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アヴィスフィア リメイク前  作者: 無色。
一章 皇女の軌跡
11/55

アイヴィスとして生きる!

『アヴィスフィア』→『異世界転性!? 美少女になった俺が、新世界の女神となる。』に、作品タイトルを変更しました。


 バシン、バシンと乾いた音が、とあるギルド内のとある広場に響く。


 あぁ、気が散る。見世物じゃあ無いんだよっ! しっし!


 付近の樹木の隙間から様子を伺う鳥達の視線は、泥だらけとなり転げる儚げな美少女に注いでいる。


「……くぅ。流石だラヴちゃん。教えることはもう、何もないよ……」


 その美少女こと俺は、別段痛みなど無いにも関わらず叩かれた手首の辺りを軽く掴み、片膝を付きながら精一杯の冗談を口にした。


 ぐぬぬ、一本も取れん。くそー、少しは戦えるかと思ったのになぁ。


「……はぁ、ありがとうございます?」


 右手で頬をポリポリと掻く金髪碧眼の美女ことラヴちゃんは、眉をへの字に曲げ疑問形でそう呟いている。


 流石と言うべきか、このようなやり取りをしていても、左手に構えた――柔らかいが芯のしっかりとしたゴム質の――直剣は正眼に構えたまま微動だにしていない。


 彼女お気に入りの白いフレアワンピースを着用しているというのに泥はおろか、一切の汚れすら付いていない。ちなみに、白銀の鎧などは未装着である。


《通告。敢えて言わせて頂きますが、教えて貰っているのはマスターの方です》


 うるさいぞイヴ。そんなことは百も承知だっての! てか何その「仕方ない、付き合ってやるか」みたいな言い方っ!


《同情。基本的にマスターに全肯定なラヴィニスがドン引きしているため、僅かばかりの気を使ってみました》


 ワァ、ヤサシインダネ。アリガトウ、イヴチャン。


 相変わらずイヴは毒を吐くのが上手い。別に腹が立ったわけでは無いんだが、顔面の表情筋が強張っているのを感じた。


 それを見たラヴィニスは「自分が言った言葉のせいかも知れない!」と、ちょっとアワアワしている。


 ……ラヴちゃん、可愛いな。大丈夫、キミのせいじゃないからね?


 さて、何故いきなりこんなカオスな状況になりかけているのか、ということだが。


 一つの理由は、俺がラヴィニスに剣術の教えを乞うたからである。


 先日の襲撃ではただの足手まといで終わってしまったので、せめて自分の身くらいは守れるようになろうと試みたのだ。


 もう一つの理由は、先日”ステータスカード”にて確認した技能スキルを試してみたかったからである。


 そして(くだん)のスキルは、ある一定の効果を発揮した。


 そもそも俺は、子供のころのチャンバラ遊び程度にしか剣というか棒切れを握ったことがない。


 そんな俺でも、剣道経験者並の構えや型、足運びなどが()()()()()()()()()出来たのである。


 正確にはこう動こう、こうすべきだという考えが脳裏に浮かび、実行する自身の身体が最適な動作するのである。


 諸々の過程を飛ばしているはずなのに、不思議と違和感がない。技能スキルというのは文字通り自身の技術的な能力であり、それを取得したということはそういうことなのだろう。


 しかしながら、やはりというべきか。あくまでペーパードライバーのようなものなので、実戦経験者には遠く及ばないようだ。


「ぐぬぅ。確かに勝てるとは思ってなかったけど、まさか掠りもしないなんて……」

「うぅ、すいません。手を抜いてしまってはアイヴィス様のためにならない上、失礼になるのでは、と」

「いや、ありがとうラヴちゃん。自分の実力は把握しないとだからねぇ。自惚れないためにもそうしてもらえると助かるよ」

「流石です! とても立派な考え方だと思います!」

「ふふっ。ま、こんな様じゃ自惚れるのも難しそうだけどね」


 情けないな。と軽く苦笑いしながら、パンパンと自身のショートパンツに付いた泥を払った。


 今タオルをお持ちしますね。と、タタタッと小走りで与えられた部屋へ向かうラヴィニス。


 真面目で従順な彼女は、俺の唐突な提案にも嫌な顔一つせず真剣に向き合ってくれる。


 その上でどうするのが一番俺のためになるのかまで考え、それを実行してくれるのだ。


 なぜラヴィニスがここまで真摯に自分に向き合ってくれるのか、俺には未だに分からない。


 しかし彼女から向けられる好意は悪い気はしない――どころかむしろ嬉しいので、ありがたく受け取っているというのが昨今の現状だ。


 名実ともに俺は、自身のことを朱羽夜ではなくアイヴィスとして受け入れることにした。


 というのも、先日発行してもらったステータスカードの表示により、目に見える形でそう記載されたからである。


 俺自身も今の自分の風貌から見て、朱羽夜と名乗るよりアイヴィスの方がしっくりきたという理由もある。


 そう決めたのが影響したのか分からないが、口調や表情、態度まで今までと違う”変化”も徐々に馴染んで来ているという自覚している。


 感情が高ぶったときは、以前の口調が飛び出すこともあるかも知れないけどね。


 ついでに性別も”女性”として記載されているので、基本的にはそれに習うことにした。


 それを念頭に置き、だがしかし中身は男性なので、心はいつも”俺”である。逆にイサギさんの中身は女性なので”彼女”と呼ぶことにしよう。


 そんなわけで今後は俺こと”朱羽夜”は”アイヴィス”として自他ともに呼称することになったのである。……愛称はイサギがそう呼んだため”アイ”となった。


 ちなみに現在は、俺達が夜烏に入団してから早一ヶ月程になる。


 アヴィスフィアの月日でいうところの後秋六月に当たり、俺がアイヴィスになったその日から、一年と一月という月日が流れたことになる。


 ちなみに俺達は、ギルド内にあるイサギの個人区域パーソナルスペースの一角にある()()に居住している。


 驚いたことに、イサギ率いる夜烏はアインズ国内ではかなりの影響力がある派閥らしい。


 何ともはや、皇国四大区域の一つ”娯楽街ユヴォーキン”の中でも一二を争うほどの規模を持つそうなのだ。


 このユヴォーキンは皇国北東の位置にあり、その先には竜人族の村落があるキラフレア山脈が連なっている。


 そこには無数の火竜が生息しており、火竜の長である竜王を神と崇める彼ら以外の種族は存在しない。


 正確に言えば、”住めない”のである。


 当然そこには相対したらほぼ確実に捕食、または殺されてされてしまう絶対王者が存在するからという一つの大きな理由がある。


 しかし、問題はそれだけではない。……そう。問題なのはその周囲の立地、いわゆる生活環境である。


 そこでは隆起した岩が無数に地面から迫り出ていて、所々陥没した穴からは人体に負の影響を及ぼす硫黄分を多分に含んだ水蒸気が常に吹き出している。


 その上その水蒸気は高温多湿で、周囲の平均気温は優に六十度を超えるのだ。一時的に入山するならともかく生活するには向かないのである。


 それはともかく、”北東”に”娯楽街”である。


 イサギさんが意図してこの地区で活動しているかは不明だが、以前俺が朱羽夜だったころにそれは熱く語った内容に酷似している。


 しかも夜烏は生活圏では最北東。つまり優良な源泉も確保できそうな山脈が近場に存在する。


 偶然というにはあまりに出来すぎた環境なのである。それが意味するところ、イサギが確かな意思を持ってこの場を拠点にしたということになる。


 ……最も、このとき俺は全く気が付いていなかったのだが。


「我が主よ。我との鍛錬は後日にして、まずは湯浴みでもして来ては如何だろうか?」

「ルーア。……うん、そうだね。そうしようかな」

「アイヴィス様! では私がお背中をお流ししますっ!」

「えっ!? いや、いやいや! 大丈夫だよ、一人で出来る――」

「そんな! 私では、お役に立てませんか? 先程もあまり上手く出来ませんでしたし、挽回の機会を頂きたいのです!」

「うっ。いや、そういうわけでは無くてね? ……俺としても、是が非でもお願いしたいところではあるんだけど」


 最後の方をボソボソといた声量で呟きながら、眼前まで迫ってきたラヴィニスにそう答える。女性の身体になったとしても、流石にね。


 イサギさんが俺に戸館を用意した理由の一つがコレだ。


 夜烏に来る以前は緊張感からか空腹にもならず、そのおかげか排泄もしていなかった。


 ――実際は、俺が就寝している際にイヴがこっそり済ませていたらしいのだが。


 生活環境が落ち着いてからそこのところをイヴと相談し、俺自身が行うことに決めたという経緯がある。毎回彼女に頼るのでは、いざというときに困るからだ。


 イヴとは常に身体を共有しているため、入れ替わることは任意で出来る。だが、たとえ主導権を交代しても両者ともに意識はあるのだ。


 トイレ行きたいから今すぐ寝るか気絶しなさいとかは無理難題過ぎるので、俺個人で日常生活を送ることが出来るように取り決めたのである。


 流石に当初は恥ずかしかったが、今ではだいぶ慣れてきている。


 特に初めての時は、イヴが「あ、そこは違っ」や「うぅっ、どうしてこんなっ」など普段は聞かないような口調で()()()()()()()()()羞恥心を全開にしていたので、余計に照れてしまっていたのである。


 初めての入浴の際もまた然り。


 とは言っても、流石にギルド内にあるの共同温泉――男女は別――に入るわけにも行かないのでその旨をイサギさんに相談した所、現在の仕様になったのだ。


 最初は彼女に「む? 別に気にすることはないだろう? 君は私の妻、つまり女性だ。なにも問題ないだろう?」などと悪戯っぽい表情で言われ、危うくビンタしてしまうところだったのは内緒である。


 自身の姿をした人物のドヤ顔の破壊力は、尋常ではないのである。……主に、精神的に。


 戸館になったとはいえ、他にもまだ問題があった。


 ……アイヴィス一筋のラヴィニスの世話焼きが、留まるところを知らなかったのだ。


 個室は複数用意されていたのだが、身辺警護の意味合いから同じ部屋に住むことになったことがまず始めだ。


 部屋には大きめのベッドが用意されていた。しかし個室扱いの所なので、当然一つしかない。


 そのもの自体は八畳ほどあるので狭さは感じないが、流石にもう一つベッドを置く余裕もない。


 アンティークな家具も数点設置されている他にもスペースは残されているため、寝れないことは無いが手狭感は否めない。


 それでも離れるわけにはいかないと、床でもいいので置いて下さいと懇願された。しかし流石にそれは出来ないと断ったのだが結局押し切られ、ならばと二人でベットを使うことにしたのである。


 それからというもの食事の用意から洗濯、お風呂の準備に先程の武術訓練である。


 俺としても、美人に甲斐甲斐しく世話をしてもらっているので悪い気はしないのだが、流石にこのままでは自分が駄目人間になってしまうという危機感を感じ始めていた。


 そんな矢先、遂にはラヴィニスにお風呂まで一緒に入ろうと言われたのだ。


 因みに、ルーアはルーアで俺達の部屋の扉の横でジッと佇んで警護している。眠ることは無いので問題は無いのだろうが、実に勤勉で献身的である。


 ともあれ、俺は二人には自身がこことは違う世界から来た上に、本当は男であり何故か転性? してしまったのだと一応の説明はしている。


 違う世界だという所には二人とも驚きを示したのだが、そのあとに続いた本当の性別に関しては意に介した様子はなかった。


 「やはり、以前夢に見たお姿はアイヴィス様だったのですね」とラヴィニスがフムフムと頷き、ルーアは「我ら精霊は基本的に性別の概念が無いので、問題ありません」と何故かと聞いた俺に答えたのだ。


 そう。問題なのは、俺が男性だと明言したにも関わらず一緒の部屋に住み、一緒のベッドで寝起きし、しまいには一緒にお風呂に入ろうなどと言っていることなのである。


「前もいったけど俺は本当は男で、アイヴィスでも無いって――」

「アイヴィス様。何にも問題は無いのです」

「へ?」

「今のアイヴィス様はご存じ無いかも知れませんが、私は貴方様に事前に言付けされていたのです」

「むむ? それが問題ない理由なの?」

「はい。『命令。これから私は最重要な事案に臨みます。貴女は私を追う全ての者をすべからく排除し、その後護衛に戻りなさい』、『追伸。貴女の到着時に私の様子が普段と異なるかも知れませんが、何も問題はありませんのでその時点から()()()()()()()()()()()()()()から護衛を再開なさい』、『終尾。貴女は私だけのもの、今後とも全てを懸けて私に尽くしなさい』と」

「うおぉ。うちの(イヴ)が原因だったのね……」

「何より、私が貴方にお仕えしたいのです。何故かは分かりませんが、私の精神こころがそう訴えているのです」

「……うむぅ」


 ほら、問題なんて何も無いでしょう? と、朗らかな笑顔でニッコリと微笑むラヴィニス。


 素直な気持ちを全力でぶつけられ、俺は思わず言葉に詰まってしまう。


 ――いやいや、問題しかないだろ……。しかし、今気づいたけど俺の周囲の女性って……個性キャラ強過ぎない?


《圧巻。重度のストーカー妻に、重度の世話焼き嫁ですか。なかなかですね》


 ……イヴ。君も相当だということを忘れないように、ね。


《疑問。何か問題ありましたか?》


 …………嘘だろ? 無自覚なのか、イヴさんや。


 開いた口が塞がらない俺は思わずルーアの方に振り返り、そっと肩に手を添え呟いた。


「ルーア。何時までもそのままの君で居てくれよ?」

「はぁ。しかし、我が主よ。()()私は変成技能スキル持ちなので、この状態を永劫に維持するのは難しいかと……」

「うん! それで良い! とても良いよ、ルーア君!」

「? はい、ありがとうございます」


 素直で真面目。なんて素晴らしいのだろう。などと、ルーアの肩をバシバシ叩きながらうんうん頷いている俺もかなり際物キワモノの部類に入るかもしれないが、今はそんなの関係ないのである。


 それはそれとして早くお風呂に入って下さいとルーアに諭され、俺は我が意を得たりと目を輝かせたラヴィニスに、戸館内のお風呂場まで連行されることになった。


 まさに夢見心地というその言葉通りの体験をした俺がその夜、中々寝付けなかったのは言うまでもない。



「アイ。皇国には慣れたかい?」

「ん? あ、イサギさん。うん。最近になって、やっと迷わなくなったよ。広いんだねぇ、この国は」

「そういえば、キミは道を覚えるのが不得意だったね」

「あはは。特に同じような風景続くと訳が分からなくなっちゃうんだよねー」

「ふむ。それにやっと敬語を止めてくれたね」

「う。だって元々上司だし、何よりここの皆はイサギさんを大事に思ってるみたいだったからさ」

ギルド員(ひと)の目など気にしなくて良い。それに、年齢なら私の方が下だっただろう?」

「そういえば、そうだったね。……唯一そこだけが上だった気がするけども」

「そんなことは無い。少なくともゲームでは一度も敵わなかったし、何よりキミは誰よりも優しい」

「む? そうかなぁ?」


 先日よりさらに二ヶ月時が経ち、後冬。当初は好機の目を向けてきたものも、今はすっかりと落ち着いている。


 俺達は基本的に、イサギさんの管理化にある「烏丸」を始めとしたイサギの個人区域の一角で過ごすことが多いのだが、定期的に顔見せも兼ねて彼女に同行したりしている。


 ギルドのメンバーも、以前よりイサギさんが顔を出すようになったのを喜んでいた。


 団長の存在の有無は、直接団員の士気にも影響を及ぼすようだ。


 何よりこのギルドで彼女がどれだけ皆に慕われているかが、俺の目にも手に取る様に分かるのである。


「しかしイサギさんはすごい人気だね。……もしかして、ここの皆全員と誓約を結んでるの?」

「む? なんだアイ。嫉妬かい?」

「んー、どうだろ? ……単純に、興味本位かな?」

「……ふむ。それは残念。アイの質問だが、答えはノーだ。私が()()誓約を結んでいるのはキミ達を除き、今は五人だね」

「むむ? あ、分かった! もしかして、フクロウさんみたいな『五感(ファイブセンス)』の人でしょ?」

「おしい。八割方正解かな。アイの言った通り、その内の四人は『五感』のメンバーだ」

「あ、そっか。今一人欠員なんだっけ。んー、他に誰かそれっぽい人居たかなー?」

「ふふ。さぁて、誰だろうねぇ?」

「む! それは私に対する挑戦とみた! 良いでしょう、直ぐに見つけて御覧に入れましょう!」


 いつも通りのその場のノリで、イサギさんにビシッと指を突き付けてみる。


 自身の身体に慣れてきたのもあり、最近では女性口調に違和感を感じなくなってきたらしい。


 我ながら、流石の適応力である。もしかしたら異世界において、一番重要な点はそこなのかも知れない。


 とは言っても一人称は、話す相手とその場のテンション次第なのだけどね。


 基本的には正体を知っているイサギさんやラヴィニス、ルーアの前では俺口調。ギルド員他、他人相手では私としている。


「アイ! ……はぁはぁ。やっと、見つけたよ!」

「む? あ! クジャクさん!」

「――ハッ! すいませんイサギ様。せっかく御一緒の所をお邪魔してしまって……」


 息を切らして走って来たのは、団員のほぼ全員に「姉御」と呼ばれ慕われている女性、クジャクさんだ。よほど急いできたのかイサギさんにも気が付かず、また肩で息をしている。


 元々面倒見が良いのか、ある意味鳴り物入りでギルドに入団した俺に一番最初に声を掛けてくれた。


 正直ギルドの雰囲気に気後れしていた身としてはその好意はありがたく、そのおかげで比較的容易に周囲に溶け込めるようになったと思っている。


 当然皆が皆受け入れてくれている訳では無いようだったが、クジャクさんはさりげなくそれらを牽制してくれたのである。


「いや、構わないよ。それで? アイに何か用なのかい?」

「はい! 実はアイに頼まれていた純度の高い”白銀糖”と”イリシアンブラン”が、今朝方ようやくこちらに届きまして――」

「――おおっ! 本当ですか、クジャクさん!」

「そうさね! 小麦粉とバターは常備品で賄えるし、卵とミルクは今朝料理で使ったのがまだ残ってるから良いとして、後は”なまくりぃむ”とやらが揃えば、いよいよ完成品が作れるさね!」

「任せて下さい! 砂糖さえあれば、今直ぐにでも作ってみせますよ」

「本当かい!? ……今までに無いものを生み出してしまうとは、流石はアイだねぇ」

「あー、いえ。別に私が最初に開発したものという訳では――」

「良いんだよ、そんなのはどっちでも。この国に無いのは確かなんだからさ!」


 クジャクさんに諸手を上げて褒められ、俺は少々恐縮してしまう。生クリームはあくまでも、現代日本で学んだ既存の知識でしか無かったからだ。


 しかし彼女は些細なことは気にしない。そんなさっぱりとした性格に、いつも助けて貰っているのだ。


 男性は兎も角、女性団員との確執が中々難儀だと感じていたある日。俺は、彼女が夜烏の調理長をしていることを知った。


 ステータスカードにも記載されていたが、俺の技能スキルの一つに『料理』がある。


 元々田舎出身なので、何かと忙しい両親の代わりに普段からある程度家事を手伝っていたという自負もある。


 掃除は少し苦手だったが、特に料理などは回数を熟すうちにだんだん好きになり、何時しか好んで自炊するようになっていたのだ。


「……ふむ、何やら大事な話のようだね。私は先に自室に戻っているから、ゆっくりと語り合うと良い」

「はーい。ではまた後ほど~」

「イサギ様。お心遣い、ありがとうございます」


 後は任せたと自室に戻るイサギさん。クジャクさんの言う通り、気を使ってくれたのだろう。


 ちなみに以前も言ったかも知れないが、大学在学中にはケーキ屋でアルバイトもしている。


 そこで俺はその経験を活かし、色々とお世話になった彼女に報いようと”お手伝い”を申し出たのだ。


 当然最初は断られた。素人を調理場にあげるのはどうかということと、何よりイサギさんの妻である俺にそのような下々の仕事をさせる訳にはいかなかったのである。


 しかしここで折れては今後に関わる。鉄は熱いうちに打てとばかりに、俺はクジャクさんに猛アピールをしたという訳だ。


 結局色々と紆余曲折した後に、食後の一品なら作っても良いと彼女に渋々だが許可を貰い、旬の果物を散りばめた現代日本の粋である”スイーツ”をギルドの皆に振舞ったのだ。


 元々料理のセンスは悪くないと思う。バイト先の店長に「朱羽夜。卒業しても就職先無かったら、是非ともウチに来い!」などと、本気か冗談か分からないことを言われたこともあった。


 敬虔と技能。その両者のおかげなのか、今まで最高の出来となった”シフォンケーキ”。


 焼き窯はあったが現代日本のような純度の高い砂糖が見つからず、卵はあっても生地が本来のものと違うので正確には”ケーキ”ではない。


 しかしそれでも、試食したクジャクさんやその場に居合わせた団員達の賛辞を受けるほどには美味だったのだ。


 不意に現れたヨタカがひょいっとケーキもどきを口に運び、目を見開いていたのも印象的だ。見かけによらず、甘いものには目が無いらしい。


「いける! これさえあればあいつらに勝てるさね!」

「!? クジャクさん? ……いきなりどうしたんです?」


 他の団員がはしゃぎながらあーでもないこーでもないと言っている最中、目を瞑り静かに咀嚼していたクジャクさんがカッと目を見開いた。


 な、なになに? びっくりした! ……凄い眼力。これが漫画だったら、絶対切り抜かれてるよ。


「ああ、アイか。いや、こっちの話さね」

「む? それなら良いんですが……」

「……それよりアイ。あんたに大事な頼みがあるのさね」

「な、なんです? あんまり近寄られると、その。恥ずかしいんですが」

「あぁ、ごめんよ。いやね、その。なんだ。……アイさえ良ければ少し、手解きを、ね?」

「ふふっ。どうしたんです、そんな上目遣いまでして。……らしくないですよ?」

「う、ううう、うるさいよアイ! い、言うようになったね、あんたは。それで? 教えてくれるのかい?」

「最初からお礼のつもりでしたし、構いませんよ。ただ――」


 クジャクさんにずずいっと詰め寄られ、若干委縮気味になる俺氏。段々と近づいてくる美人さんの目力に押され、自然と身体が後ろに傾いてしまう。


 彼女はどうやらこのケーキの作り方が知りたいようだ。俺としてもお礼を兼ねているので問題ないのだが、何とも歯切れの悪いことである。


 おそらくは最初にお手伝いを断ったことを気にしているのだろう。不敬だからと突き放したのに、頼るのは如何程なのかといったところだろうか。


 何ともまぁ、可愛らしいヒトである。気が強い女性の恥ずかしがる姿というのもまた、乙なものだ。


「このシフォンケーキもどきなんですが、実はレシピが間に合ってないんですよ」

「レシピ? 一体何が足らないっていうんだい?」

「本来なら”砂糖”や”ブランデー”、”小麦の粉末から作る生地”が必要なんです」

「? この”茶々糖”があるじゃないか。それにこんなに上手いのに、まだ未完成だって言うのかい?」

「お口に合ったのなら幸いなのですが、私から言わせると甘みも触感も今一つなんですよ」

「ほほぅ。つまり、これ以上があるってわけだね。分かった。南部原産の砂糖とお酒を見繕おう」

「え? でも確か南部原産の”白銀糖”って高級品なんじゃ……。同様に”イリシアブラン”も中々個体数が少ないって聞きましたよ」

「アイ、あんたは物知りだねぇ。まぁ、イリシアブランは任せときなぁ。少し気は乗りはしないが、当てならあるさね。白銀糖はあたいの部下総出で当たらせるから、何も問題無いよ」

「ふむふむ。生地だけなら私でも何とかなるし、問題……無いのかなぁ」


 クジャクの余りの剣幕に若干引き気味になる俺だったが、その熱意に感化され自身もここまで来たらぜひ本物を味合わせてあげたいと考えた。


 そこでせっかくならその価値を高めようと、今日まで”生クリーム”の生産を訓練の合間に行っていたのだ。


 イサギさんの妻としてギルド内を散策して数か月、気付いたことが一つある。


 それは言うまでもなく、彼女の女性人気の高さである。


 あの不審な仮面を被った言葉足らずの何が良いのかは分からないが、ほぼすべての女性団員が大小あれどもイサギさんに好意を抱いているのである。


 俺があの身体のときは全くモテなかったのに、何故なんだ……。と愕然として素に戻る俺ことアイヴィスさんが居たとか居ないとか。


 そう。つまりはイサギさんの手前敵対こそしないが、水面下では俺に対しての妬みや嫉妬の炎が燃え盛っていたのである。


 いくら人の機微に鈍い俺でも、その芯まで凍るような冷たい視線には気が付いていた。


 身近にいたのが異常なほど好意的なイサギさんやラヴィニスだったため、この世界にきて初めて向けられる純粋な”敵意”だったというのもあるかも知れない。


 要するにここでお世話になる以上、不安要素はなるべく排除したい。故に今回クジャクさんに対し、必死に食い下がったのである。


 これですべてが解決するとは思わないが、少しでも女性陣に好感を持ってもらうため努力しなければと思った次第の行動だったのだ。


 ちなみに男性団員達はほとんど皆が好意的に受け入れてくれた。


 むしろ鼻の下を伸ばしていたと言えば良いのだろうか。そういうのもあって、さらに女性陣から目を付けられたのかもしれない。


 ともあれ結果は大好評だった。それはもう作った本人が驚愕するほどには、だ。中には涙を流しながら完成したシフォンケーキを口に運ぶものまでいたくらいである。


 そしてそれを作ったのは俺であるとクジャクさんが皆に伝えてくれたおかげで、今まで倦厭して近寄らなかった女性団員達もちらほらではあるが、段々と話しかけてくれるようになったのだ。


 一応の成果が得られたことに満足した俺は、作ったシフォンケーキとルーアから採取した豆を焙煎したコーヒーを持ち、イサギの執務室へと足を運ぶのだった。



「――イサギ殿っ! 先日の件は、一体どうなっているのだね!?」

「ふむ。先日となると……どの件のことですかな?」

「恍けないで頂きたい! あの件に決まっているであろう!」

「む? こう言っては何ですが、おっしゃっている意味が分かり兼ねますな。貴殿から受けた依頼は一切合切残さず全て、既に終えているはずなのだがね」

「ふざけておられるのか! あの区域の調査の件に決まっておろう! 何故今になってかの”神降地”が襲撃されるのだ!?」

「はぁ。申し訳ないがドルマス殿、私は神ではない故に全ては分からぬ。以前貴殿の依頼であの場を調べた際、突出した発見は無かった。……そもそもそれは、ご自身が一番良くご存知でしょう?」

「ぐぅ。大体が何故今の今まで連絡が取れんのだ! あれからもう一月半も経つのだぞ!」

「それに関しては当方としても申し訳なく思っている所存。しかしドルマス殿ほどでは無いにしろ、私も中々に多忙でしてね」


 時季外れのカンカン照りの日差しがようやっと西に沈み始めた頃、ギルド長室からは廊下にまで聞こえる程――実際には防音措置が取られているため聞こえないが――喧しい抗議が繰り広げられていた。


 会話からすると、今日の来客は皇帝の叔父であるドルマス卿のようだ。


 部屋に訪れた当初から不機嫌な様子を隠しもせず話を進めていたドルマスだったが、イサギのあまりに飄々とした態度を見て直ぐに痺れ切らし、先程のような剣幕で食って掛かっていたのである。


「ともあれ、今日はいかがなされた? まさか先程の戯れが本懐では無いのでしょう?」

「ふんっ! 相変わらず食えない奴よの。まぁ良いわ」


 それでも尚ぶれないイサギに自身の怒気を軽く流され、彼は不満そうに鼻を鳴らした。


 そんな様子をどこか冷めた表情で見つめ返すイサギ。


 「御託は良いから早く続きを話せ」という無言の圧力を感じたドルマスは、襟首に両手を当て胸元のリボンの傾きを直し、今一度自身の身なりを整えて話し始めた。


「率直に言おう。奴隷を一人、見繕って貰いたい」

「ふむ。それで、今回はどのような人材をお求めになられるか?」

「ふん! 何故私がこのタイミングで来たのか、お主なら分かるだろうに」

「はて? 先程も申したが、おっしゃって頂け無ければ――」

「――戯れは良い。あれほど派手な凱旋だ。そもそも隠す気は無いのであろう?」

「…………」

「あの時連れてきた女騎士を譲ってほしい。我が皇帝が見初められてな。無論、金に糸目は付けぬ」

「……申し訳ないが、その者は既に務めに出てしまっている」

「ふん! やはりか。それでその奉公先はどちらだ?」

「ふむ。既にご承知だと思うが、守秘義務なのでお答え出来兼ねますな」

「ちぃ! またそれか! ……そういえばお主、三年前も同じ事を抜かしよったな」


 バシンと目の前に置かれた机を平手で殴打するドルマス。


 それを涼しい顔で見つめるイサギを、親の仇と言わんばかりに睨みつけている。


 三年前。つまりエルクドがこのアインズ皇国の皇帝になった年の事である。


 イサギがドルマスと二度目の取引を行うことになったその年も一度、似たような件で揉めたことがある。


 当時、というよりも現在に至るまで()()()()()()()()()()勝ち続けている獣人族の女性がいる。


 種族の中でも稀有な存在である白虎びゃっこの尾耳族だ。数年程前に母国が敗戦したため、その折に奴隷落ちしたのだ。


 そして、その奴隷の所有者がイサギだった。


 見た目も珍しく顔立ちも整っているその娘は、それは沢山の貴族豪族から買い取りたいと打診があり、中には直談判を求むものまで現れた。


 しかし彼女はその悉くを断り、闘技場の戦闘奴隷として出資したのである。


 例えるなら、馬主という表現が一番近いだろう。


 この国で行われる闘技はすべて賭けの対象となっている。


 対人、対魔物全てにそれが適応されており、当然体格も性別も種族も何も関係なく、すべて無差別級である。


 当然非力な女性や子供などはレートが高く、男性や魔物は低く見積もられている。


 武器などは闘技場で審査をし、それが通れば携帯が許される他、貸出等も行っている。当然自信があるものは素手で臨んでも良い。


 闘技場は一般参加もある為、戦闘方式も多岐に渡る。


 一つは一対一で対戦相手が負けを認めるか気絶するまで行う”対戦バーサス”。


 一つは複数人でグループを組み自陣を立て、象徴たるの旗を掲げる”大戦ウォーズ”。


 まずリーダーとなる一人を決め、残りの人員を攻撃や防御に割り振る。そして相手より先に敵のリーダーを討ち取るか、その証たる旗を奪取した方が勝者となる形式だ。


 そしてその中でも特に人気を誇るのが、奴隷による”死闘デスマッチ”である。


 その名の通り、どちらかが死ぬまで殺し合うのである。


 中にはガチガチに固めた騎士相手や、闘技場内で()()()()()()魔物相手に裸同然で戦わされる者もいる。


 当然結果は目に見えていて、騎士の練習相手として観客の目に晒されながら惨殺されたり、また放たれた魔物に捕食されたりするのだ。


 退屈した貴族や豪族達にはエキサイティングな見世物となり、一般の平民達には奴隷になるとこうなるぞ。という戒めにもなるのである。


 そして圧倒的に不利な環境にも関わらず、この白虎の獣人は三年間一度も負けたことがない。


「ふむ。しかしそれは既に済んだ話だ。聞いた話に依れば、変わりに用意した情報で得た奴隷を、皇帝は大層気に入っているそうではありませぬか」

「はっ、その点では貴殿に感謝しておるわい。儂が提案した手前、反故にするのも外聞が悪いのでな」

「では何が不満なのだろうか? それとも兎の方ですかな?」

「そちらも問題は無い。問題はその二人以外だ」

「はて? 私が皇帝当てに直接納品したのは、兎人一名だけだと記憶していますが……」

「ふん! 分かっておるわい!」


 先程から何故そこまで憤っているのだかイサギとしても理解が出来ない。……そもそもしようともしてすらいないのだが。


 対するドルマスは憤慨している。少なくとも彼女の悪びれない態度がそれを煽っているのは一つの原因としてあるだろう。


 しかし、彼の怒りの真意はそこでは無かったのだ。


「他の商人のところで買った奴隷が貧弱でな。誰一人として役に立たん。中々我が皇帝のお眼鏡に叶うものがいないのだ」

「ふむ。それと私が何の関係があるのですかな?」

「ふん! 貴殿が”転移者(トラベラー)”を囲っているは知っておるのだぞ?」

「はて? ”転移者”? ……勘違いでは無かろうか」

「白々しい! 事実、見慣れぬ服装の者が数十名このギルドに入っていったという報告がいくつも上がっているのだ!」

「ふむ。自身で言うのも何だが、私もこのような仮面を被っているのでね。人の事は言えぬ故に分かり兼ねる」

「ちっ。全く貴殿の詭弁は聞き飽きたわ!」

「ふむ。詭弁のつもりなかったのだが。……それでどうなさるのだ?」


 イサギがそこまで話をしたところでギルド長室に、コンコンとノックが入る。


「――今日の所は引き下がろう。これ以上貴殿と話していては儂の寿命が尽きてしまうわ!」

「分かりました。……では今度とも御贔屓に」


 話に水を差されたのが気に食わないのか、はたまた他に原因があるのか。「ふん!」と不機嫌そうに鼻を鳴らしたドルマスは、部屋を走り歩きで飛び出して行った。


 突然出て来たカイゼル髭のおっさんにびっくりして「わわっ」と持っていたトレーをふらつかせるはアイヴィスさんだ。


 よほど急いでいるのか無関心なのか、ドルマスはそんな彼女の様子を一瞥し「ふん!」ともう一度鼻を鳴らし、カッカッと激しく革靴を廊下に打ち付けて足早に去っていった。


 「何だ何だ? 全く、失礼な奴だな。ていうか、あの髭どうなってんの? ……ポマード?」など髭に興味津々のアイヴィスさんは、「通告。早く渡さないと冷めてしまいますよマスター」とイヴに諭されて、イサギの待つギルド長室へと向かうのであった。

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