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アヴィスフィア リメイク前  作者: 無色。
一章 皇女の軌跡
15/55

どう見ても魔女な商人がいた!

シリアスパート。にしようとしました。

 エルクドが皇帝になったその日。アインズ皇国の夜の時代が幕を開けた。


 夜とはつまり闇。その闇は皇国の民の心と体に這い寄る様にして徐々に、また確実に浸食していくこととなる。


 発端は、至ってシンプルなものだった。


 皇国内の優良で名高い商人ギルド『アコギーナ』の長であるチセ・ガライの捕縛、そして実刑である。


 アコギ―ナは数あるギルドの中でも特に古参と有名で規模も大きく、団員数は千を優に超えている。


 商人ギルドだけあって内外の競争も激しく、その業績や順位も常に変動する。数値として表れるため優劣もとても分かり易く、”一番稼いた人物が団長となる”という教えの元、完全なる実力主義を代々貫いていた。


 そう。若干二十七才にして、皇国内における”不動”の稼ぎ頭となったのがこのチセだったのだ。


 彼女の洗練された様式美のように無駄のない肢体は異性だけでなく、同性までをも魅了した。


 当然そんなチセが開発し、自身も使用していると口外している香水や日本でいう所の化粧品類は、豪族貴族を中心に爆発的なヒットを収め、瞬く間に人気商品となったのである。


 新商品は発売したその日には、取り扱う各所の販売所などには数えきれないほどの女性達が列をなし、同日中に完売してしまうこともザラにある人気っぷりなのだ。


 彼女はその功績をもって、若干二十七才という異例の若さで一流ギルドの長に就任した。


 この売り上げを超えるものは後にも先にもまず現れないだろう。そうギルド内の誰もが認めるほどの事績だったというのも彼女の昇格を後押しした要因である。


 そしてさらにチセは、『黒子くろこ千手せんじゅ』と呼ばれる”固有ユニーク魔法”の使い手としても有名である。


 黒子千手とは即ち、黒子くろこの手のような魔力で出来た黒紅色の手が千本あるという意味である。……実際には千本と表現しているだけで、その本数や精度は基本的に魔力等に依存するのだが。


 ともあれ、痒いとこにも手が届くどころか、ギルド員全員の背中も掻けるほどの大魔法だ。


 早い話、単純計算で自分を除いた五百人分の仕事を一度に行うことが出来るということである。


 アイヴィスさんみたいにイヴがいるならまだしも、その制御を人ひとりの思考回路で行うのだから、ある種の化け物と言っても過言では無い。



 運命の日。チセはいつも通り、自身の工房で試行錯誤しながら何度も同様の実験を繰り返していた。


 いつもの通り、新商品の開発だ。今回の商品は「パラフレイア(異性を魅了する至高の美香)」と名付ける予定の、一種の媚薬に近い香水である。


 媚薬に()()というだけで決して媚薬ではない(本人談)。というキャッチフレーズの元、研究開発を薦めている美香シリーズの第三弾である。


「コホッゲホッ! んんぅ! ……くぁーっ! 中々うまくいかないわ! ……どうしてかしらん?」


 今日も今日とて奇声をあげ、濁りの強い赤紫色の液体を凝視して首を傾げている。左目の下には特徴的な泣き黒子ぼくろが大小二つあり、左耳に向かって斜め下に向かって零れている。


 もくもくもくと同色の煙が立ち込めるその部屋は、彼女を除き誰の姿も見当たらない。


 彼女が座る可愛らしい椅子の先のこれまた可愛らしい机の上には、試験管やフラスコを彷彿とさせるガラス細工のようなものと、余すところなく書き記された羊皮紙が雑多に置かれている。


 丁寧に大釜も部屋の中心を陣取っている所を見る限り、どうやら彼女は商会の”魔女”と称されるに相応しい部屋に住んでいるようだ。


 服装もそれに習っているのか、中折れした三角帽子に長めの厚いローブ、先のとんがったブーツのようなものを身に着けている。本人の趣味なのだろう。色味の基調は基本的に、ピンクが中心となっている。


 何処からどう見ても魔女であり、とても商人には見えない。彼女を一目見たものが、まず最初に感じる疑問であろう。


「……はぁ。考えてみたら最近、燃え上がるような恋をしていないわ。私の王子様は一体いつになったら現れるのかしらねぇ」


 肩肘を付きながら、先程失敗した試験管を目の前でクルクルと回しながら深いため息をつく魔女。


 その周りでは彼女の固有魔法で助手でもある何手もの()()が、忙しなく飛び回っている。


 ある手は大釜で煮詰められている萌葱もえぎ色をした謎の液体を、焦げないようになのか常時ゆっくりと撹拌している。


 ある手はどう見ても魔女な商人であるチセの肩を、プロも顔負けの絶妙な力加減で指圧している。

 

 またある手は先程の失敗による赤紫色の煙幕を団扇の様なもので仰いで天窓から外に逃がしている。


 中にはじゃんけんや指相撲をするもの、何手か集まり竈で燃える焚火の光を利用して形容しがたい何某の影を作るもの、それを見て器用に転げまわり笑いを表現するものなど多岐にわたる。

 

「こらっ! あんたたち! 遊んでないでそこらへんを掃除しときなさいっ!」


 ビックゥと身体を震わす何手かの黒手。慌てて各々がそれぞれの持ち場に足……いや手早に戻って作業を再開する。


 反応といい、行動といい、何とも人間味のある不思議な魔法である。個々に意思のようなものがあるのだろうか。


「だんちょーっ! お客さんっスよー! ……あれ? いないッスか? だんちょー?」


 どこかで聞いたことがあるような、それでいてそのどれでもない声が響き渡る。


「――百足むかでぇ? 今忙しいんだから後にしてっていったじゃない! 忘れたの!? このお馬鹿っ!」

「ひぃ! い、いやそれは分かってるんスが――」

「分かってるならさっさと追い返して来なさいっ! あんたの足を千切って釜茹でして煮詰めた新薬でも飲まされたいのっ!?」

「ひぁぁっ! なんて恐ろしい発想をするんスか、ウチのだんちょーは……」

「別にいいじゃない、一本くらい。何本も持ってるでしょう?」

「二本しか持ってないッスよ! 確かに名前だけならいっぱいありそうッスけども!」

「はぁ。名前負けねぇ、情けない! ――よし、分かったわ。今日から二足にそくに改名なさいっ!」

「それ商人としてどうなんスか!? 二束三文みたいで縁起が滅茶苦茶悪そうなんスけど!!」


 ていうか、そんな事言っている場合じゃないんスよ! と、焦った様子でめげずに畳みかける百足と呼ばれた青年男性。


 それをうっとうしそうに「我儘ねぇ」と溜息をつきながら、ゆらりと自室から出てくるチセ。いつの間に着替えたのか、膝下十五センチ程の黒紅色の細身のパンツに、薄紅色のDTを殺すセーター(肩口からその先と背中を大胆にカットした股下まであるタートルネックのセーター)を着用している。


 青少年が見たら思わず前屈みになってしまいそうなセクシーな肢体の持ち主は、とんがり帽子を外したことで明らかになった艶のある黒髪ロングストレートを手で軽く払い、ふんっと鼻を鳴らして百足を軽く睨んでいる。


「ちっ。よりによって、あいつらなのね。全く今回はどんな難癖をつけにきたんだか」

「それが今回はいつもより強引なんスよ! やんわり断ったセインさんを思い切り殴りつけたんスから」

「――なんですって?」

「ちょちょ、お、抑えて下さいよだんちょー! 相手は貴族のお偉いさんッスよー!」


 全身に怖気が走るような黒紅の魔力の奔流がチセの周りに渦を巻く。逆立った黒髪がその波に揺られ怪しく煌めいている。


 そのままの勢いで突貫してしまうのでないかと恐れた百足は、鳥肌でざわつく両の腕を何とか動かしチセの腰回り辺りをガシッと掴み抑えようとする。


 彼女は細身の女性とは思えない膂力で数メートルの間へばりつく百足を引きづって歩いていたが、招からざる客のいると思われる団長室の扉の手前辺りでチッと舌打ちをして立ち止まった。


「いつまでくっついてるの! このエロ百足っ!」

「ぎゃぁっ! ――と、止めようと思った、だけな、のに……ひ、ひどいッス――ひぎぃっ!? …………ぐふっ」


 接地面の少ないピンク色のブーツのつま先で鳩尾の辺りを足蹴にされる百足。よほどのダメージなのか、腹を抱えたまま地面に蹲っている。


 それでも何とか最後まで言い切り、頭上で仁王立ちする自身に深手を負わせた犯人(チセ)に抗議しようと顔を上げようとするが、それすら許されず踏みつけられてついには沈黙してしまった。


 まさに踏んだり蹴ったり、いや”蹴られたり踏まれたり”である。


「団長っ! 申し訳ございません、わたくしとしたことがこの様な不手際を――」

「――セバスっ! だ、大丈夫? ケガは無い!?」

「この通りピンピンしております。ご心配をおかけして申し訳ございません」


 チセが団長室に足を踏み入れると足早に、しかしながら音を微塵も立てず、白と紺を基調にしたふりふりのフリルの付いた可愛らしいメイド服を着た女性が駆け寄ってきた。


 セバスと呼ばれたその女性はむんっと腕を捲し上げるような仕草をし、続いて見惚れるほどに丁寧な最敬礼をした。


「そんなことは良いのっ! 良かったわ、何とも無さそうで……。思い切り殴られたって聞いたものだから――」

「はい。確かに殴打されはしましたが、あのような腰の入ってない拳では私を傷つけることなど出来ません」

「そ、そうだったわね。……兎に角、良かったわ」


 シュッシュッとシャドーボクシングの様な動きをするメイドさん。軽いモーションの割に、風を切るような音が響いているのは気のせいだろうか。


 先程とは打って変わって狼狽えた様子のチセを安心させようと、わざと大袈裟なポーズをしているのだろう。……きっと。


「置いてくなんてひどいッスよ! だん、ちょっ! ぐ!? うぐぅ!? ……また、ッス、か…………がふっ……」


 やっとの事で這い上がり追いかけて来た間が悪い百足が、振り向きざまのワンツーを食らって再び地面に口付けしているのが見える気がするが、気のせいだと信じている。


 ちなみにチセがセバスと呼ぶこの女性はセイン・バース。元々はバース家と呼ばれる貴族家系の生まれだが、縁あって今はこのチセの元で専属メイドとして過ごしている。


「全く。団長の手を煩わせることになると分かっていて、お声を掛けに行くなんて。なっていませんね、再教育が必要です」

「ま、まぁまぁ。それくらいにしてあげて? ね? セバス」

「団長がそうおっしゃられるのなら、ここまでに致しましょう。……それで、来客(糞野郎)の事なのですが――」


 殴られたことよりも、チセに迷惑をかける要因となったお客様(と百足)に対するセインさんの好感度は、既にマイナスを振り切っているらしい。


 ……どうやら彼女は、ラヴィニスさんと気が合いそうな性格をしているようだ。


 自分より憤慨しているセバスをみて冷静になったチセは、先程の怒りは何処へやら。口調は丁寧で簡潔に要件を伝える彼女を見て戸惑うような、心配するような素振りを見せている。


 そんなチセの様子を見て自分がまだ冷静でなかったことに気が付いた彼女は、おほんと軽く咳払いして、今度こそ柔らかい物腰で要件を伝えた。


「馬鹿なことを言わないでっ! いくらなんでも暴利が過ぎるっ! 理不尽にも程があるわっっ!」

「馬鹿……だとっ! 散々待たせて置いて、その返答がこれかっ!? 貴様こそ不敬にも程があるわっっ!」


 その内容は、先程冷静になったばかりのチセの頭が一瞬で沸騰してしまうくらいにはひどいものだった。


 会話の相手は、セバスの案内により団長室に通された国から派遣されたお偉い貴族、ドルマスである。


 彼の後方には威圧の為か、重装備で固めた騎士達が護衛として数人佇んでいる。


 しかしチセはそんな些細な圧力などに屈することは無い。強欲な商人や顧客、そしてその護衛達を相手取る彼女にとってその程度の武力挑発など、そもそも眼中にすら無いのである。


「馬鹿じゃなきゃ阿保なのね?」

「”我が皇国に所在する全てのギルドは、所得した純利益の()()を国に納めることとする”?」

「”新たに販売する商品全てを国が管理し、その上で問題が無いと判断を下した場合のみ売買することを許可する。但しその際に技術提供を求めることがあり、その要請には必ず答えることとする。なお、問題が生じた場合は、その商品を担当したギルドがその全ての責任を負うこととする”?」

「”今現在ギルドが所有する全ての財産は国で管理するものとする。使用する際は皇帝の許可が必要となるため、事前に用途と詳細を記した文書を提出すること。なお、国が有事の際にはこの財産の一部を徴収することとする”?」

「これだけ見ても、とても正気とは思えないわ! ふざけないでっ! 商人を舐めてるのっっ!?」


 団長室の机の上にどさりと置かれた羊皮紙の束。意匠を凝らした万年筆やインクの瓶、それらが一本の木より削り取られた高級な机の上に所狭しと並んでいる。


 チセは渡された書類を手のひらで掴み、力任せに机に向かって叩きつけた。その細腕のどこにそんな力があるのやら、重厚な造りのはずのその机がミシミシと鈍い悲鳴を上げている。


 先程チセが読み上げたもの以外にも、販売する場所や使用時間などの指定や外国から仕入れた商品の関税などの増税、中には資格を持った貴族に対する減額の強制なども書き記されている。


 この内容でごくごく一部に過ぎないのだというのだから、救いようがない。


 しまいには従わなかったものは、須らく厳罰と処す。などと締めくくられているのである。


 話は平行線のまま進展しない。それも当然のことだろう。


 ドルマス率いる体制側は、元々不可能と思われる条件を自覚して突き付けているからである。


 その目的は何なのか、それは直ぐに明らかになる。


「――要するに、貴殿は従わないというのだな?」

「――っ! ……何のつもり?」

「……やはりギルドなどという異分子は、害悪でしかないな」


 先程までの剣幕を控え、冷たい殺気のような光を瞳に灯すドルマス。 


 直後。後ろで控えてた騎士の内の二人が剣を抜き、前掛かりとなったチセの首元にその刃を突き付けた。


 その刃先にいるチセはというと、全く怯まずにドルマスを睨みつけている。


 こちらも先程までの激情からくる怒りの眼差しではない。その瞳は突きつられたやいばより鋭く、まるで氷河の如く冷たい光が宿していた。


「これは決定事項である! 我が皇国民である限り、拒否権は無い! 我ら皇族が諸君らを周辺列強からこの土地を奪還し、保護しておるのだ。たかが此れしき、当然の義務なのである!」

「――奪還したのは四代目で、護ってきたのは五代目でしょう? 貴方達は何もして――いえ、出来ていないじゃない」

「――ッ!? き、貴様ぁああ! よくもそんな減らず口を! 今のこの状況を分かっておらんのか!?」

「はぁ。……あんたたちみたいな凡愚じゃないんだし、当然理解しているわ。私が今こんな態度を取っていることの意味、面倒ですが、教えて差し上げましょうか?」

「――斬れっ! その不遜な女の減らず口、二度と開かぬように切り刻むのだっ!」


 顔を茹で蛸のように真っ赤にしながら命令を下すドルマス。即座に反応した両の騎士は突き出したその刃をチセの首に突き刺そうと自身の腕に命令を送った。


 だがしかしその二つの命令は遂行されることは無かった。


「「あぎゃああああっっ!!!!」」


 まるで断末魔のような奇声を上げる二人の騎士。その惨状を目にした控えの騎士たちはざわめき、動揺を露わにしている。


 それもしょうがないだろう。なにせ騎士が突き出したその両の腕が、突如現れた黒紅の手によって()()()()()絞られているのだから。 


 これは比喩ではない。文字通り螺旋状に捻じ曲げられているのである。誰の目から見ても明らかなのだが、彼らはもう二度と剣を握ることは出来ないだろう。


「ぴっぴぎぃ……」

「あら。ふふふ。先程よりも随分と男前になりましたね、ドルマス卿」


 生まれたての豚のようなうめき声をあげるのはドルマスだ。


 彼は首元を黒紅の手で捕まれて中宙に浮き、足をバタつかせ必死に抵抗をしている。抑えられた首と手の間に何とか自身の手を入れ、窒息するのをギリギリで防いでいる。


 しかし完全には防ぎ切れていないのか、鬱血のため先程よりさらに顔を紅くしている。


「きっ貴様っ! 何をしている! ドルマス卿を離さぬか! これははんぎゃ――っぁああ!」


 今にも窒息死しそうな自身の上司を助けるべく前へ踏み出そうとした迂闊な騎士が、その両足を絞り上げられて悶絶する。チセはそちらを軽く見やるが、その眼差しはまるで狂犬のようである。


 ――圧倒的な蹂躙。そしてその矛先は、目の前のひしゃげたカイゼル髭を生やす高慢な貴族へと向く。


「――――ッ!? うぴゃぁっ!」


 完全に瞳孔が開いたその両目に捕らわれたドルマスは、大の大人とは思えない何とも情けない声をあげる。足元に滴る液体から察するに、どうやら失禁してしまっているようだ。


「はぁ。情けないわ。か弱い乙女に手を上げただけでなく、この程度の脅しでお漏らしなんて。恥ずかしいと思わないのかしらん? ねぇ百足?」

「――ハッ!? は、はいぃ! 全くその通りでございまッス! ……あのぉ、おっかないんでその目でこっち見ないでくれないッスかね? あと、そろそろ放さないと死んじゃうッスよ?」


 チセは「あらあら、私ったらはしたないわ」などと嘯き、黒紅の手からドルマスを開放した。


 重力によって自身の排泄物の上にビシャリと自由落下するドルマス。意識を失っているのか、先程までとは打って変わって真っ青な顔をしている。その口元は、ブクブクと噴出した泡で塗れている。


 それを見た彼女は「あら? 今度は蟹の真似かしら。ドルマス卿ったら愉快な方ねぇ、うふふ」などと悪びれも無く”あらあらうふふ”している。


 相変わらず瞳孔は開いたままになっているので、正直ホラーである。後ろで控えてた残りの騎士達は、まず間違いなくトラウマを抱えることになるだろう。


「さっさとそこの塵芥ちりあくたを掃除して持ち帰って頂けませんか、騎士様。これ以上その不快な御尊顔を拝んでいたタラ……グシャグシャニ、シテシマイソウデスカラ……ネ?♡」

「「「「「了解致しましたっ! マドモアゼル!!!!」」」」」


 この瞬間、騎士達の心は一致した。この女性――いや、魔女に逆らったら命はおろか塵すら残らない、と。


 団結した意志の力は凄まじく、ものの数分の内に彼らは姿を消した。……ご丁寧に床に滴る液体も自らの衣服を使い、綺麗に掃除までしていくほどの見上げた紳士っぷりである。


 ――魔女の眼光が恐ろしかったから。というのが主たる理由なのは間違いないだろうが。


 ここは『アコギーナ』。お客様に対しては何処までも真摯に向き合い、丁寧に対応する優良ギルド。


 しかし、それは相手が”お客様”だった場合に限る。


 あまりに悪質な場合は団長の判断の元、時にその在り様を修羅へと変える。それがこのギルド名の由来なのである。


 武闘派商人ギルド『アコギーナ』の団長の条件の一つ。それは悪質な来客(糞野郎)を、圧倒的な武力で黙らせる力を持つ者。つまり、”ギルドで一番強い者”である。


 そんな二面性を絵に書いたようなギルドに響き渡る怒声と断末魔のような叫び声は、当然ここに滞在していた団員達の耳にも届いた。


 喧噪を聞き、また脱兎のごとく逃げ帰った騎士達を見た彼らが「あぁ、結局こうなるのか」と、乾いた笑いと白い目を浮かべていたのが何とも言えない哀愁を誘っている。


 数刻後。冷静になったチセが深い、それはもう深い溜息をついたのは言うまでもない。


「セバス。残念ながら、()()()()この国を出ることになるわ。明日の朝一で行くから、美味しいお弁当よろしくね♡」

「はい。かしこまりました。腕によりをかけてお作り致しますね。……やっぱり、この国の郷土料理がいいかしら。あぁでもこの前絶賛してたあのお店の――」


 まさに阿吽。急な展開にも関わらず、微塵も動じず即座に了承するセインさん。それどころか、既に明日の献立を何にするかと考えているようだ。


 そしてそのままブツブツと呟きながら、その足で厨房へと姿を消してしまった。


「ちょ、ちょ。待って下さいッス! あ、明日って、おいら何も準備してないッスよ――っ!」

「既に決定事項よ。商人たるもの、何時如何なる時に何処へでも出発できるように。って、いつも言ってるでしょう? こうなった以上時間はあまり無いわ。黒ちゃん。『緊急伝達。明朝旅立ツ、各員備エヨ』って、皆に伝えといて」


 そんな中、ある意味このギルドで一番の常識人である百足はそんな急展開に異議を申し立てる。


 ……彼とて無理だと分かってはいる。だが、誰かが進言しなければならないのである。


 ビシッと敬礼する黒紅の手。その指示を受けたリーダーと思われる手がクルンと回れ右をしてその方向に指を指すと、どこから現れたのか無数の同種の手がその方向へと一目散に飛んで行った。


 そして、命令した本人であるチセも踵を返し、そのまま自室のある方へと歩き出した。


 後に残されたのは彼女の去った方向に手を伸ばし呆然とする百足と、そんな彼の肩をポンポンと軽く叩くリーダーと思われる黒紅の手だけだった。



 ――そしてその夜。何者かの手により、圧倒的な武力を誇る彼女が為す術もなく捕縛された。


 数日後の夕刻に公開処刑されることとなるという話も矢継ぎ早に決まるというおまけ付きで、である。


 彼女の実力は内外共に知れ渡っていた。そのため十字架に括り付けられる魔女の姿を見て、誰もがその目を疑った。


 嘆くものに煽るもの、号泣するもの嗤うもの。様々な感情が渦巻く皇国の大広間にて、その処刑は行われた。


 括り付けられた彼女の傍らに深く暗く、どこまでも黒い色をした深いフード付きのマントの異様な雰囲気を漂わす執行人と思われる人物が佇んでいる。


 その手にあるのは赤く紅く、ひたすらに朱い『炎』を漂わす松明だ。


 神父と思しき男性が魔女に向かって最後の祈りを捧げた数刻後、括られたその女性は実に恐ろしく甲高い断末魔を大広間に響かせ、その原因たる『炎』は叫び声に打ち上げられたかの如く天高らかに燃え上がった。


 悶え、喘ぎ、叫び続けた女性であった()()が沈黙し、その全てを飲み込んだ『炎』もやがて静かに消失する。


 様々な感情が伺える表情でその全容を眺めていた民衆達は、総じて息を呑んだ。


 全てが燃え尽きたその瞬間。街灯や部屋の明かりを含め、皇国内()()光という光が消えたのだ。


 まるで真っ暗な闇夜な静寂が訪れたかの様である。


 その怪奇的な現象は時間にして十数秒程だったが、後に人々は口々にこう語ることとなる。


 あの日あの時あの瞬間から、『皇国の明けない夜の幕が開けた』と。


 

 それから間もなくして次の悲劇が始まった。


 ――バース家の大虐殺である。


 チセが捕縛された際、皇帝に直訴するものが現れた。セイン・バースその人である。


 彼女を開放して欲しいと何度も訪れてはあしらわれ、嘆願書を提出するも目の前で破かれ、遂には城に侵入して皇帝に直接会うという強硬手段に出たのである。……それも、脅しという形で。


 セインらしからぬ、その迂闊な行動の代償は大きかった。


 その責任は彼女だけでなくその性、つまりバース家にまで飛火したのである。


 突発的な行動とはいえ、彼女の実力はチセに次ぐ二番目。事実。要所の衛兵を拳で叩き伏せ、瞬時に無力化している。それ故に、単身で皇帝の寝室までたどり着いたのだ。


 そこで彼女は見た。狂ったように下卑た大嗤いを上げ――競馬で使うような――鞭を振るう皇帝と、その下で四つん這いになり涙ながらに慈悲を乞う白兎の獣人女性の姿を。


 同じ女性として思う所もあったのだろう。――或いは捕まったチセ(最愛)がその姿に重ねて見えたのか。


 セインの皇帝に対する直訴、その第一()は強烈な殴打(腹パン)から始まった。


 流れるような上下のコンビネーションに、ショートアッパー。皇帝は乱気流に呑まれた倒木の様に荒ぶり、最終的に白が眩しいキングサイズのベットへと頭から墜落した。


 自身を先程まで嘲笑っていた人物(皇帝)のまるでコントのような結末に、ポカンと開いた口が塞がらない様子の獣人女性。


 そんな彼女をちらりと見やり、直ぐに皇帝に向き直すセイン。月明りに照らされた彼女の姿は、いつものメイド服ではない。


 身体のラインが協調される、遊びの微塵もない黒色のバイクスーツに近い。衣擦れの音が出ないように縫われているのか、足音はおろか物音の一つもしない。


 ベットの上で白目を向きグニャっている皇帝を、乱暴に仰向けにして馬乗りになるセインさん。


 皇帝さんは夜の運動会の真っ只中だったため、下半身を覆う一枚の下着しか身に着けていない。


 そして辺りは薄暗い。見ようによっては仲睦まじい恋人同士にも見える。……上で息を切らしている女性が、握り拳を作っていなければ……だが。


「ふぇ? ――きゃぁっ!」

「――――ッ!」


 そんな怒りで前しか見えていないセインさんの耳に可愛らしい悲鳴が届く。


 慌ててその方向に振り向いた彼女の目には、目元を隠し指の間からこちらを覗く白兎の姿があった。


 白兎は目が合ってしまった! とばかりに耳をピーンと逆立てると、見てませんよとばかりにそのままゆっくり頭を下げ、蹲った。


 そんな様子を見て、今の自分がどれだけ冷静ではなかったかを悟ったセインは、握りしめた拳を開くとそのまま思い切り平手をした。…………皇帝に。


「ぴぎぃっ! な、ななな、なんだ貴様はっ! うぐっ!? どっどこから現れたっっ!?」

「――黙りなさい。命が惜しければ、質問にのみ答えなさい」


 途端に覚醒したエルクドは、何故か痛む自身の頬と腹部を抑えようとするが、自身の腕が言うことを利かない。


 まさに一瞬の出来事だったので、何が起こったか分かっていないようだ。


 狼狽する彼を感情の抜けた表情で見つめるセインは、言葉こそ丁寧だが普段のような冷静さは見受けられない。ともすれば、冷徹さすら感じる程である。


「なっ!? きっ貴様、余が誰だかわかっておるぅうぎゃああああっっ!!」


 なおも抵抗するエルクドに対し、セインは全くの容赦を見せない。反抗的な彼の下腹部を、容赦なく膝で踏み付けている。


「次は潰します。いいから質問に答えなさい」


 今度こそ真っ青に染まり、コクコクと首を上下に動かすエルクド。心なしか震えているようにも見えるのは気のせいではないだろう。


 それを見ても全く表情の変わらないセインは、声色を変えずに確信に至る部分を聞く。


「『アコギーナ』団長のチセの開放を要求します。――彼女の居場所は何処です?」

「アコギーナ? チセ? 一体何のことを言ってお――ぐあぁっ! なっ、何をするぅ!」


 彼女の要求はただ一つ。彼女の最愛であるチセの開放、その一点に尽きる。


 それ以外はエルクドが何をしようが何をしまいが関係ない。ただそれだけを求めてここまで来たのだ。


 しかし、返事は芳しくない。彼は少し考えた素振りをしたが、どうやら思い当たる節がない様だ。


「恍けるなっ! 貴様のような盛りついた糞猿が、あの人の事を放っておくわけがないっ! 一体何をしたっ! このっ! 汚らしいっ! ものっ! っでぇ!!」

「余、あ”ぁ! ひぐぅ! じらっ! あひゅぁ! な”い! くふぅん! や、やめぇ……」


 自身の最愛のあられもない姿を想像したセインさんは止まらない。グッグッと何度も何度も皇帝の股間を蹂躙する。


 聞かれた質問に答えたはずのエルクドなのだが、どうやら納得させることが出来なかったようだ。


 それでも必死に訴えかけるが、暴走したメイドさんは止まらない。……このままでは、皇帝の息子が冥土に逝ってしまうのも時間の問題である。


 蹲りながらもそんな様子を指の間から伺う白兎は時折、「あぁ、あんなに激しく股間を蹴り上げるなんて!」とか、「あれ? もしかしてあのお坊ちゃん受けもイけるの?」など、何やら興味津々のようだ。


 ……先程とちょっとキャラが違うような気がしないでもないが、きっと気のせいだろう。


「くっ、頭までもが猿並なのですね。噂以上に使えませんっ! ……こうなったら少々危険ですが、ドルマスに直接――」

「――ドルマス? っ貴様! もしや叔父上に手を上げた奴の一味かっ!」

「だったらなんだというのです。先に仕掛けてきたのは貴方達の方でしょう。――それに言ったはずです。質問した以外の言葉を話すな、と!」

「ぴぎゃああああっっ!!!!」


 グシャと嫌な音が妙に辺りに響く。セインがその全体重を膝に預け、そのままエルクドの右の子袋を磨り潰したのである。


 物凄い慟哭を上げるエルクドは、その声と同等の勢いで悶絶している。


 よく見れば口元から泡を吐いているようにも見える。ピクピクと痙攣している様子から鑑みるに、どうやら気を失ってしまったようだ。


 しかしセインは微塵も容赦をしない。そのまま旅立ちそうなエルクドの頬を、最初よりも強烈に平手をかました。


 直ちに覚醒するエルクドの意識。その顔はもう涙と鼻水と涎で、原型を留めていない。


「早く質問に答えなさい。チセは何処にいるのですか? ドルマスが何処かへ隔離しているのですか?」

「あ……ぅぐぅ……ぐ、がぁあ…………。ひっ、ひぎぁ……うぅ」

「どうやらまだ足りないようですね。――次は、左を潰します」

「ぎゃめっ! ろぉ! よ”ぉ、はっ! ほんろ、にぃ、じらっ、あ”いぃ!」


 焦りからか、追い詰めているはずのセインの表情は苦虫を噛み潰した様なものとなっている。おそらく今の彼女の行動も、半ば八つ当たりなのだろう。


 ――男として重要な器官を八つ当たりで潰される。これこそまさに”日頃の行いが悪いから”と言える。


 しかし運命とは数奇なもので、どうやらその天秤がエルクドに傾いたようだ。


「それぐらいにしてあげて、貰えないかしら……?」

「――誰ですっ!?」

「誰って、ずっと一緒にいたじゃない? 忘れちゃったの、悲しいわ」


 セインがバッと振り返った先にいるのは先程まで泣き崩れてた獣人の女性、その背後には薄い嗤いを浮かべる月夜が浮かんでいる。


 しかしどうにも様子がおかしい。耳は垂れ、色は淡い紫色に見える。何より気になるのは怪しく揺らめく透明度の高い藤色の帯の様なものと、口元に浮かぶ三日月である。


 セインから見ると逆光な上、俯いているので目元が暗くてよく見えない。


 直後。紅く煌めく壱等星――月夜の兎の瞳が瞬いた。


 直感的に危機を感じた彼女は即座に身構る。だが確かに視認していたはずの月夜の兎が何重にもブレ、次の瞬間にはフッと消えてしまった。


 セインが気が付いたのは、背後に回られて、優しく包み込むようにギュッとバックハグをされた後だった。あまりにも早く、目で追うことが出来なかったのだ。


 ――そう。既に趨勢は決していたのである。


「――――なっ!?」

「んー、残念。私も女だから、出来れば貴女の方につきたいんだけど。……ごめんなさいね」


 どうにか振りほどこうとして身体を捩るが、思う様に動かせない。思考と行動がかみ合わないのである。


「あら、まだ起きてる(意識がある)の? 貴女の心は強いわね」

「――ッ! ――、――――。 チ――、セ……」

「はい、おやすみなさい。どうか淡く儚い、素敵な夢を♡」


 セインの瞳から色が抜ける。どうやら意識を失ったようだ。そんな彼女を柔らかに支える()()()兎。


「少し予定と違うけど……しょうがない、か」


 彼女はそう呟くと、何やら呪文のようなものを口ずさみ始めた。次第に舞う帯の様な藤色の魔力が周囲を包み、柔らかく照らしていく。


 その魔力は見るも無残になったエルクドの身体の前まで行くと、ふわっと包み込むようにして覆いかぶさった。


 しばらくそのまま帯に抱かれていたエルクドに、徐々に変化が現れる。


 淡い光の帯に包まれた損傷した箇所が、見る見るうちに修復されていくのではないか。


 日本の医者はおろか、このアヴィスフィアの治癒士が見ても驚愕するであろう。それくらい神秘的な光景である。


「はぁぁ。全く、日を追うごとにひどくなるわね。……醜いわ、さっさと三年過ぎないかしらねぇ」


 そんな奇跡の様な光景を創りだした当人は、セインを支える手と逆の掌で頬をなぞって息を吐いている。エルクドのことは片手間どころか、視認してすらいない。


 ……何を想っているのだろう。


 彼女の儚げなその瞳の中には、遥か彼方の先にある、淡い光を帯びた三日月がゆらりとふわりと揺れるのだった。

初めてプロットもどきを作成したのですが、結局思い付きで書いたところが多くなってしまいました。

齟齬がないか不安ですが、もしあった場合は変更することになるかも知れませんので、ご理解お願い致します。

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