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アヴィスフィア リメイク前  作者: 無色。
一章 皇女の軌跡
13/55

理想の嫁に告白された! 後編

どうしてこうなった。シリアスな感じに纏めようと思っていたのですが……。


「すず姉が以前、私にそっと教えてくれたんです。先輩はいつも飄々としているけど、心の中は得も言われぬ孤独感で埋め尽くされているって」

「う、うぇ? す、鈴音さんめぇ……」

「……ひゅっひゅひゅっひゅひゅ~」


 ラヴィニスの話を聞き、「誰にも言うなって言ったのにっ!」っと言わんばかりの鋭い眼光をイサギこと鈴音に向けたのはアイヴィスさんだ。


 サッとあらぬ方向へ顔を背けて彼の視線を切った彼女は、音の鳴らない口笛を吹いている。


 アイヴィスさんの額に、ビキッと青筋が立ったのは言うまでもないだろう。


「というか、すず姉は基本的に先輩の話しか私にしませんでした」

「え? そうなの?」

「――ちょっ! つ、椿沙! そんなことは無かったでしょう!?」


 ラヴィニスの独白は続く。彼女曰く、鈴音はいつも朱羽夜の話ばかりをしていたらしい。


 図星を突かれた鈴音はすぐさま反論し、その事実を否定している。しかし、その焦りと頬の朱みこそが肯定の意を示していると言えよう。


 ……ここだけの話、アイヴィスさんこと朱羽夜は重度の泣き上戸である。


 何か言いたいかというと、以前鈴音とお酒を飲みに行った際に”やらかした”ということだ。


 アイヴィスさん自身は記憶が曖昧で、迷惑をかけたことしか覚えていなかった。しかし、どうやら涙ながらに色々語ってしまったらしいのだ。


 神のように敬う鈴音との食事に浮かれていたので、ある意味ではしょうがなかったのかも知れない。だが、『お酒は飲んでも飲まれるな』。……飲みの場において、最低限の基本である。


 ――皆さんも上司の禿頭を『この散らかり具合が可愛いんですよねぇ』とか言って愛でて、左遷されないように注意してくださいね。


 ともあれ、アイヴィスの語った内容を要約すると次の通りになる。


 俺は、今が一番幸せだと思っている。両親や祖父母、()()()()今この瞬間(とき)こそが、俺の全てだ。


 それなのに現実は、この小さい幸せな時間すらをも奪おうとする。


 いや、正確には()()こそが全てを奪うのである。


 人は死ぬ、自明の理だ。言葉では分かるし、意味も理解も出来る。……ただ、納得だけが出来ない。


 そう。それが人であり、生物だ。しょうがない、どうしようも無いのである。


 俺がどれだけ誰かを想い、愛しても。逆に誰かを嫌い、憎んだとしても。時が過ぎれば、その一切合切全てが無に帰す。……そう。ゼロになるのだ。


 それでは人に、また生物に生きる意味や価値などあるのか? それともそもそもそれらを求めること事態が間違っているのだろうか?


 つまるところ、家族と過ごす今この瞬間は、どう足掻いたとしても”永遠”ではないのである。


 ()()()が元気に庭を楽しそうに駆け回る姿も、父が胡坐をかきながら新聞を眺めて難しい顔している姿も、そんな家族を見て笑いながら洗濯物を畳む母の姿もまた、縁側でぽけーっと日向ぼっこしている祖父母の姿も含め、一切合切全てが例外ではない。


 そして、そんな時間を幸せだと感じている自分自身でさえも、だ。


 そんな誰もが知る”当たり前の事実”に本気で悩み、しかしながら自分ではどうしようもならず、仮に人に聞いたりしても『何言ってんだコイツ』と白い目で見られることを考えると相談すらも出来ない。


 以前両親にも少し話をしたこともあったが――いきなりだったのもあり――『学校でなにか嫌な事でもあったの?』とか、『もしかして虐められてたりするのか?」などと、話が大きくなってしまった。


 しまいには『え? お兄ちゃんどうしたの? 辛いの? 大丈夫、私がついてるからね!』と、妹にまで心配されてしまう始末。


 酒に飲まれた末の妄言だということもあるが、何故かその時の朱羽夜は()()()()()()妹の事も語っていたと言うのだ。


 誰にも相談できない。するにしても荒唐無稽過ぎる。言えば言ったで変人奇人扱い。


 こういう考えは俺だけなのか? 俺がおかしいのか? だったら俺がどうにかしなきゃだけど、どうにもならない! 一体どうしたら良いんだよ! 誰か、誰でも良いから教えてくれよぉ……。


 そんなことを熱く慟哭しながら語っていたらしい。後々鈴音から聞いた朱羽夜が、火が出るほどに顔を赤くしたのは言うまでもない。


 実際、当の本人には記憶が無いので何故そんなことを語ったのかは、『訳が分からないよ』というのが現状である。


 ともあれ、本人は隠しているつもりのどうしようもない”孤独感”をいつの間にか鈴音に知られ、さらにはその妹である椿沙にまで暴露されていたという訳である。


 当然アイヴィスさんは鈴音に、殺気と言っても過言ではないほどの凄まじい怒気をぶつけている。


 そっぽを向きながら下手な口笛を吹いていた彼女の額に、じんわりと少しずつ汗が浮かんでいく。


「先輩、違うんです。……私がお願いしたんです。どんなことでも良いから、先輩の余さず全てを教えて欲しいって」

「えっ? そうなの?」

「はい。何故だか分かりませんが、すず姉は先輩の情報に詳しくて、その。…………そ、そんなことからあ、あああ、あんなことまで全部、知っているんです」

「ちょ、ちょっと待って!? 一体どんなことまでなのそれぇ!?」


 そんなこと――のくだりの所から、何故か薄く桃色に頬を染めるラヴィニスさん。


 照れる彼女の姿を見たアイヴィスさんは、ぶるると震えた身体を両手で抱えている。


 余程恐ろしかったのだろう。睨みを利かせていた眼差しも、今は震える小動物のように怯え、未知の恐怖に染まってしまった。


 対する鈴音は冷汗を溢れんばかりに湛え、今やもう滂沱の様相を呈している。


 ……まるで今まで隠していた悪事が発覚した、ド級の犯罪者のようである。


「い、いや。待ってくれシュウ君。違うんだ、これには深いわけがあってだね、そ、その――」

「ちょっと黙ってて貰えますか? 今、警察に連絡しますので――」

「だから待って! 違うんだってば、本当に。……それにキミ今、スマホを持っていないでしょう!?」

「――何故、持っていないと知っている……っ!」

「――――アッ! イヤダッテホラコノセカイジャツカエナイシ……」


 アイヴィス一行が夜烏に入団したときに、イサギから転性する以前の所持品を返還して貰っている。


 と言っても急な出来事(転移)だったので、着用していた服飾品や財布、スマホぐらいしか持っていなかったのだが。


 スマホに関しては、電波などの関係で電話もネットも使用出来ない。だが、カメラの機能は残っているし、調整は難しいが魔法を用いていくつか充電する方法も存在している。


 使えないから持っていない。一概に、そうとは言い切れないという訳である。つまり――。


 「くぅ。まさか憧れがれた女性が、末期の変態ストーカーだったなんて……!」と、アイヴィスさんが天を仰いで嘆いているのは仕方の無いことなのだ。


 それに対しイサギは「そうじゃない、違うんだ。これには聞くに涙、語るに涙の深い事情が合ってだね? だから――」と反論しているが、焦っているのもあってか、その全てが裏目に出てしまっている。


「ま、まぁまぁ先輩。スト姉の事は一先ず置いておいて、私に構って下さい」

「ちょ、椿沙! 流石にその言い方は――」

「そうだな。確かに今はラヴちゃんの事だな。取り敢えず、スト音さんは置いておくとしようか……」

「――なぁっ!? しゅ、シュウ君までぇ! ……うぅ、キミを想ってのことなのにぃ」


 愕然とした表情で、膝から崩れ落ちる鈴音ことイサギさん。


 今はアイヴィス一行と彼女しかいないから問題は無いが、ギルドのメンバーがこんな残念な姿を見たら、一体どうなってしまうのやら。



 閑話休題(それはそれとして)



「ふむぅ。つまり要約すると、ラヴ――椿沙ちゃんは、俺を独占(ひとりじめ)したいってことなのかな?」

「独占、ですか。確かにそういう欲も無きにしも非ずですが、一番は()()()()()()んです」


 ラヴィニスは、言葉を選ぶように慎重に返答している。今の自分の偽ざる思いを、一生懸命正確に伝えようとしているのだろう。


「つまり……どういうこと?」

「すず姉が先輩に惹かれ始めていたのは、直ぐに分かりました。普段の生活の時も先輩の話題が増えましたし、気が付いた時には、私の前では先輩をシュウ君という愛称で呼ぶようになっていたので」

「ふむ。そういうのはグッドだね、とても可愛い。でも、それと何が関係しているの?」 


 想像するだけでなんだか微笑ましくなるような絵を想像したアイヴィスさんは、ウンウンと頷きながら何かを納得している。


 二人に放置され、軽くしょんぼりしていたイサギさんの頬が朱に染まる。


 ラヴィニスの唐突な暴露とアイヴィスの純粋な褒め言葉を受け、羞恥なのか照れているのか、よく見れば口をもにょつかせているのが分かる。


「正直お世辞にも私は、優秀とは言えません。特に、すず姉には足元にも及ばないと思います」

「そんなこと言ったら俺なんて――」

「確かに先輩より”学力”という面では、上回っているかも知れないですけどね」

「ぐぅ。分かってはいるが、面と向かって言われると思うところがあるな……」


 ふふっと笑いながら毒を含ませるラヴィニスさん。その口ぶりはまさに以前の椿沙そのものだろう。


 アイヴィスはそんな彼女の言葉を懐かしく思いつつも、頬を膨らませてぶう垂れている。


 分かっていることでも改めて指摘されると、心がズキッと痛むのである。


「悲観しなくても大丈夫ですよ、先輩。貴方は難攻不落の研究馬鹿を篭絡することが出来た、唯一の人なのですから」

「え? どういうこと?」

「今まで誰にも出来なかったことを成し遂げたってことですね」

「……ん?」


 比喩的な表現を並べられたせいでアイヴィスさんの脳のキャパが軽くオーバーしてしまったのか、頭の上にはてなマークを浮かべて首を傾げている。


 そんな彼の姿をみて微笑むラヴィニス。何が楽しいのか、クスクスと笑いながらイサギの様子を伺っている。


 しばらくのの後に、アイヴィスさんはポンッと握りしめた右手を左手の上で叩いた。


「あ、分かった! つまり、鈴音さんを惚れさせたということか! 流石は俺! グッジョブ!」

「あの、普通分かっても、本人が目の前に居るなら声には出さないと思うんですけど……」

「…………」

「言われてみたら、確かにそうだな。失敗失敗」


 ラヴィニスのその様子でピンと来たのだろう。かつてない偉業を達成したアイヴィスさんは、気持ちの良いくらい全面的に自信を肯定している。


 苦笑いを浮かべるラヴィニスと真っ赤になって黙り込むイサギ。


 そしてその様子を見て、右手でコツンとわざとらしく頭を叩くアイヴィスさん。


 ご丁寧に舌を口の左端からペロッと出して、可愛い子ぶりっ子をしている。


「ぐ、ぬぬ……。なんで私は、こんな男に……」

「すず姉大丈夫。今それ、私も思ったから」


 当然、それを見た二人の頭に青筋が立つのを避けるのは難しいだろう。


 どうしてこんなことにと悔しそうに唸るイサギとその意見に同調するラヴィニス。


 至極全うな意見なので、誰が見てもそう感じるのはまず間違いない。


「む、失敬な。でも言われてみればなんでまた、俺なんぞに鈴音さんは惚れたんだい?」

「――っ! …………し、知らないっ!」

「ふぁっ!? ちょっと何それ可愛すぎる。もしかして鈴音さんは女神なの!?」


 アイヴィスの突然の質問に目を見開くイサギ。少しジト目を向けて、ぷいっとそっぽを向いてしまった。


 あまりにも可愛らしいその仕草に「おしい! おしいなぁ、俺の姿じゃなきゃ完璧だったのにくそぉ」などと、悔しそうに呟くアイヴィスさん。


 ラヴィニスさんはラヴィニスさんで「女神……女神。私の時は、天使だったのに……。やっぱり先輩の心は既にもう……」など、ブツブツと念仏を唱えるのように呟いている。


 実に圧倒的なカオスである。こんな時にいつも冷静なツッコミを入れてくれるイヴさんも、何故だか今日は無言を貫いている。


「ん”んぅ! 主。話が逸れていますよ。皆さんも、少し落ち着かれてはいかがですか?」

「ん? お、おお。確かにそうだねルーア、ありがとう」

「いえ。このくらいお安い御用です。会話を遮ってしまい、失礼致しました」


 迷走の一途を辿っていく会話を見兼ねたルーアが、咳払いをしつつ進言する。


 それを聞きハッとしたアイヴィスは、驚きつつも礼を述べている。二人も冷静になったのか、少し恥ずかしそうに佇まいを直している。


 言いたいことは言い終わったとばかりに、スッと元いた場所と寸分変わらぬ位置に戻るルーアさん。


 その完璧な従者っぷりは風貌とも相まって、正直惚れ惚れするものがある。


「ん、んんぅ! ……要するに私が言いたいのは、二人が結婚して家庭を持ったらすず姉はともかく、先輩とはほぼ間違いなく疎遠になってしまうのではないかということです」

「ふぇ? け、結婚!? 流石に話が飛躍し過ぎなんじゃ……」

「そんなことはありません! すず姉は()()()()()()()()()研究は、どんな手を使ってでも最後まで実験し尽くします! そしてその対象や結果を昼夜問わず、愛する人や子供のように心血を注ぎ(可愛がり)続けるんです!」

「む。言われてみれば、何となく想像できる気がするな。……でもそれが、結婚と何の関係があるの?」


 ルーアによる静止で完璧に落ち着きを取り戻したラヴィニスは、先程の会話の続きを軽く咳払いをしてから話し始めた。


 結婚はおろか付き合ってすらいないのに、何を大げさなことを言っているんだと曖昧な笑いを浮かべるアイヴィスさん。


 ラヴィニスはそんな彼の意見をバッサリと否定した。貴女は分かっていない。鈴音が一体どのような思いで今の関係を築いているのかを、と。


 そんな彼女の意見を肯定したものの事実が結果と結びつかず、自身の首をコテンと傾げている。今の彼は美少女なので、疑問を浮かべる所作がとても可愛らしい。


「先輩、覚えていませんか? すず姉は、既に宣言しているんですよ?」

「え? そんなこと言ってたっけ?」

「んもう。この前はっきりと言っていたじゃないですか。誓約(結婚)なら、既に私としているって」

「え”ぇっ!? あれって話のノリで言っていたんじゃ無かったのぉ!?」


 そんな愛くるしい姿を見て少し頬を染めつつも、ラヴィニスはアイヴィスに理解できるように努めて優しい声色で説明をしている。


 しかし、不意を突かれた彼は、まるで四トントラックに轢かれたような衝撃を受けてしまったようだ。当然肉体ではなく、精神的に、だが。


 それを表すようにアイヴィスさんは口をあんぐりと開け、白目を向いてしまった。どう見ても、美少女がしてはいけない顔である。


「先輩はともかくとして、真面目なすず姉は基本的に冗談を言いません。つまりアレは、ノリに合わせた本音ということになります」

「え? ってことは……どういうこと?」

「つまり、先輩は既にすず姉の中で『旦那さま(実験体)』認定されているという訳ですね」

「――ちょっ!? ま、待って? 今何か、全く嬉しくない副音声が聞こえたんだけどっ!」


 鈴音の心境を代弁するラヴィニス。当人の本人が全く否定する気が無いので、まず間違いはない。


 彼女の説明にあった不穏な副音声ルビに背筋が寒くなったのだろう。アイヴィスさんは顔を青くして、ふるふると震えてしまっている。


 気のせいでは無いその言葉に彼は愕然としながらも、後に続くであろうラヴィニスの言葉を待っているようだ。


「今まではその対象が事柄や現象のみだったのですが、今回はヒト。つまりは朱羽夜先輩、貴方です」

「ふぁっ!? も、もしかしてその……モルモットって、ことですか?」

「その表現では少々人間味に欠けてしまいますが、限りなくそれに近いものではあるかも知れないですね」

「うへぇ。へ、変態ストーカーより立ちが悪そうじゃないか……」


 鈴音の好意の正体が、まさかそういうベクトルの(たぐい)だったのかと、結構なショックを受けているアイヴィスさん。


 いつもより丁寧な言葉遣いになってしまったのも、それ故なのだろう。


 ラヴィニスが肯定したことにより、彼は完全にドン引きしてしまっている。


「あ。でも、しょうがないことなんです。その、何というかすず姉は、この年になるまで一度も恋愛感情を抱いたことが無いんです」

「え? ……それってもしかして俺が初恋の相手ってこと?」

「まず間違いありません。物心つく前から一緒に居ましたが、一度も男性……どころか、他人に対しての興味が一切合切ありませんでしたから」

「まさかそんな――いや、鈴音さんならあり得る、か」


 流石にこれだけだと誤解を生んでしまうと思ったのか、ラヴィニスはすかさず鈴音をフォローした。


 今までの鈴音の姿を思い出し、確かにあのストイックを鑑みると納得できると頷くアイヴィスさん。


 そして「ふむ。自分が初恋の対象になるとか……何か想像すると萌えるな」などと、少し気持ちの悪いニヤケ面をしている。


 そんなアイヴィスをジト目で眺めるラヴィニスは、鈴音が彼女に嫌われるの嫌だが、彼女の心が鈴音に捕らわれるのも嫌という複雑な思いを抱いているのか、その瞳には不安の色が見え隠れしている。


「だからどうしたら良いのか分からず、とにかく先輩の情報を集めているんだと思います。……方法は分かりませんが」

「うむぅ。本来ならドン引きして気持ちが覚めそうなもんだけど、何故かそんなに嫌じゃないんだよね……」

「……そういう誓約ですからね。多分今、私の話を止めないのも――」

「! ……あれ? もしかしてもう俺、色々手遅れだったりするのかな……?」


 もしかして、既に積んでいるのかもしれない。そう考えて不安になったのか、アイヴィスはチラリとイサギに視線を移した。


 しかし、彼女は先程までとは違う真剣な表情でジーッと彼を見つめ返した。


 見つめられ、思わず「うっ」と反応するアイヴィスさん。何となく気まずいのか、ポリポリと右手で頭を掻いている。


「う、うーん。しかし、困ったな。まさか二人が俺なんかの事を好きだったなんてねぇ」

「……」

「……」

「いやね? 俺はほら、こんな感じだから。今まで特にモテた記憶などが無くてだね? その、なんだ。ま、まいっちゃったなぁ。あ、あははー」

「…………」

「…………」

「う、うう。ち、沈黙が怖いんですけど……」


 苦笑いを浮かべ、冷汗を滲ませながらそう語るアイヴィスさん。


 本人は本当に困ってしまっているのだが、そうは見えないのがとても残念である。


 二人が沈黙を貫き通しているのは、彼の言動のせいでは無いだろう。


 そして、それに気が付いているアイヴィスさんは「はぁ」と一つ溜息を吐き、言葉を選ぶように慎重に語りだした。


「前も言ったかも知れないけど、俺は二人の事が好きだ。これには一切嘘も、間違いも無い」

「ただそれは愛情(love)というよりは友情(like)に近い感情だと思う。鈴音さんには”憧憬”、椿沙ちゃんには”友愛”といった感じだね」

「我ながら臆病な解答だとは自覚しているけれど、俺も二人と離れたく無いし、離れる気も無い。……出来るなら三人で”永遠”を誓いたいくらいだよ。どんな形であれ、ね」

 

 そんな一方的で、我儘な独占欲を吐き出すアイヴィスさん。二人の事を真剣に考え、その上でその心境を素直に伝えているのだ。


 二人の事を大事に思う彼としては、この答えこそが精一杯の誠意なのだ。


 そうは感じさせず、「いっその事、三顧の礼でも結んじゃう?」くらいのノリなのはご愛嬌だ。……彼としても、意図してそんな軽い言動をしているのだろう。


「……ずるいです、そんなの」

「…………」

「ごめん。……俺も、そう思う」

「謝らないで下さい。確かに優柔不断で甲斐性無しですが、少なくとも()()朱羽夜先輩にとって、私とすず姉が恋人未満だという事実は分かりました」

「…………」

「ぐぅ。そう言われると、ただの最低野郎だな。……反論し辛いのがまた、ね」


 ラヴィニスにザクッと釘を刺され、思わず言葉に詰まってしまったアイヴィスさん。


 彼女の鋭いツリ目に睨まれると、得も言われぬ緊張(ドキドキ)が走り、上手く言葉を紡ぎだせないらしい。


 反対に、イサギはずっと沈黙を保っている。何やら思うところがあるのか、終始無言を貫いている。


 「はぁ」とため息をついたラヴィニスさんは、何かを決意したように「良し!」っと頷いた。


「――つまり、今ならまだ、私にもチャンスがあるってことですよね? というよりは、今しかないです!」

「つ、椿沙ちゃん? か、顔が近い……よぉ」

「や、やっぱりっ! 今まで、私がどんなに誘惑しても全く効果が無かったのにぃぃ! ……少し悔しいですが、これを生かさない手はありません!」

「え? ゆ、誘惑? 何の話をしているの?」

「くぅ。本当に最低ですね、先輩は」

「え!? な、何? どういうことなの?」


 頬を上気させ、決意に満ち溢れるラヴィニスさん。「ふんすっ!」とばかりに気合を入れて、アイヴィスを誘惑するためにその端正な顔と瑞々しい肉体を、動けば触れてしまうほど極限まで彼に近づけている。


 当然アイヴィスさんはその所作にK.O.寸前となる。これはしょうがない。何せ、夢にまで見た理想の嫁が目と鼻の先に存在しているのである。


 あまりの反応の良さに、「丈の短いスカート履いてわざと正面に立ったりとか、先輩が好きそうな格好も何度も試してたのに、全く気が付いてすらくれなかったなんて……」と、以前の自身の行動を振り返り愕然としているラヴィニスさん。


 そんなことは露と知らないアイヴィスさんは、「え!? え? あれ俺のためだったの? まじか、いじらしいな。惚れた」などと、相変わらず軽口を叩いている。


 理不尽な事実と彼の軽薄な態度に憤慨したラヴィニスは、アイヴィスをキッと睨みつけた。


 ……なんというか、アイヴィスさんには逆効果でしか無いのだけれど。


 そして彼の目には、自身を見つめる彼女の頬が朱に染まり、そっと目を瞑る姿が映し出されている。


 それを見たアイヴィスさんは、「もしやこれは、かの有名なキス待ち顔という奴なのでは!? は、本当に良いのか? 据え膳食わぬは男の恥って言うし。えぇい、ままよっ!」などと、完全に明後日の方向へと舞い上がってしまっている。


 そんな残念な勘違いをした彼の視線の先で、ラヴィニスの両の瞼がバチッという音が出たと錯覚するほどの勢いで見開かれた。


 ビックゥと、身体を強張らせるアイヴィスさん。


 そんな様子に気が付いているのかいないのか、ラヴィニスさんはこんなことを言い出した。

 

「せぇんぱいっ! 今なら貴方の理想のお嫁さんが、何でもして差し上げますよぉ? 何でもですよ、な・ん・で・も♡」

「ふぐぁ!? そ、そんな誘惑に負ける、あああ、アイヴィスさんじゃあ無いですよ? ……コホン。何でも? ホントに何でも良いの?」


 チョロイン属性が付きそうなほど簡単に射貫かれたアイヴィスさん。咄嗟に自身の胸をギュっと押さえて、昂ぶりを抑えるためか天を仰いでいる。


 必死に取り繕ってはいるが、そのセリフに心を奪われたのは言うまでもない。


 先程鈴音に”愛し合おうじゃないか”などと、軽口を言っておいてのコレである。


 理想のお嫁さんの破壊力は、伊達じゃないということなのだろう。……おそらくは、だが。


「そ、そそそ、それなら一つお願いしたいんだけどっ! 良いかな!? 良いよね!」

「ふぁっ!? ちょ、ちょっと先輩、分かりましたから離れて下さい! か、顔が近い……よぉ」


 先程と全く逆の状況になる二人。ハートを鷲掴みにされたアイヴィスさんの暴走は止まらない。


「そ、それじゃあ……を纏って、…………って口調で………………してくれない?」

「えぇっ!? でも、そんな……。うぅ、は、恥ずかしいですよぉ」

「……ダメかな?」

「うっ! い、良いですよ? んもう、先輩の馬鹿ぁ」


 ラヴィニスの耳元に手を当て、なにやらゴニョゴニョと指示をするアイヴィスさん。


 何を言っているのかは分からないが、若干興奮気味に熱く語っていることから考えるに、碌なことでは無いのはまず間違いない。


 そして、そんな彼の一言一句に反応し、終始百面相をしているラヴィニスさん。可愛さに全振りした渾身の上目遣いに要求され、最終的には折れてしまったようである。


「では、行きます。――纏衣まとい


 その言葉の直後、ラヴィニスの身体はホワァァと月白に光り輝いた。


 先程までは白いワンピースしか着ていなかったはずなのに、光が消えたらいつの間にか白銀の鎧を装備しているではないか。


 何を隠そうこの姿、以前アイヴィスを紅黒竜やヨタカ達による襲撃から守った時の姿である。


 ――纏衣まとい


 服飾品から武具まで自身の装着できるものを着脱することが出来る技能(スキル)


 熟練度が上がれば、魔素や無機物なども纏わせることが出来るようにもなる。


 アイヴィスのステータスカードにも記載されていたこの希少レア技能。これは、どうやらラヴィニスとの誓約によって継承されたものだったようだ。


 武具や服飾品の着脱の隙を完全に無くし、また、状況に応じて手早く切り替えることが出来るというとても汎用性の高い便利なスキルである。


 まず、魔力を操作して直接身体に見えないしるしを刻み、装備や衣服の”お気に入り登録”をする。


 そして、その部分を意識して魔力を通すことで発動し、正確に素早く着替えることが可能になるのだ。


 端的に言えば、魔法少女のそれに限りなく近いと言えるだろう。光るのは当然裸体を晒さないためのお決まりのエフェクトと言える。


 ちなみに魔力量に応じて登録できる点数が増減するのだが、当然数が多くなればなるほど成功率は反比例して落ちてしまうので練度が必須となる。


 絶賛訓練中のアイヴィスさんなのだが、慣れない魔力の操作でいまいち成果は芳しくないのが現状である。


「……やっぱり良いね、カッコいい。まさにクールビューティーだ。実に素晴らしい!」

「あ、ありがとうございます、先輩」


 アイヴィスの掛け値なしの賞賛に照れるラヴィニス。はにかむその姿は実に愛らしい。


「あ、ダメだよラヴィニス。そうじゃない」

「あ! そ、そうでしたっ!」


 そんな彼女を見て、まるで映画の監督のようにダメ出しをするアイヴィス。ノリノリである。


「お褒め頂き光栄です、マスター。先程のご命令も了承致しました」

「そうか。では、宜しく頼むよ。ラヴィニス君」

「畏まりました」


 ダメ出しを受けたラヴィニスさんも、実にノリがいい。完全に女騎士になりきっている。


 そんな彼女をみたアイヴィスさんも鷹揚に頷いている。こちらも完璧にノッている。いろんな意味で。


 アイヴィスさんはちょいちょいっとルーアを手招きで呼び、カッと目を見開いた。


「よく来たな、アインズの騎士よ。しかし残念だ! 我が手に皇子がいる限り、貴様はもはや何も出来ぬ」

「くっ! 人質とは卑劣な! 正々堂々と私と勝負しろ!」

「ふっ。ふははははっ! これはこれは異なことを言う。何故捕らえたものをわざわざ解放せねばならんのだ。お主こそ、言葉には気を付けよ。この皇子の尊き命、つまりこの皇国の命運は今……私の掌にあるのだぞ!」

「ぐぅ……っ!」


 キョトンとした表情のルーアを置いてきぼりにして、何やら三文芝居の幕が開けた。


 表情と言いセリフと言い、実に鬼気迫っている。


 アイヴィスさんはニヤリと下卑た嗤いを浮かべながらルーアの肩に左手を回し、ラヴィニスさんはそれを眺めてギリッと歯噛みをしている。

 

 ルーアはアイヴィスよりも背が高いため、空気を読んで膝を曲げて背丈を合わせてあげているのが何ともシュールである。


 そんな二人+ルーアを感情の抜けた表情で眺めるイサギさん。


 場はアイヴィスさんのせいで、完全にカオスになってしまっている。


「武具を捨てよ。さもなくばこの皇子の首が散る椿の花弁の如く、芸術的な自由落下をすることになる」

「……我が騎士よ。何も躊躇うことなどない。構わず我ごと此奴を切り捨てよ!」

「そんな! 出来ません! 貴方様が居られなければこの国は――」

「ラヴィニスよ! 我らが真に守るべきは我が国の民ぞ! 決して我の身では無いのだ!」

「ですが……っ! そんな、そんなこと……」


 右手を撫でる様にしてルーアの首筋に手を這わせるアイヴィスさん。


 その顔は先程の嗤いが嘘のように冷たく凍るような真顔になっている。……流石である。


 そんな興に乗っている彼女に、これもまた見事に合わせるルーアさん。……もしかしたら、こういうノリが結構好きなのかも知れない。


 完全にアドリブだというのに、迫真の表情で演じるラヴィニスさん。本日の三文芝居の主演女優賞は、間違いなく彼女であろう。


 そんな三人(になってしまった)を、イサギさんは先程よりさらに胡乱な眼差しで眺めている。 


「――貴様は黙っていろ」

「ぐぁっ!」

「る、ルーア様!? き、貴様ぁぁっ!」


 首筋を這わせていた右手で、ルーアのうなじ付近に軽く手刀をするアイヴィスさん。


 それを受けたルーアはドサリと床に倒れ込んだ。……間違いなく、この類のノリが大好きなのだろう。


「安心したまえ、峰打ちぞ。……しかし二度は無い。武具を捨てよ」

「ぐ……ぅ! ……了解、した」


 悔しそうに歯軋りをして自身の剣を鞘にしまい、「こちらに転がせ」という命令に従うラヴィニス。


 そんな彼女を見たアイヴィスは、再び下卑た嗤いを浮かべて口を開いた。


「何をしておる。私は()()と言ったのだぞ。当然着ているものも含まれる」

「――なっ! ……この、下種め」

「何とでも言うがよい。しかし、早くせねばこの皇子の首が――」

「わ、分かっているっ!」


 ガランガランと大きな音を立て、自身の鎧を脱ぎ捨てるラヴィニス。


 そんな彼女にアイヴィスは、嬉しそうにニヤニヤと嗤いながら近づいていく。


 足元で倒れるルーアはピクリとも動かない。……こちらも彼に負けず劣らず素晴らしい演技である。


 顔が触れる程の距離まで来たアイヴィスが、ラヴィニスを真っ直ぐ見つめて再び口を開いた。


「くくっ。お高く留まった騎士様が、人質一つで何とも情けない」

「――っ! このっ!」

「おっと。抵抗するでない。既に貴様は何も持たぬ唯の女ぞ? 腕力で私に叶うはずなど無かろう」


 ラヴィニスが振り上げた右腕はアイヴィスの左手に手首を掴まれ、その勢いのままに後ろの壁まで押されて拘束されてしまう。


 本来であれば跳ね退けることなど容易なのだが、これは演技なのでしないのだ。


「ふふっ。その悔しそうなその瞳、私好みの鋭さだ、実に素晴らしい!」

「…………っ!」


 ラヴィニスの顎を、自身の右手でクイッと上を向かせるアイヴィスさん。


 身長そのものはラヴィニスの方が高いのだが、壁に押さえつけられた際に膝を下げ、こっそりと位置を微調整したのだ。


 ……身近で演じるアイヴィスすら気が付かない程自然に、だ。……まさに、プロ顔負けである。


 ラヴィニスを見つめるアイヴィスの瞳が、徐々に熱を帯びていくのが傍目からも分かる。


「良いか、アインズの騎士よ。貴殿は私の所有物(モノ)となるのだ」

「ふ、ふざけるなっ! 誰が貴様のものになど――んぅっ!?」


 演技にしては過剰なまでに熱烈なキスをするアイヴィスさん。


 演じているうちに興が乗ってしまい、どうやら暴走モードに突入してしまったようだ。


 感情の高潮が原因なのか、その身体から発せられる雄々しい()()()()()()()がラヴィニスを優しく包み込んでいる。


 予定にはないアイヴィスの唐突で激しい口づけに、目を見開き驚くラヴィニスさん。


 何が何だか訳も分からず動揺してなすがまま、されるがままになっているのが、その激しく回している瞳の様子からも伺える。


 どれ程の時間が経ったのか、惜しむように唇を放すアイヴィスさん。


 その顔はとても柔らかく優しいものであり、その瞳は慈愛に満ちている。


「もう一度言う。……ラヴィニスよ、私のモノとなれ。そして決して離れるな。これから先、例え何が起こっても、だ」

「…………ハィ」


 朱き熱に充てられたのか、とろんと蕩けた瞳でアイヴィスを見つめ返し、陶然とした表情のままコクリと頷くラヴィニスさん。


 予定ではなんやかんやした後に”くっ殺”させるはずだったのだが、ルーアの参戦により途中から完全にアドリブになった結果がこれである。


 何やら突然始まった三文劇は、アイヴィスさんの”俺のモノになれ”という告白というにはあまりに一方的な独白に、しかし何故かその言葉をまるで天啓を得た様な表情で受け入れるラヴィニスの絵という、何とも言えない形で幕を下ろした。


「ラヴちゃんチョロすぎぃぃぃぃ!」


 そんな超展開に、先程まで口から白い魂のようなものを吐き出していたイサギさんがハッと我に返り、天まで届けというような声量で盛大にツッコミを入れた。


「…………」


 そんなカオスな状況を止められ得るルーアさんも完全に役に入ってしまっているため、ただただそのツッコミの声が柔らかな日差し差し込むその部屋に空しく木霊するのであった。

基本的に恋愛の駆け引きの表現は苦手です。経験不足もありますが、はっきりとしない表現は難しいですね。

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