋がりそうだし、ね。


 若干の冷汗を掻きながらも、俺はイヴと色々な話をすることにした。心なしか嬉しそうに会話をする彼女に、何とも言えない親近感を抱いたことを此処に記しておこう。


 ともあれ、だ。話は逸れてしまったが、二にも三にも魔法である。この瞬間をどれだけ待ちわびただろうか。


 今回挑戦した魔法は計三つ。松明(トーチ)召還(サモン)下位(ロウ)、身体強化Ⅰである。


 トーチは言わずもがな、シャルルに見せてもらった火属性魔法の基本である。


 基本とは言うが最初は制御が難しく、炎の大小や継続時間、効果範囲などがばらつき中々合格点に達することが出来なかった。


 しかし何度かシャルルに手本や指導をしてもらったおかげで、今ではそんじょそこらのトーチより正確に綺麗な炎が出せるようになっている。


 良き指導者の下で努力をすれば自ずと結果に繋がるものなのだなぁと、学生という身分に立たされたおかげで改めて実感することが出来たのも重畳だ。


 次は身体強化Ⅰだ。


 ⅠからⅤまでの五段階存在し、Ⅰは“筋力の強化”である。筋組織に血液のほかに魔力を注ぎ、一時的に膂力を上げる“魔法”である。


 主に近接職である騎士が最初に習得するものの一つであり、シンプルかつ重要な技術でもある。


 これも中々に難しい。強化するタイミングや送る魔力の分量を間違えると、効果がなかったり最悪ケガを負う事態にもなりかねないのだ。


 乱取り相手はラヴィニスが務めてくれた。俺が自傷に繋がるようなミスをすると即座にフォローしてくれ、泥だらけにはなりながらも何とか習得することが出来た。


 問題だったのが召還魔法だ。


 召還魔法はそもそも使える人が少ない。学園内はおろか、国内でも百人に満たないだろう。――そう、つまりは指導者がいないのだ。


 せっかく闇属性を持っているというのに召還魔法が使えないのはもったいなさすぎる。何とか出来ないだろうかと悩んでいたところ、イヴがこんなことを言い出した。


《提案。マスターが努力されているのを極力邪魔したくはなかったので触れませんでしたが、召還魔法なら私が扱えます》

《代案。ルーアの時と同様に、マスターが想像された造形に私が精霊、あるいは悪魔を憑依させる方法は如何でしょうか?》


 正直、俺は困惑した。相談してくれたことを嬉しく思うのと同時に、自分の力だけでやってみたいという頑固な自分が鬩ぎあっていたからだ。


 彼女がいたからこそルーアという優秀なボディガードが生まれ、現在もその恩恵にあやかっている。それ自体は喜ぶべきことだし、当然感謝もしている。


 しかし今は平時。我が儘ではあるが、出来うることなら自身の力で成し遂げたかったのだ。


《ふふ……。陳謝。失礼しました。それであるならば下位にはなりますが、比較的簡単な召還魔法から練習していきましょうか》


 間違いなく、笑った。そう確信できるほど、彼女の感情が伝わってきた……気がする。


 友達だと明言してからというもの、俺にもイヴの()()()というのが少し分かるようになってきたのかも知れない。


 それはそれとして、イヴに指導してもらうことが決まったのだ。


《相違。違います、マスター。そこは柔らかな(ソフト)、ではなく流麗な(フローイング)です》


 え! だってこのモンスター柔らかいでしょ、絶対。――え? 静的より動的な表現の方が成功確率が上がるの? などと呪文の一字一句を調整する作業は中々に難解で、俺の語彙力では賄いきれない箇所が多々存在した。


 別に喧嘩をしているわけではないのだが、何度も何度もイヴと意見がぶつかった。大半は能率の問題で俺が折れる結果となった。だがそれでも中には、それは面白い見解だ。と受け入れて貰えたものも確かにあるのだ。


 これほどイヴと語り合ったのは研究所以来であろう。少なくともこのアヴィスフィアに来てからは初めてだと記憶している。


 はた目から見ると、目を瞑ったり開いたり、困惑したり喜んだりする百面相を披露していることだろう。


 本来なら誰かにその理由を聞かれたり、ドン引きされたりすることもあるだろうが、幸いにもここは自室。俺とイヴ、そして常に共にあるラヴィニスしかいないので何も問題はないのである。


「さて、じゃあ早速トライしてみるよ!」

「ふーん。でもアイちゃんに召還なんて難しいこと出来るのー? 信じられないなぁ~」


 トーチや身体強化もしっかり見せたのに、未だに疑いの目を向けるアリス。煽り言葉は健在で、何としてでもその顔を驚愕に染めてやろうと思ってしまう。……もしかして、これが恋なのか? ――なんてな。


 イラッとしたことにより、多少魔力を練り過ぎている気もするが早速チャレンジしていこうじゃないか。


「闇より生でし暗き存在(もの)、その流麗なる朱が今此処で、我が魂と綯い交じらん。――召還(サモン)粘体(スライム)


 呪文も詠唱も完璧である。イヴにより無駄が省かれたその旋律は、滞りなく最後まで奏でられた。


 闇とは魔素、暗き存在とは魔物の隠語だ。特徴であるプニプニを流麗と表現することでより再現度が上昇し、あえて種族色ではなく朱という自身の魔力色で構成することにより無駄を最小限まで減らしている。


 生まれ出たのは一体のスライム。色は朱色。魔物の中では下位に分類される。しかしながらファンタジーには絶対にいなくてはならない存在だ。


 技能は溶解。物を溶かし消化する。シンプルかつ実践的な力だ。特性に粘性もあるので打撃に耐性があり、斬撃に至っては無効となっている。


 ただし魔法全般の耐性が低く、特に火属性は弱点となっている。そういった意味で下位に位置するのだろう。


 基本的に知性はなく、自身に触れたもので溶かせるものは吸収して糧に、出来ぬものは障害物として這いながら通過する。


 そこで得た魔素(エネルギー)を元に身体を成長させた後、分裂し種を残す単為生殖である。


 一般的には赤青緑の三色が基本色で、赤は火に耐性があり、緑は毒性がある。ちなみに青は個体数が多いが、特に突出した能力を持っていない。


「トーチや身体強化だけでなく、召還魔法をも成功させてしまうなんてっ! 流石はアイちゃん様ですわ」

「確かに凄いけどぉ――うわぁ、ナニコレ見たことない色してるぅ。……気持ちわるぅい」


 両の手を胸の前でパチンと鳴らしながら賛辞するシャルルと、気持ち悪いと言いながらも召還されたスライムをプニプニと(つつ)くアリス。


 二極の反応を見せる二人。


 私にも触らせて下さいとシャルルが掬うようにして抱える。まるで壊れ物を扱うかのように丁寧に持ち上げられた粘体(プニプニ)。しかしながら、未だ襲撃者(アリス)の魔手からは逃れられず、その身体をプルプルと震わせている。


「口ではそういいつつも気に入ってるじゃんか。……可愛いでしょ? でも実はその見た目に反して能力は凄いんだよ! 例えば――」


 イヴと様々な意見を交換して呼び出した魔物(スライム)に隙はない。


 元々スライムは魔素の濃い場所に自然発生するお掃除やさんである。今回の召喚には自身の魔素のみ用い行っている為、系統図的に言えば俺とイヴが親となる。


《新鮮。私とマスターの、初めての共同作業ですね》


 ちょっと照れた口調で話すイヴに、不覚にもドキッとしてしまったのはここだけの内緒だ。


 さて、その肝心の能力だが。


 一つはスライムとしての根底。“溶解”である。当たり前かつ最重要な能力であるこの溶解も、当然イヴのメスが入っている。


「――きゃああああっ! ちょっ、やだ! 纏わりつかないでぇ~」


 何か聞こえた気がするが気のせいだろう。ぶわぁと広がる朱色の粘体が見えるのもきっと気のせいだ。


 そう。それより今は能力(溶解)である。


 本来であれば消化できるものは全て消化する雑食が常だが、うちの子は違う。


 より実践を意識した能力。“武装解除”だ。


 武装解除。つまりは相手の持つ装飾、武器や防具などのみを溶かす力だ。打撃はもとい斬撃も効かない。対近接における最適解である。一対一ならおそらく負けることはないだろう。


 ただ溶かすだけでなく自身の身体を拡散し包み込むことで、相手を拘束することも可能だ。溶解する対象によって生まれる時間差を考慮した、実に無駄のない攻撃手段である。


 武器や防具の硬度にもよるが、十数分もあれば全て溶かすことが出来るだろう。衣服のみであれば数分もかからず身ぐるみをはがすことが可能だ。


 状況次第だが魔法使いのような天敵にも対応できるので、実に有意義といえる。


「ふわぁん! も、もう何処触って――ひゃわぁ! あ、だ、駄目ぇ~」

「あわわ。ま、またしてもアリスさんが、あられもないお姿に……」


 ここで終わらないのが俺達の子である所以だ。


 戦闘目的とは言え、あくまでも自衛の手段。なるべく相手を殺さず、かつ無力化することを意識している。


 しかし中には武装を解除されて尚も抵抗し、攻撃に転じるものも現れるとも限らない。


 少し深読みが過ぎるかもしれないが、用心することに越したことはない。


 突然だが、皆は全裸になったときにすることと言えば、何を想像するだろうか。


 自室で一人の時、夜の営みの前。人によってはもっと開放的な考えを持つ者もいるかもしれない。


 しかし一般的には“湯浴み”、つまりはお風呂だろう。


 せっかく武装という身体の装甲を解除したのだ。次は心、リラックスという精神の武装解除を行うのである。


 スライムが掃除屋であるというのは、前述したとおりだ。


 ドクターフィッシュを想像して貰えれば話が早い。要は全身の角質や毛穴の汚れ、さらには流動する自身の身体を用いマッサージを行うのである。


 ここにはある程度の指向性を持たせてあり、凝りなどがひどい場所はより念入りに揉み解し、また汚れなどを落とした後は表面が乾燥しないよう保湿まで行う優れものだ。


 近年のマッサージチェアなど比較にもならない贅沢仕様なのである。


 襲撃してきた敵もびっくりだろう。全裸で拘束され、かつその眼前で全身のエステティックを受けるのだから。


 正直俺なら戦意は消える。……正確に言うならば消えてなくなりたいくらいの羞恥心に駆られ、思考停止すると思う。


「――って、うわぁっ! ちょっ! アリス何してるのっ!? 流石にそれは色々と不味いよ? な、中までまるっと見え――」

「――――っ!? や、だ――んもう! そ、そんなに見ないでよ、アイちゃんのえっち~!」


 既に衣服が溶解し中空で拘束されているアリス。まるで裏返ったカエルのように開かれた身体は既に、ステルス性能はゼロとなっていた。


 ふむ、ちゃんと残っているな。彼女が以前言っていたことは本当だったのか。顔は真っ赤だが全然口調が普段と変わらないし、正直判断が難しいんだよね。


 ――ハッ! やばいやばいそんなこと言ってる場合じゃない助けなきゃ! で、でもこれ、どうしたらいいの?


 とりあえずどうにかして剥がそうと纏わりついてるスライムの一部を引っ張ってみる。


 すると不思議なことに俺の手元へ次々と移動を始め、最終的には見慣れたスライムの形(楕円形)へと姿を戻した。


 そのまま右肩の上にまで這いずるとチョコンと動きを止めた。意思などはないはずなのだが、もしかしたら親と認識されているのかも知れない。


 俺の服が溶けていないことから考えるに、融解する対象を選んでいるのが分かる。実に有能である。


「うぅ~。もう私ぃ、お嫁にいけないぃ~」

「だ、大丈夫ですわアリスさん! 私たちは既にその、よ、嫁入りしていますからっ!」


 ぬるぬるの裸体で女の子座りしながら嘆くように嘯くアリス。


 戸惑ったのはシャルルで、何とも見当違いな励ましを送っているのが何とも微笑ましい。


 実際彼女が言ったことは間違いではない。二人は既にイサギさんの側室として正式に事が進み、正妻に位置付けられた俺と同じ烏丸にある戸館で暮らしているからだ。


 現代日本でいえば豪邸と呼んで差し支えないその物件は、主であるイサギを含め、使用人としてドレイレブンの皆が住む程の大きさがある。


 俺を除く各個人の部屋も広く、シャワールームやトイレも完備済み。一般的な奴隷など計り知れないくらいの好待遇である。


 建屋内には源泉からなる大浴場とフィッテングルームもあり、卓球場やビリヤードなどの遊具も充実している。まさに至れり尽くせりである。


 さて、問題はここにある。今まではこの大浴場は俺とラヴィニスしか基本的に使用していなかった。ドレイレブンの皆は招集されなければ勝手に来ることもないし、イサギに至っては風呂はおろか、トイレに行っている姿すら拝んだことはない。


 かといって清潔感がないわけではない。髭も処理されツルツルだし、肌も艶がある。ふわっと香る香水には、同一人物である俺すらクラっと来ることがあるほどだ。


 まぁ、彼女(鈴音さん)のことだ。きっと何かどデカい秘密があるのだろう。機会があったら聞いてみようか。


 話は逸れたがこの大浴場。アリスやシャルル――つまり()()()()()()二人が入居したことによって様相が変化したのだ。


 俺と二人はあくまで対等。要は、彼女らがどのタイミングでどのくらいの間この施設を利用するかは自由である。


 少なからず好意を抱き、また抱かれているのは既に承知の上でこの状況。当然何も起きないはずはない。


 最初は恥ずかしさも相まって抵抗したのだが、結局今では四人で利用することが常となっているという訳である。


 早い話、アリスの美尻もシャルルの魔乳も、既に何度も拝見させて頂いているということになる。つまりはそう、今更なのだ。


 ……流石に今回のように、中身までは見る機会(つもり)はなかったけど、ね。


「……でも何でアリスだけ――あっ! もしかして俺の苛立ち分のヘイトがいったのか! ……なるほど、感情が作用するってこういうことだったんだな」

「あのぉ? 何か納得してるところ悪いんだけどぉ~。アイちゃんが脱がしたんだから、責任取ってよねぇ?」


 なんかまた言い出しましたよこの娘。ちょっとあのっ! ヌルテカなまま近づかないで欲しいんですが……。


 じりじりと距離を開ける俺。いつでも最高速度で逃げれるように、覚えたばかりの身体強化を足に集中させる。


「あっ! 今ぁ、逃げようとしてるね~? ――シャルル!」

「分かりましたわ。……失礼しますね、アイちゃん様」


 二人の見事な連携により、ガシッとホールドさせる俺。魔乳を枕にバックハグ状態となり、後頭部に幸せが訪れる。


 だがしかし、今はそれどころではない。口元に笑みを浮かべたヌルヌル状態の全裸美少女が、今にも飛び掛からんと両の腕を天に掲げているのだ。相変わらずの痴女っぷり。言うなれば、ビチビチビッチである。


「今失礼なこと考えたでしょ! このぉ~、くぅらえぇ~!」

「ちょっ! 馬鹿、やめ――ぐあああああああっ!!」


 何が起きたかは推して知るべしといった所だろうか。なるべく今後はスライムをアリスに近づけないようにしようと誓ったくらいには大変だったと言っておこう。



 皇国の夜が明けた。三年もの間続いた圧政は、その存在が初めから無かったかのように沈静した。


 主な原因は敗戦したことだ。支配階級そのものが一層され、全く別の勢力が統治することになったのである。


 新たに盟主となった者が掲げた条件はただ一つ。そう、“奴隷”になることだった。


 当然その言葉に反発するものや嘆くものも多かった。それもそのはずだろう。人としての権限や財産をはく奪され、自由意志もなく、果ては売られるか鉱山送りとなるのは目に見えているのだから。


 しかし、実情はどうだろうか。指定された仕事をこなし、決められたルールを守るのであれば、最低限の衣食住と安全を保障されるのだ。また、既に家庭を持つものは世帯単位で扱われ、成果を上げたものにはそれに応じた自由も与えられた。


 仕事に関しても老若男女その者の能力に応じて分配され、無理なく続けられるものが厳選されている。


 持病を持ち満足に働くことが出来なくとも、目立った犯罪歴さえなければ生きるための最低限の生活は確保出来るのだ。


 財産や土地に関しては一度全て徴収され、能力に応じ再分配が行われた。許容できぬものの海外移住も認めており、理不尽ではあるが選択の余地は与えられた。


 ただし例外として支配階級にいたものは違う。彼らに関しては重い罪を犯した犯罪者と同様に全てを取り上げられ、中には処断されるものもいた。


 不思議なことに異論はなかったらしい。まるで()()されたかのように、嬉々として自身の宿命を粛々と受け入れたそうだ。


 そして何より、二国滅びたにしては圧倒的に難民の数が少ないのだ。流石にゼロとまでは行かないが、従来の戦後難民の数に比べ凡そ九割減といった所だろうか。


 おそらくは国民の、主に支配階級にいたものの財産を持って再分配を行ったことが影響していると思われる。


 中には以前の生活より裕福になるものすら存在しているのだ。それも当然の結実といった所だろうか。


 満場一致。そんな理想はありえないことだが、新しき盟主“クロウ”は今までに類に無いほど国民に歓迎され、アヴィスフィアに新たな爪痕を刻んだのである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ