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アヴィスフィア リメイク前  作者: 無色。
一章 皇女の軌跡
17/55

女子高生として学園に通うことになった!

大分間隔が開いてしまいましたが、投稿再開します。

「ホホ、そうですか。相変わらずですね、彼女は」

「うん」


 朝靄の影に佇む二つの人影。


 今宵は新月。光を好まぬ者たちが行脚するには絶好の日。


「ホッホッホ。それで? 奴らに動きはありましたか?」

「無い。いつも通り」

「ホホ。そうですか、向こうもある程度私たちの動きを把握しているでしょう。いつ何時何があるか分かりません。引き続き、警戒した方が良いでしょう」

「うん、分かった」


 特徴的な笑い声で多弁に語るのは、深緑のローブで包まれるエセ神父(のように見える)フクロウだ。


 口調こそ穏やかな様子だが、目は全く笑っていない。真剣そのものといった様子である。


 対する口数の少ない人物は、黒い着物と黒いローブ、顔を隠すペストマスクを着用するツグミである。


 アインズ皇国の郊外にある一角の森で、何やら密談のような会話をしている様子。


 辺りは白い霧で覆われているため、二人以外の人物を視認することは出来ない。


 どことなくピリッとした空気が漂う中、不意に思いついたとばかりにフクロウが口を開く。


「そう言えば、お友達とは仲良く出来ていますか? 暫く会えていなくて寂しいと言っていましたが」

「うん。この前一緒にご飯食べた」

「……! ホホ。それはそれは、良かったですねぇ」

「うん。新しい友達もできた。ヴィヴィが言ってた通り、面白い人」

「ホッホッホ。貴方がそこまで饒舌に話をするとは。よっぽどうれしかったのですね」

「ッ! …………んっ」


 先程の様子は何処へやら。まるで父母の様な、慈愛に満ちた表情で傍らの背丈の低い同僚に話しかけるフクロウ。


 その相手であるツグミも、少し身を乗り出すようにして会話に応じている。


 まるで子供が親に学校であった出来事を報告するような、そんな和やかな雰囲気である。


 その様子がおかしかったのか、フクロウは今度こそ破顔してツグミに微笑みかける。


 視線に気が付いたのか、彼女は身体をビクリと反応さて黙り込んでしまった。少し俯いているので、おそらく恥かしがっているのであろう。


 因みにフクロウは、アイヴィスが入団して初めてラヴィニスがツグミの友人だと知った。


 というのも、基本的にこのギルド。入団の経緯が訳有りというのが過半数を占めている。故にプライベートに関わることは詮索しない、というのが暗黙のルールとなっているのだ。


 この団の団長であるイサギのみが全てを知っている。経緯はともかく、その後のプライベートな情報をどのような方法で確かめているのかは不確かだが、団員、または奴隷である以上その須らくに例外は無い。


 恐らく入団、また奴隷になった際に結んだ誓約が関係しているのだろう。というのが、ギルド幹部の見解である。


 ちなみに、一般団員とドレイレブン以外の奴隷はこの事実を知らされていない。


「ホホ。アイヴィス殿には感謝しなければなりませんね。良い傾向です。少しずつですが、イサギ様のご構想が実を結び始めたと言ったところでしょうか」

「…………」


 なにがそんなに愉快なのか、微笑を絶やさないフクロウ。少し遠くを見つめているのは、何かを思い出しているからだろうか。


 対するツグミは黙り込んでいる。ただし不機嫌になったという訳ではなさそうだ。自身に芽生えた感情に戸惑っているような、そんな様子である。


「(キョキョキョ!)旦那。来ましたぜ、奴らでさぁ。…………? なにかあったんですかい?(チビッ子がいつもよりさらにちっこくなってるでやんす)」

「…………」

「ホッホッホ。何でもありませんヨタカさん。少し、感慨に耽っていただけですよ」


 肩に嗤う大曲剣を担いだヨタカが、森の木々の影からスッと現れフクロウにそう話しかける。


 曲剣に馬鹿にされたからか、単にいつも通りなのかツグミは先程までとは違って口を開かない。


 そんな様子を横目に口を開いたフクロウは、こちらはいつも通りの好々爺調の笑い声をあげ答えている。


「まぁ、なんでも良いですがどうしますかい? 迎え撃ちます? (キョキョキョ! 身包み剥ぐでやんす)」

「ホホ。相変わらず血の気が多いですね貴方は。……計画、忘れたわけでは無いでしょう?」

「分かっちゃいるんですがね、旦那。これからウチのシマを荒らされると思うと、どうにも落ち着かないと言いますか」

「ホッホッホ。気持ちは分かりますよ、ヨタカさん。――しかし、これはイサギ様の勅命です。……引き続き監視の方、よろしくお願いしますね」

「へいへい、分かりましたよ。取り敢えずまた、動きがあったら連絡しますわ。(キョキョキョ! 見張りはもう飽き飽きでやんす)」


 今にも突撃そうな程の闘志を滾らせ、曲剣を持つ手に力を入れるヨタカ。


 そんな彼を諫めるように話すフクロウも、音の方向を油断なき眼で見据えている。


 言葉ではそれは柔らかい口調だが、纏う空気の質が先程より若干重くなったように見える。


 それでもイサギからの命令は絶対である。そしてそれはヨタカも同様に考えている。


 ならば何故言ったのか。第一の理由としては単純に戯れだろう。何度か行っている単調になりがちな状況確認の報告に、少々調味料(刺激)を加える目的としたものだ。


 第二にして最大の理由は、先程確認した()()は二人……いや()()()()()()三年間、今日に至るまで待ち続けた”怨敵”だからである。


 つまり、軽口を叩いて感情の一部を曝け出すことによって、気持ちを落ち着かせようとしたのだろう。軽い”憂さ晴らし”のようなものと言った方が正確かもしれない。


「いよいよですか。ホホ。――ツグミさん。イサギ様にご報告を」

「わかった」


 既に御存じかも知れませんが。とフクロウが言い、その間に既にツグミの姿は見えなくなっている。


「ホッホッホ。さて、どういう結末になるのやら。今から、楽しみですねぇ」


 ギルドがあるであろう方向に遠い目を向け、自身の髭を杖を持たない左手でなぞる。


 先程までの朝靄も晴れ、透き通るような景色と同化するようにその姿はすぅと消えるのだった。



「さてアイ。突然だが、君は明日から学生だ。転入という形にはなるが、皇国にある魔法学園の高等部の一年生として学問に励んで貰うことになる」

「………………はい?」

「ああ、言いたいことは分かる。当然ラヴィニスとルーアも一緒だ。彼女らは君の護衛だからね」

「はっ? いや、そうじゃなくて! え? 学生? なんで!?」

「? この前君が言ったではないか。魔法を学びたい、と」

「えええっ!? いやいや、確かに言ったけども! え? なんで学生?」

「む? 学ぶなら学校であろう? 今迄もそうしてきたではないか」

「いやまぁ確かにそうなんだけど……。え? 急すぎない!? あれ? もしかして俺、おかしなこと言ってる?」


 イサギに突然「君は明日から高校生だ」と言われた俺は馬鹿みたいに口をポカンと開けてしまう。


 何とか意識を取り戻し反論するも、「キミは何を言っているんだね?」と全否定されたため、最終的には自分がおかしなことを言っているのではないかと疑ってしまう始末である。


 そんな様子を眺めるイサギさんも、どうやら頭の上に疑問符を乗せているらしい。


 そのためなのか、何やら何とも言い難い雰囲気がギルド長室に立ち込めてしまっている。


 そしてそんな空気を察知したのか、机に前掛かりになり講義を始めるものがいた。……そう。嫁である。


「イサギ様! そんなのおかしいです! あり得ません、何故なのですか!?」

「――ラヴちゃん。そっそうだよね、おかしいよね。いやぁ、てっきり俺がおかしいのかと――」

「なんで私、アイヴィス様と同じクラスでは無いのですか! おかしいです! こんなのあんまりですっ!!」

「へっ? いやいやいやいや、そこっ!? や、確かに同じクラスじゃないのは残念だけど……」


 俺の援護をするのかと思いきや、全くの別件でイサギさんに抗議するラヴィニスさん。


 物凄い剣幕で食って掛かっているため、圧し掛かられた机が苦しそうにミシミシと悲鳴を上げている。


 俺は思わずイサギに向けていた視線を九十度向き直し、ラヴィニスに振り返ってしまう。


 余りにも見当違いの回答が、彼女の口から放たれたからである。


 俺としても同じクラスでないのは残念なのだが、どうにも噛み合っていない気がして腑に落ちない。


 どこか違和感を感じて「んー、おかしいなぁ」と首を傾げる俺を尻目に、二人の攻勢は止まらない。


 「だから、先日も説明したと思うが、魔法を使えるものは貴族であることが多い。特にあの学園は明確に主従が分かれており、そしてそれは君達も例外ではない。つまり――」とか、「聞いてません! 聞いていたとしても納得できません! そもそもですね? 私とアイヴィス様はつうと言えばかあ、阿なら吽であるように常に一緒に――」などと、少し斜めな論争を交わすイサギさんとラヴちゃん。


 話が平行線のまま、ずるずると時間だけが経ってしまいそうな雰囲気である。


 ……ちなみに俺は早々に脱落し、既に空気のようにいるのかいないのか分からない存在になり果てている。


 なるようにしかならない。自然の摂理だ、うん。しょうがない。決して二人の剣幕にビビった訳ではないのだ。

 

 こんな時こそ頼りになるのが我らがルーナ。カオスになりつつある空気を変える、風の精霊さんである。


「こほん。御三方。少々話が噛み合ってらっしゃらないようですよ。少し落ち着かれてはいかがですか?」

「「「…………」」」


 そもそもなぜこのような状況になっているのか、だが。先程言ったように俺がイサギに魔法の指導を頼んだからに他ならない。


 剣技や銃技などは、ラヴィニスとイサギの指導もあって当初より随分と上達していた。


 実践こそ経験していないがスキルの恩恵もあり、それなりに様にはなってきている。


 だが、問題は魔法だった。


 どうやらイサギの話によると、自身の身体――つまりはイサギに預けてる朱羽夜の身体を再び手にするためには、魔法の習得は必須条件らしい。正確には詠唱時に行う魔力操作が主たる目標だそうだ。


 俺の嫁であり、また指導者でもあるラヴィニスの職業(ジョブ)聖騎士(パラディン)である。魔法が使えないという訳ではないが、基本的に自己強化や属性付与(エンチャント)、自己治癒や防御魔法などがメインである。


 その上魔法には、”属性”というものが存在する。


 四大元素系である地水火風を始め、その複合属性である氷雷。陰陽系である光と闇。稀にそのどれにも当てはまらない属性を持つものもいる。


 ちなみにラヴィニスは、光と雷を得意としている。ルーアは精霊としての特徴である風で、イサギはなんと全属性というチートっぷりらしい。


 「一体俺の身体に何をしたらそんな事になるんだろう……」と、彼女から話を聞いた俺が愕然としたのは言うまでもない。


 そんなバグの様な存在の元の身体である素体、つまり現アイヴィスさんは火と闇の属性を得意としている()()()


 らしいというのは、その事実がイサギによる伝聞によって伝わっているからであり、魔法の発動に悉く失敗している現状ではいまいちよく分からないというのが俺の本音である。


 現状、そんな自身の規格外な身体のスペックを持て余している俺にとって、猫に小判、朱羽夜にアイヴィスなのだ。


 これは推測でしかないが、恐らくその全容の一割にも満たないのではないのだろうか。そう錯覚してしまうほどの何とも説明しがたいポテンシャルの存在を、俺はここ一ヶ月程で身体の内外から何となく実感していた。


 だがしかし、せっかくの異世界生活。何としても魔法の行使をしてみたい俺は、これまでラヴィニスやルーアの指導の元、何度もトライ&エラーを繰り返してきている。


 しかし、今日の今日まで目に見える形での成果がまるでなかったのである。


 使用を試みているのは火属性魔法。


 魔法名称は『トーチ』。火を媒体である杖の先に灯し、辺りを照らす魔法。


 火属性魔法の中では基本中の基本であり、何をするにもまずコレが出来なければ話にならない。 


 ラヴィニスは先程も説明したが、あくまでも魔法は補助的な意味合いで使用している。戦闘時は高等技術である詠唱破棄などを用い、無駄を最小限にまで抑えているのだ。


 そんな高等技術を素人の俺が直ぐに会得するのは著しく困難である。


 当然、彼女も基礎魔法から徐々に練習してきた。しかし人に教えるとなると勝手が違うようで、剣技と異なり上手く伝えることが出来ないようだ。属性が違うというのも影響しているのだろう。


 そこで俺は、属性こそ違うが種族的に魔法を得意とする精霊であるルーアに教鞭をとってもらおうと試みた。


 そしてそれも、結果としては上手くいかなかった。


 何故なら、彼女が得意する魔法は魔素から生まれた情報媒体である精霊を用いて行使する”精霊魔法”だったのである。


 精霊魔法を使用するためには精霊を使役した上で、その精霊を通して魔法を行わなければならない。


 つまり、俺自身が依然イヴと共に行った召喚魔法などで精霊と契約し、その精霊に懇願ないし命令して行使する必要があるのである。


 無論、精霊魔法の使用者が精霊である場合はその必要はない。


 主人である俺が、ルーアの属性である”風”を用いた魔法を使用することは誓約上可能だ。


 しかしあくまでも魔法を行使するのは精霊で、当然ながら俺ではない。その上、精霊魔法はヒト族が使う魔法とは根本的に魔素に対するアプローチが違うため、彼女のやり方は参考にならないのである。


 要するに、八方塞がりで困った俺はイサギに願い出たのである。魔法の使い方を教えてくれ、と。


 その結果が魔法学園への転入だったのだ。ちなみに相談したのは三日程前である。


「すまないねアイ。本当は私が直接教えてあげたい所だったのだが、少々野暮用があってね。今日から暫くの間、出掛けなければならないんだよ。…………全く以て、面倒なことにね」


 苦々しくそう語るイサギはその言葉の通り、まるで苦虫を噛み潰した様な表情をしている。


 その姿からも、出来得るなら自身が教えてあげたかったという思いが伺える。


 そう言えば鈴音さん教えるの上手だし、何より楽しそうだったもんな。


 不意に昔を思い出し、少し感慨にふけってしまう。


 残してきた両親も心配だし、愛猫のことも気になる。友人などは数年来会っていないので、おそらく俺が居なくなったことすら気が付いていないだろうが。


 状況が落ち着いてからというもの、故郷である日本を()()()()ことが増えたということを俺自身自覚している。


 といっても、現状やれることは限られているのだが。 


「いや、急なことだったしそんなに気にしなくても……。ていうか、その次の選択肢が入学ってどうなの? それに費用は? 正直いうと俺、そんなにお金持ってないというか、そもそもこの世界じゃ使えないような……」

「それに関しては問題ない。私が全て工面しよう。それと、こちらで必要と思られるものは全て用意して入居先に発送してある。アイは着の身着のまま向かえば良い」

「へっ!? いやそんな悪いって! ……ただでさえお世話になりっぱなしなのに」

「自分の妻に奉仕しない旦那がどこにいる。遠慮などしないで、何でも私に頼ってはくれないか」

「あ、そういえば俺、イサギさんの妻なんだっけか。……うん、違和感しかないな。ていうか入居って言った? え? 住み込みなの?」

「ふむ。先程も言ったが野暮用があってね。直ぐに済ませる予定だが、それでも一ヶ月は夜烏(ココ)を留守にすることになるからね。アイ。君達の安全のためにも、ここは是が非でも学園に通っては貰えないだろうか」


 用意周到過ぎるイサギさんの迅速な対応に目をパチクリとさせてしまう。


 流石にそれは世話になり過ぎだろう。と遠慮がちに答えたのだが、彼女が最後に付け加えた言葉によって沈黙することとなった。


 日本にいた頃から非凡な存在であると感じていたが、異界であるアヴィスフィアに来てその認識はさらに更新されていく。


 彼女は人外の、何か神がかった存在だ。と、突然言われても素直に納得してしまうのではないかと思ってしまうほどである。


 そしてその神のような存在と自分はどうやら結婚し、夫婦になったらしい。……実感が沸かず違和感しかないのも、ある意味でしょうがないことであろう。


 イサギの野暮用が何かは分からないが、俺は結果として彼女の厚意に甘えることにした。


「それはそれとして、いきなり入学して大丈夫なの? 俺この国のことそこまで詳しくないし、その、正直付いていけるか、かなり不安なんだけども……。ていうか、そもそも字が読めないんじゃない?」

「ああ。その点については問題ない。キミにはイヴが付いているだろう? 彼女はキミが異世界――つまりアヴィスフィアに転移した際の案内人として活躍できるよう、私が調整、教育している」

「…………つまり、どういうことだってばよ」

「例えば言語。キミが今まで気が付かなかったとなると、大きな問題無く正常に機能しているということになるね」

「……?」

「私とラヴィニスはともかく、ルーアや団員の皆と普通に話せていることに疑問は持たなかったかい?」

「――あっ! 言われてみれば……。ここは異世界なわけで、普通に考えたら言語が日本と同じの物とは考えづらいよね」


 ん? じゃあなんで今迄不自由なく会話できたんだ?


 腕を組み、顎に手を当てながら首を傾げて考えてみる。わざとらしくあざといその態度は、しかしながら可愛らしい容姿のおかげできっと違和感が無いだろう。


 イサギの説明によれば、今まで俺がこの世界で人と会話できていたのは全て”イヴのおかげ”であるということだった。


 簡潔に言えば、彼女が翻訳と通訳を瞬時に行ってくれていた。という訳である。


 耳から入った言語を認知できる言語に変換して俺に伝え、逆に発した(発しようとしたの方が正確かもしれない)言葉を現地語に意訳し、声として送り出す。それも本人に違和感を感じさせないで、である。


 凡そ人間には不可能な芸当である。


 そしてそれは文字にも影響する。視覚によって入手した情報を俺が認識する前にその記憶にある情報と整合、変換しに伝えるのである。


 早い話、一部専門用語などを除きほぼすべての言語を話し、読み、書くことが出来るのである。


 現地語を使えるというのは、その場に置いてかなりのアイデンティティーを誇るのは間違いない。


 俺はふとステータスカードに刻まれた固有スキル、”AiVSイヴ”の事を思い出した。


 どういう解釈なのかは分からないが、ステータスカード的にはイヴは所謂スキルの一種であると判断されたらしい。


 そしてレア度はユニーク。この世に一つしか存在しえない唯一無二のスキル。


 その評価は妥当、いやむしろそれ以上。会話もできるし入れ変われる。俺に言わせれば、それこそ究極アルティメットと呼んで良いのではないかと思うほどだ。


 そんなスキルがあるかどうかは知らないけれども。


 要するに魔法学園に入学する上で、障害になりえる問題は一切合切無いということである。


 詰まるところ、本人の努力次第ということであろう。


「あぁ、その、なんだ。る。ルーア君? キミのおかげで話はひとまず纏まった訳だが。……ひとつ、聞いてもよろしいか?」

「? はい。何でしょうか」

「キミは何故もう、制服着ているのだ? それも、学ランを。……あの学園の制服はその、ブ、ブレザーなのだが……」

「――なっ!? ……そ、そうだったのですか。…………残念、です」

「あの、俺としては学生帽と口元に加えている(恐らくコーヒーノキの)枝も気になるんだけど。……その、”木”だけに」

「……アイヴィス様。申し訳ありませんが、その冗談は面白くありません」


 話が一段落したところで、イサギさんが困った人を見るような目でルーアに話しかけた。


 対するルーアは、なぜ自分にそんな目を向けてどもっているのかと、コテンと首をひねることで表現して彼女に問いかけている。


 どうやらこのルーアさん、至極真面目にその恰好をしている(学ランを着ている)ようだ。学校に対して何やら思う所があるらしい。精霊だということもあり、学生生活などは送ってこなかったに違いない。


 しかし、一体どこから仕入れて来たのだろう。若干古いまでと感じてしまうその香ばしいセンスも然り。風の精霊なこともあり、噂話などが耳に入りやすいのかも知れない。


 俺も堪らずルーアにツッコミを入れるが、目の据わったラヴィニスによる思わぬギャグセン全否定に身体をビクつかせてしまう。


 ちなみにラヴィニスさんは、自身が椿沙であると俺に正体を明かした後も、変わらず丁寧な口調で接してくる。


 理由はいくつかあるそうだが「今の私はラヴィニスですから」と本人は語っているので、そういうことなのだろう。


 俺としても、本人がそういうのならば異論はない。というよりも、好みですらある。女騎士は斯くあるべきだ。というどうしようもない理由ではあるが。


 もしかしたら、ラヴィニスこと椿沙が口調を変えない理由の一つはそれなのかもしれない。


「ふむ。では今日の午後より使いを出そう。先程も言ったが、必要最低限の物は既に現地にある。小一時間程度で到着するだろうから、その場で次の日の転入に向けて準備すると良い」

「うん、分かった。お言葉に甘えるよ、イサギさん。……あの、最後に一つだけ聞いても良いかな?」

「むむ? 一つと言わず、答えられる質問には何でも答えるよ」


 俺としても、「ちちんの~ぷいぷいっ!」という感じに魔法は使えないものだという実感はあった。


 唐突ではあるが、イサギが言う様にきちんとした教育機関で学問として学ぶことへの必要性も認められる。そういった意味で彼女の提案は、実に有り難い。


「ありがとう。……あー、なんだその。……か、『烏丸』の(奴隷)達は大丈夫なの? イサギさん、留守になるんでしょう?」

「っ! ふふっ、君は相変わらず優しいね。奴隷達のことなど気を掛けるなんて」

「えっ!? あーいやなんていうか、その。……あのレベルの人達を放置するのは、その、い、色々と危険なんじゃないかなって――」

「ふむ。つまり将来の俺の嫁候補の安全を、確保して欲しいということかな? このむっつりさんめ」

「んなっ!? そ、そういう意味じゃ――」

「ふふっ、分かってるとも。大丈夫。彼女らには私が所有する安全地帯がある。キミ以外の何人たりとも、指の一本も触れさせないから安心して欲しい」


 恥かしくなり、思わずそっぽを向きながらイサギさんに問いかけてみる。


 しかし、彼女の素直な賞賛に面を食らい、どもってしまった。そしてそれがさらに羞恥に拍車をかけ、俺はあっちへこっちへと忙しなく視線を動かしてしまう。


 その姿を見て悪戯心にかられたのか、イサギさんはそんな落ち着きのない俺をさらに責め立てる。


 思わずビクリと反応してしまったのは失策だった。何よりムキになって否定してしまったのは、彼女の指摘は全て間違いだとも言い切れないということなのだろうか。


 まっ、まさか、ねぇ。さ、流石の俺も、本気でそんな――。


 不満そうなジト目でイサギさんを睨んでは見たが、真剣な表情で見つめ返えされ「ウッ」と息が詰まってしまった。


 結局「……それなら良いんだけど」と呟くに留まり、最終的にぷいっと彼女から目線を外すことで何とか平静を保とうと努力することにした。


 おそらくその顔には朱が差し、それは林檎のように赤くなっているだろう。それほどまでに頬に熱を感じていた。


 目線を外されたイサギさんは「やれやれ、しょうがないねキミは」と、無駄に洗練されたアメリカナイズのオーバーアクションをした後、「……本来ならキミもそのつもりだったんだが、何より大事なのはキミの意思だから、ね」と口内で小さく呟いている。


 そんな様子を俺の隣で見守っていたラヴィニスが、ハムスター顔負けなほどにぶすくれたのは言うまでもないだろう。


 紆余曲折あったが、そのような経緯でアイヴィス一行は高等部の生徒として、アインズ国内にある魔術学園に転入したのである。



 その日の午後。早速アイヴィス一行は、学園への足取りを歩んでいた。


 歩んでいたといったが、実際は馬車に乗っている。……引いている動物が馬に似た何かなので、馬車と呼んで良いのかは分からないのだが。


 そもそも手ぶらで異世界に来たようなものなので、実際には準備も何も無い。制服や部屋着などは既にイサギが発送済みなのだ。


 持っていくものと言えば、こちらに来てから手に入れた数点の衣服や物品と、イサギから返還された転移直後の以下の所持品くらいなものである。


 着用していた衣服、数年愛用しているシンプルなダークブラウンの牛の本革の長財布、当時最新だったスマートフォン、転移した際に紛れ込んだと思われる缶詰を数缶。


 そんな所だろう。なんともまぁ心もとないというか、有体に言って”しょぼい”。


 だがどの品も、ここアヴィスフィアでは手に入らない一種の貴重品。何より今となっては望郷の念にかられる際の大事な指針なので、目の届くところに置いておきたいというのが彼の心情である。


「もう少しで、着く」

「! 本当? やー、もうお尻が痛くてさー。初めて乗ったけど結構衝撃あるんだね、馬車って」

「大丈夫?」

「あ、大丈夫大丈夫。ごめんね? わざわざ御者してもらってるのに……」

「気にしないで」


 言葉少なく会話をするこの人物はツグミだ。イサギの命令なのか、アイヴィスの護衛兼道案内役に着任したのである。


 彼としてはラヴィニスが「護衛は私だけで十分です」とか、直接戦闘を交わしたルーアが反対するかと思っていたのだが、結果として何事もなく現在を迎えている。


 むしろラヴィニスに至っては、少し嬉しそうにしている様子も見受けられるくらいだった。


 アイヴィスとしてはそこに若干の違和感と軽い嫉妬のような物を覚えたが、ならばと反対する理由も無いので流れのままに受け入れたという運びなのである。


 それに彼自身も拒否する理由がない。それどころか、むしろ嬉しいという感情の方が強いかも知れない。


 というのも、実はアイヴィスと彼女とはこの三ヶ月程の間で友人関係となっていたのである。


 きっかけは、ラヴィニスとの訓練だった。


 その日も性懲りもなく何度も挑み、何度も負け、幾度となく転び、同じ数だけ起き上がっていた。


 何度目かの休息の時だった。「何故当たらないのか、どう攻めるのがいいのか」などと考えていたときに、アイヴィスがふと誰かに見られているような感覚を得たのだ。


 何の気なしに視線を向けたその先で、木々の隙間からビクッと反応をしたのがツグミだったのである。


 まるでべビに睨まれたカエルの様に全く動かなくなってしまった彼女と、そんな状況を作ってしまったアイヴィスさん。


 少しの沈黙の後に、その空気に耐えられなくなった彼が「ずっと見てたの?」とか、「もしよかったら、何処が悪いか意見が聞きたいな」などと、固まってしまっていた彼女に話しかけたのである。


 「目線が動く先に向いてる」とか「ヴィヴィに当たる寸前で、動きが鈍くなってる」など原因と思われる部分を淡々と語るツグミ。そして、それを聞きながらふんふんと唸るアイヴィスさん。


 彼女の率直な意見を聞き入れた彼は、そのまま再度ラヴィニスに挑んだ。指摘されたことを忘れないうちに身体に覚えさせようとでもしたのだろう。


 「っしゃあ! くらうが良い、ラヴちゃんっ!」と気合一閃特攻し、その勢いを以て見事ラヴィニスに一撃を入れたのである。……肩口に軽く、サッっと当たった程度だが。


 目を見開くアイヴィス。そのまま「ウオォ」と叫びながら空を仰ぎ、吠えることで喜びを表現している。


 シフォンを始めとした烏丸の奴隷の女の子達と、たまたま見学していたクジャクがパチパチと拍手を送っていたのが印象的だ。


 興奮しているのか、突如グルンとツグミの方向に首を振るアイヴィスさん。またしてもビクッと固まるツグミちゃん。


 そんな突飛な行動に怯んだ彼女は、猛ダッシュで向かった彼に全力でハグされることになった。


 ツグミはペストマスクの様なお面の中で、目をパチクリさせて驚いている。


 しかしそんな彼女の様子など気が付かないアイヴィスさんは「やった、やったー! 初めて当たったっ!」と謎のダンスを踊り、「ありがとう! やばい! 滅茶苦茶嬉しいっ! ありがとうっっ!」などと、最終的に彼女を高い高いしてしまっている。


 彼は結局落ち着くまでに数分を要したが、その後その事を謝罪して、良ければ友人になってくれと懇願した。


 そして、それをツグミ受け入れたことにより、二人は友人通しとなったのである。


 その日から時よりアイヴィスとツグミは、一緒に訓練を行うことになった。実力のある彼女にとってはお遊びのような物なのかも知れないが、だが。


 もしかしたらそのような事情を鑑みて、今回イサギはツグミをこの役に当てたのかもしれない。


 ともあれ、アイヴィス一行は新たな旅路を歩み始めたのだ。そこにある、未知なる知識を追い求めて。


「うっし! 待ってろよ魔法っ! このアイヴィスさんが、絶対使いこなしたるかんなーっ!」


 アイヴィスは吠える。照りつける太陽に向かって吠える。


 そして気合いの籠った宣言と共に、馬車はトコトコと街へ向かうのだった。

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