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アヴィスフィア リメイク前  作者: 無色。
一章 皇女の軌跡
10/55

絵に描いたようなクソ皇子がいるんだが!

ステータスは、状況に応じて変更するかも知れません。

 アインズ皇国。皇帝であるアルマス・フォン・アインズ五世が治める、いや治めていた君主制の小国である。


 皇帝であるアルマスは周辺列強に脅かされた国をその手腕を持って牽制し、小国ながらもその諸国と肩を並べていた。


 事実。就任中は諸外国からの侵略はおろか、内乱なども一度として起こっていない。


 もちろん、すべての人が満足していたかと言われれば違うのだが、この国に暮らす民のほぼすべてが皇帝を尊敬し、御方が決めた法律を遵守していた。


 しかし、その統治は長く続かなかった。突如、皇帝が病床に伏してしまったのだ。


 皇帝には二人の子が存在した。


 一人はエルクド。直系の男子であり、王位継承権の第一位。


 もう一人は、この春に七才になったばかりのシャルルである。


 エルクドを産んだ母、つまりはアルマスの妻になるのだが、彼女は彼が五才の時に病死している。


 アルマスは他に妻を持っておらず、このままでは万が一が起こりえない。


 そう危惧した臣下の進言により、自身よりも随分と年若い隣国の姫を娶る運びとなったのだ。


 その間に生まれた子が第二皇子のシャルルだ。


 このシャルルとエルクドの間には一回り、つまり十二才程の年の差がある。


 その年の差も然ることながら、親が隣国の姫ということで別館の侍女の守護の元で暮らしていたため、二人は会話はおろか、ほとんど顔を合わせることすらもない。


 第一王子であるエルクドは、端的に言うならば典型的な七光りである。


 彼は受け継いだ才能にかまけて努力を怠り、昼夜問わず酒や女に溺れていた。


 アルマスが健在だった当時はその監視の目も有り、帝王学を始めとした座学や一通りの剣術、魔術などに真摯に取り組んでいた。


 しかし、彼が病床に伏すと徐々に不真面目になっていき、遂には学ぶ事を辞めてしまったのだ。


 その背景には彼の義弟、つまりはエルクドの叔父に当たる人物が影響していた。


 エルクドは幼少期からアルマスの厳しい指導に耐え兼ねると、叔父であるドルマスを訪ねていた。


 ドルマスはエルクドを周囲から見ても過度に思えるほどに甘やかし、また接してきた。


 兄であるアルマスが注意をするものの可哀想の一点張りで、欲しいとねだったものはすべて見繕った。


 当然というべきか、エルクドは実父よりも叔父のドルマスに徐々に信頼を寄せるようになる。


 そして、アルマスの威光に陰りが出た今それが顕著に現れたのである。


 彼は病床に伏す前に一つ、悩んでいたことがある。


 自身の体調が芳しくない今、この国、そして国民をどうやって守っていくかを。


 このままエルクドを皇帝にしたら、間違いなく皇国が破綻してしまう。だが第二皇子はまだ幼く、統治などの(まつりごと)は難しいだろう。


 それならば臣下の中から優秀な人物を選出して、次代の皇帝にするのも一つの手なのでは無いだろうか、と。


 しかし本人の自覚よりも病魔の進行は早く、その意向を国の重鎮達に伝える間もなく意識を失ってしまった。


 そう。皇国は一時的に、自国の主柱を失ってしまったのだ。


 そんな中、いの一番に行動を起こしたのがドルマスである。


 第一王子であるエルクドこそ相応しく、唯一無二である初代皇帝の高潔な血を受け継いでいる。


 第二皇子は未だ幼く執政は実質不可能。であるがために、彼こそがこの国を背負って立つに相応しいと全国民に向け宣言したのである。


 四代目皇帝を務めたのはアルマスの正妻の父親であり、アルマスはいわゆる婿養子だった。


 彼が皇帝に就く前までは、周辺列強の国の実質植民地のような立ち位置に晒されていた。それを危惧した当時のアインズ四世が、臣下の中で一番優秀だった彼を娘の婿として迎え入れたのである。


 そして、その判断は間違っていなかった。


 アルマスは皇帝の座に着くや否や、差し押さえられていた周囲の土地を瞬く間に奪還し、周辺列強国との間に不可侵条約の締結も終えたのだ。


 その実績により、内外共に”平和”という希少で穏やかな時間を皆が共有出来たのである。


 しかし、その”平和”は長く続くことは無かった。


 そう。彼の子であるエルクドが、それはもう救いようのないくらいのとんでもない阿呆うつけだったからだ。



「おいお前。余が大事に取って置いたカステイラはどうしたのだ?」

「! エルクド様。申し訳ありません! 残されたのだと思い、先程片付け――っ」


 バシンという乾いた音が静穏な部屋に響き渡る。


 頬を叩かれた儚げで美しい獣人女性はその勢いでよろけ、膝まづいてしまう。


「貴様! 余を愚弄しているのか!? 楽しみに残しておいたのがなぜ分からない! この愚図めっ!」

「滅相もございません! わたくしが浅はかでございました。今すぐご用意致しますので、少しばかりお時間を――」

「黙れ! そういうことではない! 貴様仮にも余の奴隷ならば、そのくらいのことは言わずとも理解しろと言っておるのだっ!」


 エルクドの怒りは収まらず、足元から自身を潤んだ瞳でを見上げる美女を足蹴にする。


 よく見るとこの女性、所々に青痣が浮かび上がっている。


 この様子からも、彼女が普段どのような扱いを受けているのかが伺える。


 おそらく元々は艶のある毛並みだったのであろうその体毛は、今やバサバサに乱れ、薄汚れてしまっている。


 ちなみにエルクドの奴隷は他にも複数名いるが、嗜虐心を満たしてくれる垂れ耳と尻尾の生えた白兎の亜人女性が最近のお気にいりらしい。


 その口元には下卑た笑いが浮んでいて、そのまま彼の性癖を表しているかのようである。


 ここアインズ皇国は”奴隷”と特に密接な関係にある。


 数十年に渡る半植民地化の影響で支配している土地が狭く、人員も常に不足していた。そんな中で国が目を付けたのが”奴隷市場”だったのだ。


 支配していた周辺列強の影響もあり、皇国には四代目皇帝の時に複数の娯楽施設が建設された。


 一つは奴隷を同じ奴隷や魔物などと戦わせ、その勝敗を賭ける中世ヨーロッパのコロッセオのような闘技場。


 形式は無数にあるが、中でも盛り上がるのが無差別級の対人戦で、時と場合によっては一方的な虐殺になることもある。


 一つは各国共通通貨でコインを買い、そのコインを賭けて一喜一憂するゲームを行うカジノ。そこで稼いだコインは再び通貨に換金することも、特別な商品と交換することもできる。


 その商品の中には物品などの他に、当然奴隷も含まれている。


 街の一角には歓楽街が設けられており、そこには飲食店や酒場、風俗店が立ち並んでいる。


 ちなみに「夜烏」はこの場所に拠点を置いている。


 どうしてここまで非人道的ともいえる施設が多く立ち並んでいるのかということだが、その理由の一つはこの国が”中心点”であるからだ。


 周辺を列強国で囲まれているということは、逆に言えば彼らからすればこの場は中心地。各国の首脳が会談などで集まるのに、何かと都合が良かったのだ。


 当然そうなれば、各国の貴族のような富裕層も多く訪れることとなる。


 そういった状況を有効活用しようと考えたのが、時に”うつけ”と揶揄された四代目皇帝だったのである。


 よくよく考えると、不可侵条約の影の功労者はこのうつけなのであろう。


 他の理由もいくつかあるが、中でも”非人道”というワードが影響している。


 周辺の列強諸国の各国の外交関係は、まるでトランプタワーの様に絶妙な均衡状態にあった。


 そしてここ数十年続く各国の()()は、その天辺に置かれている。


 そんな状態で大っぴらに”非人道”的な行動で自身の国民に反感を買い、それがエスカレートして内乱にでもなった日には、国が瞬く間に他国の侵略の魔手に晒されてしまうのである。


 たとえ対象が亜人奴隷や犯罪奴隷だとしても、国内にそれを扱う商人や盗賊などを抱えていては犯罪組織の温床になりかねない。


 そこでかの国を中心点とすることで、その者らの扇動による反乱を極力抑えようと判断したのだ。


 しかし、各国にとって奴隷はとても魅力的であった。主に、労働力として。


 衣食住以外の経費が掛からないうえ、国民の嫌がるキツく、汚く、危険な仕事を割り当てられるからだ。


 それに目を付けたのが四代目皇帝だ。


 自国で開催される諸国会議で「我が国は()()()で奴隷を生業にする」と宣言したのである。


 その上かかる経費は自国で捻出出来ないからと、諸国から補助金まで受け取っている。


 各国も当然一国集中の危険性を熟知していたのだが、この小国が仮に自分らに反旗を翻しても侵略の口実を与えるだけだと考え、承諾した経緯がある。


 ここではそこで決められた細かい条約などは割愛するが、大事なことはアインズ皇国にとって奴隷は切っても切り離せないものになり、国内外ともに認知されることになったのである。



 閑話休題。


 

「まぁ、良い。それはともかく、その薄汚れた格好で余の相手をする気ではあるまいな? さっさと着替えてまいれ!」

「……はい。直ちに湯浴みをして参ります」

「さっさと行くのだ! 先程の無礼への罰は今宵の床にて行う故、覚悟しておくのだな」

「承知、致しました……」


 叱責を受けた獣人女性のへにょんと垂れ下がった白い耳が、恐怖からかフルフルと震えている。


 エルクドから散々足蹴にされていたが何とか立ち上がり、風呂の置かれた部屋に向けふらふらと歩き始めた。


 この女性、元は亜人奴隷としてドルマスから彼に献上されたものだ。


 敬愛する叔父からの贈り物かつ自身の性癖を満たしてくれるため直ぐに気に入り、現在は奴隷としては例外的に、直接身の回りの世話をさせているのだ。


「さっさと行けと言ったであろうがっ!」


 耳と同様に震えていた尻尾の下。つまりは白く繊細な尻に向け、エルクドは平手でピシャリと叩いた。


 ひぁんと悲鳴を上げ小走りになった獣人女性を見て、彼は満足そうにニヤリとわらった。


「皇子。機嫌が良さそうだな」

「叔父上! 居らしていたのですか!」

「うむ。私の可愛い甥の晴れ舞台前夜なのでな。居ても立っても居られなくてね」

「はははっ。叔父上はいつまでも心配性なままですね」

「ふふ、そう言うな。老い先短い老骨の老婆心というやつだよ」

「この前の狩りの際にあのような立派な角をもつ牡鹿を仕留めておいて全く、何をおっしゃいますか」


 エルクドの部屋の壁の一角には、それは立派な角を持った牡鹿の首の剥製が飾られている。


 その角は細かい傷を無数携えており、生前の激戦を物語っている。


 会話の相手は叔父のドルマスだ。


 柔和な雰囲気を漂わせ、自身の立派なカイゼル髭をなぞる壮年男性。老骨などと嘯いた彼だが、その実年齢は五十の半ば程である。


 今日のこの日はアインズ皇国第六代目皇帝、エルクド・フォン・アインズ六世の戴冠式前夜である。


 臣下の中には当然、本物のうつけであるこのエルクドの就任を拒んだものも存在した。


 彼らは口々に国が崩壊する、また植民地化される、最悪滅ぼされるなど進言したのだが、叔父であるドルマスが纏めて不敬罪で投獄した経緯がある。


 アインズ五世の威光がない今、叔父であるドルマスに逆らえるものは少なく、結果過半数の重鎮達が渋々ながら承諾したのである。


「しかし叔父上。父上に許可なくこのようなことをしてしまっても、本当に大丈夫なのでしょうか?」

「心配するなエル。この儂が付いておるのだ。それに我が敬愛する義兄である其方の父も、さぞ喜んでおられるだろう」

「そうだと、良いのですが……」

「何を弱気になっておるのだエルよ。先程までの勇ましい支配者の姿を思い出せ。反逆するものなど全て処してしまえば良いのだ。それに明日からは、其方に逆らう阿呆などこの国には存在しなくなる」

「余に逆らうものは……処す。なるほど確かに皇帝となれば、今まで余を嘲笑った者どもを見返せる」


 ぶつぶつと呟くエルクド。その口元の歪みは仄かな狂気を秘めていた。


 父であるアルマスの指導から逃げ叔父に媚びを売り、女の尻を追いかけるうつけものだとか、勉学も剣術も魔術も半端な七光りだ。などと、陰でひそかに言われていたのを思い出しているのだろうか。


 ドルマスはドルマスで思うことがあるのだろう。”敬愛する義兄”の部分に何らかの意図を感じるほどに口調を強め、発言をしている。


「どうしたエル。陰でうつけと呼ばれているのを気にしていたのか?」

「っ!? 叔父上! 叔父上も余を馬鹿にするのですか!?」

「何を言っている。むしろ、誇りに思うのだ。我が父も、其方と同世代のころはそう呼ばれていた」

「! あの偉大なる四代目皇帝も、そう呼ばれていたのですかっ!?」


 叔父の不用意な発言ともとれる言動に自尊心を逆撫でされ、熱くなるエルクド。


 しかし、それに次ぐドルマスの言葉に軽い興奮を覚えたのだろう。


 救国の偉人である四代目皇帝と、自身の意外な共通点に目を輝かせている。


「……如何にも。最後こそ皇帝の血脈を絶ちかねない愚行を犯したとはいえ、その手腕はずば抜けていた。我が一族随一であろう」

「愚行……ですか?」

「そうだっ! 選ばれし皇族である我らを差し置いてあのような低俗な男を王座になど――っ! ……いや、済まない。其方を責めているのではないのだ」


 そんなエルクドの様子をドルマスはどこか冷めた目で見つめ返し、口惜し気に顔を歪ませて言葉を綴る。次第に表情は抜け落ち、声のトーンは低くなっていった。


 声色が変わった叔父の様子を訝しむエルクド。


 ドルマスの表情を覗いた彼は、思わずひゅっと息を呑みこんだ。


 それでも何とか言葉を一言絞り出したが、直後に漏れ出でた怨嗟の奔流に飲み込まれ、ついには顔を青褪めさせてしまった。


 自身が感情的になってしまったことを詫び、再び柔和な雰囲気に戻るドルマス。


「エルよ。其方は何も心配せずともよい。大丈夫だ、もし至らぬと感じたのならば儂が対処しよう」

「叔父上……」

「其方は好きにするが良い。必要ならば、また奴隷を見繕おう。そしてこれからは、身辺の警護もより強化しなければなるまい」

「叔父上?」

「ふむ。専属の女性近衛部隊なんてどうだ? 今闘技場に活きの良いのが居てな。其奴を隊長としようと思っている」

「!? 余の専属……」

「そうだ。当然、好きにして良い」


 愛でるもよし、嬲るもよし。などドルマスは、コクコクと頷きながらそのような事を呟いた。


 そんな彼の甘い誘惑に誘われたのか、エルクドはまるで蜜に集る虫のようにドルマスの挙動を目で追っている。


 「しかしなぁ、うーむ」などと、わざとらしく自慢のカイゼル髭の端を手でなぞりながら様子を伺うドルマス。


 彼にかかれば無能の皇子の手綱など、乗るまでもなく操ることが可能なのである。


「あぁ、だがあれはじゃじゃ馬でな。中々乗りこなせないかもしれんが――」

「叔父上! 余に任せよ。女子の調略など、赤子の手を捻るよりも容易い」

「ふははっ。流石は真の皇帝よ。”英雄色を好む”というしな。はっはっは!」


 思惑通りに話が進んだことに気を良くしたのだろう。ドルマスの高笑いが部屋に響き渡った。


 エルクドの顔もまた、今後の自身の姿を思い浮かべたのか、ニヤリと口元を歪めている。


 直後。タイミングが良いのか悪いのか、奴隷である白兎の女性が湯浴みを終えて戻って来た。


 「年若い二人の逢瀬を老骨が邪魔をしては悪い、明日を楽しみにしているぞ」などと快活に笑いながら、部屋を後にするドルマス。


 残された白兎は下卑た嗤いを浮かべるエルクドを見つめ、湯浴みをしたばかりだというのにその身体を震わせた。


 彼女の目には歪んだ笑顔の背景に漆黒のキャンバスを広げ、奇しくも美しい真ん丸な金色が浮かぶ狂気の絵画が映りこんでいたのである。


 その翌日から三年間。皇国の夜ともいえるその時代は、とある研究所のとある人物がこの世界に転移してくるまで続くことになるのであった。



「あのー、イサギさん? これは一体全体何事ですか?」

「む? 説明は既にしてあっただろう?」

「百歩譲って仲間になるのは良いとして――妻って、どういうことなんですか!? 見て下さいよほら! 私の可愛いラヴちゃんのおめめが、昨日からずっと単一色のままなんですよっ!?」

「むむ? それも事前に言ったあったはずなのだが……」

「いーえ! 聞いていません! 少なくとも私は覚えてません!」

「……さすが私のアイだ。そう言われてしまったら、此方も言葉が返せない」


 夜烏のギルド長室で、ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てるのは俺ことアイヴィスだ。


 その隣で「ツマ……? ナニソレツキサスノ?」などと謎の言葉を呟き、遥か次元の彼方へと視線を飛ばすラヴィニスさん。


 そしてその勢いに押されつつも、きちんと相手を理解させようと丁寧に答えるのは鈴音ことイサギさんである。


「何勝手に愛称で呼んでるんですか! セクハラですかっ!?」

「それも先日説明を――」

「――いいえ! 覚えていません! 全く全然これーっぽっちもっ!」

「ふふっ。全くキミは、悪びれもなくよく言うよ。……ふぅ、しょうがないね。それではもう一度順を追って、一から説明しようじゃあないか」

「む、しょうがありませんね。私は寛大なのでその言い訳、聞いて上げますよっ!」


 どちらかと言えば間違いなく俺が覚えていないのが悪いのだが、それこそ気にしてもしょうがない。


 またイサギさんもそれを咎めず、優しい声色で諭してくれた。どうやら説明してくれるみたいである。


 ……ふむ。せっかくの好意だ、甘えてしまおう。


「まずこの国の情勢だが、非常に芳しくなくてね。現皇帝であるエルクドが圧制を民に押し付け、反発するものを片っ端から処罰しているのだよ」

「おいおい、なんかヘビーな話題が来たな。あっ……思ってたのと違って、つい素に戻っちゃった」

「やはり、先程までのはノリと勢いでしゃべっていたんだね?」

「まあ、そうですね。何となく、雰囲気が重苦しい気がしまして」

「ふふ。相変わらず、キミは面白いね」


 イサギさんから伝えられたアインズ皇国の情勢は、俺の想像を軽く超えた重苦しい内容であった。


 処罰を受けたものの処遇だが、まず男性はその場で切り捨てられる。


 ただし、年齢の若いものは鉱山送りにされたり戦闘奴隷などに落とされたりする場合もあるそうだ。


 女性に至ってはさらに悲惨だ。皇帝のお眼鏡に叶った者はその須らくを蹂躙され、飽きたら皇国軍慰安兵として従属することになるのだ。


 そうでないものは裸に向かれ公衆の面前で私兵に凌辱されたり、投獄され悍ましい拷問を受けることになる。


 中でも反逆罪が適応された場合は、老若男女問わず一族郎党まとめて広場にある処刑場で処断される。


 その首は民衆に晒されながら、烏などの雑食の動物に啄まれることとなるそうだ。


 処刑方法も多岐に渡り、熱した窯の中に放り投げられ限りなく焼死に近い溺死をする者。裸に向かれ周囲の木々に首を吊るされる者。馬に繋がれ引きずられる者、またそれに四肢を縛られ引き千切られる者。


 皇帝の嗜虐心を満たすために、実に様々な処刑が行われた。


 ただ一つ言えることは、皇帝に逆らったらそこに待つのは社会的また生物学的に、”死”のみであるということである。


 皇帝に自覚があるかは分からないが、まさに終末へ向かう国家の姿であった。


「おいおい。まるで世紀末じゃねーか。ここの皇帝は何をトチ狂ってそんな暴挙をしているんです?」

「アイ。その言葉はこの場でだけにしてくれよ。キミが殺されるのを、私は見たくない」

「分かってますよ。……はぁ、しかしとんでもない世界に来ちまったもんだ」

「済まない。君が来る前に何とかしようと思っていたのだけれどね」

「イサギさんが謝ることじゃないでしょう? 悪いのはここのお偉いさん達だ。っていうか俺がここに来るのは確定事項だったんですか……」

「うむ。いずれ私が連れてきていたよ。アヴィスフィアの試験運用って名目でね」

「げげ。所長が言ってたのってここに来ることだったのか。つまり、最初から全て想定内だったというわけですね?」


 俺はこの重苦しい空気を少しでも和らげようと、意識して軽口を叩いた。両肩を竦ませ、掌を天に翳す「Why?」のポーズのおまけ付きで、だ。


 そんな俺のおちゃらけた態度を見て苦笑いを浮かべながら、イサギさんは一つ忠告してくれた。


 確かに今のような発言を皇帝の前もしくはその周辺でしようものなら、待っているのは実に悲惨な結末だろう。


 平和な日本では考えられないことなので、その危機感を肌で感じることは出来ない。故にこの世界を知るイサギさんの意見は、大いに参考にすべきである。


「それは違う。予想外の事が頻発しすぎていて、正直私も困っているんだ」

「予定外?」

「うむ。まず時期が早すぎた。先日も言ったかもしれないが、あの転移は予定外だったんだよ」

「ふむふむ」

「それに、キミだ」

「俺?」

「……うむ。本来なら君の身体を徐々にこの環境に()()()ために、異界の狭間の一部を隔離し”召喚準備”用の場所を設ける手筈になっていたんだよ」

「おお、何それ。まさにファンタジーですね、素晴らしい」

「ふふ。異界を渡るにはこのプロセスが実に大事でね。大量の魔素に晒されるため、それに慣れるという段階を踏むことが何より重要になってくるんだよ」

「ふむふむ。それで?」

「うむ。まずこの場で行われるのが特別ユニーク技能の取得。簡潔に言えばその人が持っている能力の進化と言えば良いかな?」

「進化! 良いですねそういうの! 俺は? 俺も進化するんですか!?」

「残念ながら()()()()今のところ、未実装だね」

「ぐふぅ。なんかベータ版特有のアプデ待ちみたいじゃないですかー、やだー」


 イサギさんが語った内容は、先程の重苦しい話から逸脱した、まさに好奇心を刺激するとても興味深い話だった。


 ちぇー。異世界転生と言えばユニークなスキルで無双ハーレム! そういうのが、鉄板なのになぁ。


 テンションが上がり、段々と前のめりになって彼女の話を聞いていたのだが、結局は最後の一言に撃ち抜かれ、同じくらい後退りする結果となったのだった。


「ふふ。でも、その代わりにキミは大量の魔素を取り入れることが出来たのだよ。正直ラヴィニスを除き、他に並ぶ者がいないだろう」

「それって、何か役に立つのです?」

「うむ。単純に巨大なエネルギーの塊だと思ってくれて良い。ほぼ全ての細胞も魔化しているし、うん。……実に、興味深い」

「分かったような、分からないような? それはそれとして。……悪戯、してないでしょうね?」

「え? 悪戯?」

「さっきの所長の目! 好奇心を抑えられず、色々とはじめるときの目でしたよ!」

「っ! いっ、悪戯はしてない……よ?」

「おい。何で疑問形なんだ。……何をした? 俺の身体に、何をしたぁぁっ!」

「お、おおお、落ち着いてシュウ君っ! ち、違うの、悪戯じゃなくて治療! 私はただ、君が感じていたコンプレックスを治して上げようと思っただけで――」

「うぉぉぉいちょっと待て。それは一体、何のことを言っている!? そして、何でソレを知っているぅぅぅっ!」


 俺はイサギさんの肩をガッと掴み、力任せにガクガクと揺さぶった。彼女の瞳に映る俺の目はそれは朱く血走っていて、とても美少女がして良い顔では無くなっていた。


 半狂乱状態に陥った俺を何とか落ち着かせようと、彼女は次々と言葉を発した。だがしかし、その一言一言にまた動揺し、その度揺さぶりが強化される結果となったのは言うまでもない。


 いよいよ収拾がつかなくなった事態を止めるべく、呆然自失状態に陥っていたとある人物が動き出した。


 次の瞬間。俺は、柔らかな感触が自身の背中側から覆う様にして触れたのを感じ取った。


 とある人物とはもちろん愛しのマイラバー、ラヴちゃんである。


 そう。彼女のその豊満な夢の結晶(おっぱい)が、優しく俺を背後から包み込んだのだ。


「落ち着いて下さいアイヴィス様! イサギ……様が、まるでタイムラプスで撮影した動画の様になっていますよっ!?」

「ラヴちゃん! 止めないでくれっ! 俺はこのセクハラストーカー女に、鉄槌を下さねばならないんだっっ!」

「せっ、セクハラ……ストーカー、おんな…………」

「ふぁんっ! ちょ、アイヴィス様! あまり暴れないで下さいぃぃぃ!」


 ラヴィニスが参戦し、むしろ状況はカオスとなった。


 「ここは退いては駄目だと、断固追及!」と、完全に熱くなってしまった俺は止まらない。そして俺の発言を受けた鈴音もまた力なく項垂れ、されるがままとなってしまっている。


 叫びながら放心状態の男性の首元を両手で吊り上げ揺する美少女と、その美少女に後ろから抱き着き、時々嬌声を上げて喘ぐ美女。


《……唖然。どうしてこう毎回、話が転移(トリップ)してしまうのでしょう?》


 そんな彼らを冷めた様子で見つめ呟くイヴもまた、その流れに身を任せるのだった。



 喧騒はしばらく続き、紆余曲折を経て一応の結末を得たのは数刻先の事だった。


 一つ。転移者だということを隠すため、”朱羽夜”が名実ともに”アイヴィス”と名乗ることにしたこと。


 なぜ転移者であることを隠す必要なあるのか。という疑問なのだが。


 まず前提条件として、転移とは世界の界層を抜け別の世界へと赴くことであり、その界層を渡り切る為に自身に魔素を取り込み抜けた先の世界へ適応させる。という洗礼(通過儀礼)を受ける。


 しかし時空の狭間に呑まれたり、アイヴィスのように正式な手順を踏まなかった場合は、魔素の過剰負荷により生物は皆例外なく四散してしまう。


 そしてそれを防ぐため、数十人規模の魔法使いが事前に防護魔法を展開している。そしてその皮膜のようなフィルターにより、召喚者の身体や精神は保護されるのだ。


 そして重要なのが、この転移によって得られた技能や特性である。


 その力がどのようなものにしろ例外なく、アヴィスフィアにおける一般人とは比較にならないほど隔絶した大きなものとなる。


 何故隠す必要があるのかはここに集約する。詰まるところ、支配階級に狙われるのだ。


 いかに優れた能力を持っていようと、数の前には歯が立たないのは自明の理。何より、この世界に来て右も左も分からない状態なら尚更である。


 つまり転移した者、その存在は基本的に秘匿されるのである。それが役に立つであろうその瞬間まで。


 事実、このアインズ皇国では転移の事例は――イサギの尽力もあり――ないことになっている。


 周辺国家及び、別大陸では召喚による転移者、また転生者なども存在する。


 万が一、朱羽夜が転移者だということが広まるとそういった輩の興味を引き、いらぬトラブルを引き起こす原因となるためだ。


 ちなみに、異世界からの転生者というものはこのアヴィスフィアには存在しない。


 実際に確認されていないだけでいる可能性もあるが、そもそも転生は肉体に依存しない。仮に転移する環境が整ったとしても、精神体という曖昧な存在では魔素の取り込みが出来ず、そのまま霧散してしまうのだ。


 ともあれ。これ以降、”朱羽夜”のことは”アイヴィス”として語ることとする。


 一つ。その際の身分の証明とその身の保護のため、イサギの妻として「夜烏」に仲間入りすること。


 理由は当然、アインズ皇国内での身の安全を確保する上で一番確実だからである。ラヴィニスは終始渋ってはいたがアイヴィスの説得もあり、とりあえずの納得を示したようだ。


 そもそも真面目な彼女がなぜこのような重大な情報を取り逃したのか。その原因はやはりというか、アイヴィスにある。


 先日案内された「烏丸」で、アイヴィスは尾耳族と呼ばれる”ヒトの身体の一部に動物的特徴を宿した亜人”の美女や美少女に、熱烈な歓迎を受けたのである。


 彼女達はかなり際どい薄着で、触れればその身体の感触が直に伝わって来るほどだった。


 必然としてアイヴィスはデレデレになり、そんな様子を見たラヴィニスは気が気ではなかったのである。


「あぁ、そこは私特等席なのに!」とか、「ちょっとスキンシップが過ぎるのではないですか!」などと、所々でその身を間に捻じ込んで牽制していたのである。


 ちなみに愛称で呼ぶことに決めた理由は、自分たち夫婦の仲睦まじい様子をギルド員含めた皇国の皆にアピールすることが目的である。


 一つ。ラヴィニスやルーアはアイヴィスの従者として仕えることにしたこと。


 その理由は言うまでもなく保護であるが、アイヴィスの護衛も兼ねている。身分についてはアイヴィス同様にイサギが全て準備した。


 一つ。ステータスカードの登録申請。


 これは先日の”お披露目”が終わった後すぐに済ませてある。その詳細は次の通りである。



《名称》

 朱羽夜(アイヴィス)


称号ディグリー

 奴隷王スレイブキングワイフ 守護者ガーディアンブライド 精霊スピリッツマスター


《誓約》

 夫婦誓約(鈴音)・ハズバンド 俺嫁誓約(ラヴィニス)・嫁 精霊誓約・ルーア・主


《性別》

 女性


《年齢》

 28才


固有ユニーク技能》

 AiVSイヴ 想像イマジネーション 転性セックスチェンジ その他(アナザー)詳細不明アンノウン


希少レア技能》

 誓約オース 召喚サモン


基礎スタンダード技能》

 召喚魔法Lv1 調理クッキングLv5 逃走ランナウェイLv3


特性スペシャル

 その他詳細不明


魔法マジック

 精霊召喚・ルーア その他詳細不明 



継承インヘリタンス技能》

特別ユニーク

 変体メタモルフォーゼ


〈希少〉

 纏衣まとい


〈基礎〉

 剣技ソードアーツLv1  銃技ガンアーツLv1


《継承特性》

〈特別〉

 魔素変換チェンジ 魔素吸収ドレイン


 以上がステータスカードに表示された内容である。因みに継承系は、備考欄に掲載されている。


 Lvレベルは基礎技能、一部特性に存在する。数値が大きさがその事項においての効果が高いということになる。


 例えば剣技などは熟練度が上がる程にLvが高くなる。


 基本的には基礎技能と特性は10が最高値(MAX)と表記されることが多い。


 無論、中には例外も存在するが。


 技能は先天的、また後天的に取得するもののどちらもあり、固有技能は先天的なものがほとんどを占めている。


 その者の本質が魔素の影響で技能として目覚めたもので、個性であり才能でもあるためだ。


 この固有技能が魔素の多量干渉により進化したものが、特別ユニーク技能である。


 基礎技能は後天的に身に着けるものが多く、希少技能は一概にどちらとも言えず、遺伝や一族相伝、先祖返りや突然変異など限られたもののみが取得している場合が多い。


 誓約はその者の精神に刻まれるため、誓約後は肉体に依存しない。


 しかし、その内容によっては肉体の情報が誓約成立の条件になりえる。


 つまり朱羽夜は鈴音と誓約したときは男性で夫として”夫婦誓約”を、ラヴィニスとのときは女性で嫁として”俺嫁誓約”結んでいるということになる。


 要は鈴音の旦那であり、且つラヴィニスの嫁でもあるという数奇な三角関係の完成ということになる。


 基本的に同種の誓約は結ぶことは出来ないと以前説明をしたと思うが、これはつまり誓約の”穴”を突いた実に巧妙かつ複雑なものとなっている。


 朱羽夜自身知り得ぬことなので、おそらくはイサギによる何らかの意図があるのだろう。


 誓約に置いては貢献度が重要なファクターとなる。


 これは「ステータスカード」で数値化されることはない。シビアな話だが、相手にとってどれだけ有用なのかということである。


 そしてこれは完全に両人に依存する。


 つまり相手がどんなに貢献度を上げようとも、自身が低いとその恩恵は少ないのである。要は相手の求めるものを見出せるかがキーとなる。


 誓約の種類にもよるがこの貢献度により、相手の技能の一部を継承できることがある。


 それが継承スキルで、基礎技能や特性についてはLv1がスタートとなる場合が多い。そこからは継承した人次第なのである。


 特殊なのが固有ユニーク技能の継承だ。これは基本的に継承することはない。


 なぜなら固有ユニークとは言葉通り個別、つまり個性なのである。


 だが朱羽夜の場合はイヴがそれを調整、時に改変して彼に継承させることが出来る。


 誓約という一種のつながりがあれば、誓約の種類に問わず相手の技能をほぼ確実に何らかの形で習得できるのである。


 その他詳細不明と書かれている部分は「ステータスカード」で判別することができないものか、あるいは何らかの制限が掛けられていて有効化アクティベートされていないものである。


 ちなみに称号は習得時の肉体依存になる為、留意しなければならない。


 以上がステータスカードに記載されていたものであり、朱羽夜アイヴィスの現状である。

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