入隊試験前日
訓練場の段上にて
「手前ら! 今まで良く頑張った! 一ヶ月間の訓練はこれで終わりだ! せいぜい悲しみやがれクソ野郎共!」
そう叫びながら涙を浮かべるヘンリー隊長であったが、やっとこの厳しい訓練から解放されたことに、入隊希望者達のテンションは高揚する。
「明日は手前らが防衛軍にふさわしいかどうかを決める入隊試験を行う! 手前ら、逃げたいんなら今にからでもここから出ていいぞ。俺が見逃してやるからな」
しかし、逃げようとする者は一人もいなかった。
「そうか逃げねえか。肝の座った奴ばかりじゃねえか。俺がまだ入隊希望者だった頃はこの一言で四人くらい逃げて行ったが」
「隊長! 俺達はそんな覚悟のできてない奴らと一緒にしないで下さい!」
「そうです! 私達はどんな入隊試験でも絶対に乗り越えて見せます!」
入隊希望者達の意志が固いことを隊長は感じ取り、軽く溜息をつくのであった。
夜、図書館にて
「なあマーベル? お前は逃げたいって思わないか?」
「思わないよ。だってジークを置いてなんか行けないし。もう四年前から覚悟は決めていた」
マーベルは微笑しながら言った。
「でも、ちょっと怖いかな。死を恐れないって言えば嘘になる」
「そうなのか!? 無理はするなよ! ピンチの時は迷わず逃げるんだ!いいな!?」
「逃げられないよ」
彼女は溜息をつく。
「ねえジーク? 前回の入学試験って、何人戦死者が出たか覚えてる?」
「確か…… 入学希望者の九割だったか?」
「正確に言えば3587人中3365人よ」
背後から女子の声。
二人が振り返ると、そこにはルミアが立っていた。
「全く、今夜は図書室でゆっくり本を読もうと思ったのに、アンタ達がここにいるせいでそれもできそうにないわ」
「ルミアさん? 私はジークと二人きりで話しているの。口槍を挟まないでくれるかしら?」
恩人と瓜二つのルミアに向かってマーベルはまるで邪魔者のような言葉を投げかけた。
「それはごめんなさい。ついでアンタに聞きたいことがあるの」
「何?」
「何で私がジーク君と話しているとき、いつも物陰から恨めしそうに見ているのかしら?」
「!」
気付かれていたとは知らず、マーベルは驚きの表情を浮かべた。
「それは私の勝手でしょ!?」
「勝手と言われてもねえ、アンタの行動ストーカーとあんまり大差ないわよ?」
マーベルは言い返せなかった。
「確かにストーカー的な行為だと言われてもおかしくないかも知れない。でも私はジークが貴方にたぶらかされないかが心配なの!」
「あ、そういうことだったのか。ごめんマーベルさん。私アンタの気持ちに気付いてなくて」
そう言いながらルミアはマーベルの耳元で囁いた。
「(アンタさ。幼馴染のジーク君に惚れてるんでしょ?)」
『ボンッ!』
何やらマーベルの脳内で爆弾のような音がして、彼女の顔は真っ赤になった。
「お、おいどうしたマーベル!? 熱でもあるのか!?」
「し、心配ないわよ。ルミアさんに突拍子もないこと言われただけだから」
本気で心配するジークをマーベルは両手を振りながら大丈夫サインを送る。
「ねえジーク君? アンタはマーベルさんのことどう思う?」
そんなジークにマーベルは尋ねた。
「どう思うって、幼馴染で何をしてでも守るべき存在ってとこか」
「へえ、けっこう脈あるのかもね。なら邪魔者は別の場所で読書をするとしますか」
そう言ってルミアは図書室を出て行こうとする。
「そっか、お前一人で集中して本を読みたいんだっけか」
「そういうことにしておくわ。せいぜい頑張りなさいよマーベルさん。せっかく夜の図書館なんて私的には素晴らしい夜景スポットで雰囲気でてるんだから」
「る、ルミアさん…… ありがと……」
去っていくルミアの背中に、マーベルは声にならない声でお礼を言った。
「ねえジーク、私達って何年間一緒にいたか覚えてる?」
「いつだったっけ…… 3歳くらいからか?」
いまいち返答が疑問系なジークに対してマーベルは顔を赤らめる。
「そうよ」
「どうしたんだいきなり? まさか死ぬ前に俺と思い出話でもしようってか?」
「……」
黙り込むマーベルに対して、ジークはその頭を優しく撫でた。
「心配すんなよ。お前は死なない。俺が命を賭けてでも守る」
その慰めの言葉が、マーベルにとってはとても嬉しかった。
「……ねえジーク、私のこと…… 女の子としてどう思う?」
「女の子って、マーベルは女の子だろ?」
鈍感なのか、ジークは何も分かっていないようだ。
そんな彼を見て、マーベルは薄く微笑む。
「ジークはやっぱり鈍感だね。でもそんなジークが私は好きだよ」
「鈍感? 言っとくが俺は鈍感ではない! 馬鹿にするなよマーベル!」
やっぱ分かってないか…… とマーベルは窓から月を見て思うのだった。
(でも、そういうところが好きだよ、ジーク)