旦那さんに二人の側室が出来ました!
着々と迫る包囲網。一章の目的であるこの条件もほぼほぼ満たすことが出来ました。
時は現代、場所は日本。とある転性者が地元の三流大学に通い、オンラインゲームに明け暮れていたとある日にまで遡る。
秋の日は釣瓶落としとは言い得て妙で、先程まで明るかった閑静な町並みはいつの間にやら日が陰り、ポツポツとまばらに光る街灯がまるで黄昏へ導く灯篭の様に灯り始めていた。
その日。一家は外出していた。一ヶ月に一度と決めた、家族皆で外食に出かけるという大事な大事なイベントがあったからだ。
今宵のメニューはステーキだ。いつもはあまり我が儘を言わない一人娘のたっての願いによって即決した、いつもより豪華なディナーである。
「パパ、ごめんねぇ。生活だって大変なのに私、我が儘言っちゃって。……どうしてもガッツリと食べたい気分だったんだぁ」
「何を言っている澄香。子供がお金の心配なんてするものじゃない。パパに全部任せておきなさい」
「……あらヤダあなた、悪いわねぇ。私フィレ肉のレアでお願いしますわ」
ちょっ、ママは待って。それ一番高いや――。……旦那様に任せなさい。せっかくのディナーだ、好きなものを好きなだけ頼むといいさ。と妻にニッコリと凄まれ委縮し答える旦那さん。
惚れた方が負けとはいったい何だったのだろうか。元々は妻の方から告白してきたというのに、年月が経過する事にいつの間にやら立場が逆転。今はすっかり尻に敷かれているという現状である。
パパ素敵ぃ。と的確な援護射撃を行う娘の言葉が決め手となり、パパはドヤ顔で全て任せろと言わんばかりにサムズアップをする。
こっそり予約していた一眼レフは、今回はキャンセルするしかない、か。と声にならない声を口内でもごつく旦那さん。そんな旦那を見てフフッと微笑む小悪魔系女子である妻と娘の笑顔からも、本当に仲の良い家族なのだというのが伺える。
たくさん、たくさん話をした。最近の学校での出来事や、ちょっとした行き違いで喧嘩してしまった学友のこと。何かと話しかけてくる男子の話題が出た時には父は少しムスりとし、母はそれを見て私が付いていますよと娘の前だというのに仲睦ましい姿もちらほらと見えた。
「はいはい、ご馳走様」と澄香が食事とともに談笑に区切りをつけ、とっぷりと夜が更ける繁華街へ帰路につく。そんな何でもない当たり前の、だがしかし大切な時間を一家は過ごしていたのである。
変化は突如訪れた。先程までガヤガヤと騒がしかった町並みが、嘘のようにシンと静まり返っていたのである。
明滅する信号機に聞きなれた横断歩道の音、そよそよと靡く夜の風。そう。聞こえるのは人の営みから切り離された人工物、または自然が織りなす音色だけとなっていたのだ。
まるで三人だけの世界。他には人っ子一人見当たらず、不気味さと不安で心を締め付けられる、実に不可思議な超常現象。
「なに、なんなのぉ? 何で誰もいなくなっちゃったの? ねぇパパ。……ママ?」
不安そうに辺りを見渡していた澄香が、父の背広の裾をチョンチョンと引いている。返事がないことにますます不安になったのか母の方にも声をかけるが、こちらも反応がない。
「おや。この世界の中に存在するだけでなく、まさか動けるものがいるとは、ね。……ふむ。実に興味深い」
突如、成人男性の声があたりに響く。顔の上半分を覆う烏をモチーフにした仮面をしているため正確には分からないが、声色的には二十代半ば程だろう。
キョロキョロと落ち着きのない少女の周囲を興味深そうに、ああでもないこうでもないとブツブツつぶやきながら伺っている。
そのあまりの異様さにビクリと反応し、機能停止してしまった澄香。結局仮面の男性が納得するまでピクリとも動けないままだった。
「さて、君には二つ選択肢がある。一つはこのままこの世界から抜け、“死”を迎え入れること。一つは“死”に抗い、此処とは別の世界に新たな生命として誕生するか、だ。いずれにせよ“死”であることは相違は無いのだがね」
「……え? 死?」
ふむ。と一言納得した男は何の気なしにそう語る。突如不穏な言葉を投げかけられた澄香は何を言われたのか分からないのか、キョトンとしている。
それを聞いた男性は「しまった、説明不足だったね。いつも私はこれでシュウ君に怒られるんだよ」と、罰の悪そうな顔をして謝罪する。
“死”という重みのある言葉を口にしたとは思えないほど自然な雰囲気を醸し出す男性。その姿が余計に奇妙な印象を与える。
「落ち着いて聞きなさい。今、この瞬間に君は死んだのだよ。正確には、死を迎える直前にいる。そこに留まる両親もその例外ではない」
「えっ? ……えぇっ!?」
「私はね、人の死期が解かるんだ。……正確には人の死の瞬間に立ち会うことが出来る。そしてこの場所はその瞬間をピックアップした世界という訳さ」
走馬灯を際限なく見れる世界といえば分かりやすいかな? と悪戯に成功した小学生ような笑顔を口元に浮かべる仮面の男性。
男性によると基本的にはあくまでも映像として立ち会うことが出来るだけで、実態で現出するのは稀有な実例らしい。ましてやその世界の中で動くものなど、今まで一度として無いそうなのだ。
もしや、この現象にも魔素が関係しているのか? しかし元素が精神に作用するなど、あり得るのだろうか? そんな疑問を口にして仮面の男性は、ああでもないこうでもないと再び呟き始めた。
言われた方は困ってしまう。常識的に考えてそんなこと不可能だろうし、何より実感が沸かないからだ。
ふむ。どうしたものか。映像を以って見せれば話が早いのだが、幼気な少女にあのような現場を見せるのは少々刺激的すぎるな。と、ことも無く呟く男性。
嘘を言っているように見えないその姿に悪寒を感じたのか、澄香は自身の胸の前で腕を交差し身体を支えるようにして震えている。
「――きゃぁっ!? …………あ、あぁぁ」
直後、まるでカメラのストロボのような激しい光が彼女の脳裏を襲い、眩い光量に思わず目を瞑ってしまう。
瞼の裏には複数枚の写真が大小左右ばらばらに散りばめられてる。そこには高所から落ちた水滴のように広がる赤い液体と、中心付近には何やら赤黒い固形物が散乱している絵が映っていた。気になる点を挙げるなら、焦点が皆固形物になっているところだろうか。
ひとつひとつがその場にいるかの如く臨場感に溢れていてとても他人事には思えない。何よりその中の一枚に自身とよく似た背丈の女子が映っていたのである。
腹部に刻まれたタイヤ痕が痛ましい。大きさから想定するにおそらくは大型トラックのものだろう。居眠りか操作ミスかは分からないが、この惨状を引き起こしたのは間違いなくこの車の運転手である。
激しくなる動悸と眩暈。声を発するつもりがなくとも漏れ出てしまう。冷汗が止まらない。このまま干からびてしまうのだろうか、そう感じるほどに。
ふと気になって自身の両手を眺める澄香。……そこに映るのは写真と同様の、いやそれ以上に鮮明な深紅だった。
「い、いやああああああああっ!!」
パニック症状を起こしたのだろう。絶叫するとその場でペタンと女の子座りしてしまう。小刻みに震えながら腹部の跡を隠すように両腕で抑え俯き、小声でうわ言をつぶやくその姿は中々に鮮烈だ。故知らぬ他者が見たならば良からぬ想像を生んでしまう可能性すらある。
瞼の端に映る両親と思われる肉塊には、本能が焦点を合わせないようにしたのかピントが合っていない。見えるのは赤く染まった自身の両手だけである。
ついにはそのまま硬直してしまった。感情が飽和し、思考停止したのだろう。両親含め、自身のあまりに無残な姿をみてしまったのだ。それもしょうがないことだろう。
「落ち着きなさい。私に身体を預け、ゆっくりと深呼吸するといい」
いつの間にか澄香の背後に回った仮面の男性が、その大きな両腕で彼女を包むようにして覆い囁く。
抱き着かれたことに驚いたのか澄香はビクッと身体を震わせ、さらに耳元にかかった吐息に身震いをしている。
しばしの間、その状態が継続する。鋼鉄の様にカチカチに膠着した彼女に徐々に熱が伝わったのだろう。少しずつ弛緩し、気づけばいつの間にかその小さな体躯の全てを以って男性に寄りかかっているではないか。
「ふふっ。……いや、済まない。君は、余程豊かな感性を持っているようだね。本来ならば、自身の状態など自覚することすら出来ないはずなのだよ」
少女の全体重を支えながら、その無防備な姿に思わず笑みを浮かべる男性。そんな状況ではないことは本人にも自覚があったのか、すぐに謝罪しその理由を告げている。
なにせ、普通は動けないわけだからね。とまたも場に似つかわしくない微笑を浮かべたのが逆に作用したのか、虚ろになっていた澄香の双眸に微かだが明かりが灯る。
「ど、どうすれば……」
「む?」
「わ、私はどうすれば、良いのですか?」
自身を包む両の腕に小さな手を添えて、ボソリと呟く澄香。男性が聞き返すとどもりながらも下から覗くようにして、彼の瞳があるであろう場所を見つめながら質問をしている。
本当にどうしてよいのか分からないのだろう。親と逸れた迷子の様におどおどし、声もか細く消え入りそうになっている。
不安そうに上目遣いで覗きこむ澄香。その姿を見て、ふむ、これは中々に破壊力がある。と意味深なセリフで頷く男性。何やら納得すると、彼女をくるりと反転して正面に立ち話し始めた。
「先刻の通り、決めるのは君だ。と言いたいところなのだが、気が変わった」
「…………?」
「私は神ではないので全てという訳にはいかないが、ひとつ、干渉できる世界がある。君が生きること望むなら、君と君の家族をその世界で新たな生命体として生誕させてみせよう」
男性曰く、家族がその異世界で望む姿形で再開できるかは、それこそ“神のみぞ知る”案件らしい。
転生範囲をある程度絞ることは出来るようだが、どのような生活環境になるか、また生まれる年代や場所も少々ズレが生じるとのことだ。
今の記憶に関しては、年齢などの一定の条件が整えば徐々に思い出すことが出来るようだ。しかし個体差があり、特に両親二人は部分的になってしまうだろうと予測している。
ここからは不確定だが、人の縁とはそう簡単に切れるものではないとのことだ。運命に委ねられ、きっと出会うことが出来るだろうと激励も忘れていない。諦めなければいつか叶う。精神論以外の何物でもないが、男性は迷わず言い切っている。
もし受け入れられない場合は、このまま死を待つ以外の選択肢は用意出来ないとも念押ししている。生きたいのならば、実質一択しか残されていないのだ。
「ここからは私事なのだが、君に会わせたい――いや、正確には君を会わせたい人がいてだな? 出来うる限りの支援はするから私の為にも、転生してはくれまいか?」
「へ……?」
「ふむ。端的に言って、君はとても魅力的だ。ここで失うには惜しいのだよ」
年上の男性による明らかな賛辞。こんな状況だというのに思わず赤面してしまうのはしょうがないことだろう。台詞だけ見れば、プロポーズ以外の何物でもないのだ。
傍から見たら幼女思考を疑う案件なのだが、幸いにも? この世界には彼と彼女、置物の様に固まる両親しか存在しない。
何より澄香は初めて異性に純粋な好意をまっすぐに向けられたのだ。乙女である彼女にとってこれほどの衝撃はない。下手をすれば、現状すら霞んでしまう程に。
いつの間にか包まれていた両手から、男性の体温が伝わっていく。澄香の心臓は明らかな圧力異常を起こし、脈を打つ速度が数倍となっている。そのスピードに耐え切れず目が回してしまったのか彼女の瞳は螺旋を描き、その体躯はフラフラと定まっていない。
危ないと感じたのかそんな彼女を一回りも二回りも大きい体躯が包み込む。その感触に一層激しくなる彼女の脈動は限界を迎えたのだろう。ドクンと大きく震えると、全身から力の一切が抜け軟体動物のようにグニャリとなってしまっている。
「……はい。……どうかよろしく、お願いしますぅ」
気が付けば口から出てしまっていた。そんな表現が一番しっくりとくるであろう言葉。その瞬間、彼女とその家族の運命が定まったのだ。
それは重畳。と笑みを浮かべた男性は、気の変わらぬうちにと何やら怪しげな呪文のような言葉を紡ぎ始めた。
男性をボーっと見つめる澄香。熱に浮かされた彼女にはその異様な光景すら補正がかかり、さぞキラキラと輝いているのだろう。
こうして一つの家族がアヴィスフィアに訪れた。彼女らは今何処にいて、何をしているのだろうか。その旅路が幸多からんことを切に願うものである。
一体なんだってこんな状況になってしまったんだ。全てが落ち着いた後、思わず俺が呟いてしまったセリフである。
「アイちゃん? いつまで旦那様を待たせるつもりなのぉ? 早くしないとクジャクさんが作ってくれた料理が冷めちゃうよー」
「そうですわアイちゃん様。イサギ様は貴女が来ないと一切食事に手を付けないのですよ? 私も手伝いますので、一緒に参りましょう」
あ、ずるいよシャルル! 私だってぇ、アイちゃんのお手伝いするんだからっ! とアリスが叫ぶと、ふふ。では二人でアイちゃん様を剥きましょうか。それが一番早く、確実ですわ。と中々に恐ろしいことを呟くシャルル。このままだと部屋に乗り込まれ、真っ裸にされてしまうのも時間の問題だ。
ぎゃあぎゃあと二人が騒いでいるこの場所は、つい先日まで俺とラヴィニス、ルーアしか住んでいなかった夜烏の烏丸にある戸館の廊下である。
そう。学園が春休みとなった現在。俺はアリスとシャルル、他二名と同居することになったのである。
ちなみに元凶はやはり彼女、イサギさんだった。最終的に俺自身に起因するかもしれないが、この際それは棚の上に放り投げておこう。
「アリス様。はしたないのでお止め下さい。奥方様に愛想をつかれてしまいますよ?」
「シャルロット様もです。奥方様はああ見えて根は純情なのですよ? 引かれて話して貰えなくなっても知りませんからね?」
二人のメイドが窘める。まるで最初からこの職が天職かのように思えるが、実のところこの二人、ステラとエステルである。
イサギの教育の賜物なのか、最近遠慮が無くなったアリスとシャルルの良いストッパー役となっている。ちなみにステラはアリスの、エステルはシャルロットの専属のメイドとなったらしい。
何やらイサギさんに「アイに二人が悪戯をしないように見張っておいてくれないか?」と勅命を受けているらしい。仕事内容は主に彼女らの周辺管理と護衛なのだそうだ。元々アリスに護衛として控えていたらしく学園内では目立つ成績は修めていないが、秘めたるその実力は随一なのだそうだ。
本当にあの時戦うことにならなくて良かったと、俺が内心ホッとしたのは言うまでもない。
さて。遅くなってしまったが、なぜこんなことになっているのかというのをかいつまんで説明しようではないか。
まずはアリス、そしてシャルルの件だ。
アリスがドルマスの養女だというのは既に承知のことだと思う。ステラやエステルも同様だ。
俺自身伺い知れぬことだったのだが、どうやらアインズ皇国は戦争に敗退したらしい。この地に住む誰もが予想したその結果を皆口々に喜び、祝っていた。……自国が敗退したというのに、だ。
その点からもドルマスが政権の中枢を担っていた政が、民にとって筆舌に尽くしがたいほどの暴虐だったのだろう。
予想外だったのが、攻めていたはずのヴェニティア帝国も別勢力からの襲撃を受け、滅亡したことだ。旧体制を担っていた貴族は全て半強制的に官位を返上させられ、野に下ることになったそうだ。
生活するうえで最低限の物資や職を与えられたようだが、今まで汗水たらしたことのない彼らにとって、相当な苦行になるのは間違いないだろう。
あまりに横暴であると反旗を翻す勢力も一部現れたのだが、何者かの手によりその逆襲の芽は出現とほぼ同時に処理されたという。
その処置は迅速かつ確実で、反逆した者の一族郎党全てに及んだそうだ。その後の噂によると鉱山や売春宿などで嬉々として働く姿が目撃されたとのことである。
実際にその貴族一派が全て失踪したことからも、噂では済まされないことなのだと周知され、ものの十数日で反抗しようものなど誰もいなくなったらしい。
実に恐ろしくはその手腕である。襲撃に成功しただけでなく、帝国内部の反乱分子を全て一斉に処理してみせたのだ。
結果として彼らがアインズ皇国とヴェニティア帝国を手中に収めることとになり、新しい国家である“アヴィスフィア連合”を樹立、宣言したのだ。
詳細は省くが、ヴェニティア帝国があった土地は“首都リオーネ”に、アインズ皇国は“隷属国家アインズ”と新たに命名されたのである。
ヴェニティアは帝国は文字通り滅び、アインズ皇国に至ってはその名の通り従属国家として名を残すことになったようだ。
連合の盟主の名は“クロウ”。腐敗した官位の一掃や、その財産の一部を民へと還元した剛毅さから“聖人”と奉られた。今では感謝や畏怖を込め“聖人クロウ”と呼ばれ、親しまれる存在となっているらしい。
俺に関係してくるのがその結果である。ドルマスが官位を失ったことで、その養子となっていた女子ら――つまりはアリスやステラ、エステルが路頭に迷う事態となったのだ。
本来であれば、受け入れ先は各所に点在する修道院や孤児院などになる。しかし彼と同じく官位を持つものに保護されていた少年少女が一斉にその場に押し寄せることになったため、どこもかしこもまるで現代日本の幼稚園や保育園の待機児童のように、その院の少年少女達が奉公に出るのを待つことになってしまったのだ。
その間の一時的な生活場所は新たな盟主、クロウによって選定されてはいた。だが果たして諸悪の根源たるドルマスを養父とはいえ持つ彼女らが、そうだと気が付いた他者に受け入れて貰うことが出来るのだろうか。
おそらくは不可能だろう。いじめの対象となるのは、ほぼ間違いない。暴力や暴言はおろか、誘拐されたり、最悪殺されてしまう事態に発展しかねないのだ。
ステラやエステルがアリスを半強制的に婚姻させようとしたのはこういう事情があったかららしい。シャルルもその可能性に一早く気が付き思案していたのだが、自身も祖国を追われた身らしく、どうするべきなのかと手をこまねいていたそうだ。
そこで現れたのがイサギである。その場でいきなり「ならば、私と婚約しないか?」とアリスを口説き始めたのだ。
何をいきなり来て意味の分からないことを言っているのだと抗議する俺に一言。
「ふむ? 何も問題はあるまい。シュウ君……いや、アイもどうやら彼女が気に入っているようだし、私自身は妻にする人数に制限などないからね」
などとほざきよったのだ。
なるほど、それはいい考えです。とまるで天啓を受けたかのように口を揃えるステラとエステル。
ふむ。君たちは話が分かるな。……どうだ? 新しく妻となる二人の世話を頼めないだろうか? などと呆然とする俺を置き去りにして話を進めていくではないか。
「まぁ! それは素晴らしきお考えですわ旦那様! 是非ともお雇い下さいませっ!」
「本当に流石です旦那様。アリス様共々、末永くよろしくお願いしますわ」
「うぉいっ! ちょっと待ってよイサギさん! お二人も大事なことだからちゃんと考えてから――」
即決即断。何と思い切りの良いことだろう。それで、二人とは……どういう意味でございましょう? と既に従者としての位置を確立しているのはまさに圧巻の一言である。ちなみに俺の講義は一切合切聞こえていないようだ。
お付が完全なる暴走モードに突入しているというのに、アリスは一切微動だにしない。イサギを一目見たその瞬間からなので、あまりの胡散臭さに放心してしまったのだろう。俺も逆の立場だったらそうなっていたに違いない。はきはきと対応できる彼女らが異常なのだ。
「ふたり……ふたり…………二人?」
呆けているといえばシャルルもその一人だ。何やらうわ言のように一つの言葉を繰り返している。
おそらくはイサギを除くこの中で一番賢い彼女のことだ。その言葉が意味するところを吟味しているのだろう。
「む? そんなのは君に決まっている。……大丈夫、安心なさい。私からは、一切の手出しをしないことを約束しようではないか」
「――っ! ……分かりましたわ。その婚約、受けることに致しますわ」
俺にとって予想外な事態だったのだが、なんとシャルルがイサギの提案を受け入れたのだ。慎重な彼女のことなので、何かしらの考えありきの行動なのだろうが、何とも大胆な選択をするではないか。
この時点で俺は既に空気を化している。当人同士が良いならば口出しするのも野暮な気もするし、ここで口を出さないとさらに大変な事態になるかも知れない。その葛藤が、思考の停止を誘発するのである。
「さて。あとは君だけだ、澄香君。私としては表立って干渉する気はなかったのだが、こうなっては仕方があるまい」
「――――っ! やはり、貴方様はあの時の――」
どうやら二人は面識があったようだ。確かに俺はイサギさんの全てを知るわけではないが、ちょっともやっとしたのが地味に悔しい。
それよりアリスが気になるところだ。まるで初恋の人に出会ったかのように声が上ずり、気が動転しているのが目に見えて分かるのだ。
視界の上半分の天幕が閉じた。おそらくこのとき俺は、絵に描いたようなジト目をしていただろう。そんな資格など無いのかも知れないが、心境的にはこの姿が真実である。
どれくらいの時間がたったのだろう。アリスはじっと考え込んでいる。イサギはその長考を遮ることなく、俺の傍まで近寄り今世紀で一番腹が立つドヤ顔を見せてきた。
なので、力の限りを尽くし……思いっ切り顔面を殴打した。
おお、学業の成果は上々みたいだね。と顔を捕らえたはずの俺の拳を右の掌で受け止め、満足そうな顔を浮かべる彼女を見て、俺は来世でも早々に出ないであろう長い、それは長ーい溜息を吐いたのは言うまでもない。
余談だが、このときの怒りの鉄拳が魔法を唱えるために必須であった魔力生成のキッカケだったと記しておこう。
「分かりました。私もその婚約をお受けいたします。シャルルとステラ、エステル共々、末永く可愛がって下さいませ」
第二夫人は私だからねぇ? と振り返るアリス。ずるいですわアリスさん! でも、この際私は第三夫人で構いませんわ。と続けるシャルル。
ふう。これで一先ず、安心できるわ。とボソリと呟くステラを、シッ! 静かに。同居に持ち込むまでは慎重に、よ。と返すエステル。
あの、俺も居ますからね? 忘れないでほしいんだが……。と、こっそり泣いたのは言うまでもないだろう。
そのままトントン拍子に話が纏まり、現在この烏丸の戸館に新しき同居人として彼女らが訪れたのだ。アリスとシャルルは共に個別の部屋を持ち、ステラとエステルは同室で過ごすようだ。
部屋の等級的にも格差を設け、奥方――つまりアリスとシャルルはそれぞれ広く豪奢な部屋を、従者であるステラとエステルは質素な、しかし手狭さのない部屋を割り振られている。
例外なのは俺で、この中では一番狭い間取りとなっている。当然その理由は広いと落ち着かないからだ。空気よろしく存在感が無いわけでは、断じて無いのである。
全く持って想像だにしなかった事態だが、以前のままならもうこの時点で皆とは会えなくなっていたのだと思えば重畳なのではなかろうか。
友達から奥方仲間になってしまったのは不測の事態だが、当人通しが良ければそれでも良いか。そもそも俺がどうにかできる問題でも無いし。と思考を完全に放棄し、迫りくる新学期に向け今日も魔法を練習するだけである。