決意
森の奥に忘れられた泉がある。僕とウォールドが初めて出会った場所だ。
いつものように、そこの倒木に腰掛けている。
僕はファブリウス。親しい人はファブと呼んでくれる。
こんな僕も創造神をやっている。
そこで僕は人を待っている。何だか落ち着かない。胸がドキドキする。これもいつもの事だ。特に女性にプレゼントを渡す時はいつも同じだ。そして結果もいつも同じ。
僕の気持ちを聞いてもらった後、丁寧に断られる。
それでも挑戦し続けるのが、僕の欠点では無く、長所だと思いたい……
そんな事を考えていると、森の木々をなぎ倒しながらケルベロス……
ではなくて、シフォンが現れる。
「ファブーっ、おまたせぇ!」
シフォンの背中から、手を振りながら顔を出すエミリー。
青い空を背景に、美しく輝く泉を瞳に映し出している。
「お兄ちゃんから聞いたよ。私に用事があるんでしょ?」
「何でも言って。ファブの頼みなら大歓迎!」
そう言うと、エミリーはシフォンの背中を滑り降り、笑顔で走り寄ってきた。
その笑顔に僕は、思わず後ずさってしまう。
僕は慌てて持っていたプレゼントを差し出す。
「あの、これ、僕が作った笛なんだ」
そう言って差し出したプレゼントをエミリーはきょとんとした目で見ている。
「これはどんなに遠くても、シフォンの耳に届く笛なんだ。ホントは魔笛なんだけどね。ははは……」
エミリーの顔が驚きに変わり、シフォンを見上げている。
「シフォンが実はケルベロスだって知ってた?」
エミリーは僕に向き直り、少しガッカリした表情で話し出す。
「なあんだ、ファブも知ってたんだ。シフォンって実は頭を隠してるんだよ」
「シフォン、ファブにも見せてあげて」
そしてシフォンは、僕にケルベロスの姿を披露する。僕はその様子を見て、あることに気がついた。
「なるほど、空間魔法が使えるのか……」
「えっ? どういう事?」
エミリーは再びきょとんとした表情になる。
「ケルベロスは魔法が使えるんだよ。例えば……」
「シフォン、この笛の中に隠れられるかい?」
「ヴァウッ!」
シフォンは一声上げた後に、魔法陣を展開した。
そして笛の中に、まるで煙のように吸い込まれた。
それを見たエミリーは、ポカンとした表情で口を開けたままになっている。
僕は笛をエミリーの首にかけた。
「エミリー、その笛を吹いてごらん」
エミリーは興味津々な様子でそっと笛を吹く。
ピイーーッ!
ドォーン!
あたり一面に煙が噴き出し、周りが見えなくなる。
そして煙が晴れると。
シフォンに跨ったエミリーが現れた。
僕はエミリーを見上げる。エミリーの驚いた顔が笑顔に変わっていく。
それを見て、とても誇らしい気持ちになる。
「その笛は君の物だよエミリー。これでシフォンは、いつでも一緒に居られる」
「ファブ……いいの? この笛……貰ってもいいの?」
「うん、僕からのプレゼントだ。受け取ってくれるかい?」
僕の気持ちだ。僕を大好きと言ってくれたお礼だ。
僕は本当に嬉しかったんだ。
「ありがとうファブ! ずっと大切にする!」
エミリーは満面の笑顔で喜んでいる。
ああ、僕も嬉しい。ずっと一緒に居たい。この気持ちを伝えたい。
でも、勇気がわかない。今まで何度も言ってきたのに……。
そして失敗しても諦めなかったのに。どうしてだろう……。
突然、シフォンの背中からエミリーが飛び込んでくる。僕に向かって……。
僕はエミリーを慌てて受け止める。そして頬に柔らかい感覚が触れる。
何? 何が触れている?
小さくて柔らかい。少しあったかくて、でもちょっと冷たい。
「こんなお礼しか出来ないけど、私の気持ちだよ」
そう言うとエミリーは、僕から離れてニッコリと笑う。
僕は呆然と立ち尽くし、何も言えなかった。
「お兄ちゃんにも見せてくる! ねぇ、私ファブのこと大好きだよ!」
そう言うとエミリーは、シフォンと共に泉から消えてしまった。
僕はそっと頬に手を当てる。そしてあの柔らかい感覚を思い返す。
そうか……あれが口づけの感覚。知らなかった……。
あんなに優しくて気持ちの良いものだったのか……。
エミリー……。
「言えなかった……僕の思いを伝える勇気が出なかった……」
エミリーは僕のことを大好きと言ってくれたのに……。
どうしてだろう。やっぱり自信が無いからなのかな。この顔に……。
水面に映った顔へと手を伸ばす。
指先でそっと触れると波紋が広がり、顔が揺れる。
顎や頬が伸び縮みし、偶然イケメンっぽくなったりもする。
僕はしばらく顔変わりを繰り返して遊んでいた。
「反射と屈折を合わせれば、こんなふうに変えられるんだよな……あっ!」
その時、僕の頭の中にアイデアが生まれた。そしてそれは、具体的な形と素材、魔力変換の図形へと組み上げられてゆく。
「これなら可能だ! さっそく帰って作ってみよう」
「自信を付けるんだ。そしてエミリーに気持ちを伝えるんだ! よし、やるぞ!」
僕は転送魔法を展開し飛び込むようにその場を去る。
「いやっほう!」
ドプン……
しかし僕は見落としていた。そのせいで、地獄が始まった……。
◆◆◆
一方、ギルド受付。俺はカウンターに大量の素材をブチ撒けていた。
「こっ、これは……これ全部ですか?」
「ああ、これ全部だ。買い取ってくれ」
俺は受付嬢に買取を要求していた。そして掲示板に目を向ける。
するとそこには、薬草採集や下水掃除、猫探しなどの雑用以外、何も無くなっていた。
すべて俺が片付けてしまったからだ。
チートスキルを使えば簡単だった。俺は誰よりも早くギルドに訪れ、最も困難な依頼から片付けていった。そして毎日これを続けている。
その結果、俺以外の冒険者はまるで稼げなくなった。
それとは逆に、俺の手元には一財産を超える金額が集まった。
もちろんギルドマスターもがっぽり稼いでいるようだが、今はどうでも良い。
俺のせいで、冒険者達の取る選択は二つしか無くなってしまった。
俺の仲間になるか、冒険者を辞めるかだ。
ギルド内を見回す。
「ちくしょう、あいつ一人で全部片付けやがって」
「もうあいつの仲間になるしか無いんじゃないのか?」
「いやだね、もう俺は辞める! やってられるか!」
予定通りだ。冒険者の数も減っている。
プライドの高い者、一攫千金を目指す者、散財癖のある者、皆いなくなってゆく。
そろそろ次の段階に進んでも良い頃だろう。
ドサッ!
「こちらが全ての報酬金額です。お受け取り下さい」
その報酬袋の大きさに、冒険者たちの目が釘付けになる。
俺はギルド内の冒険者に向かって声を上げる。
「俺は一人でもやっていける! だが、来る者は拒まない! 誰でも仲間にしてやるよ!」
そう言って掲示板に一枚の募集依頼を叩きつける。
『パーティメンバー募集。リーダー、ウォールド。参加条件、無制限』
そしてギルドを後にする。
背中に怒号とヤジが飛んでくるが気にしない。
俺を受け入れる冒険者以外は掃除する。それが最初の目的だ。
そして次の目的はギルドマスター、バルドス。
首を洗って待っていろ……。




