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アヴィスフィア リメイク前  作者: 無色。
一章 皇女の軌跡
29/55

事件の裏にはやっぱり旦那!

事件の裏にはやっぱりこの人。そんな感じの立ち位置を目指しています。

 奇しくも再び戦禍の中心となったのは()()()()()


 そこには地獄が現世していた。阿鼻叫喚とは言ったもので、戦場は死と恐怖で溢れかえっている。眼下で繰り広げられるのは、余りにも一方的な蹂躙である。


 また一人、槍を携えた兵士が倒れた。戦友が討たれ、その仇討とばかりに突貫した兵だ。慟哭を上げ、鬼の形相で怨敵の方に身構えた瞬間に蜂の巣になったのだ。


 悔しそうな表情を浮かべ崩れ去る兵士。名のある将だったのだろう。その彼が何も出来ずに一方的に討たれたことで味方に動揺が広がり、皆がなりふり構わず我先にと逃走し始めた。


 しかし、それも許されることは無い。今まさに振り向き走り出した兵の背に無数の弾丸が突き刺さった。皮で出来た鎧は為す術もなく、帷子の様に編み込まれた鉄の鎖も諸共に貫通している。


 対する武器が剣や槍ならば問題なく機能するその防御力も、アサルトライフルの前では紙切れ同然なのだろう。寧ろ紙切れの方が軽い分、有利に働く可能性すらある。


「やめろ! やめてくれ! 何故ッ! どうして俺達ま――あぎゃああああっ!」

「うわああああっ! 目を! 目を開けてくれマリア! マリアぁぁぁぁっ!」


 蹂躙の魔の手は止まらない。感情で動き命令違反をした一人の騎士の顎が吹き飛んだ。怒りに燃えた闘争心も、圧倒的な火力の前に屈したのだろう。


 既に肉塊となった捕虜の女性を抱え嘆いていたのだが、自軍から向けられる圧倒的な殺意に触れ慌てて逃げだしたところを撃ち抜かれたのである。


 別の場所では未だ失血により瀕死状態の捕虜の元を離れず蹲るものもいる。自身の周囲を弾丸が飛び交っているというのに、彼女に向けて声を掛け続けている。


 捕虜の名はマリアージュ。先日酷い暴力を受け、心身ともにズタボロにされてしまった哀れな娘である。輝かしい勝ち戦となるはずの初陣にて敵の奇襲を受け、敢え無く捕縛されてしまっていたのだ。


 括り付けられていた十字架からは、駆けつけた男性の手により解き放たれている。


 青年の名はクルス。マリアとは婚約関係にあり、今年十八歳となる。本来であれば既に夫婦関係となっていても不思議ではない年齢ではあるのだが、彼女たっての願いで遅らせて貰っていたのだ。


 理由は一つ。騎士として帝国に仕える為である。


 従軍している期間は例え両親であれ、結婚を強要することが出来ない。”政略結婚”という選択肢が除外されるのである。


 勿論、当人同士の了承で結婚をすることは可能である。しかし特に女性の場合、身籠ってしまうと任務に支障を来してしまう。本国に残り後方支援に徹するならともかく、最前線には出れなくなってしまうのだ。


 故に待って貰っていたのだ。衛生兵ではなく、騎士として国に仕えることが出来るようになるまで。それが彼女の夢だったのである。


 そして、クルスはそんなマリアが大好きだった。自分と違い勇敢で、凛々しくはきはきとした快活な性格である彼女に憧れ焦がれていたのだ。


 将来は彼女と二人で騎士となり国を守り、ゆくゆくは家族となりその家庭を護る。何度も何度も語り合う内に、彼も次第に同じ夢を描くようになっていた。


 そんな矢先の悲劇である。戦前皆が口々に言っていた。今回の戦は一方的な蹂躙劇となり、負けるどころか傷を負うことも無いだろう、と。


 実際に彼自身もそう思っていた。ちっぽけな弱小国が帝国の精鋭になど敵う通りもないはずだったのだ。


 しかし、現実は非情だった。


 彼の眼下には面影が残らないほどに暴行された愛しい女性と、彼女が流す生暖かい血液が広がっている。


 そしてその深紅の中の一画に、ツンと鼻を刺す刺激臭を放つ液体も紛れていた。


 クルスが吐き出した吐瀉物である。怒りのままに並み居る敵兵を屠り、ようやっと彼女の元に訪れた彼が、その余りの惨状に思わず催してしまったのである。


 だが、彼を責めることは出来ないだろう。突然の悲劇が訪れたヒトに配慮を求めるのは余りに無情というものだ。


 彼らの様子を烏が伺う。死臭に誘われ死肉を喰らいに来たのだろう。戦場が静まるその時を虎視眈々と狙っているのかもしれない。そうとも知らず……いや、そんなことなどどうでもよいとばかりに青年は、押し寄せる戦禍の波にただ身を任せるのだった。



 数刻前。クルスの目にはマリアと思しき女性が映っていた。目端の整った顔は片目が潰れ、もう一方も充血している。鼻はひしゃげ、頬骨は骨折しているのかパンパンに腫れ、青くなってしまっていた。


 笑ったときに輝いた彼女の整った白い歯も、見るも無残に欠け抜け落ちてしまっていたのである。


 身体の方も言わずもがな、暴行を受けた当日のままの様相だ。用を足すことすら許されなかったのだろう。自身の排出物の一部もこびり付いたままとなっている。


 何より残酷なのは、彼女が意識を取り戻してしまっていたことだろう。魔の悪いことに、彼が自身の名を呼び猛進してくるその僅かな時間で覚醒したのだ。愛しい人が自分を呼んでいる。皮肉なことにそれが引き金になった可能性すらありえる。


 マリアはその声を聞き、さぞ心が躍ったことだろう。そして、同時に襲う全身の痛みと不快感にそれ以上の絶望を感じたはずだ。


 目も碌に見えず、手足も動かせない。何より自身の胎内に蠢く無数の気配と異物感。愛しい男性には絶対に知られたくも、見られたくもないはずなのである。


 そして、目と目が合った。時間にして一瞬なのだが、永遠にも感じる時間だ。


 対面した表情には恐怖が張り付き、その身体もビシリと強張っている。見つめた先の視線が逸れる。……堪らず、嘔吐したのだ。愛しい男性が自身の姿を見て、だ。


「い”や”あ”ぁぁぁぁっ!! み、見ないでっ! 近づかないでぇぇぇぇっ!!!!」


 張り付けられた十字架の上で、残された力を振り絞り暴れるマリア。しかし、縄が食い込むばかりで微動だにしない。


 兵士Aを含む数人により神輿のように台座に固定されて担がれていたのだが、彼らのうち数名が銃撃の初弾で即死したため放り出され、そのまま放置されていたのである。ちなみに兵士Aは何を逃れ、既に逃走に成功している。


 クルスはマリアを見上げるような形で伏している。思わず吐いてしまったが、その声は間違いなく聞き覚えがあるものだった。


 彼は愕然とする。信じたくはない。だがしかし目の前にいる見るも無残な裸体の女性こそ、間違いなく先日捕虜となった愛する婚約者だったのである。


 思考が纏まらない。喜怒哀楽を司る表情筋がまるで機能しない。今自分がどんな表情をしているのか分からない。


「ごめんなさい! ごめんなさいっ! ごめんなさいっっ!! わ、わたし、私……、よご、汚され……うわああああああああっっっ!!!!」

「――ッ! お、落ち着けマリア! 待ってろ、今解放してやるから!」


 記憶がフラッシュバックしたのだろう。完全にパニック状態に陥ってしまうマリア。謝罪と悲鳴を繰り返し、縄が食い込み血が滲んでいるというのに未だ苦しそうに暴れている。


 それを聞き、ハッとするクルス。未だ混乱は覚めないが、まずは目の前で苦しむ彼女を開放してあげなければならないと気が付いたのだ。


 自身の右手に携えた鉄の剣で、彼女を括り付けている縄の切断を試みる。……しかし、一向に切れない。強引に敵をなぎ倒していたため、刃毀れと血糊により著しく切れ味が落ちてしまっているからである。


「くそっ! 切れない! くそ、くそっ!! 何でっ!? な、何でマリアが、こんな、酷い目に……っ!」


 目の前の縄と格闘しながら、不条理な現実に葛藤するクルス。手は小刻みに震え、瞳からは大粒の涙が溢れている。彼もまた同様に「済まない……済まない……」と何度も何度も謝っている。恐らく当夜を振り返っているのだろう。


 もしあの時報告に戻らなければ、もしあの時命令を無視して現地に戻っていれば。そんな後悔が、彼の心をかき乱しているのだ。


 実際にその場にいたら彼は今生きてはいない。冷静に考えれば分かることなのだが、それどころではないのである。


「――く、クルス……。私の、短剣を、使って?」

「マリア……。うん、分かったよ」


 クルスの心からの後悔と謝罪を聞き、マリアは我を取り戻したのだろう。彼のせいではない。悪いのは乱暴した敵兵と、父の進言を聞かなかった自分自身だ。これはその罰なのだ。そう無理矢理納得しようと試みる。


 彼女はこれ以上彼を悲しませたくなかった。いつもの情けなくも優しい表情を、苦痛や悔恨で埋め尽くしたくなかったのである。


 彼は優しい。喧嘩も一度もしたことがない。情けないと人に馬鹿にされることもあった。しかし本当は違う。自分が傷つく以上に、人を傷つけてしまうのが怖いだけだったのだ。何度も手合わせに付き合わせたから分かる。クルスは強者である、と。


 他人に小馬鹿にされる彼。それに苛立ち抗議しようと詰め寄ろうとした自分を止め、振り向いたところで「大丈夫だから」とへにゃりと笑う。そんな彼に呆れ、しかしまたその強さと優しさに惚れていたのだ。


 実際に今もクルスは血に塗れてはいるが、本人は無傷である。


 マリアの短剣は、それは切れ味が良かった。元々父のものだったのだが、衛生兵となったその日に貰い受けたのだ。()()()()()に備えて持っていろ、と。


 彼女は開放された。手足には生々しい跡が残り全身に鈍い痛みを感じながらも、確かに。


「マリア。短剣、ありがとう。……マリア?」

「あ……、……あ、ああああ…………っ」


 狼狽える彼女を不審がるクルス。当のマリアは差し出された短剣を受け取ったものの、その刃を見つめ固まってしまっていた。


 彼が何気なく手渡したのは、抜き身の刃だった。余程大事に扱ってたのだろう。良く磨かれているためか、彼女を見つめる自身の顔が反射している。


「あ、ああ。済まない、鞘にしまってなかったな。……ごめん、まだ冷静じゃなかったみたいだ」


 罰が悪そうに目を逸らすクルス。地面に置いたままとなっていた鞘を手に取り、再び彼女に振り返り渡そうと試みる。


 しかし、それが叶うことは無かった。


 向けた視線の先で、既にその刃が彼女の左胸の辺りに納まっていたからである。


「…………え?」


 何が起こったのか分からず、呆然とするクルス。


「――グル”ズ、ごめ”ん、な”、ざい……」


 そんな彼をハイライトの消えた目で見つめ、謝罪するマリア。やがて瞳を閉じ、そのまま地面に倒れ込んでしまう。


 自身の惨状を見てしまったのだ。……女性として、いや。人間として余りにも残酷な現状を。


 悟ったのだろう。二度と元には戻らないことを。そして、それを見てクルスが嘔吐したのだという事実を。……もしもの時とは今なのだ、と。


「マ、ママ、マリアああああああああっ! う、うわああああああああっっ!!」


 漸く現状を理解したクルス。彼女が地に着く前に自身の身体で支え、抱き上げた。だが、あまりにも遅い。


 マリアの体温はどんどん低下し、代わりとばかりに生暖かい深紅の液体が染み渡っていく。


 彼らの身に降り注いだ悲劇。時間にしてたった数刻の話である。彼の慟哭もまた、かの地に飲み込まれていくのだった……。



 絶望に染まる戦場は、それでもまだ血が足らないらしい。各地では未だに無数の屍が積み重なっていく。


 この一角では、フルマンが率いるアサルト部隊が一方的に蹂躙を繰り広げている。


「こちらアルファワン。敵兵、逃走を開始。追撃する、オーバー」

「こちらアルファトゥー。了解。同行する、アウト」

「こちらアルファスリー。了解。援護する、アウト」


 また十数名が血だまりに沈んだ。そこに倒れるのは敵兵だけではない。反逆した帝国兵や捕虜も含まれている。


 過剰戦力。まさにその言葉通り、兵士や騎士、弓兵や魔法師関係なしに全て一瞬のうちに命を刈り取られていく。一方的、余りにも一方的な戦いとなっている。


 アサルト部隊が通り抜けた後は、歩兵部隊が後始末する形で生き残りに止めを刺していく。体中に風穴を開け、然し未だに果てるなく生きているものを仕留めるのだ。


 皇国の生き残りに戦意などとうにない。迫る白刃に抵抗する余力もないのか、次々にその命を散らせていく。


「これは酷いわ、まさにデスロード。奴らが通った後は血肉しか残らない。地獄がこの世に顔を出したみたいだ、ぜ!」

「ああ、本当にゾッっとするな。敵じゃなくて良かった。全く勝てる気がしな、い! ってな」


 呻く敵兵を携えた長剣で屠りながら会話する帝国兵。既に慣れてしまったのだろう。蹲り呻くもの達を作業的に処理している。


 生き残りの中には僅かだが、裏切者とされた同郷の兵と捕虜にされていた女性もいる。


 しかし彼らはそれらに対し、見て見ぬふりをするようだ。直接命令を受けていない上、皆放っておけば息絶えるほど重症を負っているからだ。


 何より、同郷の者を殺したくはないのだろう。助けることは出来ないが、命の灯が消えるその瞬間までの時間は自由にさせてあげたいのだ。……それが、この地獄において歩兵隊達の暗黙の了解となっていた。


「鬼軍曹、キレてたな。こう言っちゃなんだが、彼も人の親だったって訳だ」

「ああ、あれは相当にキテた。本人は隠しているつもりだろうが、完全に頭に血が上ってるね」

「今もそうだが、完全に深追いが過ぎている。普段のあの人なら絶対にあり得ない。たとえ圧倒的に戦況が有利だとしても、だ」


 もしかしたら、彼らがこのような会話を繰り広げるのは正気を保つためなのかも知れない。懲罰を恐れ、普段は絶対に口にしないであろうフルマンの噂話に花が咲いている。その事からも彼らの心境が伺えるのではないだろうか。


 そして彼らの言う通り、アサルト部隊と共にフルマンは戦線を上げ続けている。


 戦禍の中心点であった日本の跡地から皇国側に向け、破竹の勢いで前進しているのだ。この速度なら、夜を待たずに彼の国へと辿り着くだろう。


 何せ武装した兵で持っても全く歯が立たなかったのだ。力を持たぬ一般人では碌な抵抗も出来ず瞬く間に蹂躙されてしまうだろう。


 何より物をいうのは戦力差だ。互いの隠し玉――グルーブリキャップスや近衛隊、また翔雲ら召喚者部隊など――が人知れず壊滅した以上、地力のある方が有利となる。


 その点で、帝国は圧倒的に有利な立ち位置にいるのである。部隊として孤立してしまうが、既に負けようのない戦なのだ。


 一気呵成に責め立てる。確かに勝てる時に勝つことは重要だろう。しかしそれはあくまでも敵が単独である場合の話だ。


 普段のフルマンなら気が付いたはずなのだ。弱小国相手に隠し玉が壊滅した可能性や、戦場に潜む異物(夜烏)の存在に。そしてそれが自身の首を絞めることになることを。



「ホッホッホ。大方の予想通り、このままだとヴェニティアの勝利で間違いありませんね。イサギ様が気に掛けられていた召喚者達も、リミッターを外した獣頭族相手に勝利したのですから、相応の実力があることになります。例え意思の希薄な木偶デクだとしても、ね」

「しかし旦那、奴らあの様じゃぁもう戦えませんぜ? まぁあの銃とか言うのを担いでいる奴らは他にもいまさぁ。どっちにしろあの食えねえ狸ジジイも終わりだ。こうなっちまった奴らはもう止まらないだろうよ。(キョキョキョ! ざまーないでやんす!)」


 銃弾飛び交う暮れの森で、木々の影から烏が望む。転がる死体にはまるで興味を示さず、戦場を俯瞰した視点で伺っている。


 一人はフクロウ。相も変わらずに胡散臭い神父の様である。もう一方はヨタカ。こちらも依然、山賊調の衣服を着込んでいる。


 烏と表現したのには理由がある。この二人が同様に”ペストマスク”を着用していたからである。形はツグミのものと似ているが、フクロウのはこげ茶色、ヨタカのはそれより色素の薄い茶色と色がそれぞれ違っている。


 夜烏を象徴するような統一されたペストマスク。シンボルとしての意味も当然あるのだが、一番の理由は情報の共有である。


 彼らの様な幹部には以前にも語った通り、役割がある。


五感(ファイブセンス)」。それ即ち、感覚の共有である。フクロウの聴覚やヨタカの視覚などの五感を司る感覚を、ペストマスク(媒体)を通して脳内に信号を送るのだ。


 そしてそれは戦場にて絶大な効果を誇る。


 フクロウの聴覚で敵の動向を探ることが容易になるのは言うまでもない。足音、会話、銃声など、戦場でする音の全てが把握できるのだ。


 その上にヨタカの持つ『鷹眼(ホークアイ)』が加わることにより、戦場において一番重要といっても過言では無い情報戦において無類の強さを得ることが出来るのだ。


 ホークアイ。彼の飼う鳥類の目から得た情報を、自身も知ることが出来るという希少な特性である。ホーク、つまり鷹とはあくまで象徴であり、鳥類であれば何でもござれ。まるで衛生のように頭上からの視点を得ることが出来るのだ。


 衛生と異なる点は、木々や屋根などが邪魔をし観測することが出来ないようなところでも見ることが出来る点だろう。


 つまり彼らはその情報収集能力を生かして情勢に介入し先導することで、互いの戦力を潰し合わせて浪費させていたのである。


「しかし旦那のその魔法はエグイでさぁ。死人に口無しとは言うが、あっしが死体なら文句の一つや二つ言いたくもなっちまうってもんですって。 (キョキョキョ! 仏だけに()()()()よ! でぇやんす!)」

「ホホ。ローブが厚くて幸いしました。自前の羽毛だけではこの寒さ、耐えきれないかもしれませんからねぇ。それにこれはアイヴィス殿の配下の模倣に過ぎません。文句なら、かの精霊人形におっしゃってくださいな」


 フクロウの使った魔法は『操り人形(パペット)』。その名の通り対象を操り、動きの所作を制御する魔法である。


 今回使用された対象は、無数に転がる屍のうち特に戦場に影響を及ぼす者を厳選している。彼らの骸の駆動部分付近に小石程度のガラクタを配置することにより、その動きを再現するのである。


 当然素体が屍なので会話は出来ない。そのため、存在するだけで意味を成すものを選んだのだ。


 死人を冒涜すると同義の魔法。人によっては不快感しかないであろうが、こと戦場においては有用な駒となる。優先すべきはイサギや夜烏の未来であるが故に、フクロウはこの下法を使用することに躊躇いは微塵もない。


 ヨタカもそれを知った上で軽口を叩いている。彼らにとって夜烏は故郷と同義。帰る場所を守る為ならばそれ以外を切り捨てることを厭わないという理由(わけ)なのだ。


「ホッホッホ。兎に角、これにて分断は完了ですねぇ。野蛮な嗜好を持つ者が多い事がこの好機を創りだしたという事実は気に入りませんが、この機を逃す手は無いでしょう」

「つまり、漸くってわけですかい。待ちくたびれて、モズを早贄にしちまうところでさぁ。(キョキョキョ! あのモブ顔が干されても不味そうだから、やめるでやんす!)」

「うぇっ!? ちょっと兄貴ぃ! 心臓に悪い冗談はよして下さいッスよ! それに早贄ってのはおいらの名の由来がする保存方法で、おいら自身は干さないッスから!! ……後、モブ顔で悪かったッスね」


 快活に笑うフクロウ。ヨタカもまた不敵に笑う。そして、実は一番陰で頑張っていたモズもいる。今は拗ねたようにそっぽを向いてはいるが。


 しかしこの地獄の最中でこの態度を取れる事態、彼もまた相当に肝が据わっていると言えるだろう。


 彼らはその後も談笑しながらフルマンとは()()()()()へと歩を進めていく。道中では未だに呻き苦しむ声が聞こえども、我関せずと言わんばかりの無視っぷり。


 瞳に宿る紅蓮の炎。道化の様におどけても、その色は変わることなく揺燻っている。焼かれるのは己か怨敵か、この時点で既に趨勢は決している。


 故に彼らは笑い、おどけ、怒りを隠し、その他を捨てるのだろう。冷静かつ迅速に、徹底された情報統制と狡猾さが今一つの国へと牙を剥くのだった。



「――ドルマス。こうして相まみえるのはいつの日以来であろうな」

「……ふん。フルマンか、随分と久しいな。我が愛しい義兄が皇帝になったその日から故、二十と五年になろう」

「貴様っ! 我らが軍曹に不敬であるぞ!」

「良い。……下がれ」


 二人が今語り合うのはアインズ皇国と魔女の森の境。城壁の一部が出城の様に突き出しており、バリスタや大砲などの侵略者を防ぐ様々な仕組みが施されている。皇国軍の最終防衛ラインである。


 ドルマスは拷問用の椅子に拘束され、彼の部下は皆風穴を開けて地に伏している。


 彼の身体には既に鞭で打たれたのか、紫色の蚯蚓腫れが痛々しい。先程まで何も語らずぐったりと項垂れていたのだが、懐かしい声に反応して嘘のように饒舌に話し始めた。


 その態度にフルマンの部下が反応して再び鞭を振ろうと身構えたが、手を軽く前に出すことで制して下がらせている。


「風の噂で聞くには、どうやら揉めていたそうではないか。本当の兄の様に慕っていたであろう? 一体、何があった?」

「……貴兄には関係あるまい。人は変わる。鬼と呼ばれた貴方が、人の親へとなったようにな」

「「…………」」


 牽制しあう二人。語りたくない部分に触れているためか、互いに黙り込んでしまう。


 フルマンが言うには、それは仲の良い二人だったそうだ。アルマスを兄と慕い、彼もまたドルマスを本当の弟の様に接していたのだと。


 因みにアルマスとフルマンは同年齢で、ドルマスは彼らより二年程遅くに生誕している。


 傭兵時代はよく三人で笑いあい喧嘩し、時に殺し合いまた語り合ったものであった。将来は皆同じ国で騎士となり、互いと互いの家族を守ろうと誓い合った仲でもあったのだ。


「合縁奇縁とは言ったものだ。祖父母の母国を滅ぼした国に降り、その国が良き隣人の住む国もまた滅ぼせというのだから、な」

「あの日、てっきり貴兄は死んだのだと思っていた。帝国にて鬼軍曹の名を聞く、その日まで」


 昔、それこそ一世紀程遡る。帝国周辺はまさに群雄割拠の時代であり、様々な小国が互いの覇を競いあっていた。そして紆余曲折の後残った国が帝国の祖となり治めることとなったのだ。


 一国以外の小国全てが最終的に帝国に滅ぼされた形となるので、フルマンの祖父母の様に祖国を奪われたものも数多いのである。


 アルマスが皇帝となることを決定づけた戦争。その戦いの際、フルマンは彼によって瀕死の重傷を負った。止めこそ刺さなかったものの、誰の目にも明らかな死相が見えるほど深い傷だった。


 本気で行う命の駆け引き。傭兵である彼らは時に敵通しとして出会うこともある。数ある戦場の数ある情勢の中、まるで運命の様に出会ったのだ。


 たとえ顔見知りでも、友人であっても容赦はしない。甘えは己を殺す。戦場では殺さねば、殺されるのは必定。重傷を負わせたことよりも、むしろ止めを刺さない方が失礼に当たる場合すらあり得る。


 しかし、フルマンは生かされたことを恨んではいない。真剣勝負で負けたのだ。その采配は勝者が決める。彼の内にある絶対のルールである。


 無事に帝国へと落ち延びた所で、一人の女性と出会い恋をし子を育んだ。端的に言って、恨む通りも無いのだ。


 そして彼が今回アインズを攻めたのは、当然国の命令があったから故だ。ドルマスが予想した独占先行ではなかったのである。


 ドルマスの知るフルマンは正に戦闘狂で、強い相手であれば敵も味方も関係なく勝負を挑む節すらあった。


 あの日アルマスと出会った際も、凶悪に笑い襲い掛かってきた。常に彼と行動を共にしていたドルマスもまた、その狂気を肌で感じ取っていたのだ。


 故に予想したのだ。倒れてから三年も経ってはいる今に攻めてくるとなるならば、もしかしたらこの機会に自身が止めを刺そうとしているのでないか、と。


 アルマスもまた大概な戦闘好きだった。皇帝となりその成りは潜めていたが、死ぬならば戦場を選ぶだろう。フルマンとは最終的に敵通しではあったが、まごうことなき戦友(とも)だったのだ。


 ――ズゴォォォォン! ドドドドドドドドッ!


 二人が昔話しに花を咲かせている間にも、轟音が鳴り響く。今の音はアサルト部隊が城壁を突き破り、帝国の城下町に侵入した際のものだ。一瞬の内に警備兵が掃討されている。


 この街が帝国の手に落ちるのはそう遠くないだろう。


「――ふむ。これで我が方の勝利は決まったな。もう少し戯れても良かったのだが、本題に入るとしようか」


 フルマンは雰囲気を変えてドルマスに向き直る。その瞳は真剣そのもので、一切の緩みが無い。


 ドルマスも覚悟を決めたのだろう。「ふぅ」と一呼吸付き正面に向き直した。


「ドルマス。貴殿を殺すのは惜しい。我が配下に降り、共に帝国を支えて行かないか?」

「ふ、フルマン軍曹っ!? 何をおっしゃっているのでありますか!」

「こ、此奴は”肉盾”を用いた下郎! 人間ではありません! マリア殿がどのような目に合わ――no sar!! 何でもありません!」


 娘を蹂躙した軍の長に対し、まさかの勧誘を行うフルマン。部下も狼狽し進言をするのだが、立っているのが困難なほどの殺気を受け黙ってしまう。


 その迫力はまさに鬼。彼が放つプレッシャーは凄まじく、当てられた部下はまるで蛇に睨まれたカエルの様にビシリと固まり微動だにしない。


 進言はごもっともだろう。これほどの屈辱や恥辱を与えられながら何故まだ生かし、その上でさらに自身の傘下に入れようとするのか。


 理由は既にフルマンが述べている通り、惜しいからだ。


 此度の戦争で帝国が負けることは無いが、少々というには余りに多い損害を受けている。そしてその状況を作りだしたのがドルマスだと判断したからである。


 策士。ドルマスを表すのに、一番適した言葉だ。単純な戦闘能力では三人の中で一番弱い彼が、最も得意だったのが戦略だった。


 過去に数回その戦略を持ってフルマンに勝利を収めている。その頭脳を見込んでの勧誘なのだ。


「ふ、ふふふ、ふははははっ! 改まって何を言うかと思えば、これは異なことを!」


 部下を硬直させるほどの殺気が充満しているこの空間にて、ドルマスは何が可笑しいのか大声をあげて笑い始める。


 この程度の殺気。かの魔女に比べれば赤子のような物と思っているのかも知れない。彼女の笑顔は、本当に恐ろしかったのだろう。


「――冗談ではない。貴殿の策略は見事であった。その容赦の無さ、帝国にてさらに輝くだろう」

「…………」

「貴殿も見たであろう? あの圧倒的な火力の奔流を。銃と呼ばれるかの杖を用いれば、兵士も騎士も、弓兵や魔法使いに至るまでその全てが何も出来ずに散る。そこに策略が加われば、このアヴィスフィアを統一することすら可能やも知れんのだ」


 燻る殺気を消すこともなく、フルマンはまるで演説をするようにドルマスに語り掛ける。


 言葉はまるで夢物語。しかし確かに実現できてしまいそうなほどに圧倒的でもあったのだ。今後も持つ者と持たぬものでは親と子ほどの実力差が開くだろう。絶対数が少ない今だからこそ狙い目であるとすらいえる。


 しかしドルマスは黙したままに口を開かない。


 一体何を思っているのだろう。語るフルマンをジッと見つめ、その動向を注視している。


「……フルマンよ。人の親となっても貴兄は変わらぬな。力こそ全て、今やヴェニティアの鏡と言ったところか」

「ふむ。力は裏切らぬからな。圧倒的な暴力を前にすれば、人は皆平等にひれ伏す以外選択肢はない。歯向かうならば、死あるのみ」


 言葉に少々の皮肉を込め、ドルマスは語る。瞳に宿った冷たい炎もいつの間にか消え、悟ったような穏やかな表情となっている。


 チクリと刺さるような物言いに、微塵も動じた様子の無いフルマン。彼の中では既に完結しているのだろう。娘は既に死んだのだ、と。


 フルマンは強い。故に今得られる最高の戦果を求める。今ドルマスを殺すより、帝国のために利用した方が有益だと判断したのだ。


 そして明言もしている。断るならば、死。肯定することでしか、この場を切り抜けることは出来ない。そう、つまりは最終勧告なのである。


「ここまでしても、及ばぬか。わしの無能を呪うばかり、よ」

「何をいう。貴殿が居なければ、とうに皇国は落ちていただろうよ」


 この瞬間。ドルマスは最後の切り札を切る。決して切りたくはなかった最悪の手札(joker)を。


 雰囲気の変わったドルマスを見て、フルマンは交渉の成立を予感したのだろう。彼の悔恨を聞くと、慰めるが如く肩を軽くポンと叩いた。


「――聞けっ! 見ているのだろう!?」

「――っ!? 何を――」

「私ドルマス・フォン・アインズは! 貴殿を生涯のあるじと認め! ここに、絶対の服従を宣言する!」


 虚空に向け、怒声ともとれる大声で服従宣言をするドルマス。文脈だけ読めばフルマンに対して誓っているようにも思えるが、明らかに目線が違う方向を向いている。


 突然の奇行に、流石のフルマンも動揺が隠せない。止めることもせず、その物言いを最後まで完遂させてしまった。そしてそれが彼の敗因となる。


 宣言が完了した直後。何処から現れたのか、ドルマスの周囲に無数の烏が渦を巻き始めた。


 天に届こうかというその物量の波に押され、フルマンは弾かれて後退する。尻もちを突かずに飛び退いたその反応速度は流石というべきだろう。


 渦巻く烏が露と消え、現れたのは一人の男性。胡散臭い烏の半仮面を被る、我らが烏丸の団長であるイサギその人だ。


「お初にお目にかかるが、フルマン殿。そこの御仁は我が物となった。突然の無礼で済まないが、貴殿にはご退出していただこう」


 相も変わらず不遜な物言いで、手を広げて要求する。


 警戒するフルマン。ポカンと口を広げる彼の部下達。表情の読めぬドルマスに、決まったとばかりに”ドヤッ”をするイサギ。


 またもや彼の介入で、戦場は一段と混沌と化すのであった……。

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