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アヴィスフィア リメイク前  作者: 無色。
一章 皇女の軌跡
23/55

他にも転移者が居たらしい!

「はぁ。全くなんでまたこんな田舎にまで来て巡回しなきゃなんねーんだよって」

「愚痴るなよ。しょうがねーだろ? 異世界の武器だか何だか知らんが、あんなもんとまともに戦ったら敵と戦う前に死んじまうっての」

「にしたってよー、何であいつらは本陣から動かねーんだって。選ばれた数少ないエリートだか何だか知らねーけど、調子乗ってんだよなぁ」

「それは確かにな。接敵時の殲滅力も俺らの比じゃないし、奴らこそ巡回すべきだってのは分かる」

「ちぇー。結局下っ端は使いっぱしりってことか。俺も適性試験受けりゃよかったぜ~」

「ははは。馬鹿いえ、俺らが受けたってそんなん受かる訳ねーだろーが」

「ぶわはははっ。ちげぇねぇ、なんせウチの大将ですら落っこちまったんだしな」


 愉快そうに笑い声を上げるのは、軍服を着た偵察兵と思しき二人組だ。他国の領土に無断で侵入しているというのに、緊張感など欠片も持っていない。


 それも仕方がないだろう。三年前に起きた獣人国と周辺諸国連合の戦争において、ヴェニティアは物資の供給のみに徹底していたのだから。


 思ったよりも苦戦を強いられたという情報はあっても、実際に体験していないのである。


 そしてその戦争以外の戦争という戦争は、ここ百年もの間一度も無いのだ。ヴェニティアに限らず、アヴィスフィアにおいてヒトの寿命は約六十年。そして、現代日本と同様にどちらかと言えば女性の方が長生きという特徴を持っている。


 つまり彼らの中には戦争経験者はおろか、記憶にある人すらほぼ存在しないのである。


 当然言葉としては知っているし、その為の訓練も行っている。戦争が勃発した際の手順や行動指針なども、過去を紐解けばその再現も可能だろう。


 しかしそれはあくまでも形式としてだけで、実戦経験などはほぼ皆無なのだ。軍部の中枢である司令部ですらその有様なので、一般兵など尚更である。


 ちなみに大将と言ってはいるが、そこに軍事的な意味合いは無い。


 だが数少ない例外の一つに、フルマンが率いる部隊がいる。以前ドルマスが語っていた通り、彼は以前エルクドの父であるアルマスとも相対している猛者の一人だ。


 ”鬼人”と呼ばれ、戦場を思うがままに闊歩していたフルマン。実は元々は傭兵で、各国を渡り歩いていた過去を持つ。


 その際にアルマスと時に武勇を奮い争った好敵手であり、そして時に背中を預けて協力した戦友でもあったのである。


 しかし彼らが覇を競ったのは、今から凡そ三十年も前の話だ。その年月の間にアルマスは一国の王となり、フルマンは帝国の軍の(鬼軍曹)として従軍することになったのだ。


「――ッ!? 誰だそこにいるのは!」

「? なんだ、どうかしたのか?」

「……気のせい、か? どうにも正面のあの茂みが不自然に揺れた気がしてな」

「おいおいよせって。どうせ小動物かなんかだろ?」


 さわさわ……ざわ、ざわざわ…………ガサガサッ!


「っ! おい」

「ちっ。ああ」


 言葉少なに互いの見解をすり合わせた二人が、慎重にその茂みに近づく。腰に携えた剣を抜き、一人は前方を、一人は後方確認しながら徐々にその距離を縮めていく。


 茂みとの距離あと数歩となったところで、前方にいた一人がその場に向かって突貫する。


 もう一人もそれを横目で確認し、辺りに誰かいないか視線を巡らす。


「――クリア。特に異常は見受けられない」

「は!? 待て待てそれは逆におかしいだろ!? あんなに揺れてたんだぜ?」


 突貫した一人が端的に報告する。曰く先程まであれほど揺れていた茂みを確認したが、何の異常も見当たらなかったようだ。


 その事実に違和感を抱いたのが、周囲の様子を伺っていたもう一人だ。言葉通り、警戒を一層強めたのか木々の間までくまなく視線を向けている。


「確かにな。……ん? ちょっと待て。何か落ちてるぞ? これは何――ガッ!?」

「何っ!? 上かっ! こんのにゃろ――ウギィッ!!」


 最初に茂みに辿りついた一人が身を屈め、足元に落ちていた何かに触れようとするが、そんな彼に不幸が襲い掛かる。


 茂みから付近の木々へ伸びていた蔓に擬態してあったのだろう。同色のロープの様なものが茂みから飛び出して彼の首に巻き付き、その勢いのまま上方へと身体を引き上げてしまったのである。


 恐らくは滑車の要領だろう。太めの枝を支点に、対象を吊り上げたのだ。


 そしてもう一方はその様子を目で追い顔を上げた所で、首元を何者かに噛み付かれたである。


 夕闇の森に暫くの間呻き声やもがく音が聞こえていたが、パタッと蓋が閉じたように静けさを取り戻す。


 後に残るのは、二つの遺体だ。一方は無残に喉元を食い荒らされて血だまりに沈み、もう一方は苦悶の表情を浮かべ喉元に手を当てた状態で生命活動を停止している。


 さわさわと風が戦慄く。それにつられたのか、つい先刻までヒトであった死体(モノ)が左右に揺れ、キシキシと軋んでいる。そして、それらを背後で照らしていた恒星も名残惜しそうに最後の光を放ち、消え入るように沈黙した。


 幾ばくかの時間。暗闇が世界を覆い尽くした。辺りはまるで嵐の前のような、心がざわめく静けさに包まれている。


 ポウッと一つの明かりが灯った。するとそれを皮切りに次々と光が灯っていくではないか。それと同時に無数の影が扇状に展開し、照らされた光群を囲み始めていく。


 そして、それとは違う淡い光が差し込んだ。先程の恒星の沈んだ方向と真逆の位置から浮かび始めた、新たな淡く輝く星が原因だろう。


 アヴィスフィアを周回する衛星で、現代日本でいうならば月と同種の星である。自らは光を放てず、恒星から降り注ぐ光を反射して輝くのである。光が淡く見えるのはそういう理由があってのことなのだ。


 微笑を浮かべる柔らかな光が、まるで嘲笑うかの如く吊るされた物体の頭部に差し掛かる。そしてそれを合図にでもしたように、闇に蠢く集団が我先にへと光の元へと飛び込んで行くのであった。




「トゥーリ! どうなっているっ! 報告はまだなのか!?」

「申し訳ありません兵長! 巡回に出た兵士数名が、未だ戻らないのであります!」

「今まで遅れたことなど無かったであろう! 辺境だからと言って、少々たるんどるのではないか!?」


 一際豪奢なテントの中で怒声が飛ぶ。声の主はこの部隊の兵長である人物だ。普段は温厚な人物として知られているが、怒るとその限りでは無い。


 そして、彼をイラつかせている理由は部下による定時報告の遅れだけではなかった。


 最近行われた軍団内の大規模な編成の変更によって、指令系統も変動している。その際に、彼らの軍隊の上に一個中隊ほどの規模の部隊が編入したのである。


 少々大胆な変更だが、それだけならヴェニティアでは”いつも通り”の範疇だった。


 しかし問題は数ではなく、その質だった。銃と呼ばれる不可思議な杖を携える彼らは、今までの兵種のその悉くを圧倒的に上回ってしまったのである。


 当初は皆、歓声に沸いた。これがあれば我らに敵など無いだろう、と。


 実際、正面から喧嘩を売ってくるような馬鹿な国は導入以来一つとしていない。それはおろか、今までまるで接点が無かった国でさえどうにかして取り入ろうと必死に顔色を窺う始末である。


 そしてそれは、自国内も例外では無い。その絶対数に限りがあるがゆえに、軍閥による”適性試験”が行われたのである。


 選ばれるものと選ばれぬもの。そこには確かな隔たりがあり、相容れることはない。その結果が、今回の様な選ばれなかった兵士達の緩みの原因となったのである。


 実際に兵長自身も選ばれなかった故に、兵士達の気持ちも分からないでも無い。しかしそれが、”緩み”として現れてしまうことに苛立ったのである。


「申し訳ありません、部下にはきつく言及して――っ!?」

「――失礼致しますっ!」

「遅いぞ、何をしていたっ! 先程此奴にも言ったがたるん――どうした? 何かあったのか?」

「て、敵襲ですっ! 周囲の部隊のうち、既に二隊が潰走した模様であります!! 恐らくですが、既に包囲されているかと……」

「な、何だと――っ!? ……となると我らの部下は、既に――」


 部下の上等兵であるトゥーリが、その謝罪を最後まで終えようかというその時だった。彼の配下の一人が天幕に飛び込んできたのである。


 兵長は先程まで怒鳴りつけていたその勢いのまま叱責しようとしたが、過剰に焦燥した表情をみて口を噤み、誰何している。そして促された若い兵は、その許しを経て報告を行った。


 怒りで判断を見誤らない器量は流石兵長と言った所だったが、内容を聞き思わず狼狽してしまう。


 それも致し方ないだろう。何せ自軍に一切悟られず包囲を完成させ、既に部隊を二つも落としたというのだから。


「我らを含め、残り三隊。……ここも、時間の問題、か。致し方あるまい、撤退だ」

「! よろしいのですか!? ここは、他の部隊の援護に動くべきで――」

「――黙れ! これは命令だ。我らに全く悟られずに二部隊も屠る相手、その脅威を後衛に知らせにゃならん。――トゥーリ!」

「ハッ!」

「そいつを連れて撤退しろ! 何としても情報を持ち帰れ!」

「ハハッ! 了解であります!」


 兵長は即座に判断を下す。それを聞き報告をしに来た兵がその決定に異議を申し立てるが、怒声を持ってそれを封殺する。


 そのまま直下の部下である上等兵トゥーリに、その若い兵と共に撤退せよとの命令を下した。


 命じられたトゥーリはその決定に二つ返事を持って了承する。その様子から鑑みるに、上司に命令されたからと言う理由だけではないことが分かる。長年に渡る、信頼関係の様なものだろうか。


「で、ですが! 我らの仲間が未だ――」

「……おい貴様。名を、何と言う?」

「はっ!? ――し、失礼致しました! 自分はクルスであります!」

「――ふむ、そうか」


 未だ納得できない若い兵は、なお食い下がる。その様子を見て細い目をし、何故か兵長はその名を訪ねた。


 その脈絡のない質問に対し、素っ頓狂な声を上げてしまう若い兵。しかし即座に謝罪し、何とかその質問に答えている。


 それを聞いた兵長は頷き、何やら感傷に浸る様に目を瞑り、そっと開いた。


「ではクルスよ。貴様、敵影は捕らえたのか?」

「は、はい! この両の目で、しっかりと確認しておりますっ!」


 目を開いた兵長は、それまでの怒気など無かったかのように沈め、まるで父の様に若い兵に語り掛ける。


 いきなり雰囲気の変わった兵長にたじろぎながらも、クルスと名乗った若い兵はどもりながらもはっきりと返答している。


「……そうか。良いかクルスよ。その姿を瞼に、心に、魂に刻めっ! 貴様が目を閉じ映るその姿こそ、我らが仲間の(かたき)である!」

「――っ!?」

「良いな? 決して後ろは振り返ず、前だけを見て進めっ! そして彼奴等と再度まみえたその暁に、全ての恨みを清算(はら)してくれるのだ!」

「まさか、兵長――」

「――トゥーリ! 話は終わりだ、命令を遂行しろ!」

「ハハッ! ご武運を――」

「へ、兵長――!」


 カッと両目を見開き、力強く宣言を行う兵長。歴戦の勘なのか、どうやらここが自分の死地だと確信したのだろう。


 驚き、狼狽するクルス。そんな彼に反論をさせまいと、畳みかける様に続ける兵長。その様子から彼も、兵長が何を言いたいのかを悟ったようだ。


 クルスは何か言おうと口を開くが、言葉通り話を終わりにした兵長の命令により動いたトゥーリに担がれ、天幕から強制的に出ていくことになってしまう。


「では参ろう。父王に逆らう愚か者共に、鉄槌を下してくれようぞ! 遠慮はいらん、存分に武勇を示すのだ!」

「「「「「ハハッ!!!!」」」」」


 自身に従い付いてきた十数名にそう呼びかけ、殿を務めることになった彼らもまたそれに答え次々と天幕から飛び出していった。


 残された兵長はその証である立派な羽根付きの兜を身に着け不敵に笑い、潰走し逃げ回る兵士達とは逆の方向へと歩を進めるのだった。



「殲滅完了。対象、沈黙しました」

「同じく完了。――戦後処理に入ります」


 無機質な声が夜闇に響く。先程まで煌々とした灯りで照らされていたその場は、今は一つの大きなかがり火のみとなっていた。


 そのかがり火に二つの()がくべられる。直ちに燃焼を始めるそれらを眺め、一人の人物が口を開く。


「夜明けだ。一度撤退し、潜伏する。散開!」

「「命令を受諾。散開します」」


 その言葉の後、彼らはパチパチと鳴る火花を残し姿を消した。


 バチン。一際大きい火花が鳴る。その衝撃によりかがり火から弾かれた鈍色の塊が、ガランガランと音を立てて転がった。


 兜である。なにやら中央に窪みのある特殊な形状のものである。何かが嵌っていたであろうその場所には既に何も残っておらず、空虚な姿となってしまっている。


 この物悲しい兜が落ちて来たであろう場所(かがり火)。その持ち主と思われる()。そしてそれは、何も一体だけでは無い。


 そこに映るはこの世の地獄。炭化した山積みの死体を薪にして大火となった煉獄に、充満する悪臭。高々と上る黒煙は、まさに悪夢そのものと言える。


 その様子を伺う者の姿は既に無い。ただただ燃え続け、パチパチと辺りを照らす炎の塊。


 無常の炎が消えるとき、またヒトで在ったものが終わるとき。彼らであったであろう漆黒の山を、朝日が仄かに照らすのだった。



「そうか、彼奴が逝ったか。よもや攻めてくるとはな、少々奴らを侮り過ぎていたようだ」


 フルマンは「ご苦労だった、下がってよい」と命じ、報告に来た伍長を下がらせる。


 その内容は、以下の通りだった。


 まずアインズ皇国が宣戦布告し、当夜奇襲にて前線に配置された自国の五部隊が潰走を期したこと。そしてその部隊が、主に獣頭族の獣人達で構成されていたこと。


 それらと衝突した際に起きた戦闘で、フルマンの戦友である兵長が名誉の戦死を遂げたこと。報告に来た二名以外の軍属が帝国に帰還していないこと。


 焼却されていた死体を確認したところ、遺体は全て男性だったこと。その事実と皇帝エルクドの性格を鑑みるに、各部隊に主に衛生兵として従軍していた女性達は、件の襲撃者によって拐されたのであろうとのことである。


「しかし、かの国が斯様な力を持つなどとは思わなんだ。その上で徹底した情報の漏洩防止。敵兵の死者も発見出来なかったとなると、恐らく我が方の兵らと共に焼失したのだろうな」

「まさか、そうだったのですか。てっきり恣意行動の一種かと思いましたが、その様な意図があったのですね」

「ふむ。確かに恣意行動という側面も考えられるだろう。だがドルマス(あの髭)エルクド(能無し)とは違い、それだけのためにわざわざこのような手間は掛けることは無い」

「あぁ、確かにあのお坊ちゃんにそんな知恵は回りませんわね。でも心配ですわ。あの子、(ココ)に執着していましたし、捕まった娘達は大丈夫かしら。……酷い目に遭ってないと良いのだけれど」


 フルマンの推測は、概ね正しい。実際に戦闘で死亡した一部のグルーブリキャップスは、あの場で纏めて素焼きにして屠られている。


 補足を入れるのであれば、敵兵に自国の兵士の情報を与えないという理由以外に、彼らの用いた殺害方法を隠蔽するという意味もあることだろうか。


 焼死体というのは、現代日本においても分析に時間を要す。戦時という緊迫した状況で時間は正に金、いや命と言っても良いかも知れない。そして、その限りある時間()をある程度浪費させることを目的とする、何とも狡猾な策なのだ。


 事実、分析は遅れている。どうして戦力として上回っているはずの帝国軍が呆気なく潰走するに至ってしまったのか、その原因は未だ判明していない。


 ドルマスはチセの一件の際、先代皇帝であるアルマスの不調という湧いて出た好機に焦り、自身が恥を晒すという手痛い失敗をした。しかし元来の彼は狡猾かつ冷淡で、目的のためならばその手段を択ばない大胆さも持ち合わせているのである。


 会話の相手であるルナはお坊ちゃん、ひいてはエルクドの性格を正確に語る。そう、彼女こそ側女して控えていたココであり、皇帝の懐刀ルナ・ル・マリュノスなのだ。


 所有能力は『幻影ファントム夢想ドリーム』。ユニークに分類される稀なスキルである。


 彼女を皇帝の懐刀まで上り詰めさせた、その力の()()だ。


 幻影げんえいのその名の通り、相手を惑わしてまぼろしに包む。そして最終的には夢か現か、その境が曖昧になってしまうという危険な香りのするスキルである。


 その姿は千差万別で、対象の理想像を映しだしたり、また逆に恐怖を与えるものを映すことも可能だ。再現率は、相手がどれほど自分に対して心を許しているかによって変動する。当然信頼度が高ければ高いほど、その心中を知りうることが出来るのである。


 これだけだと一朝一夕には使いこなせないと感じてしまうが、実際は異なる。


 幻影はあくまでも幻影。姿は見えど触れることは叶わず、顕現すれども存在はしない。つまるところ、実態がない。


 しかしこれを自身、または他者の身体に直接行使することにより、その幻影(偽物)実体(本物)となる。


 つまり対象の信頼を一から築くのではなく、対象が信頼している他者に()()()ことが出来るのだ。


 手始めに知り得た情報を利用して他者を”丸裸”にする。そしてまたそれを生かし、彼らに近しい者達を少しずつ篭絡していくのだ。まさに獅子身中の虫。実に恐ろしいスキルなのである。


 見せる夢には深度があり、浅ければ少しの衝撃で解除することも可能だが、深まれば深まるほど困難になっていく。ちなみにその良し悪しは、術者であるルナの気分次第で決まる。


 一般的な夢と同様に周期も存在するが、スキルの深度が進むと心電図の波が引くように緩やかになり、最終的に一筋の線――つまり一定になる。要するに、永遠に覚めない夢の中にご招待という訳だ。


 深度の進行は基本的に時間に作用する。その夢の内容によっても変化するが、どれも凡そ三年ほどの月日を要する。彼女がエルクドの元にいた期間と一致するのは偶然では無いだろう。


 そして、彼女の強さはそれだけでは無い。そのユニークスキルを最大に生かす特性も併せ持つのだ。


 特性の名は『魅了チャーム』。魅了された対象は傀儡かいらいとなり、文字通り操ることが出来る。


 どんな形であれ魅了されたが最後、ルナに対し警戒すら叶わずに無防備をさらすことになる。直接そのまま操ることも、幻影夢想にて偽りの姿を与え、本人に成り済まさせることも思いのままなのだ。


 直情的な性格の持ち主ほどかかりやすい傾向にあり、エルクドは相手として()()()()()()のだ。一つは一定以上の権力を持つ点で、もう一つは心情が読みやすく彼女の特性がバッチリと刺さったのである。


 その様な強力な能力を持つ彼女が、憂いを帯びた不安そうな表情で拐された女性を案じているのだ。


 男性であるならば等しくその魔性に庇護欲を駆られ、つい肩に手を掛けて引き寄せてしまいそうになってしまうほどの魅惑の奔流がその場を支配する。


「大変遺憾だが、致し方あるまい。弱いものは淘汰される。嘆くこと無かれ。それこそが帝国の、延いてはこの世の真理であろう」


 女性ですら魅了するルナ。そして男性であるフルマンは、少なからず女性(ルナ)の影響を受けているはすだ。


 それにも関わらず彼はその結末を、さも当然であると言い切っている。同じ女性である彼女を目の前にして、蹂躙を良しとしたのだ。


 そこには絶対的に己が信じる真理が存在し、他者の介入を是としない強い意志の力が存在していた。


(はぁ、独善的(エルクド思考)だこと。正直、苦手なタイプ(俺様系)だわ。あのお坊ちゃんとはまた似て非なるけど、ね)


 女の色香に惑わされても騙されない。ある種、ルナにとって一番と言えるほどの”天敵”に成り得る存在だ。


 面白くは無いが、故に重要な人物と成り得る。だから彼女は彼の近くを離れない。油断も遠慮も、遠い過去に捨ててきたのである。


「――報告致します! かの国の皇帝エルクドが軍を率いて、我が軍に向かって進軍を開始しました。このままの速度ならば、一二三○(ひとふたさんまる)時点で接敵すると思われます!」

「方角は?」

「南東です。角度から鑑みるに、正面衝突になるだろうとの事であります!」

「何!? 正面だと……? 先遣隊が崩壊したとはいえ、数の上で未だ我らが優勢だというのに。――何か考え合ってのことなのか? うむ、阿呆の考えることは良く分からんな」

「あら。簡単な事ですわ。先日の戦果から、悠々と勝利できると踏んだのでしょう。クスッ、あのお坊ちゃんらしいわね」

「そんな馬鹿な――」


 噂をすれば何とや。件のエルクドが、どうやら帝国に向け進軍を開始したようだ。それも正面から堂々と突破を試みるらしい。


 普通に考えれば、数に勝る相手に正面から挑むなど愚策でしかない。故に深読みし、されど理解に苦しむフルマン。しかし、ルナのその自信たっぷりな言葉を聞き、唖然とした表情を浮かべてしまう。


 常に気を張っているフルマンのその気の抜けた様子は大変珍しく、周りに控えていた彼の部下の一部がざわついている。


「ワーオ。珍しいネー。タイチョーサンがポカンとしてるヨー。あの女、一体どこの誰ネー? ワタシ気にいらナイ。少しお冠(Get angry)ネー」

「馬鹿! よせ、聞こえちまうだろっ! 毎回言ってっけどな? その冠の隙間からぶん殴られるの俺なんだから、いい加減自重しやがれよ!」

「オウフ。あの胸部の流体といい、脚線美といい一線級でありますな。ワンチャンカメコらせて貰えないでござろうか? ハスハス」

「うおっ!? 久し振りにガチでキモいぞクラシャン! てか今カメラ持ってねーだろ! 自重しろや、クソニートが!!」

「ショーン氏! その台詞、訂正願いたい! 拙者はニートではなくプロゲーマーでござる故間違えないでいただきたく所望する」

「うおおっ!? 分かった分かった! 謝るよ、すまん。だからその謎の日本語を羅列するのをやめてくれ。そして俺はショウウンだ」

「ショーン! タイチョーサンが手招きしてるネー。きっと(party)(night)の始まりネ~」


 翔雲は「だからしょ――うげぇ。マジか、めっちゃ顔キレてんじゃん。行きたくネー、でござる」などとぼやき、仕方なしに呼び出しに応じる。


 その後を、何とも楽しそうに付いていくサーニャ。クラシャンも同様に興奮(hshs)が留まることを知らないらしい。何処までも呑気な連中である。


 相も変わらず賑やかな彼らを青筋を立てて迎え、拳骨を一撃ショウウンの頭上に叩き落とした。


 その様子を「あらあら、痛そうですわねぇ」と頬に手を当て、柔和な笑顔を浮かべるルナ。


「――痛ってぇっ! 畜生! 何でいつも俺ばっかり殴るんだってのっ!」

「馬鹿者っ! 何度も言っておろうが! 貴様がこの部隊のリーダーなのだから当然だ。部下の教育()も勤めの一つである」


 頭を抱え、理不尽な暴力に異議を申し立てる翔雲。フルマンは意に返さず、薄目で睨みながらなおも言及する。


 その最中も「ワーオ、相変わらず痛そうネー」や、「ふむ。自然な体勢から腰の入った拳撃、まこと見事でござる」なとという気の抜ける会話が聞こえ、翔雲は疎かフルマンさえも溜息を吐いている。


「――ともあれ、東雲しののめあきらよ。貴様らに、任務を言い渡す」

「はい。そして出来れば翔雲と――いえ、何でもないです」


 ギロリと睨まれ、要求を撤回する翔雲改め東雲彰。翔雲は所謂ハンドルネームで、彼が日本在住時に好んでプレイしていたFPSのオンラインゲームで使用していたものだ。


 ちなみにサーニャとクラシャンは実名の一部を省略した愛称ニックネームである。


 同じゲーム内で知り合い、オフ会などと通し友人となった経緯がある。二人は日本在住の留学生。サーニャに関しては通う大学も近い事もあり、彰の家にホームステイするほどに仲が良い。


 クラシャンは近くに住むニート――もといプロゲーマーで、なんと日本にはゲーム留学で訪れている強者でもある。


 実際に日本に滞在できるほどの資金を稼ぐほどには実力があり、その筋では有名な人物でもある。


 その日も仲間内で集まり、某大学で企画されていた新作のゲームのβテストに参加した際に召喚に巻き込まれたという経緯を持つ。


 召喚された彼らは、その場で行われた”適性試験”を見事通過。現在の帝国の軍属として配属されたという経緯がある。


 肝が据わっているのか、性分なのか。皆が混乱し、半ばパニックとなっていた状態においても、この三人はただただ目を輝かせていたという。


 彰が何故リーダーとして任命されたのか、だが。


 理由は単純で、知り合うきっかけとなったゲームにおいて彼がチームリーダーを務めていたからだ。そして、サーニャとクラシャンが口を揃えて「ショーンに任せる」と言ったのが決定打となったのである。


「今より我が軍は戦闘態勢に移行する。彰、貴様らにその火蓋を切って落としてもらう役目を命じる」

「つまり、先陣を切れという意味ですか」

「そうだ。正確には、敵兵よりも先に――つまり機先を制すのだ」

「成程。了解しました」

「わかっておるな? 敵は――」

「殲滅、ですね? 任せてください、一兵たりとも逃がしませんから」


 ニヤリと不敵に口角を吊り上げる彰、もとい翔雲。サーニャとクラシャンも普段のおちゃらけた雰囲気が消え、自身の武器を入念にチェックし始めた。その目は真剣そのものと言った所か、まるで別人のようである。


 殲滅、つまり相手を殺すという行為が許可された。つまりはそういうことなのだろう。


 元々FPSで知り合った仲間。彼らはずっと求めていたのだ。リアルとはまた異なる、本物の戦場を。


 彰は自衛官になる為に大学に進学し、サーニャは在日米軍兵になる為に日本に留学している。クラシャンの両親は仏軍のエリートであり、本人自身も従軍経験がある。実はこのメンツの中で、一番年長者でもあるのだ。


 このアヴィスフィアに召喚された際の最初の”適性試験”。


 その内容は「殺害」。対象として用意されていた魔物やヒト族を、手段を問わず殺すことだったのである。


 この世界に来た以上、生き残るためには”必須”となりうるその行為を実際に実行することが出来るのか、その”適性”を試験したのである。


 翔雲らが通過した試験。それこそが”ヒトの殺害”であり、その合格を経て軍属となったのである。


 当然通過し、それを了承したからには”敵を殺す責任”が生まれる。殺らねば、殺られる。その生存競争の場に彼らは自らの意思を持って、足を踏み入れたのである。


 メリットも大きい。まず、配属された軍の中ではエリート中のエリートとしての待遇になる。その階級は、上にフルマンを置く二等軍曹と軍曹補。彼の直下の部下よりも、地位は上なのだ。


 ちなみに二等軍曹が翔雲で、他二人が軍曹補である。


 生活その他諸々に関しても優遇される。ユニークスキル持ちには、それほどの軍事的な価値があるのである。


「捕虜も数名いる。その奪還も視野に入れて計画を立てろ。先程の命令以下の戦場での判断や行動は、全ては彰。貴様に任せる。――敵を打ち滅ぼせ、遠慮はいらん」

「ハハッ。お任せを。――行くぞ、テメーら! 皆殺し(ゲームスタート)、だ」

「「Sir,Yes,Sir!」」


 勢いよく飛び出していく三名の召喚者。彼らは軍属となってからも、この一年各地の戦場に秘密裏に派遣されている。


 つまり既に実践経験済みであり、普段の姿からは想像は付かないが、武勲も多数立てているのだ。


 故にフルマンの信頼も厚い。フルマンは一部の者――特に彰には厳しい。それはその者に期待しているからという側面が強く、そもそも期待の無い奴には怒るどころか声すら掛けていない。


「小隊を、彼らに預けなくても大丈夫なのですか? 流石に三名ではどうにもならないと思いますが……」

「ふふ。捕虜の件といい、この件といい、貴女は()()()()()()()()()ほど、気立てが良いな」

「――! 前線で活躍なさってる方に、差し出がましい事を申してしまいましたわ」

「構わぬ。それに彼らは問題ない。寧ろ、部隊を付けては逆に足を引っ張ることになるであろう。それほどまでに卓越している」

「成程、いらぬ心配でしたか。相当の実力のお持ちなのですね」


 翔雲ら三名が向かった方向を見ながら、フルマンに自身の疑問を投げかけるルナ。


 そんな彼女の細やかさに対し、破顔した彼はその疑問に快く答える。


 少し大げさに反応したルナ。その所作をまるで誤魔化すかのように謝罪を続ける彼女。


 フルマンはそれを恥じらいと考えたのだろう。特に疑問を持たず、その謝罪を受け入れてその理由を語った。


 ホッとした表情を浮かべるルナ。会話の流れとしても自然であることを自覚しているのか、先程の動揺ともとれる状態から既に立ち直ったようだ。しかし、未だ不安なのか彼らの去った方向を見つめている。


 愁いを帯びた表情で中空を眺めるその姿は、実に美しく儚げで、同じ空間内に存在する皆をただただ魅了するのであった。

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