生活空間が実はとんでもなくチートだった!
中々投稿ペースが上がらない。一週間で書いている人は凄すぎますね……。
「さて、諸君。準備はよろしいか? 明日を持って彼の国は滅ぶっ! 我が国に逆らうことの愚かさを、周囲を蔓延る凡愚共に思い知らせてくれようぞっっ!!」
「「「「「「Sir! yeah,sir!!」」」」」」
「一騎当千を誇った獣の王も、既に駆逐した! 曽ての英雄も、今や病に伏しているっ! 残るは傀儡の王と醜い背信者、微少の蜜に集る矮小な羽虫のみであるっっ!」
「「「「「「Hoo-ah! hoo-ah! hoo-ah!」」」」」」
「略奪、強奪。その方法は個々に委ねる! 男は殺し、女は犯せ! その悉くを蹂躙し焼き払い、全てを奪い尽くせっ! 恐怖を根底に刻み込むのだっっ!!」
「「「「「「Hoo-ah!! hoo-ah!! hoo-ah!!」」」」」」
「精鋭達よ! 今この時が我らの悲願! 歴史の転換点と心得よっ! 今は亡き、我らの偉大なる父王の墓前に! 輝かしき勝利の聖杯を捧げようではないかっっ!!」
「「「「「「YEAHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHH!!!!」」」」」」
アインズ皇国から凡そ十キロ程離れた小高い丘の中腹で、武装した無数の集団が整然と立ち並んでいる。
中でも一際屈強なリーダーと思しき男性の大きな掛け声に、皆負けじと声を張り上げているが見て取れる。
士気が高いと表すならその通りなのだが、それにしても異質で異様な熱気である。
……だが、違和感はそれだけには留まらない。
まず目につくのが服装だ。
白と黒、それに様々な色合いの緑を筆でランダムに塗りたくったような迷彩柄の様な色を基調としており、各所に実用的な収納スペースが散りばめられている。
所謂、地球でいう所の軍服のような物を全員が着込んでいるのである。
隊長格である男性は他との差別化を図っているのか、赤いベレー帽のような物を着用している。
そして何より各人が、異世界にはおおよそ相応しくない武器を肩に担いでいる。
服装からもあらかた想像は出来るであろうが……そう、銃である。それもピストルような小型なものでは無く、ARである。……形状から察するに、恐らくM16だろう。
これらの殺戮兵器が何故この世界に存在するのかという異物感。そして、圧倒的な不協和音。これから始まろうとしている非日常。まさにそれを体現しているかのようである。
「ワーオ! 流石はタイチョーサン、迫力ぅネー。It's so cool!!」
「確かに、軍曹殿のあの雄々しい姿。同じ男として惚れ惚れするでござるな」
「シッ! うるさいぞサーニャ! クラシャンもだ! お前らただでさえ目立つんだから、大人しくしてろって! 後でどやされるの俺なんだからなっ!!」
「オー。ショーンは相変わらずキンタマ小さいデース。オネーサン、そんなんじゃ物足らないデース」
「ショーンじゃなくて翔雲だって何度言えば分かるんだよっ! それに、言うほど小さくも無いわっっ!!」
先程までの異様な雰囲気をさらに崩壊させるべく、口論を繰り広げる三人組がいる。
サーニャと呼ばれた拙い日本語を話す米国出身と思われる女性は、空色のワイルドなカットのホットパンツを履き、明るめな黄色や緑色を散りばめた迷彩柄――こちらはウッドランド迷彩だろう――のビキニのような物を着用している。
金髪ゆるふわロングの前髪に大き目のサングラスを掛け、右手にはUMP9――サブマシンガンを肩に置き、左の掌を空に向けて首を振っている。
……季節的には真冬も良いところなのだが、何故だか寒さを感じている様子が無い。
そんな彼女を額に青筋を立てながら怒鳴りつけているのは、顔立ちからして日本人の青年だろう。
こちらはシンプルな黒のタートルネックのロング丈のシャツに、土気色のワークパンツを履いている。カーキ色のミリタリー仕様のコートを羽織っているのと、背中に背負っているM24――スナイパーライフルが特徴的だ。
最後のオタク口調の青年はクラシャンだ。フランス人だろうか、これまた一昔前のジャパニーズオタクをリスペクトしたかの如く、水色のチェックのシャツを紺のジーンズの中にキッチリとしまうスタイルをしている。
シャツを着ているので少ししか見えないが、実は下には戦車が美少女化したアニメ――戦娘のキャラTを愛用している。
彼はご丁寧にリュックサックまで背負っており、その端にはポスターの代わりかベレッタ686E――上下二連式のショットガンを収納しているではないか。
ビン底の眼鏡のような物を掛け、身体の前で腕を組み「実にグッジョブでござるな。いやぁ、尊い」などと呟きながらうなずいているのが何ともシュールである。
高身長で細身な筋肉質。眼鏡の端から望むその顔も、よく見れば整っているのが分かる。日本人が聞いても違和感がないほど流暢に話していることからも、恐らくは人間偏差値的には優秀な人物なのだろう。
……口調と恰好で、その全てが台無しになってはいるのだが。
こちらも負けず劣らず異世界ブレイクをしているが、どうにも様子がおかしい。
いや、様子というよりは”空気感”とでも言うのだろうか。前者と後者では、雰囲気に明らかな温度差があるのだ。
「アーハン? そのセリフはラーシャに勝ってからにするネー、japanese?」
「馬鹿野郎っ! あいつのは特別だ。男が皆キングコブラを飼ってる訳ねーだろーがっっ!」
「? ショーン氏。期待に沿えなくて申し訳ない。拙者蛇は好かぬ故、飼育してござらん」
「だからショーンじゃなくてショウウンだっ! シ・ヨ・ウ・ウ・ン! それに、そういう意味じゃねーよっっ!?」
「ショーン。そんな事よりタイチョーサンがこっちみてるネー。ほら見てあの顔、最高にcoolネー!」
「うげぇっ! どこがクールだよ! ベリーホットじゃねーか! お前ら、こっちにこいっ! サッサととんずらすっぞっっ!」
この様な言い合いからも察することが出来るだろうが……そう、軽いのである。
やばっ!? くっちゃべってんの先公にばれたわ! くらいのノリなのだ。
片や戦争前の士気向上のための気合いを入れ、片やそれを眺めて歓声を上げる。
まるで軍事国家における、公開軍事演習のセレモニーのようである。
当然今から行う作戦は演習では無く戦争だ。それも、相手の悉くを蹂躙せんとする過激なものである。
それを端から賑やかされれば、いよいよ士気に響き兼ねない。
必然、隊長格である男性の顔は吊り上がる。その迫力こそまさに、”鬼の形相の確たるや”と言ったところであろう。
ちなみにこの男性の階級は”軍曹”で、名はフルマンと言う。
現在のその姿は”鬼”が前についているが、実はサーニャが言うような隊長ではない。恐らく夜のお姉さんが”シャッチョサン”と言うような感覚なのだろう。
ともあれ。そんな怖ろしい相手にこのような態度を取っているという時点で認識が軽い。まさにふわっふわである。
それもそのはずで、彼らはアイヴィスと同じ世界――つまり、地球からやってきた転移者達だったのだ。
国や地域にもよるかも知れないが、アヴィスフィアに比べて現代の地球は平和である。彼らの間には、そういった点での”認識の違い”のようなものが存在するのかも知れない。
「はぁ、全く彼らは何でああなのかね。これでは兵の士気に響いてしまうではないか」
「ふふ。さしもの鬼も、中々に手を焼いてるみたいですねぇ」
「あぁ、全く笑いごとでは済まされんのだ。あれで実力が確かなのだから、余計に立ちが悪い。……流石は”転移者”と言ったところか」
「まぁ。貴方様がそこまでの評価をしておられるとは、少し嫉妬してしまいますわ」
「お戯れを。貴女は特別だ。その美貌の前には男など、誰もが只の木偶へと成り果てるだろう」
深い溜息を吐き、翔雲らが逃げ去った方向を眺めて愚痴るのは、鬼軍曹であるフルマンだ。その刺すような眼光は、飛ぶ鳥を睨んだだけで落とせそうなほど冷たく、そして鋭い。
そんな彼の隣では、おおよそ戦場に相応しくないような柔和な笑顔を浮かべる女性が陣取っている。
特徴的な藤色の髪を妖艶に纏いはにかむ麗しい女性。フルマンは表情を伺えぬ顔で彼女を眺め、ふんっと鼻息を鳴らしてその謙遜さを聞き流した。
彼の性格ならば「戦場に女など不要だ」と声を大にして叫びそうなものなのだが、実に意外だ。
そしてそうしない理由は彼の口からも語られているように、彼女が”特別”だからである。
帝国は”力こそ全て”。所謂、実力主義である。
力と言っても、腕力だけでは無い。知力や財力、魔法力に至るまで、その全てを以ての”実力”だ。
下剋上上等。当人たちの意思はともかく、そこには種族や性別などは一切合切考慮されない。
仮にいくら従軍歴が長かろうと、また仮にいくら国に尽力していようとも、実力で劣れば即座にその席を明け渡すことになる。
上下関係も厳しく律されており、上の者の命令は絶対遵守。逆おうものならば、最悪その場で処断されることすらありえる。
しかしその場で決闘を申し込み、その試合にて勝利を収めることが出来たのならば、運命が変わる可能性は十二分にある。
決闘のルールは、実にシンプルだ。
申し込んだ者が申し込まれた方の用意した戦場で戦い、その場で雌雄を決するのである。
申し込まれた方は『強い=正義』という帝国の理念上、基本的に断ることは出来ない。その代わりに絶対的に有利な状況を意図的に創りだし、行使できるのだ。
当然勝てば挑戦者に対して何らかの要求を強制することが可能となり、逆に負ければ”二階級降格処分”として処理されることになる。
但し、当然と言えば当然なのだが、挑戦資格は軍属の一般卒以上に限られる。
その上、挑戦できる範囲も二階級差までと規定が定められている。……皇帝の打診があった場合はその限りではないが。
軍事国家と言うだけあって、その内容は過激な傾向になることが多い。
財力のあるものに挑んだ者は多体一に苦しむだろう。極端な話、私兵千人体一人という状況もあり得るのだ。
知力にしても、まさか試験対決なんてことにはならない。周到に用意された様々な罠が、須らく挑戦者を襲うこととなるだろう。
魔法に関しても然り。挑戦者にとって圧倒的に不利な環境となるのは、まず間違いない。
ちなみに決闘は、国が有事のとき以外は何時でも何処でも行える。そしてその都度どちらが上であるかの優越が決まるのだ。
早い話、自分の価値を示したいのならば、”相手を強制的に黙らせる理不尽な暴力”が絶対条件となる。それこそが、帝国で生き抜くための”唯一無二のルール”なのである。
ともあれ。挑戦者が勝利を収めた場合、受けたものは前述の通り二階級の降格処分となる。反対に、敗北した場合はその全てを失うこととなる。提示された条件如何だが、その中には”人権”も含まれる可能性もある。
要するに、挑戦する方が圧倒的に不利なのだ。自然とこの方法を取る場合は、追い詰められてやむなくというケースが多い。
話しは戻るが要するに、彼女がフルマンの隣に居るということは彼に匹敵、あるいは凌駕する実力を持ち合わせている事実に他ならないのである。
「しかし、あれからもう三年も経つのだな。時とは過ぎると本当に早いものだ」
「あら? 懐古ですか。これはこれは、珍しいこともありますねぇ」
「はやされるなルナ殿。なに、我らが軍勢も随分と変容したものだと思ってな」
物思いに耽っていたのか、珍しく過去を語りだすフルマン氏。隣に立つ女性はそれを意外と茶化すように、悪戯な笑みを浮かべた。
彼女の名は、ルナ・ル・マリュノス。今年二十二才を迎える年なのだが、十代半ばだと言っても過言では無いほど瑞々しい肢体を持っている。
その凹凸のはっきりした麗しい肢体は、老若男女問わずただそこにいるだけで魅了されてしまいそうな程の色気を放ち、まさに”生けるヴィーナスと如し”と言えるだろう。
清廉な淡い紫色の膝丈程のドレスとレースグローブがよく似合っていて、風に揺られ閃く布地から時折見える同色のレースストッキング越しの膝裏もまた、何とも情欲的だ。
この若さと容姿で、数年程前に帝国に激震を走らせるほどのスピード出世を果たした女傑であるというのだから驚きである。
その容姿といい服装といい、軍服を着る集団の中では明らかに目立つのだが、注意するものは一人も居ない。
先程の翔雲達の言動に目くじらを立てていたフルマンさえ、まるで当たり前であるかの如く受け入れている。
「鋼鉄の杖――”銃”と言いましたか。先程の訓練を拝見させて頂きました。何といえば良いものか。――そう。まるで、帝国を体現したかのような圧倒的な暴力、まさに”理不尽の権化”という印象ですわ」
「”理不尽の権化”か。ハハッ。いや、まさにおっしゃる通りだ。我が国の誇る精鋭、その全てはかの力に屈した。剣や槍、弓はおろか、魔法ですら歯が立たなんだ。いやはや、全く以て恐ろしいものよ」
「え、あれは魔法ではないのですか? 杖とおっしゃっられていましたので、てっきりそうだとばかり」
「ああ、そうか。貴女は先日潜入捜査から戻られたばかりであったな。なに。我らも皆、最初はそう思ったのだ。だが怖ろしいことに使い方さえ理解出来れば、あの杖は”誰にでも”使用できる代物だったのだ」
「――なっ!? あの”暴力”が、誰にでも……っ!」
無論、訓練は必要だがと、乾いた笑いを浮かべながら皮肉そうに語るフルマン。そのあまりの内容に、端正な顔を青くしたのはルナである。
フルマンの言う通り、彼女はここ数年間帝国を離れ、アインズ皇国に出向いていた。
時にはとある商人ギルドに仲介人として商いを行い、時にはとある酒場の踊り子としてその場を盛り上げ、時には貴族の愛人として夜を共に過ごしたりなど。
その時その場所の特定の人物をターゲットに絞り情報を聞き出すという、所謂諜報活動を行っていたのである。
当然本国との情報を共有するために派遣された間者から、その”暴力”について話は聞いている。
しかしながら百聞は一見に如かず。実際に自身の目で見ることによって、初めてその脅威的な力を肌で感じ取ったのである。
何よりも驚いたのが、他の追随を許さぬような暴力が誰にでも使えるという衝撃的な事実だ。
元来魔法はことアヴィスフィアに置いて、生活をする上で当たり前に存在する手段の一つである。
しかし、あくまでも生活を補助するための使用が主であり、冒険者らを除く一般人に置いては戦闘目的とした魔法の使用者は珍しい。
獣人と違い、ヒト族のそのおよそ九割以上は何らかの魔法を行使することが出来る。
然しながらその大半は、実用的なレベルに満たない。
内包する魔力、行使できる属性、そしてそれを発動する速度は先天的なものだ。早い話、生まれた瞬間にある程度決まってしまっているのである。
育った環境や熟練度によって伸ばすことも可能だが、前者と比べて微々たる上昇値だ。
つまり魔法とは、個人の生まれ持った”才能”に起因するのである。
例外として挙げるならば、技能で補う場合だろう。
特に個別技能は千差万別で、中には生まれ持ったもの以上の力を発揮するものも居る。
要するに誰もが同じように同じ魔法を同様に発動するというのは、実質不可能なのだ。……特に今回のような高火力を一定して出力するなど、にわかには信じられない出来事なのである。
一種の”パラダイムシフト”と言えば良いのだろうか。
ことアヴィスフィアに置いて明らかなる異常。根底を揺るがし兼ねない過剰戦力なのである。
(……この事をあのお方は存じ上げているのかしら? 分からない以上、何としてもお伝えしなくては――)
「む? ルナ殿、どうなされた? 顔色が優れぬようだが」
「――っ! ……いえ。あの暴力が人に向けられるのを想像してしまって、少々」
「ふむ、無理もない。斯く言う私も以前行った実践訓練の際に実感したものだ。……此度の戦争、かの地は鮮血に染まろうぞ」
ルナはあまりの衝撃に我を失い、何やら思案しているらしい。それを怪訝に思ったフルマンに指摘され、その麗しい肢体を上下にビクリと揺らしている。
対するフルマンは同時に揺れる双丘に視線を奪われながらも、咄嗟に浮かんだ言い訳とも本音ともとれる言葉に対して自身の体験を語っている。
いかに屈強な軍人であろうと、男には避けては通れないもの――それ名を”おっぱい”。彼の武人と言えど、決して例外では無いようだ。
それも飛び切りの美人のものとなれば、見逃すなど男として終わっているだろう。
ともあれ。当然ながら、実戦訓練では実弾は使用していない。
それでも繰り返し行った射撃演習の結果を鑑みるに、どれほどの殲滅力があるかは自明の理である。そしてそれが及ぼす事象など、まさに考えるまでもないということだろう。
まず、剣や槍などの近接武器では近づくことすら許されないのだ。残された遠距離部隊である弓は発射までの準備とその後対空時間に難があり、魔法は詠唱速度が遅すぎて迎撃に間に合わないのである。
圧倒的なまでの瞬間火力。遠距離からの必殺が可能な銃に対して後手後手に回ってしまい、瞬く間に敗北を期する。という散々な結果だったのだ。
フルマンの言う通り、皇国の将兵達が凄惨な結末を迎えるのはまず間違いないだろう。
そして、それだけではない。
(あの不可思議な紋様の防具、丘陵だから目立つものの……。――そう。例えば森の中で木々に紛れたりすれば、魔法を使わずに姿を隠せそうだわ)
ルナは語り続けるフルマンを横目に、先程までとは打って変わった余裕のある柔らかな笑みを浮かべながら思案する。
遠い地を見るように、またそれを憐れむように目を細めるフルマン。
各箇所でそれぞれ自身の任に当たる彼の部下達。逃げ切れたことにホッと息をつく翔雲ら三人。
様々な思惑が渦巻き、堰を切って流れ始めた。日々の日常とは異なるその物々しさが運ぶもの。それは輝かしい栄光なのか、はたまた破滅の二文字となるのか。
それを知るのは神のみぞ。後の世の戦乱の始まりと称される戦いが、今まさに始まろうとしているのであった。
「ふむ、なるほど。……全く、この素晴らしき世界にあのような金属の塊を大量に持ち込むなど、相も変わらず無粋な連中だね」
「殲滅する?」
「いや、それは私がやろう。ツグミは引き続き、アイの事をよろしく頼む。最善を尽くしてはいるが、何が起こるか分からないからね」
「分かった。……ウサギは?」
「ふむ。彼女には今日に至るまで、随分と助けられた。私が自ら責任をもって迎えに行くよ」
「うん。待ってる」
「それに一人、面白い娘がいるみたいだからね。物のついでに奪ってくるよ。アイのためにも、ね」
「そう。気を付けて」
「そうだね、十二分に気を付けよう。見極めは、大事だからね。……彼のこと、くれぐれも頼んだよ」
夕闇に暮れるとある密室にて。沈む太陽と思しき恒星を背にして溜息をついたのは、この部屋の主であるイサギその人だ。
顔の上半分を仮面で覆っているというのに、器用にティータイムを楽しんでいる。
そんな彼女から伸びる影の一角に、ひょっこりと顔を出すのはツグミである。相も変わらずペストマスクの様な仮面を着用しているため、その表情は伺えない。
何故影から顔を出しているか、なのだが。それは、彼女の能力の一つに起因する。
そう。固有技能に分類される珍しいスキル。『影移動』である。
特定の条件を満たした個人、あるいは場所。それらが生み出した影と自身を繋ぎ、その距離を零とする画期的なスキルだ。
端的に説明するならば、個体間に置ける”転移”である。
その上、影の中に潜伏している間は如何なる外的要因のその一切を受け付けない。要するに、一種の無敵状態となる。
自身の身体が縦に収まるほどの大きさの影が必須となるが、その利便性は計り知れない。
光あるところには必ず影が落ちる。全方位を光で覆えば無くすことも可能かも知れないが、実質不可能だと言っても過言ではないだろう。
そんな彼女にとって、距離は一切の障害にならない。文字通り一瞬で目的の場所へ辿り着けるからである。
つまりなぜ今この場にいるのか、その謎を解くのは実に簡単だ。
昼にアイヴィスを学園に送り終えた後とある任務を遂行し、その経過報告を行うためにイサギを訪れているのである。
先程密室とは言ったが、その場にある扉は開いている。
そしてその扉の向こうでは、シフォンと思われる女性がメイド服のような物を着用し、通路の清掃を行っているのが伺える。
扉が開いているのに、なぜ密室なのか。その理由は、前述したツグミの技能が関係している。
影の中は無敵。それが意味する一つの要因。つまり、影の中は”外界から隔離されている”ということになる。
そしてここはその影を利用し、誓約を交わした一部の者のみ存在を許される空間だ。
そう。この場所は、アイヴィス一行が三ヶ月程生活を営んだ、『烏丸』とよばれる密室なのだ。
使用された異能、その名称は『空間魔法』。その名の通り、空間に作用する魔法の一種である。
今回の場合は、ドアと言う媒体を通し、事前に用意した位階の異なる次元と繋げる空間魔法と、特定の人物のみ入場出来るという誓約の呪法、この二つの異なる力が行使されている。
イサギがアイヴィスの為だけに創り、自身と彼の理想郷として築き上げてきた”夢幻の空間”。
夜烏内のギルド長室にある一つの扉を介して、漸く烏丸へと辿り着く。
そう。密室――つまり部屋と表現した理由は、この異界への道がドアと繋がっているからである。
そして、この部屋以外にも空間魔法は様々な用途で使用されている。例えば物を収納する箱や鞄だったり、意外なところでは食品保管庫などだろうか。
空間魔法にも多数の種類が存在し、その中でも烏丸のような次元に干渉するものは特に優秀だ。
それらを利用することによって、時間という概念の固定が可能なのだ。要するに、生鮮品が腐らない空間――つまりは副次的な”永遠”を創り上げることが出来るのである。
当然と言えば当然だが、この神のごとき魔法にはそれ相応の条件がある。
まず挙げるのは、空間魔法の適性。つまりは生まれ持った才能の有無である。この時点で大半はふるいから落とされるのは言うまでもない。
次点としてはその習得難度だ。空間魔法に限らず、魔法を発動するためには様々な条件が必要となる。
事象を改変する為の工程や、それを発動させる鍵となる呪文や魔法陣などがそれにあたる。
空間魔法で生活空間を作成する場合、最低でも以下の様な工程を全て満たす必要がある。
一つ、空間の座標を指定する工程。
一つ、指定した空間を固定する工程。
一つ、完成した空間と、繋げたい空間との連絡を行う工程。
その空間が三次元であるなら、X軸やY軸にZ軸それぞれの軸の数値を正確に指定し、その範囲を固定する必要がある。
指定した環境がヒトが生活するに於いて必要なもの――例えば、空気や水などの化合物などが既に揃っているならばこの工程だけでも事足りる。
然しながらそれらがない場合、当然ながらヒトなどの生命体は生存することが出来ないのだ。
よって、それを補うための工程が幾つか追加されることとなる。
例えば水の魔法を用いて噴水を作ったり、風の魔法を使い空気を生成し、それを循環する風車のような建造物を設置したりするなどである。
その場合術者は空間魔法以外に、水や風、地の属性の適性も無ければならなくなる。
そうでなくても空間魔法に要する魔力は他の比ではない。
『烏丸』作成に要した魔力と、火属性魔法『トーチ』で消費する魔力。
これを仮に現代日本の物差しで比較するならば、マッチに着火する際のエネルギーと人類史上最大の爆弾”ツァーリ・ボンバ”で発生したエネルギーくらいの差が生まれる。
決して空間魔法にだけに言えることでは無いのだが、事象を改変するためにはそれに相応する魔力が必要となる。
さらに人の生活出来る環境で無い場合は、その空間魔法と同時に先程のような複数の属性魔法を駆使しなければならないのだ。
この全ての工程をイサギは個人で行っているが、本来ならば到底一人では間に合わない。
……まさに神の所業であり、おおよそヒト族には不可能と言っても過言では無いのである。
異世界に渡る者。つまり転移者とは、それ程の魔力を内包し得るということになる。
とは言ってもイサギ(朱羽夜の身体)とラヴィニスは、その中でも一段と特別ではあるのだが。
通常の転移者の魔力平均は、現代日本でいう雷程の魔力となり、彼らはそれを個人で所有する。
それを熱量換算で例えるなら、百五十万キロジュール《MP:1,500,000》ほどとなる。
ここでいう”MP”とはマジックポイントとの事で、個人における魔力の保有量を表す単位である。
一般的なアヴィスフィアの平民のMPを仮に100として比較すると、その差は歴然と言えるだろう。
ちなみにその場合、『烏丸』作成に要したMPは210,000,000,000,000となる。これは、単純計算で転移者140,000,000人分の魔力を用していることとなる。
しかもこれは最大MPでは無く、創造時に使用された魔力量の一部である。……あくまでも物の例えではあるが、彼らがいかに特別な存在なのか、ご理解頂けたであろう。
イサギ以外に作成するのはまず不可能で、奪おうとして侵入しようにも誓約によって門前払いされてしまう。
それこそが彼の持つ絶対的な安全地帯。現代日本でいう核シェルターなど、まるで比較にならないほどの安心設計なのである。
然しながらこの空間は、決して万能という訳でも無い。
その一例を挙げるなら、それは外界から隔離されているという点だ。
つまり逆を言えば、内側からも外側に干渉することが出来ないということになる。
ツグミのように影移動などの空間に作用する移動方法を持たぬもの以外は、一切この場から出ることは叶わないのである。
もし脱出したいのならば、”扉”と称される空間の繋目を渡る必要がある。
そして、その扉はイサギによって管理されている。
要するに、彼女の采配ひとつで絶対無敵の安全地帯は、即座に”脱出不可能な牢獄”にも変わりうるのである。
何らかの外敵要因で、扉が塞がれてしまった場合も同様となる。
そう。烏丸とは、何というか彼女の性格――精神的粘着性がそのまま形作ったような、ある意味で恐ろしく完璧な空間なのである。
「さて、そろそろ向かおうか。さっさと雑務終わらせて、改めてシュウ君を招き入れないとだからね、ふふっ」
「…………」
とても良い笑顔を仮面の下に浮かべるイサギ。その様子を見て沈黙を貫くツグミ。
その様子をこっそり聞き耳を立て伺っていたシフォンは、あわわっと静かに身体を震わせるのだった。
夜烏作成に要した魔力、またその計算はあくまで例えです。
比較する上で解り易いように暫定的に設定しただけなので、あまり気にしないでください。