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アヴィスフィア リメイク前  作者: 無色。
一章 皇女の軌跡
27/55

学園にも転移者が居たんだが!

久し振りの主人公回。やっぱりアイヴィス回は書いていて楽しいですね。こちらも少し肉付けしようかと考えております。

 ――拝啓父さん、母さん。そして猫の朱梨シュリちゃん。寒さの厳しい季節ではありますが、体調のほどは如何でしょうか? 私、アイヴィスこと朱羽夜は何故か異世界に転移してしまいましたが元気です。


 こちらでの生活は、毎日が刺激に溢れています。故知らぬこの土地に来た初日には、なんとドラゴンの様な巨大な生物に遭遇しました。あの日の出来事は、人生の内でも五本指に入るのではないかと思うほどの衝撃を受けました。逃げ切れたのは、奇跡と言っても過言では無いかも知れません。


 それだけではありません。……驚かないで聞いて下さい。実は私、息子じゃなくて娘だったんです! いや、正確には息子が無くなり娘になりました! 信じられないかもしれませんが、私も同じなので諦めてください。出来得る限りの努力はする所存ではありますが、もしもの時は受け入れるための心の準備を宜しくお願いします。


「――離れてくださいっ! アイヴィス様の隣は私の場所だと何度言ったら分かるのですか!!」


 他にも旦那(笑)と嫁が出来たり、メイドさんを十数名召し仕えたりなどもしました。異世界ってすごいですね。元の世界では想像もつかないようなことが次々に起こりすぎて、正直何が正常なのか分からなくなっています。


「えー、少しくらい良いでしょー? アイちゃんだってぇ、たまには違う女の子と触れ合いたいんじゃないかな? ねぇシャルル?」

わたくしもそう思いますわ。ラヴィニスさんのも魅力的ではありますが、大きさは私の方が上ですし形にも自身があります。アイちゃん……様も、きっと満足して下さると思いますわ!」


 今現在はとある学園で成り行きで女子高生(JK)をやってます。そこで友達も出来ました。少々変わった性格をしていますが、とても良い子達です。いつか紹介出来たらと考えていますので、楽しみにしておいてくださいね。


「お、おいおい。一体何がどうなってるんだ? 俺の天使の周りに、百合の花園が広がっているぞ?」

「わ、私に聞かないでよ。今朝来たら既にもう日常系のアニメみたいな感じだったんだから」

「まじかよ……。まだ彼女が来て約二週間だぞ? 主人公かよ尊いな、ありがとう。ていうかお前アニメとか見るタイプだったのか、意外だな」

「い、今は良いじゃないそれは別に。うわっ、あんなにくっついてる! ……アイヴィスさん、顔真っ赤になっちゃってるじゃん。――はぁマイエンジェル、ありがとう」


 クラスメイトにも恵まれました。何と私と同様に異世界から転移してきた人がいたのです。話を聞く限り現代日本に近い環境なのですが、名称は”大日本亜細亜帝国”という完全に別の国のようです。


 所謂パラレルワールドと呼ばれる、別次元の日本なのかもしれません。そこでは帝国の名に相応しく、島だけでなく北と西の大陸にまで領土を拡大しているとの事です。


 文化としてアニメもあるそうです。互いの世界の差異などを含め実に興味深いので、是非とも意見の交換に努めていきたい所存ではあります。現代日本ほど表現に自由が認められないそうで、ジャンルとしては日本帝国軍を中心とした軍記物が大半を占めているそうです。


「はぁ、君たちが仲良い事は分かったから止めてあげたら? アイヴィスさん、気のせいとかではなくどこか遠い目をしているよ?」

「「な、仲良くなんてないしっ!」」


 そんな二人もこちらで友人が出来たそうです。そういった意味でも色々と話を聞かなければなりません。三人となった彼らの仲の良さは、転移者でも現地民と仲良く出来るというとても良い見本になっているからです。私も彼らの様に友情を育んでいけるよう、頑張りたいと思っています。


 長くなってしまいましたが、こちらは元気でやっております。心配されてるとは思いますが安心してください。住む世界や身体は変わろうとも、私が二人の子供だという事実は変わりません。


 時に厳しく、時に優しく、私に対して全力を持って接してくれた。そんな二人の子供なのです。少し離れてしまいましたが大丈夫、きっと何とかなります。


 お土産にこちらの世界の話を沢山持ち帰りますので、その時を楽しみにしていて下さい。父さんはお酒を飲み過ぎないように、母さんは無理せず自分の身体を第一に考えるよう心掛け、また再び会いまみえましょう。……シュリちゃんは食べすぎ注意だよ?


 愛しています。この言葉を私の大切な家族に捧げ、手紙に記します。敬具。



 先程から誰かが会話をしているのは分かっている。そして俺の両腕と後頭部にどこまでも沈み込むような柔らかさが触れているのにも気が付いている。


 意識したら負けなのだ。この魅了には抗えない。ではどうするか? 身を任せるしかあるまいよ!


 顔だけは正面を向きながらも、意識は触れている部分に誘導されてしまう。煩悩に抗うために、我が愛すべき家族への手紙などを脳内でしたためていたが、どうやら限界のようだ。


 それ程までにふわふわの暴力は凄いのだ。油断すると意識がドロップアウトしかねない。中々にヘビーな感触が、現在進行形で襲い掛かってきているのである。


「アイヴィス様! んもう! また新しい娘に手を出して! いい加減にして下さいこの浮気者ぉ!」

「え? いやそんな、手を出すだなんて人聞きの悪い――」


 ふわふわの一画が俺の右腕を加圧する。その心地よさたるは天にも昇るようだ。もし今以前の身体であったなら、下腹部の膨張を抑えることは困難だっただろう。


 咄嗟に言いわけを並べるも、正直考えなどまとまるはずもない。ツリ目で睨み、頬を膨らませるラヴィニスに凄まれているがなんというか、うん。可愛すぎる。


 言われてみれば確かにちょっとだけボディタッチした気もするけど、アレは創作物だと思っていたからギリギリセーフだよな? 半分ぐらいはルーアのせいだしな。


 ……いや? アリスのはともかく、シャルルに対してのはアウトなのでは? でもああでもしないと心にトラウマを抱えかねなかったし……うん。しょうがないねっ!


「そうだよねー。私のお尻が魅力的過ぎてぇ、ちょっと撫でたり叩いたりしたくなっただけだよねー?」

「そ、そうですわ! あんなに力強く胸を揉みしだいたのも、私を想ってのことだったのですから!」

「――ちょっ、ばっ!!」


 いやいやいや何を言い出すのかねこの娘達は! 出会って間もない女性にそんな不埒な事をするとかどんなDQNだよ!? 前後に色々あったでしょ!? そこだけ強調しちゃダメだって!


 確かにルーアに促されて軽い気持ちで欲望の赴くままに触れたけども! 異世界だ魔法だって浮かれてもいたし、その上少し心も痛めたせいで正常な判断が出来なかっただけだから!


 ……ああ、駄目だ。考えれば考えるほど言い訳にしか聞こえないな、コレ。


 左腕と後頭部で猛威を振るうふわふわ達がこれでもかと自己アピールをする。初日の一件で友人になってからというもの、隙あらば文字通り自身の身体を持って押し寄せてくる。


「――アイヴィス様ぁ?」

「ひぃっ!? あ、いやこれには海より高く、山より深い理由わけが――」


 げぇっ!? 瞳のハイライトが消えてるよラヴちゃんっ!? やばいやばいやばい! ただでさえ最近あまり一緒に居れてないから機嫌悪いのに! ちょっと病みが覚醒しちゃってるじゃんか!


 流石にこの状況は喜んでいる場合ではない。


 二人の女性と友人となったとラヴィニスに伝えた次の日、この喧騒は始まった。その日の彼女の目の据わった表情を、俺はこの先忘れるとこはないだろう。正直ちびりそうだったのは内緒である。


 そこからの一連の流れがこうである。


 まずラヴィニスが、まるで俺を暴漢から守るようにして二人の前に立ち塞がる。それを不満に思ったのか、彼女が目を離さざる負えない授業やその合間などを狙い、何かと話しかけてくるようになる。


 すると更にそれを目撃したラヴィニスが俺を抱える様に抱き包み、またそれを見たアリスとシャルルが隙を見てスキンシップをするようになり、またまたそれをラヴィニスが――。


 そのまま段々とエスカレートしていき、現在に至ると言った所だ。可愛い女性に囲まれて幸せではあるのだが、こうも毎日喧噪に巻き込まれるのも何だかなぁという心境である。


 今俺が男の身体だったのなら、その全てを受け入れることもやぶさかではないのだが、ね。


 それにここまでくると俺個人をどうこうというよりは、彼女達が元来持つ”女性としての矜持プライド”を賭けた戦いなのかもしれないな。


「つまり全くないってことじゃないですか! あ、待ちなさい! 今日という今日は徹底的に私の話を聞いていただきますよっ!」

「あ、ちょっと待ってよアイちゃーん!」

「お待ちになって下さいアイちゃん様ー!」


 ともあれ。三十六計逃げるに如かず。孫子様の教えを今こそ生かすべし! 不利な状況になったのなら、まず体勢を立て直すのは基本だな、うん。逃げよう。逃げ切れるかは別として。


 ――あばよ、ラヴィっつぁーん! 



「あらら。君達がじゃれあってて助けないから、()()アイヴィスさん行っちゃったじゃん」

「「だ、だからじゃれあってないから!」」


 まるで図ったかのように、息ぴったしである。


「何か前にもこんな光景を見た気がするな……」

「むしろ最近になって名物化してきたよね……」


 アイヴィス達が教室から飛び出した後、三人の男女が談笑をしている。


 言うまでもないが、この三人は彼らがこの学園に入学した際に出会ったクラスメイトである。といっても、初日はそれどころではなかったのだが。


 互いに実際に会話を交わしたのは、アイヴィスがアリスとシャルルの友人となってから三日後だった。


 初日の自己紹介で興味をもった三人は、その次の日に早速話し掛けようと彼女の元へ歩み寄った。……正確には、歩み寄ろうとしたのだ。


 しかし、それは結果として上手くいかなかった。


 ご察しかも知れないが、先程の様な喧騒が繰り広げられたからである。あまりの勢いに呑まれた三人は即座に固まり、結局話しかけることが出来なかったのだ。


「ごめんね? せっかく私に話しかけようとしてくれたのに、無視するような形になっちゃって……」

「「え? ……あ! 大丈夫! 気にしないで!!」」

「あ、ありがとう。あの、初めまして、アイヴィスです。自己紹介の時のはその、恥ずかしいので忘れて、ね?」


((え、天使(エンジェル)っ!?))

(――仲良いなこの二人、表情までもがそっくりだ。もしかして、婚約者同士だったりするのかな?)


 三日目の朝、彼らの元に天使が現れた。


 眉毛をへの字に曲げ、なんとも申し訳なさそうな笑みを浮かべている。何処か愁いを帯びたその姿は、見た目も可愛らしさも相俟って一種の神々しさの様な印象を彼らに与えたようだ。


 本人からすれば、初日からずっと恥を晒していることとなる。それでも自身に声を掛けようてくれた人がいたのだ。意図せずとも結果として、蔑ろにしてしまった故の謝罪なのだろう。


 まぁ稀代の美少女に下から覗きこむ様にして上目遣いでお願いをされた日には、例え同性だとしても心拍数があがるであろう。


 そして、アイヴィスさんは自身の容姿が可愛いことを誰よりも知っている。その上元々自分の物ではない事実も相成り、絶対の自信があるのである。


 つまりはそういうことだ。この一連の動作は全て計算で、相手がどう感じるだろうというのをある程度予想したのだろう。少なく見積もっても十中八九、嫌われはしないと判断したのだ。


「――あっ! 私、立花たちばな八重やえ。属性は水、得意魔法は水牢ウォータジェイルよ。ついでに転移者(トラベラー)です」

「俺は山本やまもと九十九つくも。属性は土、得意魔法は土壁マッドウォールだ。八重と同じ転移者だ。出身も同じだから、所謂腐れ縁ってやつだな」


 短めのボブカットが可愛い黒髪の女性がハッとした様子で自己紹介をする。素直な性格なのか、警戒心が薄いのか、結構重要と思われる情報を初対面であるアイヴィスに伝えている。


 後に続いたトップが長めのスポーツ刈り青年も同様に詳細を語る。両者とも黒髪黒目で、顔立ちも日本人にそっくりである。


転移者(トラベラー)? もしかしなくても日本人だよな? 同郷かもしれないし、是非とも仲良くならねばな)


 二人のあっけからんとした情報開示を聞き、アイヴィスは友達にならなければならないと決めたそうだ。その警戒心の薄さといい風貌といい、海外で日本人に出会った時の様な安心感があったのだろう。


「おいおい、転移者だって軽々しく言っちゃって大丈夫なの? まぁ僕は関係ないから良いけどさ」

「「――あっ!」」

「はぁ。まぁそれが二人の良いところでもあるからね」


 二人同時に口元へと手をあてがう。反応と言い仕草と言い、ただの腐れ縁というよりも熟年の夫婦のようである。


 内緒にしといてね? と八重が口元に指を突き立てアイヴィスにお願いをする。仕草が昭和を思い出し、何とも言えない懐かしさを覚える。


「僕はマルコ。属性は風、得意魔法は風刃エアカッター。その名の通り風のやいばで物体を切り裂く魔法だよ」


 ニッコリと笑いながら説明する少年。実際には同じ高等部なので、実年齢は前の二人とそう変わらないだろう。低めの身長と丸メガネ、天然パーマと思われる癖っ毛が幼い印象を与えているのだ。


 ただ得意とする魔法は一番殺傷度の高い危険なものだ。この事からも前者二人より、危機意識の高さが伺える。こういう所が現地民ならではなのだろう。


 栗色の毛髪が特徴的で、共通のブレザーの上に黒のマントの様なものを羽織っている。腰に巻かれた杖用のホルダ付きのベルトから、またその見た目からも魔法使いであると理解できる。


 実力でいえば三人の中でマルコが一番優れている。しかし、あくまでも一対一の実戦においてというだけなので、状況によってはその優位は変動する。


 能力的に拮抗するからこそ互いに刺激になり、また励みとなる。彼らが友人関係である理由の一つだ。一番は何より、互いの性格が合ったからなのだろう。


(三人の紹介から察するに、属性と得意魔法までは一般的に公開するみたいだな。さて、どうしようか)


 それぞれの自己紹介を聞き、アイヴィスはどうすべきか悩んでいるようだ。属性だけならともかく、魔法に関しては未だ上手く扱えていないのである。


「えーっと。私の属性は火と闇です。得意魔法は、その、無いんだけど。一度だけ暴漢に襲われた時に”精霊召喚”? した、かな?」

「え! 二属性持ちなの!? すごーい!」

「しかも召喚者サモナーだって!? 珍しいな! もしかして君も転移者だったりするのか?」

「……それより暴漢というのが気になるのだけど、大丈夫だった?」


 ぐいっと顔を寄せ、アイヴィスに質問する二人。机に両手を乗せて前屈みになっている様子からも、その興奮が伝わって来る。


 詰め寄られた彼は椅子に背中を預け両手を挙げ、「まぁまぁ落ち着いて?」と促している。思わぬ二人の喰い付きに、若干顔を引き攣らせているのが分かる。


 一番落ち着いて話を聞いていたマルコが心配を口にしているのだが、前者二人の勢いに押され、アイヴィスは目線でこくりと頷くのが関の山のようだ。


(あれ? もしかして不味かったか? ぐ。何が普通なのか分からないのは結構痛いな)


 当人も心中で困惑している。口は災いの元というように、あまりペラペラと私情を放すのは良い結果を産まない。ただでさえ悪目立ちをしているのだ。警戒はしてもし過ぎることは無いだろう。


 かといって自ら包み隠さず語ってくれた相手に対し、嘘を並べるのはアイヴィスの性分ではない。


「……確かに転移? はしたんだと思う。ただ、気が付いたら昔の姿と変わってしまっていたんだ。詳しくは分からないけど、今この身体は本来の私の姿じゃないんだよ」


 昔と違って、声も姿も滅茶苦茶可愛いからね! などと嘯いているアイヴィスさん。


 どうやらここは自身の素性をある程度素直に話すことにしたようだ。イサギやラヴィニス、ドレイレブン達。そして彼らの拠点たる夜烏のことには一切合切触れずに、である。


 自分以外には迷惑を掛けたくなかったのだろう。この発言により発生する責任を、自己完結できる程度で抑えておきたかったのだ。


「アイヴィスさん。貴女ももう少し警戒した方が良いよ? ……恐らくそれは転生だ。言いにくいけど、貴女は一度死んだのかも知れないね」

「え、ええっ!? そ、そうなのかな……?」

「恐らくね。とにかくこの事は僕らだけの秘密としよう。これ以上厄介事は嫌でしょ?」


 悪戯っぽい表情を浮かべ、ウインクをする少年。どことなくジゴロ感のあるその仕草は、とても見た目通りの年齢とは思えないほどである。


 アイヴィスとしては死んでないことを知っている。それに転生ではなく、転性だということも。イサギがそう言っていたし、自身の身体も確かに存在していたからだ。


 しかしこの場ではそのことは語れない。自分だけの問題ではない上、正直自分でもよく分かっていないからだ。故に驚き、戸惑い、何とも歯切れが悪いのだ。


「て、転生!? 転生って確か、アヴィスフィアに元々存在した生命が何らかの要因で生まれ変わることだよな?」

「わ、私もそう聞いているわ。自身の前世を記憶している人なんてほんの僅かしか居ないはずなんだけど……うぅん。でも確かにそれなら二属性持ちなのも、召喚者であることも納得出来るわね」


 二人が驚くのも仕方ないだろう。


 このアヴィスフィアには、転移者や転生者と呼ばれる者が複数名存在する。


 転移者。トラベラー呼ばれる彼らは人為的、或いは偶発的にこのアヴィスフィアに迷い込む、異世界からの来訪者のことである。


 特に人為的、つまり召喚者によってこの世界に来た異世界人は、()()()する際にほぼ確実にユニークスキルを習得するのだ。


 界渡りとは文字通り、自身が住まう世界から別の世界へと渡ることである。


 当然その様なことは普通実行することは出来ない。特に現代日本の様に魔素が存在しない世界では、まず不可能と言っても過言では無いだろう。それこそ、()()からの接触が無い限りは、だ。


 では何故その様なことが可能なのかだが、そこには当然”魔素”が絡んでくる。


 世界と世界の狭間に存在する空間。そこでは魔素以外の元素が存在しない。いや、存在()()()()のである。濃密な魔素で満たされているため、下位である他の元素が全て追い出されてしまうのだ。


 つまり世界を渡ること自体、肉体を持つ生物では物理的に不可能なのである。


 ではなぜ転移者が存在するのか。そこで関係してくるのが召喚者だ。


 召喚者と呼ばれる存在は、数ある魔法使いの中でも特に魔素に優れた者がなる。複雑怪奇な魔法陣を幾重も描き、世界と世界を繋ぐのだ。


 彼らの魔法は当然それだけではない。世界を繋ぎ、ヒトなどの生命体を選出し、彼らを自世界に招き入れるのである。それこそが彼らの存在意義であり、また本懐でもある。


 界渡りをする際は生身(そのまま)では運べないため、一時的な仮死状態――命を奪わぬ程度に身体を構成する一部の元素を除去する――にする。


 生命維持に不必要な元素を取り除くことにより、魔素のスペースを確保するのである。つまり一時的に半精神生命体となるのである。


 そうすることによって、初めて少しの間だけ世界の狭間での存在が許されるのだ。


 言い方を変えるなら、半殺しにして拉致するということになる。別の世界から見て召喚者は、とんだ暴漢である。召喚されたものに身体的な痛みは全くない。かといって許される行為とは言えないだろう。


 ちなみにこの召喚(誘拐)は、別に愉快犯が自身の欲望を満たすために実行するわけでは無い。


 転移者を自国の”勇者”として招き入れるために行うのである。


 召喚された当人からすれば、勝手に連れてきて何を勝手なことを言っているのだと感じるだろう。突然日常が崩壊するのだ。その衝撃は計り知れない。


 では何故その様な強引な方法を取るのか、だが。一番の理由は”戦力の増強”だろう。


 先程も言った通り、転移者はその際に一度仮死状態となり界渡りをする。その際に体内に取り入れた魔素が才能を刺激し、最終的にアヴィスフィアにてユニークスキルとして開花するのだ。


 保有する魔力も現地人に比べ卓越しており、後は基本的な知識さえ詰め込めば即戦力になるのである。


 以前も語った通り現地の一般人のMPが100だとするならば、転移者は平均で約1,500,000ほどとなる。個人差は当然あるが単純計算で15,000倍となる。文字通り桁違いなのだ。


 ちなみにこれは上限の話であり、使用すれば当然減少する。回復手段は二種あり、一つは魔素の存在する世界で過ごすことによることで実現する自動回復(自然治癒)。一つはポーションなどで魔力を直接体内に吸収する方法である。


 自然治癒による回復は個人差があり、基本的には魔力量が多い方が時間が掛かる。少ないものに比べ回復量も多いのだが、その分容量が大きい。そしてその差は魔力量が多ければ大きい程開くのだ。


 体調なども作用し、睡眠時が一番回復量が多くなる。逆に戦闘中や食事後などは回復が遅い。故に戦闘中はポーションを使用するのが定石となる。


 他にも他者への譲渡などの方法も存在するが、ここでは割愛する。


「その通り。どうやら貴女はとても稀有な存在のようだ。殊更、気を付けた方が良い」

「う。分かった。今度からは気を付けることにするね」

「それがいいと思うよ」


 三人の中でも一番幼さを残す少年にアイヴィスは釘を刺される。


 子供が何を偉そうに。と本来ならば感じる所なのかもしれない。しかし、その真剣な表情と落ち着いた口調による忠告は、まるで父や祖父を想起させる説得力がある。


 アイヴィスはそう感じたのだろう。その進言を素直に受け入れ、以後気を付けることにしたようだ。


「……うん、そうだね。僕だけ隠すのも何なので教えるけど、実は転生者なんだ。見た目はこんなちんちくりんだけど、恐らくはこの学園の学生では最年長だ。何でもとはいかないけど、何か分からないことがあったら相談に乗るよ」

「「ええっ!? 嘘、()それ聞いてない!」」

「え? だって、聞かれなかったからね」


 その素直な様子に感化されたのか、不意にマルコは自身の成り立ちを語る。それに驚いたのは八重と九十九だ。中等部からの友人だというのに、その事実を知らなかったらしい。


 そう言えば確かにやたらとこの世界について詳しかったし、ご飯も苦いのとか渋いの好きだし、杖もアンティークかっていうほど古い物使ってるな。などと、二人は互いにマルコをじろじろと観察しながら呟いている。


 そんな彼らをジト目で見つめるマルコ。暫くの間二人が好き勝手自身の事を考察しているのを眺めていたが、何を思いついたのかニヤリと口元に笑いを浮かべた。


「君達は本当にお似合いだね。まるで夫婦のようだ」

「は!? ちょっと待ってよ、誰がこんな朴念仁の妻だって?」

「そうだぜ。こんな可愛げのない女の旦那だなんて、冗談にしてもひどすぎるぜ」

「「はぁっ?」」


 なによなんだよと睨みを聞かせ合う二人。その様子からも仲が良いとしか言えないのだが、本人達にとっては納得しがたいらしい。


 先程までのマルコへの興味は何処へやら、未だに互いの特徴を罵倒し合っている。どうやら完全に二人だけの世界に旅立ってしまっているようだ。


「まぁまぁ二人とも。きゃんきゃんと嬌声を上げるのは、夜の営み(S○X)の時だけにしなよ?」

「「は、はぁ!? 何を言って――」」

「ん? ああそうか、二人はまだ未経験だったね」

「ど、どどど、童貞ちゃうわっ!」

「し、ししし、処女じゃないしっ!」


 そんな彼らにマルコはさらに爆弾を落とした。弾切れを知らぬロケットランチャーの如き言葉の弾丸は、ものの見事に彼らに命中する。


 顔を紅潮させた二人は、先程までの喧噪は何処へやら黙ってしまう。気まずくなったのか互いに様子を伺おうとして目が合い、ぐりんっという擬音が聞こえると錯覚するほど勢いよくそっぽを向いた。二人とも耳の裏まで真っ赤になっていることからも、よほど恥ずかしいのだろう。


 そんな状況を生み出したマルコは終始ニヤニヤと厭らしい笑いを浮かべている。


(うわぁ。友人に真正面からセクハラかましてるなこの少年、もといおっさん。……仲良くなれそうだ)


 などと考え、生暖かい目線で見守るアイヴィスさんも相当である。初対面でなければ、グッジョブとばかりに親指を突き立てていたであろう。


「ともあれ。これからよろしくね? アイヴィスさん」

「あ、うん。よろしくねー!」


 静かになったのを見計らったマルコが最後にそう占める。顔を赤らめている二人も何かを言おうとしたのだがその動作も重なってしまい、下を向いて座り込んでしまった。


 その事にまたほっこりしつつ、アイヴィスは席を外すのだった。



(くそっ! 一体どうなっている! 彼奴はいったい何者だ。どうしてこのような芸当を出来る!?)


 暗転した視界が徐々に回復し、辺りがぼやけ始めた。その眩んだ眼でもはっきりとわかる。この場が先程まで自身がいた場所と異なっている、と。


「! い、イサギ様!? どうしてこのような危険な場所に――」

「ふむ。キミを迎えに来たのだよ。今迄長い間ご苦労だった。今日から再び私の元へと戻りなさい」

「わざわざ私などをご自身で迎えに来てくださったのですか!? ――あの、大変恐縮と言いますか、とても嬉しいのですが、その。御身を、御身を大切になさって下さいませ」

「む。心配をかけてしまい済まないな。でもね、どうしても私の手でキミを迎えに行きたかったのだよ」

「わ、私如きにそんな恐れ多い――。……イサギ様。本当にありがとう、ございますぅ」


 懐かしい声と怪しげな仮面の男が会話をしている。その様子からも、話す女性が男に絶大な信頼と忠誠を捧げているのがわかる。


 現に忠言とは裏腹に、満開の笑みを浮かべている。夢見る少女を彷彿させるその姿と絶世の美貌が相成り、まさに傾国とはこの事なりと言った所か。


 一緒に付いてきた尾耳の女性など、見惚れてものも言えないようだ。


「――ココ? ココなのか! その容姿、間違いない! 良かった、無事であったのか!」


 間違いない。耳も尾も見当たらないが、その麗しい見た目と肢体はココのものと同様だ。三年間、何度も愛し抱いたのだ。見間違えることなどありえない。


「――!? なぜ貴方がここに……。――はっ! もしやイサギ様が? ……はぁ。相変わらず無茶をなされますね」

「う、む。何やらキミに会いたいと申しておってな? ついでに連れて来たのだよ」


 夢現といった様子から我に返った女性。ココと呼ばれ、不快げに眉を顰めている。そのままイサギにジト目を向け、呆れたように溜息を吐いた。


 視線を受けピクリと反応するイサギ。目線を逸らしながらも、現在の状況を彼女に伝えている。


「き、貴様! 何を余のココと親しげに話している! 其奴は余の物ぞ! 軽々しく接するでない!」


 皇帝である自身自らこのような戦場に立ち、わざわざ迎えにきたのにどうにも様子がおかしい。


 攫われた姫を救い出す王子。危機的な状況に颯爽と現れ救い出し、より深い愛情が芽生えた蕩けた瞳で見つめてくる。それが彼のイメージであった。


 しかし現実は非情である。件の(ココ)は故知らぬ男に見惚れ、自身に対しては蕩けるどころか、今にも舌打ちが聞こえそうな表情をしているのだ。


 当然本人からすれば納得がいくはずもなく、先程までの恐怖も何処へやら、気が付けばイサギに飛び掛かるような勢いで接近していた。


 そして、その肩を掴もうと手を差し出すと――。


「無礼者っ! イサギ様に掴みかかろうなど、身の程を弁えなさいっ!」

「――ッ!? コ、ココ? な、何を言っておるのだ……?」


 ピシャリという音と共に、エルクドの手に痛みが走る。どうやら畳んだセンスのような物で叩き落とされたらしい。


 身の程も何も、彼は皇帝である。言うまでもなくその程は最高峰のはずなのだが、ココと呼ばれたその女性は”資格なし”と判断したようだ。


「ココ? 貴方は何をおっしゃっているのですか? 私は奴隷。名などありません」

「……え?」

「強いてあげるなら、ルナ。ルナ・ル・マリュノス。皇帝(インペリアル)近衛隊(ガーディアン)、『花鳥風月ナチュラルビューティーズ』が一人よ」

「――花鳥……風…………月?」


 エルクドの手を叩き落としたセンスをビシッと突き付けそう言い放つ。


 拒否されることなど全く以て頭になかったエルクドは、その宣言を聞き唖然としてしまう。


 先程まで陶然としていた元衛生兵の娘は、その勢いにビクッと身体を震わせる。


(え? びゅーてぃーず? 何この人凄い自信。自分は可愛いですよって宣言してるんですけど)


 確かに美人だし、スタイルもいいけど……。もしかしてちょっと残念な人なのかな? などとこっそり考えていそうだが、どうやら顔には出ていないようだ。


「偽りの皇帝、エルクドよ。貴方はもう用済みです。何やら色々と良い思いをしたご様子。……その甘い淡い夢から、苦く淀んだ(うつつ)へと覚ましてあげましょう。”目覚めよ(Wake up)!”」

「や、やめよココ! 何をするーーグッ!? あぎゃああああっ!」


 そんな元衛生兵の心情に気づくはずもなく、ルナはエルクドを断罪する。


 この瞬間、彼の運命は定まった(皇帝ではなくなった)のだ。後は如何なることだろう。その慟哭は無情にも、辺りに響く戦闘音に掻き消されるのであった。

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